11 プウプカおじさん
カラさんのコンサートの日から、キキは、自分をはげますように、カラさんの歌をくりかえし口ずさんでいました。
「窓の むこうに 風はふくのに
手をふる ひとも きっと いるのに」
なんとか前のような元気がほしいのです。自分にむかってこうもいってみました。
「ケケにかきまわされることなんかないのよ。あの子は今に帰っていくんだから。わたしはわたしでやっていかなきゃ」
キキは、ひさしぶりに時間をかけて、くすりぐさ畑の土をたがやしています。さくさく、さくさくという土の音が、またね、また来年ねっていっているようにきこえます。十月になったら、刈り取らずにおいたくすりぐさにできた種を、取りこまなければなりません。そのあと種はまっくらなところでねむりにつくのです。
もうじきとんぼさんは遠くはなれた学校に行ってしまいます。キキはくすりぐさの時間に重ねて、とんぼさんの出発のときを考えていました。
電話がかかってきました。キキは家にとびこんで、いそいで受話器を取りあげました。すると、いきなり、
「助けてくれ!」とかすれた声がきこえてきました。泣いているような声です。「わたしの犬が消えてしまった。あれが、いないと……あれが、いないと……さがしてください、魔女さーん」
「ええ、できるだけお手伝いします。犬だったら、きっと、だいじょうぶです。見つかると思います。そんなに悲しまないで」キキは、なるべく気持ちをおちつけてもらおうと、ゆっくりいいました。「これからそちらに行きますからね。犬の写真をおもちですか? あったら見せてください」
「はい、あります。すぐ、すぐに来て。わたしは道ばたにいます。いつもひまわり通りの百貨店の前にいるハーモニカふきです」
「あっ、知ってます。今もそこにいらっしゃるのですか? すぐ行きますから、待っててください」
キキはほうきをはずしながら、(あのプウプカおじさんだわ)って思いました。
「ジジ、はやくおきて。あんたの動物的感覚が必要になるかもしれないの」キキは、ベッドのうえで気持ちよさそうに寝そべっているジジにいいました。ジジはねぼけてベッドからとびおりると、すたすたとケケの部屋のほうに歩きだしました。「そっちじゃないわよ。こっちよ。はやく」
キキがドアをあけ、ほうきにまたがると、ジジが「ごめん」とあくびまじりにいいながらとびのってきました。あんなに必死になって頼りにしてくれる人がいると思うと、キキは胸がいっぱいになりました。
キキがひまわり通りの百貨店の前におりたつと、プウプカおじさんは、あのぬいぐるみのはいったかごをかかえて、うろうろしながら待っていました。キキの気配にふりむいた顔はつやがなく、目は泣きはらしたようにまっかで、うるんでいます。
「この子です」
おじさんは、つぎのあたったポケットから、くちゃくちゃの写真を取りだしました。それは、今かかえているかごのなかに、よりかかるようにならんでいる、三匹のぬいぐるみの写真でした。
「えーと、どの?」
キキはそういいながら、おじさんがかかえているかごのなかを見ました。そこには、写真とちがって、ぬいぐるみは二匹しかはいっていませんでした。くまとうさぎです。そのそばに、毛糸で毛皮のように編んだものが、まるめておいてありました。
「なくしたのは犬のぬいぐるみですね。きっとどこかで落としたんでしょう」キキは、(なあーんだ)と思いながらいいました。「ぬいぐるみさがしなら、前にもいちどやったことがあります。きっとだれかがひろって……つれてっちゃったんですよ。だいじょうぶ、見つけて、ちゃんとおとどけしますよ」
キキは、安心させるように、じっとおじさんの顔を見つめました。
「いえ、ぬいぐるみではないんです。あの子はぬいぐるみの芸をしていたんです。そしてわたしを助けてくれていたんです」
「えっ」
キキはさけびました。そういえば、この前見たとき、この犬の目がぱちんとつぶって、あいたような気がしたのを思いだしました。
「この子はカヤっていうんです。もう八歳ですから、おとななんですが……いつもわたしとふたりっきりなもんですから、世間のことはあまり知らないのでしんぱいです。もしかしたら、だれかにつれていかれたかもしれません。かわいい顔をしてるから。列車で運ばれちゃったら、もう、だめでしょうねえ」
プウプカおじさんは涙をためた目をしばしばと動かして、すがるようにキキを見ました。
「だめだなんて、思わないで。見つけましょうよ、ぜったい」キキはいいました。「さっそくさがしにかかりますから、安心して、待っててくださいね」キキはジジを抱きあげ、自分の前にのせると、おじさんに、だいじょうぶとうなずいて飛びあがりました。「ジジ、がんばってよ。野性の力をふりしぼってね。あなた、猫でしょ」キキはジジの背中をなでました。
キキは町のはじから一本の道もはずさないように注意しながら、いったりきたりして飛びました。
「カヤちゃーん、カヤちゃーん」
キキはひっきりなしによびつづけます。ジジも体をのばし、まるい目をますますまるくしてしたをのぞきこんでいます。犬の鳴き声がすこしでもきこえると、おりていってたしかめました。
日が暮れたあとも、さがしつづけました。すっかり暗くなると、飛ぶのをやめて、地上を歩きまわりました。どんな小さな路地でも見落とさないように目をくばりました。町の人も寝しずまり、犬の鳴き声もきこえなくなった深夜、キキとジジはつかれきって家に帰ってきました。
「あしたもさがしに行こうね、ジジ。あんたもたいへんだったわね。目がしょぼしょぼしてるよ」
「キキの目だって、ほそーくなって、今にもつぶりそうだよ。あっ、そうだ、猫の集まりで習った猫の目体操しようか」
ジジがいいました。
「ジジ、きょうはやさしいのね」
「だって、カヤって子、かわいそうなんだもん。ぬいぐるみのまねって、けっこうつらいよ」
そういえば、キキとこの町に来たばかりのとき、ジジもぬいぐるみになって、キキの仕事を助けてくれたことがありました。
「なんとかはやく見つけてあげたい」
キキもあのときのことを思いだしていました。
「さ、やろうよ、猫の目体操。
やみを 見る目
やみの むこうに 目を のばそう
心 しんしんと やみ
これを三回うたいながら、目を右、左、右、左って動かすんだよ。そしたら、あしたはもっと元気になるよ。まかせてよ。でもね、目ってただ見ればいいってもんでもないんだって。『やみのむこうに目をのばそう』ってとこが、たいせつなんだって。猫にも見えないやみのむこうだよ。わかる?」
「うん」
キキは神妙にうなずきました。
それからキキとジジはそろって目を右、左と何回も動かしました。キキはこの体操をしながら、しきりに「おわりのとびら」の本のことが気になってきました。あの本も、やみのむこうからでてきたような気がします。
ベッドのうえですーすーと寝息をたてはじめたジジをおこさないように、キキはそっと歩いて、机のうえから本を取りあげました。それから、今まで何回かやったように、どこか開くかなと思いながら指をすべらせました。とつぜん、またぱっとページが開きました。暗い電気にすかして見ると、こんな文字が読めます。
「ひびきをあわせ、空にとばす声」
またこんどもなぞめいた言葉です。
(ひびきをあわすって、だれとあわすの? 空にとばす声って……もっと高く飛んで、カヤちゃーんって、よべってことかしら)
キキが本をとじて、じっと考えていると、ケケが部屋からでてきました。それから大きなあくびを一つすると、
「キキ、犬、さがしてるんだって? いつもながら、ごくろうさんだね。でも、それって、かんたんなことだよ、きっと」とそれだけいうと、肩をすくめ、ふにふにと鼻歌をうたいながらひっこんでしまいました。キキはひょこっと首をだすケケが、なにかというと開くこの本みたい、と思いました。
つぎの朝、キキはジジといっしょに動物園にむかいました。飼育係のママさんなら、迷子になった犬の気持ちや、動きかたがわかるかもしれないと考えたのです。以前、カバのマルコさんのノイローゼがしっぽをなくしたせいだと気がついたのも、このママさんでした。
「そのカヤちゃんは、一種の『猫かぶり病』じゃないかと、わたし、思うわ。この病気はね、猫だけがかかる病気じゃないのよ。犬だって、人間だってかかるの……」ママさんはいいました。「そのプウプカおじさんが、カヤちゃんに頼りすぎたんじゃないかな。カヤちゃん、けなげにもその期待にこたえようと思うあまり、この病気にかかっちゃったのよ。その飼い主のためにずーっといい子ちゃんでいたから。そしてこれからもいい子ちゃんでいようって思っているからよ。つかれちゃったのよ。これが原因の家出はややこしいのよね。だいすきな人からにげるつもりはないのに、ついふらふらっと、にげちゃったってわけだから。つかれすぎて、カヤちゃんどうでもよくなっちゃったのよ、きっと」
「薬はないの?」
「薬? ざんねんながらないわ。でもカヤちゃんが心の底の底にあるほんとうの気持ちに気がつけば……」
「ほんとうの気持ちって、なにかしら」
キキはふと「おわりのとびら」の本のことをおもいだしました。
「カヤちゃんが目をさますようなことなんだけど……それがなんだか、わたしにもわからない」
ママさんはすまなそうに顔をしかめました。
「わたし、あきらめないで、やってみます」キキがいいました。「お話きいて、なんだかとってもカヤちゃんに会いたくなっちゃった。気持ちが、わかるような気がするの」
ママさんとわかれて歩きだしたキキに、ジジがうなずきながらいいました。
「つまりだよ。カヤちゃんもおじさんのためって考えちゃいけないんだよ。自分で自分が特別な犬だって思えればさ、いいんだけど。体がかるくなるのに……」
「ジジったら、ややこしいこといわないでよ。そんなことあたりまえでしょ」
キキはちらっとジジを見ました。
「でもそれって、さびしくないとわかんないんだよね」
ジジはおとなびた口調でいいました。
キキが目ざしたのは、町でいちばん高い時計台のうえでした。まうえからのお日さまの光をうけて塔のかげがみじかく地上に落ちています。ちょうどお昼ごはんの時間で、塔の前の広場も道も、人であふれています。キキは油断なく通りの一つ一つに目を動かしていきました。
「や、キキじゃないか」
声のするほうにふりかえると、すぐしたの窓から顔をだしているのは、この時計台を守っている、時計屋のおじさんです。のりだしてキキを見上げています。
「もうすぐお昼の鐘が鳴るよ。以前は大晦日だけだったけど、この頃じゃ毎日、昼にもならすことにしたのさ。大きな音がするから、そんなとこにいると、耳がこわれちまうよ」
「わー、たいへん」
キキはほうきに乗ろうと立ちあがりました。でも、ふと動きをとめました。
「ひびきをあわせ、空にとばす声」という「おわりのとびら」の本の言葉を思いだしたのです。
「この鐘の鳴りかたって、決まってるんだったかしら」
「ああ、十二時だから十二回さ」
「そ、それって、かえられないの?」
「また、どうして?」
時計屋さんはききかえしました。
「たのしい音にかえられない? 行方不明の犬の女の子なんだけど……おもしろい音をきいたら、でてくるかもしれないと思って」
「ヘー、犬とはね。犬がおもしろがる音ねえ……さーて、できるかなあ」
「町長さん、おこるかしら」
「そりゃあ、だいじょうぶだろ。キキちゃんにはせわになってることだし。じゃ、なんとかおもしろい音、やってみるか。でもあんたたち、耳、ふさいどいてよ」
おじいさんはそういうと、鐘のひもにとびついて、おどるように体をはずませ、鳴らしはじめました。
カランチョ カランチョ
カランチョ カランチョ カランチョ
チリンチョ チリンチョ
鐘の音はコリコの町に鳴りひびきました。通りを歩いている人が、おやっというようにうえをむきました。鐘を指さして、音にあわせて、かろやかに足を動かしている人もいます。人がぞろぞろとしたの広場に集まってきました。みんなたのしそうに体をゆすっています。でも集まってきたのは人間だけでした。犬の姿は見えません。
「だめだな。これじゃだめなのかな」
時計屋さんがいいました。
「しょうがないわ。時計屋さん、わがままいって、ごめんなさい。またさがして歩くわ」
キキはしょんぼりといいました。(犬のひびきにあわせる音だと思ったんだけど、ちがってたのかなあ……)
「いよいよ、あたしの出番だわね」
とつぜん後ろから声がとんできました。おどろいて、ふりかえると、またしてもケケです。いつ来たのか、きゅうな斜面の屋根にどうどうと立っていました。二つに結んだ髪の毛が、風にふかれて逆立っています。それを手でかき分けながら、にっこりとキキに笑いかけました。
「くったびれるねえ。ここまでのぼってくるの。この塔、ばかげて高いねえ」ケケはわざと口をあけて、「ふへえー、ふへえー」と息をしてみせました。「あたしも、キキのまねして、おせっかいしに来たわよ」
ケケはキキにいいました。それから大きく手をひろげて、胸いっぱいに空気をすいこむと、こんどは体をふるわせてさけび声をあげました。
「ワオ~ン ワオ~ン
ワオワオ ワオ~ン ウオ~ン ウオオ~ン」
犬の鳴き声でした。夜中さびしくなって、だれかをよんでいるような犬の声でした。その声は長く尾をひきながら、家々の壁にぶつかり、遠くへ遠くへとひびき、重なって、もっと大きくなり、コリコの町にひろがっていきました。広場にいた人たちはおどろいたようにぴたりっと立ちどまりました。一瞬、あたりがしーんとなりました。
すると、どうでしょう。ほうぼうから犬の鳴き声がきこえはじめたのです。それはしだいに大きくなり、あっちの路地から、こっちの路地から、犬の姿が見えてきました。犬たちも、ワオ~ン、ワオ~ンと鳴きながら塔にむかって走ってきます。みんな前足をそろえ、地面をけちらして、突進してきます。綱をひきずったり、犬小屋をひきずったり、飼い主をひっぱっているのもいます。すごい数です。
「やったあーっ」
ケケがさけび声をあげました。
「ありい」と、ひとこと、窓からのぞいていた時計屋のおじさんは、しりもちをついてしまいました。キキはふるえているジジを抱いて、自分のふるえる体もなんとかおさえて、ほうきに乗り、広場におりていきました。広場は町じゅうの犬が集まってしまったみたいに、犬だらけです。どの犬もごきげんで、犬どうししっぽをふりあい、とびはねています。その犬のむれをかきわけ、大きな犬のしたをすりぬけて、むこうからものすごい速さで走ってきた犬がいます。そして、これまた反対側から走ってきたプウプカおじさんに、とびつきました。
「カヤちゃんだ」
ジジがさけびました。
おじさんは広場にぺちゃーんとすわりこむと、カヤちゃんを抱きとめました。そして小さな背中に顔をうずめて、
「ごめんよ、ごめんよ。これからはわしも一生懸命はたらくからね」といいつづけています。大きな背中がふるえています。キキはほっとして、力がぬけていくようでした。でも、広場は犬だらけです。ほえたてる声でいっぱいです。すると、時計台のうえから、こんどは口笛がふってきました。
「ピューッ ピューッ
みんな おかえり おうちに おかえり
じぶんの おうちに おかえり ピューッ」
それをきくと、集まってきた犬たちは後ろをむき、ぞろぞろと、帰りはじめました。そして、しばらくすると、広場のまんなかには、カヤちゃんを抱きしめているプウプカおじさんと、ただただ立ちすくんでいるキキとジジがのこっていました。まわりでこのさわぎを見ていた人たちは、もうおどろいて口もきけません。でもすこしずつわれにかえると、こんどはきゅうににぎやかにしゃべりはじめました。
「すごいね、これは」
「あの子は、だれだい?」
「あたらしい魔女だよ」
どの言葉もキキの耳につきささるようにきこえてきます。キキはジジを抱き、ほうきをかかえて歩きだしました。どこを、どう歩いたのでしょう。気がつくと、空はうすくかすみ、通りは暗くなっていました。
キキは家に帰ってきました。そっとドアをあけると、ケケがいつものようにいすにどっかりとあぐらをかいてすわっていました。
「助けてくれて、ありがとう」
キキはいいました。もっと大きな声でいうはずだったのに、小さなかすれた声しかでませんでした。
「まあね。でも、でも、おもしろかった、わいわい」
ケケは笑いながら、まげたひざをゆすっています。
「ケケって、なんでもできるのね」
キキはいいました。
「そうよ、頼りにしてくれてもいいよ」
ケケはまた笑いました。それを見たとき、キキはおさえようとしたのに、言葉がしぜんととびだしていました。
「わたしができなかったからいうわけじゃないけど……わたし、なんでもできるって、どっかまちがってると思う」
ケケがいきなり立ちあがりました。
「まちがってるですって。あたし、できるって思ったからしたのよ。キキって、まちがってるとか、正しいとかいうのすきね」
ケケはどなるようにいうと、足音をたてて、自分の部屋にはいり、ドアをばったんとしめてしまいました。