第二話 推しには裏の顔があった。


まんげつよるきたい』のボーカル、U‐Kaがこの学校にいると判明した、翌日。うちのクラスは興奮のるつぼと化していた。

はなふさがまんさきだったなんてマジ信じらんねえ!」「もー、どうして教えてくれなかったの?」「U‐Kaちゃん、サインください!」「あっ、私も私も!」「俺も、友達に自慢したいから頼む!」「マジですごいよね。あたしら、芸能人と同じクラスだったなんて!」

 男子も女子もこぞって花房の席を取り囲むように集まり、そんな言葉を投げかける。でもまあ、この反応も当然だった。

 だって自分のクラスに、有名なアーティストが──しかも、特に中高生から絶大な支持を得ているユニットの、ボーカルがいるのだ。そんな状況で、舞い上がるなという方が無理な話だろう。

 そうして、クラス全体が興奮状態の現在、その視線を一身に受ける彼女は、しかし──嫌そうな態度一つ取らず、群がるクラスメイト達を前に、朗らかな笑みを浮かべていた。

「あはは。ちょっとみんな、ちやほやしてくれ過ぎじゃない? そうしてくれるのは嬉しいけど、別に、私がすごい訳じゃないからさ……凄いのは私じゃなくて、『まんさき』っていうユニットや、たにまちさんだから。私は、あの人に選んでもらえただけで……だから、これまでと変わらず、ただのクラスメイトとして仲良くしてもらえると嬉しいかな」

「わかったよゆうちゃん! じゃあクラスメイトとして、この色紙にサインして!」

「それ、クラスメイトの関係としておかしいじゃない。ふふっ」

 花房のツッコミに、どあっ、と周囲が笑いに包まれる。……この高校に入って彼女と同じクラスになってから、何となく気づいていたけど──どうやら花房憂花は、おごらない女の子のようだった。

 誰に対しても分け隔てなく接し、自身の美貌を鼻にかけることなく、いつも笑顔を絶やさない。容姿端麗で性格もできている、我がクラスのいやしの花。

 そんな彼女がまんさきのU‐Kaだったというのは、そりゃ驚きはしたけど、ファンとしてもに落ちる事実だった。インタビューなんかでかいる『まんさきのU‐Ka像』と、いま目の前にいる『憧れのマドンナ花房憂花』の在り方は、確かに一致してるもんな。推しがクラスメイトで嬉しい、というよりは……まんさきのU‐Kaが、うちのクラスの花房っていう──イメージ通りの女の子だったことが、すげえ嬉しいぜ!

 そんなことを思いつつ、俺は一人、輪の外から彼女を見つめる。

 まあ、俺ぐらいのファンともなると、まんさきのU‐Kaと同じ教室にいる程度のことで動揺したりはしな「────」ごめん噓いま俺めちゃくちゃどう息切れがやばい。誰か『救心』持ってない? このままだと俺、心臓がはち切れそうなんだけど……。

 とまあ、そんな風に興奮はしてしまったけれど、俺はいわゆるぼっちオタクなので、花房みたいなトップカースト女子とからむ機会なんか、一生ないんだけどな。

 だいたい、それを期待すること自体、ファン失格だと思うし。

 そんなことを考えていると朝のチャイムが鳴り、ホームルームの時間が始まる。

 そうして、昨日衝撃的な事実を知った俺の今日は、大きく変わったようで、実際はさして何が変わる訳でもなく、ありきたりな日常として過ぎて行くのだった──。

 あ、でもあれだ。今日の放課後、花房さんの机に、俺が昨日書いたファンレターをこっそり入れようとは思ってる。これに関しては完全に、俺の自己満足でしかないけど……まんさきが大好き過ぎる痛いファンとして、それぐらいのことはしてもいいよな?


◆◆◆


 それから日付は進み、数日後。昼休みの時間。

「日直って、どうしてクラス全員が当番制でやらなきゃならないんだよ……旧時代的過ぎるだろ、このシステム……」

 俺はそう愚痴りつつ、教室で出たゴミ袋を両手に持って、校舎裏に来ていた。さっさと用事を済ませてしまおうと、ゴミ置き場に近づこうとすると──いつもなら人気がないはずのそこに、先客がいることに気づく。

 一人は、時の人である花房憂花。もう一人は、顔の整ったイケメンで……二人は一定の距離を保って立ち、お互いを見つめ合っていた。

「そういう訳で、俺、真剣なんだ。──俺と、付き合ってください」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は慌てて校舎の角に引っ込む。……あ、あのイケメン、こんな人気のない場所でぬけぬけと、花房さんに告白してやがる! あいつ、お前がコクってんのがまんさきのU‐Kaだってわかってんのか馬鹿が……!

 ファンである俺はそう思ったが、冷静に考えてみると、むしろ逆だった。たぶんあいつは、花房憂花に『まんさきのU‐Ka』というブランド価値がついたからこそ、彼女にコクっているのだ。……なるほどなるほど、彼はそういうたぐいの人間ね。把握しました。

…………

 という訳で俺は早速、花房に対して念を送る。……花房さん、聞こえますか? いま私は、あなたの脳内に直接、呼びかけています……その男はヤリモククソ野郎ですので、どうか告白は断ってください。

 そいつは、頭よりも先に下半身でものを考える人間です。文化祭の時期が近づいてくると、モテるためだけにバンドを結成するようなクズで──休日にはコーヒーショップのテラス席で長い名前のラテを片手に、スマホをぽちぽちいじってインスタを巡回し、DMしたらヤレそうな女性を探している男の底辺です。告白はお断りください……。

 そんな、イケメンに対する偏見がひどい俺の念が届いたのかどうかはわからないが、花房は男の告白を受けて、その顔に申し訳なさそうな表情を浮かべると、こう言った。

「ごめんなさい、先輩。私、先輩とはお付き合いできません」

…………

 ひゃっほう! ざまあみろイケメン! 今日も他人の不幸でメシが美味うまいぜ!

 俺がそんな最低なことを考えていると、花房はなおも言いづらそうに言葉を続けた。

「久喜先輩が魅力的な方だっていうのは、重々わかってます。でも、私はあなたに恋愛感情を少しも抱いていないですし……それに、お仕事があって、恋愛をしている暇がないというのもあって──」

「なに? 自分がちょっと有名人だからって、調子乗ってるわけ?」

「……え?」

 そうして、花房がお断りの言葉を並べているさ中、明らかに久喜先輩と呼ばれた男の表情が変わる。顔は猿のように赤らみ、その瞳には明確な敵意がにじんでいた。

「つか、なんだよ。なんなんだよ。そんなマジになってフりやがってさ……こっちだって冗談だったっての」

「え……冗談?」

「誰がお前みたいな、お高くとまってるだけの、つまらない女に本気になるかっての。ちょっと容姿がいいからって調子乗ってんじゃねえよ。──つか、俺はお前みたいな体の女とヤりたかっただけで、お前なんか好きな訳じゃねえから。勘違いすんなよな」

 久喜先輩とやらはそこまで言うと、花房に背を向けて立ち去っていった。……何というか、みみっちい男だなマジで。自分のプライドが傷ついたから、その腹いせに相手を傷つけようとするなんて。どこまでも小さい男だった。

 ……というか、俺の推しになに酷いこと言ってんだあいつ……殺すぞ、ああ? もちろん、実際にそんなことをする勇気は、俺にはないけど──久喜先輩とやら。顔と名前はちゃんと控えたからな……俺がデスノートを手に入れたら覚えとけよ……。

 内心でそんな恨みつらみを唱えたのち、俺は花房を見やる。あんな嫌なことを言われて、彼女は大丈夫だろうか……。

 そう不安に思いつつ、花房を見つめていたら……彼女はふいに、屋外用のでっかいゴミ箱の前に──俺がこれからゴミを入れようとしているそれの前に、立った。

 それから、その横に回り込むと、こつん、こつん、と。ローファーの先端で軽く小突くように、ゴミ箱の側面を何度か蹴る。そうしながら、彼女はこうつぶやいた。

「家に帰ったら絶対に、プリン食べる」

 ……はて? プリン? 何故なぜ

 俺がそう首をかしげていると、彼女は再び、今度はもっと強めに、ごっ、ごっ、という音を出しながら、ゴミ箱を何度も蹴った。そうしながら彼女は、先程の言葉をなぞる。

「家に帰ったら、絶対に、プリン食べる」

 だから、何故プリン? どうして花房はいま、このあとプリン食べる宣言をしながら、業務用のでかいゴミ箱を蹴りつけてるんだ?

 俺がそう考えている間も、花房はその言動を繰り返した。「プリン食べる」ごつっ「プリン食べる」ごつん「プリン食べる」どがっ──段々とゴミ箱を蹴る威力がエスカレートしていく。見やれば、花房が蹴るゴミ箱の側面が、若干へこみ始めていた。

…………

 い、いやいや、何してるんだよ花房さん。

 当然のことだけど、学校の備品をそんな、ローファーで蹴っちゃ駄目だろう? 俺の知ってるあなたは、そんなことをする子じゃ──。

 制服のスカートがめくれるのにも構わず、彼女は思いっきり足を振り上げた。そのまま、足裏をたたきつけるように、ゴミ箱を蹴りつける。──どがっ! どがっ! どがっ! これまでと同様、それを何度か繰り返しながら、花房はひときわ大きい声で叫んだ。

「家に帰ったらっ! 絶対にっ! プリン食べるっ!」

 と、次の瞬間──がしゃああああん! という大きな音と共に、それまで衝撃に耐えてきた屋外用のゴミ箱が、花房の足でたおされた。

「はあっ、はあっ、はあっ……ふう」

 しかし、そんな悪行をしでかした張本人は、反省の色を見せるどころか、額に浮かんだ汗を拭い、爽やかな笑みを浮かべていた。いや、なんでそんなやり遂げた顔だよ。

「な、なんなんだ、あの女……」

──!? だ、誰かいるの!?

 やべ、つい声が漏れてしまった。

 振り返った花房に見つけられ、思わず硬直する俺。彼女と目がばっちり合い、反射的に苦笑いを返した。すると、次の瞬間──彼女はつかつかとこっちに歩み寄ってきた!?

 うわ、うわ、うわ! まんさきのU‐Kaが……というよりは、いまゴミ箱を思いっきり蹴倒した女が、どんどん近づいてくるんですけど!?

 そうして、花房は俺の目の前に来ると、どこかうそくさい笑顔と共に言った。

「見てた?」

 何そのセリフと表情。こっわ。

 思いつつ、俺は一度唇を舌でめて湿らせたのち、それからなんとか声を出した。

「あ、ああ……あ、あんなことしちゃ、駄目だろ……」

「……そっか。告白のくだりは?」

「そ、そこも見てたよ……確かに、さっき告白してきた先輩はクソ野郎だったけど、でも、それでゴミ箱を蹴倒すっていうのは、ちょっと……」

「ふうん。全部見てたんだ?」

「ま、まあ……てか、家帰ったら絶対にプリン食べるって、どういうこと……?」

…………

 そんな俺の質問に、少しだけ頰を朱に染めると、花房はそっぽを向いた。んん? なんか恥ずかしがってるっぽいけど、なにゆえに?

 それを不思議に思っていたら、次いで彼女は、強く目をつぶって下を向いた。それから、目頭を幾度かんだのち、顔を上げて俺を見つめる。……当然、大ファンである彼女に見つめられ、ドキリとする俺だったけど、それも一瞬のことで。それは、何故なら──いま彼女が浮かべている表情が、いつも花房が教室で振りまいているような、それではなく。

 どこか背筋の凍るような、れいで、だけど冷徹な笑顔だったからだった。

「ねえ、みやくん。夜宮こうすけくん」

「え……な、何で、俺の名前を……」

「憂花ちゃんね、昨日から『どう言えば先輩をあまり傷つけずにフッてあげられるのかな』って、結構頭を悩ませてたわけ。それで憂花ちゃん、色んなセリフを考えて、それなりに緊張して、あの先輩を──久喜先輩って言うんだけど、あの人をフッてあげたのよ。それなのにあいつ、あんな態度取ったわけ。超酷くない?」

「あ、ああ、確かに。あれは酷かった……」

「だからね、さっき憂花ちゃん──こいつのチ〇コもぎ取って、二度と女子とエロいことができない体にしてやろうかな、とか思ったんだけど」

────

 その強い言葉に、声が出せなくなる俺。──がらがらと、花房憂花への幻想が。

 何より、『満月の夜に咲きたい』のボーカルであるU‐Kaへの幻想が、音を立てて崩れていくのがわかった。

「でも、心ん中ではそう思ったとしても、まさか実際にそんな酷い事する訳にはいかないじゃん? だから、ちょっとだけストレスを発散させてもらったの。誰も傷つかない方法で、ちょっとだけね」

「あの、現にいま、ゴミ箱が傷ついてますけど……」

「人に危害を加えてないんだからいいじゃん」

 いや、物を大切にできないやつは、人も大切にできないだろ。

 心底そう言ってやりたかったが、彼女の雰囲気にされて言えなかった。

「じゃ、じゃあ、ゴミ箱を蹴った理由はわかったとして、ええと……家帰ったらプリン食べてやる、っていうのは?」

「や、そんなこと言ってないし」

 ぎろり、と鋭い目でにらんでくる花房。どうやら先の発言の真相は教えてもらえないらしい。……あれかな、花房はプリンが好きで、こんな嫌な目に遭ったんだから、今日は家帰ったら大好物のプリンをたらふく食べて、自分を慰めてやる! みたいなことかな。

 俺がそう考えていると、花房はさんくさい笑みと共に、甘えるような声音で続けた。

「というわけで夜宮くん。契約を結ばない?」

「け、契約……?」

「うん、そう。契約。──憂花ちゃんがいましたことを黙っててくれたら、夜宮くんに得がある契約をしようよ」

…………

「まあ、より正確に言うなら、イラついた時にゴミ箱をちょっとだけ蹴っちゃうような私の本性を、黙ってて欲しいってことなんだけど」

「ちょ、ちょっとだけ?」

 俺はそう言いながら、ゴミ箱の方に視線をやる。──横になったゴミ箱の側面には、大きな凹みができていた。そんな俺の視線に気づいた花房が「うん、ちょっとだけ。なにか問題ある?」と笑顔を見せてくる。こ、この子、さっきから怖いんですけど!

「ともかく、そういう契約。何か夜宮くんの得になるものをあげるから、憂花ちゃんの秘密を黙ってて、っていうお願いなんだけど……てかさ、夜宮くんって、めちゃくちゃ憂花ちゃんのファンだよね?」

「え……な、なんでそれを?」

「だってこの前、長すぎて読むのがダルいファンレターくれたじゃん」

「なんでそれを!?

 思わず取り乱す俺。……た、確かに、ファンレターは出した。でもそれは、放課後、クラスに人が誰もいない時に、花房の机の中にこっそり入れたし、もちろん差出人として自分の名前を書くなんてこともしていない。

 それなのに、彼女はどうしてそのファンレターを、俺が送ったと知ってるんだ……?

 俺が疑問を抱いていると、花房はどうでもよさげな表情を浮かべて、続けた。

「私の友達の、ひめちゃんが教えてくれたんだよ。『昨日の放課後、根暗が憂花の机になんか手紙入れてたよー』って」

 あのビッチギャルめええええええ!

 いま花房が言った姫ちゃんとは、名前をひめさきりんという、肌が小麦色に焼けているギャルである。花房と良くつるんでいるカースト上位女子で、どうやらその彼女が──放課後、花房の机にファンレターを入れる俺の姿を目撃していたらしい。それに気づかないとか、うわっ……俺のセキュリティ、ザル過ぎ……?

 しかし、ここで上手うまい言い訳を思いついた俺は、慌ててその噓を並べ立て始めた。

「い、いや、確かに花房さんの机にファンレターを入れたのは俺だけど、でもあれ、実は俺の妹のファンレターなんだよ! 俺の妹がめちゃくちゃまんさきのファンでさ、お前に渡すよう言われてたんだ!」

「ふうん? あのファンレター、男っぽい雑な字で、しかも『僕』って一人称で書かれてたけど、それでも妹ちゃんのなんだ?」

「……お、俺の妹は、僕っだからな!」

「妹で僕っ娘って、キャラ濃すぎじゃない? ……ふふっ。でも、そっか。確かに、『あなたの歌声はセイレーンのように美しい』なんて、高校生にもなって書かないよねえ」

「ぐわああああああああああああ!」

 深夜テンションで書いたファンレターを読み上げられた! こうかはばつぐんだ!

 いやほんと、深夜テンションって怖いわあ……つか、何だよセイレーンって。高校生男子って、最近読んだ本や漫画、自分の好きなボカロの歌詞に影響され過ぎだろ……。

「ええと、他には……『その歌声は、凍えそうな夜に僕を暖めてくれるき火のようだ。力強くぜ、それでいて優しい。あなたの歌声にはそんな強さがある』」

「ぎゃああああああああああああ!」

「『どうか、かなうならいつまでも、いつまでも歌を歌い続けて欲しい。そうしてあなたが歌い続けた先にはきっと、世界平和が待っているはずだから』」

「あ、あああああ……! も、もうやめてくれ、花房さん……頼むから、もう……!」

「あれあれ? 妹ちゃんが書いたファンレターなら、その内容を憂花ちゃんに言われたところで、夜宮くんには痛くもかゆくもないはずだけど、どうしたのかな?」

「い、いや……花房さん、わかっててやってるだろ……?」

「うん」

 にっこり笑顔でそう言ってのける花房さん。……なんじゃこいつ! これが本当にあの花房憂花か!? 俺が大好きな『満月の夜に咲きたい』のボーカル、U‐Kaかよ!

 俺が内心でそう騒いでいると、彼女はどこか悪戯いたずらっぽく笑いながら、続けた。

「つか、じゃああのファンレターは、あんたが書いたって認めんのね?」

「……ああ、そうだ。あれは確かに俺が書いた。深夜テンションという名の悪魔が生み落とした駄文だよ……」

「そっか。じゃあやっぱ夜宮くんは、憂花ちゃんが大好きってことでいいんだ」

 まあ正確には、俺が大好きなのはクラスメイトの花房憂花ではなく、まんさきのU‐Kaだけど……俺がそう考えていると、花房は顎に手を当ててしばし考え込むような顔をしたのち、ぴこん、と何かひらめいたような表情を浮かべて、こう言った。

「じゃあ、こうしない? ──あんたがこれから、憂花ちゃんの『こういう部分』をネットに書いたり、他人に言いふらしたりしないでいてくれたら、谷町P太さんが私にだけくれる、『満月の夜に咲きたい』のデモ音源のコピーを、あんたにあげるよ」

「な……ま、マジか!?

「うん。ちなみにデモ音源の方は、ミクちゃんが歌ってるよ」

「まままままマジか!?

 まんさきのデモ音源! しかも、はつミク歌唱! とんでもないお宝だぞそれ!?

 彼女がちらつかせた報酬のすごさに、つい目をキラキラさせて花房を見てしまう俺。それを肯定と受け取ったのか、彼女はあきれたような顔で「それじゃあ、そういう契約で」と言った。……い、いや、そういう契約で、も何も、俺は元々まんさきのファンだから、花房さんが実はアレな性格なんだとしても、それをネットに書いたりはしないんだけど……。

 そんな俺の思いなどつゆ知らず、話はまとまったと言わんばかりに、花房は自分が蹴倒した大きなゴミ箱のそばに行くと、俺に向かってこう言った。

「これ直すから、そっち持ってよ」

「あ、ああ……」

 それから、大きなゴミ箱を「せぇーの」で立て直す俺と花房。そうして、一応は彼女がした悪行の後始末が終わると、「じゃあ、もう行くね」と言ったのち、花房はここから立ち去ろうとした。

 その背中に、俺は慌てて声をかける。……自分から彼女に話しかけるなんて、ファンとしてはあるまじき行為かもしれないけど──でも、ファンだからこそ。これだけは聞いておかなければいけないと思った俺は、彼女を呼び止め、そして尋ねるのだった。

「あ、あの!」

「ん? なに?」

「は、花房さんは、その……本当は、性格が悪いのか……?」

 俺はそう言いながら、思い出してしまう……先程、最低の先輩に嫌なことを言われ、その反動でゴミ箱を蹴りつけていた彼女の姿を。──それは、俺の知っている花房憂花ではなかったし、俺の理想とするまんさきのU‐Kaでもなかった。

 そこにいたのは、俺の知らない、また誰も知らないであろう彼女。

 ファンとしてこうあって欲しいという彼女からかけ離れた、性悪な女の子だった。

 それが本物だと思いたくなくて、だから俺は彼女に問いかけた。きっぱりと否定して欲しくて、「本当は、性格が悪いのか?」と尋ねた俺に、しかし……花房さんは。

 とびっきり純粋な笑顔を見せながら、こう告げるのだった。

「うん、そうだよ。憂花ちゃん、普段はめちゃくちゃ猫かぶってるの」

「な──」

「でも、少し考えてみなよ夜宮くん。こんだけ顔が可愛かわいくて、こんなにプロポーションが抜群で、頭だって別に悪くない、それでいてとんでもなく歌が上手い女の子が──性格まで良い訳ないと思わない?」

「なああああああああああ!?

 俺の中にあったまんさきのU‐Kaのイメージが、彼女にそう言われると同時、ド派手なダイナマイトの爆発と共に消し飛んだ。

 そののち、その荒野に立っていたのは、彼女。

 普段みんなの前では猫を被り、ムカついたことがあったらつい物に当たってしまう、自分の性格が悪いことを悪びれようともしない、彼女──花房憂花だった。

「ふ、ふふふふふざけんな! お、俺は、俺はなあ……! まんさきのU‐Kaが大好きで、インタビューで物腰柔らかな受け答えをしている彼女の発言を見て、なんていい子なんだ! この子にならまんさきのボーカルを任せられる! と思ってたのに!」

「なんでいちファンでしかないあんたに、そんな風に思われなきゃいけないのよ。別にあんたに認めてもらわなくたって、憂花ちゃんはまんさきのボーカルなんですけど」

「まんさきのU‐Kaはこんなこと言わないのにいいいいぃぃぃぃぃ!

「というか、一つ言っておくと、インタビュー受けてる時の私は全部うそだから。あれは完全に『まんさきのU‐Ka』っていうぶあっつい仮面をつけて、現場に臨んでるから。まんさきのインタビューに、憂花ちゃんの素が出てる箇所なんか一個もないよ?」

「噓だあああああああ!」

 ルーク・ス○イウォーカーばりの声量でそう言ってしまう俺。そんな俺の様子がおかしかったのか、花房はくすくす笑いながら、こう続けた。

「アイドルって言葉がどういう意味か、オタクのあんたなら知ってるでしょ? ──これからも、性格はちょっとアレだけど、歌は世界一うまい憂花ちゃんをよろしくね♡」

「ま、マジで……お前マジでお前……!」

「ばいばーい。また、スマホの画面の中で会おうねー」

 花房は俺に向かって手をひらひらと振りながら、足早にその場をあとにする。さ、最悪だ……三次元の女って、マジで最悪だわ……。

「お、俺の推しがあんな、性格のアレな人間だったなんて……」

 俺はそう、悲嘆に暮れた声でつぶやいた。そりゃあ多少なりとも、推しに対して幻想を抱いていることはわかっていたけど……それでも、まさかこんなにも理想とかけ離れているとは、さすがに思ってなかったよな! ……はあ。なんかすげー裏切られた気分……。

 俺はそう脳内で呟きつつ、今更ながらここに来た理由を思い出す。一つため息をいたのち、脇に置いていたゴミ袋を手に持つと、屋外用のゴミ箱の中にそれを放り込んだ。

 ちなみに、そのゴミ箱は何故なぜか、誰かの怒りを受け止めたかのように、一部分が大きくへこんでいるのだった。……家に帰ってプリン食うまで、我慢できなかったのかよ。