13章 救出に再会


 あれは確かにミュケでした。

 小窓から見えただけですが、馬車の中には少なくともぎゅうぎゅう詰めになるほどの人数がいるみたいです。

 ミュケは森に住むエルフ族です。いまは同族から追い出されてしまいましたが、本来は森で生まれ森で死ぬ、生まれながらの引きこもり種族といってもいいでしょう。そんな彼女が自分から外へ、それも人間領へやってくるなんて考えられません。

 あの馬車、鉄でできた頑丈なものです。何人も乗れるほど大きくて、ちょっとやそっとのことでは壊れないでしょう。

 ほんの一瞬でしたが、ミュケの周りにはさまざまな種族がいるのを見ました。あれが見間違いでなければ、おのずと答えは出ます。

 ミュケは、うつむいていました。たぶん、さらわれたんだと思います。

 結局、返すことができなかったこの斧ですが、いまはその存在がありがたい。

 ミュケを返してもらいましょうか。



 鉄の檻を追いかけて、もう2日が経ちました。

 御者は鈍いのか、気づいていない振りをしているのか、まったくぼくに意識を向けることなく淡々と馬を操っていました。

 野宿する御者が眠っているあいだに馬車の小窓から覗いてみましたが、やはりミュケでした。

 汚れてしまった服の裾を伸ばして、同じようにさらわれた人同士でくっついて温め合うミュケをいますぐにでも出そうと扉に触れてみたところ、外側から鍵がかかっていました。

 眠る御者をそのまま気絶させてパンツ1枚にして隅々まで調べたのですが、鉄の箱を開ける鍵はありませんでした。おそらく、目的地に鍵が送られていて、そこで初めて扉を開けるのでしょう。しかしそこはおそらく奴隷商人のようなよからぬ類の人間たちの元でしょう。

 扉を破壊することも考えましたが、いかせん鉄では歯が立ちません。このまま尾行して扉が開くまで待つしかないようです。

 それにはあまり時間はかからないでしょう。ミュケたちはまったく水や食べ物を支給されていないようです。このまま餓死させるわけにはないでしょうし、目的地はそう遠くないはずです。いますぐにでも御者に飛びかかってしまいたくなる気持ちをなんとか堪えながら、鉄の檻を見つめていました。

 さらにそれから半日が経って、鉄の馬車は荒れ道よりもひどい獣道へと分け入っていきました。

 山の麓の原生林ですね。あまり深く入り込んでしまうと出られなくなってしまいそうです。ですが、馬車は迷いなく進んでいきます。

 おかしいですね。馬車が通っている場所だけは木が生えていません。足元の草は踏み固められていますし、明らかに道として運用されていますね。この先にアジトがつながっているのでしょうか。

 しばらく進んで、馬車は止まりました。あまり深くは入り込んでいないようですが、周囲は木々の壁になっていて、かろうじて子供が通れるか、というくらいの隙間しかありません。まさに天然の格子といったところでしょうか。内部もこうなっているのであれば、確かに逃げられそうにありませんね。


「あっ、やだよっやだぁ!」

「高い金払っただけはある。これだけ瑞々しいエルフは初めてだ。それに……はっはぁ! 処女だ! やはり初物にかぎるっ」

「ちか、近寄らないで! あ、れ? どうしてっ? どうして魔法使えないの!?

「おまえはここに来たばかりのようだな? どうせなにもできないだろうから教えてやる。おまえが着けてる首輪は魔力を断絶する石が埋め込まれているのはわかるよなぁ? だから魔力は遮断されて、お得意の魔法も使えないってわけだ。しかも、それだけじゃないぞ。この石には馬鹿力の魔獣たち用に筋力を抑圧する作用もあるんだぜ。さぁて、答えてやったんだからこの処女膜貰うぞぉ」

「やぁ! た、たすけてっ、たすけてぇ!」

 そういう仕組みであれば確かにミュケも逃げられませんね。ですがその前に、あのエルフを助けましょうか。

 個室となっている部屋の前には、見張り役らしき人間がいました。武装は粗末な剣だけで、鎧の類もつけていません。彼らをまとめて両断してから、扉に耳を当てて様子を窺っていたのですが、これ以上はあのエルフが可哀想ですね。騒ぎになってはマズイので、正攻法を使いましょう。

「お楽しみのところ申し訳ないのですが、少々お時間をよろしいでしょうか?」

「なんだっ? 俺はいま忙しいんだ! 早くしろ!」

「館長がお客様をお呼びでして……なんでもお支払いいただいた金貨の中に偽物が混ざっているようで」

「なんだと!? 貴様、俺が貧乏人のように偽物をつかませたと思っているのか!? 冗談じゃない、貴様、名前は!?

 怒声と同時に、扉が勢いよく開きました。

 やはり、短気は損気ですね。斧で男の頭をかち割りながらあらためてそう思います。

 呆然とぼくを見つめるエルフの少女に、この部屋で隠れているよう伝えると、がくがくと大袈裟なほど頷いてベッドの下に潜り込みました。

 縁もゆかりもないエルフなので生死にはこだわっていませんが、すべてが終わったあとに生き残っていれば一緒に連れて帰りましょう。

 まだぼくのことは誰にも見つかっていないようですね。完全個別で客を入れていることは好都合です。ですがあまりのんびりしていられません。もしかしたらミュケも先ほどのエルフ族のように凌辱されてしまうかもしれません。

 同じように見張りをひと息に斬殺し、扉に耳をつけて部屋の様子を窺います。

「あッ、あはっ……そこそこっ、そこが気持ちいいんですぅ!」

「おーおー、涎垂らすほどいいのか?」

「いい! いいんですっ! あ、いく、いっ……」

「っくおおお……やはりこの痙攣の感覚は最高だな」

 知る人ぞ知る娼館といったところでしょうか。森の奥に店を構えるなんて普通なら考えられないことですが、その娼館がしていることを考えれば町中では営業できませんからね。

 拉致に監禁。それも美形ぞろいなエルフ族を中心に、人間で言うところの人型魔獣を。

 魔獣を性欲の対象と見るのは、人間ではゲテモノらしいですね。そもそも関わり合いたがらないのが人間です。ですが、人間の性癖とは幅広いらしく、この娼館にも一定の需要があるようです。

 この部屋で得るものはなにもなさそうですね。聞いているかぎりでは嫌がっていないようなので、次に行きましょう。

「ひっ、ひぃぃぃぃ! やめ、やめてくれ! 殺さないでぇぇぇ」

「では、今日新しく拉致してきた者の居場所を教えてくれませんか?」

「し、知らないっ! 俺は下っ端なん……ああああっ! 指、俺の指っむぐ」

「あまり惨たらしいことはしたくないんですけどね。ちゃんと話してくれるまで、あと何本指が飛ぶのでしょう? ああ、いっそ指をすべて切り落として口に詰めれば話してくれますかね」

「ひいぃぁぁっ、わかった、話すっ、話すから殺さないでぇぇぇげあ!」

「静かにしてください」

 手枷足枷をつけられたウェアフォク族の女性を引っ立てている男に尋問した結果、拉致してきた人たちはみな地下牢に入れられているようです。

 地下牢への道、鍵のあり方をしっかりと教えてもらうころには男の指が半分ほど飛んでいましたが、約束どおり殺さずに気絶させて先を急ぎます。

 男が言っていたとおり、地下への階段は鉄の扉で閉め切られている上に重装の見張りがいますね。気づかれずに一瞬で、というのは少し難しいです。とはいえ、あまりのんびりしている暇もないので、強行突破しましょうか。

「だれだっ! なっ、オーク!?

「どうしてこんなところに!?

 驚きながらも剣を抜いた見張りたちふたりが、一斉に踊りかかってきました。狭い通路に左右から攻められては防ぐことも難しいですね。どちらかひとりをうまく引き離すことができればなんとでも……。

「るぁぁぉ!」

 よほど訓練されているのでしょう。連携はばっちりでなかなか隙がありません。逆に、奇をてらってどちらかを動揺させることができれば連携はたやすく崩れることになります。手の斧をひとりに投げつけて、ぼくはもうひとりのほうへと近寄りました。

小癪こしゃくなっ」

 斧を弾いたほうを尻目に、待ち構えるもうひとりへ突撃すると見せかけて、剣の届くぎりぎりで方向転換して斧を弾いたほうへと体当たりをかましました。

「ふぎゅっ」

 壁とぼくに押し潰された男はそのまま崩れ落ちると動かなくなりました。振り返ると同時に剣を拾い、袈裟斬りを紙一重で防いでもうひとりの男を蹴り飛ばします。

 したたかに背中を打ちつけた男が動けないうちに首をはねて、ようやくひと息つけました。

 ところが、やっとミュケに会えるところまで来たのに、体力の限界が訪れてしまいました。もう何日も歩き通しで、あまり眠ってもいません。ここまで動いてくれたことがもはや奇跡です。どっとのしかかってくる疲労をなんとか堪えながら鉄の扉を押しますが、鍵がかかっているようで開きません。

「いたぞーっ!」

「あいつか!? ってオークじゃねえかよ! なんでこんなところにオークなんか……まあいい、これだけの人数だ、手早く仕留めて後片付け済ませるぞ!」

 振り返ると、狭い廊下に順番待ちするように武装した男たちがぼくを睨んでいました。ついに集まってしまいましたね。それにしてもタイミングが悪いです。せめてもう少し休憩できたら、切り抜けられるのですが……廊下の角に差しかかっても続く男たちの列に目眩めまいがしました。


「ば、バケモノ……うぎっ」

 ようやく最後のひとりを倒して、膝から力が抜けてしまいました。その場に座り込んでしまい、刃の欠けた斧を杖代わりにして寄りかからないと、座っていることさえも難しい有り様です。全身何箇所に傷があるのかもわからず、手のひらでさえも血まみれでさすがに笑えてきました。

 どうせ死ぬなら、せめて最後にミュケを解放してからです。

 目の前の扉さえも血まみれで、床には死体だらけで足の踏み場もありません。こんな場所で鍵を探すのは無理ですね。とはいえ、力ずくではどうしようもありません。

 折り重なった死体から、いちばん最初に殺した重装の見張りを掘り起こします。たしか、ふたりほどいたのでどちらかが鍵を持っている可能性がありますが、どちらも持っていないかもしれません。

 時間をかけて鍵を探すと、見張りのブーツの中にいくつかの鍵が隠してありました。重い体を引きずりながら鉄の扉にかじりついて鍵穴に鍵を入れて、ようやく開けることができました。

 扉に寄りかかっていたせいで開くのと同時に倒れ込んでしまいましたが、もはや起き上がることさえ困難です。芋虫のように這いずり、階段を転げ落ちてまた這いずって、忌々しい鉄格子が見えました。

「あ……う、そ。ルト、なの……?」

「助けにきましたよ、ミュケ」

「ルトぉっ!」

 鉄格子にしがみついてぼくに手を伸ばすミュケは、少しばかりやつれていましたが元気そうでした。同じように拉致された人たちが驚くなか、ミュケはぼくを呼び続けています。

「すぐに開けますから……」

「ルト、ルトっ! 本物だ……ほんもののルトだよぉ……あ、え? ルト、怪我してるの?」

 地下に光源がないため、ミュケはよく見えていないようですが、さすがに顔を付き合わせた距離では気づかれてしまいました。あまり心配させたくなかったのですが、この鉄格子を開けるためにはやむを得ませんね。

「血、血がいっぱい……すごい怪我じゃない! だめっ、動かないで!」

「動かないと開けられませんよ……よし」

 すべての鍵を差し込んで試したところ、ようやく鉄格子が開きました。途端に飛びついてきたミュケが目を見開くのと同時に、おそるおそるといった様子でほかの人たちも牢から出てきました。

「すまない、助かったよ」

「とにかく、いまはここから離れましょう。あ、その首輪を壊さないといけませんね。少し失礼して」

 驚いたまま固まってしまったミュケをとりあえず離して、引きしまった裸体を堂々と晒すワイルドなウェアベア族の女性の首輪を引きちぎると、ミュケが我に返りました。

「は、はやく傷を塞がないと……!」

「まだしばらくはもちますから。首輪、壊しますよ」

 力自慢な種族に手伝ってもらいながら、全員の首輪を破壊することに成功しました。治癒魔法の達者なエルフがお礼にと傷を治してくれたので、ひとまずミュケは落ち着きました。

 あとはここから逃げ出すだけです。私兵たちはぼくがすべて倒してしまったようで、館の中は静まり返っていました。中にいた人間はみな逃げ出してしまったようですね。

 放置されていた馬車があったのでそれに乗り込み、3日後には人間領から出ることができました。

 助けた人たち全員に何度も感謝されて、紳士の本懐を遂げたことを実感しました。

 いえ、本当はそんなことよりも、ミュケを助けることができてよかったです。



 いつまで経っても戻ってこないぼくを探して、ヌヌの町を飛び出したミュケは、大森林の境目で人間に捕まってしまったそうです。

 魔法の使えないミュケを捕らえた人間たちは、そのまま森から出てくる者たちを次から次へと捕まえていき、あの鉄の馬車に押し込めていったそうです。

 捕らえられた人たちはみな、偶然ひとりで森から出ていたようで、抵抗する間もなくあの首輪を着けられてしまったそうな。すべてミュケが話してくれました。

 心配をかけてしまっているだろうとは思っていましたが、まさかこんなことになるなんて思ってもみませんでした。無事、取り返すことができましたが、あのとき馬車とすれ違っていなければ、ぼくはミュケがどんな目に遭うのかすら知らないままのんびりと森に戻っていたでしょう。

 やはり、人間領は危ないところですね。極力近づかないようにしましょう。

 放置されていた馬車は4つ、均等に乗る人数を分けて、快適ではないものの、全員が無事に森に戻ることができました。

 ぼくたちはヌヌの町で馬車を降りましたが、ほかの人たちはそれぞれ自分の住む場所に到着してから降りるようです。


 それほど長く離れていたわけではないのですが、「森の出口亭」に到着したときには懐かしさを感じてしまいました。

 オリネさんの泣きながらの平手打ちや、クレナルさんの金的蹴り上げには危うく死んでしまうところでしたが、ミュケを助けたことに免じてなんとか許してもらえました。しかし、ミュケがさらわれてしまったのも元はといえばぼくのせいなのですが、自ら藪をつつく必要もないでしょう。

 無事、また宿の手伝いをしながら生活する日々に戻ることができました。

 しかし同時に、ひとつの悩みが生まれてしまいました。

「んぶっ、んむ……ん、んんっ」

 腫れ上がった亀頭に熱い舌を這わせながら、前後に頭を動かしていたミュケが、ふと動きを止めて口を離しました。

「ね、ルト。……入れてほしいな」