7 ファッションショー
つぎの朝でした。
ルルルルー、電話が鳴りました。
キキが受話器をとると、
「宅急便の仕事を、お願いしたいんですが」と、いきなり男の人の声がきこえてきました。
「はい、どうぞ」
キキはいつもの通りのいいかたでこたえました。スカートのはじをつまんで、腰をかがめるのも、いつもの通りです。
「じつは……ぼく、サヤオです」
キキの体がぎくっと動きました。
「おっと、電話を切らないでよ。今日は仕事の依頼でかけてるんですよ。仕事なら断れないはずですよね。君の番号は、『一、二、三、八、一、八、一、イチニサン ハイ ハイ』でしょ。『一、二、三、一、八、一、八、イチニサン イヤ イヤ』じゃないもんね」
「………」
キキは返事をしません。「もういいかげんにしてよ」というように、ぶーっとふくれて受話器をおこうとしました。でも、このコリコの町で宅急便屋を始めてから、キキは一度も注文を断ったことはありません。どんなむずかしいことでも工夫して、なんとかやってきたのです。そうするのが魔女の役目だと思ってきました。
「はい。仕事でしたら、うかがいますよ。それで、お時間はいかがしましょう」
キキはいつもよりずっと丁寧に返事をしました。でもそれはあんまり丁寧すぎて、機械がしゃべる言葉のようでした。
「そうです、これは仕事なんです。いま、すぐお願いします」
サヤオさんは、きっぱりといいました。急に仕事の声になっています。
「はい、承知しました」
キキも、そっけなく返事をすると、さっと受話器をおき、ふりかえって、ジジにいいました。
「仕事よ。出かけるわよ。行くさきは、『夕日館』よ」
「にゃごーん」
ジジは高い声をあげ、飛び上がるとそのまま二回転、足を床におろしてさけびました。
「行きます、行きます、行きます、もちろん、もちろん」
「なに舞い上がっているのよ」
キキは、ジジをにらんでいいました。
でもジジはキキの皮肉に気がつきません。前足でしきりに顔をなでて、ひげのおしゃれをすると、つぎは鏡の前に飛んでいって、毛並を整えはじめました。
丘の上の夕日館は
「にゃふーにゃーらーにゃーらーらー」
ジジがほうきの房の上で、なにやら小声で歌っています。ご機嫌なのです。
(猫の鼻歌って、なんてだらしがないの)
キキは思わず苦笑いです。
キキがほうきからおりて、門柱のベルをおしたとたん、扉がひとりでにぎーっと動き、つづいて玄関のドアが内側から開くと、そこにサヤオさんが立っていました。
「どうぞ、お待ちしてました」
サヤオさんの右手がさっとおくのほうにむけられました。贈り物のカードの言葉や、電話の話しかたとは様子がかわり、意外にもまじめな顔をしています。落ち着いた身のこなしも、大人の男の人に見えます。つられてキキはかるく頭をさげると、だまってはいっていきました。ジジもあとにつづきます。明るい外からはいると、なかは暗くてあまりよく見えません。ジジは緊張でこちんこちんに固まっています。ちょっとおしたらそのまま倒れてしまうのではないかと思うほどです。でも目だけはぱっちり、最大限に開いて、あたりの様子をうかがっています。そのあまりの真剣な表情に、キキはふきだしそうになりました。するととつぜん、おくで、
「にぃ」
はじけるような声がして、猫が走りでてきました。ヌヌちゃんです。ジジのあこがれの君です。ヌヌちゃんは近づくと、体をすり寄せ、ジジの背中にしっぽをぽんとのせました。
「おや、おや、知りあいなの? きみたち」
サヤオさんはおどろいて、いいました。
「にゃーん」
ジジがサヤオさんを見上げて、みじかく、でも強く返事をしました。多分、「はじめまして」とでもいったつもりなのでしょう。でもそれはキキには意味がわからない、完全な猫語でした。
「あーあ、ほっとしたよ」
猫同士が知り合いだというのに安心したのか、サヤオさんの体から、すーっと力が抜けていきました。キキにむけた顔に笑いがひろがっていきます。
「何度さそっても、受けてくれないんだものな。やりかたもまずかったけどさ。こんなに苦労したのはじめてだ。でも、魔女さんは……」
「キキです」
キキはサヤオさんの話にわりこむようにして、いいました。
「そんな、ツンツンものをいわなくってもいいじゃないですか。ちょっとおさそいしただけなのに……。失礼があったらあやまります、すいません。でも、キキ、さ、ん。魔女なんだから、ボーイフレンドなんか、三ダースぐらい、もたなくちゃ、魔法がよわくなっちゃいますよ」
サヤオさんは肩をすくめておどけたように舌をちろりとだしました。
「そんなご心配はいりません。おとどけもののお仕事でなければ、帰らせていただきます」
ジジがいきなりキキの肩に飛び乗ってきました。
「にゃごーごーう ごろごろろーう」
今度はキキにもわかる魔女猫語でした。「なんで、そうなの。自分で勝手に気を悪くして、勝手に怒って。決めてかかると、けがするっていったでしょ」
「にににゃ」
ヌヌちゃんもなにかいっています。「そうよ、そうよ」とでもいっているのでしょう。
キキの機嫌はますます悪くなっていきました。ぶっとしてつったったままです。
「あーあ、いえばいうほど、むずかしくなっちゃったなあ。どうしよう。ほんのかるいノリのつもりだったのに。そこがぼくのいけないところなんだけど」
サヤオさんは手で自分のあごをさすりました。目はうろうろと動き、口は半分あいて、細いため息がもれてきます。
「やっぱり、ぼく、おかしいんだ。きっと、そうですよね。でも、仕事が仕事だから。いつも刺激を感じていたいんですよ。ひらめいたら、即行動! だって、物事にはノリってあるでしょ。つまりそういうはじけるような気持ちで、ぼくは仕事をしたいといつも思っているんですよ、つまり。あなたともそういうふうに仕事を始めたかったんです」
(わたしと仕事? なにそれ)
「あの日、キキさんがいきなり飛んでいっちゃったとき、感動だったなあ。今までの古いやりかたを切って落とすような勢いを感じました」
(そう考えるのは勝手だけど)
キキはふっと顔を横にむけました。
「いさぎよくって、これだあって思ったんです。そのあとも考えに考えてこれしかないって、決めたんです。真剣なんです。ほんとうなんです」
サヤオさんはひとりでしゃべりつづけています。
(なにいってるの、この人。決めちゃった、決めちゃったって! なんて勝手! 決めてかかるとけがするっていうんだったら、ジジ、この人のほうだわよ)
キキはぶつぶつと怒りの言葉をつぶやいて、冷たい目つきでサヤオさんを見ています。ジジは心配そうに、キキのまわりをおろおろと歩いています。そのジジのあとにこれまた心配そうにヌヌちゃんがつづいています。
「今日は仕事をお願いするために、きちんと考えて、まじめな気持ちでお電話したんですよ、ほんとなんです。これはぼくのたいせつな仕事なんです」
サヤオさんは、壁のスイッチをぱちんと入れました。光がすーっと走るようにのびて、部屋のむこうを照らしだしました。おくまった壁一面に、やわらかいドレスがとろんと重なり合って並んでいました。
「コリコの海の夕方の景色を、今年のテーマにして作ってみたんです。この家から海を見ながら作ったんですよ。われながら満足してるんですけど……」
自信にあふれたいいかたです。でも今のキキはそれに突っかかって、なにかいうどころではありません。口惜しいけどドレスを見て、美しいと感激してしまったのです。どのドレスもキキがいつもなによりも美しいと思っている夕方の海の色をしていました。
雲の間からはじけるようにこっちにのびてくる夕日の色。その光をうけて揺れている波の色。
そんな色のドレスがいくつも重なっていて、そこにコリコ湾の夕暮れの海がひろがっているように見えました。不思議な光景といってもいいほどです。
「魔法みたい」
キキは思わずつぶやいていました。ドレスのなかでなにかがチカリと光りました。
「ほら、光ったでしょ。ボタンなんだけど、宵の明星のつもりでつけたんです。お天気なら必ず、夕方になると空のあそこらへんに、いちばんさきにあらわれるんですよ。いつも必ず、わすれないであらわれる。偉いやつなんですよ。あのまたたく光をドレスにつかおうと思ったときは、『やった』って、思いました」
サヤオさんは、窓のむこうの空を指さしていいました。
キキもこの星がだいすきでした。なんどこの星をまっすぐに見つめて飛んだかわかりません。すると星もキキを見つめてくれるのです。そのとき、キキの心はひっぱられて、一本の線がぴーんとのびていくように思えました。それでなにか願いがあるときは、この星を目ざして飛ばずにはいられませんでした。でもこのサヤオさんのいいかたはどうでしょう。まるで自分がこの星を見つけ、光らせてるようないいかたではありませんか。ドレスの美しさにひきつけられていたキキの心がまたかっちんととまってしまいました。この丁寧ないいかたと、乱暴ないいかたがまじっているのは……ジジの混乱している猫語みたいです。
「おや、おや」
広間につづく廊下のむこうから、声がきこえてきました。
「ほら、サヤオさん、だめじゃないの。お客さまにおすわりいただいたら」
あらわれたのは、銀色の髪をゆったり後ろで結いあげた、美しいおばあさんでした。
「ほんとうにこまった人。人をおどかすことばかり考えているんだから。それって品のないことよ」
「あれ、ぼく、またなにか、やっちゃった?」
サヤオさんは急にあまったれた顔になりました。
「あなたはいつもドキドキしていたいようだけど、ほんとうにすてきなことは、むりしなくてもそれだけでほんとうにすてきなことなのよ。なにもいろいろ付け加えなくってもね。あなたはいいお仕事のできる力があるのに、せっかちで、落ち着きがなく、ひとりではしゃいで突っ走りすぎよ、おばあちゃん、心配だわ。この町はね、あなたが住んでいるあたらしものずきの、ざわざわした大都会とは、違うのよ。それもただ違うだけじゃないのよ。なにしろ魔女さんといっしょにくらしてきた町なんですから。魔女さんという不思議な人を受け入れ、仲よくしてきた町なんですもんね。魔女さんもすてきだけど、町の人たちもすてきなのよ。これはすばらしいことよ、かるく見ないでちょうだいね」
「わかってますよ。おばあさんは、ぼくのやりかたが品がないっていうけど、おどろきってすばらしいことじゃありませんか。そこからまた違った世界が生まれてくるかもしれないじゃない。そんな気持ちをおさえて自分に『とまれ!』って中止命令をかけるなんて、ぼくはしたくないもん。走りだしたいよ」
「あいかわらずせっかちなこと。とまれなんていってないわよ」
おばあさんはいいました。でもサヤオさんのせっかちを、たのしんでいるような気配もかすかに見えました。
(うん、そういうなにかをかえていこうっていうサヤオさんの気持ち、わたしもきらいじゃないわ。走りすぎたってドキドキがあるもの)
キキはサヤオさんをにらむ姿勢はかえないまま、心のなかでうなずいていました。
「未来を語る場所」
ジジがいっていたこの言葉が、違う世界という言葉と、重なってかんじられました。
「ぼくはこのごろぼくたち若者のなかから、そういう冒険の心が少なくなってきてると思うんだ。キキがね、この町に来たときは、みんなすごくおどろいたと思うよ。でも、今はキキのこと、みんな、あたりまえに思ってるじゃないの。この町でも魔女ってそのぐらいの物になっちゃってるんだよ。ぼく残念でしょうがないよ。キキはそれでいいの? 魔女の役割はそんなものじゃないでしょ。もっとどんどん世界をひろげて、もっとどんどんドキドキさせなくちゃ。魔法っていう不思議を感じる心まで失ってしまうよ。ドキドキしないなんて、死んでるのとおなじじゃないか。ねえ、魔女さん、ここで一つ、揺さぶって、またおどろきの存在にならなくちゃ、ぼくたち、ふたりで!」
わんわんと響いてくるサヤオさんの言葉を、キキはだまってきいていました。
(揺さぶるなんて! わたしをおどろきの存在なんて、大げさにいうのは勝手だけど、でもかんたんにぼくたちふたりでなんて、いってほしくないわ)
キキはまたもやむっとしながらも、ひとりで熱くなっているサヤオさんにだんだんと興味をもちはじめていました。そう、まだこの世に不思議なことがあるんですよって。不思議って心が動いて、なにかが生まれるところなんですよって、魔女にはわかってもらう役目があったはずなのでした。それをキキもわすれかけていました。
子どもっぽいけど……でもちゃんと大人っぽい……人かも……。
「そうかしらね」
おばあさんは首をかしげました。
「でもせかせかとやるのもいいけど、たまねぎの皮をむいたおさるさんみたいにならないようにね」
おばあさんはそういうと、にぎっていた手をぱっと開きました。
「カ、ラ、ッ、ポ」
「ぼくはそんな、おばかさんじゃありません。見ててください。今までだって失敗なんてしてないでしょ」
「わたしはね、これからのことをいってるのよ。カ、ラ、ッ、ポ。でもそこになにかがまだあった。そうこないとね」
おばあさんはいいました。
サヤオさんが、キキになにをたのみたいのかわからないまま、キキは自分がおどろきの存在になることに、すこし魅力を感じはじめていました。
(だって、わたしのまわりの空気、ぜんぜん動かないんだもの)
キキはちらりっととんぼさんの顔を思いうかべ、あわてて見事なドレスの列に、目をむけました。ドレスはだれがさわったのでもないのに、
キキはずっと「すべての黒の中の黒」といわれている、真っ黒の洋服を着ていました。
(でももうそろそろ、いえ、たまには、きれいな色のドレスを着てみてもいいんじゃないかしら……だってもう十九歳なのよ。学校へ行ってる人だって制服をぬぐ歳なんだから)
キキはドレスの美しさに魔女の立場なんてものはもはやわすれかけています。以前は、町の人も、「たまには、女の子らしい洋服着てみたら」なんていってくれました。でもこのごろはキキの黒いドレスは当たり前。おなじようにキキが空を飛ぶのも、あまりオドロキではなくなっていたのです。この町には不思議が当たり前に存在しているのですから、それはいいことかもしれないのですが。
「どう?」
ドレスを見ているキキに、サヤオさんがききました。
「とっても、きれい」
キキはうなずきました。くやしいけど、そういわずにはいられません。
「海って、ほんとうに美しいよね。ここに来るたびに感激していた。曇りの日でも、雨が降っても、それに気持ちがさびしいときも、もちろんうれしいときも、見てると、いやな気持ちになることがない。というよりいやな気持ちをもっていってくれるんだよね。それで今度、新作発表会のために、海の色のドレスにしようと思ったんだ。それも夕方の海。題は、ちょっと大げさかもしれないけど『不思議を着る』にしようと思ってる。どうしても不思議って言葉をつかいたくってね。そしたら偶然キキに会ったでしょ。それもいきなり目の前で飛び上がるんだもの。ぼくの不思議が二倍になったような気がした。ショーはね、新月の夕方から始めようと思ってるんだ。夕焼けから、一番星、そして星たちが浮き立って見える暗い夜。満月は舞台の上にね、おりてもらって。どう? お天気だけが心配だけど、そこは魔女さんの魔法で雨雲追いはらってもらってね」
サヤオさんはここまで一気にいうと、キキの顔をのぞきこみました。
「わたし、お天気魔女ではないから。でもお天気を心配してたら、なにもできないでしょ。きっと大丈夫」
キキはいいました。
「ぜひこのドレスを会場まできみに運んでもらいたいんだ」
「どこなの、そこ?」
「ビバビバ市」
「ただ、おとどけすればいいの?」
「うん。ま、ちょっと魔女らしくね」
「それならいつもやっていることだわ」
「じゃ、いいんだね。わー、やったっ!」
サヤオさんは右手をにぎりしめ、ぐいっとあげました。
「正直いって、ぼ、ぼくは、まだ新人なんだよ。さんざん偉そうなこといっちゃったけどね。でも少々期待はされてるんだ。なにかおもしろいことやりそうな新人って新聞にも書かれたりしてね。キキが手伝ってくれたら、ものすごいショーになると思う。間違いなく最高だ。みんな、びっくりするよ。びっくりさせる美しさ、それがぼくのめざしているところ」
サヤオさんはいいながら、そばでしずかにすわっているおばあさんを気にして、ちらちらと目を動かしました。すると、おばあさんはすっくと立って、「それは見た人が決めることよ」というと、あらわれたときとおなじようにしずかにおくの部屋にはいっていきました。それを見送ると、サヤオさんは小声でいいました。
「おばあさんはね、いつもいつもマテマテ派なの。ぼくのママは、反対でイケイケ派なんだけど」
「ママ?」
「母親。ぼくといっしょにビバビバ市に住んでるんだけど、そばで、『ああしたら』『こうしたら』って仕切りたがるんだよ。だからこっちに逃げてきて、今度こそはひとりでやってみようと、ま、孤独のなかで作ったってわけさ。へへへ、遅ればせながらの独り立ち。そしたら、今度は、おばあさんが、『ゆっくり』とか、『見えないところをじっと見て』とかいいだすしさ。こんがらがるよな」
サヤオさんは肩をすくめて苦笑いしました。
「大人って、いつもそうよね。でも、愛されてるのね。わたしのかあさんは、どっちかというと、『アトズサリ派』かな。『アシブミ派』かもしれない。でもね、魔女ってそういうものなのかもしれないの」
キキは、あらためてサヤオさんを見ていいました。
「あなたは、なに派?」
「イケイケ派かな、いや、ドキドキ派のほうかな。きみは?」
「このドレスを見ていて、わたしもそうなりかかってるみたい。イケイケ派の魔女もいいかもね。魔女はドキドキを感じてもらう役目もあるわけだから」
キキは肩をすくめ、ちろっと舌をだしました。
「そう、こなくちゃ。うれしいな」
サヤオさんはぱんと手をたたきました。
「それでね」
サヤオさんはのりだしてきました。
「もう一度いうけど、あのドレスを運んでほしいんだ。海のむこうの見えない世界から、贈り物をとどけに来たみたいに。すべてのものは
「ビバビバ市のどこ?」
「野外音楽堂まで。コリコの町にもあるでしょ。野外音楽堂。あれよりはすこし大きいけど」
「どのくらい?」
「三倍ぐらいかな……」
「それじゃ、お客さんも三倍?」
「まあ、そんなとこかな」
サヤオさんのいいかたが、急にもごもごしてきました。
(あれ、ほんとうは自信ないんだ。それならわたしも気がらく)
キキは思いました。キキの表情がゆるんだのを、すばやく察したのか、サヤオさんはまた早口で話しはじめました。
「断られるかもしれないと思ったけど、そのとき、君に着てもらおうと思って、いいもの作っておいたんだ。イケイケってね」
サヤオさんは笑いながらおくから大きなケープのようなものを取りだしてきました。
(あら、また黒だわ)
キキはちょっとがっかりです。むこうにならんでいるきれいなドレスのようなものを着せてもらえるのかと思ったのに……。旅立ちのとき、コキリさんに「魔女の洋服の色は黒って決まっているの」といわれてから、赤や、桃色のようなきれいな色のドレスは、半ばあきらめていました。それにドレスのことが話題になると、コキリさんはきまって「魔女はひかえめにね」という言葉を付け加えるのです。まさに「アトズサリ派」の言葉でした。いつも意識しているわけではなくても、この二つの言葉は、ずっとキキのどこかをしばってきました。この言葉からはなれて勝手にふるまうことを自然とひかえてしまうのです。でも今まで、二度反抗して派手な色のドレスを着たことがありました。一度はアレコレ市のウイさんからかりた花柄のドレス。二度目は、変な女の子ケケとはりあって、こつこつ貯めたお金をつぎこんで買ってしまった、ぜいたくなドレス。でもこの二回とも失敗でした。いい思い出にならなかったのです。でも今度は仕事ですから、たのまれたらいやとはいえません。どんな派手な色でも、仕事だから着られる。それなのに、またしても、「黒」!
サヤオさんはケープをさしだして、いいました。
「せっかくキキに着てもらうなら、やっぱり『黒』がいいと思ったんだ。でもぼくが作るんだから、黒は黒でも、現代的に、それも超がつくね。キキの黒は森の闇や、むこうの目に見えない世界を思わせる不思議な黒でしょ。でも、ぼくのはね、それに宇宙の神秘もこめたつもりなんだ。えらそうだね。気持ちだけは大きいんだよ。これがぼくらしさだって、お客さんに見てもらいたいから」
サヤオさんはぱーっとケープを床にひろげました。ちょっと見ると、黒です。でもさらにじっと見ていると、黒のむこうのおく深くに、なにかがきらめいているのです。サヤオさんはキキの肩にケープをかけてくれました。しゃららら、しゃらららとささやくような音がキキの体をつつみます。着てみると、きらめきは大きな星空に見えてきました。
「ふー、うまくいった」
サヤオさんは上から下、下から上へと、なんども眺めながらいいました。キキは体をふわっと動かしてみました。光が星のかけらのように散らばっていきます。
「わたし、必ず上手におとどけします!」
キキは思わず声をうわずらせていました。
(わたしったら、ドキドキ派になってる)
「日が沈んだすぐあとぐらいにね、キキが贈り物をもって上空からおりてきてほしいんだ。ほら、青と黒の境目ぐらいの空ってあるじゃない? 昼から夜へうつっていくちょうどその間の空、お日さまはそのさきの空にうつっていく。そしてむこうでは朝が始まろうとしている。当たり前っていえば、当たり前なんだけど、そう考えると、みんな、つながっているって、なんかうれしいじゃない。でもぼくね、小さいときはあの暗くなりかかった空を見ると、なぜか泣きたくなったんだ。きれいだけど、こわかった。あの空は手のとどかない恐いものをかくしているような気がしてね。子どもって夕方よく泣くんだよね。あの空はおわりと始まりの色。悲しみと、ときめきがいっしょになってる色なんだ。今はぼく、そう感じるんだ。この気持ち、いままでどう表現していいかわからなかったけど、キキがケープを着ているとこを見たらわかったような気がする。子どものころ、うれしいのなかには、悲しいもある。生きていくにはそこを何度も通り抜けなければならないって、どこかで感じていたんじゃないかな。子どもにはその両方が見えてるのかもしれないね。だから泣きたくなる」
サヤオさんは話しながら、なにかを考えているようでした。深く遠くを見つめている目です。ただのうかれた男の人かと思っているとぜんぜん違う表情にかわったりするのです。サヤオさんは、キキのケープ姿を見上げている、ジジとヌヌちゃんに気がつくといいました。
「そうだ、うっかりしてた。きみたちにもドレスがいるよね」
サヤオさんはそばの引き出しをあけ、緑色とお日さま色のリボンを取りだすと、器用に手を動かして、ジジには
「あら」
キキはジジを見ました。それから小さい声でききました。
「ヌヌちゃんもいっしょに行くの?」
「もちろん、にゃあ」
ジジがいいました。
「あらまっ、そういうこと。ちょっぴり重くなるけど……、しょうがないか、がまんしようか……」
それから、ジジのそばぎりぎりに顔をよせていいました。
「そのかわり、その猫語と、魔女猫語をはんぱにまぜるの、どうにかしてよ」
「大丈夫。もうじき、猫語にするから」
ジジも小声でこたえました。ありがたいことに、今のところ、それは魔女猫語でした。
ファッションショーの当日になりました。
準備があるからと、昨日のうちに、サヤオさんは出発していきました。
キキは用意されたドレスがはいった大きな箱を
「どれどれ」
はずむような声がして、オレくんの手をひいて、おソノさんが飛びこんできました。おしゃれがだいすきなノノちゃんも追いかけてきました。
「まあ、すごーい、オドロキ」
おソノさんはちょっと後ろにさがって、目をまるくして、キキを眺めました。
「いいな、いいなあ。ちょっとさわってもいい?」
ノノちゃんがそっと手をのばします。
「しゃらしゃらしてる。チリチリ 光ってる!」
「さ、出発しましょうか?」
キキは、ジジとヌヌちゃんに合図をして、外に出ようとしました。
「あら、ジジ、その子猫ちゃん、お友達なの?」
おソノさんがジジとならんでいるヌヌちゃんに気がついていいました。
「に」
ジジが短い鳴き声をあげました。
「いっしょに、行くの?」
ノノちゃんがききました。
「そうなの。お友達なのよね、ジジ」
キキがからかうように、笑いました。
「ええーっ、いいなあ、わたしだってジジのお友達よ。連れてって、連れてって」
ノノちゃんが足踏みしながら、キキのスカートをにぎりしめて揺すりました。
「うん、今度ね。特別バスにのっていこうね」
キキはぱちんとかたほうの目をつぶりました。
外にでると、キキは荷物の結び目を確かめて、ほうきにまたがりました。まってましたとばかりに、後ろからジジとヌヌちゃんが飛び乗ります。ほうきはすーっと空中に浮かび上がりました。ドレスのはいった箱が、ぷらんと揺れて、地上からはなれます。風をうけて、ケープがふわーっとひろがります。
「まあ、きれい。キラキラして、目があちこちしちゃう」
下からおソノさんがいいました。
「そうかなあ、大こうもりみたい」
ノノちゃんが口をいーっとまげました。
しばらくはコリコの町の上です。
キキはこのきれいなケープを、町の人に見てもらいたくって、なるべく低く飛んでいきました。ケープが、しゃらら、しゃらら、と鳴っています。その音に合わせるように、体を左右に揺らすと、しゃららん、とよろこんでいるような音にかわりました。頭の上を黒い布が通りすぎたので、おどろいて、頭をかかえてしゃがみこむ人がいます。ぼーっと上を見て立ちすくんでいる人もいます。
「なんだ、これは?」
声を上げる人もいます。
「キキですよー」
キキはさけびました。
「派手だね」
「お祭りでもはじまるのかい」
「ちょっと、出張でーす」
キキは手をふりました。注目度ばつぐんです。
ドキドキの種をまかなくちゃね。
キキはいい気持ちで、ぐんっと高さをあげていきました。
西の空にむかっておひさまがゆっくり沈みはじめました。キキは雲の間から射してくる、まぶしい光に、さよならするように、北にむかい、速度をあげました。
このおひさまがコリコ湾のむこうに沈むころ、キキは海からはなれたビバビバ市の野外音楽堂におりたつつもりです。そのとき空は、ちいちゃなサヤオさんが泣きたくなったという、青と黒の境目の、不思議な色になっているはずです。おひさまの動きと、空の色の変化と、ビバビバ市までの距離、かわりばんこに頭に浮かべながら、キキは飛んでいきました。
遠くに明かりが見えてきました。あたりはすっかり暗くなり、空だけが明るい色をのこしていました。ビバビバ市の上空はすっきりと晴れています。キキはジジがしずかなのに気がついて、後ろをふりむきました。するとジジとヌヌちゃんは房の上にならんですわって、緊張した目でキキを見つめています。
(そうだ。今日は特別のお客様といっしょだったんだわ)
キキはぱんと手をたたいていいました。
「おふたりさん、さ、着陸態勢にはいりますよ」
「にゃごん」
ふたりは声をそろえて返事をしました。
キキはスピードをあげ、もっと上へのぼっていこうとしました。できるだけ高いところから、流れ星のように、一気に落ちていくつもりなのです。ところがなぜかほうきが反対にずるずると下にむかおうとします。キキは柄をひっぱりあげようとしました。でもさからうように下に行こうとします。
「どうしたの?」
キキはほうきの柄を、ぽんぽんとたたきました。でもほうきはいうことをききません。キキはあせって、精一杯力を入れひっぱりあげました。汗びっしょりです。つられて大きく揺れるケープのはじが顔にぺたんとはりつきます。
キキは柄に顔を近づけていいました。
「お願い、たのむから。あんたが、頼りなのよ。上にむかって」
この言葉がよかったのか、ほうきは急に柄を上にむけはじめました。そして上へ、上へ、今度はぐんぐんと速度をましていきます。
「そう、そう、そうよ」
野外音楽堂は町の中心にある公園のなかときいていました。
「電気を消しとくから、まるくって黒い広場がみえたら、そこが音楽堂だよ」と、サヤオさんはいっていました。でも、見えません。キキは目をこらして、さがしました。
「あそこじゃないの」
ジジがいつのまにかキキの肩にのぼってきていいました。
「えっ、あれ?」
広場どころか、スープ皿ぐらいにしか見えません。
「ぼくたち、相当高いところにいるんだよ」
(あそこまで、落ちていくのね……こんなに高いところまでとはたのまなかったのに)
キキはほうきの柄をぽんとたたきました。
「たのむわよ。最後までしっかりね」
キキはもう一度ほうきにいうと、柄のさきのランプをつけました。それと同時に、下のスープ皿でも、ちかりっと小さな赤いランプがつきました。サヤオさんからの合図です。
ふーう
キキは大きく呼吸をして、気持ちを落ち着けました。それでも体中に緊張がビリビリと走ります。
「なるべく不思議っぽくおりてきてね」
別れるとき、サヤオさんはいいました。
不思議っぽくとは、むずかしい注文です。
「たのむわよ」
キキはほうきの柄をまたかるくたたきました。
キキは速度を上げ、一気に落ちていきました。しばらくすると急に角度をかえ、斜めにすべるように走りました。後ろで、「みゃ」と息をのむ声がつづいて二つきこえてきました。ケープのなかを風が鋭い音をさせて抜けていきます。するときらきらと粉がこぼれるように光ります。キキは右、左と稲妻のように、空中を切り裂きながらおりていきました。下では赤いランプがくるくる回って、合図を送っています。するとそれにあわせるように、キキのほうきのランプもくるくると動きだしました。せっかくきれいにひろがっていたケープも、つられて変な動きかたを始めました。
「あのランプのまねしちゃだめよ。近づいたらこんどはサーカスのブランコ乗りのように、大きく揺れながらゆっくりおりていくのよ。見せびらかすようにね。たのむわよ」
キキはほうきの柄をさすっていいました。でもほうきは、くるくる回ることをやめません。
「だめじゃないの。ちゃんということきいてちょうだい」
するとジジの声がきこえてきました。
「キキ、ほうきが飛ぶんじゃないんでしょ。操縦士はキキでしょ」
「だって」
キキは口にはいってくる風と闘いながら、声をはりあげました。
「だって、変なのよーう」
その間も、ほうきはくるくる回りをやめません。よろこんでいるみたいに回っています。そのたびに、ケープはキキの体にまきついていきます。そして、キキもジジも、ヌヌちゃんも、ほうき自体もまきこんで、一本の大きなほうきの房のようになってしまいました。そしてまっさかさまに落ちはじめたのです。
「あっ、あっ、あ」
キキはさけび声をあげました。その声が合図と思ったのでしょう。下では、ライトがぱっとつき、音楽が鳴りはじめました。それにむかってキキは落ちていきます。そのキキの目にはいってきたのは、ものすごい数のお客さんたちでした。コリコの町の三倍ぐらい……なんて、うそ! 十倍よりもっと、もっと!
キキは下で手をさしのべているサヤオさんのそばに突き刺すように落ちると、そのままごろごろ転がって、やっととまりました。キキは首のところで結んでいたケープのひもをほどくと、芋虫のように、もそもそとはいだしました。
「にゃあ にあ」
苦しそうな声がケープのなかからきこえてきます。キキはあわてて、ケープのはじをもつと、さーっとひっぱりました。まだ明かりを落としている舞台の上で、ケープはきらきら光りながらひろがっていきました。同時に二匹の猫が飛びだして、キキの両肩に飛び乗りました。
大きな拍手がわきあがりました。ぴゅーぴゅーぴゅーと口笛も飛んできます。
「キキ、お辞儀をしなくちゃ」
ジジが耳元でどなりました。キキはうなだれて、頭をさげました。
「失敗しちゃった、失敗しちゃった」
キキの全身にこの言葉が走り回りました。
サヤオさんが近づいてきてプレゼントの箱をあけました。いままで
夕焼け色のドレス。明るい色からだんだんとうすく。日が沈んだすぐあとのあわい空色から、だんだんとつややかな濃い
いつの間にか、音楽はとまっていました。
しーんと静かです。
それは夕暮れと、夜の間の不思議な時間のようでした。
しばらくして、また拍手がわきあがりました。キキはびっくりして顔を上げると、ジジとヌヌちゃんをだきかかえ、ぺこりとお辞儀をして、逃げるように舞台の後ろに走りこみました。まんなかにはほうきが、一つ、ぽつんと取りのこされました。お客さんの拍手はまだつづいています。
「これはたんなるドレスのショーとはいえませんね」
「美しい時間を着るドレスっていうんでしょうかね」
「それにしても、それにしてもですよ。あの魔女が着ていたドレスの黒、じつに味わい深い色でしたねえ」
「黒なのに、なんかたくさんのものをかくしているような」
「昔、昔の色っていうのですかなあ……」
「ああいう夜が昔はありましたね」
客席ではこんな言葉がかわされていました。
「キキ、ほうき、ほうき」
ジジがさけびました。
「わすれちゃ、かえれないよ」
キキは立ちどまり、回れ右すると、舞台にもどり、ほうきを手にとりました。
「わー、魔女さーん、飛んで。もう一度、飛んで。さあ、さあ、さあ」
お客さんたちは拍手といっしょに、さけびはじめました。
拍手におどろいてキキは、いきなりほうきにまたがり、飛び上がりました。それを追って、ジジとヌヌちゃんがほうきの房にしがみつきました。キキははやくどこかにかくれたくって、ぐんぐんと高い空へとのぼっていきます。星だけがきらめいている真っ暗な空へむかっていきました。
つぎの日、キキはサヤオさんに、あやまりの電話をかけました。
「ごめんなさいですむことではないけど、あんなおりかたしてしまって。お客さんにせっかくのケープもちゃんと見ていただけなくって……」
「とんでもないよ。大成功だったんだよ。なにしろキキの魔女ドレスが評判でさ。あれもぼくの作品だと思ったらしい。ぼくとしては、ちょっと落ちこむけどね。キキのドレスがあったから、ほかのもきれいに見えたんだよ。おばあちゃんが、魔女といっしょにくらす町って、いばってたけど、その意味がわかった。見えないけど、なにかあるんだね。それを見ようとする気持ちに魔女さんがさそってくれるんだ。ぼくもコリコの町に住もうかな。魔法のおすそわけがほしい」
サヤオさんはふふふっと笑いかけ、あっと小さくさけびました。
「おすそわけはぼくがあげなきゃいけないんだよね。ごめん。自分のことばかり考えて。まったく、はずかしいよ」
「そんなこと、ご心配なく。わたしとしては、失敗だったんですもの」
「おや、君、おかあさんに似てきたの? アトズサリ派になっちゃったの」
「あら」
キキは笑いだしました。
「それじゃ、今に大きなおすそわけをお願いするかもしれないわ」
「もちろん、いいよ。でも、それ、なに?」
「わたしの結婚式のドレス」
「えーっ、もう決まってるの? だれ、お相手は、だれ?」
「ふふふ」
キキは笑いながら、「じゃ、またね」といって受話器をおきました。
それから数日後、キキから来た手紙を前に、学校の研究室でとんぼさんがつぶやいていました。
目の前の飼育箱には、バッタが二匹はいっています。
「なんかさあ、サヤオさん、サヤオさんって……さりげなくいってるけど……あっちは、にぎやかそうだね」
それからとんぼさんは、箱からバッタを取りだしました。足をもたれたバッタは前足をあわせて、ぴょこぴょことお辞儀をしました。それを見て、とんぼさんは、またつぶやきました。
「やっぱり、君のようにおがみポーズもたいせつなのかもしれない」