「トト、わたしがいないからって、帰っちゃだめよ。
なんにもないから、自分で見つけてね。でもなんにもないけど、あると思えばあるわ。どうぞ、自由にお探しください」
12 はだしの女の子
トトがこわごわドアをおすと、だれかがひいたように、むこうにさっと開きました。勢いあまって、トトは飛びこんでいきました。
(なんだよ、びっくりするじゃないか)
立ちどまって、トトはあたりを見回しました。
(鶏小屋みたいだ)
あまりきれいにけずられていない板が、壁にはってあります。それもまっすぐだったり、斜めだったり、重ねてあったりと、おもしろがってはったという感じです。
(ケケおばさんがやったんだな)
それはほんとうにケケらしいやりかたでした。
そんな壁にトトが送ったトトの似顔絵と、さっきとおなじ封筒がピンでとめてありました。
「トト、わたしがいないからって、帰っちゃだめよ。
なんにもないから、自分で見つけてね。でもなんにもないけど、あると思えばあるわ。どうぞ、自由にお探しください」
(変ないいかただなあ。自分が約束を破ったくせに、僕を試しているみたいじゃないか)
トトは探るように
トトは手紙を片手に、流しの下や、戸棚をあけてみました。ジャガイモが五、六個。ニンニクが一房、小さなビンにお塩、こしょうのビン、半分しかはいっていないケチャップ。ざっと見回して、これぐらいです。
(ほんとうになんにもないや)
手紙はつづいています。
「わたしの家はとってもすてきよ! といっても、まあ、不思議にすてきって部類にはいるけどね。なんにもないけど、あるわ。まあ、トトしだいだけど……。
この近くの森では、夕方になるとね、なにかがおきる。まあ、ふうがわりなところっていうかな。心さわがしいところなのよ。どう、トト、こわい? それともわくわくする? さあ、どうぞごゆっくり」
トトは顔をしかめて、ちっと舌を鳴らしました。
(約束とちがうじゃないかあ。歓迎するっていったよな。これ、歓迎かよ)
でもいくというだけで、ケケと細かいことを約束したわけでもないのです。
部屋は一部屋しかありません。テーブルにいす二つ、空のお
ベッドのとなりには小さな机があり、そこには、ろうそく、鉛筆が三本、書きかけらしい原稿がまるめられたり、しわくちゃになったりして、散らかっていました。
奥の細いドアをあけると、かこいだけの
トトは後ろをふりむきました。このまま帰ってしまおうかと思いました。でもとんぼさんにも、キキにもあんなに自信たっぷりにいきたいといったのです。ケケがいないから、帰ってきたでは、それはあまりにも情けないことです。
(せめて一晩ぐらいは、いないとなあ)
トトは荷物をおくと、かたときもそばからはなさずにいた「ほうき楽器」をかかえて、さっき来たとき見えた村のほうにいってみることにしました。
小川にかかった小さい橋をわたると、村まで一本道で、その道ぞいに実りの悪いトウモロコシのように、家がばらばらとならんでいました。しーんとして、人の気配がありません。強い日ざしです。でもときどき森から川の流れのように風が吹いてきて、暑くなったり、寒くなったり、変な空気です。
道のまんなかほどに、お店ともいえないような小さな店がありました。なかに、やせたおばさんが肩をまるめて、すわっています。
「こんにちは」
トトははいっていきました。
トトは棚にならんでいるものを見ました。お酒らしきもの、石けん、タマネギ、ジャガイモ、めぼしいものはこのぐらいです。後はたわし、ざる、ほうき……。
おばさんはゆっくりと顔をあげました。
「あんた、あの家に来た子?」
おばさんはケケの家のほうにあごをむけました。
「ええ」トトはうなずきました。
「坊やがきたら、よろしく、って、ケケにいわれたよ」
「よろしく」
トトもいいました。
「といってもねえ、この村は貧しいから。ジャガイモ、三つぐらいならあげるよ。それだけだよ」
「ジャガイモならあります」
「そうかい、ほかは、なにもないしね、まったくさ」
おばさんはそういうと、そっけなく下をむいて、ざるのなかの豆をよりわけています。
トトはおばさんの後ろのドアからのぞいている、リンゴの木に目をとめました。まだすこし青いところはあるけど、まんまるで、たっぷりしたリンゴがびっしりとなっています。
(あれがほしいな。なんにもないなんて、あるじゃないか)
でもトトは、だまって後ろをむいて歩きだしました。
そして、ケケの家までもどると、その後ろにひろがる、森のなかにはいっていきました。
大きな木が、枝をひろげて、くっつくようにたっています。ぼってりと重たく見える森です。コリコの町の近くでは見たこともないような大きな森です。風が森へむかって、すいこまれるように吹いていたかと思うと、今度はこちらにぶつかるように外へ吹き出てきます。
(気まぐれだなあ)
トトは落ち葉がつもってやわらかくなっている土をざくざくとふんではいっていきました。木のあいだを抜ける風の音しかきこえません。ふりむくと、家が見えません。ちょっと歩いただけなのに、トトは急にこわくなり、ひきかえしました。
「腹、へったなあ」
トトの口から自然に声が出ました。自分でもおどろいてしまいました。気分はまったく余裕もなくせっぱつまっているのに、腹へったなんていう言葉が出てくるとは……。
「じゃ、なにか食べなくちゃ」
トトはわざと大きな声でいってみました。食べ物を口に入れると、不安が小さくなると、旅のあいだに知ったのです。
トトはケケの家にはいると、まずストーブに火をつけました。もうもうと煙が出てきました。煙は、意地悪しているようにトトの目にむかってきます。トトはしみる目をこすりながら、紙をまるめて、ふーふーと息を吹きかけました。学校でのキャンプの体験が役立ちました。
すると、ちょろ、ちょろり、と炎があがり、しだいに大きくなっていきました。
「火っておもしろいな。いつもよろこんでるみたいに見える」
トトはジャガイモをそこにあるだけほうりこみました。
「まるやきだぜ」
トトは、山賊の大親分にでもなったつもりで、わざとらんぼうにいいました。
ジャガイモは、ほんとうにおいしい「まるやきだぜ」になりました。こげこげの皮をむきながら、ふーふーと口に入れました。お塩なんかもちゃんとつけちゃいました。
「
トトはまたえらそうにいいました。それから、これまた山賊みたいに、顔もあらわず、洋服もぬがずに、ケケのベッドにもぐりこみ、あっという間に、寝てしまいました。
朝です。うるさいほどの鳥の声です。まぶたのむこうが、赤く見えます。トトは目をあけました。閉めるのをわすれて寝てしまった窓から、おひさまの光がトトの顔に一直線にさしています。
「寝坊しちゃった!! おソノさんとこに、手伝いにいかなきゃ」
あれ、ここは、どこ?
そのとたん、トトは自分がケケの家にひとりでいることを思い出しました。気分は音を立てるように暗くなっていきます。
ずっと夜だといいのに。ずっと寝てれば、知らない間に時間がたっていく。何日かたったら、コリコの町に帰れる。でも見ると、着ているものはよれよれ、おまけに変なにおいもします。顔をさわると、べとべとです。鏡で見ると、髪の毛はぐしゃぐしゃ、口のまわりは、昨日のジャガイモのこげた皮で、黒くまだらになっていました。
トトはお風呂にはいりたいと思いました。でも、蛇口をいくら回しても、お湯どころか、水もちょろちょろとしか出てきません。
トトはかーっとなって、お風呂をけとばしました。
「いた!!」
ひざっこぞうが赤くふくれました。
(僕は、なにをしても、失敗するんだ! どうして僕はいつもこうなるんだよ。やりたいのに、なんにもできない。じゃまされてる、みんながじゃまする)
トトは足をひきずって、部屋にもどると、いきなり昨日ののこりのジャガイモをつかんで、がぶりとかじり、かみもしないで、飲みこみました。胸がつまって、せきこみ、あわててはきだしました。
トトは自分がとんでもなく変な人になってしまったような気がしました。最低な人! いつもの自分とはまったくちがう人になってしまいました。世界中の人に嫌われてしまったような気分です。
(「いい子」って、あんなにいわれていたのに)
トトはバケツの水で、らんぼうに顔をあらいました。こんなところにじっとなんてしてられない。いきなり「ほうき楽器」をつかむと、がむしゃらに森のなかにはいっていきました。
迷子でもなんでもなってやると早足で歩いていきました。
つるばらのとげがズボンをひきさき、その下の足をひっかきます。でもトトはとまらず歩いていきました。そして、なにかにつまずいて転び、そのまますわりこみました。脇にしっかりとかかえていた「ほうき楽器」が、めちゃくちゃな音を出しました。
トトはしみじみと「ほうき楽器」を眺めました。
トトはほうきの柄をやさしく何回もなぜると、人差し指と中指でかるくたたきました。
ぽあん ぽー
くぐもった音がします。笑ってるみたいです。
「ふん、なんだよ」
でもトトはつづけてたたきました。
しだいに手が動いていきました。
たたいたり、なぜたり、はじいたり……。
音は木のあいだをぬって、森のほうぼうにのびていきました。トトは音が流れていくほうを、じっと眺めました。
「ふん、なんだよ」
トトは文句をいいました。でもそのいいかたはさっきとすこしちがっていました。
ぐるぐる巻きにされていたうすい布がすこしずつほどけていくような感じがします。
(「ほうき楽器」って……不思議なやつだぜ)
自分が出した音に耳をかたむけながらまた楽器をたたいていると、だんだんとトトの気持ちがかわっていきました。まわりの景色も見えてきました。音にあわせて体も動いているようでした。そして体のなかにあたたかいものがひろがっていきました。
トトは夢中で、「ほうき楽器」を鳴らしつづけました。いつのまにか、口から自然と出てきた歌をうたっていました。
「そらの たかいところから
ちいさい かぜが おりてくる
ふふふーふふふー
おくりもののように
ふふふーふふふー
ほほを なぜて
声ひびかせて
さあ いきましょう
これからの きみへ
これからの きみへ」
トトはすこしずつ言葉をかえながらくりかえし歌いつづけました。ふと気がつくと、「ふふふ~~」と、トトの声を追いかけるような音がします。草が揺れてるような、かすかな音です。
トトは手をとめてそっと後ろをむきました。
なにかの影がすっと木の後ろに消えていきました。トトの胸がびくっと飛び上がりました。
「だれ?」
こわごわトトはいいました。首だけのばして、いいました。
「だれか、いるの? いるんでしょ。見たよ。見えたよ」
木のむこうで、髪の毛が揺れ、ちらっと女の子の白い顔があらわれて、かくれました。やさしそうな女の子だったので、トトはほっとしました。
「ほら、やっぱりいたんだ。よかったらいっしょに、歌わない。どお?」
女の子はおずおずと木のかげから出てきました。
「ねえ、その木の幹を僕の音にあわせてたたいてみなよ。いっしょに歌ってみてよ」
トトは腰を浮かせ、たのむようにいいました。
「わたし、すきよ。あんたの歌」
女の子はトトを見てとつぜんいいました。風のような声でした。
トトは手をとめ、口をあけたまま、
女の子は布を裂いたようなスカートをはいて、
「わたし、すきよ。あんたの歌」
女の子はもう一度いいました。
「君、村に住んでるの?」
「ううん」
女の子は首をふりました。
「じゃ、どこに?」
「あっちかな、むこうかな……そんなこと、どうでもいいじゃない。あんた、知りたいの?」
「うん」
トトは大きくうなずきました。
「あんた、すぐ知りたがる人?」
「だって、ほめてもらって、うれしいから。もっときいてもらいたいから」
「この歌がすき。わたしの歌……にしたい。いいかしら」
女の子はどこかにむかってつぶやくようにいいました。
「でも……」
「わたし、いちばんすき。たいせつにするね」
女の子はまたいいました。だれにむかっていってるのか、目はどこか遠くを見つめています。
トトはどきどきして、じっとしていられないほどでした。
トトの歌を、「わたしの歌」っていってくれたのです。
トトは「ほうき楽器」をもちなおし、じっと見つめました。もうどうしていいかわからないほどうれしくなっていたのです。目をつぶり、そっと楽器に手をふれました。そして、はにかみながら、いっしょに歌おうとさそうように女の子を見上げました。すると、そこには大きな木の幹があるだけで、女の子の姿はありませんでした。トトは立ち上がり、走りました。女の子はもう信じられないほど遠くを走っていきます。トトは追いかけました。でもその後ろ姿はすーっすーっと遠ざかり、のびた草のかげにスカートのすそがするりと消えたきり、見えなくなりました。
トトは立ちどまりました。体中がものすごい音を立てています。
でも、あたりはまったくしずかで、ただ女の子の消えたほうに、森の香ばしいにおいが、小さな流れのようにのびていました。