14 ノックちゃん
トトが「ただいま」と大きな声でドアをあけると、家のなかはただならぬ気配です。ジジの家族が四匹、トトのベベ、ニニのブブ、この家の猫たちぜんぶが、まあるくならんで、おしりをつきたて、盛大にうなり声をあげているのです。そしてまんなかに小さい、小さい犬がこれまた、体に似合わず、威勢よくほえています。
そばにすわりこんでいたキキは、顔をあげ、トトを見ると、「ああ、トト」とつぶやくようにいったきり、鳴いているというより、わめいている子犬を「シー」とにらみつけました。
(なんだ、これ)
トトはみんなが自分の帰りをまっていてくれると、期待してたのに、このあっさりさかげんはどうでしょう。話したいことがいっぱい、いっぱいあるのに、「どうだった?」とだれもきいてくれません。トトはキキに会ったら、だきつきたいほどの気持ちだったのです。
「ただいま!」
トトは大きな声でもう一度いいました。
「ちょっと、トト、あんたのいないあいだ、大変だったんだから」
催促がましいトトの声をきいて、これまたすわりこんで、猫たちを見ていた、ニニがいいました。
「うちの猫ちゃんたち、ストライキおこしちゃってさ。なんにも食べないのよ。そして、このとおり鳴きまくり」
「どうして……?」
トトは荷物をおろしながらききました。
「かあさんがね、犬をかうっていうから」
「だって、それよりしかたないでしょ。すてるわけにはいかないんだから」
キキは乱れた前髪をなでつけながら、つかれた声でいいました。
「とうさんはね、みんな、いっしょに、平和にくらそうよ、っていうんだけど。ジジたちは大反対。とうさんは、ほら、いつも正義の味方、弱い者の味方でしょ。それに、魔女じゃないしさ。でも、猫ちゃんたち一致団結して、『いにゃーっ』だって」
「ほとほとこまったわ」
キキはあらためて、トトを見つめました。
「あら、トト、ずいぶん日に焼けたわね。背ものびたみたい」
(いまさら、おそいんだよ)
トトは心の中でつぶやくと、「どうして、こんなことになったのさ」とききました。
「そもそもはかあさんのお届けの仕事から始まったのよ。子犬を八匹生んだ母さん犬が、産後の巣立ちも悪く」
「ちょ、ちょっと、それ、産後の肥立ちも悪く、だろ」
「そうそう、それ、で、死んじゃったのよ。同時にのこされた赤ちゃんたちのおっぱいもなくなっちゃったわけで、相談されたのね。それでかあさんが、おっぱいの出る元気な犬を見つけて、毎日運んで、飲ませてたの。おっぱいの宅急便よね。で……やっと自分でミルクを飲んだり、ごはんも食べられるようになったから、かってくれる人を見つけて、一匹ずつ届けたんだけど……ノラオさんのとこにも、一匹いったのよ。だけど、この子だけは、とんでもないらんぼうものでさ、大声でほえるわ、あばれるわで、だれももらってくれないのよ。まだこんなに小さいのにものすごいのよ。それで、かあさんがうちでかおうといいだしたら、もう、大変。ジジを先頭に、猫たちそろって、大騒ぎ。魔女の家に犬をかうとはなにごとだあ、ってね」
ニニは一気にしゃべると、鼻にちちっとしわを寄せました。
「ジジたちの気持ちもわかる、魔女の家には、犬は似合わないものねえ」
「でも、かっちゃいけないっていう、決まりあるの?」
「べつにないはずよ。コキリさんからなにもきいてないわ」
キキがいいました。
「じゃ、僕がかうよ。僕は魔女じゃないんだから」
「あら、でも半分魔女でしょ」
ニニがいいました。
トトはわけもなく腹が立っていました。この魔女の家は、「おすそわけ」とか「もちつもたれつ」なんて、やさしげなことをいってるくせに、どうも、うちはふつうの家とはちがうんですっていう気持ちが、ときどき見えかくれするのです。
「半分は、ないとおなじだよ」
トトはどなるようにいいました。
とたんに猫たちがいっせいに地響きのようなうなり声をあげました。特に、トトの猫、ベベはパーンと一気に、トトの頭に飛び上がると、トトにだけわかる言葉でいいました。
「そんなことしたら、わたしは家出する。トトだって、魔女でしょ。ちゃんと魔女よ。出来そこないじゃない。だから、わたしがそばにいるんでしょ。そうかんたんにかえたりしないでよ」
そういうと、ベベはトトの頭にガリッと爪を立てました。
「よ、よせよう」
トトはそのすさまじさに、おどろいていました。
(魔女だっていわれても……そりゃあ、キキの子ではあるけど……僕は男だし……)
だからといって、犬はだめっていうことはないはずです。
「僕がなんとかするよ。世話するよ。だから、みんな、しずかにしてよ」
そのとたん、ベベはだっと走って、外に出ていってしまいました。
「あまいよ、その考え。トト」
ニニがいきなり、ブラウスの袖をめくると、腕をつきだしました。ひっかいたあと、かみつかれたあと、ほうぼう赤くはれて痛そうです。
「あのちび、ほやほやの赤んぼのくせにこのひどさ。かあさんだって、やられてるよ。それでもかうって」
「だってあの子もかわいそうじゃないの。あんなに小さいのに親とはなれてしまったんですもの。ジジたちもなんとか仲よくしてくれるといいんだけど……どうにかならないかしら、ねえ、トト」
キキがため息まじりにいいました。
「ちょ、ちょっと、まってよ。僕、帰ってきたばかりなんだぜ。『お帰りなさい』ぐらいいってくれてもいいじゃない」
みんな、はっとした顔になりました。
「あら、ごめん。おかえりなさい」
キキとニニがいいました。
ジジも申し訳なさそうにあわてて寄ってきてトトの足に体をすりよせました。まわりの猫たちもすいと顔をあげてトトを見ました。
ベベは出ていったままです。
でもニニの警告通り、このちび犬の性格の悪さは相当なものでした。気持ちをつかいわけるというのでしょうか、家の者たちにはものすごくほえかかるのに、外に出ると、これ以上ないというほどのいい子ちゃんになるのです。いつの間にか、だれがいいはじめたのか「ギャア」という名前になってしまいました。
この犬はいつもそんな声でわめいているのです。
「おまえな、いいかげんにしろよ。犬は犬だろ。猫にはなれないんだからね。それは、わかるだろ。どうにもならないことってあるんだよ。だから、僕と仲よし、仲よし、な、我慢しろよ」
トトはギャアに、いいきかせました。
ところが、いえば、いうほど、ギャアはひどくなります。そうなれば猫たちだってまけてはいません。爪で、バリッとひっかいては、さっと棚の上に逃げ、「にゃあーん」なんて、すましてみせたり、ギャアのえさをひっくりかえしたり。ばかにされたと思ったギャアの怒りは、もうすさまじく、家のなかは四六時中戦争状態です。みんな、ほとほとつかれてきました。
トトは最初から仲間にしてもらえない、ギャアの気持ちもわかるのです。でも犬は、犬。かなしいかな、そこに黒猫の魔法はありません。それはトトにもいえることかもしれないのです。
トトは「ほうき楽器」をさげ、ギャアをかかえて、敵ばかりの家からはなれて海辺に出ていきました。
今のところ、ギャアに、トトがやってあげられることは、こんな散歩しかありません。このギャアはふつうの犬が夢中になるボールあそびとか、おなかをなぜてもらうとかは大嫌いなのです。それに自分の足で歩く散歩も。そんなひまがあったら、ほえてるほうがましっていう態度です。
トトは砂浜にすわると、膝にギャアをだいて、「ほうき楽器」を鳴らしました。小声で歌もうたってみました。すると、ギャアはきょとんとした目でトトを見上げ、口を大きくあけました。ひねくれてとんがっていた目がすこしまあるくなっています。
「まったく ギャア ギャア ギャア
わるい子はいい子
いい子はわるい子
それが魔法だっていうの
いいかげんにしろよ やい やい やい
まったく ギャア ギャア ギャア」
このくりかえしです。このもてあまし犬にささげる歌なんて、このぐらいしか浮かんできません。ところがめずらしくギャアは耳を立てて、じっとトトを見つめています。目をはなしません。歌うのをやめると、鼻をトトの顔におしつけて催促するのです。
(なんだ、こいつ、とことんへそまがりだなあ)
「やんちゃぼうずは、ちゃんと、しつけたよ」
トトは家に帰ると、みんなの前で、歌をうたって、ギャアの変わりようを見せました。
「そんな歌でえーっ? なにかあげたんでしょ?」とニニ。
「なにか食べさせたの?」とキキ。
「なんで食いものなのさ、僕の歌がいいからってなぜいってくれないのかよ」
トトは不満です。
「不思議なんだよね。そういうこともあるさ」ととんぼさん。
ジジたち猫は、「トトにおべっかつかってるんだよ。あいつは計算高いやつだよ。これですむとは思えないね」と、冷たい態度です。
そうはいっても、この変わりようには、みんな、びっくりです。
「いや、これは、僕のおまじない。歌にはおまじないの力があるのですよ、おわかりかな。ふふふ」
トトは得意そうにいいました。でもベベだけは、まだつんとよこをむいたままでした。
それから幾日かして、とつぜんギャアがいなくなりました。手をつくして、探しても、見つかりません。せっかくいい子になったのにと、みんな残念がりました。でもベベだけは、ご機嫌で、「ふにゃー」なんて、鼻歌のような鳴き声を上げて歩き回っています。
まだひどい暑さなのに、秋という字のつく立秋が、今年もやってきました。
キキはニニとトトを連れて、朝はやくくすりぐさの刈り入れに出かけていきました。三人の話し声をきいて、ヨモギさんがいつものゆすらうめのジュースをもって、出てきました。すると、その後から、一匹の犬が……。
「あっ、ギャアじゃないの」
ニニがおどろいてさけびました。
「あら、お知り合いなの?」
ヨモギさんもおどろいています。
「ええ、ちょっと」
ニニは口ごもりました。
でも、ギャアは知らんぷりです。こんな人知らないよって、顔しています。信じられないぐらいにおとなしく、ヨモギさんのそばについています。
「この犬ね、この家のドアをノックしたんですよ。とつぜんね。礼儀正しいじゃありませんか。ノックするなんて、犬がですよ。だから、『よかったら、おはいんなさい』っていったら、ほら、このとおり。ここが気に入ったみたい。それで、昨日名前をつけてやったの」
「なんて?」
みんな、いっせいにいいました。
「ノックちゃん」
ヨモギさんは、笑いながらいいました。
「クー、ワン」
ギャアではなく、ノックはかわいい声で返事をしました。
「トト、ごめん。すっぽかしちゃって。急に思いたって、あたし、パリパリ市という町にいってたのよ。なぜかわかんないんだけど、どうしてもいかなきゃって気持ちになってね。すいません、あたしはどうもこんな感じで動くくせがあるのよね。ずっと前に、ちょっとした出会いがあってね、それがだんだんと気持ちの上で無視できなくなってしまって。あや、想像してるな……残念、男の人じゃないわよ。女の子。朝はやく、裏の森の脇にぼーっと立っていたの。すごくやせた子だったから、森から飛んできた小枝みたいに見えた。あたしが声をかけると、『大きな町にいきたい』っていうのよ。それもいちばん大きな町だっていうの。それなら『パリパリ市』だわねっていたら、『そこどっち』って。南よ、遠い南よ、っていったら、『ありがとう』と一言いうと、走りだしたの。
いきたいわけをきこうと思ったのに、そのはやいこと、家の前の道をまっすぐ飛ぶように走って、南のほうへ。たちまち姿は遠くなり、切通しに消えていったわ。その姿を見て、あたしは思ったの……昔のあたしみたいだって。わけもわからず思いつめている、あたしの半分が走っているって。それから気になってね。日がたつにつれ、ますます気になってね。もうとめられないほど気になってね。トトには悪かったけど、パリパリ市に出かけてしまったの。でも会えなかった。冷静に考えたら、あんな大都会だもの、かんたんに、会えるわけないわよね。それに、いるかいないかもわかんないのに。
トト、あなたも、一生に一度の経験をしたっていってたけど……なんだったのかしら……こうききながら、あたし、どきどきしてる。この森は不思議なのよ、まったく。しかも相当あやしい! 重くって深いのね、ときによっては入り口もあるし、ちゃんと出口もあるっていわれてる。ときによってはよ。ときによってはあるらしいというのがあやしいでしょ……。村の人は怖がって、はいっていこうとしないけど。そうなの、とっても不気味なんだけどさ。でも、この森はわたしをさそうのよ、探してごらんって……。なにを? ってききたいけど、たぶんなにかよ。それはたしかよ。なぞっぽいこといっちゃったけど。
では、またね。トト、ごめんね。
このところものすごく心がさわがしい、ケケより」
トトが家に帰ってきて、一週間後に来たケケの手紙でした。
読みながら、トトもドキドキしてきました。偶然でしょうか……おなじ経験をするなんて。あの書きかけの文章……もしかしてケケの想像? それとも……ほんとうのこと?