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       緒輪島紗和

 

 休日をどれだけ有意義に消費できるかで、そのひとの人間力を試すことができると思う。

 クラスの中心人物たちは月曜日には休日の出来事を自慢気に話しているし、金曜日には次の土日の予定を一生懸命になって組んでいる。すべては休日を中心に回ってて、平日は休日を楽しむための補佐にすぎないんだろう。そういうところで地道に頑張っているからこそ、ああいうふうに、明るいクラスの構成員のひとりになれるのかもしれないなーって漠然と考えてた。

 私には絶対にムリだなって思いながら、そんなひとたちを盗み見たりしていた。そして彼らの笑顔を見るたびに、自分はなにをしているんだろうって、自己嫌悪になるのだった。

 かく言う私は休日を無為に浪費する能力には人一倍の自信がある。

 陽にあたってぼーっとしているだけで一日が終わってしまうこともあるくらいだ。

 まだお昼寝でもしてたほうが有意義なんじゃないかな? ってくらい。

 もしかしたらこれは生きてるとすら言えないのかもしれない。

 そんな状況に軽い危機感を覚えないでもないけれど。

 今まで特別な行動を起こしたことはなかった。

 停滞しすぎて苔むした体を動かすのは骨の折れる作業だったから。

 そんな私が重い腰を上げて、机に向かっているのだから、たいしたものだ――と自画自賛してみる。机の上のノートには心塚さん用の練習メニューのメモが走り書きされていた。

 とりあえず私が中学生のころやってたメニューを参考にしてみた。発声に滑舌、イントネーション、あとは寸劇……いや、寸劇はいいか。恥ずかしいし、演劇部じゃないしね。

 ……人数が増えれば、アナウンスだけじゃなくて、いろいろなことができるんだけどね。

 というわけで、書きかけだった『寸劇』の上に線を何度も引いて塗り潰す。

『あいうえお いうえおあ――』にあいうえおの歌、それに早口言葉を組み合わせて……あとは最低限の筋トレに……でも心塚さんは私よりいい身体……いやその、いやらしい意味じゃなくて、筋肉質だし、たぶん、筋トレとかは私より問題なくできちゃうと思う。

 私の場合、腕立て伏せ二桁の壁は遥か遠くだし。

 ……心塚さん、中学のころとかなにかやっていたのかな?

 そういうことを尋ねていいのか人付き合いの機微に疎い私にはわからない。

 そのうち、話すときもくるのかな?

 と考えてみたりする。

 しかしこうやって例挙してみても放送部のやることってそんなに多くない。

 あとは工夫して、なるだけ退屈さを感じないようにするくらいかな。

 そういう意味では、寸劇の中で滑舌の練習をするのは悪くない方法だったんだなぁって気づく。自分が率先してやろうとは思わないのは……やっぱり向き不向きがあるからだろう。

 ……だったら私は心塚さんに向いてるのかな。

 人間関係を向き不向きで考えるのはどうなんだろうとは思うけど、たぶん、私たちは互いが互いに、あまり向いてはいないんだと思ってしまう。今だって油断すると心塚さんの姿が頭に浮かんでしまって、そのたびにちょっぴり心臓が縮んで、怖くなってしまうたから。

 緊張で身体が強張って、心拍が大きく――それでいて早くなって、思考がぐらぐら安定しなくなる。ジッとしていられなくて、どこへともなく逃げだしたくなってしまうのだ。

 シャーペンを握っていた手に汗が滲み、書きかけのノートがふやけた。

 ……うわぁ、すごい威力だなぁ。心塚さん。

 初海ちゃんが教えてくれた方法で昨日はなんとか乗りきったけど、あの触れ合いは部活前にもう少し続けたほうがいいかもしれない。準備運動みたいなノリで。

 だって今みたいな感じだと、心塚さんにも迷惑かけちゃうし。

 ……うん、まだちょっぴり怖いけど、私だって頑張るからね!

 そういえば初海ちゃんで思いだした。私は二年生のころ、昼休みは毎日放送室に入りびたっていたわけだけど、いつもそばには初海ちゃんがいてくれた。彼女が図書委員の仕事がないとき限定だったけど、それでも彼女が私の心のささえになってくれていたのは事実だった。

 でも今年からは心塚さんもいるのだ。

 私と初海ちゃんだけで放送室を占拠するわけにもいかなくなってしまう。

 そうと気づいた私は、慌てて初海ちゃんへとメールを送ることにした。

『来週、心塚さんくるから、火曜と木曜、放送室つかえない。初海ちゃん紹介する?』

 返事はすぐに返ってくる。

『相変わらずモールス信号を翻訳したみたいなメールね。ぎりぎり内容はわかったけど。それで、どうして図書委員の私が、放送部の後輩と挨拶しないといけないのよ。もともと部外者の私が放送室にいたこと自体おかしかったんだから、おとなしく教室に戻るわよ』

 初海ちゃんのクールな受け答えがカッコイイけど同時に少しだけ寂しくもある。

 それに冒頭のモールス信号ってなんだろう。

 なにかの授業で出てきたような気もするけど……数学だっけ? まあいいや。

『ごめん、初海ちゃん。また月曜日』

『はいはい、月曜日ね』

 それでメールが終わってしまったので、携帯をパタンと閉じる。

 練習メニューもだいたい決まったので私は手持ちぶさたになる。

 今までも何度か……高校生になって二回程度だけど……軽い危機感に襲われて、散歩に出かけたことがあるけど、そのときの『いても立ってもいられない!』という感覚に似ていた。

 胸がどきどきして、熱に浮かされたような感覚。

 ちっちゃなころ、新品の靴を履いたときの、あの気持ちにも似てる。

 この場から躊躇いなしに全力で走りだしたいという衝動じみた想い。

 気づくと私の指は握りしめたままになっていた携帯を操作していた。

 受信フォルダを少しさかのぼると、昨日の心塚さんとのメールにいきつく。

 それをなんの気なしに眺めていると、メールを送りたい衝動が湧いてくる。

 ……怖いはずなのに、どうしてだろ。

 メールの内容はまったく思い浮かばないのに、とにかく、なんでもいいから彼女にメールを送りたい。今まで初海ちゃん以外にメールを送れる知り合いがいなかったからかな。

 でも休日にいきなりメールとか送ったら迷惑な気もしてしまう。

 でもでも同じ部活だし、もっと後輩のことを知っておいたほうがいいんじゃないかな?

 知れば知るほど、恐怖感も薄れていってくれるはずだから。

 そんなふうに一時間くらい悶々とすごしていたと思う。

 そして悶々の延長で――気づくと私の目の前には『送信中』の三文字が並んでいた。

 画面では紙飛行機が風に乗ってゆらゆら揺れている。

 あれ!?

 ……私ってばいつの間にメールなんて送ってたの!?

 慌てて取り消そうとするけど、携帯の画面は無慈悲に『送信完了』の文字に移ってしまっていた。しょうがないので、せめてどんな文面を送ってしまったのかだけでも確認しておく。

『好きなものはなに?』

 送信済みフォルダの一番上にはそんなメールが配置されていた。

「あっ、なんだ、普通のメールだ」

 よかったぁと胸を撫でおろす。

 変なメールとかじゃなかった。

 これなら心塚さんも不審に思わないはずだ。

 ……どれくらいで返信をくれるかな? 昨日の感じだとけっこう早いと思うんだけど。

 私は両手で携帯を握りしめながら、心塚さんからの返信を待っていた。