8 しあわせのベール
夏休みもおわり、雨傘山から、学校にもどったとんぼさんから手紙が来ました。
「キキ、ぼく、ちょっと自慢です。ぼくが夏休みのあいだ雨傘山でくらしたことを知った、エッテ先生は、エッて驚いてから、『ほほーう』ってしばし無言。それから『いろんなことがあっただろ。あそこはなかなかなところだからな。いい経験をしたね』って、ほめてくれたんだ。そしてね『君の経験を生かして、飼育室の室長に任命しよう』っていってくれたんだ。これってすごいことなんだよ。一年生のぼくがなるなんて。飼育室は、たて八メートル、横六メートル、そこに温度計やら、はかりやら、流し、冷蔵庫、それに関連図書の本棚二つ、もちろん大小取り混ぜた飼育箱、飼育しているものは蟻から、大きいものでは蛇まで、ざっと五十種。掃除をしたり、えさをやったり、成長観察日記を書いたり。いっしょに仕事をする仲間は三人だから、けっこういそがしいんだ。とってもおもしろいよ。でもそれだけじゃないんだ。小さな生き物からいろいろなことが見えてくる。どれもみじかい一生なんだけど、その命が鎖のようにつながってね、小さな体の生きる力がつくられてきたんだと思うと、尊敬しちゃう。いつもいつもみんな一生懸命だったんだね。
あっ、こんなことを書きはじめたら、いつまでもおわらない。ごめんね、キキ。年の暮れには帰ります。いっしょに大晦日のマラソン大会に参加しようね。耳を澄まして、鐘の音をきいて、あたらしい年にむかって、ふたりで……しゅっぱーつ! たのしみだな! では、その日まで。
キキへ
十月の十五夜の夜のくすりぐさの種取りがおわりました。まるまると太ったじょうぶそうな種がいっぱい取れました。キキは種をかめに入れ、暗いところにそっとしまいました。これで今年のくすりぐさの仕事は全部おわりました。キキはほっとしてなにもなくなった通り沿いの畑を見ていました。すると、ふいに来年はもっと畑を大きくしたいという気持ちが生まれてきたのです。「どうしてかしら……来年は風邪がはやるってことかしら……今年のくすりぐさがやっとおわったばかりだっていうのに。きっと来年もがんばるのよってわたしにいってるんだわ」
キキはそうつぶやいて、畑から目をそらしました。
でもその気持ちは日がたつにつれて、どんどんと強いものにかわっていきました。
コリコの町をかこむ山々がいっせいに黄色や赤にかわりはじめました。海の色もかすかに暗さを増してきました。やがて北の山からふきおろしてくる、つめたい風に背中をおされるように、コリコの町の人たちは大晦日と、新しい年の準備にいそがしく動き回るようになりました。
キキは大晦日に、おかあさんのコキリさんのように肉だんごをつくるつもりです。これはキキが生まれた町にずっと伝わっている大晦日のお料理でした。だれも食べる人がいなくても、キキはいつまでもつくりつづけようと思っています。でも今年はとんぼさんが食べてくれるかもしれません。キキははりきりました。大晦日の前の日、市場にでかけ、ひき肉、たまねぎ、トマトをたくさん買うと、ぐつぐつ長い時間にこんで、とってもおいしい肉だんごができあがりました。
ところがとんぼさんから電話がかかってきたのです。
「キキ、ざんねん! 大晦日には帰れなくなっちゃった。蛇のビビ子さんのようすが、どうもよくないんだ。じーっとして、えさを持っていってもうつむいたまま、ぼくを見ようともしない。今年はがまんだなあ。しんぱいがなくなったら、すぐ帰るつもりです。ごめんなさい」
電話を切ったあと、キキはつぶやきました。
「蛇のビビ子さんもがまんで、わたしもがまんだわ」
「キキってさあ、このごろ愚痴をいわないね。おこらないし、べそもかかない。なんだかわかりにくい人間になっちゃったみたい」
ジジはとんぼさんが帰らないことを察して、いいました。
「あら、そんなことないわよ。ダメのつぎは、ダメじゃないわ。トンネルのむこうはいつだって光があるのよ」
「でも、ダメのつぎは、ダメってこともあるでしょう」
ジジはこのところすっかりおちついているキキがおもしろくないのです。
「でも永遠にダメってことはないわ。わたしは、そう思うの」
キキはぱっと笑い顔になってジジの背中をぽんとたたきました。
今年もきょうでおわりです。コリコの町の時計台のしたでは、おおぜいの人が鐘が鳴るのを今か今かと、耳を澄まして待っています。
この町には大晦日の夜、十二時の鐘を合図に、新しい年にむかって、みんなでマラソンをする風習があるのです。それで最初の鐘の音をだれよりもさきにきこうと、みんな耳を澄まします。それで、「耳をすましましょう」というのが、大晦日のあいさつになったのでした。グーチョキパン屋さんのみんなも、今か今かと足を踏み鳴らしています。オレくんはフクオさんの肩のうえで、今日もキリンさんをしています。キキとジジも用意万端、足踏みをして、そのときを待っています。
するとむこうから全速力で走ってくる人がいます。
とんぼさんです。
キキがそれに気がついたとたん、新しい年の鐘が鳴りはじめました。
「わーい、おめでとう」とさけびながら、みんないっせいに走りだしました。
キキは人の流れに逆らって、とんぼさんのほうに全速力で走ります。ふたりは出会うと、さしだした両手をしっかり握り合い足踏みしながら笑いあいました。
「蛇のビビ子さん、なおったのね」
「そう、ぼくたちのために。とってもいいやつさ」
ふたりは手をつないで走りだしました。あわててキキの肩に飛び乗ったジジは落とされないようにしがみついています。駅からそのまま来たのでしょう。とんぼさんの背中にも大きなリュックサックがゆれていました。
三日つづくお正月休みのあいだ、キキととんぼさんはいつもいっしょでジジはおいてきぼりにされました。お休みがおわると、とんぼさんは学校に帰っていきました。コリコの町もいつものくらしにもどっていきました。キキの宅急便の仕事もまたいそがしくなりました。日差しも一日一日と長くなり、春が近づいていることを感じさせました。
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りました。
「おとどけやさんの、魔女さん、ですか?」
女の人の声でした。
「はい」
「朝はやくからとつぜんのおねがいでもうしわけないけど、運んでいただきたいものがあるんですけど……それからそっと運んでくださるようにもできます?」
「ええ、もちろん。そーっと、そーっと、たいせつに運びます」
「それもなるべくはやくなの」
「はい、なるべくはやくね」
「ああ、よかった! それじゃおねがいします。灯台に通じる道ごぞんじでしょ。途中に細い道が一本分かれてますから、そこをはいると、じゃがいも畑があります。その奥の小さな家です。屋根が緑色なので、空からだとわかりにくいかもしれませんわ。わたしは、ララ・オーパって、いいます」
「だいじょうぶです。よーく見ながら行きますから」
キキはほうきを柱からはずし、「さ、行くわよ」とジジに声をかけました。
海とは反対の山のほうからつめたい風がふいてきます。
「手袋、わすれちゃった。わたしったら、もうすっかり春のつもりになってたわ。空のうえではまだ風はこんなにつめたいのに」
キキはほうきを握る手を、かわりばんこにはずして、はーっと息をふきかけました。
じゃがいも畑のとなりに、こんもりと草のおだんごのように見える家がありました。キキがドアをたたくと、「あら、魔女さん、はやかったわね」という声がして、ドアが開きました。そこにはちょっと失礼だけど、おとなりの畑のじゃがいもそっくりといいたいような、コロンとしたおばあさんが、杖で体をささえるようにして立っていました。見るからにひとりぼっちのくらしです。
「はいってちょうだい。今、ちょうど包もうとしていたところなの。花嫁さんのベールなのよ」
見ると、テーブルのうえにたたまれてふわっとおかれているのは、いかにも上等そうな白いレースの布でした。
「ごらんのとおり、けさおきたとき足をひねっちゃって、わたしが持っていけばいいと思っていたので、もうあわてちゃってねえ……そしたらこの町にはあなたがいるって思いだしたのよ。ほんとうによかった。お嫁さんにベールがないなんて、それこそたいへんですものね」
ララ・オーパさんは布を包もうとして、キキをちらっと見ました。
「これわたしの自慢のベールなのよ。あなた、ちょっと見たくない?」
「ええ、とっても」
キキはこたえました。
ララ・オーパさんは「手があれてひっかかっちゃうから……」とつぶやきながら、手のひらを合わせて何回もこすると、レースのはじを持ってひろげました。
「まあ、きれい!」
キキは思わずさけびました。
細い細い糸で、一面に花や、鳥の模様が編みこまれています。キキは天使の羽があるとしたら、こんなものかしらと思いました。
「こんな美しいもの見たことないわ」
キキは眺めながら、ため息をつきました。
「きれいでしょう! きょうはわたしの姪の娘の結婚式なの。その子は仕事が大すきで、いつもぱきぱきして男の子みたいな子なもんだから、せめて結婚式にはこのはなやかなベールをかけてあげたいと、思っていたのに……わたしったらついついわかいつもりでおてんばしちゃって。とんだ失敗!」
ララさんは痛い足をちょっとあげて顔をしかめました。
「これはね、それはそれは古いものなのよ。百八十年ぐらいはたっているそうよ。絹糸で編んであるの。遠い北国の娘さんが、十八のときから、三十歳まで十二年間かけてつくったものなんですって。今はもうこんなのつくる人はいないでしょうね。わたしのつれあいが、たったの一度、競馬で大穴あててね、美術商から買ってくれたの。いっつもまけてばかりいて、とっても貧乏だったのに、こんな高価なものを買うなんて。おかしな人だったわ。魔女さん、わたし……これでも女優だったのよ」
ララさんは肩をすくめて、ふふふと笑いました。
「あら、あなた、今びっくりしたのかくそうとしたでしょ。いいの、いいの。女優さんにはね、美しい女優さんとそうでない女優さんがいるのよ。ざんねんながら、わたしは、そうでないほうでね」
ララさんはまた声をあげて笑いました。それから足をひきずりながらゆっくり歩いて、となりの台所にはいっていきました。
「まだ、時間はありそうよ。お茶を一杯いかが」
ララさんはキキにすすめ、自分もいすにすわりました。
「こんなわたしが一度だけ舞台でお姫さま役をやったことがあってね、このベールをつかったの。そのときだけだったわ。でも主人はおおよろこびだった。大役だ、大役だ。おまえもベールも大役だ。おれの狙いは大当たりって。でも一回だけよ。大当たりっていえるかしらね。これにはほんとうに思い出がいっぱい」
ララさんはキキの目をじっと見つめ、のぞきこむようにしていいました。
「魔女さん、思い出ってすぎた昔のことだと思うでしょ。でもほんとうはこれからつくるものなのよ。わたしはずっとそう思ってきたわ。わたしの時間はのこりすくなくなっちゃったけどね。でもまだすこしはのこってる。つれあいとはいい思い出があるわ。賭け事好きで、大酒飲みの、たいへんな人だったけど、わたしのこと美人だっていってくれたの。ちびで、おでぶで、汗っかきのわたしをね。ふふふふ。こんなわたしでもにぎやかな思い出を持っているのよ」
ララ・オーパさんはおどけて、舌を小さくだしました。
キキの目に涙があふれてきました。
「ララ・オーパさんはきれいです、とっても」
キキは胸をつまらせて、とぎれとぎれにいいました。
「ありがとう、うれしいわ」
ララさんは指を口にあてて、ちょっと考えこむと、つづけていいました。
「このベールはね、わたしのものだけど、わたしのものではないのよ。今まで何人の花嫁さんの頭のうえにのったかしら。みんな、みんな、幸せになった。だって大当たりのベールですものね。ときどき泣いてもどってくる子もいるけど、もう一度かぶせて、鏡にうつしてあげるのよ。すると、涙は乾いて、すぐ家に帰りたくなっちゃうの。魔女さん、このベールには魔法があるのよ。いちばんいい日を思いだす魔法! だから、ひとりでも多くの花嫁さんにかぶってもらいたいと思ってるのよ」
ララさんはキキの手をぽんぽんとたたきました。
「まあ、わたしったら、おしゃべりで……肝心の用件をわすれそう……とどけ先は、コリコの町の北の街道をすこし行って、大きな森をぬけたところにあるルリリ村。小さな村だけど、きっと結婚式の用意で、大さわぎしてるからすぐわかると思うわ。結婚式は午後三時から……間に合うわね?」
「ええ、じゅうぶん」
「その子、マイマイっていいます。まだ十七、わかい花嫁さん」
ララ・オーパさんはベールをていねいにたたみはじめました。
「あら、わたしと同い年だわ」
キキはおどろいていいました。
「ほんと? じゃ、あなたもちょっと、かけてみる?」
「いいんですか……」
「もちろん」
ララさんはそういうと、ベールのはじをつまんで、キキの頭にふわっとかけてくれました。と同時に、鏡に、どこのお姫さまかと思うような、華やいだキキの姿が映りました。キキは目をパッチリあけ、口もぽかあんとあけて、自分の姿に見入っています。
「このベールもきっとあの子のいい思い出になってくれるわ。魔女さん、あなたが結婚するときもこのベールをつかってね。これは幸せのベールよ。そしてみんなのもの」
「まあ、うれしい」
キキの顔にひろがるように笑みがうかびました。
「そうそう、あなたに、お礼……といっても……けさつくったじゃがいもホットケーキしかないけど……となりの畑のおじさんがね、『おれはせわしてるだけさ。あとはお天道様がつくってるんだから……ときどき草でもぬいてくれれば、いるだけ食べてもいいよ』っていってくれるのよ。それでこの季節、毎日つくってるの」
ララさんはベールの包みと、べつに小さな包みをつくると、キキの手にのせました。
「猫ちゃん、あなたもじゃがいもホットケーキ食べてくれる?」
ララさんはいいました。ジジは「にゃ」とみじかく返事をして、ララさんの足に体をそっとこすりつけました。
キキはベールと、じゃがいもホットケーキの包みをほうきにさげて、飛びあがりました。
空にはララさんのベールのようなうすい雲が西から東へ橋のようにひろがっています。コリコの町をすぎると、北にのびる道はすぐ森にはいり、そこをぬけると、道沿いに家が集まっているまるいお皿の形の村が見えてきました。一軒の家のまわりをおおぜいの人が走るように行ったり来たりしています。
「あそこだわ、きっと」
キキはいそいでおりていきました。
すると道の右側に「ルリリ村」と看板が立っていました。
「きょう結婚なさる花嫁さんのおうちはどちらでしょう」
キキはおおぜいの人のまんなかで、なにか一生懸命に指図をしている女の人にききました。
「花嫁さん……? えーっと……あら、あたしよ。やだわ」
「まあ、じゃ、マイマイさん?」
キキはびっくりして、じろじろと目の前の人を見てしまいました。本人もわすれているぐらいです。とうていきょう結婚する人には見えません。大きなエプロンをかけて、ほっぺたも、手も粉まみれでした。
「そうよ」
マイマイさんは手でぱんとエプロンをたたきました。粉がぱーっとあたりに散りました。
「ララ・オーパさん、けさ足をくじいてしまって来られないので、かわりに花嫁さんの幸せのベールをおとどけにまいりました」
「あら、悲しい。おばあちゃん、こられないの……あっ、あら、あなた、もしかしていま空からやって来なかった?」
「ええ、わたし、魔女の宅急便です」
「ああ、うわさの……あなたなのね。ほんものなのね。結婚の日に魔女に会えるって……めったにない幸せ! あっ、ちょっとちょっときいて。今、たいへんなことになってるの。結婚式に『ルリリ村』の人全員招待することになったのね。結婚式なんて、この村ではほんとうにひさしぶりなの。それでみんな、よんじゃおうって。そしたらわたしの彼はコックさんだから自分でつくった料理をごちそうしたいっていいだしたのよ。おみやげもつけてね。でもそれが決まったのがなんとけさよ。小さい村だけど、あかちゃんから、年寄りまで入れたら百人はいますよ。それに結婚式用のケーキでしょ。今おおあわてでつくってるとこなの」
マイマイさんはエプロンのはじで汗を拭きました。
「いそがしくって。猫の手もかりたいぐらいだわ。おやおや、そういったとたんにあらわれた……猫ちゃん、あなた、手かしてくれる?」
マイマイさんはキキの肩のうえにすわっているジジに気がついてちょんとつっつきました。
「いいよ」とでもいうように、ジジは「にゃあー」と鳴き声をあげて飛びおりました。
「よかったらわたしも、お手伝いしましょうか?」
キキがいいました。
「オー、ララ、魔女さんの手もかりられるなんて、すごーいじゃないの! じゃ、こっちに来て、エプロンかけて」
マイマイさんはキキの手をひっぱって、一軒の家にはいっていきました。
「あっ、わすれたらたいへん。このベールはどうしましょう」
キキは包みをさしだしました。
「それじゃ、式までこのいすのうえにおいとくわ、魔女さん、おぼえててね。わたしわすれそうだから。それには自信あるの、うふふ」
マイマイさんはくすっと笑うとどんどんさきに立って、台所にはいっていきました。
なかは粉が舞い、バターのにおいとオーブンの熱でいっぱいです。それに手伝っているおおぜいの人。
「あっ、ご紹介するわね、わたしのお婿さん、クリオさん」
まけずおとらずいそがしそうに粉をふるいにかけていた男の人がこっちをむいておじぎをしました。キキはまっしろなエプロンをかけてもらうと、さっそくにんじんを切りはじめました。なにしろ百人分のお料理です。クリオさんの指図をうけてお魚をつぎつぎ焼く人、ならんだおなべのスープをかき回す人、野菜を洗う人、きざむ人、できた料理を大皿にもる人、人が重なるようにはたらいています。つくっても、つくっても、まだまだたりません。
キキはちらちらと時計を見ました。そろそろ二時半です。結婚式は三時のはずです。庭にはテーブルがいくつもならびました。できあがったお料理も運ばれています。お祝いの花も飾られました。なんとか間に合いそうです。でも間に合っていないのは花嫁さんと、花婿さんでした。まだ台所を走り回って、お皿につぎつぎ果物をのせています。花嫁さんはまだエプロンのまま、口紅一つぬっていません。花婿さんのほうはコックさん風の蝶ネクタイはしめていても、ほうぼうトマトのしみが飛び散っています。いったいどうなることでしょう。
「花嫁さんのしたくはいいの? もうそろそろ時間よ。あとはわたしたちでなんとかするわ」
キキはたまりかねていいました。
「だいじょうぶ。ちゃんと考えているから」
マイマイさんはぱっちんと片目をつぶってみせました。
通りのむこうからバイオリンの音がきこえてきました。ラッパの音もひびいてきます。キキが窓からのぞくと、楽団を先頭にきちんと洋服を着た人たちがまじめな顔でしずしずと庭にはいってきました。
「おや、花婿と花嫁はどこだ」
先頭の男の人がまわりを見回しておどろいたような声をあげました。結婚式をとりしきる村長さんのようです。その花婿さんと、花嫁さんは汗びっしょりでまだ結婚式の三段飾りのケーキにクリームで飾りをつけていました。
「はやく、はやく」
キキは気が気ではありません。
「おほん」
だれかが咳払いをしています。
「はーい、ただいま」
ケーキが運ばれて、まんなかのテーブルにおかれると、マイマイさんはぱっとエプロンを取りました。したからあらわれたのはスカートに白いリボン飾りがついた白いドレスです。クリオさんもエプロンをぱっととると、ネクタイをまっすぐになおしました。少々粉まみれ、しみがてんてんついていましたが……あっという間に花婿さんと、花嫁さんができあがりました。
みんな、「ほーっ」と声をあげました。「まるで、手品だ」
ふたりはキキを見て、「ね、だいじょうぶでしょ」というようにとくいそうに目配せしました。
結婚式が始まりました。誓いの言葉もかわされました。
「はい」
「誓います」
すると、そのあとつづいて、「わー」という花嫁さんのさけび声があがりました。「あー、幸せのベール、どうしよう。わすれちゃったわ」
「ごめんなさい。今すぐ」
キキはあわててもどって、包みをほどくと、ベールのはじを持って走りました。ところがあまりいそいで走りすぎました。ぱーっと風にふかれたベールはキキの手をはなれて、青空にむかって舞い上がっていきます。どんどん高くあがっていきます。キキはもう泣きそうでした。いそいで、ほうきを手にとり、飛びあがると、全速力でベールを追いかけました。ベールはにげるように飛んでいきます。なにしろ幸せのベールです。にげられてはたいへんです。キキは風を切ってうえへうえへと飛びました。ベールのはじがのばした手のさきにかすかに触れました。キキは全力で飛びあがって、つかみました。でもほうきがはなれて落ちそうです。キキはもう一つの手をこんどはしたにのばして、ほうきの柄をつかみました。そのままの姿でキキは落ちていきます。もう一つの手にしっかり握られたベールはお祝いの旗のように風になびいています。地上が近づいてきました。みんなうえをむいて、大さわぎです。応援するように手をたたいている人もいます。キキはやっと体をもとにもどすと、ベールのはじを両手に持ってゆっくりと花嫁さんめがけておりていきました。したから両手を高くのばして、ベールを受け取ったマイマイさんはそのまま自分の頭にふんわりとかけました。
「それではもう一度誓いの言葉を」
村長さんは、「おほん」と咳払いをしていいました。
キキはマイマイさんからのおみやげを持って、ララ・オーパさんのドアをたたきました。
「まあ、おかえりなさい。無事すみましたか?」
「ええ、たしかにおとどけしました。とってもすてきなお嫁さんでした」
キキはさっきのはらはらを思いだして、ちょっとはにかんでいいました。
「そう、よかった。でもわたし、あれからすっかりおちこんでいたのよ。もう花嫁さんに幸せのベールをとどけてあげることはできないなって。だってきょうみたいにけがをして、式におくれでもしたらたいへんですもの。幸せのおすそわけは、もうおわりだわ。このベール、博物館にでも飾ってもらうことにしようかしら」
ララ・オーパさんはキキが持ち帰った包みをなでながらいいました。けさはあんなに元気だったのに、さびしそうに目をふせています。
キキは思いきっていいました。
「あの、わたしでよろしかったらお手伝いさせていただきますけど……ララさんが行けないときはいつでもおっしゃってください。ときどき失敗するかもしれませんけど、でもだいじょうぶ。どんなことがあってもちゃんとおとどけします。幸せのおすそわけですもの。すてきだわ」
「おやまあ、そうよ、そうよ……まあ、なんていいこと」
ララ・オーパさんの顔にみるみる笑顔がもどってきました。
「わたしがいただくおすそわけは思い出のおすそわけなんだわ。わたしこの仕事していてほんとうによかった。ララ・オーパさん、わたし、うれしくってなんだかわくわくしちゃうわ」
キキはいいました。
「あたしこそ、あなたとふたり、これからいっしょにできるのね、ベール宅急便を! これはすごい! はりきっちゃうわ」
ララ・オーパさんはいいました。