10 見えないもの
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りました。
「はい、こちらは、魔女の宅急便です。あっちから、そっちまで、こっちから、あっちまで、見えるものも、見えないものも、なんでもお届けいたします」
キキはいつになくはりきって、魔女の宅急便の宣伝文句をぜんぶいいました。たとえ自転車ギコギコ飛びしかできないにしても、ニニがやる気になったのが、キキにはうれしいのです。
「あの、魔女さんですか? 魔女さんですね。ほんとうの魔女さんですよね」
「は、はい、ですけど……」
キキは、何回も確かめられて、とまどいながら、こたえました。
「たしかに、本物です」
本物が本物っていっています。変な気持ちです。
「もってきていただきたいものが、ありますのよ」
電話は年とった女の人の声でした。
「わかりました。なんなりと、どうぞ」
「お会いして、お話ししないと。まず、こちらにいらしていただけます?」
「はい」
「あたらしい町って、ごぞんじ?」
「はい、東にできたあたらしい団地ですね」
「そうよ。おなじ形の家ばかりならんでるんで、おわかりにならないといけないので、ドアに、『ココ』って張り紙をしておきます」
「はい、ありがとうございます」
キキは、受話器をおくと、「仕事でーす。出かけますよーう」とうちのなかに声をかけました。でもだれの返事もありません。それはわかっているのです。ニニとトトは学校だし、とうさんのとんぼさんも学校なのです。ジジもさっき家族でさんぽに出かけていきました。
それでもキキは出かけるときはいつも、必ず声をかけます。
戸締まりをし、キキはほうきにまたがりました。
「まって」
むこうからジジが走ってきます。
「あら、おさんぽじゃなかったの」
「僕、いく、いったほうがいいみたい」
「へー、ほんと?」
キキはジジがほうきの房に乗ったのを確かめると、飛び上がりました。
ふたりはあたらしい東の団地をめざしました。
ドアにはられた張り紙、「ココ」の家は、すぐわかりました。この張り紙がなかったら、見分けることがほんとうにむずかしかったでしょう。どの家もまったくおなじ形をしているのです。屋根も、窓も、ドアも、その脇に植えられた一本の木も。しかも肩をくっつけるようにぴっちりとならんでいるのでした。
キキがベルを鳴らすと、おばあさんが出てきました。その後ろから、ばあっていうように、小さな男の子が顔をのぞかせました。
「魔女さん、来てくださって、うれしいわ。じつは、ちょっと、不思議なおねがいなのよ。いいかしら?」
「ええ、もちろんです」
「おばけをね、連れてきていただきたいのよ」
キキはかすかに
「あなた、たしか、目に見えないものも……運ぶっておっしゃいましたよね。さすが、魔女さんだと思いましたわ。それならきっとわかっていただけると思って、ほっとしました」
おばあさんは肩で一つ息をつくと、つづけました。
「そのおばけと仲よしなのは、わたしと、孫のこの子だけなの。おとうさんも、おかあさんも、信じてくれなくって。ここにこすとき、バッグにかくして、連れてきたんですよ。それがね、ちょっと目をはなしてるすきに、出ていっちゃって、帰ってこないんですよ。どのうちだか、わからなくなっちゃったのよ、きっと。ここはみんな、おなじだから」
「前のおうちに帰っちゃったんだよ」
男の子がつづけていいました。
「そうかもしれないわ。迷ったら、もとのところにもどりなさいって、いつも教えてたから。この子にもね」
「はあ、そうですか……」と、キキはとりあえずうなずきました。だって、たのまれたのは、おばけです。見えないものも運ぶといったけど、それは形のないもの、思い出とか、ねがいとか。でも見えないけど形のありそうなものを、今まで運んだことなんてありません。そんな注文もありませんでした。
「この子のいうとおり、きっともとの家にもどってしまったのよ。おばけには、古い家のほうが住み心地がいいことはわかってるけど。でも家族とはなれたら、やっぱりさびしいでしょ。わたしたちも、いないと、気持ちがすーすーしちゃうの。これ心によくありませんわ」
おばあさんは、「心」といったとき、とっても真剣な表情をしました。
「場所は、さつき小路、おわかり?」
キキはだまってうなずきました。町の中心近くにある、せまい通りです。
「その道からはいった、つぼみ路地の五番地。小さな建物の二階です。やっとおひさまのあたるとこにひっこせて、わたしたちはありがたいんだけど、でもおばけちゃんにはあわなかったのかもしれないわね。もしどうしても帰りたくないというなら、希望どおりにしてやってください。むりはいけませんもの」
キキはまただまってうなずきました。魔女の宅急便は人を乗せる以外はどんなことでもできないとはいわないことになっているのです。
でも、見えないものを連れてくるだけではなく、それだって、できるかどうかわからないのに、姿形が見えないおばけさんの気持ちも確かめなければならないのです。
「かしこまりました」
キキはこたえました。
ところが、いってみると、つぼみ路地五番地には、もうあたらしい人が住んでいました。わかい男の人でした。
細くドアをあけて、おどおどした目でキキを見ると、だまって、奥にひっこんでしまいました。
どうしていいかわからないまま、キキはドアをおさえ、「あの……」と追いかけるようにいいかけて、はっと口をとじました。
(「おばけ、います?」なんて……いったら……)
「あの、あの」
口がぱくぱくしてしまいます。
「前のかたがおわすれものなさって……連れてくるようにたのまれたんですけど……」
男の人が急に部屋のむこうから顔をのぞかせました。
「連れて?」
心配そうに、眉を寄せて、こっちをにらんでいます。
「ええ、ちょっと……変な話なんですけど……見えないものなんです。でもここにいらっしゃるはずだって……じつは……お、おばけ……なんです。冗談ではないんですよ」
「ここには、そ、そそ、そんなものいませんよ。ぼ、僕、ひ、ひとりぐらしで、ですから」
男の人は急に早口になり、言葉がつっかえています。
「い、い、いないったら、い、いないんです」
ジジがキキの足下をすりぬけて、小さなうなり声をあげながら、奥に飛びこんでいきました。
「やめなさい」
キキがのりだしたと同時に、「やめろよ」と、男の人も一言。ジジのしっぽをすごい勢いでひっぱりました。ジジが大きな鳴き声をあげました。
「キキ、いるよ、部屋の隅に、い、いるよ、キキ」
「だ、だめだ! それは僕のだから」
男の人は飛びだして、キキの前に立ちはだかりました。
「わたしませんよ。僕たち、仲よくくらそうって、約束してるんです。絶対、わたしませんよ」
男の人は必死な顔つきです。
キキもこまって、男の人を見ました。
「でも、あちらでも、お年よりと、小さな男の子がまっているんです。いないと、気持ちがすーすーしちゃうんですって」
「僕は、ひりひりしちゃいます。今まで、子どものときからずっとひとりだったんですから。ここにこしてきたら、なんと仲間がいたんですよ。見えないし、言葉はつうじないけど、いつもとなりにすわって、僕のいうこと、だまってきいてくれるんです。せっかく、せっかく、出会えたのに。だめです、いやです。お断りです」
「おばけも……そうしたいんですよね。それを承知してるんですよね」
「当たり前です。僕たち約束したんです。その証拠に、ほら、あの子も、部屋の隅から出てこないじゃないですか。僕からはなれたくないんですよ」
「じゃ、お話しできるんですかね」
「いや、わかるんです。伝わってくるんです。伝わるって、ほんとうに気持ちがつながってる証拠でしょ」
あんなによわよわしそうな人だったのに、急に力のこもったいいかたにかわっていました。
見ると、ジジももうあきらめたのか、足をそろえてすわり、おとなしく部屋の隅を見ています。
「わかりました」
キキは小さく頭をさげていいました。
どうしていいかわからないけど、この人からおばけをひきはなすことはできないと思いました。さびしい人ほど、見えないものがたいせつなのかもしれません。ひとりって、どうにもならないほどさびしいときがあります。キキにはいつもジジがいたけど、そのさびしさはわかります。真っ暗な夜、通りの電飾看板がちかちか動いているのを見て、あそこにもひとりで生きてるものがいるとなぐさめられたこともありました。ただの電気の瞬きでした。でも、あのちかちかのひかりが、キキへ特別の言葉を贈ってくれたのです。ひとりぽっちじゃないよ、ここにもひとりぽっちがいるよ、って。知ってる人がだれもいない町でのひとりぐらしです。いるかいないかわからなくっても、それでもいいのです。いるんだって思うだけで、さびしさがうすめられるのです。キキにはこの人の気持ちがよくわかりました。
同時に、ひとりぐらしをすることになるかもしれないニニのことを思いました。
「あの子にできるかしら……」
ブブがいるにしても、来年ニニがひとりぽっちのくらしを始めることになるかと思うと、キキはもうさびしさと、心配で胸がつぶれる思いです。あのキキが旅立った日、キキは平気な、いえ、むしろうれしくってたまらない顔をしていたけど、コキリさんのほうはおなじ気持ちだったのでしょうか。
キキは、「あたらしい町」のおばあさんのところにもどってきました。一目見て、おばあさんはいいました。
「あの子、あちらにいたいのね」
キキはうなずきました。おばあさんにはおばけがいっしょでないことが、すぐわかったのです。
「そう、わたしが間違っていたわ。この家のおばけにも大変失礼なことしちゃったわね。あたらしいうちにだって、あたらしいおばけが住んでいるのよね。家といっしょで、生まれたてのほやほやなんだわ。これからお付き合いが始まるんだわ。坊や、はやく仲よくなりましょうね」
おばあさんは、男の子の頭に手をおくと、あたりを見回しながら、たのしそうに笑いました。
「そうすると……うちにもおばけがいるってわけだ」
家にむかって飛んでいると、ジジがしみじみとつぶやきました。
「会ったことないなあ」
「でもいるわ、ジジ。にぎやかだから、気がつかないのよ」
「それって、幸せってことかな」
「うん、でもほんとうにさびしいときには、きっとそばに来てくれるわ。おばけってそういうものじゃない? みんな、怖がるけどね。いるか、いないか、いや、いるいるおばけ、っていうもの」
「なんかさ、魔女に似てるとこもあるね」
ジジがぼそりといいました。
キキは気持ちよさそうに、吹く風に顔をむけました。