2 なつかしい顔
「セミってさ、ミン、ミン、ミンって鳴くんじゃなかったっけ。今年はムシ、ムシ、ムシってきこえるよ。暑くるしいねえ、セミちゃーん、もーう、いいかげんに口を閉めて。おだまり!」
ニニはスカートから出てる足を、床にずんと投げだして、窓の外を見ています。
「あれは鳴いてるんじゃないんだよ。足をこすってるんだよ」
トトがそばから口を出しました。
「足じゃないよ。羽じゃないの?」
「なら、なんで口なんていうんだよ」
「だって、セミに話してるんだから、やっぱ、いうんだったら口でしょ。羽をお止めじゃ変だもん。ね、とうさん」
ニニはちょうどリュックを肩にかけて、部屋から出てきたとんぼさんにいいました。
「なんの話だい?」
「セミの鳴き声はどこから出てくるかって……」
「あれは正確にいうと、呼び声なんだけど……。おなかをふるわせて出してるんだ」
とんぼさんはそういうと、体を戸口のほうにむけました。
「ねえ、とうさん。それってだれをよんでるの?」
「そりゃ雌さ」
とんぼさんはふりむいていいました。
「えーっ、雌なんだ。きゃっ、おませー」
ニニは大げさに首をすくめてみせました。
「とうさん、夏休みなのに、どこにいくの?」
トトがいいました。
「学校だよ。虫たちがおなかすかしてまってるからな」
「虫当番はいないの?」
「夏は虫観察にはだいじだからね。生徒は午前午後交代でみんな出てくるんだ。夏休みはなし」
「えーっ、やだあ。変な学校。この暑いのに、お気の毒ですね」
ニニはあへっと舌を出してみせました。
「みんな、すきだから、よろこんで出てくるのさ。子どものときのとうさんみたいな子ばっかりだから、おもしろいよ」
とんぼさんは、「じゃ」って手をあげると外に出ていきました。
「ちょっと、おふたりさーん、わすれたの。くすりぐさの刈り取りは一日二回、夕方もあるのよ。さあ、手伝ってちょうだーい。いそがないと日がくれちゃうわよ」
キキが頭にスカーフをしばりながら、
「今日が立秋なんて、おかしいよ。まだ夏の真っ盛りじゃない」
トトがキキを見ていいました。
「刈り取りってさあ、魔女の仕事じゃなかったっけ? わたしは魔女じゃないもん、もうやらない」
ニニはぶつぶつとつぶやいていたかと思うと、キキにいいました。
「かあさん、なにもこんな暑い日にしなくっても。もっと涼しい日にしようよ」
「暑くても立秋なのよ。さ、したく、したく」
キキが手をたたいて、せかしました。
トトは立ち上がりました。
ニニは顔に不満をいっぱいみせながら、それでものろのろと立ち上がりました。
「もーう、まったく、魔女ってどうして、秋とか、春とか、朝とか、満月とか、夜とか、そういう決まりにこだわるんだろ」
やっと三人がそろって戸口に体をむけたとき、ルルルルと電話が鳴りだしました。
「お、とっとと」
キキがひっぱられるようにふりむいて、受話器をとると、わかい女の人のせっぱつまったような声がきこえてきました。
「あの、魔女さんですか? あっ、キキさんですよね」
そばでおおいかぶさるように赤ちゃんの泣き声がしています。
「里の母が、この暑さで食欲をなくしてるもんですから、冷たいスープを届けてあげたいと思って。でもおちびちゃんが、こんな調子でしょ。それでキキさんにおねがいしちゃおうと……」
「ええ、もちろん、お手伝いします」
キキはこたえました。
「わたしのところは、さるすべり広場に面した二十五番地。母のとこは、オリーブ並木道の五十番地。すいません。よろしく」
「はい、すぐ、うかがいます」
キキは受話器をおくと、「町の反対から、反対までだわ。いそがしいときって、いつもこうなる」と息をつきました。
「トト、ニニ、先にいって、刈りはじめてて。おねがい」
キキは大きな風呂敷をかかえ、ほうきをつかむと、ふたりの「はい、はい」という、力の抜けた声を後にして出ていきました。
それから、ふいっと後ろをむいて、「ジジ、いかないの」とさけびかけ、「ああ、そうでした。あの子、子育て真っ盛りだったんだ」とつぶやいて笑いました。
「いや、いや、いきますよ」
ジジが家の裏のほうから走り出てきました。
ジジは、ヌヌちゃんと結婚して、毎年のように赤ちゃんが生まれて、今年もつい一カ月ばかり前に、二匹の赤ちゃんが生まれたばかりなのです。今までになんとぜんぶで十八匹。ヌヌちゃんの白い色をもらって、子どもは白黒水玉模様ばかりです。二カ月が過ぎると、つぎつぎ知り合いの家にもらわれていきました。ジジは魔女猫としては今や男ざかりで、すっかりいいパパ猫になりました。でもキキとの宅急便屋さんはつづけています。
「結婚したら、おたがい別れるのが、伝統的な魔女と魔女猫だけど、細かいこと、いうのはやめない?」
キキはどうしてもジジとはいっしょにいたいのです。
「思い出をいっしょにもってるんですもの。はなれたって、はなれないの」といいはったのです。
コキリさんはちょっとしぶい顔をしました。コキリさんにも以前、メメという魔女黒猫がいました。でもオキノさんと結婚したとき、昔からの決まり通りにメメはお嫁さんを見つけて、普通の猫に戻ったのです。
「まあ、いいじゃないか。魔法だって、時代によってかわるさ、人の気持ちにそっていかないとな」
オキノさんはこういって、キキの後押しをしてくれました。
さるすべり広場のわかいおかあさんは、ドアをあけて、キキにスープの包みをさしだしました。やっとたっちができるようになった赤ちゃんがおかあさんの足にしっかりしがみついて、まだひくひくと泣き声をのこしています。
「ぶー」
赤ちゃんはジジにむかって、口をとがらせました。
ジジは赤ちゃんのおむつでふくらんだおしりをしっぽでぽんぽんとたたきました。あやしてるつもりです。
「わー、いいにおいね」
キキが包みを受け取って、鼻をひくひくさせると、おかあさんはぱっと笑顔になって、
「ほんと? じゃ、ちょっと、ちょっと、はいって」と、急いで奥にもどっていきました。
赤ちゃんもひきずられて、今度はずるずるとはいはいです。ジジは号令でもかけるようにしっぽをふりふり、ならんで歩いていきます。
「ほら、ここなの」
そこは台所でした。赤ちゃんのおかあさんは冷蔵庫からお
キキはいそいで首をのばして、すすりました。
「あーふー、冷たくって、おいしーっ。あっ、後で、ちょっとぴりっとして」
キキはぱっと目を開いて唇をこまかく動かしました。暑いところを飛んできて、それは体がひゅっとするほどおいしかったのです。
「そうでしょう。わたしね、今、このスープにこってるの。シチューを煮るとき、いっしょに作っちゃうの。じつはこれは手抜きスープなの。おやさいをいっぱい入れて、お肉も入れて、それからお水もいっぱい入れて、煮るでしょ。あくをていねいにとりながら、しずかにしずかに煮るのよ。そして火をとめて、しばらくおくと、上にスープがたまるでしょ。それをやっぱりしずかに、しずかに、すくってね、そこにトマトのジュースととんがらしの粉ちょっぴり、後はお塩でお味をつけたら、そう、にんにくのしぼり汁もちょっぴり、香りのいい油もちょっぴり、これでおわり。後は冷たく、冷たく冷やして、出来上がり。お鍋にのこった半分は煮つめて、味をこくして、シチューにするの。母は作りかたをべつべつに教えてくれたんだけど、今じゃこれがわたし流で、一度で二つ作るという、かんたん省略料理にしちゃったの。夏ばての母にもこのスープ好評なのよ」
わかいおかあさんは肩をすくめて笑いました。
「あっ、そう、そう、お礼は……?」
「おすそわけでいいのよ。かんたんスープの作りかた、これとってもいいおすそわけだったわ」
キキはおいしい香りを口のなかに感じながら、オリーブ並木道めざして、飛びはじめました。
ちょうどそのころ、トトとニニも大きな
「あいかわらず、この道、暗いね。このむこうに、明るい畑があるなんて、何度来ても信じられない。わたしさ、ここに来るたびに、世の中、油断は大敵だって、いつも思うのよね。うん、うん。そう、見た目でだまされたらいかんって……」
ニニは自分にいいきかせるようにうなずいています。
「かあさんはこの不思議な道がだいすきなんだって、魔法が感じられるんだって」
トトがいいました。
「やだ、魔女なのにさ、もっと魔法がほしいんだ」
ニニはくいと右肩をあげて口をまげました。このごろはなんでも皮肉っぽくいいたいのです。
前のほうから風が吹いてきて、ニニの前髪がふーっともちあがりました。木の葉のあいだから、すこしずつ光がもれてきます。そして、わーっと大きな深呼吸でもしているように、夕暮れ路は口をあけました。西に傾いてもまだまだ強い夏の日ざしにあたって、くすりぐさがこれいじょうないというほど、強い香りを立ちのぼらせています。
「刈って、刈って、はやく刈ってってさけんでるよ」
ニニが笑いながらいいました。
そのとき、畑のむこうのほうから人の声がきこえてきました。
小さなおばあさんがひとり、手で草をなでながら、独り言をいっています。
「おぼえていたのね、あなたたち」
ふたりが立ちどまって、木のあいだからのぞくと、おばあさんの頭のまわりを、ちょうちょうたちが寄ってきて、ひらひらと飛んでいます。
「おや、あんたなの? そう、そうなの。あんたもここがいいのね、やっぱり、そうなのよね」
おばあさんが人さし指をさしだすと、ちょうちょうが一匹寄ってきて、とまって、羽を開いたり、閉じたりしました。おばあさんの目が細くなりすこしふるえています。
「魔女だよ、こっちも」
トトがささやきました。
いつもは茂った木の枝や、草でかこまれ、緑のかたまりのように見えていた、小さな家のドアが今日は開いています。
「おや」
かすれた声がして、おばあさんがふりむきました。それから二、三歩近づくと、ふたりを息をつめたようにして、じっと見つめました。
「どこかで、お会いしたような……なつかしいお顔……」
「やだわ。なつかしいって、わたしたちの顔、古くさいみたいじゃない」
「ふふふ、おもしろいいいかた。古くさいのはこのおばあちゃんのほうよ。あなたたち、ご兄弟なのね。そっくり」
「だってふたごだもん。やんなっちゃう。ちがうのはわたしのそばかすだけ」
ニニは指で目の下をあっかんべーのように、ひっぱりました。
「くくく、どうして?」
「似てる、でも似てないの、そこがややっこしいの。だって男と、女だもの。だからいっしょで、べつべつってわけ」
「くく、おもしろいいいかた。ところで……」
おばあさんは急に口をぱくぱくさせました。
「あっ、あっ、おやまあまあ、まあまあ……」
「あわてないで。言葉がのどにつまっちゃうわよ」
ニニは思わず手を前に出しました。
小さなおばあさんは、「おや、まあまあ」とまだかすれた声でつぶやきつづけました。
「おや、まあまあ、おや、まあまあ……」
おばあさんは、この言葉しか知らないみたいに、くりかえしています。
それから、前にのめるようにして、「ちょ、ちょっと……あなたたち……」といって、大きく息をつきました。
「わ、わかりますよ、わかります。キキさんのお子さんたち……でしょ。よく似てらっしゃるもの」
ふたりはきをつけをしたまま、こくんっと首を動かしました。
「なんと、まああ……こんな大きいお子さんが……そうよねえ……ずいぶん時間がたったんですものねえ」
おばあさんは遠くを見るように目を細めてから、ゆっくりとつむりました。
「僕たちも、わかりますよ。おばさんは、ええと……ええと……ト、トチギさん」
「いいえ、残念、ヨモギよ」
「そうだ、砂漠のお菓子のヨモギさんだ」
トトがいいました。
「そうだわ。かあさんがときどき作ってくれるの。砂漠の石ころみたいな、ゴロンとした薄茶色のお菓子。口のなかでコホコホするけど、味はとってもいけてる」
ニニが食べているように、口をコホコホと動かしました。
「いけてる?」
「おいしいってことよ」
「まあ、まあ、いけてる? おもしろい言葉ね」
ヨモギさんはスカートの両側をつまんで、体を揺すりました。
夕暮れ路のほうで、急にカラスが飛びたちました。
同時にキキが道から出てくると、すべるように畑のはじにおりたちました。三人はいっせいに一歩前に足を出しました。
ほうきをかかえたキキが目をあげると、「かあさん」とニニがさけびました。
キキはほうきから足をはずすのもわすれて、おばあさんを見つめています。
「あれ、ヨ、モ、ギ、さん……?」
キキがさけびました。
「あら、キキさん!」
ふたりは見つめあい、うなずくと、同時に走りより、しっかりとだきあいました。
「また、会えた、また、会えた、ほんとうに会えた!」
ヨモギさんは手でキキの肩をたたきながら、むせるようにいいました。
キキも
「ねえ、顔を見せてちょうだい、キキさん」
ヨモギさんはだいていた手をのばして、キキをじっと見つめました。
「おお、感激のご対面だ!」
ニニがつぶやきました。
「い、いつもどってらしたの?」
キキがいいました。おどろいて胸が大きく動いています。
「昨日……夕方。まだほやほや。荷物を入れただけ」
「ずっとこちらに?」
「ええ、もとにもどって……、キキさんには会えると思ったけど、こんなにはやく、うれしいわ」
「にゃ、にゃ」
えんりょがちなジジの声がします。
「あ、あら、ジジ、ジジね。まあ、どうしましょう。どうしましょう」
ヨモギさんはジジをだきあげました。
「お久しぶりね。あら、立派になって。あのころより、ずいぶん大きくなったのね」
「だって、もう、おとうさんですもの。それも大家族のね」
キキが笑いながらいいました。
「そうでしょうね。そうでしょうね」
ヨモギさんはまたくりかえしました。くりかえして、確かめないと、今見ているものが、夢のように消えてしまうのではないかと思っているようにあわてています。
「キキさん、どうやらあなたもおかあさんのようね」
「ええ、息子はトトといいます。娘はニニ」
「ふたごなんですってねえ」
「わたしがお姉さんで、トトが弟なの」
そばでニニは胸をすいっとそらしました。
「ちょっと先に生まれただけなのにさ、お姉さんなんだってさ」
トトはぶっとした様子でいいました。
「お会いできて、うれしいわ」
キキがあらためて、ヨモギさんの手をとって、いいました。
「ええ、やっぱり、ここなのよね。息子が最後を過ごしたここで、わたしものこりの人生を過ごしたいと思ったの。飼っていた小鳥が死んでね、気がかりもなくなったので、急に決めてもどってきたのよ。あのときは『さよなら』もいわずに消えちゃってごめんなさい」
「あっ、わたし、その人のこと、知ってる! うちに絵があるもの。センタさんでしょ」
「ニニ」
キキがたしなめるようにいいました。
「そう、ニニちゃん、センタっていうのよ。わたしの息子。キキさんのおかげでね、センタはあの絵がかけたんです。
キキさん、わたし、わすれてませんよ。あなたが教えてくれた、おまじない。『いいこと ありそな、いいこと ありそな』いっつもそう思ってくらしてきたわ。すると今日みたいに『いいこと』があるのね。あっ、ちょ、ちょっと、まってね」
ヨモギさんは急いで家にはいり、しばらくして、おぼんにジュースをのせて出てきました。
「あっ、ゆすらうめのジュース!」
キキが息をのむようにさけびました。「なつかしい! ヨモギさんの色」
「さあさ、どうぞ、刈り入れはこれを召しあがってからでもいいでしょ」
四人はテーブルにすわって、ジュースを飲みはじめました。
「こればかりは季節が来るとどこにいっても作っていたわ。いつも水筒に入れてもちあるいていたの。あの夏のわたしたちを思い出しながらね」
ヨモギさんは乾杯でもするように、コップをもちあげ、なかをすかして見ました。
「やっぱり、この場所は、不思議なとこなんだね。かあさんはいつも、ここの空気のなかに、手をつっこむと、なにかつかめるような気がするっていってるよね。僕もわかったような気がする」
トトはいつになく興奮して、キキを見上げました。
「そうね、ここはほんとうに不思議。いつも、なにかがあるのよ、なにか……」
キキがしみじみといいました。
「そう感じるのね、トトくんも」
ヨモギさんはトトにほほえみかけました。すると、ニニが鼻にしわを寄せながら口を出しました。なにか気になるときは、いつもこのしわが寄ってしまうのです。
「わたしは、なにかつかむんだったら、空気のなかになんて、手を入れないわ」
「まあ、ニニったら」
キキが苦笑いをしました。
「おもしろいおじょうちゃんね。ニニちゃん、きいてもいいかしら? じゃ、なにをつかみたいの?」
「うーん、今は……ぴかぴかした赤いカバン。時計台の近くのおしゃれなお店のなの」
「あら、まあ、まあ」
「秋物なんだけど、友達、みんな目をつけてるのよ」
「あなたに似合いそうね」
「でも、気持ちだけなの、赤いぴかぴかはうちには似合わないもの、ね、かあさん」
「じゃ、あなた、おかあさんみたいになるのね」
ヨモギさんはゆっくりと首をかしげました。
ニニはまたふっと鼻にしわを寄せました。
「まあね、今のところはね、我が家の平安のためにね、そういうこと」
「ふたごなのに、ずいぶんちがうでしょ。いっしょに生まれてきたとは思えないの」
キキは笑って、肩をすくめました。
「それじゃ、刈り取りはじめましょうか」
キキがいうと、ふたりもひっぱられるように立ち上がりました。
「それじゃ、わたしは引越し荷物をかたづけましょ」
ヨモギさんもいいました。
三人はそばにある小さな木箱から鎌をとりだすと、ならんで腰をかがめました。それからまず草を一束握ると、右手でもった鎌をぐさりっと入れます。くすりぐさのにおいはさらに強くひろがっていきます。
「すごい。このにおい。はりきってるなあ。魔法がいっぱいはいってるよ、この草、やっぱり」
トトは鎌を入れると同時に飛びだしてきた虫をよけながら、つぶやきました。
草は刈ったそばからそろえて、ひろげた
風呂敷の上がみるみる山になっていきます。刈った後、姿をあらわした土からも、くすりぐさのにおいがむんむんとわきあがってきました。
「さあ、おふたりさん、風呂敷のはじをひっぱって、わたしがおさえてるから、ゆわえてちょうだい」
三人で、「せーのっ」と声をかけあいながら、三つの大きな包みを作りました。
「おや、もう、おわり?」ヨモギさんが窓からのぞいていいました。
すると、トトがいいました。
「僕、これからヨモギさんのお手伝いします。ねえ、かあさん、いいでしょ」
「もちろんよ、あなたの包みはかあさんがもって帰るから」
「ふん」
ニニが鼻を鳴らしました。いいとこ見せたかったのに、おくれちゃったって顔です。
「ニニ、明日は朝からくすりぐさをきざむのよ、いいわね。そろそろおぼえてもらわないと」
ニニはむっとしながら、包みをもちあげました。
「まだ、気持ち、決めてないもん」
きこえるか、きこえないかぐらいの小さな声がニニの口から出てきました。
トトはヨモギさんと、家にはいっていきました。
外とくらべると、空気がしーんとして冷たいほどです。床には荷物の箱がいくつも積み重ねられたままになっていました。
「どこからお手伝いしましょうか」
トトはききました。
「それじゃ、こっちの箱をおねがい。センタのものがはいっているの。出して彼の机の上にならべてくださいね。これでやっとセンタもだいすきだった家に帰ってこられたわ」
そういいながらヨモギさんは床にぺたんとすわりました。
「あーあ、いいにおい。あの年と一つもかわってないわ」
トトは絵の具や、本、センタさんのノートを机の上にのせていきました。日記なのでしょうか、ノートには年号がかかれていました。トトはいちばんおわりの年のノートをそっとあけてみました。悪いと思いつつ、どうしても見ずにはいられなかったのです。絵と文字がまざったようにかかれています。トトはこわごわページをめくっていきました。ノートは十ページぐらいでおわっていました。その最後のところに、この庭のスケッチが何枚かかかれていました。そして、そのわきに、「これからをまつひと、これからをまつひと」と、同じ言葉が二度くりかえして記されていました。それを見たとたん、トトは急にどきどきし、目の前がぼーっとかすむように見えなくなりました。
ヨモギさんが声をかけたようでした。それからなにがおきたのか……たしか日が落ちるまで、ちゃんとお手伝いはしたようなのですが、トトはなに一つおぼえていませんでした。気がついたときは、家の床に腰をおろし、足を投げだして、自分のベッドに寄りかかっていたのです。目は空中、どこか一点を見ています。
「これからをまつひと……」
トトの目にノートの字がくりかえし浮かんできます。
あたりは刈り取ってきたくすりぐさのにおいでいっぱいでした。