第一話 推しがクラスメイトだった。
『ここまで痛々しいブログが書けるなんて、ある意味才能だなwwww』
季節がようやく春めいてきた、五月初旬。午後七時過ぎ。
夕飯を食べ終えて自室に戻った俺が、自身の書いてるブログ──『限界オタクの限界突破ブログ』のコメ欄をスマホでチェックしていると、こんなコメントが目についた。
……こいつは本当に何もわかってないな。人が好きなものを語る姿は、それを好きであればあるだけ痛々しくなるって知らないのかよ。
「という訳で、このコメントは削除、と……」
ブログの管理画面に飛び、いましがた見たコメントを削除する。……というか、今回更新した記事の内容が内容だけに、どうやらコメ欄がプチ炎上しているようで、中にはこういうコメントも混じっていた。
『こんなこと書いて、どうせ本心ではボーカルの女の子と
これにはさすがにカチンときた。
カチンときたが、しかし……ここでレスバトルを展開したところで何の生産性もないので、ため息と共にこのコメントも削除すると、俺は独りごちる。
「馬鹿か。大好きなものは、大好きだからこそ自分の手で汚せるわけないだろ」
結構前の話になるけど、とあるドラマにハマった某女芸人さんが、その作品から出演オファーを受けた際、こう言って断ったそうだ。
「私が大好きな作品の世界を邪魔したくないので、出られません」
俺はこのエピソードが大好きで、彼女の考え方にいたく共感したのを覚えてる。
多少厳しい意見かもだけど、アイドルを好きになっても、その子とヤリたい、という感情を抱いてしまったら、それは純粋なファンじゃないと思う。
彼女が好きだから、いちファンとして支えたい。
性的な欲求とは別の場所にある、そういう感情を抱くことができて初めて、ファンという存在になれるんじゃないかと、俺は思うのだ。
つまるところ、俺はまんさきのファンなのであって、ボーカルの
ただ、こんなアンチだらけの俺のブログにも、温かいコメントをしてくれる人が少しはおり……それは例えば、本ブログの常連である、
『今回も考察、すごかったです! 僕もまんさきが大好きで、だから聴き込んではいるんですけど、よーすけさんほど歌詞を読み込めてはいなかったなあ、と思いました。。。次のブログの更新も、楽しみにしてます!』
「…………えへ……」
キモい笑い声を漏らす俺。「えへ」って、男が発していいワードじゃないだろ。
でも、ただの自己満足でやってるブログに、こういうコメントを
そうして、コメの削除などをしていたら、時刻は午後八時手前。それに気づいた俺はすぐさま『満月の夜に咲きたい』のYouTubeチャンネルに飛び、ライブ配信に備えた。
今更の説明になるけど、俺はこのユニット──『満月の夜に咲きたい』の大ファンだ。
『満月の夜に咲きたい』……通称『まんさき』は、最近
ヨルシカ、YOASOBI、ちょっと昔で言うならSupercellなんかを想像してもらえればそんな感じ。
俺は小学五年生の頃から谷町P太の大ファンで、だから中二の夏頃、彼がまんさきを始めると聞いた時、「……また俺の大好きなボカロPが、ボカロを捨ててしまうん?」と悲しみに暮れたけれど、結局、俺はすぐに彼の始めたユニットを大好きになってしまった。
ただ、そこで予想外だったのが……俺は谷町P太のファンとしてまんさきを好きになったのではなく、『満月の夜に咲きたい』というアーティストそのもののファンになったことだった。それ程に、ボーカルのU‐Kaの歌声は魅力に
「正直、まんさきがここまで売れたのって、絶対U‐Kaの存在が大きいもんな……」
今日のライブ配信は、公式ツイッターで『U‐Kaが顔出しをしての生配信』と明言されており、それによってネット上ではちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。まんさきのボーカルは一体、どんな顔の女の子なんだ!? と。
……いやそりゃ、俺だって気になるけどさあ。お前らは顔面で音楽聴いてんのかよ、ってツッコみたくなるよな。
「安心しろ、U‐Ka。俺はお前の顔がガマガエルみたいでも、ずっとファンだからな」
割と
暗かった画面が明るくなり、レコーディングスタジオが映し出される。
そこには一本のマイクと、その前にヘッドホンをつけて立つ、女の子の姿があった。
「皆さん、初めまして。『満月の夜に咲きたい』、ボーカルのU‐Kaです。今日はよろしくお願いします」
「────」
その姿に、俺はつい息を
端的に言って、彼女は美しい少女だった。
肩口まで伸ばされた、内巻きの艶やかな黒髪。目じりが少し垂れ、柔らかな印象を受ける目元。ぷっくりとした血色のいい唇。
しかし、俺が衝撃を受けたのは、そこではなくて──。
「う、
だから、もしかしたらいまスマホの中にいる彼女は、本当はU‐Kaではないんじゃないかと思った。けど、次の瞬間。俺が抱くそんな疑念は、
「十二時を指す短針〜♪ 私はまだ夢を見る〜♪」
それは、彼女の歌声だった。
俺が何百、何千とリピート再生した際に、幾度もこの鼓膜を震わせた、伸びやかで美しい歌声は、確かに彼女の口から発せられ、いま俺の耳に届いていた。
『満月の夜に咲きたい』──そのボーカルは、間違いなく彼女だったのだ。
ここまで完璧な証拠を突きつけられては、もう否定することはできない……だから俺は、普段の彼女を。まんさきのボーカルではない時の彼女を、確かに知っていた。
「天は二物を与えないってあれ、とんだデマだな……」
彼女の名前は
学校一の美少女と名高い、俺のクラスメイトだった。
◆◆◆
俺のクラスに、『満月の夜に咲きたい』のボーカルがいる。
それに気づいた限界オタクの俺が取った行動は、急ぎコンビニで買ってきた便せんに、夜通しファンレターを書き殴る、というものだった。
「うおおおおおお! 俺の思いよ、言葉となって届け!」
もちろん、先程宣言した通り、俺はファンとして、リアルでまんさきのU‐Kaに近づく気は一ミリもない。──まんさきが死ぬほど大好きな俺は、だからこそ花房に対して、
ならば
こんなに近くにまんさきのU‐Kaがいて、この思いを彼女に伝えないなんて、そんなのはファン失格だからな! そういう訳で俺はいま、差出人として自分の名前は書いていないファンレターを、必死になって書いているのである! うおおおお!
見返りなんていらない。むしろ欲しくない。
ただ俺は、ただ好きだと。
あなたの歌声が大好きなのだと、彼女にそう伝えたいだけなのだった。
そうして俺は、便せん八枚にも及ぶファンレターを深夜テンションで書き上げ、
深夜のテンションで書き上げた文章はもれなく、翌日読み返してみると、死にたくなるような駄文のオンパレードだということに!
……いやほんと、文章を書いてる時は「やっべえ。俺、天才かよ。文豪になれるんじゃねえの?」ってなるのに、翌日になって読み返してみると「なんだこのクソみたいな原稿は……」ってなる現象、マジでなんなの? 昨日の天才はどこに行ってしまったん?