1 結婚式
キキととんぼさんが結婚してから、十三年が過ぎました。
ふたりのあいだには、トトという男の子と、ニニという女の子がいます。ふたりともおそろいの十一歳です。そう、ふたごなのです。
「ねえ、まって、トト」
つばのひろい帽子を、手でおさえながら、長いスカートの裾をばたばたさせて、ニニが追いかけてきます。
「トト、ヤアくんとノノちゃん、あのふたりったら、八歳と、四歳のときに結婚決めたんだって。ねえ、それってださくない?」
「いいじゃないか。ニニ、うらやましいのかよ?」
ふりむいて、トトがいいました。
「まさかあ。だっけどさあ。その歳からずっとだよ。脇目もふらずだよ。よくあきなかったよね」
ニニは帽子をむしるようにとると、短い髪にさっと手を入れて、文句でもいいたそうな顔つきです。
「ふたりとも、あんなに幸せなんだから、いいじゃないか」
「だけど、トト、あのふたり、脇目もふらず、ずっと一本道だけなのよ。わたしはね、寄り道っていうのも、修行の一つだと思ってるよ」
「まあね、動物としてはめずらしいことですよね」
後から来たグーチョキパン屋さんの息子、オレくんが、ニニを追いこしながら、さらりといいました。オレくんは今年二十歳になりました。グーチョキパン屋を手伝いながら、動物園の飼育係の見習いもしています。カバのマルコさんの係だったママさんが、二年前に園長さんになってから、助手をしているのです。
ふたりの後から、すこしおいて、常になく着かざった、でもやっぱりすこしずつ年をとったキキ、おソノさんとフクオさん、モリさん、ノラオさん、とんぼさんがおしゃべりをしながら、歩いてきます。その後をゆっくりおしりをふりながら、貫禄たっぷりについてくるのは魔女猫夫婦、ジジとヌヌちゃん。すこしはなれて二匹の白黒模様の子猫がじゃれながら走ってきます。
今日は結婚式だったのです。
おソノさんの一人娘、ノノちゃんと、とってもやんちゃ坊主だった、モリさんの弟、ヤアくんが、ニニがあきれているように、小さいころからの、正確にいえば十八年間の恋を実らせて、今日、結婚したのでした。
「ねえ、キキかあさん、ノノちゃんって、ませてたよね。四歳から、ヤアくんがすきで、およめさんになるって決めてたんだから。おどろきちょ!」
ニニがふりむいて、すぐ後を歩いてきたキキに、おおげさにのけぞっていいました。
「また、わざとそんな変ないいかたして」
キキは帽子をとりながら、渋い声でいいました。それからふりむいて、後につづいているおソノさんにいいました。
「でも、ノノちゃん、きれいだったわよね。幸せのベールがあんなに似合って。わたし、感激だった!」
「そうね、キキが空から上手にかけてくれて、わが娘ながらかわいかった。わたしもぐっと来ちゃった。ふたりは結婚するって、ずっと決まってたことなのにね。十八年もね」
おソノさんもうなずきました。
ふたりの目にはうっすらと涙がにじんでいます。それを見て、ニニはぼそりとつぶやきました。
「まあね、そうよね、幸せならけっこうだけどね」
「さあ、さあ、みなさん。おはいりください。ゆっくりお茶でもいかがですか。おつかれになったでしょう」
フクオさんが、首の蝶ネクタイをゆるめながら、パン屋さんのドアをあけました。昔とかわらず、やせののっぽさんです。
すると、その後からゆっくりと歩いてきたのは、コキリさんとオキノさん。ふたりとも髪に白いものがまじり、ぱっちりとしていた目が、すこし細くなったように見えます。オキノさんは黒い杖をしっかりとにぎり、体をあずけるようにして、一歩一歩、歩いてきます。
「キキのうちのまわりを見てきたわ。この町もずいぶんかわったわね」
コキリさんが立ちどまって息をつきました。
「そりゃ、十一年もたてば……ね」
オキノさんがいいました。
「そうだわ、この前来たのは、トトとニニが生まれたときでしたからね。わたしたち、具合が悪かったりしたから。キキたちが来てくれるのをいいことに、ごぶさたしちゃったわねえ。このところ、わたしもあまり遠くには飛んでいかないし」
「かあさん、それがいい。もうおてんばはやめてね」
キキがからかうように鼻にしわを寄せました。
「あの大変な病気のとき、かあさんのほうきが空に飛んでいくのを見たような気がしたから、もうかあさんの魔法は消えたかと思ったわ。でももどってくれたんですもの、だいじにつかわなくちゃね」
「はい、はい」
コキリさんはあごを小さく動かしました。
「とうさんは、もう大丈夫なの?」
「ああ、とうさんのは、病気っていっても、年寄り病だからね。あちこち痛くても我慢して、なるべく病気とは仲よくくらそうと思ってね」
オキノさんはキキに笑いかけました。
「とうさんはお勉強ずきで、いつも机にしがみついているからよ。もっと体を動かさなくちゃ」
キキはそっとオキノさんの腕にふれました。
「さあ、さあ、どうぞ、奥へ」
フクオさんの言葉に、みんな、ほっと息をつきながら、お店につづく食堂にはいっていきました。
「お茶にしますか、それともコリコの町特産のいり豆茶にしますか」
オレくんがてきぱきとお湯をわかしながらいいました。
「もちろん、いり豆茶で」
オキノさんがいいました。
「よく送っていただくんだけど、この町で飲むと、どうも一味、ちがうんだよね」
「ほんとにそうね。わたしにもおねがいします」とコキリさん。
「びみょうなもんですね。水のせいですかね。空気のせいですかね」
フクオさんがいいました。
いすにまたがるようにすわって、ふたりを見上げるようにしていたニニがいいました。
「ねえ、コキリおばあちゃん、キキかあさんの恋はどんなだったの? ねえ、話して」
「もちろん、愛しあっていたのよ。ね、とんぼさん」
わきからキキが首をのばして、とんぼさんを見ました。
とんぼさんはふっと笑って、肩をすくめました。
「じゃ、ヤアくんやノノちゃんみたいに、ださーい出会いのままだったんですか?」
「ま、なんていいかた!」
「あーっ、知ってる。なんかさ、危ないときもあったんだ。わかった。謎のケケさんでしょ」
「ご心配なく、わたしたちは相思相愛でした!」
キキがとくいそうにあごをしゃくりました。
「なに、相思相愛って」
「ニニ、やだな、こんなすてきな言葉知らないっていうの。ふたりともしっかり愛しあってるってことだよ」
トトがいいました。
「えーっ、それだけ……? それでおわり? じゃ、わたしは、なんのスリルもなく生まれてきちゃったってこと? そんなのつまらないよ」
「でも、キキととんぼさんは、魔女とふつうの男、すんなりいったかな。おたがい見えすぎることもあるし、見えないこともきっとあったと思うよ」
ノラオさんは、着慣れない背広の前をきゅうくつそうにひっぱりながらいいました。
「またあ、ノラオおじさんたら、なぞなぞすきなんだから。はっきりいってよ。見る、見ないの話じゃなくってさ。かあさんたち、けんかもしなかったの?」
「はははは」
ノラオさんはぽんとおなかをたたいて、笑いました。
「ニニちゃんも、魔女になれば、きっとわかるよ」
「えっ、わたしが魔女? そんなの、なしなし」
ニニはとんでもないというふうに、手をふりました。
「わたしはもっとおもしろいものになるつもり。いろいろあってさ。どきどきしてさ」
「それは、ニニの自由だわ」
キキがいいました。
「あ、そ。かあさんは、わたしの気持ち、知りたいんじゃないの? ほんとは……」
「はーい、モリさんおもたせのお菓子でーす」
オレくんが大きなお皿にやまもりの焼き菓子をテーブルにおきました。
「わー、いいにおいしてる」
キキがいいました。
「モリおばさんのお菓子はさすがだね」
トトがいいました。
「ありがと。あのふたり、五月の結婚にこだわっていたから、五月の森のやわらかそうな新芽を摘んでお菓子に入れてみたの」
モリさんがいいました。あいかわらず働き者ってかんじで、飾り気のない、空色のさっぱりした洋服を着ています。
「わー、いい香り! 素朴なお味! やせられそう!」
おソノさんが、つまんだお菓子を口に入れながら、体をすいっと斜めにしてみせました。
「都会の毒はなしなんだものね、モリおばさんは……」
ニニはからかうように、ひょいっと口をまげました。
「そう、なしでーす」
モリさんは、大きくうなずくと、腕をぎゅっとにぎってみせました。
「毒がちょっぴりはいっているのも、おつなんですよ。知らないな。ドキドキよ」
「ニニはどうして、そんなふうにわざと変ないいかたをするの?」
キキはぎゅっとニニをにらみました。
「まあ、まあ、年ごろなんだから」
ノラオさんがいいました。
「そう、そう」
そばでとんぼさんがうなずいています。
「あなたって、いつもニニにはあまいのね」
キキはぷんとほっぺたをふくらませました。
「あ、そうだわ。ケケから、お祝いの手紙が来てるのよ。ノノたちにはべつに来たんだけど、こっちは、『みなさんに』ってかいてあるの。それでまだあけないでいたのよ」
おソノさんが棚の上から封筒をとりました。
「まあ、ケケから! 元気なの? このとこずっとごぶさたしちゃってるの」
キキがのぞきこんでいいました。
「まず、読んでみるわね」
とおソノさんがあけかけた封筒を、
「僕に読ませて」
トトが急にのりだしてひっぱりました。
おソノさんは、トトの力のはいったいいかたに、あれっという顔をして、
「じゃ、おねがいね」と、手紙をわたしました。
トトは読みはじめました。
「ケケちゃんですよーう」
「まあまあ、あいかわらずね、あの子ったら」
おソノさんが笑いました。
「みな、みなさま、おめでとうございます。あんなおちびちゃんだったノノちゃんが、結婚するなんて、おどろき。
あたしは、まだだっていうのにさ。その気配さえぜんぜんないっていうのは、どういうわけかしらね。
あのときみたいに、髪の毛はもうぼうぼうじゃないよ。
洋服だって、このごろ、さっぱりと木綿のワンピースばかり。あやしくないですよ。まあまあの女性のつもりなのにさ……。
それはいいとして……、あたしにも、ちょっぴりおめでとうがあるのよ。
短い小説をかいたのよ。それがある雑誌の賞にはいっちゃって、ちっちゃな本になる予定……」
読んでいたトトが、とつぜん飛び上がりました。
「やったあ!」
「なに、それ?」
キキがおどろいて手紙をのぞきこみました。
「ケケおばさん、小説かいてるんだよ。僕、知ってたんだ。『ざわざわ』っていう雑誌にときどき名前がのってたから。でもいつも落選してたんだ。今度はうかったんだね。すごいや!」
「ねえ、ケケおばさんて、あのうわさの人ね。かあさんと、とうさんを取りっこした人でしょ」
ニニがわりこむようにのりだしてきました。
「そんな、かんたんな話じゃありませんよ。格好こそすごかったけど、ケケはとってもいい子だったわ。気持ちの底がかわいいの」
おソノさんがニニの肩に手をおいていいました。
「気持ちの底?」
ニニはそこに底でもあるみたいに、手でおなかをさすりました。
「トト、その『ざわざわ』っていう雑誌、見せて」
モリさんがいいました。
「僕、いつも本屋でぱらっと見るだけだから、もってないよ」
「じゃ、買ってこないと。トト、すぐいってきてよ」
キキがせわしなく、ハンドバッグに手を入れました。
「だって、のってるのは、名前だけだよ。もう、入選したんだからいいじゃないか」
「名前だけでも見たいわ。その雑誌も見たいし……ねえ、おねがい、買ってきてよ」
「ずっと前のでよければ、あるよ。小さな雑誌だよ、がっかりするよ」
「いいから、見せてよ」
「確かぼくの机の引出しに……」
トトは急いで外に出て行くと、うすい本をもって戻ってきました。
「どこどこ」
モリさんがページをめくっていきます。
「これには出てないよ、古いから」
「ああ、ここ、投稿作品発表だって……最後のページだわ。ここにのったってわけね。たいしたものだわ」
「どれ……?」ニニがよこから顔を出しました。
「あれ、この選外ってとこに……これトトの名前じゃない?」
「ちがうよ」
トトは雑誌をひっぱりました。
「えーっ」
ニニは探るような目でトトを見ました。
「だって、トトってあるじゃないの。これを偶然だっていうの? でも選外だからどうでもいいか……。ビリのビリってことだから」
「そ、そう、そうです。ケケの名前はね、大きい字だったよ」
「見たかったわ。今まで知らなかったなんて。トトったらだまってるなんて……」
「じゃ、どこかで探して、買ってくるよ」
「それより……ケケの手紙のつづきを読んでちょうだいよ」
おソノさんがいいました。
「はい、えーと……うん、ここから……じゃつづけるよ」
「本ができたら、みなさんに送りますね。題名は『半分魔女』っていうの。あたしがあのとき、見えたと思った自分の道はね、歩きはじめたら、かんたんじゃなくってさ、遠い道だった。結局、二十年近くかかっちゃったもの。でも小さなお話でもかくのはたのしいわ。今はこれがあたしの道だって思っているのよ。才能あるかないか、わかんないけど、あたし、かくのすきみたい。ママは魔女だったらしいけど、だれもそのこと、はっきり知らないじゃない。あたしもぼんやりと魔女っぽい、自分でもそう感じてるの。だから『半分魔女』にしたの。
なにぶん半分だから、生活はなかなか苦しいけど、父とはなれてなんとかひとりでくらしてる。でも気持ちはたのしいの……はずかしいけど、本ができたら、読んでね。
あれ、お祝いの手紙のつもりが、自分のことばかりかいちゃった。あいかわらず、あたしらしいよね。成長してないな。でもだいすきよ、キキ、おソノさん、みんな、みんな、そうそう、いまだまみえぬおちびちゃんたち、トトとニニちゃんだったわよね、そのおとうちゃんのとんぼさんも。元気でね。あたしのだいじな、だいじな、お友達のみなさんへ。ケケより」
「ケケったら……ケケったら……あいかわらず……あの人らしい」
キキはふっと笑いました。
「魔女って、半分でもいいわけ?」
ニニがぼそっとつぶやきました。
「ケケって、いくつになるのかしら、あれから……」
おソノさんは、考えながら、指で数えはじめました。
「三十一かしら……たぶん……わ、おどろき! 立派な大人よね」
「あのこなら、今にきっといい人にめぐりあえるよ」
フクオさんがぼそりといいました。
「あれ、そのブーケ」
ニニがモリさんの手元を見ていいました。
「そう、ノノが、モリさんに投げたのよね。わたし、見てた」
おソノさんがいいました。
「えーっ、わたし、気がつかなかった。ノノちゃんったら、だんなのおねえさんにあげてどうすんのよ。わたしにくれるっていうのが筋ってもんでしょ。順序ってもんじゃありませんか」
ニニがちょっとおどけていいました。
「わるかったわね。逆順序っていうのも、ありかもよ」
モリさんはそういってにこっと笑い、細くなった目からひかりをすいっとノラオさんのほうに走らせて、小さくうなずきました。