9 ノノちゃんのお誕生日
このところキキはだんだんとあたたかくなる風に追いかけられているようなおちつかない気持ちです。きょうも朝おきてから何度も背のびして、家の前の道沿いにつづくくすりぐさの畑をのぞきました。土は黒くもりあがって、これから植えられる種を待って、力があふれているように見えます。それなのに去年の収穫をおえてからずっとキキは見るたびにこの畑が小さく感じられるのです。去年は二瓶も多くくしゃみの薬ができました。それに丈夫そうな種もいっぱいとれました。いつもだったらこれで十分のはずです。でもどうしたわけか今年の春の植えつけから、もっと畑をひろくしたほうがいいと、どこかから催促されているように感じるのでした。
やっぱりもっと大きな畑をさがそう。なるべく近くって、ちょいちょい見て回れるところはないかしら……。
するとキキのなかにぽっかりうかぶように見えてきたのは、夕暮れ路のさきの、ヨモギさんの庭でした。
(あそこをつかわせてもらえたら……あそこだったらなにもかもぴったり……)
キキはいそいで見に行きました。葉が落ちて裸になった木がところどころにあって、夏のころとはちがって夕暮れ路には薄日がさしていました。道をぬけると春はまださきなのに、枯れ草におおわれた庭はまるい鏡のように明るく光っていました。
ヨモギさんの家の窓はどれもぴったりとしまっていました。あれからだれも来ていないように見えます。
(この半分でもいいのだけど……お家をかこむようにしたら……すてきな畑になると思うのだけど……)
どんどんキキの気持ちが進んでいきます。子どものときのいつも思い立ったらすぐやりたくなったキキがもどってきました。町役場に行って調べてみると、ヨモギさんの遠い国の住所もわかりました。キキはおどろくような早さで、しかも強引とも思えるほどに、あの庭の一部をつかわせていただきたいと、おねがいの手紙を書きました。ヨモギさんからもすぐ返事が来ました。
「キキさん、どうぞおつかいください。あの庭があなたのくすりぐさでいっぱいになることを思うとわくわくしてきます。あの庭は会いたい人を会わせてくれる空気を持っているのですね。わたしはあなたに会えたし、わたしを通してセンタもあなたに会えたし、そしてセンタの絵があなたのところにとどいたのですもの。いまいる砂漠の町はわたしが生まれたところです。そしてコリコの町の家はセンタが生まれ、子ども時代をすごしたところでした。あまり時間がないとわかったとき、センタはもう一度思い出の所にもどりたいといったのです。ここには主人とセンタのお墓もありますし、わたしの教師としての仕事もありますので、今すぐというわけにはいかないのですが、いずれはセンタがさいごの日々、心満たされた場所に帰りたいと思っています。そしたらいい香りのあなたのくすりぐさにかこまれて、くらせるのですね。ごいっしょにまたゆすらうめのジュースをいただきましょうね。楽しみにしています。
キキさんへ
キキは毎日のようにヨモギさんの庭にでかけていきました。そしていすにすわり、どんな畑にしようかと考えました。テーブルにすわって見ても、ヨモギさんの家の窓から眺めても、心の休まるような畑にしたいと考えました。そしてまあるい草の庭のむこう側に沿って虹の形の畑にすることにしました。
キキは目を細めて、くすりぐさが育っている畑を想像しました。そして形も大きさもキキがこんな畑がいいと、心にうかべたのとぴったりだと思いました。
「朝のくすりぐさはじめます
あかね
ねのたね
たねのつぶ
つぶり
めのつぶ
つるのたね
つづいて夜のくすりぐさはじめます
ねこのめ
すずのめ
めめりぐさ
くさや
くさぐさ
さくやはな」
春分の前の満月の夜、キキは歌をうたって、種のおきよめをすると、春分の日に、ヨモギさんの庭に、今年のくすりぐさの植えつけをおえました。
キキがコリコの町に来て五回目の春は、あっという間にすぎていきました。夏が近いことを思わせるさわやかな風が、とどけものでいそがしいキキをあとおししてくれます。
春休みにちょっとのあいだ帰ってきたとんぼさんはキキと二回浜辺を散歩し、一回、ヨモギさんの庭でお弁当を食べると、学校にのこしてきた生き物たちともごはんを食べなくちゃならないからねと笑って、ナルナの町に帰っていきました。
とんぼさんはキキといっしょにいるあいだ、しきりに自分のすぐそばにあって、今まであまり気がつかなかったふしぎなものたちのことを話しつづけました。
「お母さんなんてさ、『またとんぼがわけのわからないことをいいだした。ふしぎ、ふしぎって、あんた、飛ぶことのつぎはぼーっとあらわれるお化けの研究でも始めたの』なんていうんだよ。キキがいたからぼくは自分のすきなことを見つけることができたんだよ」
「わたしもよ。なんていっていいかわからないけど、わたしもすこしずつすこしずつ心がひろがってね……わたし、まだちょっぴりだけど、ちゃんとしてきたみたい……このごろ」
キキはいいました。
「なんかうれしいね」
とんぼさんがいいました。
「キキ、おねがいがあるんだけど」
おソノさんがノノちゃんの手をひいてやってきました。
「あさってはノノのお誕生日でしょ。はやいわねえ、もう五つになるのよ。それできょうお洋服を一つ買ってあげようと思ったの。そしたらノノったらどうしてもキキといっしょに行きたいっていうの。ねっ、ノノ?」
おソノさんはノノちゃんをのぞきこみました。ノノちゃんはだまってこっくりとうなずきました。ちょっとおソノさんにわるいかなって顔をしています。
「あたしのセンスを疑っているのよ。キキなら今の流行がわかるって思ってるのね。ねっ、ノノ?」
おソノさんはまたのぞいて笑いました。
「わるいけど、いっしょに行ってやってくれない?」
「わあー、うれしいわ。お買いものに行くなんて。ノノちゃん、お昼ごはんがすんだらすぐ出発、どう?」
こんなわけでキキとノノちゃんは町でいちばんにぎやかなひまわり通りの百貨店へでかけてきたのです。店の前では、ひさしぶりにプウプカおじさんのハーモニカをきき、今でもちゃんとぬいぐるみのふりをしているカヤちゃんにもそっと目配せの挨拶をして、なかにはいりました。それからあっちこっち、あれこれまよって、ノノちゃんの洋服をえらびました。ふりふりいっぱいのピンクのワンピースに、同じ色のリボンと靴、ノノちゃんは最高にごきげんでした。
「着て見せて」と、いくらおソノさんがいっても、「お誕生日まで着ないの。待ってるの」というのでした。
二日後、キキがくすりぐさのようすを見て、家に帰ってくると、なかで電話が鳴っています。あわててとびつくと、モリさんの大きな声がきこえてきました。
「キキ、ヤアくんがそっちに行ってない?」
「ううん。でもどうして?」
「朝、わたしが目をさましたらいないのよ。どこかであそんでいるんだろうと、ほっておいたら、あまり帰って来ないものだから。それで心あたりさがしているの。よそいきの洋服と靴、それにリュックサックがなくなってるから、キキのとこかなって思って。たいへんお気に入りだから……」
「来てないけど」
「それじゃ、近くにいるんだわ。ごめん、キキ、しんぱいかけちゃって」
モリさんはあわてたのがはずかしいというように、きゅうに声が小さくなりました。
でもまたすぐ大きな声をあげました。
「あれ、台所が粉だらけ……なに、これ……キキ、ま、また電話するわね」
キキは切れた電話をおくと、家のなかを見まわしました。
「ジジ、うちのなかにだれかいたかんじする?」
「ううん、どうして?」
「ヤアくんがいないんだって。こっちに来てるんじゃないかって、モリさんがきいてきたの」
ジジは「えっ」とびっくりして、一目散におソノさんの家に走っていきました。それからすぐもどってくると、「ノノちゃんのとこにもいないよ」といいました。するとそのジジを追いかけるようにして、こんどはおソノさんがとびこんできました。
「ノノ、来てない?」
あたりをきょろきょろ見回しています。
「いないのよ。部屋であそんでいるとばっかり思っていたら、いないの。それが、あの洋服もないのよ。きょうはあの子のお誕生日だからそろそろ着せてあげようと思ってたとこなの」
おソノさんは早口でいうと、はあはあと息をつきました。
「ノノちゃんも? ヤアくんもいないんだって。たった今、モリさんから電話があったの」
「あっ、まさか、まさか……まさか」
「その、まさかかもしれないわ」
おソノさんとキキは顔を見合わせました。
「ふたりともおしゃれしてるの……」
キキは思わず小さい声になってしまいました。
「八つと五つの子よ。まさか、かけおちじゃないでしょ」
おソノさんの声がふるえています。
「まさか、そんなこと……」
キキは手をふったものの、自信がなさそうです。
「わかった! あいびきだわ」
おソノさんがいいました。
「あいびきってなに?」
ジジがききました。
「すきな子たちが会うことよ」
「どこで?」
「それがわからないからさわいでいるんじゃないの」
「それ、ほんとうのこと?」
ジジの声がうわずっています。目がみょうに光りだし、うっすらと涙がにじんでいます。
「きっともうすぐぼくもよんでくれるよね」
そのときまたモリさんから電話がかかってきました。
「オーブンがあったかいのよ。おとといお誕生日のケーキのつくりかた教えてっていうから、かんたんなの教えてやったんだけど。どうやらそれをつくったらしいわ。だれか、お誕生日なのよ、きっと」
「こっちじゃ、ノノちゃんがいないの。それにきょうはノノちゃんのお誕生日なのよ」
「まさか、まさか……まさか」
モリさんはおソノさんと同じことをいいました。
「その、まさかかもしれないわ」
キキも同じ返事をしました。
「でもいったいどこにいったのかしら……」
モリさんがいいました。
「そんな遠いところではないと思うわ。近くの公園か、あっ、動物園かもしれない。あぶないとこには行かないと思うわ、ヤアくんしっかりしてるから」
「しっかりしすぎよう、もう」
モリさんがさけんでいます。
キキは電話を切ると、おソノさんに「だいじょうぶだと思うわ。でも心あたりをさがしてみるわね」といって、ほうきをつかんで、ドアをあけ、飛びあがりました。そのほうきの房のさきに必死な顔でジジがとびつき、あわやというところでぶらさがりました。
キキは近くの公園、駅、それから動物園、コリコの浜辺とさがして回りました。
でもキキのよく見える目でさがしても、ジジのよくきく鼻でにおいをかいでも、見つかりませんでした。
日が傾いてきました。建物の影が長くなり、道が暗くなりはじめました。
「どこにもいないの」
キキはしんぱいそうに空を見上げている、オレくんを抱いたおソノさんとフクオさんの前におりたちました。
「いったいどこにいったのかしら……」
おソノさんとキキは同時にため息をつきました。
「もうじき暗くなるわね」
すると、
ルルルルー ルルルルー
家のなかで電話が鳴りだしました。
みんな、はっと顔を見合わせました。
キキがとびつくようにして受話器をとると、電話のむこうから、
「あのー、時計台の時計屋だがね。今、時計の調子をみようとあがってきたらね、ちっちゃな子がふたり寝てるんだけど。ひとりはパン屋の女の子らしいけど……」と声がきこえてきました。
「えー、い、いま、行きます」
キキはほうきを手にしながら、「時計台だったわ」とさけんで飛びあがりました。
「しゅー」ジジもうなり声をあげてとびつきました。
時計台の窓からキキがとびこむと、ヤアくんとノノちゃんは石の床に転がるようにしてぐっすり寝ていました。まわりにはお菓子がちらかっています。キキが名前をよぶと、ふたりはしばしばと目をあけて、そこがどこだかわからないようにまわりを見回しました。そしてキキに気がつくと、「あっ、キキも来たの? ジジも来たんだ!」と抱きついてきました。時計台のおじさんは、「へんな迷子だねえ」とつぶやきながら、時計の中をのぞきこみました。
はあはあと息をはずませながら、おソノさんと、オレくんの手をひいたフクオさんが階段をあがってきました。おソノさんの目が三角にとがっています。ひときわ大きく息をすいこんで、なにかいおうとしたとき、フクオさんがふたりの前にしゃがんで、
「ノノ、お誕生日、おめでとう。ヤアくん、ありがとうね」といいました。
おソノさんは肩をすくめ、口をもごもごとしめました。
その夜、ノノちゃんのお誕生日会がにぎやかに開かれたのはいうまでもありません。電話で話をきいたモリさんは「うははは、ヤアくんってだれににたんだろ、おませ」と笑いつづけました。みんながびっくりした一日でした。