「コリコの町の 秘密は 一つ
魔女 魔女 魔女
だれでも知ってる、それでも秘密
魔女 魔女 魔女」
3 海辺のお祭り
「キキ、ちょっと待って。そんなにはやいとノノちゃんが追いつけないよう」
ヤアくんが立ちどまって、一生懸命走ってくる、ノノちゃんを待っています。
キキはふりかえって、あれれっ、なに、この行列は……と思いました。すぐ後ろにいちばん小さなオレくん、それからジジ、ちょっとはなれて、ヤアくん、ノノちゃんとつづいています。子どもたちはそれぞれひまわりの花の形の棒つきキャンディーを握りしめています。このアメは今年の夏の限定販売だというので、今、コリコの町の子どもたちに大流行なのでした。それでせがまれてキキはいっしょに町の中心までアメを買いにやってきたのです。夏の陽をすって石の道は、燃えるような空気をしたからぶつけてきます。みんな赤い顔をして、汗びっしょりです。とまったとたんにオレくんがキキの足もとにしゃがみこみました。
「キキ、なめてもいいでしょ、ねえ」
追いついてノノちゃんがいいました。
「だめよ。おうちに帰ってからね」
キキはノノちゃんの額の汗を手で
「だってえ、とけちゃうよ、ほら」
ノノちゃんは手に持った棒つきキャンディーを見せました。アメはくたんとしています。
元気なひまわりではなく、うつむいた花になりそうです。
「それじゃ、日陰にはいって、おやつの時間にしちゃおうか」
キキはオレくんの手をひいて、風の通る、日陰の壁を見つけてよりかかると、自分もポシェットからアメを取りだし、包みをほどきました。おとなひとりに、子ども三人、それとうらやましそうに眺めてる猫一匹、ずらりとならんで、はでな棒つきキャンディーをなめはじめました。
「はなびらのとこがすっぱくっておいしいね」
ノノちゃんがいいました。
アメを握っているどの手も、ぺろーんぺろーんとなめているどのちいちゃな口もべたべたです。オレくんがキキのスカートのすそをひっぱって、口を拭きはじめました。
「だめよ。スカートはやめてね」
キキがポケットからハンカチを取りだして、オレくんのよだれまじりの口を拭いていると、とつぜん、目の前に人影があらわれました。
「あら、キキじゃない。ひさしぶりね」
ぎくりと体をおこして見ると、ミミさんです。胸が大きくあいた黄色いワンピースに、高いヒールの靴をはいています。
キキがはじめて出会った十三のときから、このミミさんにはすごいはやさでおとなの時間が流れているように見えます。同い年なのに会うたびにはっとするほど美しい女の人にかわっているのでした。キキはうらやましさ半分、あこがれ半分で見つめました。なにかいわなければと思うのに、言葉がすぐでてきません。ミミさんの姿がまぶしくって、胸の辺りがちくんとするのです。
「キキ、なにしているの、そこで」
ミミさんは手を額にかざし、光をさえぎりながらいいました。
「うん、ちょっと」
キキはあわててキャンディーをスカートのかげにかくしました。
「キキ、あたらしい仕事でも始めたの?」
ミミさんはならんでいる子どもたちをじろじろ見ていいました。
「ぼくたち、キャンディー買いにきたんだ。ほら」
ヤアくんはキャンディーを握った手をミミさんの目の前に突き出しました。
「ほら」
ノノちゃんもだしました。
「ほら」
オレくんもまねしてだしました。
「キキも持ってるよね。いっしょだもんね」
ノノちゃんがいいました。
「まあ」ミミさんは目をしばたいて、おもしろそうにキキを見ました。
「小さいふたりは、パン屋さんのおソノさんの子どもたち、この男の子は友だちの弟なの」
キキは笑いながらいいました。
「やだ、わたしったら保育園の遠足かと思っちゃった。やさしいおねえさんって、キキにぴったりだもの」
ミミさんはハンドバッグからハンカチをだして、鼻の頭をちょんと拭きました。
「わたしね、今デパートではたらいているの。紳士用のシャツ売り場の売り子さん、ふふふ。きょうはお休みで、これからお友だちと、お茶しに行くとこなのよ」
とっとっとっ……石畳を走る靴の音がして、横丁から男の人があらわれました。
「ミミ、どこかへ行っちゃったかと思ったよ。いつの間にか見えなくなったから」
「あっ、ごめん。友だちに会ったもんだから。この人がキキよ。ほらいつも話してるでしょ」
「あ、あの魔法の……」
男の人は顔をちょっとかしげておじぎをしました。
「やだ、魔法じゃないわよ。魔女よ。ごめん、キキ、この人、この町に来たばかりで、まだなにも知らないの」
ミミさんはそういいながら、男の人の腕にするっと手を回しました。
キキののどの奥からとめようもなく、ひくっと音がでてきました。
「とんぼさん、元気? まだ、仲よし?」
ミミさんがいいました。
「ええ」
キキはあわててうなずきながら、目をそらして、元気だわよね、仲よしだわよねっと思いました。
「じゃ、よろしくね」
ミミさんはちょっと手をあげると、思いだしたように近づいていいました。
「ああ、そうそう、きょうの夜ねえ、『浜辺で、若者ワイワイ』っていうお祭りがあること知ってるでしょ。きゅうに決まったらしいけど。町長さんが若者に夏のたのしみを、って提案したんだって」
「あら、そうなの、お祭りがあるなんてちっとも知らなかったわ」
「ほら、あそこにもポスターはってあるじゃないの」
ミミさんはすこしはなれた壁を指さしました。
「あら、気がつかなかった、わたし」
「キキもお祭りに来ない? ねえ、いらっしゃいよ」
「えー、でも……」
キキは右の肩をひゅっとあげて、行かれそうもないわという表情をしました。
「ふつうの若者にまじるのも、たまにはいいじゃない。たのしいわよ。みんなで待ってるから」
ミミさんはちょっと手をあげると、子どもたちのほうを見て、にっこり笑いました。
「おいしいとこ、じゃまして、ごめんね」
それから男の人によりかかるようにして、くるっと後ろをむくと、こつこつと靴の音をさせて遠ざかっていきました。
「キキのお友だちなの?」
ヤアくんがききました。
「そう」
「きれいだねえ」
ヤアくんはふーっと息をつきました。
家に帰り着いてドアをあけると、なかで電話が鳴っています。キキはいそいで受話器をとりあげました。
「魔女さんですか?」
いきなり命令するようないいかたです。声の調子からどうやらわかい女の子のようです。
「チョコレート、十八粒運んでもらいたいの。わたしの彼ねえ、十八になったのよ、すてきでしょ。きょうがお誕生日なの。だから気持ちいっぱいこめてチョコレートつくったの。ハート形よ。それを魔女さんに運んでもらいたいのよ」
「そんな特別なおくりものなら、ご自分でとどけたら」
わけもなくキキはむっとしていいました。
「やだあ、特別なおくりものを、もうひとつ特別にしたいのよう。魔女つきおくりものにね。いちだんとぜいたくって感じになるでしょ……同じ女の子だもん、わかるでしょ、この気持ち。猫ちゃんもつれてってよ。かっこうつくから。わるいけど魔女さんに豪華なリボンのかわりになってもらうってわけよ。ふふふ、いいでしょ。そしてね、彼が『おお』って、感激したとこで、わたしがすまして登場するっていう計画なの。ふふふふ、魔女さん、お誕生日プレゼント用にリボンのかわりもしますっていう仕事もついでに始めたら。どう? いい考えでしょ。それじゃよろしく。たのむわよ。わたし今、大橋のたもとにいるから、すぐ来てね、おねがい」
女の子はいっきに話しました。
「はい」
キキはみじかくこたえると、「あんたにも、ぜひ来てもらいたいってご注文よ」とジジを抱え、あとは口をぐっとむすんでほうきに乗り、飛びあがりました。
橋のたもとには帽子をかぶって、うすいひらひらとしたドレスを着た女の子が小さな包みをもって立っていました。キキよりちょっぴり年下に見えます。キキを見ると、早口で用件をいいはじめました。
「
「ええ、そこならよく知ってるからだいじょうぶよ。安心して」
キキはそういうと、たいせつそうにさしだされた包みを受け取りました。それでも女の子はつづけていいました。
「その近くに白いバラばっかり咲いてるかわいい公園があるのよ。小さなふたり用のベンチもあるわ。そこがわたしたちの秘密の場所なの。ちょっとややっこしいところだけど……彼、そこでわたしを待っててくれるの。きょうはちゃんとネクタイしておしゃれしてるはず、だからすぐわかると思うわ。さきに行ってこれをわたしてね。わたしはそのあとすぐ行くつもり。優雅に登場するの、ふふふ。そう、そう、あんたにお礼しなくちゃいけないわね。考えるのわすれてた。あら、どうしよう。チョコレートはきっかり彼の歳の分しかつくらなかったし……。それって心がこもってるでしょ。あっ、そうだわ、ちょっと手をだして」
女の子は早口でいいました。キキがいわれたとおりに手をひらくと、ポケットからアメの箱をだして、「ちょっとの仕事だから、のどアメ一つでがまんしてくれる? これしかないの」といって、箱をぽんとふってアメを一つのせてくれました。キキの顔がみるみる赤くなりました。でもぱっとアメをポケットにいれると、なにもいわずに、飛びあがりました。
「ふん、ぼくたち、リボンのかわりなんだって?」
ジジがぶーっと毛を逆立てました。
すごいいきおいで飛びあがったキキは、途中からきゅうにほうきで空の掃除でもするように、ふわりふわりと飛びはじめました。
「キキ、三日月アパートはそっちじゃないんじゃないの?」
ジジがいいました。
「いいのよ。ちょっと道草。あの子は歩いていくんでしょ。時間かかるからだいじょうぶよ。わたしもゆっくり行くつもり、あの子が着くぎりぎり前にね。それって心がこもっているでしょ」
キキはさっきの女の子のいいかたをまねしました。キキは両側に花が植えられている細い道におりていきました。
「こんなふうにふたりでのんびり散歩するのって、ひさしぶりだね」
ジジはうれしそうに大きな家の塀のうえをキキとならんで歩いていきます。
「おにいちゃん、やだやだ、つめたーい」
塀のむこうから声がきこえてきました。のぞくと男の子が庭の芝生のうえにゴムのプールをおいて、ホースで水をいれているのでした。ホースが水のいきおいできゅにきゅにとあばれて、そばの女の子の頭にかかっています。その水しぶきのなかに
「ああ、きれい! いい気持ち」
キキはつぶやくと、道のはじに咲いている花をつんで、頭にさしました。それからゆっくりとまた歩きはじめました。ジジがじっとキキの動きを目で追っています。
「このまま行かないつもり? それもいいかも……」
「ちゃんと行きます。まだだいじょうぶよ。ごしんぱいなく。ここからすぐのとこだもの」
キキはちいさな四つ角のはじにあったブランコを見つけると、包みをそばの石のうえにおいて、すわりました。ジジがいそいでキキのひざに飛び乗ります。
キキはしずかにこぎだしました。キキがゆれると、まわりの空気がゆれます。キキはジジが落ちそうなほど、ぐいぐいっと大きくこぎました。力を入れて前にこぐと、あたらしい空気に包まれて、いやなことのつまった空気を後ろにのこしていけるような気持ちになりました。
しばらくしてブランコからとびおりると、「さ、それではそろそろお仕事に行きましょうか、ね、ジジ」とキキはやっとほうきにまたがりました。
飛びあがると、目の前に三日月形のアパートが見えました。ところがすぐそばといっていたバラの公園が見あたらないのです。
「もう一つ三日月形のアパートってあるんじゃないの?」
ジジがしんぱいそうにいいました。
「だまってよ。だいじょうぶだから」
でもだいじょうぶではありませんでした。いそがしく目を動かしてさがしても、見つからないのです。この町に三日月形のアパートはたしかにここしかないはずです。
もっと、よくきいておけばよかった! でもあのときどうしても知らないとはキキはいいたくなかったのでした。
キキはまわりを見ながら、うろうろと飛びつづけました。
すると、ありました。建物と建物のあいだの、公園とはいえないくらい小さな空き地に、白いバラの花がもりあがるように咲いています。キキはいそいでおりようとして、はたととまってしまいました。バラの花にかくれるようにおいてあるベンチにさっきの女の子とネクタイをした男の子が肩をくっつけあってすわっていました。ふたりは声をあげて笑っています。キキはそっとむきをかえ建物のかげにおりました。キキはちらちらとふたりのほうをのぞきました。さきにとどけてっていわれたのに……あの女の子のことです、なんていわれるかわからないと思うと足がなかなかさきに進まないのです。
「ぼくがかわりにとどけようか?」
ジジがいいました。
「ううん、わたしが行くわよ、ちゃんと」
キキはむりして笑顔をつくると、思いきって走りだしました。
「ごめんなさーい。おくれちゃって」
キキはもうしわけなさそうにしたをむいて、包みをさしだしました。
「道にまよっちゃって……」
「くくく、道じゃないでしょ。空でしょ」
男の子は笑いながらいいました。
「だいじょうぶよ。いいの、いいの、彼ったら、わたしがさきに来てくれたほうがよっぽどうれしいって」
女の子はぴかぴか光るような顔をキキにむけました。
キキが家にもどると、とびつくようにしてヤアくんがいいました。
「ねえ、キキ、きょうね、おソノさんがさそってくれたんだ。こんどの土曜日に、子ども会のお泊まり会っていうのがあるんだって。ぼくは会にはいってないけど、いっしょに行けるように話してくれたんだって。夜、子どもだけのまっくらくらさんぽなんていうのもあるんだって。ぼく、いらいらするぐらい、たのしみ」
ヤアくんの目はくりくりと動いて、とってもうれしそうです。
「キキもたのしいよね。あのおねえさんがいってた今夜のお祭り、行くんでしょ、とうぜんだよね」
「うーん、わたしは行かないつもりなの」
キキはほうきを壁の
「どうして? ぼくがいるから? ぼくならジジとお留守番できるよ」
「そんなことないわ。ただ行かないの。べつに理由はないわ」
キキはヤアくんの肩に手をそっとふれました。
「ふーん、どうして行かないのかなあ……」
ヤアくんはふしぎそうに首をかしげて、外にでていきました。
さっきからキキはいすによりかかるようにすわって、じっとどこかを見つづけています。だまったままです。そんなキキのようすをジジはちらちらっと見ています。ときどきそばによってきては、体をキキの足にこすりつけ、ベッドのそばのいつもすわるマットのうえにもどっていきました。
とつぜんがったんと音をさせてキキはらんぼうにいすから立ちあがりました。ジジがおどろいてそばによると、キキは外にでて、魔女の宅急便の看板を眺めはじめました。
「魔女の宅急便 こっちのお宅から、あっちのお宅まで、どこよりもはやく、どんなものでもおとどけします。電話番号は 一二三─八一八一」
看板にはこう書かれています。キキがこの仕事を始めたとき書いた言葉でした。
「どんなものでもね……八一八一 はい、はいってね」
キキは低い声で、投げやりにいいました。だれにでもいいからキキは大きな声でどなりたい気持ちでした。こんな気持ちになるなんて、はじめてのことでした。今までもこういう注文がなかったわけではありません。悲しい気持ちになったこともありました。でもきょうのようになにもかも投げだして、けんかをしたい気持ちになったのははじめてでした。
キキはふっと看板から目をそらすと、
「かってなおとどけものはもうお断りだわ」とつぶやきました。目つきはつんととがって、口をぎゅっとつぐんでいます。
「やめちゃうってこと?」
ジジがききました。
「そうじゃないの。やさしい気持ちのおとどけものだけにするの」
「でもそれってむずかしいよ。どうやって決めるの? 見えないもん」
「わかるわよ、そんなこと!」
キキの口が今にも泣きだしそうにゆがんでいました。
「でもキキはいつか、へんなおとどけものでもつながっていって、だれかがよろこんでくれることもあるかもしれないって、いったじゃない。ぼく、感心してたのに」
「もう、そんなのやめたの」
キキはつんと顔をそらしました。
「お祭りにどうしても行かないの? 行けばいいのにな、……おとなって、かわってるね」
ヤアくんは寝る前にもう一度キキにいいました。そして今はむこうの部屋で、ぐっすりと寝ています。しんぱいして、キキのまわりをさっきまでうろうろしていたジジもしっぽのはじに頭をのせて、スースー寝息をたてはじめました。
キキはまだぶすっとした顔をして、つめたいお茶をちょびちょびと飲みながら、机にひじをついてぼんやり窓から外を見ていました。
きゅうに外がぱーっと明るくなりました。
花火です。
キキは立ちあがって、窓からのりだしました。ジジも目をさまして、窓に飛び乗ってきました。暗い空のうえではじけた花火が、赤と水色の火花になってさーっと流れ落ち、消えていきます。遠い浜辺のほうからはずむような音楽もきこえてきます。それをじっときいていたキキの体がすこしずつゆれはじめました。いっしょに目も光りはじめました。
「ねえ、ちょっと見てみたくない? お祭り……」
キキはジジにいいました。
「ちょっとだけだけど……」
「ぼくをさそっているの?」
ジジが顔をあげていいました。
「まあ、そうよ」
「ぼくは行かないよ。若者のお祭りだよ。キキ、ひとりで行けば?」
「わかったわよ。じゃ、いいわよ。ひとりでいくから。だって十七歳の夏は一生で一度ですもんね、うん、そうよね」
キキは大きくうなずくとそわそわとしたくを始めました。したくといっても黒のうす地のワンピースに着がえ、赤いリボンがついたよそ行きの黒いポシェットを肩からさげるだけです。
「ほうきで飛んでいったほうがいいよ。おおぜいの人に魔女の姿を見せるのも役目なんだからね。みんな、このごろキキの魔法、わすれてんだから」
ジジがえらそうにいいました。
「そうよね。ちょっと派手にいってみようかな。それではジジ、お留守番、おねがいね」
キキはそういうと、いきおいよくドアをあけてでていきました。
「ふう~~」
ジジのなにかいいたそうな声がきこえてきました。
お祭りの会場は赤いちょうちんにぐるりとかこまれ、音楽が大きな音で鳴りひびいています。広場のまんなかではおおぜいの人がおどっています。それをかこむようにテーブルがおかれ、仲よし同士がかたまっておしゃべりをしています。ところどころに飲み物や、サンドイッチを売るおもちゃのように派手なお店がならんでいました。
キキはすばやく会場のうえを飛んで回ると、入り口近くにおり立ちました。空を飛んできたいきおいをかりて、はいりかけ、でも入り口のところでもじもじと立ちどまってしまいました。やっぱりひとりではなかなかはいっていけないのです。
(ミミさんと約束しとけばよかったな。帰ろう……)
さっきまでの進め、進めの気分はどこへやら、キキはおずおずとまわりを見回すと、そっとあとずさりして光のなかからぬけだそうとしました。
すると、後ろからどんとおす人がいます。
「わー、キキだわ」
「あれ、魔女さんよ」
いっせいに歓声をあげたのは、ミミさんをまんなかにした男の子と女の子の一団でした。このあいだいっしょだったミミさんの友だちもいます。
「わー、来てくれたのね、キキ」
ミミさんがはしゃいだ声でいいました。
「キキ、さあ、はいろうよ。ワイワイ祭りだもの。わいわいって、わいわいって」
おどけた声といっしょに、だれかがキキの手をひっぱると、みんな会場になだれこんでいきました。
「このテーブルにしよう。ぼくたちの陣地だよ」
荷物をおいて、みんな、飲み物を買いに走っていきました。
しだいにキキのまわりに人の輪ができていきました。キキにいちばんいい場所のいすをひいてくれる人、飲み物やお菓子を買ってきてくれる人、みんな、競争のようにキキのことを歓迎してくれます。
「だれが、キキをさそったの? お祭りに魔女ってぴったりだ。そんな気のきく人はだれ?」
「もちろん、あたしよ」
ミミさんがいばってつんと胸をそらしました。
「ねえねえきかせて、魔女って、ぜんぜん寝ないんだって、ほんと?」
「キキの持っているラジオは宇宙放送もきけるんだって? ほんと?」
「ねえ、ねえ、男は魔女になれないの? どうして?」
「それって、不公平だと思うけど」
「でもさあ、魔法ってさあ、進んでるよね」
「魔女って今的だよね。おしゃれだもん」
キキが想像もしていなかったことがおきています。ふだんあまり話をしたこともないのに、みんながこんなに歓迎してくれるなんておどろきでした。キキはほっ、と安心するときゅうにうれしくなりました。ふわふわと体がういていくようです。
「ねえ、ねえ、知ってる? 魔女ってね、じつはとってもおてんばなのよ」
キキは首をすくめ、おどけて自分からすすんでいいました。
「知ってる、知ってる、いつか見たよ。とってもおてんば。三回もでんぐり返りしながら飛んでるとこ。おっどろいちゃったよう」
「くくく、くくく」
キキはぺろって舌をだして笑いました。
「ほんとういうとね、小さいときからおてんば飛びが大すきだったんだ」
ひとりがとびだしてきて、キキの腕に手を回しました。それにみんなつながるように腕を組むと、体をゆすり、一列になって横歩きしながらうたいだしました。
「コリコの町の 秘密は 一つ
魔女 魔女 魔女
だれでも知ってる、それでも秘密
魔女 魔女 魔女」
キキの顔はのぼせて赤くなりました。
「やだわ、わたし……」
とろけるようにうれしそうです。
「さあ、キキ、おどろうよ」
だれかがキキの手をひっぱりました。
「えっ、わたしと? まさかでしょ!」
キキはおどろいて自分を指さしました。
「わたし、おどれないの」
キキは足をとめて、ざんねんというように肩をわざとらしくおおげさにすくめました。
キキは十三のとき、コリコの町に来て仕事を始めたので、あそびといったら、子どものときした石けりや、かくれんぼぐらいしか知らないのです。同じ年頃の人たちとこんなふうに出会って手をつないだりおどったりするのは、はじめてといってもいいかもしれません。魔女はいつでもだれかのお役に立つものといわれ、それがあたりまえだと思ってきました。男の子に手をひっぱられて、キキはなにかこわいものにでも出会ったようにずずっとあとずさりしました。
「ぼくだってうまくおどれないんだ。いいじゃない、いっしょに、デタラメおどりなんかやってみようよ」
その男の子はキキの両手を握って高くあげると、おどけた顔をしてぴょこんぴょこんと足を動かし「ねっ」といいました。キキもおそるおそるまねします。するとまわりで見ていたみんなもまねしておどりはじめました。おたがい競争するように見せびらかしてだんだん派手なおどりになっていきました。するとキキのなかからはずかしい気持ちが、すこしずつどこかに飛んでいきました。
「わたしだってその気になればこんなもんよ」
キキはふんとあごをしゃくり、ひとりごとをいいました。いつもとちがう自分になれたのがうれしいのです。
「さあ、つぎはぼくだよ。魔女さんのひとりじめはだめだよ、かわって、かわって」
となりでおどっていた男の子がキキのほうに手をのばしました。
「まだ、まだ」
キキといっしょの子がおどりながら、顔を横にふりました。
「順番だよ。キキ、こんな子どもの運動会みたいなおどりはもうやめてさ、かっこいいおどりを始めようよ」
さそった男の子はキキの手をひっぱっておどりのまんなかにつれていくと、ひとつの手をキキの肩に、もうひとつの手を腰において、人のあいだをひっぱるようにすいすいとぬっておどりはじめました。キキもつられておどります。
「わたし、はじめてよ、こういうふうにおどったの。おかあさんとおとうさんがおどってるのは見たことあるけど……」
キキは気持ちよさそうに体を動かしながらいいました。
「それにしてはじょうずじゃないですか。さすが魔女、とってもかるいよ。まさか飛んでるとか?」
「いやだわ、そんなに見える?」
キキがおどろいてまわりを見ました。みんなキキに笑いかけています。
「キキ、すごいわ。いつおぼえたの?」
ミミさんがだれかとおどりながら近づいてきていいました。
「ね、わかる? じつはぼくたちほとんど飛んでるのさ。これって正統派、魔法のダンス!」
キキといっしょの男の子がいいました。
「ねえ、キキ。ぼくたちときどきおしゃれしてね、集まるんだ。そしておしゃべりしたり、おどったりするんだ。そういう、こことはちょっとちがうおとなっぽい集まりつくってるの。ミミも来るよ。どう、こんど、キキも来ない?」
「まあそんな会があるの。だからこんなにじょうずなのね」
キキはいいました。
「こんどさそってもいい? もしキキが来てくれたら、みんな、きっとおおよろこびだよ。もちろんぼくもさ。魔女が来る会なんてそうないもんね、ワオ! 進んでるぅ」
「たのしそうねえ!」
キキはため息でもつくようにいいました。
「こんど電話するね」
「ほんと? わたしも入れてくれるの? うれしいわ!」
キキは相手の目をのぞきこんでたしかめるようにいいました。
「キキ」
だれかが大きな声をあげました。
「ぽーんと宙返りして!」
するとおどっていたみんながよってきていいました。
「見せてよ、魔女のすごわざ!」
「見たいよ、近くで」
「飛んで、飛んで」
みんな、合唱するようにさけびだしました。なんのさわぎかとまわりの人たちがふりむきました。そしていそいで近づいてくると、いっしょにさけびだしました。
「飛んで、魔女さん、
わたしたちのために、飛んでよ、飛んで!」
あっという間にキキはおおぜいの人にかこまれていました。
「コリコの町のふしぎな宝物。さあ、見せて」
キキのほほがぽーっと赤くなりました。胸がドッドッと鳴っています。キキははにかみながらも、でもとびっきりかっこうよく見えるように気をつけながらほうきの柄を握ると、ぼーんと砂をけって飛びあがり、くるっと回って、おりました。
「うわー、すごーい迫力!」
「さすがあ……でんぐり返りまで優雅だなあ」
ほうぼうから拍手がおこりました。その拍手にいっそううれしくなって、キキはもう一度飛びあがって、くるりと二回も回って、おりました。
「ひゃー、きれいだねえ」
「きゃー、やっぱり、こりゃ魔法だよう!」
手をたたいたり、まねしてとびはねたり、おおさわぎです。
こんなにキキって人気者だったのでしょうか。当のキキにもとても信じられません、たのしくあそんでくれる友だちだって、これからはたくさんできそうです……キキはびっくりでした。でもこのびっくりって、なんてわくわくするんでしょう。今年の夏はたのしいことなんてないと思っていただけに、キキの目はお祭りの明かりのしたで、きらきらと、こぼれるように光っていました。コキリさんの顔が小さな灰色の雲のようにキキの胸を通りすぎました。キキは思わずそれをはらいのけるように手を顔の前で横にふると、いちだんと声をはりあげていいました。
「じゃ、わたし、空、飛んじゃおうかな。もう一つ、おまけ!」
「わーい」
みんな、ぴょんぴょんとびあがってよろこんでいます。キキはほうきをつかむと、柄のうえに横ずわりして、ぷーっとうきあがりました。顔をちょっとお月さまのほうにむけ、すまして見せました。スカートがさらさらと後ろになびいていきます。
「おーう、かっこいいなあ」
すぐ目の前で見せられたふしぎに、みんな、のけぞるようにして、さけびました。
「魔女、魔女、魔女」
みんなはやすようにうたいだします。
キキは飛びながら、お返しの歌をうたいました。
「御用はなんでも、魔女、魔女、魔女」
うたいながらおどけて、くくくと体をふりました。みんなもあわせて、くくく……
キキは手をのばして、みんなとあくしゅをしました。
半月が海を照らしています。光った波がいったりきたりしています。浜辺では花火があがります。
「だから、夏ってだーいすき」
飛びはねながらさけんでいる人がいます。
低く飛ぶキキたちにつながるようにして、みんな、そろって浜辺を行進していきます。
どの顔も汗をにじませ、ぴかぴかと光っています。
波もきらきらと光りながら、つぎつぎと浜辺によってきました。
「わたしの、夏休みも……こんなにすてきになったわ!」
キキは両手をあげてさけびたいほどうきうきしていました。
そのままみんなそろって町までうたいながら進むと、手をふりあって、それぞれ家に帰っていきました。
キキはごきげんで、「魔女、魔女……」と、鼻歌まじりにうたいながら、ドアをいきおいよくあけました。ジジがそばにとんできて、ききました。
「どうだった?」
「もう、最高、わたしの夏休み、もう、最高よ」
キキは両手をあげてくるくる回りながらはいっていくと、ばったんとベッドに倒れ込んで、そのまま寝てしまいました。
つぎの朝はキキは魔女になってからはじめてといっていいほどねぼうをしました。
おなかのすいたジジが催促のつもりで、うえに飛び乗ってきても気がつかずに寝ていました。お日さまは空のまんなかに近づこうとしています。
キキはやっとまぶしそうに目を動かしはじめました。
「わー、たいへん。寝ちゃった、寝ちゃった」
キキはベッドから立ちあがり、体をのばして、大きなあくびをしました。
「おなか、すいた!」
ジジがぶーっとうなり声をあげました。
「ごめん、わるいわね。でもわたしにだって、夏休みあるんだから」
キキはいいかえしました。
「ヤアくんは?」
「おソノさんのとこで、ごはん食べてるよ」
「ジジも行けばよかったのに」
「ふん、なんていうヤツだ。ぼくはキキのねぼう、かくしてあげてるのに」
「すんません!」
キキはふざけたようすで頭をぺっこんとさげると、わきの壁にはってあるカレンダーをちらりっと見ました。とたんに目がかーっと大きくひらきました。
「ジジ、きょうは六日よね」
「ちがうよ。八日だよ」
「えー、ほんと? わー、どうしよう。じゃ、きょうは立秋じゃないの。くすりぐさを刈り取る日じゃないの。わたしったら、すっからかんとわすれてた。ジジも気がつかないなんて、ひどいじゃないの」
「人のせいにしないでよ」
ジジがにらみかえしました。
キキは、「どうしよう、どうしよう」といいながら、部屋のなかをあっちに行ったり、こっちに行ったり、動き回りました。
くすりぐさは立秋の日、朝のくすりぐさは朝の六時に、夜のくすりぐさは夕方の六時に刈り取らなければならないのです。それはおかあさんのコキリさんに教えてもらった、昔からつづいている魔女のくすりぐさのつくりかたなのでした。
キキは電話にとびつきました。番号を回すのも手がふるえています。
「おかあさん、おかあさん、どうしよう。ねぼうしちゃったの」
キキは電話のむこうのコキリさんにいいました。
「いったい、どうしたの、そんなにあわてて」
電話のむこうで、コキリさんがおどろいています。
「きょうが立秋だってわすれてたの。おかあさんはもうくすりぐさの刈り取りした?」
「ええ、朝の分をさっき、おわったとこよ」
「どうして、教えてくれなかったのー」
キキは口をとがらせていいました。
「キキ、自分がなにをいっているのかわかってるの? わすれたのはあなたなのよ。文句はあとにして、はやく始めなさい。おくれてもやらなきゃ」
コキリさんは強い口調でいいました。
「だって、魔女の計算ってあるんでしょ。おかあさん、いってたじゃないの。自然とわかるものだって。どうして、どうしてわたしには魔女の計算は伝わってこないの」
キキはまだどこかに文句をいいたい気持ちなのでした。
「あきれちゃうわ。やつあたりして、キキらしくないわね。さ、はやくやりなさい、はやく。でもたのしくやらないとね。それとありがとうの気持ちもわすれないようにね、わかった?」
(ふん、おかあさんはいっつもお説教ばかり……なぐさめてくれたっていいじゃない……)
キキは口をとがらせて、電話を切りました。それから畑に走っていって、朝の分のくすりぐさの刈り取りをおおいそぎでしました。そして夕方、六時の刈り取りもちゃんとしました。来年の種のための草もまちがいなく畑にのこしました。
つぎの日、くすりぐさを全部きざんで、
ところが瓶に入れてみると、去年より二瓶も多くできあがったのです。
(なんだ、しんぱいすることなんかなかったじゃない。失敗したってちゃんとできてるじゃない。それもこんなにたくさん。ふー、あわてさせるじゃないの)
キキはほっとしたとたん、いばりたくなってらんぼうにつぶやきました。
コキリさんはいつも、「薬はね、いるだけできるの。それが魔女の薬っていうものよ。多くもなく、すくなくもなくね」といっていました。
(おかあさんはいつもすぐ自然が持ってる大きな力とか、なんかのおかげとか、いいたがるけど……。でもちょっとぐらいちがっちゃってもだいじょうぶなのよね。ほら、見なさいよ。そう、自然は大きいのよ。すこしぐらいいいかげんでもなんとかなるのよ。きちんとやるのがいいとはかぎらないんじゃないの。自然のまねしておおらかに……わたしももうおとなだもん、やっちゃうわ、おおらかに、自由にね。わたしの魔法はもう一人前よ。きっと、今年は風邪がはやるのよ、だからよ)
キキはいっぺんにこれだけ考えると、自分でだした答えに満足してふんと口をまげ、うなずきました。