15 予約切符
ニニはズボンのポケットに両手を入れて、肩を揺すって歩きながら、大通りのウィンドーを一つずつのぞいています。まだ暑いのに、もう秋の洋服や、バッグが飾られています。どれもぴかぴかに光って見えます。空のむこうからやってきたあたらしいお知らせって感じです。
「ふー」
ニニはかすかなため息をはきながら、見入っています。
「そうかあ、秋のおしゃれは、こう来るかあ……」
うなずきながら、つぶやいていると、となりの店から、大きな袋をさげた女の子が出てきて、ニニにぶつかりそうになりました。
「あ、ごめん」
ニニが一歩さがると、
「あれ、ニニじゃない」とその女の子は、声をあげました。みると、チロコです。夏休みで会わないあいだに、急に子どもから大人になったように背がのびて、なにやらすてきな空気にすっぽりつつまれています。
「明日ね、面接があるのよ」
チロコは肩を見せるようにきゅっとあげて、いいました。
しばらく前から、チロコは、学校がおわると、いつも急いで帰っていきました。たまに声をかけても、手をひらひらと動かして、「さよなら」というだけで、走って校門から出ていってしまいます。
「へー、面接、なに、それ?」
「わたしね、劇団にはいってるの。知らなかった?」
「おけいこ?」
「ううん。ちゃんとした劇団よ。試験して受かったの。秋にね、ビバビバ市で公演があってさ、明日、その娘役の面接を受けにいくのよ。それに着ていくお洋服を買いに来たの」
「………」
ニニはとっさに口から言葉が出てきません。
「とすると……じょゆう……さん?」
ニニは思わずつっかえてしまいました。
「やだあ、まだ女優の卵の、しかもなりかけ。女優なんてそんなにかんたんになれるわけないじゃない。でもやるだけやるの。たのしいよ。踊り習ったり、歌やったり、お化粧のしかたも教えてくれるの。ほら、そういえばキリちゃんもね、卒業したらお菓子学校にいくんだって。はりきってるわ。みんな、それぞれがんばりはじめてる。だから、わたしも……。ニニは、もう決まっているからいいよね」
たった何週間かのことなのに、チロコはとってもきれいになっていました。派手ずきだったのに、さらっとした品のいいワンピースを着ています。体もすーっと細くのびて、足も細くなって、とっても格好がいいのです。うすくきれいにお化粧までしています。ニニはあわてて、ポケットにつっこんでいた手を出し、背中をくいっとのばしました。
「ニニも準備始めたんでしょ。このあいだ、電車からちらっと見たわよ。おかあさんのキキとはちがう飛びかたにしたの? かえないほうがいいと思うよ。キキとおなじがいいよ。キキはかっこいいもん。じゃ、わたし、準備があるから……夏休みがおわったら会おうね」
ニニはむっとして、チロコの後ろ姿を見ていました。おもしろくありません。うかれるのも、落ちこむのもはやいニニは、とたんに、世界中からおいてきぼりにされたような気持ちになりました。しばらくじっと下をむいたままでした。でもそんな気分が長くつづくニニでもありません。さっと顔をあげると、前を見つめて歩きだしました。
(わたしだって、わたしだって……)
ニニのなかで、こんなつっぱった言葉がいそがしく動いています。でも、(わたしだって……)の後につづく言葉がないのです。ただくやしい気持ちだけでした。
(わたしだって、やるわよ。だれもできないこと、びっくりさせてやるから……まってなさいよ)
やっとここまで考えても、なんでびっくりさせるのか、なにも思いつかないのでした。
キキが急ぎの品物を届けて、家にむかって飛んでいると、とつぜん、後ろから、ジジが肩をたたいていいました。
「キキ、見て、下を見てごらん。あの公園にいるのは、ニニじゃない?」
そう、ニニでした。ズボンの足をひろげて、ベンチにすわり、なにやらノートにかいています。まわりをおおぜいの友達がかこんでいます。
「人気だね」
ジジが感心したようにいいました。
「あの子は、いつも、いつもにぎやか」
「なんか不思議にかわいいんだよね」
「そう、生意気ばっかりいってるけど、かわいいのね」
キキは笑ってうなずきました。
その夜、ニニは常になく机にむかっていそがしそうにしています。紙を切って、カードのような物を作って、鼻歌をうたいながら、鉛筆で書きこみをしています。
「いすは あるくか
ほうきは とぶか
フライパンは およぐか
くつは どうなの
カバンは しらない……」
それからうんと、うなずくと、つぶやきました。
「やっぱり、ほうきがいちばん魔法っぽいか……うちはラジオつきのほうきが売りだから」
ひざの上には、ブブがすわって、ニニのやることをのぞいています。
「あんたの目って、緑色ね。はじめて気がついた」
「まったく、十二年もつきあっているのになんたることか……」
ブブは自慢の長いしっぽで、自分の頭をぱんぱんとたたいていいました。
「こうやって、頭のア、キ、レ、タをしずめないと、ニニとは付き合いきれないよ」
「まったく、すんません。ア、キ、レ、タ」
ニニは、自分もまねして、手で自分の頭をぱんぱんとたたいて、きゃっきゃと笑いました。ご機嫌です。
「今日、公園でなにしてたの? お届け物の帰りに、上から見えたけど、たのしそうだったわね」
キキが近づいて、ニニの手元をのぞきこみながら、いいました。
「それが、わたし、人気でさあ」
ニニはキキににっこりと笑いかけました。目がきらきらと光って、左右にせわしなく動いています。こういうときのニニは決まってなにかに夢中なのです。
「結構じゃない……ニニは気持ちがかわいいから、当然よ」
キキはいいました。
「ありがとさん。そうなんだよね。すぐ気に入られちゃう。魔女になったら、ほうきに乗せて、空を飛んであげるっていったらさ、大勢集まってきちゃって。だから、予約とってたの」
「えっ、なんですって!」
とたんにキキの声がひっくりかえりました。
「そ、そんな噓ついて」
「噓じゃないよ。魔女になったらねって、いったもん。もしかしたらなるかもしれないからね、っていったもん。絶対的約束なんてしてないもん。予約は予約だもん。それに、あと二年ぐらいしてからじゃないとできないっていったよ。みんな、それでもいいって。でも渋いんだよ。そんなまたせるなら、早割にしろっていうの」
「早割って?」
「やだなあ、かあさんは なんにも知らないんだから。はやく予約すると、料金が安くなるのよ。超お買得切符ってわけ」
「料金?」
「まあ、一回、500エンズぐらいにしようかなって……」
「えーっ」
キキは目をむいて、くたくたとすわりこみそうになりました。
「お金だなんて! 魔女はね、もちつもたれつしながらくらし、お礼もおすそわけよ。ずっとそうしてきたのよ」
「そうでしょ。わたしだって、ちゃんとわかってるわよ。みんなは空を飛べない。でもわたしは飛べる。だから、乗せてあげる。これっておすそわけじゃない? わたしのできることを分けてあげるんだから。これって、もちつもたれつじゃない? お金はだめなら……チョコチョコを七つでもいいや」
「あなた、あなた、とんでもないわ。魔女のほうきには人間は乗せられないのよ」
「えっ、噓、やばい!」
ニニは飛び上がりました。
「どうしてもだめなの? だまってやっちゃえばいいよね。かあさんだって、海でおぼれそうになった男の子を助けたじゃない。今でも町では語りぐさだよ。それにカバのマルコさんも運んじゃったし」
「それは命が危ないときだったから。そういうときは特別」
「じゃ、みんなを乗せて、遊覧飛行ってだめなの?」
「もちろんです。魔女はね、見えない世界と人とをつなげる役目をしてるだけなの。人は運ばないけど、お届け物といっしょに見えない気持ちを運ぶのよ。よろこびとか、ねがいとか……」
「えーっ、見えないなんて、そんなのちっともうれしくなーい! それに、なんだか、偉そうだよ! かあさんて、いっつも、見えないなんじゃらって……いうんだから。見えないものなんてどこがいいのさ。それって、噓っぽいよ。見えないなら、わざわざ空を飛んで運ばなくてもいいじゃん」
ニニはふくれていいました。
「でもね、ニニ、わかってちょうだいよ。飛ぶっていう魔法がまだのこってるんだもの。みんなに、知ってもらいたいでしょ。まだ不思議があるんですよって……知ってもらいたいじゃない。それだからたのしいし、満足もあるのよ」
「それだけなんだ、たったそれだけなんだ」
「そう、それだけ……でも魔女が空を飛んでるのを見た人は、見えない世界がまだあることを、想像すると思うの。自分だけで生きてるんじゃないって。なにか大きな力につつまれて生きているんだって……それがわたしたちのささやかな役目」
「じゃ、かあさんは、魔女の宣伝してるのかあ……。でも……こまっちゃったなあ、人は乗せられないなんて今さらいえないよ。予約とっちゃったもん」
ニニは作ったばかりの予約切符を見て、顔をしかめています。
「ふん、魔女になっても、これじゃ、あんまり、いいことないな。やめちゃおうかな」
それをきいて、キキは体をこわばらせ、なにもいわずにむこうをむいてしまいました。
キキはすわりこんで、さっきからニニの寝顔を眺めています。ニニはブブをだいて、くーくーくーと、赤ちゃんのような寝息をたてています。ときどきくちびるをつきだして、文句でもいいたそうに、ぶつぶつと寝言。
(こんなに大きくなっちゃって……生意気なことばっかりいって……)
キキはじっとその寝顔を見つめていました。
「魔女もわたしの代でおわりだわ、それもいいかもしれない。むりはよくないもの」
その夜、キキは枕に顔をうずめて、つぶやきました。
(ニニが、あきないほどおもしろいものを見つけること)
とんぼさんがいった言葉を思い出していました。その通りです。こっちがさわいだって、どうなるものでもありません。
「そうだ、見習うべきは、チロコだ!」
朝おきると、ニニはとつぜん頭に浮かんだ言葉を、さけびました。そのとたん、この二日間、ニニの頭の上に乗っかっていたゆううつな黒雲がさっと消えていきました。
「やるんだったらさ、『おう!』って、だれでも立ちどまっちゃうようなすてきな魔女になればいいのよ。そう、それがいい」
ニニは鏡の前にいって、のぞき見ました。
(大丈夫。わたしはまあまあ美人だもん、みんながそういってくれるもん。かわいい魔女になれるよ)
でもまたすぐニニはゆううつな気分に沈んでいきました。それはあのどうしてもなおらない自転車ギコギコ飛びです。風が強いときなんて、前のめりになって、汗をかきかきこぎつづけなければ、なかなか前にも進めません。かっこわるいこと、このうえなし! まずこれをなんとかしなくては……かわいい魔女なんて、とんでもありません。
「ニニ、そんなに鏡にへばりついていると、顔へっちゃうよ」
トトがからかいました。でもそのトトも自分の顔が、このところちょっと気になっているのです。口のすぐ上あたりに、ちびちびとひげが顔をのぞかせはじめたのです。
「ねえ、とうさん、わたし、かわいい魔女になりたいの。どうすればいいと思う?」
ニニはあまったれた声を出して、とんぼさんにいいました。ここでとんぼさんに「ほいほい」と、気分をひきたててもらいたいのです。
「ニニはなんにもしなくっても、じゅうぶんかわいいよ」
「大人になったら、もっときれいになれると思う?」
「もちろんさ」
とんぼさんはいいました。
「そっかあ。そんじゃ、魔女と女優さん、両方になるっていう手もあるな。よし、ぴかぴかに目立つぞ」
ニニは、やっぱりかんたんに「ほいほい」に乗っていました。
にぎやかなニニの魔女修行を横目で見ながら、トトは毎日、ベベを連れ、「ほうき楽器」を肩にかけて、自転車に乗って出かけていきました。
「トト、どこいくの?」
パン屋のおソノさんは、いちはやく姿を見かけて、声をかけてくれます。
「うん、ちょっと」
「夏休みだもんね。せいぜいやりなさい」
おソノさんは、そういうのです。なんにもいわなくても、トトの気持ちがわかっているようです。
「お弁当に、ふうせんパンをもっていきなさい」
おかげで、トトは一日中すきなところに出かけて過ごすことができました。ベベはだまって、ついてきます。
丘にのぼって、じっと夕暮れまで、海を見ていたり、町を出て、畑の細い道を歩いてみたり。そして気に入ったところがあると、すわりこんで、「ほうき楽器」を鳴らしてみたり、あわせて、歌ってみたりしました。
そして、たえず、あの森で会った女の子のことを考えていました。
「わたし、すきよ。あんたの歌」
「この歌がすき。わたしの歌……にしたい。いいかしら」
「わたし、いちばんすき。たいせつにするね」
女の子はこういってくれたのです。一言一言はっきりとおぼえています。あの子にとって、いちばんの歌を、トトはきかせることができたのです。
トトはあの女の子に会いたいと思いました。あの子はあのくちゃくちゃの紙にかかれていたお話のように、森から生まれてきたのでしょうか。
もう一度会うことができれば、トトはもっと自分のことがわかるような気がするのです。ケケとおなじように、自分の半分があの子のなかに住んでいるような気がするのです。そして、見えかくれしながらも、ずっとトトの心のなかに住みついている、わすれられない言葉を思い出すのでした。
「これからをまつひと」