第十話 推しにインタビューした。


 放課後。文芸部の部室にて。

「やっぱ、まんさきは最高やで……!」

 俺は一人、スマホに接続したワイヤレスイヤホンで『まんげつよるきたい』の曲を聴きながら、そうつぶやいていた。

 ……いや、確かにまんさきは最高だけど、なんでこいつ関西弁しゃべってんだよ。ここ、埼玉だぞ。誇れるものがかの名作、『クレヨンしんちゃん』くらいしかない県だぞ。こんな何もない県にさんぜんと輝くしんちゃんは、そろそろ県民栄誉賞でももらうべき。

 思いつつ、俺が音楽を聴きながらブログを書いていたら、部室の扉を開けてはなふさが入ってきた。なので俺は右耳のイヤホンを外し、片手を挙げた彼女の「やっほー」という言葉を受け取ると、「おう」とだけ返事をした。……なんか態度が偉そうだけど、これはただ単に俺がコミュ症なだけなので、気にしないでください。

 それから、花房は俺の隣の席に座ったのち、こう尋ねてきた。

「何聴いてんの?」

「何って、別に……」

 何故なぜか言葉を濁す俺。いや、普通にまんさきって言えばいいだろ……なんで俺は今更、花房に「まんさきを聴いてた」って言うのを恥ずかしがってんだよ。

 俺が自分にそうツッコんでいると、花房は「ふうん?」と言って首をかしげたのち、何故かにやにやする。それから、彼女はどこか悪戯いたずらっぽい表情と声音で、こう続けた。

「ちょっと片方貸してよ」

「なっ……お、お前、何を──!」

「そんな戸惑わなくてもいいでしょ」

 花房はそう言いつつ、いま俺が外した方のイヤホン──右耳のイヤホンを手に取り、自身の耳につけた。一方、左耳のイヤホンは、俺の耳についたままなので、つまり……なななな、なんじゃこの状況!? とんでもなく顔が近いんですけど!?

 つかこれ、あれじゃん! 付き合い立てのカップルなんかがやる、彼氏と彼女でイヤホンを片方ずつ分け合って、それエモいのやつじゃん! 実際やってみると、エモいというか普通に恥ずいんだけど!?

「ああ、『満月の夜に咲きたい』を聴いてたんだ……いいよね、まんさき。たにまちさんの書く曲が最高なのは当然として、ボーカルの子が本当に歌上手うまいよね! しかも、容姿も抜群に可愛かわいいし。あーあ、ゆうちゃんも、まんさきのボーカルみたいになりたいなあ」

「わざとらしい自画自賛をすんなよ……」

 どこか楽しげに言う花房に、俺はそうツッコむ。……というか、間近で見るこいつ、めちゃくちゃ可愛いなおい! まつ毛なが! 肌きめ細か! 唇ぷるっぷる! そして、改めて花房の美人具合をこと細かに描写してる俺キモ!

 そう思った俺はつい、そばにある彼女の顔から逃げるみたいに、顔をらした。それを受けて花房は、また一段とにやにやした笑みを浮かべると、小馬鹿にするように続けた。

「ふふっ、何照れてんの? 童貞丸出しなんだけど」

「う、うっせえ……というか、女の子が童貞とか言うなよ……」

「まあでも、憂花ちゃんだからね。憂花ちゃんの大ファンであるあんたが、ファンじゃなくたってドキドキするくらい可愛い憂花ちゃんとこんなに接近できたら、顔を真っ赤にするしかないか。──ほらほら。一生の思い出なのに、憂花ちゃんの顔、もっとちゃんと見なくていいの? こんなに至近距離で憂花ちゃんを見つめられるなんて、こんな幸せなこと、もうあんたの人生にはきっとないよ?」

「や、やめ……頰を指でつつくな……!」

 童貞を殺す気かよ、この女!

 イヤホンを片方ずつシェアして音楽を聴きながら、他人の頰を指でつんつんしてくるとか、マジでこいつ……ありがとうございます!(本音)

 ただ、心の中でそう歓喜してしまった俺だったけど、一点だけ。この状況に関して、すげえツッコみたい部分があるとするなら──。

「そ、そもそもこれ、ワイヤレスイヤホンでやるやつじゃねえから……!!

 だから顔がちけえんだよ! 普通のイヤホンでそれをやった場合に生じるゆとりがないぶん、顔と顔の距離感がエグいんだよ! 強すぎる刺激やめろや!

 俺が内心でそうツッコミを重ねていると、花房は「あははっ、確かに」と笑いながら、右耳につけていたイヤホンを外し、俺に返してくれた。それを受けて俺は、そのままイヤホンを学生カバンにしまう。まったく、童貞をからかうのも大概にしろよな……。

 それから、花房は改めて椅子に座り直すと、可愛らしく小首を傾げながら口にした。

「憂花ちゃんのこと、もっと好きになったでしょ?」

「……べ、別にー? こんなことされても、まんさきのU‐Kaゆうかはこんなビッチなはしねえのになあ、って思うだけですけどー?」

「こういう時、素直になった方が可愛いのに。ふふっ」

 そう言ってからかうように笑う花房。うるせえ。ビッチ臭いことしやがって、とは確かに思ったっての。

 そうして、場の空気がひと段落すると、花房は「あ、そうだ」と呟いたのち、自身の学生カバンをがさごそあさり、そこからとある雑誌を取り出した。

「はい、これ。あげる」

「え? ……あ、これ……」

「あんたがいま聴いてた音楽がまんさきじゃなかったら、あげないつもりだったんだけどね。でも、まんさきだったからあげるよ」

 花房がそう言いながら俺に手渡してくれたのは、有名な音楽雑誌だった。

 しかも、そこに写っているのはなんと、いま俺の目の前にいる女の子で──まんさきのU‐Kaが流し目でこちらを見ている写真が、その音楽雑誌の表紙を飾っていた。

…………

 それを見た俺はつい、深く黙り込んでしまう。何というか、言い表せない感動がこの胸に去来した。──それは俺達ファンにとって、一つの到達点だった。

 自分の大好きなアーティストが、有名な音楽雑誌の表紙を飾る……俺が何をした訳でもないのに、この表紙を改めて見た俺はやっぱり、無性にうれしくなってしまうのだった。

「どう? 憂花ちゃん、超可愛く撮れてるでしょ?」

「ちょっと黙ってろ。俺はいま、まんさきのファンとして、すげえ感慨に浸ってるんだから……」

「いや、まんさきのファンならなおさら、そのボーカルである憂花ちゃんをないがしろにするって、おかしいと思うんだけど……」

「よくやったな、U‐Ka……すごいよ、お前。まんさきがここまで来れたのは、もちろん谷町さんの作る楽曲が最高だからってのが大前提なんだけど、それでも。ボーカルがお前じゃなかったら、まんさきはきっと、ここまで辿たどり着けなかった。おめでとう……」

「ちょっとみや? 雑誌の中の憂花ちゃんに向かってすっごい良い事言ってるけど、いるから。それを直接言える相手が、隣にいるから。どうせならこっち見ながら言いなよ」

「ああ、花房。お前まだいたの? もう帰っていいよ?」

「こいつ頭バグってんの?」

 本気で理解不能という表情で、そんなキツイ言葉を吐く花房。失礼な女だなおい。少しはまんさきのU‐Kaを見習って欲しいぜ。

 思いつつ、俺はぱらぱらと雑誌をめくる。表紙を飾っているだけあって、今号はまんさきを特集しているらしく、そのうちのとある一ページを見た俺は、何の気なしに尋ねた。

「確かまんさきを結成してすぐの頃に、ネットのインタビューでも話してたけど……ここでもまた、まんさきのボーカルとしてデビューするまでの経緯を話してるんだな?」

「うん。今回はまんさき特集だから、改めて話して下さいって言われてね。だから憂花ちゃん、慌てて当時のインタビュー読み返したもん。それで、『ああ、そうそう。憂花ちゃんはこういう理由でまんさきのボーカルになったんだった』って、ちゃんとその辺の設定を思い出せたから、今回もばっちり話せたよ!」

「おい。設定を思い出したっておい」

 本当、こういうところがあるから、まんさきのU‐Kaと花房を切り離して考えたくなるんだよなあ……俺はそう嘆息しつつ、一つ覚悟を決める。

 正直、聞いてて楽しい話にならないのはわかっていたけど、それでも──いちファンとして、聞かずにはいられなかったから。

 俺はつい、彼女にこんな質問をしていた。

「そういやお前、過去のインタビューでは──子供の頃から歌手になりたくて、だからそのために歌い手を始めた自分がこうして、まんさきのボーカルとしてデビューできるのが本当に嬉しい……って言ってたけど、それは真っ赤なうそなのか?」

「真っ赤な噓って、人聞きの悪いこと言わないでよ。半分くらいしか噓じゃないし」

「半分は噓なんじゃねえか」

「『満月の夜に咲きたい』のボーカルになれて嬉しかったのは噓じゃないよ? 噓なのは、歌手になりたくて歌い手をやってた、って部分。──だって憂花ちゃんは、中学一年生のあの頃、ただ承認欲求を満たしたかったから歌い手になったんだもん」

「考えうる限り最低の理由!」

 あらん限りの力でそうツッコむ俺。いやあ、最悪だわ……花房は本当に、俺の中にあるまんさきのU‐Ka像を、れいに壊してくれるよなあ……もう、砕くところないんだけどなあ……鳥取砂丘くらいサラッサラなんだけどなあ……。

「いやでも、冷静に考えれば、中学生なんてそんなもんか……」

「そうそう。あの頃の私は最悪だったよー? 今みたいに仮面をかぶることも覚えてなかったから、性格の悪い憂花ちゃんを垂れ流してたし。あははっ」

「たぶん、『あははっ』で済む笑い話じゃねえんだよなあ……それで? 承認欲求を満たしたくて歌い手になった花房さんは、承認欲求を満たすことができたのか?」

 俺がそう聞くと、花房は窓の外に視線を向けつつ、少しだけ笑んだ。

 どこか過去をなつかしむように目を細めた彼女は、そのまま言葉を続ける。

「うん。意外と憂花ちゃん、歌い手になってからすぐに有名になれたし。だから、有名曲のカバーを出すたびにコメント欄でみんなに褒めてもらえて、嬉しかったなあ……それに、今みたいに、お仕事としてやってた訳じゃなかったしね。だから単純な楽しさで言えば、あの頃が一番、歌ってて楽しかったんじゃないかな」

「……いまは、楽しくないのか?」

「や、そういう話をしてるんじゃないじゃん。これだから頭の固いオタクは……」

 花房はそう言うと、やれやれ、みたいな感じで首を振った。……悪かったな、二元論でしか物事を語れないオタクで。

 俺がそうくされていたら、花房はそんな俺を見て何故か「ふふっ」とたおやかに笑ったのち、顎に手をやりつつ語り始めた。──それはどこか、どこまで話していいのかを自分でも模索しながら話しているみたいな、そんなしゃべり方だった。

「あんたはまだ知らないかもしれないけど、お仕事にしちゃったら、それがどんなに大好きなことでも、『楽しい』って思いだけじゃやれなくなっちゃうのよ。もちろん、楽しむのは大事なんだけど、それだけで仕事しちゃいけない。私はそんなことを、一緒に仕事をしているプロの人達から学んだの」

…………

「あの人達は誰も、憂花ちゃんを『女子高生』として見てくれない。『まんさきのボーカリスト』として対等に扱ってくれるし、私が求められた仕事をできない時には、まだ女子高生だからって、そんな言い訳じゃ許してくれないの。私を『仕事のできない人間』って評価して終わり。……『満月の夜に咲きたい』のボーカルになるっていうのは、そういうことだった。ただの中二だったあの頃の私は、それを覚悟してた訳じゃないけどね。それでも、わた──憂花ちゃんはそういう世界に、自分から飛び込んだんだよ」

 そんな風にとうとうと話す花房の姿を、俺は正面から見つめる。

 本人の口から語られるそれは、俺がこれまで読んできた彼女のどんなインタビューよりも濃く、生の感情に満ちあふれていた。……ただの女の子だった彼女が、まんさきのボーカリストになるまでにどんな苦悩を越えてきたのか、それは俺にはわからない。でも──。

 花房はきっと、ちゃんと努力をして、まんさきのU‐Kaになったんだと思った。

 それだけは、彼女がいま語る言葉で、姿で、強く感じることができたのだった。

「……中学生の頃の私はただ、みんなに褒めてもらいたかっただけだった。家族が『憂花は歌が上手うまいね』って褒めてくれたから、もっといっぱいの人に褒めてもらいたくて、歌い手を始めて──まんさきのボーカルになれば、もっともっといっぱいの人に、褒めてもらえるかもしれないから。そんな、いま考えれば安直な理由で、『満月の夜に咲きたい』のボーカルになったの」

…………

「だから、始まりがいびつだったから、私は……憂花ちゃんは、仮面を被るしかなかったんだよね。性悪な自分を、まんさきのU‐Kaに作り変えるだけの時間はなかった。根本からそうはなれなかったから、本当の私をクローゼットの奥に押し込んで、よそ行きの自分で着飾ったの。それが、憂花ちゃんの始まりかな。──あんたをだましてたまんさきのU‐Kaが、生まれた瞬間だったってわけ」

「そっか……」

 花房に対する俺の印象が、また少しだけ変わったのがわかった。

 もちろん、理由があるからって、やっぱり彼女を許せはしない。俺はまんさきのこじらせオタクで、しかもきょうりょうな人間だから、偽りの仮面を被っている彼女を、いまだに許しきることはできなかったけど……応援は、したいと思った。

 これまで通り、まんさきのU‐Kaを応援するのは、もちろんだけど。

 そんな仮面を被る花房に対しても、応援だけはしたいと、そう思うのだった。

 そうして、花房の少し長い話が終わると、場に沈黙が落ちた。俺からしてみれば、その沈黙は決して気まずいものではなかったけど、花房にとっては違ったらしい。彼女は少しだけ頰を朱に染めると、顔をらして「ちっ」と舌打ちをした。

「ああもう、またくっだらねーこと喋っちゃったじゃん……こんなの、誰にも言うつもりなかったのに……夜宮って実は、すっごい聞き上手だったりするわけ?」

「ああ、それはあるかもな……俺、妹やお母さんの話聞くの、すっげえ上手いし」

「……ごめん、憂花ちゃんから言っといてなんだけど、夜宮が聞き上手とかなかった。間違えてごめんね?」

「なんで俺が否定してないのに、最初に話をふってきたお前が否定してんだよ……それは話が違うだろ」

「だって夜宮、今の言い方だと、普段は家族としか喋ってないっぽいし……そんな人間が聞き上手になれる訳なくない?」

「お前は名探偵コナンかよ……真実を見抜く能力が高すぎない?」

「あとなにげ、夜宮が母親のことを『お母さん』って言ってるの、かわいっ、て思ったんだけど。男の子って普通、お母さんって言うの? 母さんとか母親って言わない?」

「……う、うっせえな……」

「何も反論できなくなってるところとか、更に可愛かわいいんだけど」

「本気でうるせえな!」

 顔を真っ赤にしてそう怒鳴る俺に、花房は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。別に意識してなかっただけに、つつかれるとめっちゃ恥ずい部分だった。……い、いやでも、お母さんをお母さんって言って、何が悪いんだよ……。

 俺は内心でそう抗議しつつ、一つ大きく息を吐いた。そして今更ながら、俺に雑誌をくれた花房に対して、彼女が表紙を飾っているそれを持ち上げながら言った。

「これ、ありがとな。家帰ったら読むわ」

「ん。ありがたく読みなよ? 憂花ちゃんがあんたみたいな路傍の石ころに優しくするなんて、ハレーすいせいの観測と同じくらい珍しいことなんだから」

「次、花房さんが俺に優しくしてくれるのは、七十六年後か……」

「ふふっ。でもまあ、あんたは憂花ちゃんの大ファンだからね。──憂花ちゃん、ファンは大事にするから」

「……そっか」

 ああ、それは知ってる。

 俺はそう、頭の中だけで返事をする。それを言葉にはできなかった。

 それから、花房はどこか大人びた微笑を一瞬だけ浮かべると、それをすぐさま子供じみた笑顔に変えたのち、明るい声音でこう言ってきた。

「さて! それじゃあそろそろ、本屋に行こっか!」

「は? 本屋? なんで?」

「なんでって、そんなの──憂花ちゃんが表紙を飾った雑誌がどんだけ売れてるか、見に行くに決まってんじゃん」

「……花房さんって意外と、そういうみみっちいこと好きだよな」

「みみっちいって何よ! 頭切り開いて脳みそグチャグチャにするよ!?

「悪口のはんちゅうを超えてるだろそれ……って、なに? 本当にいまから行く気か?」

 そそくさと席を立ち、帰り支度を始めた花房に、俺はそう尋ねた。そしたら彼女は「当たり前でしょ」と返事をする。というか確認なんだけど、それって──。

「そ、その本屋には、俺も一緒に行く感じですか……?」

「??? そうだけど? なんか問題ある?」

「い、いや、問題というか……そもそも、俺が一緒に行く意味なくないか?」

「え? だって憂花ちゃん一人で雑誌を見に行ったら、『まんさきのU‐Kaだ! あの子、自分が表紙の雑誌を一人で買いにきてる! 意外と自分好きなのかな? かわいいー!』ってなっちゃうじゃん。そうならないための理由付けに、あんたが必要なのよ」

「あ、ああ、そういう……」

「……ん? もしかしてあんた、憂花ちゃんがあんたと放課後デートしたいから、夜宮を誘ったとでも思った?」

「そそそそそそんな大それたこと思う訳ないだろうが!」

「……夜宮ってさ、たまに自意識過剰な時があるよね」

「ぐはう!?

 心臓を言葉のナイフで刺される俺。犯人は過去に同じ罪を犯した経験のある、前科一犯の女だった。花房はいつも、言葉のナイフをふところに忍ばせ過ぎだろ……俺がそんなことを思っていると、帰り支度を終えたらしい彼女は改めて、俺に向かって言った。

「よし。それじゃあ行こっか」

「……もしそれを、俺が嫌だと言ったら?」

「は? 拒否権? そんなの、夜宮にある訳ないんですけど? 憂花ちゃんの言うことは絶対なんですけど?」

「それどこの王様ゲーム……」

「王様ゲーム? なにが?」

「あ、別に王様ゲームをなぞった訳じゃないのね? ……というか、王様ゲームの文言をパクった訳じゃないのに、素でその発言が出てくるあたり、こいつやべえな……」

「つか、無駄なことぐだぐだ話しててもしょうがないから。ほら行くよ」

…………

 花房にそう言われても、頑として椅子から立ち上がろうとしない俺。そんな俺を見た花房は、わかりやすくイラついたような顔になると、俺をにらみながら言葉を重ねた。

「なにが気に食わないわけ? 憂花ちゃんと放課後、一緒に街をぶらぶらできるんだよ? 憂花ちゃんの大ファンであるあんたなら、食いついて当然だと思うけど」

「そこなんだ、花房さん。そこなんだよ」

「え……そこなんだよって、何が?」

「俺は、まんさきのU‐Kaの大ファンだからこそ、こう思うんだ──俺みたいないちファンが、まんさきのU‐Kaと一緒に、二人で出かけていい訳がないと!」

「……こいつ、憂花ちゃんのことが好き過ぎてめんどいんだけど」

「ファンにめんどいとか言うな。お前はそれでも俺の推しかよ」

 俺がそう言うと、花房はだるそうに一つため息をいたのち、椅子に座り直した。それから、俺をじっと見やる。さっさと話を進めろ、とその目が語っていた。

「俺はな、花房さん……まんさきのU‐Kaの周りには、一人も男がいて欲しくないんだよ。谷町さんはまあしょうがないとして、まんさきのU‐Kaから『男っ気』というものが一ミリだって香ってて欲しくないんだ。これはわかるよな?」

「まあ、うん……独占欲ね?」

「うーん、それともまたちょっと違うんだけど……ともかく。そういう訳だから俺は、まんさきのU‐Kaの大ファンとして──俺という男がまんさきのU‐Kaと一緒に出歩くことを、許容できないんだよ!」

「……そこは普通、憂花ちゃんと一緒にいられてうれしい! ってなるんじゃないの?」

「馬鹿。そうなるやつは三流だよ」

「それが三流なんだとして、憂花ちゃん的には、いまこんなどうでもいいところでめさせられてる一流のあんたの方が、よっぽどしんど──何でもないけどね」

「言葉を飲み込むのがおせえんだよなあ……」

 でも、本当にそう思うのだ。

 俺はまんさきのU‐Kaを心から推してるからこそ、推しとの関係をわきまえずに、放課後、彼女と一緒には出かけられない。それが俺の思う、ファンとしての一線だった。

 まあ俺、CDショップとかで彼女と会った時には、普通に話し込んでたけど……ただ、推しと偶然外で会うのと、一緒に出掛けるのとでは、そこにある親密さが違うしな。

 俺がそう思っていると、花房はまた一つため息を吐いたのち、あきれたように言った。

「一緒に来てくんないと、まんさきのデモ音源、あげないけど?」

「な──そ、それは、お前……契約と違うじゃねえか! だってあれは、花房さんの本性を俺が他人に漏らさずにいたら、その報酬にあげるって約束で──」

「うん、そうだね。そういう約束だった。でも、こんなに可愛い憂花ちゃんと、放課後デートしたくないなんて……そんなわがまま言うなら、あげないよ?」

「わがまま言ってんのはどっちだよおい!」

 まんさきのデモ音源の約束を、体よく利用し過ぎだろこいつ。

 俺がそう思いながら花房の目を見やると、彼女はイラついたようにこちらを睨み返してきた。……あ、マジだ。こいつ、俺がこれから彼女と一緒に本屋に行かなかったら、マジでデモ音源の約束はなかったことにする気でいる。き、汚えよそれ……!

 思いつつ、俺は二つの事柄を、頭の中でてんびんにかける……まんさきのU‐Kaが男と一緒に歩くべきじゃないという、ファンとしてのきょうを取るか。それとも、まんさきのデモ音源という、ファンなら喉から手が出るほど欲しいレアアイテムを取るか──。

 熟考したのち、結局は浅ましい結論を出してしまった俺は、小声で言うのだった。

「……わ、わかった。それじゃあ、その……行くか」

「ん? なに? 憂花ちゃん達はどこに、何をしに行くのかな? ちゃんと言ってくんないとわかんないなあ?」

「それは、だから……本屋に……」

「いやいや、違うでしょ? それは目的地で、憂花ちゃん達が何をするかは、別にあるじゃん。──ほら、言ってみ? 夜宮の口から言ってよ」

「そ、それは、あの……ほ、放課後、デートに……」

「ふはっ! 放課後デートって! なにそれ、あまずっぱ! いやいや、別に憂花ちゃん達、そんなんしに行く訳じゃないから! ただ二人で本屋に行くだけだし! なに? 夜宮、そんな風に思ってたの? ちょっとー、勘違いしないでよ。まあ、こんなに可愛い憂花ちゃんと二人で外を歩けるってなったら、勘違いしちゃうのもわかるけどね? ──さ、一緒に行こっ!」

「なんじゃこの女!」

 手のひらの上でころころと弄ばれたのち、俺はそう怒鳴った。い、いやでも、本当にいまのは性格悪いだろ! 男子高校生の純情をなんだと思ってんだこいつ!

 俺は脳内でそう叫びつつ、「早く早くー」と花房にかされるまま、部室を出る……とまあ、こうして俺は、望むと望まざるとにかかわらず、放課後。

 何故なぜか俺の推しと一緒に、本屋に行くこととなってしまったのだった。

 ちなみに、これはちょっとしたオチだけど──花房からもらった、まんさきのU‐Kaが表紙を飾る音楽雑誌は、昨日が発売日だったので……実のところ、俺は彼女から雑誌を貰わなくても、既に一冊、家に同じものが置いてあるのだった。

 まったく、ファンとして推しに気を遣うのも、大変だぜ……まあ一応、花房がくれた方の雑誌にはブックカバーをかけたのち、神棚にまつっとくけどさ……一応な、一応。