真倉木実

 

 ――私に紗和のことを見ていて欲しいのは、あなたのほうなんじゃないのかしら?

 言われ、振り返り、気づく。

 いつだってあたしのほうからセンパイに姫様の話題を振っていたのだと。

 ああ、結局はただの、安っぽい嫉妬でしかなかったのだ。

 センパイにあたしのことだけを見ていて欲しかった。だけどセンパイがあたしを好いていないという事実に、あたしは薄々感づいていた。それでも彼女と一緒にいたいと願ったあたしにできたのは『センパイの傷を癒やす』という大義名分を利用することだけだった。

 ――だけど、それだと、傷が癒えた瞬間、私は用なしになってしまうから。

 だから私は彼女の傷を癒やすと同時に、その傷口を掘り返すマネを続けた。

 そうすることでしか、あたしたちは繋がり合えなかった。

 そうしていればどこまでも沼に沈んでゆけると思ってた。

 怖がっていたのはセンパイではなく、あたしだったのだ。

 ……だけど、あたしが、センパイを支えられるほどに強かったらどうなってたの?

 あの日、傷ついたセンパイにただ寄り添うだけ、口先で慰めるという選択をとっていたとしたら、あたしたちはどうなっていたのか。センパイが吹っ切れて、根気よく寄り添ったあたしに感謝して、ありがとうと、そう言って――だけど、それが、なんになると言うのか。

 そこで終わりだ。

 センパイはあたしの恋慕に気づきながら素知らぬフリを続ける。告白のタイミングを逸したあたしは、この先一年を、これまでの一年と同じように思いを燻らせるだけに浪費する。

 ――それで終わりじゃないか!

 それは、そう。まるでセンパイと姫様の末路の焼き直しのようなものだ。

 なんだよ、それ。

 どう足掻いたって地獄だったじゃないか。

 あたしはただ、センパイのことが好きだっただけなのに。

 ただ少しだけ、あたしのことを見てもらいたかっただけなのに。

 そんな少女じみた可愛らしい願望すら間違いだったのだろうか。

 ああでも、もしかしたら、そういうものだったのかもしれない。

 この一年で本を読む機会が増えたけど、恋とは得てして人間を狂わせるものだ。

 そして人生をも狂わせる。

 物語の悲劇は大抵、恋や愛に起因するものだ。だからといって、すべての恋が悲劇に繋がるわけでもないんだろうけど、あたしの場合は残念ながらバッドなエンドに一直線らしかった。自分のそんな境遇を、そうと認めて味わえるだけの余裕があたしにあればよかったんだけど。残念ながらあたしは、物語の中であっても悲劇を楽しめない程度に狭量だった。

 あたしはハッピーエンドが大好きなのに……

 ……あたしのハッピーエンドなんてどこにあんの?

 でもセンパイもあたしも境遇は一緒なのだ。

 一番好きなひとには振り向いてもらえない。

 もしもすべての恋が報われるのだとしたら、センパイは姫様と結ばれていたはずで、もしかしたらそのエラーをごまかす形で、あたしは別のひとを好きになっていたかもしれない。すべての恋が報われると言うことは、報われない恋は産まれないということだから。

 やっぱりすべての人間にとって都合のいい世界なんて存在しえないのだろう。

 あたしやセンパイみたいに不幸を享受するしかない人間が必ず出てきてしまう。

 センパイを追って外に出たあたしは、しかしすぐに彼女の姿を見失ってしまった。

 だけど、見つけたところでどうしようもなかった。

 今より傷を深める結果にしかならなかっただろう。

 なぜならセンパイは、自分の意志であたしから逃げだしたのだ。

 あたしはすべてを諦めて、重たい足を引きずって自宅に戻った。

 フローリングの足跡が、ナメクジの這った跡みたいに見えた。

 せっかくシャワーに入ったのに。

 だけど浴び直すのも面倒くさい。あたしは濡れた体を拭うのも忘れ、そのままベッドに倒れこむ。布団がスポンジみたいに水を吸い、横たわっているのが気持ち悪くなってくる。

 だけど、なんにも、できなかった。

 こんなに寒くて怖い夜をすごすのは、ホントにひさしぶりのことだった。