1 モンシロチョウ
コリコの町は花の季節をむかえていました。
今年キキは十九歳になりました。やっぱり花の季節の女の子です。
うすい幕がかかったような四月の空を飛びながらコリコの町を見下ろすと、川ぞいの道、公園、動物園、方々にのびている並木道に、白や、黄色や、桃色の花がまざりあって、やわらかい色が流れているように見えます。
「あー、ぽかぽかお日さま、あったかくって、なんだかねむくなっちゃう」
キキは口を半分あけて、かるいあくびをしました。
「だめ、いねむり運転は……」
後ろからジジがいいました。その声もねむそうです。
「スースーアメ、なめる?」
キキはポケットからアメを二つとって、一つは自分の口へ、もう一つは手を後ろにまわして、ジジの口に入れました。それからふたりとも口をちょっとあけて、「スースースー」と声をだしました。あいた口に風が通ると、舌がすーっと冷たくなります。それからあまい味が追いかけるようにのどを通っていきました。
「スースースー」
ジジの耳がぴんとして、目がゆっくり開いてきました。
「あっ、なにか、ぴろって光ったよ」
ジジが指さします。
「ほら、キキの鼻のさき」
キキは目をよせて、じっとにらみました。黄色い小さいものが、ぴろぴろと見えたり、消えたりしています。
「あっ、ちょうちょだわ」
キキは手を動かしてつかまえようとしました。その手をぴろりぴろりとかわしながら、ちょうちょはそばをついてきます。
「わたしといっしょに飛びたいのよね、そうでしょ、わかるわ」
キキはさそうようにそっと手をのばしました。
でもこんどはキキの手をよけるようにして、すーっと下のほうに行ってしまいました。
「あれ、行っちゃうの? 逃げちゃうの? わたしといっしょじゃいや?」
キキはつまらなそうにちゅっと口をとがらせました。
「追いかけようよ」
ジジがキキの背中をしっぽでぱんとたたきました。
「よし」
キキは、ほうきをにぎりしめ、目を光らせて速度をあげました。ちょうちょはからかうように、すぐ前をぴろぴろと体をかわして飛んでいきます。
「ほら、むこう、ほら、あっち」
ジジのかけ声にあわせて、方向をかえながら追いかけます。
ところがちょっと瞬きしただけなのに、今そこを飛んでいたちょうちょが、まるでシャボン玉のように消えてしまいました。
「ぶー、だめだなあ。追いかけるのが、ほんとにへたなんだから」
ジジがおおげさに鼻を鳴らしました。
「それ、どういう意味?」
キキがぱっとふりかえって、突っかかるようにいいました。
「なんでもない、なんでもない……」
ジジはキキのとがったいいかたに、あわてて頭をふりました。
「ジジ、しっかりつかまってるのよ」
とつぜん、キキが大きな声をあげました。そしてほうきの柄を上下に強くゆらしました。するとほうきは暴れ馬のように跳ねだしました。
「ひえっ」
ジジがキキの肩にとびつき、爪をたてました。
キキはなぜか急に、とめられないほど気持ちがざわざわしてきました。
ぼーっとかすんでまとわりついてくる、この生暖かい春の空気を、キキは訳もなくぐちゃぐちゃとかき回したくなったのです。目を光らせて、どこかをにらんでぴょこんぴょこんと上下に激しく飛びはじめました。
ほうきがぴょこんぴょこんと飛ぶと、いつも見慣れているコリコの町もぴょこんぴょこんと跳ねあがります。遊園地のどきどきする乗り物に乗っているようです。
「きゃっ ほっ」
キキはすっとんきょうな声をあげました。
「どうしちゃったの? いきなり」
ジジがキキの背中にしがみつき、顔をふせて、ふるえています。
「へへへ、暴れ馬だよ、暴れ魔女だよ、へへへ」
キキはどら声をあげて、わざとらしくがさがさした笑い声をあげました。
「こっちだって魔女猫ですよ。でもやめてよね、心臓がとびはねちゃうよ」
ジジがいいました。
すると、ブレーキでもかけたように急にキキの動きがとまりました。目をこらして、下をのぞいています。
「なにかしら……あれ」
遠く、コリコ湾にかかる橋のはずれに小さな赤いものが、ぴろぴろと動いています。お日さまにあたって、赤い色が金色に光ったりしています。
キキはまたぴょこんぴょこん飛びをつづけながら、近づいていきました。
その赤いものは、リボンで、背の高い草のさきに結びつけてありました。そばの石の上には火がたかれ、
「あれ、魔女スープだってよ?」
ジジが、ささやくようにいいました。
「なに、これ。ぷう、変なにおい。でもさあ、魔女も知らない魔女スープなんてあっていいわけ? ちょっと寄って味見でもしてみようか」
キキはいいました。
「それって共食いじゃないの?」
「猫っていやあね、すぐ縄ばり気にするんだから。魔女じゃないふりして、食べてみるのよ」
キキは、はなれたところにおりたつと、ほうきを物陰にかくし、あたまのリボンを首にまきました。ポシェットは斜めではなく、肩にかけ直しました。それからジジを足下におろすと、ゆっくりと女の子に近づいていきました。
黒い目と、白い肌のとってもきれいな女の子です。足下でジジが「ふー、美人」とため息をつきました。ジジは猫なのに、かわいい女の子がだいすきなのです。
女の子はキキに気がつくと、目をまるくしました。
「あっ、おきゃくさんだわ、ほんとうにおきゃくさんですよね」
とびかかるようないいかたです。
キキは思わず笑いながらうなずきました。
「そうよ」
「やったー! はじめてのおきゃくさんだあ!」
女の子はぴょんととびあがりました。よく見ると、ほっぺたに炭のよごれがついています。
「スープでいいですか? といってもそれしかないんだけど……」
「ええ、一杯、ちょうだい」
「は、はい」
女の子はふるえる手で深皿にスープを入れると、スプーンといっしょにさしだしました。
「すいません。立って食べてください。いすがないんです」
「おいくらなの?」
「今日は試しにお店をだしてみたんです。だからただでいいです」
そういいながら、女の子はキキの足下で自分をじっと見上げているジジに気がつきました。
「あら、猫ちゃん、あんたも、ほしいの? わたしの猫のスープだったらあるわよ。ね、チャリ、すこしおすそわけしてもいいでしょ」
「にゃ」どこからか、鳴き声がきこえてきました。
女の子はもう一つの小さいなべから、小さなお皿にスープを一さじ入れました。すると、石のかげから真っ黒な猫がぬっと顔をだし、ジジを見て、「ぶー」って乱暴に息を吹きかけました。でもすぐ表情をやわらげ、ぺろりと桃色の舌をだしました。最初からあまい顔はしませんよという感じです。ジジもそれにはわざと知らんぷりして、いきなりスープをぺろっとなめました。でもそのとたん、顔をしかめ、口をまげ、「ぶぶ」と変な声をだしました。
「あら、やだ、『いただきます』はなしなの?」
女の子がジジにいいました。ジジはそれにはこたえずに下をむいて口のまわりを手でごしごしとこすっています。
「ごめん。この子、人見知りするの」
キキはいいわけをしながら、どうしたの、いつもは前足をそろえてからいただくのに……照れてるのだわ、いやあねと思いながら、ジジをにらみました。するとジジのほうは目のはじでぱちぱちとキキになにか合図をおくっています。キキは、なにか文句あるの? といいたげに
「それでは、わたしも……ごちそうになります」
キキはジジのぶんもこめて大きな声ではっきりいうと、一さじ口に入れました。
(ぶー)
キキの口からも変な音がとびだしました。
(これは、ひどい!)
飲んだスープがのどのところでとまって、なかなかおりていきません。キキはむせるような音をたてて、やっと飲みこみ、ちらっとジジを見ました。ジジの目が、まいったでしょとでもいうように、ぱちんと閉まりました。まれにみる奇妙なスープです。なんともいえない不思議なにおい、しかも味がまったく、まったくないのです。
「おいしくないですか? やっぱりね。どうしよう」
女の子は途方にくれたようにいいました。「わたし、なんにもできなくって……あと三百六十日もあるのに……」
「あら、一日限定じゃないの?」
(小さい女の子の、一日だけのおままごとなんだわ。それならこれでいいかも……)とキキは考えはじめていたのです。
「この町でね、まず試しに一日だけやってみようと思ったのですよ。旅立ちから、今日で五日はすぎたから、でも見習い期間はあと三百六十日もあるのですよ。スープで勝負しようと思ったんだけど、だってこれしかないし……やっぱり、むりかなあ……やっぱりむりですよね」
女の子は黒いエプロンのすそをにぎりしめています。かしこまりすぎて、かえって変になってしまった言葉づかいです。目もすこしうるんでいます。
「えっ、旅立ちって! あなた……もしかして……」
キキがおどろいてさけぶようにいったとたん、女の子もびっくりして、後ろにのけぞりました。
「あ、あ、あ、もしかして、おねえさんもわたしとおなじ?」
「そ、そうらしいわね。もう何年も前のことだけど……。わたしも旅立ちして、この町で見習いして、気に入っちゃってそのまま住むことにしたの。今はほうきで空を飛んでおとどけやさんをしてるのよ」
女の子はふっと口をつぐんで、キキを見つめました。
「あーあ、どうしよう。魔女のいる町に来ちゃった。魔女のいる町にもうひとり魔女はいけないんですよね」
「そ、そういう……き、決まりにはなってるけど……でも、時代もかわったし……あまりかたく考えなくても」
キキは言葉をつまらせながら、いいました。すこし声の調子がやわらかくなっています。
「いいのかなあ。でも、決まりはかえちゃいけないんじゃないかしら。おねえさんはいいわ。飛べるんですものね。ちゃんとお仕事までして」
女の子はキキの頭のてっぺんから足下まで見て、うらやましそうにいいました。
「わたしはなんにもできないんですよ。まったくなんにも……飛ぶのって気持ちがひゅうひゅうするでしょ。氷の山を滑り落ちていくような気がして。こわくって、こわくって、わたし高いとこだめなんですよ。だから魔女にはならないつもりだったんですけど、友だちがせっかく魔女の血筋に生まれたのにもったいないっていうんですよ。そういわれると、宝物を落としたような気になるじゃないですか。やっぱり損かなって思っちゃって。魔女のしるしなんてなんにもないのにね」
女の子はいいながら、ちらりと負けずぎらいな様子を見せました。
わたしもそうだった。めずらしものずきから、魔女になったようなものだもの。冒険にあこがれて、あこがれだけでなんでも実現すると思ってた。キキは胸がじーんとしてきました。
しだいに、空の上では暴れていたキキの気持ちがやさしくなっていきました。
わたしだってあるようなふりしてたけど、ほんとうは、あのときはなんの自信もなかった。どうしたらいいか、わからなかった。あったのは、なにかおもしろそう、ちょびっとのぞいてみようという小さな元気だけ。それに自分から魔女になろうと決めたのだという小さな自尊心。キキは宅急便屋を始めたときの心細かった気持ちを思い出しました。
この町ではやっていけない、自分でえらんだことだけど、失敗だったかもしれない……もうだめ、できないと思ったあの朝、ふとなにげなく窓を開けたらやわらかい風がはいってきて、わたしをつつんでくれた、あの風はどこからやってきたんだろう。ずっと閉じこもりきりだったから、まるで愛してくれる人に会ったような気持ちだった。おどろいて目をあげたら、ちょっとはなれた建物から、あのお針子さんが手をふっていたんだわ。そう、風が運んでくれたおきゃくさま……。今日、この子の赤いリボンをはためかせていた風は、あの日、わたしをよんでくれた風とおなじ風なのかもしれない。
キキの胸は、とめようもなく鳴りだしました。
(わたしもこの子のお針子さんになれるのかしら……なれるといいのだけど)
そのお針子さんがキキのおきゃくさま第一号でした。このはじめての仕事から、キキのコリコの町でのくらしが、すこしずつひろがっていったのです。
「ママはいうんですよ。だれだって小さくっても魔法を一つもっているのよ。だから魔女のあなたがもってないはずがないでしょっていうのですよ。すこしでもやってみたくなったなら、やらなくちゃって。でもそんな言葉を信じてはいけませんでした。信じたわたしは、あさはかでした。ママは親ばかでした。子どものほうは徹底的に子ばかでした。かんたんにその気になっちゃって」
女の子は突っかかるようないいかたをしました。でもそのなかにどうしていいかわからなくて立ちすくんでいる、あまったれの子どもの顔がのぞいていました。
「そんなこと、まだわかんないじゃないの。決めちゃうことないわ」
キキは表情をやわらげていいながら、手もとのお皿をみて、それにしてもこのスープの味はひどすぎる……と思いました。
「なぐさめてくれたって、わたし、魔法なんてなんにもないんだもん。人をおどろかすこともできないのですよ。魔法で人のお役に立つなんてこと、とても、とても。ただのつまらない十三の女の子なのですよ。でも名前はあるのですよ。『ライ』っていうの。みんなに、『ライちゃん』ってよばれてたの。つれの猫は雄猫よ。チャリっていうの。生まれたときからいっしょ。このチャリとの関係は伝統的に、
ライちゃんという女の子は下をむいて、猫にうなずきかけました。チャリはこたえるようにしっぽをぴんと立て、ライちゃんの足下をまわって歩いています。見ると、その背中にはまんまるの白い模様がぽんと一つついていました。
「ちょっぴり白い丸がまじってるけど……。これでも魔女猫よ、わたしの猫。今はこのくらいほかの色がまじってもいいんだって。なかなか完璧な真っ黒はいないのよ。でもこの模様、どう? おしゃれでしょ」
女の子はいいました。
「わたしはキキっていうの。わたしの猫はジジ。やっぱり伝統どおりの男の子よ。ライちゃんはどこからきたの?」
「遠いとこ」
「歩いてきたの?」
「バスと、電車と、足。飛べないのがほんとうになさけなかった。やっぱり、つづけて練習しとけばよかった。ここまで来たら、つかれちゃってさ、それで、試しにスープ屋を始めてみようと思ったのです。あのー、わたしのスープ、そんなにひどかった?」
「まあね、でも……そんなでも……」
キキはあいまいにこたえながら、さっき飲んだスープがまだじゃぼじゃぼとさわいでいるおなかをおさえました。
「よかった。そうでしょ。わたし、スープならちょびっとは自信があったのですよ。だって毎日ママに飲まされてたから。作りかたも知ってたし……このスープはね、『心をあたためるスープ』っていうんです。ママが名前をつけたの。畑で、特別味のいい香り野菜を作って、その種をよく煮て作るのです。だから野菜の中心がぎゅっとつまってはいっているんですよ。これってちょっとした魔法だって、ママはいうのですよ。当分つかうぐらいの種はママがもたせてくれたんだけど」
「心をあたためるスープ」というライちゃんの言葉をきいたせいか、スープがじわじわとしみてきて、キキの体がゆるんだようにあたたかくなってきました。ジジの目も心なしかいきいきとしています。
「このスープ、なにかかわってるよ」
ジジがつぶやきました。「それにしても味はひどすぎ!」
「このスープ、どうやって作るの?」
キキはきいてみました。
ライちゃんはうれしそうに首をふっていいました。
「あのね、おなべにお水を入れて、あとは香り野菜の種を指先でつまんで入れるの。
一つ 入れて
三つ 入れて また 一つ 入れて
三つ 三つ 入れて
五つで おわり
って、歌いながらね」
「じゃ、種は五種類あるの?」
「ううん、なん種類あるかはわからない。きっともっとたくさん。みんなまぜこぜになってるの。袋のなかに指を三本入れてつまむのよ。一つ入れて、三つ入れてって……この種を春に畑にまくと、まぜこぜの芽がでて、まぜこぜの野菜ができるの。そのあとできたまぜこぜの種を、中秋の満月の下で、『おきよめ』するのよ。『まぜこぜぜんぶ、天のしずく、わたしの願い、しのばせて』って歌いながら」
「やっぱり、魔女の仕事って、歌がつくのね」
「おねえさんも歌うの?」
「ええ、『くしゃみの薬』を作るくすりぐさの種を『おきよめ』するときにね。
あかね
ねのたね
たねのつぶ
って、つづくの」
キキは小声で歌いました。
「わー、わたしのと似てる。わたしのよりちょっと大人っぽいけど」
ライちゃんは手をぎゅっとにぎって、うれしそうにいいました。
「ちょっとその種、見せてくれる?」
「悪いけど、それはできないの。わたしの家の秘密だから。我が家流だもん。ママはママ魔女流っていってたけど」
「ライちゃんが作れば、ライちゃん流になるってわけね」
「でも、まずかったんでしょ。よろこばれなくちゃね。魔女のくらしは、『もちつもたれつ』だもん。これじゃやってけないわ」
「だったらこれからライちゃんががんばればいいのよ」
ライちゃんは顔をぐいっと空にむけました。それからぽつりといいました。
「天のしずく、わたしのスープに落ちてこないかな」
「くるわよ、きっと」
キキはなんとかこの新米さんをなぐさめたくなりました。
「ふーん、そっかあ。でもわたしはふつうの、ふつうの魔女だから……悲しいぐらい平凡魔女なのですよ」
ライちゃんはしょうがないやというように両手をひろげました。
「そんなことないわよ、とってもかわいいわ」
すると、ジジが追いかけるように声をあげました。
「ほんと。すごーく、かわいい。それって、宝物だよ。キキ、ぼくがそういってるってつたえてよ」
ジジはじっとライちゃんを見つめています。
「あなたがとってもかわいいって、わたしの猫がいってるわ」
「ありがとう。でもかわいいだけっていうのもどうもね。いつもみんなにそういわれるけど、でもわたし、それだけなのって思っちゃう。わたしは一人前になりたいのよ。一目見て、できる魔女だって思われるようになりたいの。でもわたしの猫ちゃんのほうは、ちょっとばかり個性的でしょ。この白い模様は、一目見たらわすれられないでしょ。そのおかげでね、わたしは村の人に、『水玉猫の魔女ちゃん』ってよばれてたの」
「わー、おもしろい!」
キキは小さな村でかわいがられて育ったライちゃんを想像しました。そして、自分の生まれた町が恋しくなりました。キキはそっと胸に手をあてました。
「スープにも、一目でわかる、チャリのような模様があるといいんだけどな、一目でわたしのスープだってわかるように」
ライちゃんがいいました。
「ふんふん。そうねえ、ライちゃんらしくね。あっ、そうよ。スープにもチャリのようなかわいい模様つけたら……ああそうだわ。わたしの家では、スープにまんまるの肉だんごを入れるのよ。ライちゃんもそうしたら。スープにおだんご入れたら。そう、白いおだんごがいいわね。チャリの背中みたいな。じゃがいものおだんごをトマトスープのなかに、ぽとんと一つ入れるの。そしたら水玉にならない? おだんごの作りかたはね、かんたんよ。教えてあげる。じゃがいもをゆでてつぶして、粉と卵を入れてねってまるめて、スープに入れてにるの。もちもちしておいしいわよ。それでライちゃんの『水玉スープ』のできあがり。『水玉スープの魔女ちゃん』になれるわ」
「すごーい! それすごくすてきだわ。ありがとう。水玉なら天から落ちてきたしずくみたいだし。『水玉スープ』、すてきな名前だわ。スープはちゃんとまぜこぜ種でつくれば、わたしの家の魔法は消えてないしね」
ライちゃんは目をきろって動かしながら、指を口に入れてちゅっとすいました。
「作るときは、もうちょっとお塩を多めに入れたほうがいいと思うわ」
キキはさりげなくいいました。
「うん、今度はライちゃん流だから、きちんと味をみる」
キキは声にはださずに思わずつぶやきました。
(あれれ、なんだあ、味見をしてなかったのか)
「これからあと三百六十日、毎日、スープ作るのね……ライちゃん大変ね」
「でもだんだん上手になると思うわ。どうしてもならなくちゃ。上手になれば、飲んだ人が安心するようなやさしいスープができるようになるかもしれない。やっぱり魔女のスープだからこれがないとね、やすらぐっていうかさ。そうすれば、自然とみんなに伝わっていくでしょ。そしたら、お友達もできるし……魔女の魔法も認めてもらえるものね」
ライちゃんはひとりごとのようにいいながら、しきりにうなずいています。すると、わりこむようにジジがいいました。
「すてきな男の子にも会えるよっていってあげて」
キキはぷっとふきだしました。
「おや、キキじゃないかい? わが町の魔女さんじゃないの」
腰にかごをさげ、
「おや、妹さんかね。この町に来たのかい。こんなかわいい妹がいたのかい。ふたりいっしょか、それはよかった」
それから看板を見ていいました。
「ほほーう、魔女スープねえ。おじさんも一杯いただくとしようかな」
キキはびくっとしました。
(このスープはやめたほうがいいかも)
ライちゃんもあわてておなべをかくすように手をひろげました。
「こ、ここに、一日限定ってかいてありますけど……ほんとうは一日一杯限定のまちがいなんです。それで、もう売りきれちゃったんです。すいません」
「おや、がっかりだねえ。そんなケチな商売をしないで、スープはたくさん作るほうがうまいんだよ。わが町のキキさん、ちゃんと教えてやらないと、妹なんだから」
おじさんは残念そうにおなべを見ながら、「じゃ、また今度ね、たのしみにしているよ」といって、歩いていきました。
「ああ、よかった。スープなくなってて。今日はふたり分しか作らなかったの。味見しているうちにだんだんへっちゃって、ほんとうに、もうないのよ。わたしの気持ちが、すこしにしときなさいっていったから。なんとなくなんだけど、気持ちってね、こんなふうにいつも助けてくれるんだ」
(あら、やだ、味見はしてたのね。それでもこれ……?)
そしてキキはもう一度、「お塩はちゃんと入れてね」と念をおしました。
ライちゃんは「うん、ちゃんとね」とうなずきました。
(あのおじさんたら……わたしの妹だって……)
キキのなかにあまい
「ねえ、ライちゃん、この町ですこしやってみたら? 魔女がふたりになっては、絶対いけないってことないと思うわ。時代もかわってるし、そこらへんはだいたいにしちゃって……魔女の伝統も時代にあわせてすこしぐらいはかわったっていいんじゃない?」
こんな妹がいて、おしゃべりをしたり、ごはんはなににしようか、おしゃれはどうしようかなんて相談しながらくらしたら、どんなにかたのしいでしょう。
想像しているうちに、キキはどうしてもそうしたくなってしまいました。
「わたしだったら、かまわないわよ。小さいけど部屋も一つあるし……ねえ、えんりょしないで」
キキはいいました。ライちゃんのほうに、自然と体がのりだしています。
「ありがとう」
ライちゃんは小さな声でいいながら、どこか一点をじーっと見つめています。それからくるんと頭をふると、いいました。
「でも、やっぱり、やっぱり、ひとりでやらないとね。せっかく魔女の旅立ちしたんだもの。魔法はきちんとしなくちゃいけないもの。どこかにわたしにぴったりの町がきっとあると思うわ。魔女は魔女のいない町でくらすのが決まりだし、それが役目だし……責任もあるし……」
ライちゃんはほんのすこしだけのこったスープを自分ですっと飲むと、火を消し、おなべをそばのバケツの水であらって、エプロンでふいて、リュックサックに入れました。「一日限定、魔女スープ」の看板もはずして脇のポケットにさしました。
「わたしの魔法、力があるかどうかもわかんないけど、まだ三百六十日のこってるから、元気だしてやってみるわ。それはわたしにしかできないことでしょ? おねえさんだって、ひとりぽっちでやったんでしょ。いっしょっていいけど……。でもわたし、ひとりでやらなくっちゃ。魔女になるって自分で決めたんだもの」
ライちゃんは自分にいいきかせるようにつぶやきながら、五徳を水で冷やすと、リュックのひもに結びました。それからバケツの水をすてて、なかにチャリのおなべを入れました。
「上手にしまうのね」
キキは感心していいました。
「うん、何日も旅してきたから。これだけはやりかたうまくなったの」
ライちゃんは草からリボンをはずすと、頭に結びました。片手にチャリをかかえ、もう一つの手にバケツをさげました。
「こうして、みんな体につけちゃうのよ。リュックのなかには寝袋も着替えもはいってるのよ。これが今のところ、わたしの家」
ライちゃんはキキに笑いかけました。
「今日だけでも、わたしのとこに泊まったら」
「ありがとう。でもこれから行けるとこまで行ってみる。多分わたしの気持ちが、ここよって教えてくれるわ。きっといい町が見つかると思う。だからさよならだわ、やっぱり」
「そういう気持ちってね、魔女の計算っていうんだって。やる気をもって、まじめに考えているとね、どこかにいる見えない力が助けてくれるの。その人にぴったりのことをね、知らせてくれるのよ。これもきっと魔法なのよね。わたしも助けてもらったことあるわ。ありがたかった。そのときとっても不思議な気持ちになったわ。幸せな気持ちよ。ライちゃんも、きっと助けてもらえるわよ」
キキはライちゃんにうなずきかけながらいいました。
「ほんと? あーあ、そうかあ、そうだったんだわ、きっと。この町も、それにここで、ちょっと試しにやってみようと思ったのも、もしかするとその魔女の計算かもしれない。ふと、思ったのよ。ほんとうにふっとよ。おねえさんにもこうしてあえたし。きっと、そうよ。なんだか希望が生まれてきたわ。わたし、わたしの町を見つけられたら、必ず手紙、書くね」
「うん、まってるわ。住所は『コリコの町、グーチョキパン屋方、キキ』でとどくから」
「わかった。じゃ、またね。さよならだわ」
ライちゃんは歩きはじめました。おなべがガランガランと鳴っています。それはライちゃんが前へ進め、進めと自分に号令をかけているようでした。
「あのチャリ、なんで水玉ついてるんだろ」
ジジは背のびして、ライちゃんを見送りながらいいました。
「ジジも模様がほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。でも、みんなすこしずつかわってるんだね」
ジジは大人ぶったいいかたをしました。
ライちゃんがふりかえって、手をふりました。キキも手をふりながら、つぶやきました。
「おねえさんらしいこと、みんなむこうにいわれちゃったような気がする。わたし、あの子のはじめての風になれなかった。それどころか自分がさみしいものだから、じゃましちゃうところだった。魔女の決まりまでまげて……」
このごろキキは自分の気持ちを話す相手がむしょうにほしくなっていたのでした。でもいつのまにか、さっきまでのいらいらしていた気持ちがなくなっているのに気がつきました。
「心をあたためるスープって、ほんとだったみたい。これはきっとライちゃんの魔法だわ」
キキのたいせつなお友達、とんぼさんは目下、遠い町の学校で生物、とくに虫の研究に夢中です。それでなかなかコリコの町には帰ってきてくれません。キキはそんなとんぼさんを理解しているつもりです。でもときどきたまらなくさびしくなってしまうのでした。
そのとんぼさんから春の空を飛んで、手紙がとどきました。それは大きな封筒で、なかに手紙とうすい紙につつまれた物がはいっていました。
「キキ、元気? ぼくも元気。いうまでもなく。
なかなか手紙が書けなくって、ごめんね。いつも、いつも心で書いているつもりなんだよ。これでもね。でも、夜になると、ねむくなっちゃって。大きいはずのとんぼの目玉も、閉じてしまうんだ。大きいだけでなく複眼のくせにね、しょうがないやつ。
心はいっぱい、キキへの手紙でいっぱい、なんだけど……ね」
キキは手紙から目をあげて、ぱちりとまばたきしました。
「心ねえ、いっぱいねえ。でも、心って手のようにつなげないんだもの」
そのつぶやきをきいたジジが、これまたつぶやきました。
「人間の男の子って、成長がおそいなあ。あっさりしすぎ。やっぱり猫式にやんなくちゃ」
「えっ、なあに、それ?」
「猫式というのはね、できるだけそばにいく。姿をあらわす。それにつきる……」
「まあ、あ、か、ら、さ、ま!」
「キキったらむりしちゃってるね。魔女は、ほんとうはおませのはずなんだけどなあ……」
ジジは大人ぶって、口をちっちっと鳴らしました。
とんぼさんの手紙はつづきます。
「キキ、ちょうちょに逃げられたんだって? 今日、学校への道を自転車に乗って大急ぎで走っていたら、ぼくのそばにもモンシロチョウが飛んできたよ。お日さまの光をあびると、ときどきふっと姿が見えなくなってしまう。この光ってね、『
キキのそばを飛んでいたのも、きっとモンシロチョウだよ。これは、春一番のちょうちょ……白い色してるけど、開くと菜の花みたいな色になる。雄も、雌もおなじ色なんだけどね、おたがい、違いはちゃんとわかっているみたい。それで昆虫仲間のとんぼといたしましては、早速、図鑑を見て忠実にモンシロチョウの再現をこころみました。なかなかむずかしかった。でも勉強になった。虫ってかんたんそうに見えても、すごい機能をもってるんだよ。舌なんてくるくるってまいて口のなかにしまってあるんだから。花の
キキは急いで包みのほうを開けました。モンシロチョウです。ぴったりと羽をあわせています。羽の模様も、おなかのところもほんものそっくり。羽の間に細い針金がついていて、そのさきは手にはめるように輪ゴムになっていました。キキは急いで手に通しました。ゆっくりふると、あわさった羽がぴろりと開きました。
「この間のちょうちょがもどってきたみたい!」
キキははずんだ声でいうと、ほうきを手にとりました。
「ジジ、くる? ちょっと散歩」
「いいの? ひとりでいったら……」
「ありがと」
キキはにこっと笑うと、ドアをあけて飛び上がりました。とんぼさんのちょうちょがキキの前を飛んでいきます。ぴろりぴろりと話しかけるように羽が開きます。それを見つめるキキの目はうれしそうに細くなり、それからそのうれしさをしまうように、ぎゅっとつぶりました。