第十一話 推しを助けようとした。


「お、おい、もっと離れて歩けよ……まんさきのU‐Kaが男と一緒に歩いてるところを、そこら辺のパンピーに撮られて、その写真がSNSにアップされて、それが挙句の果てにはネットニュースにでもなったりしたらどうする気だ……!」

「いやいや、気にし過ぎでしょ……だいたい、みやはあらゆる面でこの天使過ぎるゆうちゃんにり合ってないんだから、憂花ちゃんの彼氏とは思われないって」

「ああ、確かに! 俺はクソ陰キャオタクで、はなふささんは超絶美人だから、こんな二人が並んで歩いてても、そういう仲には見えないか! あっはっはっ! ──その通りなだけに傷つく事実を言わないでくんない?」

 俺のそんな発言を受けて、花房は「え、ノリツッコミした……?」と驚いたようにつぶやいた。やめて。確かにノリツッコミはしたけど、改めて言われると恥ずかしくなっちゃうからやめて。

 花房と一緒に部室を出てから、数十分後。

 チャリを学校に置いたまま、電車でさいたま新都心駅に来た俺達は現在、そこから少し遠い場所にある、大きめの本屋に向かって歩いているところだった。

 にしても、なんかいいよな、さいたま新都心って……利便性で言ったら大宮の方が上なのかもだけど、街の雰囲気が落ち着いてるし、何より、色んなアーティストがライブ会場に使ってる『さいたまスーパーアリーナ』に徒歩で行けんのがすげえ羨ましい。俺、大人になったら大宮を出て、さいたま新都心近くのタワマンに住むんだ! いや、東京に行けよ。埼玉とかいうザ・ベッドタウンを出ろよ。

 そんなことを考えながら、俺は花房と隣り合って広い歩道を歩く。……しかし、この状況をまずいと思った俺はすぐさま花房の背後に回り、彼女と前後の位置関係になった。

 すると、前を歩いていた花房が俺へと振り返り、不満げな声音で話しかけてくる。

「いや、何で憂花ちゃんの背後取ってんの? 横に並べばいいじゃん」

「こっちの方が、パパラッチに写真を撮られた時、恋人っぽくないだろ?」

「パパラッチって……あんたは何と戦ってるわけ?」

「というかお前も、マスクだけじゃなくて、前みたいに帽子とサングラスもつけてちゃんと変装しろよ。そんなまんさきのU‐Kaを隠しきらないまま、市内を練り歩くなって。プライベートの芸能人なんか一回も見たことがない、さいたま市民の皆さんがびっくりしちゃうだろが」

「いやあんた、さいたま市民めすぎでしょ……」

 呆れたような声でそう言う、マスク姿の花房。

 一応、彼女は学校を出る直前からマスクだけはつけているものの、その美しさはマスク程度では隠しきれておらず、なので花房はいま、芸能人オーラをガンガンに垂れ流していた。それ、少しは念みたいに制御できないのかよ。

「てか憂花ちゃん、今日は帽子とサングラスは持ってきてないから。だいたい、学校にあんなん持ってきてるのがバレたら、こいつ芸能人ぶってるって、みんなから嫌われちゃうに決まってるじゃん」

「ああ、そっか……そういうとこ、気をつけてるんだな?」

「うん。人気者は大変なんだから。──何も考えずにぼけーっと毎日を生きてる、あんたら凡人とは違ってね」

「言ってることはわかるんだけど、凡人代表として腹を立てずにはいられねえな……」

 俺達はそんな会話を交わしつつ、縦に並んだ状態で本屋へと向かう。何なら、お互いの距離もそこそこ開けていたので、俺が花房のストーカーをしてるみたいになってた。

 そのうち、前を歩いていた花房が振り返って「……これ、放課後デートって言える?」と聞いてきた。「たぶん言えない」って俺は答えた。彼女はむくれた。完。

 そうして二人で歩いていると、ふいに──正面から歩いてきた二人組の男達が「え、まんさきのU‐Ka? マジで?」「うわ、すっげえ可愛かわいい!」と言いながら花房に近寄ってきた。二人共、年は大学生くらいで、片方はまるぼう。もう片方も丸坊主だった。……いや、そこはどっちかが違う髪型であれよ。描写しづれえなおい。

「まんさきのU‐Kaさんですよね? 握手して下さい!」

「はい、いいですよ」

「ありがとうございます! ──うおおお! まんさきのU‐Kaと握手しちった!」

「俺もいいっすか?」

「はい、もちろん」

 先に握手した坊主(便宜上マルコメと呼ぶ)は花房の手を離すと、その場で小躍りし始めた。次いで、マルコメのあとに手を出してきた坊主(便宜上マサオくんと呼ぶ)は、花房と握手しながら「へへ……」と不愉快な笑みを浮かべる。……なんだこいつ気持ちわりぃなおい、と反射的に思ってしまったけど、たぶん俺もまんさきのU‐Kaと握手できたらあんな顔になるので、あんま他人のことは言えなかった。

 そんな風に状況を観察していたら、マサオくん(便宜上おにぎりと呼ぶ)が、握手した手を離さないまま、こう続けた。つかおい、いつまで握手してんだおにぎりテメエ。

「写真もいいっすか?」

「あの、ごめんなさい。写真はちょっと……皆さんお断りしてるので」

「ええ? 駄目っすか? 一枚だよ? 別にインスタとかにアップしないし」

「ごめんなさい。それにいま、制服着ちゃってますし……」

「ちょっといっくん。U‐Kaさん困ってんじゃん。無理言うなよ」

…………

 マルコメに制止され、わかりやすくムッとした表情を浮かべるおにぎり。それで逆に火がついたのか、彼は握手した手をいまだに離さないまま、軽薄な言葉を重ねた。

「つかさ、これから三人でお茶とか行かない? 学校終わって暇でしょ? 俺らもさ、いまちょうど暇してたし。どう? これ、ワンチャンあるでしょ」

「……あの、そういうのは、ちょっと……」

「だから、いっくん──」

「うるせえなおめえ。いま俺が口説いてんだから邪魔すんなよ」

…………

「ね? U‐Kaちゃん。三十分だけだから。別に変なこととかしねえし。だから、サン〇ルク入ろうぜ? もちろん、俺のおごりね。いいだろ?」

「あの、離してください……」

「付き合ってくれたら離してあげるよ。だから、な? 行こうぜ?」

 おにぎりはずっと、花房の手を握り続けていた。

 どうやら善良な一市民らしいマルコメは、そんな彼の暴走を止めたいようだったけど、力関係はおにぎりの方が上らしい。だから花房はいま、誰にも助けてもらえないまま、大学生の男に握手され続けていた。

 ……だというのに彼女は、一度だってこちらに目を向けてくれない。

 助けを求めてくれれば、俺はそれを理由にできるのに──彼女は、そうしてはくれないから。だから俺はわざわざ、そうするための理由を、自分の中から探し出さなくちゃならなかった。

…………

 正直な話をすれば、俺はこういう時、誰かを助けることができない人間だった。

 もし本当にヤバそうなら、警察に通報はすると思う。でも、そうでないのなら──知らない女の人が無理やりナンパされていても、それを見て見ぬフリして、そのまま家に帰るに違いない。そんで、その時抱えた『もやもや』に心をむしばまれつつも、その出来事を忘れようとする。俺っていうのはそんな、意気地のない、しょうもねえ高校生だ。

 でも、これは違うだろ。

 赤の他人を助けようとしてる訳じゃない。こんな俺と、理由はいびつでも、学校で話をしてくれる彼女が、つらい目に遭っているのだ……だっていうのに、それで動かないのは、男が廃るとかそういう次元じゃない。

 人間のクズか、そうじゃないかって話だ。

 俺はアニメやラノベが大好きなキモオタで、学校で友達を一人も作れない陰キャで、上手うまく女の子と話せないクソ童貞だけど……だからって、推しが傷つけられるのを黙って見てられるような、無能なファンではいたくないから。

 それは、俺みたいな人間でも唯一持つことができた、ちっぽけなプライドだった。

「お、おい……!」

「……あ?」

 マルコメ、おにぎり、花房が囲む円の中に、俺は無理やり割って入る。

 すると、そんな俺に気づいた花房が「……え、何やってんの?」みたいな視線をこちらに向けてきた。お前を助けに来たっていうのに、随分な歓迎だなおい……俺は思いつつ、一つ大きく深呼吸をする。

 ……正直言って、無茶苦茶恥ずかしい。どの口がそんなことを言うんだと、言う前からそう思っているけど、それでも──ウザがらみしてくる男を追い払うには、こういう言葉が一番効くことを知っていた俺は、できうる限りのイケボで、こう言うのだった。


「や、やめてもらえますか? お、おおおお俺の、かかかかか彼女に……!」


「「「…………」」」

 うすら寒い謎の静寂が、俺達の間に落ちる。

 なんなら「ぴゅうー」という効果音と共に、西部劇とかでよく見る、ころころ転がる草のアレ(タンブルウィード)が、視界の端を横切った気がした。いや、何この状況……何で俺、花房を助けに入って、盛大にスベッたみたいになってんの?

 俺がそう思っていると、ふいに──「ふはっ!」という、我慢できずに漏れ出てしまったような、女の笑い声が聞こえてきた。……そう、女の笑い声。つまり、この状況でいの一番に笑い出したのは、他ならぬ彼女で──。

 なんと、この女……花房憂花はあろうことか、俺の一世一代の助け舟を、『なにこの船、超しょぼいんですけど!』と笑いやがったのだ!

 それから、花房はこらえきれないと言わんばかりに「あはははは!」と大きな声で笑い始めた。それにつられておにぎり、マルコメも「「は、はは……あはははは!」」と笑い出す。何この状況。つらい。つらいということしかわからないけど、とにかくつらい。

「いやいや、夜宮……か、彼女って……! 憂花ちゃんのファンでしかないあんたが、この憂花ちゃんの彼氏になれる訳ないじゃん! つかそんなん、憂花ちゃんを助けるためのうそだってすぐばれるし! せめてそういう噓をくなら、もっと堂々としててよ! そんな自信なさげに、しかもめっちゃカミカミで言われても、説得力とか一個もないから! ねえ、あんたもそう思うでしょ!?

「……あ、ああ! いきなり出てきて、何なんだよこいつ! あはははっ!」

「でも、そんな夜宮のことを、憂花ちゃん以外が笑う権利とか、ないから」

 ぎろり、と。花房のテンションに合わせて俺を笑ったおにぎりに対し、彼女は冷たい視線と言葉を投げつけた。それを受けて「あ?」と威圧し返すおにぎり。どうやら花房に敵意を向けられたのを敏感に察知したらしかった。

 花房はそんなおにぎりを警戒しつつ、握手をしていない方の手──左手をスカートのポケットに入れる。そこで何かごそごそしながら、彼女は言葉を続けた。

「つか、さっきから手汗がキモいんだけど。いい加減、手、離してくんない?」

「……だから、お茶に付き合ってくれたら離すって言ってるじゃん」

「言わなきゃわかんない? 憂花ちゃんみたいな美人が、あんたみたいな顔面偏差値二十の男にほいほいついてく訳ないじゃん。──え? そんなこともわかんないの? あんた、家に鏡とかある? もし鏡があるのに憂花ちゃんを誘ったんだとしたら、あんたは一回、自分の目がちゃんと見えてるかどうか、眼科で視力を測ってもらった方がいいよ?」

「なっ──てめえ!」

 おにぎりはそう叫ぶと、握手していた手を一度離し、改めて花房の手首をつかんだ。そしたら、次の瞬間──。

 びー! びー! びー! と爆音で響く、みみざわりな警報音。

 それは花房の体のどこかから大音量で鳴り、辺り一帯に騒音をまき散らした。

 いきなりのそれに驚く、俺、マルコメ、おにぎりの三人。周囲の人々も、なんだ何の音だと視線を巡らし、それが俺達の方から聞こえているとわかると、こちらに目を向けてきた。そうして、衆目の注意が集まったところで、花房はよく通る声でこう言った。

「す、すみません! だ、誰か、警察を……!」

────

「い、いっくん! 警察はやばいって! 行こう!」

 花房の一言にビビったマルコメが、おにぎりにそう声をかける。それを受けておにぎりは摑んでいた花房の手首を離し、マルコメと共にだっのごとく逃げ去っていった。

 ……そうしてその場に残されたのは、俺と花房の二人のみ。

 彼女は一つ息を吐きつつ、スカートのポケットからスマホを取り出すと、そこから出ていたフルボリュームのビープ音を止めるのだった。

 次いで彼女は、周囲の人達に「お騒がせしてごめんなさい! もう大丈夫です」と言いながら、頭を下げたのち──問題が解決したことをアピールするみたいに、口元を覆っていたマスクを顎の方にずらすと、にこやかな笑顔を見せた。

 ただ、そんな風に笑みを浮かべる彼女の足は、少しだけ震えていた。

 それから、何とか状況を乗り切った花房は、「はあ……」とほっとしたようにため息を吐くと、改めて俺に向き直る。あきれ交じりの微笑を浮かべながら、彼女は言った。

「あのさあ、もうちょっと上手いことできなかったわけ?」

「……お、お前こそ。花房さんを助けようとした俺に対して、あの仕打ちはなんだよ……お前がめっちゃ笑い出したあの瞬間、消えてなくなりたかったぞ……」

「あははっ! だって『俺の彼女』って……夜宮が身の程知らず過ぎて、つい笑けちゃったんだもん。それに、あんたらしくない言葉だったから、ってのもあるしね。……いやほんと、なんだったのあれ? あんたなりの盛大なギャグ?」

「こちとら大真面目だったっつうの!」

「ふふふっ! あー、おかしかった。マジ、ここ最近で一番笑ったかも。──てか、別にあんなの、憂花ちゃん一人でどうとでもなったのに」

「確かに、最終的にはお前一人の機転で、あいつらを追っ払ったもんな。……じゃあ、俺のやったことって、いったい……」

「ふふっ……でも、ありがと。これっぽっちも役に立たなかったけど、割って入ってくれてうれしかったよ。たとえそれが、結果的には何の意味もなくてもね」

「お前、本当に俺に感謝してる? 感謝してる人間の言葉とは思えないんだけど?」

「あはははは!」

 俺にそうツッコまれ、心底楽しそうに笑う花房。見やれば、彼女の足の震えはもう止まっていた。……俺がもっと推しを守れるファンだったなら、花房に怖い思いをさせなくても済んだのかな。そんな風に少しへこんでいると、花房は明るい声で続けた。

「でも、意外かも。夜宮ってああいう時、何もしてくれないと思ってたから」

「お前、俺をどんだけ見くびってたんだよ……ツレがやばい男に絡まれてるのに、何もしない訳にはいかないだろ」

「あ、いや、ちょっと言い方を間違っちゃった。そうじゃなくて──ああいう風に、直接助けに来てくれるとは思ってなかった、ってことね? それは例えば、警察を呼んだりとか、周囲に助けを求めたりとか、そういうのはしてくれると思ってたけど……あんたって意外と、男気があったりするの?」

「俺に男気とか、ある訳ないだろ」

「なんて気持ちのいいダメっぷり……じゃあ、何で憂花ちゃんのことは、ああやって助けてくれたわけ?」

…………

 答えづらい質問に、俺はつい黙り込む。

 そうしてしばしの間、俺が何も話せずにいると、花房は俺に向かってほほみながら、「憂花ちゃん、こういうの、いつまでも待つタイプだから」と言ってきた。……この女、やりづれえわー。俺の性格も何となく把握してるくせに……。

 俺は内心でそう悪態をつきつつ、その重たい口をなんとか開ける。──自分の中にある感情と向き合いながら、その一つ一つのしんがんを探るように、無理やり言葉をつむいだ。

「俺が、お前を助けようとしたのは、その……たぶん、自己満足でしかないんだ。──きっと、お前のためじゃない。そうじゃなくて、ここで何もしない俺を、俺が許せなかったから……俺はそんな安っぽい正義感に突き動かされて、ああしただけなんだよ」

「ふうん、そっか……ふふっ、根っからの善人だね」

「──いや、待て。すまん。違う。いま俺、自分に噓ついたわ……いや、正確には噓じゃないし、そういう思いは確実にあって、だからお前じゃなくても助けようとしたっていうのは、たぶん本当なんだけど……でも……」

あせんなくていいよ。言葉になるまで待ってあげる。──だって、憂花ちゃんはいい女だからね。ちゃんと待っててあげるよ」

「本当にいい女は、そこまで言わないんだけどな……」

 俺がそう言うと、花房はくすりと笑った。それから、俺は再度、頭の中で言葉をこねくり回す──どこまでなら言っていいのか。結局のところ、どれが本当の気持ちなのか。花房に誤解がないよう、でも全てをさらけ出さないよう、自身の感情を整理する。

 その結果、俺の口からまろび出た言葉は、あまりにもシンプルなものだった。

「俺はただ、お前が男に絡まれてる姿を見た、あの時に……どうしても、ああせずにはいられなかった。たぶん、それだけなんじゃねえかな……」

「……上手く女の子を助けられない、不器用のくせに?」

「ああ、うん……確かに俺は、そういうのが上手くできない、不器用な人間だけどさ……でもそんなのは、お前を助けない理由には、ならなかったから」

────

「だから俺はきっと、いま目の前で絡まれてるのが花房さんじゃなかったら、ああいう風には動けてなかったんじゃねえかな……警察に通報? とか、もっと冷静に対処してたと思うんだけど……花房さんが傷つけられてるのを見たあの瞬間に、臆病な自分を押さえつけてでも、ああせずにはいられなくなったというか──い、いやつうか、花房さんが、じゃなくて、俺の推しがな? ……そう! 俺は、俺の推しがひどい目に遭ってたから、お前を助けようとしただけで──まんさきのU‐Kaを助けるために、お前を助けたかった。それだけなんだよ」

…………

「でもまあ、どんな理由であれ……結局はいまお前が言った通り、花房さんの役にはこれっぽっちも立たなかったんだけどさ。いやほんと、ダッセエわ俺……」

 心底そう思った俺はつい、そんな自嘲を花房に漏らした。……つか、ちょっと待て。そもそも『俺ダセエわ』って花房相手に愚痴ってんのがまた、すげえダサいのでは!?

 そんなクソ恥ずかしい事実に気づいてしまった俺は、花房にそれを指摘されるのではと不安になり、慌てて彼女の様子をうかがう。すると、そこにあったのは──。

 ぽけーっとした顔で俺を見てくる、花房憂花の姿。彼女は口を少しだけ開けて、頰をほんのり朱色に染めて、どこかのぼせたような表情で、俺のことをぼんやり見つめていた。

「花房さん? どうした?」

「へ? ──あ、いや、別に? きゅんきゅんとか、特にはしてないけど?」

「は? きゅんきゅんって、いきなり何の話だよ。女性ファッション誌のことか?」

「それは『CanCamキャンキャン』ね。……うわ、つまんな……」

「お、お前……つまんないと思った時に、つまんないって言うのやめない? それを言いだしたら俺、何も面白いこと言えなくなっちゃうよ?」

「え? いままで面白いこと言ってたつもりだったの?」

「お前マジで言葉のナイフ何本持ってるわけ? 俺のこといつか言葉で刺し殺す気かよ」

 俺のそんなツッコミにまた楽しそうに笑ったのち、花房は「なんかわかんないけど、上手うまく誤魔化せたかな……」とつぶやきながら、赤らんだ自身の頰を両手で包んだ。んんん? 誤魔化せたって何の話だよ? ……きゅんきゅんのくだりのことか?

 俺がそう考えていると、花房はぱん、と一つ手をたたいたのち、改めて言ってきた。

「さて。それじゃあ、気を取り直して本屋行こ!」

「ん、そうだな……そもそも、俺達はそのために外出してたんだもんな」

「……外出っていうか、まあ、放課後もにゃもにゃだけど……」

「放課後もにゃもにゃって何だよ。そこははっきり、放課後デートって言えばいいだろ。何で今更濁したんだ」

「……や、ないから。これ、放課後デートとかそんな、恥ずかしいやつじゃないし」

「お前から言い出したことのくせに、急に梯子はしごを外すなよ……そうマジで否定されると、ただただ俺の心がつれえだろうが……」

…………

 俺のそんな発言に、何か言いたそうな顔をする花房。けれど、彼女はそのまま言葉を飲み込むと、俺の隣に並び立ち、そのまま二人で歩き出した。……本当は先程までと同様、縦に並んで歩きたかったけど、花房がまたああいうやからからまれるのは嫌だからな。

 そうしてしばらく歩いていると、ふいに、隣にいる彼女に見られている気がした。

 なので俺は反射的に、ちら、とそちらに視線を向ける。すると、どこか夢見心地といった様子の花房と、ばっちり目が合ってしまった。

────

 瞬間、花房は何故なぜか顔を真っ赤にして、すぐさま俺から目をらす。……なんで目を合わすのは嫌なのに、こっちを見てくるんだよ……え、なに? もしかして俺いま、ズボンのチャックでも全開にしてる? だから花房はそんな、照れたような顔してんの?

 そう思った俺がズボンのチャックを確認しても、そこは開いておらず……だから俺は首をかしげながら、再度前を向いて歩き始めた。そしたらまたすぐに、真横から視線を感じる。なので彼女の方を見たら、一瞬だけ目が合ったのち、それを慌てて逸らされた。

 それからは以下、同じことの繰り返しで──。

 見られる。見る。逸らされる。

 見られる。見る。逸らされる。

 ……そんなことが八回は続いたため、それを受けて俺は、花房に話しかけた。

「あの……さっきからすげえ見てくるけど、なんなの?」

「は? むしろ、夜宮が憂花ちゃんを超見てるんじゃん。そのせいで、目とか合いまくるし……キモいからやめてくんない?」

「だからそれは、お前が俺をすげえ見てくるから、それが気になって俺も見返した結果、そうなっちゃってるだけだろ……いやほんと、どうしたのお前? 俺の顔なんか見て、何がそんなに面白いんだよ?」

「や。別に、面白いから見てる訳じゃないし……ただ気づいたら、つい目線がそっちにいっちゃうっていうか──別にあんたの顔なんか見たくもないけどね!」

「……さっきから何なのお前。ちょっと様子がおかしくない?」

「ああああああもうっ! やっぱ今日はもういい! 憂花ちゃん帰る!」

 怒りからか顔を真っ赤に染めつつ、大声でそう怒鳴る花房。それから、彼女はすごい速さで回れ右をすると、元来た道を引き返し始めた。……え、本屋は? まんさきのU‐Kaが表紙を飾った音楽雑誌がどれだけ売れてるか、確認しに行かなくていいのか?

「お、おい、花房さん? マジで帰っちゃうのか?」

「うん、帰る! 憂花ちゃん、今日はもうこれ以上、あんたと一緒にいられないし! だから帰る!」

「そんな酷い理由で!? お前は一体なにをきっかけに、急に俺と一緒にいんのが恥ずかしくなったんだよ……」

「つか、そういうことじゃないから……でも、そういうことじゃない、って言うのがもう違うっていうか──ああもうなんなの!? こいつは別に普通なのに、憂花ちゃんだけがこうなってんの、おかしくない!? すっげー納得いかないんだけど……! どうして歌が上手くて、頭もそこそこ良くて、運動だってできて、顔が抜群に可愛かわいい憂花ちゃんが、あんたなんかにこうなんなきゃいけないわけ!?

「……よくわかんないけど、俺が理不尽に怒られてるってことだけは理解できた」

 俺がそう言葉を漏らすと、花房は「じゃあそういう訳だから! またね!」と言って、駅の方へと早足で去っていった。いや、どういう訳だ一体。

「……これから、どうすっかな……」

 俺はそんなことを呟きつつ、まだ少し遠くにある本屋を見やる。

 結局、俺は花房と別れたあとも、そのまま一人で本屋へ向かい……まんさきのU‐Kaが表紙を飾る音楽雑誌がどれだけ売れているのか、確認してくるのだった。

 ちなみに、結構売れててうれしかった。承認欲求がえぐい花房も、これを見て承認欲求を満たせばよかったのに……彼女って意外とこういう事実に喜びそうだから、明日にでも雑誌が売れてたことだけ教えてやろうと思いました、まる。