真倉木実

 

「んで、今年の女バスはどんな感じなん?」

 あたしはバーガーの最後の一口を飲みこみ、対面の大早川おおはやかわ美鶴みつるへと問いかける。

 彼女は質問に答えず、しばらく自分のバーガーをぱくついていた。

 駅前のマックは十代の客で溢れていて、四方八方から喧噪めいた話し声が聞こえていた。

「まっ、今年は三年があれだし、初戦敗退しか見えねぇよ」

 けらけらとなにも楽しくなさそうに美鶴は笑う。

「実力主義ならまだしも、三年生の思い出作りにつき合わされるとかバカらしくてやってらんねぇ。つーか、この時期の土曜日に練習もせずハンバーガー食ってる時点でお察しだろ」

 そして口につくのは暴言に近い愚痴。美鶴にしては珍しくストレスが溜まっているらしい。

 だけど確かにその通りだと笑う。

 四月の中旬の土曜日。新入部員も入ってきて、高体連……いや新人戦だっけか? に向けての練習も本格化する時期だろう。だけど残念ながら、うちの女バスはそうではないらしい。

 ――努力とか熱血系からかけ離れたやつらばっかりだしねぇ。

 部員の顔を思いだそうとしても、まともに浮かばないのは『あんたってバスケ部だったんだ』くらいの感じのやつしか在籍してないからだろう。察せられる要素しかない。

「でも美鶴だってマジメにやってるわけでもあるまいし、べつにいいんでないの?」

「んまぁ、そうなんだけどよ。でも今年の一年にひとり、すごい子がいてさ。その子のこと見てたら、私もちっとはやる気出そうかなって気になった。朝練とかやってるし」

「マジか。女バスが朝練って、ギャグでしかないと思うんだけど。体育館使えんの?」

「使えない。だから近場の公園のコート占拠して、軽くシュート練とかやってるだけ」

「でもいいじゃん。なあなあでやってるより、よっぽどいいと思うよ、あたしゃ」

 美鶴はバスケにかぎらず、さまざまな分野で才能に満ち溢れた人間だった。

 ただ、美鶴が真剣になっているところをあたしは見たことがなかった。

 理由は彼女が『自分の才能なんて使うに値しない』と思いこんでいるから。その思いこみに彼女の双子の妹がかかわっているらしいけど、詳しいことはほとんど知らない。あたしと美鶴が出会ったときにはすでに、姉妹のあいだに横たわる軋轢は完成してしまっていたから。

 だからこそ美鶴はあたしなんかと遊んでるんだろうけど。

「美鶴が他の子に興味持つの珍しい気がするんだけど、すごい子なの?」

「実力はたいしたことねぇよ」

「あら」

 あまりにも見事な一刀両断だったから、椅子に座ってなかったらズッコケていたかもしれない。あたしが相手だから着飾る必要もないんだろうけど、あまりにも明け透けすぎだ。

「だけど……なんて言えばいいんだろ。とにかく気迫がすごいんだ、小鞠はさ。人一倍練習熱心でよ、朝練やってるのはもちろん、一番遅くまで練習してるしで。あの子は伸びると思う」

 というか伸びて欲しいっていうのが正直なところなんだけど。

 呟かれた言葉はため息とのブレンドで、それは現実の非情さに由来しているのだろう。

「そんなわかりやすく回ってくれないから、世の中ってやつは残酷なわけですけどねぇ」

 けらけらけら。

 言いながら笑おうとしてみるけど、あたしの口から漏れるのは乾いた笑い。

 世の中って大多数の人間にとってままならないものだよなって、苦笑ばかりがこぼれる。目の前の理不尽のかたまりにしても、その妹にしても、センパイにしても、そうだ。

 ならばその小鞠とかいう後輩の目には、この世界はどんなふうに映っているのか。

 会ったこともない相手に親近感を覚えてしまいそうになる自分を嗤う。

「ずいぶんと擦れたこと言っちゃってるけど……またなんかあったのか?」

「あたし『また』なんて言われるほど問題起こしてるつもりないんだけど」

「私にしてみりゃ充分な頻度だっての」

「そりゃあ美鶴はそういういざこざとは無縁だろうさ。だって美鶴だもん」

 彼女の表の顔は品行方正の優等生だ。

 どのあたりが優等生なのかと言えば、マジメな生徒であるにもかかわらず、すべての成績が中の上だからだ。彼女はだれも傷つけず、彼女を見ればだれもが安心する。

 ああ、そんなもんだよな、と錯覚してしまう。

 今の彼女は完全に、そういうふうに調整されている。

 だって美鶴はそれなりに周囲の風聞とかを気にしてしまう人間だから。

 そんなわけで、美鶴が問題を起こしている姿なんて想像できないのだ。

 ――で、問題になってんのはあたしがなにを起こしたのか、か。

 なんて答えたものかなと逡巡しながらポテトを食む。

 駄弁りながら食べていたせいだろう。ポテトは冷えきっていた。

 固くなったポテトは、それだけで塩味がまだらになったような、もうなにもかもが終わってしまったあとみたいな、吐き気すら催しそうな味になり果ててしまう。もう少し固くなってくれれば、スナックとしての価値があるんだろうけど、なにもかもが中途半端なのだ。

 そんなポテトをぱくついていると、美鶴が困ったふうな表情を浮かべた。

「それ、そんな表情しながら食べるもんか? マズいなら捨てろって、貧乏くせぇ」

「ん? ああ、これね。あたし……そんなひどい顔してる?」

「ああ。苦行を積んでますみたいな顔してるぞ」

「そんな顔してたか。でも、なんか食べちゃうんだよね、放っとけないみたいな?」

「ポテト相手に放っとけないって、ちょっと危ない発言に聞こえるな」

「そうかな」

 きっと、ものを捨てられないとか、そういう感情の延長だ。

 ものを大事にしたいわけじゃなく、ましてやもったいないと感じるわけでもない。

 単に捨て置かれるものを見ていることができないというだけ。

 なぜか胸がきゅうとしめつけられるような心地になる。

 幼児用の玩具とか洋服とか、成長の過程で捨てられることが前提にあるものに対してなんて、見ているだけで動悸を起こしそうになるし、泣きだしそうなったりするんだけど。

 あらためて考えてみると、病気と言われても仕方がない気がしてくる。

「残っちゃったもんは、そりゃあもったいないけどよ、それをムリして食べて、気分悪くしてたら、もったいないを通りこしてアホだと思うんだよなぁ、私は」

「言いたいことはわかんだけどね、理屈じゃないっつーか……まあ、それで体壊してもいいかなとは思ってんだ。なんでだろうね、自分でもよくわかんないんだな、これが」

「それは個人的に物申したいとこだけど。先に木実がなにを起こしたのか聞くよ」

 いい感じに話が逸れてくれたと思ったんだけど、意外なところでしつこい女だった。

 このままだと話が逸れるたびに、軌道修正をくり返してきそうだったので、ここらが諦めどきかと、あたしがセンパイに告白した話をところどころ脚色しながら聞かせた。

 あたしの話を聞き終えると、なぜか美鶴はドンとテーブルを叩き、立ちあがった。

 周囲の客が奇異の目を美鶴に向け、そのオマケの視線が私にまで飛んでくる。

「えー!? 木実が恋? ウソだウソだウソだ! だって木実、男なんてクソ食らえ! ふぁっきん・しっと! みたいなこと言ってたじゃんかよ、この裏切り者!」

 なんだよそのキャラ……いや、美鶴の中のあたしの印象も相当イカれてるけど、美鶴自体のブレ方もすさまじかった。なんだこいつ、恋バナとか大好きなのかよ、その性格で。

「そんな決めゼリフみたいな勢いで、そんな言葉吐いたことないだろパチこくな。そもそも恋って言っても、相手のひと、女だし。あとべつに、男が嫌いとかじゃないから、悪しからず」

 美鶴の中の偏見をまとめて排除しようと口を動かしていると、自分でもなにが言いたいのかわからなくなってくる。美鶴も渋面を浮かべていたのだが、どうやら理由は別にあるらしく、

「……そういうの流行ってるわけ?」

 なんて、よくわからないことを言った。

「そーゆーのっていうと?」

 不明瞭な問いだったから聞き返すと、美鶴は周囲をきょろきょろ見回してから言った。

「なんつーか……その、じょ、女子同士とか……そういう、そういうやつだっての!」

 最初のほうは小声だったのに最後は勢いあまって叫び声になっていた。

 声量の調節がうまくできない程度に混乱しているらしい。

「……好きとか嫌いとかって、流行り廃りとかじゃないんじゃないの?」

「んー、言いたいことはわかるけど……あの……火曜の放送もそうだったんだろ?」

「火曜っていうと……ああ、はい、あの放送」

 個人的にとてもタイムリーな話題だったため、すんなりと思いだすことができた。

 放課後のあの時間、生徒はほとんどいなかったとは言え、部活動をやってた子たちもそれなりにいたわけで。あの放送は一部生徒たちのあいだで話題になっていた。

 ただひとつ奇妙なのは、燃え広がる噂の火を消すように、別の噂が出現した点。

「でもあれ、あたしは演劇部のゲリラ声劇だって聞いたけど」

 なぜかそんな噂が校内を駆け巡っていたのである。

 愛の告白だったという説と演劇部のゲリラだったという説。

 あたしは真実が前者だと知っているが、他の生徒からしてみれば、後者の説のほうが信憑性が高いらしく、前者は都市伝説のようなノリで語らえれることが多かった。

「いやいや、私はあれ……ホントに愛の告白だったと思うぞ」

「美鶴の頭が色ボケしてるのは今日の会話でわかったから。それ、ただの願望でしょ」

 もしくは鋭すぎる嗅覚がゆえか。

「いや、まあ、そうだけどよ……」

 そうは認めつつ、美鶴はどこか不服そうだった。

 あの放送の一部始終と裏事情を知っている身としては、これ以上この話を続ける気にもなれず、仕方なく自分の血肉を削り取って、もとの軌道に戻すことにした。

「……というか、けっこう衝撃的なカミングアウトだったつもりなんだけど、美鶴さんの反応ってば薄くない? むしろ『恋してる』って言ったときのほうがオーバーだったくらいだし。放送のほうに意識が向かっちゃってるみたいだし。あたしのこと興味ないわけ?」

 気持ち悪いとか思わないの?

 とは自意識過剰っぽくて聞けなかった。

 だけどやっぱり人間として、友人にどう思われるかは、大きな問題に違いない。

「あー、それもそうだな。なにも意識してなかったぞ。そんなもんか、みたいな」

 あたしの覚悟とは裏腹に美鶴の反応は軽々しいものだった。

「それってあたしに興味がないだけ……ってわけでもないか」

 恋バナに食いついてきた時点で人並みには興味を持たれているわけで。だったら、やっぱり美鶴の言うところの『そーゆーの』に対しては興味はあれど嫌悪感はないのか。

「正直、木実が私に告白でもしてこなけりゃ、思うところなんてねーよ。告白されりゃ、そりゃあ、それなりに考えるだろうけど。告白されたらどうしようとか考えんのもアホらしいし。まあ、告白されたら、それはそれでマジメに考えるから、安心していいぞ」

「うん、とりあえず告白の予定はないから安心して」

 そしてこれからも、一生そんな事態にはならない。

「しかしまあ、図太いよね、美鶴は」

「そうでもなきゃ、生きてけねぇし。なにより木実もわかってて言ったんだろ?」

「美鶴なら拒絶はしないだろうなとは思ってたけど、それなりに不安なもんだよ」

 それで見放されたらそんなもんか、とは思うし、諦めはつくだろう。だけどある程度は仲良くなっちゃってるし。それこそ、関係が途切れたらイヤだなぁと考えるほどには。

 あたしの話はもういいだろう。このまま掘りさげられても面白くない。

 そう考え、ここいらで適当に切り返しておくことにした。

「美鶴さん的にはそういうのってムリなの? チームの子とかそういう目で見たことは?」

「見たことねぇし、ムリとかアリとか以前に考えたこともなかった」

「じゃあちょっと考えてみてよ」

 言われ、美鶴は小さく唸りながら、ほとんど空になったボトルを啜る。

 ずずず……という濁った音が、美鶴の思考の停滞具合を示しているようだった。

「男とか女とか関係なしに、端から恋をしようって目で相手を見るのは違うんじゃねぇの? って思うことはあるぞ。恋って気づいたら落ちてるもんじゃねぇの? みたいな。だから『男だから』とか『女だから』を恋に結びつけんのはバカらしいだろ」

「あ、今のすごい乙女っぽい発言だ。メモしとこ」

「すんなすんな、使用料とるぞ」

「じゃあさ。さっき話に出てた後輩の子とかはどうなん?」

「……なんでもかんでも恋だのに結びつけるのはやめようぜ」

「あっ、はい。それは、はい……とても申し訳なかったっす」

 割かしガチめに叱られてしまい、あたしも反射的に謝ってしまう。

 ……って、なぜにあたしと美鶴が、こんな女子高生らしい会話をしてんだ。

 あたしたちはそういうものから、もっともかけ離れた位置にいると思ってたんだけど。人間、どう転ぶかなんてわからないもんだなぁと、ポテトの最後の一本を咥えながら思った。