5 ほうきに おまかせ
ピュー ピッピュー
口笛の音のようです。だれかをよんでいるような吹きかたでした。
「あら」
キキの表情がかわりました。すると、また、
ピッピュー
キキは急いで外にでると、まわりを見回しました。それからすこし背のびして、グーチョキパン屋さんの前の道を見回しました。
(なあーんだ)
キキはつまらなそうに体をひきました。
「キキったら、だれかが口笛吹いてくれたと思ったんでしょ」
家からでてきたジジが、キキを見上げてずばりといいました。
「なんでも、かんでも、だれかさんなんだからね……ったくもう。海もだれかさん、川もだれかさん、空もだれかさん、ってね」
ジジはいきなりとーんと壁をよじのぼると、「見てよ」といいながら、体をまるめてぽーんと一回転、地面にすくっと立ちました。
「これを猫式自由自在の動きっていうんだよ。これをわすれると、けがをしちゃうんだ。キキにも忠告です。けがをしないように。つまり猫のように力を抜いて、猫のようにやわらかい心でいるってことかな。キキもまねしたほうがいいよ。思いこみが強くて、すぐ一つに、決めてかかるんだから」
ジジはまじめな顔になっていいました。
「あら、朝からお説教ですか? それが口笛とどういう関係があるわけ」
ピュッピューピー
またきこえてきました。
「ほら、やっぱり口笛だわ」
キキはまた体をのばして、遠くに目を走らせました。
「ほらね、やっぱり決めている。あれはね、ヤカンの音だよ。お湯がわくと口笛を吹くんだ。口笛はね、ヤカンだって吹くんだよ。トンビも吹くけどさ。もちろん男の人も吹くけどね」
キキはじろりっとジジを見ました。
「えらそうに……」
「これこそ、魔女猫の自由自在なやさしい心! わかってよ」
ジジがぱちんとかたほうの目をつぶりました。
「キキ、おはよう」
おソノさんがパン屋のドアから、顔をのぞかせました。
「朝ごはん、まだでしょ。今、お茶をいれたとこよ。いっしょに、どう?」
「はーい。うれしいわ」
キキは返事をしました。
「ほらね、ヤカンでしょ。あたりだね」
ジジがいいました。
おソノさんの台所では、できたてほやほやのバタパンと、コリコの町の秋の特産いり豆茶が、テーブルの上で湯気をたてていました。コンロではヤカンがまだ小さな口笛を吹いています。
「昨夜ののこりものだけど……」
おソノさんは、肉だんごにコケモモのジャムをたっぷりそえてだしてくれました。
コリコの町に来たはじめての秋、おソノさんがこの料理をだしてくれたことがありました。お肉とジャムといういままで食べたこともない取り合わせに、キキは思わず顔をしかめました。見ただけで気持ちがわるくて、手がでなかったのです。食べない前からおいしいはずがないと決めつけていたのでした。ところがおソノさんにすすめられて、またジジがいちはやく食べたのを見て、おそるおそる口に入れてみると、これがおいしい! 今では、だいすきなものになりました。このときもジジの冒険する自由な気持ちには負けました。
秋のはじめに、コリコの町の人たちはさそいあって、北にひろがる森にコケモモとりに出かけていきます。そして集めたコケモモをすぐジャムにします。そしてどの家でもその日は挽肉だんごをつくって、いっしょに食べるのです。
「おだんごには、
おソノさんがキキに教えてくれました。
「ノノちゃん、ごはんよ。キキもジジもいっしょよ。はやくいらっしゃい」
おソノさんがおくにむかって声をかけました。
「ふん ふん ふん」
鼻歌をうたいながらノノちゃんがでてきました。ひらひらスカートがすきなノノちゃんがめずらしく今日は半ズボンをはいています。白いソックスに、白い運動靴、足がすらりとのびて、もう六歳、ぷくんとまるい赤ちゃんの足ではありません。細い枝をたばねた、小振りのほうきを肩にかついでいます。
「ほおー、今日は勇ましいね」
おとうさんのフクオさんはお茶を飲みかけていた手をとめました。
「わたし、けさはごはんを食べないの」
ノノちゃんがいいました。
「なに、それ。どうしたの」
おソノさんがめずらしい格好のノノちゃんをのぞきこみます。
「嵐で落ちた並木道の葉っぱをおそうじにいくの。学校のみんなでお手伝いすることになったのよ。わたしはおそうじ組。たき火組と焼き芋組もいるのよ。おわったら、みんなでたき火して、とれたてのお芋を焼いて食べるんだ。だからおなかをすかせとかなくちゃ」
「オラ、マアマア、ほうきもっておそうじ組ですって。かっこいいこと」
「そうだ、キキもおそうじ組だ。ほうきもってお手伝いに来てよ」
ノノちゃんはほうきをさっと動かして、キキにいいました。
「ほんとうだ。キキはおそうじ組の代表だわ」
おソノさんもおもしろそうに、キキを見ました。
「も、もちろん、お手伝いしますよ。もっとはやく知らせてくれればよかったのに」
キキはあわててほうきをとりに家にもどっていきました。
「ちょ、ちょっと、まってよ」
ジジも後につづきます。
海からまっすぐに町の中心にむかう、ひろい並木道は落ち葉だらけでした。今年は小さな海坊主風ですんだと思っていたら、めずらしく二つ目がやってきて並木道の葉を落としていったのです。歩くと足がうずまって、靴が見えなくなるほどです。あまり風もないのに、ところどころで落ち葉が舞い上がります。それは、みんないっしょにねっ、というように、つれだって渦をまいて、たのしくあそんでいるみたいです。ノノちゃんは走っていって、仲よしの友だちに声をかけると、さっそく落ち葉をはきはじめました。はいても、はいても、落ち葉は空いた場所をめがけて、また集まってきます。
「ノノちゃん、はじっこから始めたほうがいいみたいよ」
ノノちゃんに声をかけて、キキもはきはじめました。さっ、さっ、さっ、いい音です。ほうきではくのって、こんなにいい気持ちだとは思いませんでした。それにほうきにこんな働きができるなんて、当たり前のことなのに、とても新鮮な気持ちでした。はかれた葉っぱはすぐ大きな山になりました。ジジがいい寝床を見つけたというように、いそいそともぐりこんでいきます。
「ちょっと、君、君」
キキはさっきからじっと自分を見ている男の子にいいました。
「この葉っぱを、そこの袋に入れてくれる?」
枯れ葉の山のなかで、ぬくぬくをたのしんでいたジジがごそりと顔をだし、キキをにらみました。
「君って、ぼくのこと?」
男の子はくいっとキキのほうにあごを突きだしました。
「そうよ。ほかにはだれもいないでしょ」
キキはそのいばった顔に、そっけなくいいました。
「入れてやってもいいけどさ。おだちんくれる? 魔法をかけたアメ玉、三個でいいよ」
「えっ」
キキは動かしていた手をとめました。
「そんな魔法なんて、ありません」
「それは、おねえさんにはできないってことだよね?」
キキの目がかっと大きくひらきました。
「いやなら、いいわよ。たのまないわ。わたしの魔法はほうきで飛ぶだけなの。わるいかしらね」
「魔法につかうほうきは、道のそうじもするんだね」
「そうよ。あたりまえでしょ」
でもキキはとっさにほうきの柄を飛ぶときのようにもちかえました。
「魔女のほうきは、特別なほうきだと思ったよ。なんだかがっかりだなあ」
男の子は大げさに顔をしかめました。
「がっかりさせてわるかったわねえ。でも、ほうきはほうきです。もともとおそうじをするものよ」
「でも、飛ぶじゃない」
「ほうきが飛ぶんじゃないの。わたし、魔女がとぶんです。そうなんです」
これはいままで何回も口にした言葉でした。でも今日のキキは妙にかっかとしていました。この小さい男の子相手になぜかこのケンカごしがとまらないのです。
「わたしの魔法はこのわたしなの、わかった?」
「ふーん」
男の子はなにかじっと考えていたかと思うと、ふふふっと小さく笑って、顔を輝かせました。
「それじゃ、魔女のおねえさん、ぼくのほうきでも、飛べるってわけだよね」
「そういうことね、うん、まあね」
つられてキキはいってしまいました。「あっ」と思っても、もう間に合いません。どうしたことでしょう。キキの口に、「進め、進め」の魔法でもかかってしまったみたいです。男の子は手を、くいっと、力を入れてにぎりました。「やったぜ」という表情です。
「じゃ、ぼくのほうきで、飛んでみせてよ」
「あそびで飛ぶのは、だめ」
「あそびじゃないよ、実験だよ」
男の子は生意気に口をまげました。
「実験ずきなんだ。だれかさんに似てるね」
ジジがからかうように枯れ葉のなかからいいました。キキはますますかっかとしてきました。
「今日は、だめ。おそうじの日ですもの」
「ごまかさないでよ。逃げないでよ」
そういうと、男の子は急にわざとらしく、やわらかい声でいいました。
「けちけちしないでよ。ちょっとだけ、それで許してあげるからさ」
またまたキキの体中がかーっとしてきました。
「なんで、あんたに許されなくちゃいけないのよ」
いったいどうしたことでしょう。どうにも、キキのかっかはとまらないのです。落ち葉のなかからジジの目がなにかちがうぞと、落ちつきなく動きはじめました。
キキは男の子の手から乱暴にほうきを取り上げ、さっとまたぐと、足で地面をけりました。ほんのかるくです。ちょっとだけ見せてあげるわよ、という気持ちでした。ところがほうきはびっくりしたように、勢いよくとびあがりました。予想をこえて並木のはるか上まで一
「わーい、飛んだあ、ぼくのほうきが飛んだあー。見て、見て、あれはぼくのほうきだよ」
男の子は両手をばたばたふって、両足もばたばた動かして、大声でさけびました。その声は並木道で落ち葉をそうじしていた子、全員の耳に飛びこんでいきました。
さあ、大変なことになりました。みんながみんな、自分のほうきに乗って飛んでほしいといいだしたのです。長い長い行列ができました。ひとりだって、「わたしは、いいわ」なんていう子はいません。ちょっとでも長く自分のほうきで飛んでもらいたいのです。目印に、ほうきの柄に、ハンカチやマフラーをリボンのように結んでいる子もいます。
「キキは、わたしのお友達だもんね。さ、ならんでくださーい」
ノノちゃんは飛んできて、得意そうに行列の整理をはじめました。それから、「わたしのもやってよ。最後でいいからね」といいました。
「やっぱりすごい、魔法ってすごい」
「どんなほうきでも飛んじゃうんだから」
「やせほうきも、チビほうきも、ぼさぼさほうきも!」
「魔法の種がほうきにのりうつったんだよ」
そのあとの並木道のそうじはとってもはやく進みました。みんな、飛んだほうきをつかうのが、うれしくてたまらなくなったのです。
「ほうきに おまかせ
空を飛んだ
ほうきに おまかせ」
誰からともなく、こんな言葉が生まれました。この言葉にのって、並木道の大そうじは、おどろくほどすっきり、きれいにおわりました。
「やっぱりちがう。魔法のほうきは……」みんな大満足です。
キキはごほうびに焼き芋をいっぱいもらって、うちに帰ってきました。なぜかとってもつかれていました。キキはお芋をかじりながら、自分がどうにもなさけないのです。飛べることを見せびらかしたことも気になりました。なんであんなに気持ちがすべっていってしまったのでしょう。どうもこのところキキは、気持ちがイライラするとほうきを変に動かしたくなってしまうようです。どこかで魔法を見せびらかして、注目されたい気持ちが動いているのかもしれません。キキはいつもいっしょに働いてくれるほうきに、「おそうじを手伝ってね」と一言いわなかったことも、気になっています。キキはほうきにからまっている枯れ葉やごみを、一つ一つとりのぞきながらだまっていました。
ほうきはほうきです。魔法はキキにあるのです。でも、ほんとうにそうでしょうか。
ほうきの房は柳の枝でできています。柄も昔から不思議な力があるといわれていた木、とねりこの枝でできています。二つとも土に根をはり、おひさまの光や、雨の滴をあびながら育ってきたものです。どれも命をもっていたのです。根からはなれ、ほうきになった今もその命はつづいているのではないでしょうか。魔法は魔女のキキにあるとしても、ほうきもその魔法に命を添えてくれているのではないでしょうか。
「忠告です。けがをしないように」
ジジが今朝いいました。
(けがはしなかったけど、気持ちがすべっちゃった!)
そんなキキのそばで、ジジはかるいいびきをかきながら、気持ちよさそうにねむっていました。