はじめに
十九年前、深い森と、草山にかこまれた小さな町にキキという名前の女の子が生まれました。この女の子にはちょっぴり秘密がありました。お父さんのオキノさんはふつうの人ですが、おかあさんのコキリさんは魔女なのです。
キキは十歳になったときに、自分も魔女になろうと決めました。でも昔の魔女のようにたくさん魔法はつかえません。ほうきで、空を飛ぶことしかできないのです。でもこの空を飛ぶことはそんなに下手ではありません。黒猫のジジを乗せて、宙返りだってできます。このジジとキキは生まれたときからいっしょに育ち、おたがい魔女猫言葉で話ができます。これはふたりだけの魔法といえるかもしれません。おかあさんのコキリさんはほうきで飛ぶことと、くしゃみの薬を作ることができます。ところで魔女には十三歳になると、満月の夜に旅立ち、まだ魔女が住んでいない町や村を見つけて、一年間、自分のできる魔法をつかってくらさなければならないという決まりがありました。これは一人前の魔女になるための見習い期間なのですが、世の中が便利になっても、まだ魔女がいるのですよ、まだ不思議はあるのですよと、知ってもらうたいせつな役目でもありました。
この物語のキキとジジも海辺の大きな町、コリコにやってきました。そこでパン屋さんをしているおソノさん夫婦に助けられ、たった一つの魔法を生かして、宅急便の仕事を始めます。そしてなんとか一年の見習い期間を終えて、里帰りをしました。(『魔女の宅急便』)
生まれた町にもどったキキは、しだいにコリコの町がなつかしくなり、あの町で生きていこうと思うようになります。とんぼさんというたいせつな友だちもいるのです。そしてコリコの町で、二年目のキキのくらしが始まります。町の人にあたたかく見守られながら、仕事は順調に進んでいきます。動物園のカバや、意味ありげな手紙や、おじいさんのさんぽなんて不思議な物まで、いろいろ運びます。でもやがてキキは魔女としての世界をもっとひろげてみたいと思うようになります。それでコキリさんから、「くしゃみの薬」の作りかたを習い、「魔女の宅急便」という看板のとなりに「くしゃみのおくすり おわけいたします」という看板もかけることになりました。(『魔女の宅急便 その2』)
キキのくらしはいそがしいながらも、平和に過ぎていきます。でもある日のこと、キキの前にひとりの少女があらわれ、おどろくほどの強引さでキキのくらしにはいりこんできます。髪の毛を頭のうえで二つにしばりあげた、このケケと名乗る女の子は、一体だれなのでしょう。魔女でしょうか……。ジジは、「横取り屋じゃないの」といったりします。キキは追いつめられ、コリコの町から逃げ出したいと思うほど自信をなくしていきます。もうこの町にはいられないと思ったキキはどこまでも高く、遠くへと空を飛んでいきます。でもこんなせっぱつまった気持ちのなかで、キキは思わずさけびます。
「わたしは、とんぼさんがすき、とんぼさんのコリコの町もすき」
やがてキキはケケを理解するようになります。そしてケケは自分の町に帰っていきます。(『魔女の宅急便 その3』)
キキは十七歳になりました。心のなかをしめるのは、「とんぼさん、とんぼさん」ばかりです。恋するキキなのでした。でもそのとんぼさんは遠くの学校に行っていて、なかなか会うこともできません。たのしみにしていたのに、夏休みにも帰ってこないで、ひとりで山にこもるというのです。キキの気持ちはいつになく落ち着きません。「魔女さんすごい」とおだてられて、舞い上がってしまったり、思いこみが激しくなって、人を疑ってみたり……。なんでもないことに動揺して、キキは深く、暗い森のなかにはいりこんでしまいます。キキはその暗闇の深さに、恐れ、混乱しながらも、しがみついた木のぬくもりに助けられ、しだいに自分を取りもどしていきます。おなじころ、とんぼさんもまた山の闇のなかをさまよっていました。キキが魔女であることにこだわっている自分をもてあましていたのです。でもやがてふたりはそれぞれ自分を見つめ直し、結びつきを深めていきます。
そんなキキのそばで、小さな恋も生まれていました。パン屋の娘、ノノちゃんと、モリさんの弟、ヤアくんです。一途なふたりに大人たちはふりまわされます。
夏、雨の降る日、コキリさんの病気の知らせがとどきます。
「なんだか胸がばくばくする」というジジに、「わたしもよ……」とこたえながら、キキとジジはコキリさんのもとに急ぐのでした。コキリさんの病気は思った以上に重く、日に日に弱っていきました。不安でおしつぶされそうになっているキキの目に、高い空を白い線を描いて、飛びさるコキリさんのほうきが見えたような気がしました。おどろいてふりむくと、いきいきと茂っていたくすりぐさがいっせいに枯れていくのでした。(『魔女の宅急便 その4』)