8 魔法のとまり木
サヤオさんがビバビバ市にもどったあとも、ジジは毎日のように、夕日館に、ヌヌちゃんを訪ねていきました。それもキキが、あら、今ここにいたのにと思ってると、もう姿を消しているのです。
「魔女猫、首にしちゃうから」
キキは不満なのです。こそこそかくれて行くなんて、許せない気持ちです。その上、ジジの言葉づかいがますますおかしくなってきたのです。ジジの言葉は、ふつうの人にはただの猫鳴き声にしかきこえません。でもキキにはちゃんとその意味がわかります。このような言葉のやりとりは、魔女と魔女猫のあいだだけの魔法ともいえるものでした。
ところが、このごろはジジの話す言葉が半分ぐらい魔女猫言葉ではないのです。ふつうの猫言葉まじりなのです。たとえば……
「にゃごにゃ おソノさんにゃ にゃごう お店にゃ」という具合です。これは、「おソノさんのお店がこんでるから、お手伝いに行かなくてもいいの?」といっているのです。長年のつきあいですから、キキにはこれでも通じます。でもキキはジジの心の半分がどこかへ行ってしまったようで、さびしいのです。
「キキはこのところ、ジジの言葉がわからなくなったっていうけど、わたしには今までとおなじようにきこえるけど……」
おソノさんがいいました。
「でも、かわっちゃったのよ。ふつうの猫言葉がまだらにはいっちゃって、わたしにも、半分ぐらいしかわからないの」
キキはひとりでおとどけものに出かけることが多くなりました。
でも変になったのはジジの言葉だけではありませんでした。ビバビバ市のショーのあと、キキのほうきもおかしくなりました。のろのろしている上に、高く飛ばなくなったのです。ふつうの家の屋根よりちょっと高いところから上にはのぼっていきません。それでコリコの町の時計台や、背の高い木、郊外に建ちはじめた大きな建物なんかは、よけて飛ばなければなりません。ジジの言葉とおなじに、つかいものにならないというのではないのですが、とても時間がかかります。
「かんじんのときに、力をだしてくれなきゃ、安心して乗れないじゃないの」
長い付き合いなんだから、わかってくれてもいいのにと、キキはついいらいらしてしまいます。
「キキの体重がふえたせいじゃないの?」
ジジはいじわるをいいます。
町の人たちは、「キキが身近に見えていいわ」といってくれます。でもこのままではどんどん低いところしか飛ばなくなるのではないかと、これまたキキには不安の種なのです。
とんぼさんに手紙を書いたら、こんな返事が来ました。
「それはもしかすると、季節と関係あるかもしれないよ。気圧と浮力は関係あるからね。僕がデータを集めてあげよう。でも、魔法にデータなんておかしいかもしれないよね。それでは応急手当として、ずっと昔、ふたりで工夫したふうせんお散歩方式、これを一時採用してみてはいかがでしょう。ふうせんの浮く力に助けてもらうんだ。今度、帰ったら、もっといい方法を考えてあげるね。いずれにしろキキのせいではないから、心配することないよ」
キキはすこし気持ちがらくになりました。でもサーカスでもないのに、十九歳になった魔女がふうせんをいっぱいつけて飛ぶなんてはずかしい。もしかしたら飛ぶほうはとんぼさんの得意分野の科学的現象にすこしは関係あるかもしれません。でもジジの言葉のほうはどうでしょうか? これは明らかに、恋の問題です。とはいえ、おめでとうと、かんたんにいうわけにはいきません。いずれにしろ、キキには
キキはコキリさんに手紙を書きました。
「かあさん、とっても変なのよ。わたしの世界がね、かるい病気にかかってしまったみたいなの。ジジとけんかしたわけでもないのに、ふたりの言葉がね、こんがらがっちゃってて、ときどき通じないことがあるの。これは魔法に変化がおきたせいではなく、ジジに恋人ができたからだと思うのだけど。ジジがわたしのことなんか、わすれたみたいなんですもの、さびしくなっちゃうの。それなのにぬけぬけと今にちゃんとした大人の猫語を話せるようになりたいなんていうのよ。こんなに平気でわたしを無視できるなんて……。
でももっと大きな問題はね、ほうきのことなの。もしかしたらこれはわたしの気持ちの問題かもしれないのだけど。ほうきがね、高く飛ばなくなってしまったの。一所懸命柄を上にむけてもだめ。低いところを、赤ちゃんみたいに
昔、コキリさんはよくほうきをみがいていました。
「こうしてさすっているとね、しみじみ思うの。ほうきだけでは飛ぶことはできないけど、こんなのがあったらいいなっていう人の願いが形になって、物はこの世に生まれてきたのよね。それはおなべも、ヤカンもみんなおなじよね。これ、魔女の魔法とおなじだと思う。魔女も人の願いから生まれたんですもの」
コキリさんがこんなふうにいうたびに、「また、またあ……かあさんって、どうしてお説教っぽくしか、ものをいえないのかしら」とキキは思いました。でも今、コキリさんの言葉を思い出しながら、ほうきの力が半分になったとしたら、キキの力のほうも半分になってしまうかもしれないと不安なのでした。
一年前、コキリさんが重い病気にかかり、意識を失ったとき、コキリさんのほうきが白い線を描いて、青い空のかなたに影のように飛び去っていくのを、キキは見たような気がします。そのときコキリさんのなかからも、なにかが飛び立っていったように思いました。
そのあとすぐコキリさんはくすりぐさの力に助けられて、意識を回復しました。でも病気がすっかりよくなっても、コキリさんの足はめっきり弱くなってしまいました。ほうきで飛ぶのは案外力がいります。飛び上がるとき、ぽんと力を入れて地面をけったり、着地のときにも足に負担がかかります。コキリさんはしだいに空を飛ばなくなりました。ほうきの代わりに
「かあさん、飛ばないと、さびしくない?」
キキはこうきいたことがありました。
「うん、ちょっとね。わたしの命を助けようとして、ほうきもつかれてしまったのかもしれないわ。きっとお休みしてるのよ。まさか、これでお別れじゃないと思うんだけど……。問題はね、わたしのほうにあるのかもしれない。もうたくさん飛んだもの。なにかができなくなっても、なにか他のことができるようになるかもしれないじゃない。これからかあさんの年にふさわしい魔法が生まれるかもしれない。それをまってみようと思って」
コキリさんはいいました。
「かあさん、それはなんだと思う?」
「さあ、わたしにもわからないわ。でもたのしみじゃない。わたしはこう見えても魔女のベテランですからね、そのときは、ぴっ、あっ、これだってわかるかもね。おばあちゃんがよくいってたわ。年をとるとね、なにかを見つけるのがたのしみになるって」
「じゃ、わたしもたのしみにまってる。ぴっときたら、すぐ教えてね」
ふたりの会話をきいていた、オキノさんがいいました。
「ぴっ、なんてかるくいっちゃいかん。あまく見てはいかん。魔法って、もっとしぶといはずだ」
キキがコキリさんにだした手紙の返事は、オキノさんから送られてきました。
「キキ、今日、とうさんは図書館で本を探していた。君が、コキリさんに送った手紙のことを考えながらね。そしたら、『魔法の闘い』という本が目にはいった。古い本でね、元の本は三百年ぐらい前に書かれたものだよ。そのころから、魔法はいろいろ問題をかかえていたんだね。
こんな見出しがあった。
『魔法の逃亡』『魔法のかくれみの』『魔法の体内時計』……
そのなかに、『魔法のとまり木』というのがあった。それにはこんなふうに書かれていた。
『魔法のとまり木』は、『魔法の逃亡』とは違う。『魔法の逃亡』は外から加えられる大きな力に耐えられなくなって、魔法が逃げ出してしまうことをいう。たとえば、人や、自然界のさまざまなものを傷つけるために、魔法をつかうようにと命令する力、それがあまりにも暴力的な場合、魔法は逃げ出してしまうんだ。このときはもどってくることは、まずないらしい。
それに比べて、『魔法のとまり木』というのは、外からの力ではなく、魔法が自分でおこすものらしい。魔法の力をかるく見られたり、まるで自分の持ち物のように扱われたり、見せびらかされたり、また魔法がなんとなくつかれてしまったりしたとき、魔法は、俗にいう、『イヤケガサス』という状態になるらしい。すると勝手に休暇をとったりするようだ。天と地の境目あたりに、『魔法のとまり木』というのがあってね、その木にとまって、おなじような仲間と愚痴をいいあったり、ときには寝たりおきたりして、うつらうつらと過ごすらしい。すっかり寝てしまうと、持ち主が、魔法を失ったと思ってあわてるからね。地上に、魔法の力はすこしのこしておくらしい。そして、イヤケが回復すれば、もどってくるといわれている。キキの魔法もすこし、『イヤケガサス』状態にあるんじゃないかな。低くても飛んでるんだから、『逃亡』したとは思えないからね。多分休暇をとっているんだよ。キキも低く飛ぶのは、おもしろいって、あたらしい魔法と出会えたような気持ちでいたらいいよ。おっとりと、やさしい気持ちでくらしなさい。もどってくるさ。三百年前からいわれているんだから、そんなに心配することはないよ。
それからジジのこと、ちょっとのぼせてるんだよ。大丈夫。
キキへ
オキノより」
キキは、夕日館のおばあさんの、おどかしてやろうなんて、「品のないことよ」といった言葉を思い出しました。もしかしたらキキのなかの魔女の品をとめていたネジが、すこしゆるんでしまったのかもしれません。
キキは自分の魔法が、空のかなたのとまり木でうつらうつらと揺れている様子を想像しました。
わたし、イヤケガサスほど、ひどいことしたかなあ。魔法ってずいぶんかんたんにおへそをまげちゃうのね。
キキはすこし文句をいいたい気持ちにもなりました。
とんぼさんの気持ちも、きっとどこかのとまり木にとまって、うつらうつらしているんだわ。もしそうだとしたら、目覚まし時計でも送ってあげなきゃ。
キキはなんでもとんぼさんにつなげないではいられないのです。
とんぼさんからはがきが来ました。それを見たキキの目がつんととがってきました。
「ジジ、あんたに、はがきよ。とんぼさんから」
キキはぶっきらぼうに、ジジの目の前におきました。
「えーっ」
ジジはおどろいて、のぞきこみました。
「わからないにゃあ。とんぼさん、ぼくが字を読めないこと知ってるのに」
「あら、読めるときもあるじゃないの」
「このごろキキは言葉っていうといじわるっぽくなるんだから……知らなかったっていうの? キキが読むでしょ、それでぼくがわかる。そういう順番だったじゃないか」
「でも、宛名はジジだから、わたしがさきに読むわけにはいかないわ」
キキはそっけなく、顔をそらしました。
「そんなこといわないでよ。ただでさえぼくたちの言葉、このごろ、こんがらがっているんだから」
「こんがらがらせてるのは、だれかしらね。じゃ、いいわ……読んでさしあげよう。特別サービスよ」
キキはじらすように、ゆっくりとうなずいて読みはじめました。
「ジジ、爪をかんではいけませんよ」
いきなりこんな文章から始まっています。
キキは「あれっ」って顔をしました。ジジはあわてて前足を丸めて、爪をかくしました。
「とんぼさんの眼鏡って、こんな遠いとこまで見えるのかなあ」
「ジジ、さては、爪をかんでいるのね」
ジジはだまって下をむきました。
とんぼさんの手紙はつづきます。
「猫の爪はとんがっているものだよ。丸くしたら、猫とはいえない。やさしい猫になりたいからって、かじったらいけない。猫はとがってる爪をちゃんとかくすことができるんだからね。このごろ、キキと言葉がうまく通じないってきいたけど、ジジの言葉、もしかして猫なで声になってるんじゃないの? 自然がいちばん。ジジらしくありのままに生きるのがいちばんだよ。弱気にならずに、おたがいがんばろうぜ、な。じゃ、バイバイ」
「『おたがいがんばろうぜ』だって……なに、これ……」
キキはおもしろくなさそうに
「ぼくには、なんとなく、わかる」
ジジが自分の爪をしみじみ見ながら、ぽつりといいました。
森に住んでいるモリさんからも手紙が来ました。モリさんはコリコの町からはなれた森のなかでお店をやっているキキの遠距離親友です。キキはいそいそと封を切ります。
「キキ、お久しぶり。一年ぶりかしら。ところでほうきの調子がおかしいんですって? おっとおどろかないで。わるいけど、キキのことなら、なんでも知っているのよ。うちのヤアくんと、パン屋のノノちゃんは、あいかわらず仲よしさんでね。ノノちゃんが十日にいっぺんはヤアくんに手紙をくれるのよ。ヤアくんはあの調子だから、あまり返事をださないようだけど。ときどき電話で怒られてるから。でもあのふたりは今もって不思議なふたりです。
キキ、少なくとも、ほうきは飛んでいるんでしょ。どっかに行っちゃったならともかく。気にしない、気にしない。それは自然なことじゃないの。
わたしだって、気にしたらきりないわ。なにしろおひさまのご機嫌にまかせて、くらしているんだから。今年はトウモロコシがぜんぜん穫れなかったの。おおかた虫さんのごちそうになっちゃったのよ。これってトウモロコシのせいじゃないわ。虫さんだっていいときがないとね。おかげで、当店人気のトウモロコシせんべいがつくれなくって、とんだ収入減。
ノラオさんがね、あの例のノラオさんよ。あいかわらずキャベツ作りをしているんだけど、ときどき森の草の間から、ふらっとあらわれるのよ。そしてうちの小さい畑になにか植えてってくれるのよ。でもすぐ帰っちゃうから、育てるのはわたしなんだけど。そのなかの名なしの権兵衛野菜ちゃんが大きく育ってね、根元の赤いところをジャムにしたら、大成功。それがきれいな赤い色。はにかんでいるような薄い赤なの。とっても人気で、ずいぶん売れたの。できることを、できるだけしようとすれば、なにかが飛びだしてくるのね。これは当店の不思議です。モリはそう思いました。
ノラオさんて渡り鳥みたいな人だけど、ちゃんともどってくるのよね。思いがけないおみやげをもってさ。当てにはできないけど、頼りにもなるノラオさんにも支えられて、わたしの小さな森のお店、二年目をむかえました。
とんぼさんはあいかわらずお元気? あいかわらず元気ってとこがいいわよね。
たまにはキキにあいたいな。
じゃ、元気でね。心配はなしよ。 モリより」
キキは手紙をたたみながら、ふっと笑うと、目をあげて、遠くを見つめました。いろいろなことが、キキのなかでかけめぐっていきます。
モリさんも、みんなも、あいかわらずなんだ。あいかわらずってすてきなことなのね。モリさんはいつも頼りになる人!
二年前、とんぼさんと雨傘山で見たアカミちゃんのような、まっかなとんぼが山からおりてきて、町のあちこちに群れをなして飛びはじめました。赤い羽をお日さまの光できらめかして、並木の細い枝の間を器用によけながら飛んでいきます。
上手だなあ!
キキはつくづく感心してしまいます。このよけ飛びが、今のキキにはうまくできないのです。ほうきが高く飛んでくれないので、工場の煙突や、時計台、高い木などをキキもよけて飛ばなくてはなりません。目立って高いものはいいのですが、なれない場所にたまたま高い木などがあったりすると、ついつい足をひっかけてしまいます。小さかったとき、飛ぶ練習をしていて、よく擦り傷を作ったことを思い出しました。
種にするために畑にのこしておいたくすりぐさを刈り取って十五夜の月明かりのなか、家に運んでいるときも、まがりそこねて高い木にぶつかってしまいました。危うく衝突寸前で飛び降りたジジはあまりのことに腰を抜かし、道にすわりこんで、「にゃぎゃ にゃぎゃ」とわけのわからないさけび声をあげました。このところ二つの猫語をやっとなんとかつかいわけるようになっていたのに、もうごちゃごちゃでした。キキのほうは左の肩を思いっきりぶつけて、打撲。それに転がったとき、鼻をすりむき、
「ほうきより、
ジジは心配そうな顔をしながら、それでもちょっぴりいやみをいいます。口惜しいことに、こういうときはちゃんとした魔女猫言葉になるのです。
しばらくすると、鼻のさきに赤いかさぶたがちょんとつきました。
「お豆みたいだ」
おソノさんちのオレくんが、おおげさに手を口にあてて、笑いをこらえてみせました。おソノさんだって、ノノちゃんだっておかしくってたまらない様子です。
そんな失敗つづきのキキを見て、町の人たちも気の毒そうにしながら、でもどこかでおもしろがっているみたいなのでした。
「つい、ぽーっとなっちゃったのね」
「たまにはうきうきもありですよ。悲観することないわ」
「でも、キキにはもうお決まりさんがいるってききましたけど」
「ええ、そういううわさですねえ」
「でも、お相手のかた、このところあまり姿を見ませんねえ」
こんなおしゃべりが、キキの耳にもはいってきました。
なんとかしなくちゃ。このままじゃはずかしい。練習したほうがよさそう。いつ魔法がとまり木からもどってくるかもしれないから準備もしとかなくっちゃ。これじゃ十三のときの、あかちゃん魔女に後もどりしちゃってる。なさけないったら!
キキは赤とんぼを見て、刺激されました。
ほうきをかくすようにかかえて、キキは家をでました。森に着くとすぐほうきにまたがり、頭を柄に近づけるように体を低くすると、足で地面をとんとけりました。すっかり葉を落とした森には、明るい光がさしこんでいます。キキはゆっくり飛びはじめました。なにも考えずに、目の前をよく見て、右へ、左へ。なるべくなめらかな曲線をかくようにして、木の幹をよけていきます。のびている枝をくぐったり、ときには飛びこしたりして、つぎつぎあらわれる障害物を注意深くよけながら進みました。それでも枝をばらばらとはじいて、ほっぺたにあたったりします。ひりひりと痛いところがあちこちできても、キキはがまんして飛びつづけました。
しだいによけ飛びが上手になっていきました。でもほうきの柄はまだ上をむいてくれません。森はまだまだつづいています。どのくらいたったでしょうか、キキは、「あっ」と、顔をあげました。あわてておりて、あたりを見回しました。いったいここはどこなのでしょう。夢中になっているうちに、キキは迷子になってしまったのです。いつもなら、さーっと空の高いところにのぼっていけば、迷子はおわりです。コリコの町の時計台のさきがちょびっとでも見えれば、家に帰れます。
どうしよう……。
キキは体をぐるりっと動かしました。冬をむかえようとしている森はほかほかとしたあたたかさにつつまれていました。足下には落ち葉があつくつもっています。太い毛糸でぼこぼこ編んだ敷物のようです。キキはさそわれるように腰をおろすと、なるべく遠くに手をのばし、落ち葉を集めると、投げだした足の上にかけていきました。それから寝ころんで体の上にもかけ、顔だけのこして落ち葉に埋まっていきました。耳もとで、落ち葉が小さな音をたてています。
カサリ コソリ カサリ コソリ
「落ち葉がおしゃべりしてる」
キキはつぶやきました。
木の葉は、春に芽をだし、夏には重なりあうように茂り、秋になると色をかえ、かさかさになって落ちていきます。そして一年の命をおわるのです。でも、この「カサリ コソリ」をきいていると、長かった仕事をおえて、みんなでたのしいないしょ話でもしているようです。
キキはこどものとき裏山で、茂っていた草にくるまってあそんだときのことを思い出しました。そのとき、土のなかから、「くしゅん」ともぐらのくしゃみの音がきこえてきて、コキリさんの「くしゃみの薬」をとどけたことがありました。そのときもぐらとお話をするようになったのです。
落ち葉は音をたてつづけます。
キキは音にあわせて、口を小さく動かしました。
カサリ コソリ カサリ コソリ
あなたの ひみつ カサリ コソリ
ひみつは 一つないとね
実のまんなかの 種みたいに
カサリ コソリ カサリ コソリ
思わず口をついた言葉です。秘密、秘密ってなんでしょう。魔女、キキにも一つあるのでしょうか……種のような秘密。見上げると、はだかん坊の木の間に、青い、青い空がひろがっています。
あーんな、高いとこ、いつも平気で飛んでいたんだけど……キキは思いました。
「キキはコリコの空についたブローチだね」
だれかがいってくれたときのことを思い出していました。
日が傾いてきました。
キキはぬくぬくとした落ち葉のなかから、ゆっくりと立ち上がりました。
「そうだわ。南に行けばいいのよ。南に行けば、海にでる」
あの十三歳の旅立ちの日、キキはそう思ってコリコの町まで飛んできたのです。
キキはほうきにまたがり、顔を夕日にむけると、左手をあげました。そして体を手のほうに傾け、木の間をぬって飛びはじめました。
その年もあとわずかという日の夕暮れ、コリコの中央駅におりたった男の人と女の人のふたり連れがありました。男の人は黒のコートから緑のチョッキをのぞかせ、手には大きな旅行カバンをさげています。女の人のほうはコートの胸に、貝殻のブローチを光らせ、手には小さな花束をかかえていました。
「おや、町長さん、ご旅行でしたか?」
改札口で駅長さんが、声をかけました。
「ぎゅう」
町長さんとよばれた男の人は、なにかに踏まれたような声をあげ、体をのけぞらせました。でもとなりの女の人はにっこり、「そうよ」とうなずくと、「新婚旅行にね」と小さい声でいいました。
駅長さんは棒みたいにきをつけして、口をぱくぱくあけたりしめたり、あわてて手を帽子のところまであげると、やっと「それは、それは」といいました。
駅のなかには大勢人が歩いていました。でもこの三人に気がつく人はありませんでした。
でもそれから三十分もしないころ、キキがパン屋さんの手伝いをしていると、駅長さんが飛びこんできました。
「キキ、キキ、お願いだ。これをほうきにさげて、明日の朝、町の空を飛んでおくれ」
駅長さんは手にもっていた旗をひろげました。
そこにはこんな文字が書かれていました。
「ご結婚おめでとう。町長さん、ウイさん。おしあわせに」
そしてハートマークが二つ。
「なんですって!」
おソノさんがさけび声をあげました。キキは思わず両手をにぎりしめました。感激で胸がもういっぱいです。
「新婚旅行から帰ったところに、ばったり出くわしましてね」
駅長さんは得意そうにいいました。
パン屋さんのなかは大騒ぎになりました。
「おめでたいこと」
だれかがいいました。
「ほんとうに、うれしいじゃないの」
「あの子どものように若かった、町長さんがねえ。一人前になって」
パンをかかえたおばあさんが涙ぐむようにいいました。
おソノさんがキキの耳元でいいました。
「キキ、やったじゃないの。成功ね」
「でもこっそりかくれるようにしなくてもいいのに……」
キキはちょっと不満です。
「照れ屋の町長さん、いいかげんにしてくださいよ。自分のこととなるとなんにもいえないんだから。まったく、もう」
だれかがいいました。おなじようにちょっぴり不満なのです。
「でも、必要なことをきちんというお嫁さんを見つけてくれて、安心だわ」
このパン屋さんから始まった騒ぎは、つぎつぎつたわって、その夜遅くにはコリコの町のラジオから特別ニュースとして流されました。
そしてつぎの朝早く、キキは旗をほうきの柄にしっかりと結びつけて、ジジをつれて、町中を飛びまわりました。あいかわらず高く飛ぶことはできませんでした。でもお知らせの役目には、この低空飛行は字がよく見えてよかったようです。ひととおり町のなかを回ると、キキは花束を買って、町長さんの家にむかいました。
「いやー。お世話になりっぱなしですな。キキちゃん」
町長さんははずかしそうに、でもウイさんの肩をしっかりとだきながらいいました。ウイさんはかたほうの目をぱちんとつぶって、「コリコの町の魔女さん、コリコの町の町長さんをこれからもよろしくね」といいました。
ライちゃんから手紙が来ました。
「キキおねえさん、ご報告です。わたしはわたしの町を見つけました。一目見てここだって思いました。オリリという小さな町です。でもにぎやかなところです。近くにある温泉に行く人が通るからです。わたしはここで『ライちゃんの水玉スープ』を売るつもり。あったかスープと温泉、うまくいきそうでしょ。こんど遊びに来てください」
「おねえさんだって、わたしのこと……」
キキはちょっと照れて、肩をすくめました。
「あとは味だけだね。問題は」
ジジはつぶやきました。