16 おさがりのドレス
「かあさん、わたし、黒いドレス着てみようかな」
ニニがとつぜんいいだしました。
「あら、ドレスっていったらスカートよ、いいの?」
「やだ、わかってるわよ」
「たしか、わたしが旅立ちのとき着た洋服、まだあるはずだけど、でも古いから、あたらしく作ってあげるわよ」
キキはもう作りださんばかりの勢いでうきうきと立ち上がりました。
やっと、来たぞ、来たぞ、来たぞって気持ちです。
「その古いのでいいや、試しだから」
キキは、「そおお」ってつぶやきながら、戸棚を開き、その奥から、
「なに、これ、かわいいっ! ジジがついてる!」
「そのポシェット、いいでしょ……」
キキがなつかしそうにいいかけると、
「わかった、だいすきなとんぼさんから、もらったんでしょ」
ニニはからかうように、ぱっちん、片目をつぶりました。ニニはドレスも着て、「わたしに貸してね」とポシェットを肩からさげました。
「まあ、ぴったり。ちょっと、ちょっと、ニニ、その姿、おソノさんに見せていらっしゃいよ」
ニニは走って、おソノさんの店に飛びこんでいきました。
「まあ、キキ……あっ」
と、いいかけて、おソノさんは胸に手をおいて、息もつけないほどおどろいています。
「まあ、そっくり、そっくり……キキちゃんだわ。なんて、まあ、まあ。ねえ、ねえ、フクオさーん、ちょっと、ちょっと」
奥からパン屋さんの帽子をかぶったフクオさんがなにごとかと、出てきました。でもニニを見たとたん、ぱたりと足をとめました。
「ほーう」
これしかいえません。おソノさんのほうはもはやにじんできた涙をふいています。
「そんなに似てるの? 髪の毛は短いのに?」
ニニはちょっぴりいやな気分です。だれもかれも、なにかというと、まずキキのことを口にするのです。
(まあ、しょうがないけどさ)
こんなとき、ニニは自分にこうつぶやきます。でも度重なると、あまりうれしいことではありません。
「じゃ、失礼しまーす」
昔をなつかしんでいる、ふたりをのこして、ニニはもどってきました。
「また、この洋服が役に立つとはねえ」
キキもまだ興奮気味です。でも、ニニはこのまま、ずっとこの洋服を着るつもりはありません。ちょっとだけ試してみるつもりなのです。問題は自転車ギコギコ飛びがなおるかどうか……。
「出かけるね、試運転」
「まあ、そのドレスで!」
キキのいちだん高い声が追いかけます。
ニニはほうきをかかえると、走りだしました。ブブが後を追いかけます。
どこか、どこか、人に見られないとこ……。
ニニは走り回って、夕暮れ
(ちぇっ、だめかあ)
残念ながら、このぷーっと間が抜けて浮き上がるのと、ギコギコ飛びはズボンのせいではなさそうです。がっかりして、ニニはほうきの柄をたたきました。
「ほうきさん、あんたのせいだわ、きっと」
そんな文句をいっているあいだに、ほうきはトンネルのなかをギコギコと飛び、するりと外に出てしまいました。とまらせようと、ニニがあわてていると、
「あら、キキさん、キキさんね」
ドアがあいて、ヨモギさんが走り出てきました。
「まあ、来てくれたのね。おや、まあ、ジジも……あの子がうれしがるわ。センタ、ひさしぶりにキキさんが来てくれたわ。よかったねえ」
ヨモギさんは家のほうを見て、いいました。
(またかよー)
ニニはむっとしています。
「ちょ、ちょっとまっててね」
ヨモギさんは急いで家にはいると、ゆすらうめのジュースをもって出てきました。
「ひとやすみしようと思ってたとこよ、さ、キキさんもどうぞ」
「あ、あ……」
ニニは口をぱくぱくさせました。でもニニはなにもヨモギさんにはいえなくなりました。ブブもおどろいて、体をかたくしています。ヨモギさんのなかで、時間がすっかり昔にもどってしまったようです。目を細めて、笑い、とってもうれしそうです。まったく気がついていないのです。
「また、あそびに来ますから」
ニニはジュースを飲むと、すぐ立ち上がり、後ずさりしました。
「あら、もう、帰るの? キキさんはいそがしいんですものね、しょうがないわね。また、来てね。きっとね、きっとよ」
ヨモギさんは追いかけるように、体を前にかたむけて、何度もくりかえしました。ヨモギさんはさびしそうで、きゅうにおばあちゃんになってしまったように見えました。ニニも胸がどきどきして、泣きそうになりました。
「ねえ、トト、わたし、ヨモギさんにあったの。そしたらわたしを、かあさんだと間違えて、キキさんってよぶのよ。もうすっかり、信じてるみたいで……どうしていいかわからなかった……」
ニニは家に帰ると、そっとトトにヨモギさんの様子を話しました。あまりさわぐと、ヨモギさんの時間がもっとむこうにいってしまうような気がしたのです。
「わたしが、かあさんの洋服着てたからかも。わたし、なんにもいえなくて、すぐ帰ってきちゃった。あれでよかったのかなあ」
「よかったと思うよ。ヨモギさんは、いい思い出のなかにいたんだよ」
トトはいいました。
「そこからもどってこられるかなあ」
「大丈夫だよ。僕たちだって、夢見てて、目を覚ましたとき、一瞬、ここはどこって思うじゃない。きっとヨモギさんもおなじだよ」
「そうね、年とって、頭がごちゃごちゃになったんじゃないよね。おソノさんも、フクオさんも、わたし見て、びっくりしてたもの。これで、とうさんに間違えられたら、相当やばい」
ニニはにたっと笑いました。そして、ほうきをもち、ポシェットをさげ、ブブをだいて、とんぼさんの後ろから、そっと近づくと、肩をぽんとたたきました。
「おおう!」
ふりむいたとんぼさんは、いすから腰をびくっとあげて、さけびました。
「ひゃー、びっくりした。時間がもどったかと思ったよ。それにしても似てるもんだなあ」
「なつかしいでしょ。でも、わたしはニニよ。間違えないでね」
それから二日ばかりニニは鏡にむかい、自分の姿を見つづけました。
(やっぱり、このままじゃ、いやだなあ。この服、ニニじゃないよなあ)
(よーし、一目で、ニニだーって、わかるようになってみせるよ。遊覧飛行サービスがだめになっちゃったから、おしゃれで目立たなくちゃ。わたし、腕はいいんだから。ぬいぐるみの「おめめちょ」たちを、作ったときみたいに、頭働かせてさ、すごいドレス作ってみせるからね)
(まず、かあさんのドレスの
ニニははりきってコマコマ屋さんに出かけていきました。そして、端切れの山から黒い布ばかりえらんで、光るビーズも、ボタンも買って……。
(おこづかい、すっからかんだよう)
ニニはおおげさにひとりごとをいって、「あへ」と、あごを出しました。ご機嫌です。夢見ています。
トトのほうはそのころ、夕暮れ路のトンネルを歩いていました。ヨモギさんに会うためです。ニニがいってたことも、気になっていました。それにもう一度センタさんのノートを見せてもらいたいという気持ちもありました。暗いトンネルを抜けると、明るいくすりぐさの畑がひろがっています。つぎの種まきにそなえて、キキが掘りかえした土は黒々としめって、栄養たっぷりに見えます。小さな黄色い花があちこちに散らばって咲いていました。隅のほうには来年の種をとるためのくすりぐさがこんもりとのこっていました。
とんとん
トトはえんりょがちにドアをたたきました。ノックの鳴き声がして、そばの窓のカーテンが動くと、「おや、まあまあ」といつものヨモギさんの声、すぐにドアが開きました。
「まあ、またちょっとのあいだにずんずん背がのびて、大きくなって。夏のくすりぐさみたいね」
ヨモギさんは目を細めて、トトを眺めました。
「さ、おはいりなさい。夏休みはどうでした。どこかにいったんですってね。たのしかった? キキさんからききましたよ」
ヨモギさんの口はとまりません。いつもとかわっていません。
トトは「はあ、ええ、はい」といいながら、ほっとして、いすにすわりました。
「今年の夏は海坊主風も来ないようだし、しずかに過ぎていきそうね」
ヨモギさんはいいました。
(僕はしずかどころか、大騒ぎだった)
「あのー、ぼ、僕、去年、お引越しの手伝いしたでしょ。あのとき、悪いと思ったけど、だまって、センタさんのノートを見ちゃったんです。お断りもしないで。どうしても見たくて。すいません」
「あら、そうだったの、それで……」
「たしかいちばんおわりのノートでした」
ヨモギさんはちょっとおどろいたように目をひらいて、机の上を見ました。それから手をのばして、重なった本やノートのなかから、一冊とって、トトにわたしました。
「これかしら……」
「そう、これです。なくなった年がかいてある……この最後のところに、『これからをまつひと』って……書いてあったんです」
トトは迷いもなくページをあけて、ヨモギさんに見せました。
「ほら、ここに。僕、この言葉を見たとき、どきっとしちゃって、あわてて閉じちゃったんですけど、それから気になって、ずっと考えていたんです。いろいろなことに出会うたび、この言葉を思い出すんです。だって、センタさんの、最後の言葉でしょ。この『ひと』って、だれのことだろうって……。はじめはかあさんのことだと思ったけど、そうじゃないんじゃないかと……それに『これから』ってかいてあるし……あのときのセンタさんにとって、『これから』は……どういうことだったのだろうと……ごめんなさい、こんなこといって」
トトの声はかすかにふるえていました。目はまっすぐノートの字を見つめています。強くにぎりしめた手はノートのはしにおかれていました。
ヨモギさんはすっと目をそらすと、立ち上がって、ゆっくりとお茶を入れはじめました。
「そうねえ、わたしもそれを見たとき、考えたわ。どういう意味だろうって。センタは小さいとき、とってもやんちゃだったのよ。元気で、元気で、いつも走っているような子どもだった。小さなことでも、すぐ見つけてね、『これ、なあに、これ、なあに』『それで、それで』って、知りたがりやだった。病気になって、あの力はなくなってしまったと思ったけど、そうじゃなかったのね。ずっとあったんだわ。わたしは彼がいなくなったことばかり悲しがって、ただもうそれだけだったけど、センタは最後まで、心のなかにあの力をもっていたのよ。そして、いつものように、『これ、なあに?』『それで、それで』って思いつづけて、これからをまっていたんだと思うの。あの『まつひと』は、自分のことだったのよ。わたし、そう思うようになったので、ここに帰ってきたの」
ヨモギさんはしずかな声でいいました。顔がほんのりと赤くなっています。
「僕、センタさんは、自分のこれからを僕たちのかあさんにたくしたんだと思ってたけど、でも、ちがう。センタさんは自分のことをいっていたんだと僕も感じたんです」
「もちろん、センタはキキさんがだいすきだったと思いますよ。でも、キキさんはセンタと会っていないんです。言葉もかわしたこともないんですよ」
「ええ、かあさんも、そういっていました」
「センタは、おひさまの下で輝いているキキさんと、おなじ気持ちを自分もまだもっていると思えてうれしかったのね。あの絵はそのよろこびであふれているもの。今でもあのようにセンタは生きていると思うの。見えないけど」
ヨモギさんは、手をトトの手に重ねて、いいました。
「ねえ、トト、人の一生は、空の星から見たら、火のなかで、しゅんと消える水の粒のように、ちっちゃいものよね。でもね、水の粒はあったのだし、消えても空気のなかにいるのよ」
ヨモギさんは、ふっと息をつきました。
トトは泣きそうでした。でもじっとこらえながら、自分にもその言葉のもっている力が伝わってきたことが、とても、とてもうれしいと思いました。
そんなトトを見ながら、ヨモギさんはふっと笑いました。
「わたし、このあいだね、間違えちゃったのよ。ニニちゃんを、キキさんと……そっくりだったから。でもちょっとした勘違いとはちがうのよ。時間がぱーんともどっちゃってね。わたし、あの年の夏にいってしまった……。でもたのしかったわ」
トトはほっとしながら、うなずきました。
「でもね、ちょっぴり不安。いったきり帰ってこられないと、こまるでしょ。トトに会えないもの」
「大丈夫。僕、毎日でもあそびに来るから」
「うれしいわ。ありがとう。でもね、トト、いつかあなたにも魔女のような旅立ちの日がやってくるわ。そしたら元気でいくのよ。こっちは大丈夫」
ヨモギさんは、ぱちんとかたほうの目をつぶってみせました。
そばでノックが、ことばをあわせるように、しっぽをぱんとふりました。