耳障りな破砕音が夜の町に響き渡りました。
斧を振るってガラス戸を砕き、スクレットさんが邸宅へ飛び込みました。
押し入りは初めてやりますが、目的はひとつだけなので迷うことはありません。まずは手近な寝室へと飛び込んで、見なりのいい人間を探す。そうしてから伯爵家の血筋かを判断して、連なるものなら断絶させる。
シンプルでわからないところなんてありません。
先に邸宅へ飛び込んだスクレットさんが広々とした廊下を右へ、ぼくが左へと曲がって分担しました。
手近な扉から開けて中を確認していきます。どうやらここは客間のようですね。次の扉は空き部屋、その次も空き部屋、ここも空き部屋ですね。
左側はあまり使われていないのでしょうか。空き部屋ばかりの階層を使う物好きはいないでしょうから、残りの部屋は無視して2階へ上がりました。
階段を上ってすぐ、寝間着姿の女性と遭遇しました。ランプを手にした女性は、突然現われたぼくに驚き、ランプの光を顔に当てて気を失ってしまいました。
夜遅くにオークと遭遇するのですから、それはびっくりしますよね。
同じように、何度も女性と遭遇しては気絶されてしまいました。中には給仕服姿の女性もいたので、この邸宅で働くメイドさんたちなのでしょう。
ここに関係者はいないようです。上へ向かいましょう。
3階は倉庫、4階は無数の衣類で埋まっていました。となれば、残るは5階ですね。おそらくですが、スクレットさんが行ったほうもぼくと同じ状況でしょうね。高いところへ行きたがるのは煙ばかりではないということでしょうか。
5階へ上がる階段前でスクレットさんと合流したぼくが先頭になって歩くと、階段を下りる足音が聞こえてきました。ずいぶんと重そうな足音ですね。階段が軋んでいます。
姿を現わしたのはでっぷりと肥えた中年男性でした。
「ひっ、き、貴様ら何者だ! 強盗か? 強盗だな!? 貴様ら乞食などにくれてやる金は一銭もない! わかったら貴様らが汚した廊下を舐め清めながら出ていけ!」
泡を飛ばす勢いで詰め寄ってきた男を突き飛ばすと、奇妙な悲鳴を上げてうずくまりました。
「き、貴様っ、私を誰だと思っている! 栄えある伯爵家当主のぐげっ……」
「わざわざ自己紹介ありがとうございます」
伯爵の血縁であれば容赦はしません。小さく振るった斧で伯爵家当主だという男の背中を袈裟斬り、胴体をふたつにしました。
これで残りは7人。用心棒でもいないかぎりすぐに終わるでしょう。できるだけ魔獣に襲われたという形跡を残していきましょうか。
階段を上りきり、ぼくとスクレットさんは手近な扉に押し入りました。
柔らかそうな毛布に包まれたなにがが芋虫のように蠢いています。
わずかに悲鳴が聞こえてきたので、中に誰かがいることは確定です。このまま斧を振り下ろしてもよいのですが、もし別人だったら目も当てられません。少なくとも、伯爵家の血縁に連なる者以外は極力傷つけたくありません。
悩んでいると、スクレットさんが抜き身の剣を何度か振るいました。すると、毛布が綺麗に切り裂かれて中身が露わになりました。
「や、やだっやだやだぁ! こ、殺さないでくださいっ、殺さないで!」
これは……女の子、でしょうか。自らの裸体をかき抱いて震える少女がそこにいました。伯爵家の血縁はみな太っているという話なので無関係なのでしょうが、どうして裸なのでしょうか。
「どうして裸なんだい?」
スクレットさんも気になったようで、低くした声で聞きました。
「え、あ、は、話したら殺さないでくれるの……?」
「もともときみを殺すつもりなんてないよ」
「……お、奥様が気に入っていたカップを割ってしまったんです。それで、奥様は罰だといって無法者たちを呼んで、くると……」
「ひどい話だ」
裸だったことも考えて、つまり罰というのは無法者たちに凌辱させることでしょうね。人間じゃないぼくが言うのもなんですが、心というものを持っていないんでしょうか。
「僕たちは無法者ではないよ。安心してここで隠れているんだ。静かになるころに迎えにくるから。いいね? この部屋から出るんじゃないよ」
「は、はい……」
戸惑いながらもうなずいた少女を残して、ぼくたちは部屋から出ました。すると、階段のほうから悲鳴が上がって、駆け寄ると肥え太った中年女性が伯爵家当主を揺すっていました。あれが奥方のようですね。
「あああぁぁぁ! だれか、だれか医者を呼びなさい! 聞こえないの!? 医者を、医者をっ」
「呼びましたか?」
「えっ?」
「見てのとおりぼくは魔獣ですので、人間の治療法は知りませんけど」
当然、医者というのは嘘です。
ぎょっと目を剥いた女性の首が、次の瞬間には宙を舞っていました。
「僕の剣は鋭すぎると言われているから、苦しまずに死ねるよ」
父親似の長男は気持ちよさそうに眠っているところを、腹を割いて殺しました。母親似の三男はメイドさんと楽しんでいるところをスクレットさんが心臓をひと突きにして。長女と次女はふたりで愛し合っている最中にまとめてふたつにしました。最後に残った三女もまた、中年ほどの男性とベッドでつながっていたところをひと振りで首を落としました。
全員が全員、肥え太っているというのは本当でした。性欲旺盛だというのも真実でしたが、ガラスが割れる音や悲鳴を気にしないというのはどういうことなんでしょうか。スクレットさんが言うには、底抜けの馬鹿だかららしいですが納得してしまいました。
障害もなく、伯爵家を全滅させることに成功しました。
約束どおりに少女を連れ出して、スクレットさんには先に帰ってもらうことにしました。
ぼくにはまだやることがありますからね。といっても、そう難しいことではありません。この邸宅を、無残になるほど破壊すること。
ガラス戸をぶち破り、室内を引っかき回し、食料庫はいちばん派手に荒らしてから、ぼくは引き上げました。
あとは経過を見るだけですね。
*
数日後、惨たらしく殺害された伯爵一家は魔獣の襲撃ということで、派遣されてきた騎士たちがカタをつけました。見境ない破壊と、とくに荒らされていた食料庫の状況から鑑みて、困窮した平民が押し入ったとは考えにくく、破壊の痕跡は食うに困った人間では不可能と判断されたようです。
町に入れないぼくは近くの山で野宿しつつ、毎日やってくるスクレットさんとあの少女にいろいろと聞いていました。そして今日、ぼくたちの目的は果たされました。
「スクレットさんはこれからどうするんですか?」
「この子、母が伯爵の妾だったらしくてね。亡くなったあと、居場所がなかったそうだ。だからひとまずは僕が保護者として引き取って、フェーレさんに託すよ」
「そうですか。フェーレさんならなんとかしてくれるでしょうね。……彼女には会いましたか?」
「ああ。伯爵家の跡地を呆然と眺めていたよ。カリアさんも同じような顔をしていた。……会いにいかなくていいのかい?」
「ええ、ぼくはあのときに退場しましたから。わざわざ出張る必要もありません。やることも済ませたので、スクレットさん、ぼくは行きます」
「うん、またどこかで会おう。暇なときには小屋に遊びにきてくれ」
「はい、いずれ」
スクレットさんの背中に隠れて控えめながらも手を振ってくれる少女に手を振り返してから、ぼくは山を下りました。
早く戻らないといけませんね。ミュケが心配しているでしょうし。
夕暮れ時ももう終わりそうですね。
荒れ道を歩いていますが、誰とも遭遇することはなく、ときおり行商らしい馬車とすれ違う程度です。
穴だらけで人間が歩くにはかなり体力を使うでしょう。馬車も振動がすごそうです。
数時間ぶりに、前方から馬車が迫ってくるのが見えました。大型の馬車で、巨躯の馬が4頭で引いています。ここからでも金属製だとわかります。ずいぶんとお金をかけていますね。
すさまじい勢いで迫ってくる馬車を避けるために道を逸れて、深くクロークを被り直して待っていると、土埃を巻き上げながら馬車が目の前を通り過ぎていきます。
鉄製の馬車には小さな小窓しかついていないようです。中の人は景色を楽しめませんね。
すれ違った一瞬、小窓の中が見えました。
どうして、ミュケが中にいるんですか?