4 コマコマ屋さん
「あら」
西にむかって飛んでいたのを、北に方向をかえたとたん、キキはほうきの柄から手をはなし、ほっぺたをさわりました。ひんやりとした風を感じたのです。でもそれは一瞬でまたすぐあたたかい風にかわりました。
(こんなふうに風がまだら模様に吹き始めると、そろそろ夏もおわりになる……のよね)
キキはちょっぴりさみしそうに首をすくめました。
毎年、夏のおわり近くに吹き荒れるコリコの町の名物、海坊主風も今年は、小坊主風ぐらいですみました。コリコ湾でとれるお魚もだんだんおいしくなってきました。八百屋さんの店さきには、ぼってりと大きなナシや、青リンゴがならびはじめました。
コリコの町はまあまあ平和のうちに、一年のおわりにむかってゆっくりゆっくりすすんでいるようです。まあまあ平和というのは、大きな!マークがつくような出来事がなかったということです。キキにとってもそうでした。一ヶ月に二回か三回ぐらいの割で、とんぼさんとの間を行き来する手紙もお行儀がよくて、ふたりとも気持ちがあふれるような!マークがつく言葉を書いたりしないのです。キキはときどき!マークが三つもつくような手紙を書いてみます。でもその手紙はいつもポストに入れられないでおわりになるのです。
「……ったくうもう、こっちはじりじりしちゃうよ」
ジジはそんな手紙の書きかけを、キキに読んでもらって、あきれています。
「すいませんね。でも、いいのよ、これで」
キキは便せんをまるめてしまいます。「これで気持ちがすむんだから。ジジだって、おいてきぼりにされるような気持ちになるときってあるでしょ。さびしくなるときだってあるでしょ」
「ないね。ぼくはへいきさ。ひとりでも、おかまいなく」
ジジは目をまんなかによせてキキを見上げました。
「そんな強がりいわないで。あんたとわたしはいつもいっしょでしょ。どんなことがあってもいっしょじゃないの」
「キキ、話が混乱しているよ。今はぼくのことじゃないでしょ。そうだよ、今の言葉そのままとんぼさんにいえばいいじゃないか」
「………」
キキはだまってまるめた手紙を見つめました。
「それじゃ、わたしばっかりが夢中になってるみたいじゃないの」
「あーあ、これだよ。わけがわからん。複雑でわからん」
ジジはため息をつきました。
「ふん、えらそうに」
キキは、ジジをにらんでいいかえしました。
キキはまた飛ぶ方向をかえて、遠くに目をむけました。今日は
「あかね
ねのたね
たねのつぶ
つぶり
めのつぶ
つるのたね」
キキはくすりぐさの種のおきよめの歌を口ずさみました。あの水玉スープの女の子はどうしているでしょうか。まだ手紙が来ません。
キキのくすりぐさの取り入れは無事おわりました。できあがった「くしゃみの薬」をながめていると、キキの体じゅうに安心がひろがっていきました。多すぎでもなく、少なすぎでもなく、ちょうどいい量のできあがりでした。あとは十月の十五夜をまって畑にのこした分を刈りとり、種にして来年の春のおきよめの夜まで暗い戸棚にしまうだけです。キキは「あ」「き」と空中に大きく文字を書きながら飛んでいきました。
なんの不安もないはずです。心はおだやかなはずなのです。でもキキの心のなかでは、とくべつの理由があるわけではないのに、なにかひっかかるものがでたりひっこんだりしているのでした。
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りました。
「あのー、キキちゃん?」
えんりょがちな声がきこえてきました。
「はい」
「ちょっとお願いきいてもらえるかしら。小さなもの、それもたったの一個、運んでもらいたいんだけど」
どこかできいたことのある声でした。
「ええ、魔女の宅急便はなんでも運びますよ」
いつもの通りキキは元気にこたえます。
「ありがとう。わたしはコマコマ屋です」
「あら」
キキは思わず声をあげました。
「わるいわね。先方は急いでるみたいなのよ」
せかせか声でした。
「はい、すぐ」
キキは急いでジジをかかえると、飛びだしました。
「あかちゃんみたいにだかないでよ」
ジジが苦しそうにもがいています。
「うほほ、コマコマ屋さんだあ」
キキはさけびました。
コマコマ屋さんは、時計台をかこんでいる古い町並のなかにあります。ゴーゴー船長さんの家とおなじ区域です。細い道が入り組んでいて、そのなかでもいちばんといっていいほど細い道に、小さなお店が寄りかかるようにならんでいます。「コマコマ屋さん」は、そのなかの一軒でした。このごろ、キキがとっても気に入っているお店です。おイトさんという女の人がひとりでやっています。糸巻きの形の看板には、「コマコマ屋、糸、ボタン」と書いてあります。でも売っているのは糸と、ボタンだけではありません。コマコマ屋さんですから、こまこまと、いろいろです。なにか作りたいと思ったら、間に合わないものなんてありません。たとえば……まず糸、針、まち針、ファスナー、巻き尺、物差し、ハサミ、毛抜き、チャコ、ひも、型紙、その他こまこま、いろいろ。レースや、リボンは天井から雨のようにさがっています。ボタンはビンに入れられ、いくつもいくつも窓際においてあります。どれも食べたくなるほどかわいい色をしています。細長く巻かれた布はうすい棚に、ずらりっとならんでいます。かと思うと、丸めて足下の大きなかごにもはいっています。なかでもいつもほしくなってしまうのは、小切れたちです。水玉模様や、花模様、しましまから、格子柄、色もさまざま、大きさもまちまちの布が紙の箱にふわふわと入れてあります。ぜんぶつなげて、ふろしきにしたら、コリコの町だってつつめそうです。
キキもお店をするならボタン屋さんにしようと思ったことがありました。魔女の黒い服に、ボタンをいっぱいぬいつけて、「ボタンはいかが、ボタンはいかが」と売り歩くのです。世界中でいちばん小さくて、かんたんなお店だと、考えついたときはちょっと自慢したくなりました。
キキはせまい路地におりたつと、コマコマ屋さんに近づいて、まず、ウィンドーをのぞきました。なかには小さな木が一本立っていて、枝にいろいろなリボンが結ばれ、ボタンがサクランボや、ブドウのようにつながってさがっていました。そして真上から電気が、天国からの光のように照らしていました。実りの秋をむかえる飾り付けでした。このように季節ごとにかわるウィンドーをのぞくのもキキのたのしみの一つでした。
そっとドアをあけると、ベルがガランと鳴りました。
「キキ、はやかったわね」
おくから、小さいリボンを頭にいっぱいつけたおイトさんがでてきました。
「お願いするのは、ほんとうに小さなものなのよ。ボタンが、たったの一個なのよ、わるいわね」
おイトさんはにぎった手をぱっと開いてみせました。まんなかに革のボタンがのっています。
「ええ、もちろんろんろん。おやすいごよう」
キキは歌いながら節をつけていいました。
「ボタンが一つたりなくなっちゃったんですって。ウイさんにたのまれちゃって。大急ぎでっていうのよ。おっと……ウイさん、知ってる? 今や、うわさの!」
「アレコレ市のウイさんのこと? 知ってるけど……うわさって?」
「恋するウイさん、ふふふ」
「恋?」
キキはどきっとしました。この手の言葉にいまとても敏感になっているのです。
コリコの町に来て、二年目のこと、あれはたしか秋のはじめ、並木道に野天のお店がならぶアレコレ市でウイさんに会ったときのことを思い出しました。古着屋さんをしながら詩を書いている人です。
「じんじんしてる
目をつぶっても
いきをとめても
じんじんしてる」
自分で書いたという、こんな詩を読んでくれました。そして、「これって、恋の詩よ」っていったのです。そのウイさんが、うわさの恋する人だというのです。わー、大変だ、とキキは思いました。あのときのウイさんの顔を思い出しました。お化粧はぜんぜんしてないのに、目をきらきらさせた美しい笑顔でした。
「ウイさんが……恋……ほんと? うらやましいこと」
キキがいいました。
「あら、キキだって、恋するキキちゃんじゃないの?」
「ふふふ」
キキは下をむいて、笑いました。肩に乗っているジジがからかうように、「くん」と鼻を鳴らしました。
「ウイさんのお相手はだれだかわかる?」
おイトさんはじらすように目をぱちくりさせました。
「そんな……わかんないわ」
「ヒント……時計台の下で働いている人……」
「あれ、時計のネジをまく、時計屋さん? ま、まさか。あっ、もしかして、ちょ、町長さんとか?」
「あたりよ。そうらしいの。もっぱらのうわさよ」
おイトさんは肩をすくめました。そのおどけた様子は、事の成り行きをたのしんでいるみたいです。
「わたしは大賛成なのよ。ウイさんって少々かわっているけど、気持ちのやさしい人だもの。いっしょになれば、仕事、仕事の町長さんにもゆとりってものができてくるんじゃないの。あの人は町の人の気持ちはよく理解してくれるけど、びみょうな女の人の気持ちはとんとだめそうなの、それが心配、それが問題」
キキはおイトさんの言葉をききながら、ウイさんと町長さんが手をつないで歩いている姿を想像しました。いつも、いつも、「わかった、わかった、よーく、わかってる」と力強くうなずいてくれる町長さんが、「じんじんしてる」ウイさんの気持ちもわかってくれるのでしょうか。お似合いのようで……でも心配のようでも……。
キキはボタンをにぎって、アレコレ市を飛んでいきました。ウイさんのお店で、花柄のドレスを他のお客さんととりっこしてから、もう五年もたっていました。それから何度か来たことはあるのですが、この通りはいつもあまりかわっていません。このところ歩いている人がすこしふえたような気がします。木の葉とおなじ緑色をした新しいベンチがところどころにおかれていました。その色は公園の風景にうまくとけこんでいました。
(町長さんって、こういうとこ、案外趣味がいいから、ウイさんのよさもわかるかも)
ウイさんは枝に洋服をつるして、お店の代わりをしてもらっている木の根元に、いすをおいてすわっていました。ハサミでぱちんと切ったようなすっきりとした髪形をしています。
「おや、ま、キキじゃないの。お久しぶりねえ」
ウイさんは立ち上がりました。
「ほんとうに、ごぶさたしちゃって」
「わたしはときどき空を飛んでるあなたを見てるわよ。不思議なんだあ、そのとき空がかわって見えるのよ。つくづく思うわ。あのかわいい魔女さんがいてこそ、コリコの町の空は空になるって……空とわたしがつながっているようなね、うれしい気持ちになるの。もうあんたはこの町には欠かせない」
「わ、ありがとう。なんだか身にあまる光栄。さすがウイさんだわ、すてきな言葉。空とつながる……なんて」
キキは笑いながら、ちょっとお辞儀をしました。
「あ、そう、そう。今日はね、おイトさんにたのまれて、ボタンをおとどけにあがったのよ。はい、これです。間に合ったかしら?」
キキは手をぱっとあけました。
「あっ、くくくく」
ウイさんはうれしそうに笑いだしました。
「たりなくなっちゃったのよ。思ったより胴まわりが大きくってさ。今日できあがると思ってたからあわてちゃって」
ウイさんはそばの袋をあけて、布を取りだしました。
「ちょっと、見て。これ、チョッキなの」
それはすこしずつ緑色の違う小さな布を丹念に縫い合わせたものでした。えりのところが、すーっと斜めになっていて、その下にボタンがならんでいます。
「ウイさんが作ったんですか? いろいろな葉っぱを集めたみたいな緑色、きれいだわ」
「そう、一つ一つつなげてね。一針、一針ぬって……心をつなげるようだったわ。これは詩を書くのととっても似ていたわ」
ウイさんはそばの箱から、糸を通した針をとると、なれた手つきで、キキがもってきたボタンをつけました。それからそのボタンを穴にくぐらせると、ぱんとひろげて、ていねいにたたみました。
「これでできあがり」
ウイさんはチョッキを胸にひきよせ、だきしめるようにすると、ちょっとの間、迷っているように、目をあちこちと動かしました。
「あのーねえ、キキ、お願いが……あるのだけど」
ウイさんは思いきったようにチョッキをキキのほうにつきだしていいました。
「これ、とどけてほしいの。わたしのかわりに」
「えーっ」
キキは意外でした。おとどけさきはうわさの町長さんだと思ったからです。
「あのね、時計台の下の町長さんまで」
やっぱりです。でも、なぜ?
ウイさんは目をふせています。
「どうして? ウイさんがもっていったほうがいいわよ。手作りだもの、作った人が、その手でわたさなくちゃ」
「いいの。お願い」
ウイさんは妙にはずかしそうに肩をつぼめました。ウイさんらしくない様子です。
「ねえ、お願い。寒くなったら、着てくださいって」
ウイさんはチョッキをキキにおしつけました。
「ポケットに手紙を入れといたから」
(わたしだったら、こんなすてきな物作ったら、いばってもっていくのに。ウイさんって、不思議!)
キキは時計台を目ざしました。
町長さんはシャツの
「おう、おう、久しぶりだねえ、キキ」
町長さんはペンをおいて、両手をひろげました。額に汗をかいています。ウイさんがいっていたようにだいぶおなかのところが太くなっていました。
キキがこの町に来たとき、この町長さんは町長さんになったばかりでした。まだ若く元気いっぱいの青年でした。でも今は立派なおじさん体型です。その分働き者に見えました。
「ウイさんからのおとどけものです。アレコレ市の……」
キキがチョッキをさしだすと、町長さんの顔がみるみる赤くなりました。
「寒くなったら着てくださいっておっしゃってました。それからポケットのなかに手紙がはいっているそうです」
「てがみ」
町長さんの体がびくっと動きました。それからだまってチョッキをさすりながら、目をふせてしまいました。
「よわったなあ」
ため息のような声が口からもれてきました。
「いつも送ってくれるんだけど……ちょっと見てくださいよ」
町長さんはキキに手紙をわたしました。
「ぼくにはどうも意味がわからなくって。詩なんだそうだけど……まあ、それはわかるんだけどね」
町長さんはほんとうに申し訳ないというように、しょぼんと体をちぢめました。
「意味を教えてほしいっていうのも先方に失礼だし……町長が詩も理解できないとなれば、この町の教育について不安をもつ人もいるかもしれないし……」
そこにはこんな詩が書いてありました。
「ひた ひた ひた
いつも そこまで
いつも 足音だけ
波さん
ここ ここよ
かいがらは
ここよ」
「ふー」
町長さんはまたため息をつくと、手紙をのぞきこみました。
「魔女さん、わかりますか、この詩?」
「ええ、なんとなく……すてきな詩だわ」
キキは今の自分の気持ちにぴったりだと思いました。
「なんとなくなら、わたしにもわかる。これはきっと浜辺で書いたんでしょうな。波の音が、ひた、ひた……心の安まる音ですよね。きれいな詩だと思います。でも、なにかいいたいことがあると思うんですよ。いつもそこまで、って町としては浜辺はいつもきれいにするように心がけているつもりなんだけどなあ……」
町長さんは目を落としました。キキもほほをぴくぴくさせ、下をむきました。ほんとうにとんちんかんのわからんちん。笑っちゃいけないと思えば思うほど、おかしくなっちゃうのです。
「町長さんはほんとうに立派な町長さんですね。頭のなかはいつもコリコの町のことでいっぱいなのね」
「もちろん、そのとおりです」
町長さんは当然のことですといわんばかりに、ぐっと胸をそらしました。
「今度は波のことですが、この前は石ころだったんですよ。たしか……こ、ここに」
町長さんは机の上の敷物の下からおなじような紙を取りだしました。そこにはこんな言葉が書かれていました。
「ゴロンチョ ゴロンチョ
わたしの 石ころさん
ころがって いそがしくって
ゴロンチョ ゴロンチョ ごくろうさま」
「こっちのほうはすこしわかった。ころがって、いそがしくってってあるからねえ、石ころはわたしのことだと思う。ゴロンチョなんて、いかにもわたしのことらしい」
町長さんはおなかをぽんとたたいて苦笑いをしました。
「心配して、わたしを励ましてくれてるんですよ。でも今度は海のことのようだけど、キキさん、さっきなんとなくわかるっていってたけど、あんたのご意見をきかせてください」
「わたしは波は町長さんのことで、かいがらはウイさんだと思ったんです。これ、すてきな恋の詩だと思うわ」
「ツパ!」
町長さんの口のなかで、なにかが転んだような音がしました。
「いや、はや」
町長さんはあわててポケットからハンカチをだすと、額の汗をふきました。
キキは上目づかいに町長さんを見ていいました。
「この詩はこういうことだと思うんですけど……。まちがってないと思うんですけど……。
『ひた ひた ひた
近くまでくるのに
いつもそこまで
いつも足音だけきかせて いってしまう
波のような 町長さん
わたしはここよ
かいがらみたいに まっているのに』
ウイさんの気持ちがいっぱいつまってるわ。なんてすてきな詩でしょう!」
キキもすこし照れくさくなって、手をぶらんぶらんとふりました。町長さんはどこか一点をじっと見つめています。額の汗はますます光って、流れだしそうです。
「ふう」
しばらくして、でてきた言葉はこれでした。
「よわったなあ」
さっきいった言葉をくりかえしながら、手紙をにらんでいます。
「うん、うん、そうか……詩ってわかるようで、わかんないところが、ゾクゾクしますなあ」
町長さんははずかしいのをごまかすように手で首をなでました。でもうれしそうです。
「返事はどうしよう……しなくちゃ申し訳ないし……うーむ、うーむ」
町長さんはうなりながらじーっと一点を見つめています。そしてとつぜん、ぱきりと姿勢を正して、「浜辺」とさけびました。
キキはその大声にびくっととびあがりました。
「うんよし、『浜辺』。これにしよう。波のつぎは浜辺だ! えーと、えーと、『わたしは、コリコの浜辺。東西のべ五十三キロ』というのはどうでしょうかなあ。それから……『その長い手で、コリコの町を守ろう。大波も小波も、手なずける、ウフン』うん、うん、できた。これで、よし。どうですかな、キキさん」
町長さんはうれしそうに胸をはりました。
「あのー、町長さん、小さなかいがらのことは、わすれちゃったんですか?」
キキはおそるおそるいいました。
「あっ」
町長さんの顔が一瞬でまた赤くなりました。
「そうだね、最後に、もう一行、入れないといけないね」 町長さんは目をつぶって、じっと考えています。ぶつぶつ口のなかで、なにかいっています。しばらくして目をあけると、「うん、いっしょっていうのがいい」と思いきったようにいいました。
「朝 おひさまがやってきたら……
にぎりしめた かいがらといっしょに……さけぼう
おはようございます
夕方 おひさまが沈んだら……
にぎりしめた かいがらと いっしょに さけぼう
また あした!」
「ひょっ」
キキは思わずさけびました。「すてきだわ。すごいわ。すてきな詩、すばらしいわ!」
ジジもキキの足下で、「すごいや」とつぶやきました。
「そうですか、いいですか? ほんとですか? キキさん、今便せんに書くから、ウイさんのところにとどけてくれませんか?」
町長さんは引き出しをあけ、白い紙を取りだしました。
「いえ、お断りです」
キキはきっぱりといいました。
「えっ、だめ? キキの宅急便はお断りなしでしょ」
「だめです。こんどだけはだめです。町長さんがゴロンチョゴロンチョって走って、自分でとどけなくちゃいけません。それですべて解決よ。町長さん、そのときはこのチョッキを着ていくのをおわすれなくね」
キキはそういうと、町長さんがなにかいっているのもきかないで、回れ右して、部屋を飛びだしました。ジジもあわててあとにつづきます。建物の外にでると、キキは「はあはあ」と息をしながら、「まったく、世話のやける人たちだこと」と笑いだしました。
「それはそのままキキのこと」
ジジがいいました。キキのなかで、さびしい気持ちがちくりっと動きました。
「キキもさあ、詩を書いたら。そしたらうまくいくかもよ。とんぼさんは昆虫のこと書いてくるでしょ。キキもなにかないの? とくいなこと」
「……あるわよ。ほうきがあるじゃないの。飛べるんだから、ねっ!」
キキは肩をつんともちあげました。
ジジは口をひょいっとまげて、いいかえしました。
「ねっ、っていったって、ねっ、飛べるだけなんて、ねっ」
キキがもどると、コマコマ屋さんのおイトさんは飛びつくようにききました。
「あのボタン、なににつかったの? 上着?」
「知りたい? おイトさん」
「ええ、とっても。わたしはうわさがだいすき! 自分にはまったくうわさがないからね。でもこのうわさ、コリコの町、最大のうわさに成長しそうね。わくわく、わくわく」
「それでは、教えてさしあげましょう」
キキはじらすように体を左右に揺らしました。
「それは、チョッキでした」
「あっ、緑色でしょ?」
「あたり!」
「チョッキになったんだ。あの小切れの箱から、はらっぱ色がいいって、ウイさん、明るい緑色ばかり選んで、百枚も買っていったのよ。あれをぬいあわせて作ったのね。一針、一針」
「それ、ほんと? すごーい、あれは、そんなにすごーいチョッキなんだわ」
「一針、一針、心をつないで……よ」
おイトさんは胸に手をあてて、しみじみといいました。
「わたしもやってみようかなあ」
キキはぼそりっといいました。
「そうよ。コマコマ屋さんはね、布だけじゃなく、心をつなぐお店なんだから。さ、おすきな物をえらびなさい。お手伝いしてもらったから。お安くしておきますよ」
おイトさんはお店屋さんの顔になっていいました。
「やっぱり百枚、いるかしら……」
キキは小切れがはいっている箱に手を入れて心配そうにいいました。
「チョッキをつくるつもり? キキが?」
「変かしら……」
「チョッキはおじさんくさいわ」
「………」
キキは考えこんでしまいました。そのときふと、とんぼさんの手紙に、『キキはどんな巣を作るの?』って書いてあったのを思いだしました。
「わたし、カーテンにするわ」
「お店の?」
おイトさんが、「おや」っていう顔をしました。キキのほっぺたがぽーっと桃色になりました。
「ううん、まだ、決まってないけど……」
キキはかろうじて「わたしたちの巣」という言葉を飲みこみました。
「ほほーう、了解、了解。でもカーテンは大変よ。たくさんつながないとね。心がいくらあっても、大変よ。千枚ぐらいいるかもよ。もっとかもしれない。それに一針、一針よ」
「えっ、千枚?」
キキは箱から急いで手をはなすと、「千枚」とつぶやいて、動かなくなりました。
「やるつもり?」
そばでジジがいいました。でもその目は「むり、むり」といっています。そのジジと目があったとたん、キキは断然やりたくなりました。
「あの、おイトさん、もっと大きく切った小切れってないの?」
「ありますよ。でもそれは小切れとはいわないけど……二倍も、三倍も、十倍だって。切ってないのだって」
「あら、ほんと! 十倍だったら百枚か、二十倍だったら五十枚よね。そ、それにするわ。五十枚、わたし、つなぐわ。一針、一針、心もいっしょに」
キキははりきっていいました。でもはりきりすぎて、声はかすれ気味でした。
「大きな布をつなぐのは、だだっぴろい心をつなぐこと」
ジジがからかうようにいいました。
キキは箱から空色の布をひっぱりだしながら、どこかの窓辺で晴れた空のような色のカーテンが風に揺れているのを想像しました。
(今年中にはむりかなあ。十代最後の記念品にしたいけど……)
とんぼさんから手紙が来ました。
「キキ、手紙ありがとう。町長さんとウイさんの話、パチ パチ パチ。
それで、ぼくも詩……のつもり……
『とんぼは むくち
すいません
口を ぱくぱく こまります
かわりに 羽を動かして
でも まだ むくち
こまります わかっているのに むくちです』」