第七話 推しは一枚上手だった。
放課後。文芸部の部室にて。
「さあ、今日も素晴らしいテキストを書くぜぇ、超書くぜぇ……」
旧型のパソコンを前にした俺は、指をこきこき鳴らしながら、そう呟いた。
そうして、俺はワードを立ち上げると、ブログ記事の執筆を開始する。気持ち悪い笑みを浮かべながらキーボードを打鍵していたら(これ、執筆あるあるな)──突然、扉が横滑りする乱暴な音と共に、彼女が現れた。
「こんにちは! ここで、
「な──お、お前、何してるんだよ……!」
「何って、暇だから遊びに来ただけだけど?」
そう言って、彼女──
それから、花房は俺の隣の席に座ると、テーブルに肘をつきながら続けた。

「あんた一人だけ? 確かうちのクラスの
「よ、良く知ってるなお前……確かにそうなんだけど、あいつは幽霊部員だから、あんまりここには来ないんだよ。来るペースとしては月に一、二回。たまーに来てはここの本棚から
「ふうん? 檜原さん、幽霊部員だったんだ。──彼女とは仲いいの?」
「……知り合いと呼んでいいのかもわかんねえな……」
「ふふっ、ぼっちこじらせ過ぎでしょ」
「うるせえ。お前もぼっちにしてやろうか」
ムッとした感情そのままに、謎な発言をする俺。すると花房は、「きゃー、ぼっちこわーい。うつされるー」と、わざとらしい甘い声で言った。完全に
実際、幽霊部員である檜原
ちなみに、このあいだ二時間ほど彼女と一緒に部活をして、唯一交わした会話は──。
「よ、
「え……ああ。じゃあ、暇な時に読んでみるわ……」
「うん、是非……」
「ああ、近いうちに……」
「「…………」」
完。これだけである。熟年夫婦だってもっと会話してるだろ。
そんな感じで、俺が所属する文芸部にはもう一人、檜原由女という幽霊部員がいるものの、彼女は俺の友人でもなんでもないので、俺はやっぱりこの学校で真っ当にぼっちしているのだった。──真っ当にぼっちするってなんだよ。新しい日本語作んな。
俺がそんなことを考えていると、花房はふいにからかうような顔になって、続けた。
「でもよかったね夜宮。憂花ちゃんと文芸部の部室でも
「いやだから、俺は思い出なんかなくても、強く生きていけるっつうの……独身だろうがなんだろうが、俺には二次元があるから。それさえあれば寂しくなんてねえんだよ」
「なんか、一生独身って部分は否定しないのがあんたらしいね……」
「むしろ、俺が誰か三次元の女の子と付き合ったり、結婚したりする方が驚きだな。まだ二次元の嫁と結婚する方が現実的だ」
「オタクがなんか訳わかんないこと言ってるんですけど……」
「早く二次元の嫁と結婚できる未来こねえかなー……人間そっくりのロボットはもう出来てんだし、割と近い未来だと思うんだけどな。そういう三次元的な存在に俺達の二次元嫁を反映させることができれば、現実に『
「帰ってきなって夜宮。まだギリッギリ戻れるから。人の道を
「俺、大学に入ったら『どうすれば二次元の女の子を三次元に存在させることが可能なのか』って研究するわ」
「それよりも病院行きなって。ほら、憂花ちゃんも付いてってあげるから」
「馬鹿お前。この病気が病院で治る訳ないだろ!」
「じゃあなおさら自力で治す努力をしなさいよ!」
売り言葉に買い言葉という感じで、醜く言い争う俺と花房。……無駄にヒートアップし過ぎてんな。花房もそう思ったのか、彼女は一つ息を吐くと、落ち着いた声音で続けた。
「いやまあ、あんたがそれでいいなら、別にいいんだけどさ……ただ、あんたがオタクなのは全然いいんだけど、あんたのその『二次元嫁を現実に』って発想はキモくない寄りのキモいだから、ちょっと控えてくんない?」
「いやそれ、結局はキモいって言っちゃってるじゃねえか……せっかくオブラートに包んでくれたんなら、最後まで包みきれよ……」
言いつつ、何度言われても慣れない「キモい」というワードに
思いながら、俺は話を元に戻す──というか、まんさきのU‐Kaが俺の所属する文芸部にいるという、あまりにも現実味のないこの状況に対して、改めて彼女に尋ねた。
「つかお前、マジで何しに来たんだよ……だいたい、どうして俺が文芸部員だって知ってるんだ?」
「それは、ええと……そう! 情報通の
「
「……うん。あんたがそう思うんなら、そうなんじゃない?」
「おい、冗談だから。ふざけて言っただけだから、そんな風に
「そうだよね。あんた、友達のいないぼっちだもんね……こういう時、勘違いしちゃうのもしょうがないよね。──大丈夫! 姫ちゃんは優しいから、あんたが姫ちゃんに告白しても、未練が残らないくらいめちゃくちゃ冷たくフッてくれると思うよ!」
「それは果たして優しいと言えるのでしょうか……というか、俺別に勘違いしてねえし。だから姫崎に告白とかもしねえから」
「はいはい。──それで? 姫ちゃんにフラれて残念会の日取りはいつにする?」
「俺が玉砕したあとのアフターケアまで考え始めてるんじゃねよ」
「残念会には姫ちゃんも呼んでいいよね?」
「思慮の足りなさがエグ過ぎるだろお前。何で俺の『姫崎にフラれて残念会』にフッた当人が登場してんだよ。本当に俺を慰める気あんのか」
「だって人数は多い方が楽しいじゃん!」
「もしかしなくてもパリピって脳みそがツルツルなのでは?」
俺のそんな失礼なツッコミを受け、花房は「あははっ」と声を出して笑った。……あんま楽しそうに笑わないでくんない? 顔立ちが整ってるぶん、そういう無邪気な笑顔を向けられるとドキっとすんだよ……。
思いつつ、俺は一つ
「つか、いい加減話を戻すけど──ええと、それで? 俺が文芸部員だってことを、姫崎から聞いたのはわかったけど……で、でも、どうしてそれを知ったお前は、わざわざこうして、俺が部活してるところに来たんだよ……?」
「…………」
俺の言葉に、花房は照れくさそうに頰を
もしかしたら彼女は、俺に会いたいから、会いに来てくれたのではないかと。
そんな、夢みたいな──何より、ファンとしてあるまじき考えを抱いた俺は、それと同時に、自分自身を強く
そんな風に自己嫌悪をしていると、ふいに、花房は破顔した。
それは、自身の本性を隠そうともしない、悪ガキみたいな笑みで……それを
そうして花房は、『どうしてここに来たのか』という俺の質問に、静かに答えてくれた。
「ガス抜きがしたいのよ」
「へ……? が、ガス抜き?」
「うん、そう。ガス抜き。──夜宮はさ、憂花ちゃんがちょっとだけ腹黒いのを、知ってるでしょ?」
「あ、ああ……まあ、お前はちょっとどころか、がっつり腹黒いけどな」
「ちょっと。間違ってない部分を訂正しないでよ。……ともかく、少し
「なんでそんなこと思っちゃったの?」
「だからこそ、いま憂花ちゃんはここにいるんだよ。──そういう訳で今後も、憂花ちゃんがガス抜きしたくなったら、ちょくちょく遊びに来るから。よかったね、あんたの大好きな女の子が、たまにあんたに絡みに来てくれるようになって。大いに喜んでいいよ?」
「…………」
「感動で声も出ないみたいね」
「
俺がそうツッコむと、またいつものように「ふふっ」と、楽しげに花房は笑った。な、何というか、おかしな話になりつつあるぞこれ……つか、俺の推しが『ガス抜き』って単語を使ってんの、
「ち、ちなみになんですけど、それって、俺に拒否権とかは……」
「??? きょひけん?」
「拒否権という言葉自体、ご存じでない……?」
「だって憂花ちゃんだよ? あの憂花ちゃんが、あんたに拒否されるとか……逆に聞くけど、そんなことがあっていいと思う?」
「めちゃくちゃ上から目線なのに、妙な説得力があるのなんなの……」
「そもそも夜宮は、憂花ちゃんのことが大好きなんでしょ? だったら、憂花ちゃんと一緒にいられるのに、拒否する理由とかなくない? ……たとえ、憂花ちゃんに山ほど愚痴を聞かされて、しんどい思いをするにしてもさ」
「いま言った! 俺がそれを拒否する理由を、小声で言ったよなお前!」
そう叫ぶ俺に対し、花房は「あはは」と誤魔化すように笑った。次いで、彼女は一瞬だけ真剣な表情を浮かべると──ふっと相好を崩しながら、柔らかな声音で続けた。
「じゃあ、いいよ。憂花ちゃんは優しいから、選択肢をあげる」
「え……選択肢?」
「うん。──憂花ちゃんだって、ちょっとだけ腹黒とは言っても、性根がねじ曲がってる訳じゃないからね。あんたが心の底から嫌がってるなら、いい。放課後、たまに文芸部の部室に来て、憂花ちゃんのためにあんたを利用するのは、やめてあげるよ」
「…………」
「でも、ちゃんと聞かせて? ──憂花ちゃんが来たら、迷惑?」
花房はそう言いながら、俺の目を
そんな彼女の表情は、微笑。柔らかなほほえみ。男を狂わす、魔性の笑み。
……たぶん、彼女はわかっていた。変なところで偽善的な俺の性格とか、だけど自分から一歩を踏み出す勇気は持たない、オタク気質なところとか──結局、俺は彼女のファンで、だからこそ立場的には優位なところとか。……もしかしたら、ここ最近における俺の心境の変化すら、何となく察しているのかもしれない。
花房はきっと、そういう全部をしっかり踏まえた上で、俺に答えを求めてきたのだ。
「────」
今更ながら、とんでもない女だと思った。
観察眼が鋭いのもそうだし、会話の駆け引きが
だって、俺が先の発言を受け入れるには、『迷惑じゃない』と言わないといけない。
そんなの、まんさきのU‐Kaが大好きな俺には、絶対に言えないのに──。
そこまで考えた俺は、だから……自分でも、俺ってめんどくせえ
「ぶっちゃけ迷惑だ。迷惑だけど、でも……俺は、他人の頼みを断るのが苦手な、偽善者だから。そういう理由で──こ、これからお前が部室に来るのを、み、認めてやってもいい!」
「……えー。欲しかった答えと違うんだけど。やり直し!」
「いや、やり直しとかねえから」
誰がお前の欲しがった答えなんか言ってやるかよ。
だって俺も、お前と同じで、相当ひねくれてるんだから。
そんなことを思っていると、花房は独り言のように「まあ、それもあんたらしいかな。めんどくて」と笑った。うっせえ。お前にだけは言われたくねえよ。
そうして、部室にどこか
「じゃあ夜宮。自販機でジュース買ってきてー」
「認めたと同時にもうそれか。面の皮の厚さがぱないなお前は」
「はいこれ、千円。お釣りはあげる。──大丈夫、憂花ちゃんまんさきってユニットのボーカルやってて、超お金持ちだから。千円なんてはした金だから、気軽に受け取って!」
「お前その金持ちアピールのノリだけはマジでやめろって……冗談なのかもしれないけど、庶民の怒りが先行して笑い飛ばせねえんだよ」
「つか、ツッコミとかいいから早く行ってくれない? マジで」
「お、お前、ツッコミとかいいって……俺の存在意義どうすんだよそれ……」
「なに? 二千円出せばいい? お金で解決できるなら、憂花ちゃん全然お金払うけど? ジュース一本にいくらでも出せるけど?」
「お金で解決できない問題だってあるんだよ! ちなみに今回のこれは、俺のプライドの問題だ!」
「そのプライド、いくら出せばへし折れるのかなあ?」
「誰かこいつからキャッシュカードを取り上げろ!」
俺がそうツッコむと同時、
結局、そのあとも俺達はそんな会話を続けたのち、最終的には──一人で自販機に行った花房が、
なので、俺がそのぶんのお金を払おうとしたら、「いやいや、憂花ちゃんがお金持ちなのは本当だから、そんなはした金いらないし」と、割とマジのトーンで突っぱねられてしまうのだった。……あのさあ、俺にジュースを