第九話 推しとお菓子を食べた。


 その日の放課後。俺が部室の扉を開けると、そこには──大量のお菓子が並べられた四角テーブルの真ん中で、豪快にコンビニパスタをすすってる女がいた。

「……あの、何してんのお前……」

「何って、ご飯食べてるんだけど?」

「いや、それはわかるけど……つかニンニク臭っ!」

「ちょっと。女の子にニンニク臭いとか言わないでよね」

「いやだって、ただの事実だし……お前こそ、勝手に他人の部室に入って、こんな悪魔的な匂いを充満させるなよ。法の網をくぐってるだけで、何らかの犯罪だろこれ……」

「別にあんたは文芸部員なだけで、ここがあんたのものって訳じゃないでしょ」

「それはそうだけど、だからってお前みたいな部外者に、文芸部の部室をニンニク臭くされるいわれはねえよ」

 俺はそう言いつつ、いつも通り、パソコンの前の席に座る。

 改めてはなふさを観察してみると、どうやら彼女が食べているのは、コンビニで売られている大盛りペペロンチーノのようで、いま部室が殺人的な匂いに満ちているのはそのせいらしかった。……ラーメンG太郎といい、本当にニンニク好きだなこの女……。

 というか、この状況はなんというか、色々とおかしかった。──まず花房は今日、まんさきの仕事を理由に、学校を欠席していたのに……何故なぜか、放課後の部室にはいるし。なんなら、部室の鍵を勝手に開けて、先にいるし。

 しかも、ただ先にいるだけではない。いま花房がついている四角テーブルには所せましと、山ほどのお菓子が並べられていた。たぶんコンビニパスタと同様、これらのお菓子も学校近くのコンビニで調達してきたんだろうけど──何でこいつ、こんな大量のお菓子をここで広げてんだよ……家に持って帰れよ。

 そんな風に状況を検分したのち、もろもろ察した俺は、とある予測を立てる。

『家に帰ったら絶対に、プリン食べる』

 以前そう言っていた花房は食べることが大好きで、嫌な思いをした際には好きなものを食べることで、自身の抱えるストレスを解消する傾向があった。

 そんな彼女がいま、仕事終わりに大量のお菓子を買い込み、ここに来ている──。

 それはつまり、花房は今日、仕事で何か嫌なことがあって……だから、そのムシャクシャした気持ちを晴らすために、人目につかない文芸部の部室で、お菓子をやけ食いしようとしているのではないだろうか?

 そこまで予想した俺は、花房を刺激しないよう、軽い声音で尋ねた。

「何か、仕事であったのか?」

「……別に? 何もないけど?」

「そうですか……」

 何かあったやつの「別に」だった。どうも、行間を読めるタイプのオタクです。

 ……というか、花房は本当にこういう時、愚痴や弱音をこぼさないよな。こいつ、俺に愚痴りたいから部室に来てるんじゃなかったのか? 俺がそう考えながら彼女を見ていると、ふいにパスタを食べる手を止めた花房が、ジト目になって俺をにらんできた。

「……そんなに見られても、あげないけど?」

「食べたくて見てたんじゃねえよ。他人がみんな、お前みたいな食いしん坊だと思うな」

「誰が食いしん坊じゃ。あんたの妹に酷いことしてやろうか」

「性悪じゃなくて極悪じゃねえかそれ。家族にだけは手を出すな」

 俺のそんなツッコミを聞き流しつつ、ずぞぞっ、とパスタを啜り上げ、それを完食する花房。彼女は「ごちそうさまでした」と手を合わせると、椅子から立ち上がり、四角テーブルに広がる大量のお菓子を片っ端から開け始めた。

…………

 いや、食べるのから順に開けてけよ。そんなことしたら最後の方は絶対しけっちゃうだろ。子供みたいなやつだな。

 俺のそんな思いなどつゆ知らず、テーブルに広がるお菓子の口を全部開け終えると、花房はむふー、と息を吐いたのち、レジ袋からコーラを取り出して、こう呟いた。

「いま、ゆうかのうたげが始まる……!」

「……何というか、人生楽しそうだなお前」

「は? むしろ逆なんですけど? 人生はゆうちゃんに厳しいから、憂花ちゃんはたまにこういうことをしないといけないんですけど?」

「そ、そっか……悪い、余計なこと言った」

 あの『家帰ったらプリン食べる事件』が顕著だけど、こう見えて花房、ストレス耐性はめっちゃ低いもんな……。

 俺がそんなことを思っていると、花房は突然「ちっ」と小さく舌打ちをしたのち、どこか取り繕ったような微笑を顔に張り付けてから、言葉を続けた。

「や、そんなマジになって謝んなくていいから。──別に、いまのは冗談だし。憂花ちゃん、人生が厳しいとか、全然思ってないよ? だって私、そこら辺の女の子じゃ手に入れられないもの、いっぱい持ってるもん。才能、お金、美貌──そんな、何でも持ってる憂花ちゃんが人生厳しいとか、思う訳ないじゃん」

「でも、何でも持ってるからって、悩み事が一つもないかって言ったら、そういう訳でもないだろ?」

────

「まあ、何でも持ってる奴の悩みがどんなものかなんて、そんなん知らねえけどさ。俺みたいな何も持ってない奴には想像もできねえよ。……ただ、想像ができないからって、それがないってことにはならないだろ」

 そこまで言ったのち、俺はぞわり、と自身の腕に鳥肌が立つのを感じ──それでようやく、冷静な自分を取り戻した。

 ……お、俺はいま、偉そうに何を言ってた? まんさきのU‐Kaゆうかに対して、こともあろうに、俺なんかが……まさか、彼女を励まそうなんて、そんな大それたことを考えた訳じゃないよな? 俺はそこまでうぬぼれた人間じゃないよな?

 そうして、自分のした発言に不安を抱いていると、花房はふい、とそっぽを向くように顔を横にらしながら、くされたように言った。

「できないくせに、優しくしようとか、しないでくれない?」

…………

「まあ、優しくしようとしてくれたのは、素直にうれしいけどね……」

 そんな可愛かわいらしいことをつぶやく彼女の頰は、少しだけ朱に染まっていた。

 それに気づいた瞬間、花房の方をまともに見れなくなる俺。自分が言ったこと、彼女が言ってくれたことに対して、脳内で「ああああああああ!」とのたうち回る。種々様々な感情が去来し──俺の頭の中で、想像上のちっちゃい俺が、想像上のベッドの上をめっちゃごろんごろんしていた。とりあえず、誰かいますぐ俺を殺してくれ。

 それから、どこか照れくさそうな顔をした花房は「んん!」とせきばらいをすると、ぷしゅっと開けたペットボトルのコーラを一口だけ飲んだのち、改めて宣言した。

「さ、さて! それじゃあ気を取り直して、お金持ちの憂花ちゃんが金に飽かせて大人買いしてきた、これらのお菓子を食べよーっと!」

「……なんかお前が金持ってるのって、結構怖いよな……いつか軽い気持ちでFXとかに手を出して、エラいことになりそうでファンとして心配……」

「心配してもらわなくても、憂花ちゃん、稼いだお金はお菓子とラーメンG太郎とCDぐらいにしか使ってないから、大丈夫だよ」

「それはそれで、女子高生として心配になるな……というかお前、マジでこんな山盛りのお菓子を全部食べきる気か? 何個か、家に持って帰ったりは──」

「ううん、しないよ。つか、ここにあるお菓子の封を片っ端から開けちゃったのに、それで食べない訳ないじゃん。みやは馬鹿だなあ」

「この量のお菓子を片っ端から開けちゃったお前にだけは言われたくねえよ……別に俺、花房さんがすげえデブったとしても、まんさきのU‐Kaを応援し続けられる自信はあるんだけど──さすがにカロリーとか考えた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫。ちょっと前にも言ったけど、憂花ちゃん、いっぱい食べても全く太らない体質だから。むしろカロリーの方が、どうやったら憂花ちゃんを太らせられるか考えた方がいいんじゃない?」

「何なんその、とにかくお前が高慢だってことしかわかんない謎発言は」

 そんな会話を交わしたのち、花房は早速、開封したお菓子に手を伸ばし始めた。ポテチを食べて「うま」、チョコを食べて「やば」、スナックを食べて「やばたにえん」と感想を漏らす。めちゃくちゃ知能が低下していた。やばたにえんなのはお前の語彙力だろ。

 そう内心でツッコみつつ、俺は近くにあったポテチの袋に、そっと手を伸ばす。

 これだけあるんだし、一つくらいいいだろ、と伸ばされた俺の右手は、しかし──ぱしん! と。ポテチを摘まみ取る前に、花房にはたき落とされてしまった。

「いたっ! な、何を……」

「あんたこそ、何してるわけ? これは憂花ちゃんが自分で選んで、自分でお金払って、自分で持ってきたお菓子なんだけど? だから、あんたが食べていいわけなくない?」

「い、いやでも、こんなにいっぱいあるんだから──」

「いっぱいはないじゃん」

「え……?」

 言われた俺は改めて、四角テーブルの上に広がったお菓子を見やる……ピ〇ポテト、コンソメ〇ンチ、わさ〇ーフ、ポッ〇ー、プ〇ッツ、トッ〇、ポテ〇ング──それ以外にも初めて見た新商品や、攻めた味付けの斬新なお菓子が、そこには山ほど置かれていた。

 それらを確認したのち、俺は再び花房を見つめる。すると、彼女は改めて言った。

「いっぱいは、ないじゃん?」

「やだこの子。いっぱいの基準が一般人とかけ離れてる……!」

「だから、夜宮が食べていいお菓子なんか、ここにはないの。もし食べたいんだったら、憂花ちゃんがお金あげるから、自分で買ってきなよ」

「お金を渡してお菓子買わせてくれるとか、お前は俺のおばあちゃんなの?」

 俺がそうツッコんでも、花房はいまだ警戒したまなざしで俺を睨んでいた。いや、もう食おうとしねえから、そんな万引きGメンみたいな目をこっちに向けんなよ……つか、不用意に他人の手をはたかないでくんない? 俺みたいなモテない系男子は、女の子の手にはたかれた程度のことでも十分ドキっとできるからな?

 俺が心の中でそう思っていると、お菓子を食べ進めていた花房が、突然──「やばっ!」とひときわ大きな声で言って、一つの袋を手に取った。

 それはポテチ系のお菓子で、パッケージには『ポテサラ味』と表記されていた。

「これやばい! 超おいしい! 食べてみて!」

「え? 食べていいのか?」

「いいから! ほら早く!」

「さっきは俺がポテチを一枚食べようとしただけで、怒ったくせに……」

「いつの話してんの? 早く食べてって!」

 こちとら、ついさっきの話をしてるんですけど。さすがに鳥頭が過ぎるだろ。

 思いつつ、俺は花房が向けてきた袋の口から、彼女オススメのポテチを一枚摘まみ、食べてみる。──ん! これは結構悪くないな……いや、むしろいい! 美味おいしい!

「なかなかいけるな……」

「でしょ? やっぱなー、憂花ちゃんはこういうとこがあるんだよねー。お菓子選びですら、神に最高のセンスを与えられてしまう……はあ、失敗とか、してみたい……」

「いや、こんだけ買えばそりゃ一個くらい当たるだろ」

 テーブルに広がるお菓子の山を横目に見ながら、俺はそうツッコむ。それから、マジでこの味を気に入った俺は再度、ポテサラ味のポテチに手を伸ばしたけど、次の瞬間──ぱしっ! という音と共に、俺の右手は再び、花房にはたかれてしまった。

「いたっ! お、お前……」

「どうして夜宮は学習しないかなあ……いい? これは、憂花ちゃんのお菓子なの! だから、あんたは、食べちゃ駄目!」

「そんな犬にしつけるみたいに言わなくても、わかるから……というか、このポテチに関しては、俺も食べていいってなった訳じゃないのか?」

「違うし。憂花ちゃんはあんたと、『このポテチ美味しいよね!』っていう感想を共有したかっただけで、それが共有できたらもう、あんたに食べる権利はないの」

「……なるほどな。つまり花房さんは、自分の感想に共感してもらいたかっただけで、美味しいお菓子を俺に食べさせてあげたかった訳じゃないと?」

「そう! だいたい正解!」

「当たってこんなに嬉しくないクイズも珍しいな……」

 何というか、すげー花房らしい一幕だった。

 俺が勝手に彼女のお菓子を食べるのは駄目だけど、感想の共有をするために食べるのは良くて。でも、そのための一枚を食べ終えたら、あとはちょっとも食べちゃいけない、とか──花房の性悪さというか、女の子らしい自分勝手さがにじみ出た言動だった。

 ……もうなんか最近、花房憂花って女の子に、まんさきのU‐Kaを追い求めてる俺の方が悪い気がしてきたよこれ……俺がそんなことを考えていたら、ふいに、花房のスマホがぴんこん、と鳴る。どうやらラインのメッセージが届いたらしい。

「せっかく、人がお菓子フェスしてる時に……」

 彼女はそう呟きつつ、学生カバンから取り出したポケットティッシュで手を拭くと、スマホを確認する。

 すると、花房は見る見るうちに顔を青ざめさせて、ついには──「うわあああああ忘れてたあああああ!」と絶叫した。な、なに急に!? すげー怖いんですけど!

「ど、どうした……?」

 俺のそんな問いかけに対し、花房は涙目になってこちらを見やる。「よ、夜宮ぁ……」普段の彼女からは想像もできない、弱りきった、すがるような声音に驚いていると、花房は悲しげな表情を隠さないまま、話を続けた。

「いま、マネージャーさんから連絡があってね……そういえば憂花ちゃん、一週間後に、タワレコのポスター撮影をするんだよ……」

「へえ! すごいじゃんか! タワレコのポスターにまんさきが!」

「うん。それ自体はすっごい嬉しいんだけどさ……だから憂花ちゃん、体型とか、気にしないといけなくて……」

…………あ」

 そんな会話をしている俺達の目の前には、口の開いたお菓子の山。

 こんなん、わざわざカロリーを計算するまでもない。これだけのお菓子を一人で食べれば、誰だってデブまっしぐらだった。

「ゆ、憂花ちゃん、マジで太んないんだよ? カロリーとか気にしなくても、ぜんぜん太らない体質で、だから……これも、食べて平気なのに……」

「い、いや、花房さん? この量は、さすがに──」

「違うのよ! 本当に、食べても平気なの! このくらいなら食べたって絶対、太るはずなんかなくて! だから、食べてもいいんだけど……これは、プロとしての自覚だから。ここで、我慢できずにお菓子をばくばく食べちゃうとか、そんなのは……まんさきのU‐Kaとして、あり得ないから……だから、憂花ちゃんは我慢するしかないんだよ……うわああああああん!」

 そう泣き叫びながら、自身の顔を両手で覆う花房。……どうやらマジで泣いてるらしかった。そ、そんなにか……そんなに食べたかったか、これらのお菓子が……。

 それから、花房のえつがニンニク臭い部室にしばし響いたのち──ようやく泣きんだ彼女は涙を拭うと、静かに顔を上げる。

 そして、まっすぐ俺を見つめながら、花房は真剣な声音で言った。

「そういう訳だから……あんたが、食べて」

「い、いいのか? お前が食べたかったお菓子だろ?」

「うん、いいよ……本当は、よくないけど。ここでよくないって言わないのが、私なりの覚悟だもん。──そうやって私は、『まんげつよるきたい』のボーカル、U‐Kaをやってきたんだから」

「セリフだけはちゃちゃかっこいいぜ……」

 ただ、この話をざっとまとめると、『お菓子をいっぱい開けちゃった花房が、ポスター撮影を控えているのを思い出して、もうお菓子食べれない。悲しい』ってだけである。こんなちっちゃいエピソードで、まんさきのU‐Kaとしての強さを見せてくれるなよ……。

 俺はそう思いつつも、真剣な表情の花房に「わかった」とうなずいてみせると、さっそく封の開いたお菓子を食べ始める──。

 ちなみに、花房チョイスのお菓子はそのどれもが美味しいものばかりで、確かに彼女にはお菓子選びの才能まであるのかもしれなかった。風が語りかけます。うまい、うますぎる……(このネタがわかったあなたは埼玉県民)。

「ああ、ポッ〇ー……! そんな、いっぺんに食べちゃもったいないでしょ……もっと一本一本、味わって食べ──なっ、コンソメ〇ンチもそんなに! ああ! ざーって! 最後、袋の底に残ったポテチのカスをざーって! それ、憂花ちゃんがやりたかったのに!」

…………

「ポテサラ味! 憂花ちゃん、それ好きだって思ったから、後半にいっぱい食べようと思って残してたのに! えっ……ちょっとポテ〇ング!? うそ、ポテ〇ング全然食べてなかった! 大好きなのに! 大好きだからまるまる手をつけてなかった! やだ、夜宮に全部食べられちゃう……そんなのやだああああああ!」

「いや食いづれえよ!!

 やいのやいの横から言ってくる花房に、俺は大声でツッコんだ。

 いやほんと、こいつ面白過ぎない? 俺、お菓子食べてるだけよ? それなのに、こんだけリアクションが取れるなんて、どんだけお菓子が好きなんだよ。どんだけ食べることが好きなんだ。

 そんなこんなで結局、俺が花房のお菓子を全部食べてしまうのも、どうにも心苦しかったので……俺は一人でコンビニに行き、そこでジップロックを購入。さっさと部室に戻ると、口の開いたお菓子をジップロックに移し替え、花房に持たせるのだった。

 そしたら花房はマジの顔で「ありがとう、夜宮……」と言ってきたけど、いや、この程度のことでそんなガチ感謝をするなよ……もっと違う場面で聞きたかったわ。