第三話 推しから呼び出しを食らった。


 まんさきのU‐Kaがかなりアレな性格をしていると発覚した翌日。昼休みの時間。

 昼食を食べ終えた俺は自席から、はなふさが一部の本当に仲の良い女友達と共に、流行はやり物好きのクラスメイト達に群がられているのを、遠巻きに見つめていた。

ゆうちゃんってさ、好きな動物とかいるの?」

「好きな動物? うーん、ウサギかな。目とか耳とか、超可愛くない?」

「わかる! ウサギいいよね!」

「好きな映画は?」

「映画はあまり見ないから、詳しくないけど……『ミニオンズ』とか好きだよ」

「音楽はなに聴いてるの!?

「ボカロとか結構聴いてるかな。私、ちょっとオタクなところあるから」

「てか、憂花ちゃんって歌が激うまだけど、なんでそんな上手うまいん? やっぱ才能?」

「げ、激うまって……いま上手くなろうと頑張ってる最中だから、つきよしさんにそう言ってもらえるほど上手くはないと思うんだけど──でも、褒めてくれてありがとね」

「えへへー。どういたしまして」

「ただぶっちゃけちゃうと、歌に関しては全然、自分の才能って感じじゃないかな……いま私、ボイトレに通ってるんだけどね、その先生がすっごい教え方が上手で! だから、私が少しでもみんなに歌が上手いと思ってもらえてるのなら、その人のおかげかな」

「……本当、あんたって凄いよね。何というか、他人よりも明らかにひいでてるのに、調子に乗ってないっていうか。人間としてでき過ぎじゃない?」

「そ、そう? でも私、調子に乗る人ってあんまり好きじゃないから、だからっていうのはあるかな……よくお父さんには、『うぬぼれない人間になりなさい』って言われてたし、だからうぬぼれないようにしようとはいつも思ってるよ」

「め、女神様や……このクラスに女神様がおわせられるで!」

 感動したように、花房に群がる取り巻きの男子Aがそう言った。お前、なんでいきなり関西弁なんだよ。ここ、埼玉だぞ。サイタマラリアの発生源だぞ。俺達みたいな埼玉県民はそこらへんの草しか食っちゃいけないって知らないのかよ。

 思いつつ、俺は一つ息を吐く。たぶん俺だって昨日のことさえなければ、彼のように花房を崇拝していただろう……しかし、彼女の本性をかいたばかりの俺には、わかる。

 花房はいま、国語辞典くらい分厚い仮面を被って、クラスメイトと接していた。

 ……いやほんと、よくもまあそんだけ上手いこと仮面を被れるもんだと、感心してしまう。俺みたいな、建前を上手く使いこなせない不器用な人間とは大違いだ。

「あはは、女神って……逆にやりづらいから、あんまり大げさなこと言わないでよ」

 そう言って、温和に笑う花房。彼女は誰がどう見ても、性格のできた良い子で。自分が有名人であることや、容姿端麗であることを鼻にかけていない、素敵な女の子だった。

 しかし、それは彼女の本当の姿ではなく、人前用の擬態で──実際の彼女は、イラついた時にはゴミ箱を蹴りつけてしまう程度には、腹黒い女の子だった。

 ……ただ、そんな本質を抱える彼女ではあるけど、それが周囲にバレる可能性は、今後も低いと思われる。

 それは何故なら、彼女が被っている仮面の精度が、あまりにも高いからだ。

 だからこそ、昨日の俺みたいに──「彼女の本性を垣間見る出来事」にでも遭遇しなければ、彼女が仮面をつけているなんて、周囲の人間は考えもしないはずだった。

「そういうとこも含めて、マジで怖い女だな……」

 俺の口からつい、率直な感想がまろび出る。

 と、次の瞬間──ふいに、花房がこちらを見てきた。

 目と目が合い、色んな意味で心臓が早鐘を打つ。それから、俺に見られていたことに気づいた彼女は、にこっ、と柔和にほほんだ。……せっかく俺の推しが笑顔をくれたっていうのに、含みしか感じないのは何故なんですかね?

「ごめん、少しお手洗い行ってくるね?」

 そう言って花房は席を立つと、教室後方の扉に向かって歩き出した。……すると、その途中。俺がいる席のすぐ横を通った彼女は、刹那──甘くささやくように、呟いた。

「ちょっとツラ貸して♡」

────

 怖っ! 何その呼び出し文句!

 そんな感想を抱く俺を尻目に、花房は教室後方の扉から廊下に出て行った。……それを受けて、俺もしぶしぶ席を立ち教室を出る。足早に歩く花房の背中を追いかけると、彼女は空き教室の中に入ったので、俺も恐る恐るそこに入った。

 そしたら、そこには──。

「あのさあ……あんた、さっきから見過ぎだから。まあ憂花ちゃんはこの学校で一番可愛かわいいし? だからあんたみたいな、女の子とまともにしゃべったこともないオタクが、憂花ちゃんに目を奪われちゃうのも仕方ないけどさ。でも、少しぐらい自重してくれない?」

 空き教室の椅子に足を組んで座り、そんなひどいことをまくしたてる──分厚い仮面を取り払った、まんさきのU‐Kaではない誰かがいた。……これ、仮面をかぶって性格を偽ってるとかじゃなくて、もはや双子の妹とかなんじゃないの……。

 思いつつ、俺はおずおずと口を開く。乾いた唇から必死に言葉を絞り出した。

「……お、お前こそ。さっきのあれ、なんだよ。めちゃくちゃ猫被ってるじゃねえか」

「そうだよ? つか、昨日言ったじゃん。憂花ちゃん、めっちゃ猫被ってるって」

「いや、確かに言ってたけどさ……改めて見ると、お前、とんでもねえなって……」

「ん、褒めてくれてありがと。──でも、その程度の褒めじゃ憂花ちゃんにはもの足りないから、もっと褒めなよ」

「いや、そもそもが褒めてねえんだけど?」

 俺がそうツッコんでも、花房はそれを無視してうんうんうなずきながら「いやー、憂花ちゃんは本当に、猫を被るのが上手だからね。将来は女優にでもなろっかなー」と呟くだけだった。……さっき、うぬぼれないよう心掛けてるとか言ってたのはどこのどいつだよ。

「というか、憂花ちゃんが演技の天才とか、あんたに言われなくても自分でわかってるから、それはどうでもよくてね? そうじゃなくて、憂花ちゃんがみやくんをここに呼び出したのは、警告というか……端的に言えば、他人の目がある教室ではできるだけ、さっきみたいに憂花ちゃんにからんでこないでくれない? ってことなんだけど」

「……いや、さっきみたいに絡んでこないで、も何も……別に俺、お前と一ミリだって絡んでないんだけど?」

「でもひめちゃんが、『さっきから根暗がこっち見てんだけど』って言ってたから」

…………

 なにそれ、つらい。俺みたいな陰キャは、女の子を見るのも許されないんですか?

 心が折れそうになっていると、そんな俺を見て花房は、少し慌てた様子で続けた。

「別に、夜宮くんが私の秘密を知らないただのクラスメイトだったら、憂花ちゃんを見るのも全然構わないよ? 下々の者から向けられる好奇の視線を受け止めるのだって、私の仕事だし。だいたい、有象無象に見られて動揺するような憂花ちゃんじゃないしね」

「おい、お前いま俺やクラスメイトのことを有象無象って言ったか?」

「でも、夜宮くん──あんたはもう、私の秘密を知ってるでしょ? だからこそ、今後はなるべく憂花ちゃんに対して、ちゃんと距離を取って欲しいのよ。憂花ちゃんとあんたの間に関係があるとバレて、そこから憂花ちゃんの本性もバレちゃうのが嫌なんだよね。だから、これからはあんまり憂花ちゃんを見たりとか、そういうのはしないでもらえる?」

…………

「まあ、うちのクラスの男子は、憂花ちゃんを見ることで日々の元気をもらっているわけだから、あんたには酷な話だと思うけど」

「それを自分から言うんじゃねえ」

 実際、花房が俺達男子の目の保養になっているというのは、確かにそうだった。まんさきのU‐Kaだと判明する前から彼女、男子人気エグかったからな……。

 というか……ははーん? こいつ、さてはアレだな? 自分がそんだけ可愛いことをちゃんと自覚してて、だからこそ他人をナチュラルに見下している、そんなクソ女だな?

 俺はそう考えながら、一つ息を吐く。言ってることは無茶苦茶だけど、しょうがない。ここで駄々をこねても何の生産性もないと思った俺は、花房にこう告げた。

「ああ、わかったよ。これからは極力、花房さんのことは見ないようにする。……だいたい、猫を被ってる花房さんなんか見てても、気分が悪くなるだけだしな」

「……夜宮くんって、憂花ちゃんの大ファンなくせに、割と言う事がとげとげしくない? もっと憂花ちゃんとお喋りできてうれしいって、むせび泣いてもいいんだよ?」

「誰がむせび泣くか。……つか、勘違いしてるっぽいから言うけど、俺は別に、お前が好きな訳じゃないからな? 歌がめっちゃ上手くて、ウェブや雑誌のインタビューで真摯な受け答えをしてた『まんさきのU‐Ka』のことが、俺は大好きで──だからこそ、あれは演技でした、って言ってるいまのお前には、むしろムカついてるんだよ」

「……可愛さ余って憎さ百倍、みたいな?」

 ちげえよ、とも言えないのが難しいところだった。

 というか、俺の感情としてはそうなのかもしれない……まんさきのU‐Kaの大ファンである俺が、いまの花房に対して「なんじゃこの女!」となっているのは、彼女にだまされていた事実がショック過ぎたあまり、反動でそうなっている部分も大きいのかもな。

「……実際、どれくらいうそだったんだ?」

「ん? どれくらいって?」

「だから、その……まんさきのU‐Kaとして答えてた、インタビューの内容だよ。さっき教室でも話してたけど、ああいう回答をまんさきのインタビューでもしてたよな?」

「うん。一応憂花ちゃんの中に、『まんさきのU‐Ka』っていう設定の私はいるからね。インタビューを答えてる時の私──それから、クラスメイトと一緒にいる時の私は、その仮面を引っ張り出してきて、それを被ってる感じかな」

「ええと、じゃあ……好きな映画が『ミニオンズ』って言ってたのは?」

「噓。本当は『ボーン・アイデンティティー』」

 な──ゴッリゴリのスパイ映画じゃねえか! 良い映画だけど! 意外過ぎるわ! 俺は内心でそうツッコみつつ、インタビュー記事の内容を思い出しながら、質問を重ねた。

「自分の歌が上手うまいのは、ボイトレのおかげですって言ってたのは?」

「まるっきり噓って訳じゃないけど、まあ、憂花ちゃんがそもそも持ってる才能のおかげだよね! ぶっちゃけボイトレなんかしなくても、憂花ちゃん歌上手いし」

「……好きな動物がウサギって言ってたのは?」

「もうめっちゃ噓。男受けとか狙って、そう言ってただけだよ。──本当はね、ヒョウ! ねえ知ってる? ヒョウって、自分の体重の十倍の獲物も倒せるんだよ! カッコいいよねえ、ヒョウ。憧れるなあ……憂花ちゃんもああなりたいなあ……」

「……血液型はAB型って言ってたのは?」

「噓。本当はB型。……や、言わせんなし。でも、偽ってるのは血液型ぐらいで、身長や体重はぜんぜん偽ってないよ。憂花ちゃん、偽る必要なんてないくらい、プロポーションやばいし」

「……長所はどこですか、って聞かれて、『強いて言えば歌ですけど、それもまだ成長途中で、だから長所と呼べるほどのものはまだ持ってません』って言ってたのは?」

「噓に決まってるじゃん。だって見てよ。──憂花ちゃんだよ? 長所じゃないところを探す方が難しくない?」

「……短所はどこですか、って聞かれて、『いっぱいありますけど、努力をするのが苦手なところが、特にそうだと思います』って言ってたのは?」

「あ、それはちょっとホント。憂花ちゃん、努力とか超苦手だもん。でも正直、その短所を直す気はさらさらないんだけどね。──だって憂花ちゃん、努力なんてしなくても、全てのものに手が届くから。だから努力するのが苦手でも全然困らないんだよね」

「ふざけんなこの大噓つきうぬぼれ性悪女!」

「な──いきなりなんて酷い悪口言うわけ!? つか、あんたも大概キモいから! どうして憂花ちゃんのインタビューの内容、そんなに覚えてんのよ!」

「大好きだからに決まってるだろ!」

「う……そ、それは、ありがとね?」

「大好きなのはお前じゃねえよ! まんさきのU‐Kaだよ!」

「お前じゃねえって何よ!」

 いっちょ前に頰をほんのり朱に染めて、もじもじと感謝の言葉を伝えてきた花房が、俺の発言を受けてそう怒鳴った。さっきから話を聞いてれば、なんだよこいつ……そりゃ昨日、ああいう事があった時点でわかってたけど、わかってたけどさあ……! それにしたって彼女、まんさきのU‐Kaとは全然キャラクターが違うじゃねえか!

「う、ううう……お、俺は、本当に……U‐Kaのことが大好きなのに……」

「だ、だから、ありがとうって……」

「だから、お前じゃねえって……」

「……本当、どうしたらいいのよこの気持ち。まんさきのU‐Kaをこんなに好きになってくれたファンがいるのは嬉しいのに、そいつからこんだけ嫌われてるって、どういう状況なの……?」

「血液型がB型だったって、マジかよ……」

「しかも、一番ショック受けるのそこなんだ……てか、え? あんた、ちょっとだけど泣いてない?」

「泣いてないっ!」

「いや、泣いてる時に意地張ってるやつの言い方じゃんそれ……」

 目からあふれてくるしずくを乱暴に手の甲で拭う。こんなことで泣いてしまうなんて、めちゃくちゃ恥ずかしい。恥ずかしいけど、よくわからない悔しさが溢れて止まらなかった。

 いま俺が抱えている感情を、どう表現したらいいのかわからない。──失望? それだけ? 確かに俺は花房に対して、失望もしてしまっているけれど……もっと正しく表現するならそれは、喪失、と言った方が近いのだと思う。

 俺がイメージしていた『まんさきのU‐Ka』は、実はどこにもいなかった。

 それに気づいた瞬間、俺はどうにも悔しくなって──何より、悲しくなって。

 そうして、自分が心から推していた彼女がまるっきりの偶像だったと判明してしまったからこそ……俺はいま、だらしなく涙を流しているのかもしれなかった。

 そこまで考えたのち、俺はこぼれた涙を再び手の甲で拭い切ると、どこか気まずそうな顔をした花房に、こんな質問を投げかけた。

「ど、どうして、こんな噓をついてたんだよ……」

…………

 俺の言葉に、花房は口を引き結ぶ。

 次いで、彼女はしばし考え込むような顔をしたのち、ふいに──驚くほどれいな微笑を浮かべて、俺を見つめてきた。……そこにあったのは嘲笑ではなく、紛れもない優しさで。それを見た俺はつい、息をんでしまっていた。

「あんたみたいなファンを、騙したかったの」

「な……ファンを騙したかったって、お前……」

「いや、それに関しては、ファンを騙して弄びたかったとかじゃなくてね? むしろ、まんさきのU‐Kaとして、騙してあげたかったというか──って、やばいやばい。ちょっとしゃべり過ぎてるかも私。こんなこと、こいつに言うべきじゃないでしょ……」

 花房はそこで言葉を切ったのち、勢いよく椅子から立ち上がる。

 それから、ごほん、と一つせきばらいをすると、この話は終わりだとでも言うように、彼女は改めて告げた。

「ともかく! あんたは今後、一年D組の教室では一切、憂花ちゃんとからもうとしないように! 話しかけるなんてもってのほかで、じっと憂花ちゃんのことを見つめるのも禁止だから。それ破ったら、デモ音源あげないからね。──返事は?」

「……はい」

「憂花様、僕みたいなせんの者とお喋りして下さり、ありがとうございました──はい復唱して」

「憂花様、僕みたいな──いや誰が言うかよ」

「あはは。途中まで言ってたじゃん」

 花房はそう言って笑いながら、さっさと空き教室から出て行く。去りぎわ、「一緒に戻ってきたと思われたらやだから、あんたはしばらくそこで時間を潰してから、あとで教室に戻ってきてね」と言われた。どこまでも自分勝手な女だった。

「……はあ。なんか……すげー疲れた……」

 意外なことに、大ファンである彼女と一緒にいて緊張したから、という疲れは一切ない。というか、俺はまんさきのU‐Kaが大好きなのに、緊張自体は全然しなかった。

 たぶん、俺が大好きな彼女が、いま会話をしていた彼女とは別人だと、わかっているからかもしれない。……いやほんと、推せないわあ、推しの本性……もちろん、まんさきのU‐Kaを応援する気持ちはいまだ消えてないんだけど──血液型がB型の、好きな動物はヒョウで、イラついた時には業務用ゴミ箱の側面を蹴っちゃうような彼女は、ちょっと推せねえよなあ……。

 だいたい俺、花房憂花という個人のことも普通に、クラスにいるめっちゃ可愛い女の子として、それなりに憧れてたんだけどな……彼女の裏の顔を知ることで、その憧れも砕かれちゃったぜ……。

「いやほんと、騙すのなら最後まで騙しきってくれよな……」

 俺のそんなつぶやきが、誰もいない空き教室にぽつりと落ちる。彼女に騙されて、「花房さんは女神だ!」と騒いでいるクラスメイト達が、心底羨ましかった。

 つか、お前らが女神だと思ってありがたく信仰しているあれ、実はとんでもない悪魔だからな? お前らがしてるのは、女神信仰じゃなく悪魔崇拝だから。あとになって、俺みたいに傷ついても知らねえからな!