9 大漁事件
その夜、寝ようとして、ふっと壁にはってある暦を見て、キキは、「あーっ」とさけび声をあげました。
あしたは立秋ではありませんか。くすりぐさを刈り取る日です。種をまいたあとの十三日間の水まきのあとは、気持ちのさわぐことばかりがつづいて、あまり熱心にくすりぐさのことを気にかけていなかったのでした。
「よかった。わたし、大事なことわすれるところだった」キキは窓をあけ、畑をのぞきました。
「すごい、ちゃんと育ってる」
くすりぐさのこいにおいが、どっとおしよせてきました。
(すっかりわすれていたことを、前日になってちゃんと思いださせてくれるのは、やっぱりくすりぐさの力なんだわ)とキキは思いました。「あしたは、はやおきしなくちゃ」声にだしていうと、ひさしぶりに気持ちがしゃんとしてきました。
つぎの朝、六時、キキは朝のくすりぐさの刈り取りをはじめました。暦では立秋でも、まだ八月のはじめ、夏のまっさかりです。お日さまもじゅうぶんのぼっていないというのに、鎌を動かしていくキキの肩や腕は、たちまち汗でびっしょりになります。魔女の仕事用の服は、肩からぬれて、色がかわっていきました。くすりぐさのはっぱのさきはぴんととがって、油断していると、はだのあちこちにきずをつけます。草の間からねむりをさまされた虫が、わいたようにでてきて、顔にぶつかってきました。大きく息でもしようものなら、口にまでとびこんできそうです。でもキキはいい気持ちでした。刈り取って横に寝かせると、お日さまにあたって、くすりぐさはみるみる色がかわっていきます。青くさいような草のにおいも、たちまちうすれ、香ばしいにおいにかわっていきました。コキリさんもきっと今ごろ同じことをしていると思うと、キキはなにかほこらしく胸がきゅっと熱くなりました。
夕方六時、夜のくすりぐさも刈り取りました。朝のくすりぐさも、夜のくすりぐさもつぎの年の種をとるぶんだけ、キキは畑にのこしておくのもわすれませんでした。
そしてつぎの日、キキははっぱも、くきも、根も、みんないっしょにきざみ、コキリさんにもらった
(うっかりわすれなくってよかった)
キキはふーっと長い息をつき、いすにすわりこみました。それからそばにある、去年の薬を入れたビンを持ちあげてのぞきました。いつのまにつかってしまったのでしょう。底にちょっぴりのこっているだけでした。キキの背中がぴっとふるえ、「あっ、やっぱり魔女の計算だ」とつぶやきました。コキリさんは、その年に薬は、いるだけちゃんとできるものだって、いっていました。計算したわけでもないのにしぜんとそうなるなんて、これはやっぱりふしぎです。体はつかれていたのに、キキの心は仕事がきちんとできたうれしさでいっぱいでした。
その日は朝から南風がふきあれていました。一年に一回、夏もおわりに近づくときまってやってくる、町の人たちが「海坊主風」とよんでいる嵐です。この風は海辺の砂をまきあげ、まきちらしながら、町をふきぬけていくので、目もあけていられないほどです。でもこの風のふいたあとはコリコの町の空気はからっとすんで、遠くの山まではっきり見えるようになります。そうすると、秋はもうすぐそこまでやってきているのです。
「ねえ、ジジ、今夜はきっと星がきれいに見えるわ」
夕ごはんのあと、キキはジジをさそって、屋根のうえにのぼっていきました。ふたりとも高いところにのるのはお手のものです。屋根のてっぺんにまたがって、首をぎゅっと空にむけると、深くすんだ空一面にちらばっている星が見えます。このすいこまれそうな美しい空は、あの「海坊主風」のおくりものです。うす桃色、うす水色、うす緑色と星の一つ一つがそれぞれ色をもっていて、光る力もちがって見えます。
「いいこと ありそな
いいこと ありそな……」
光は、キキがときどきつぶやくおまじないの言葉のように、またたいていました。
とつぜん、ジジが、しゅーっと、あらい息をはきました。
「あそこに、だれかいるみたい」
キキはいそいで目をしたにむけました。
「どこ、どこ?」
ジジがパン屋の裏の暗がりを前足でさしました。
いままで明るい星空を見ていた目には、地上のかげは黒いかたまりにしか見えません。
「どこよ?」キキがいったときでした。さっと黒いかげが走り、建物のむこうに消えていきました。「あの人……」キキは思わずつぶやきました。「……また、見てる」
その夜、キキは、ふとんのなかにはいってきたジジに、小声でききました。
「ねえ、ジジ、ぞうさんのうちにブローチとどけたとき、ケケはどうやって来たの? あのうちは町の反対側なのに、わたしを追いかけてすぐ来たじゃない? わたしはほうきで飛んできたのに」
キキはとなりのジジをのぞきこみました。
「わかんない」
ジジはもごもごとこたえました。
「わかんないわけないでしょ。いっしょに来たんだから。あんた、あっちの味方するのね」
「味方? じゃ、あの子はキキの敵なの?」
「そうじゃないけど……。でも知りたいの」
「ケケが『行く?』ってきくから、『にゃあ』っていったら、あの長いスカートのポケットに入れられちゃったんだよ」
「それで? 飛んだの?」
「ううん、わかんない。でも飛んでるようじゃなかった。だけどはやかったよ。とちゅうから乗りもの酔いしちゃったみたい。わからなくなっちゃった」
「もっとちゃんと、見ときなさいよ」
キキはじれったそうにいいました。
「それ、ちょっとかってじゃないの?」というなり、ジジはふとんからぬけだすと、いすにとびのり、キキにおしりをむけて、寝てしまいました。キキは手をのばして、ジジのしっぽをひっぱりました。
「やめてよ。やつあたりするの」
ジジは、むこうをむいたまま、いいました。
キキは、お昼の食事につかった食器を台所で洗いながら、あれっと耳をそばだてました。
チピチピ チピピピ
すんだ鳥の鳴き声がします。生まれたばかりのひよこが、なにかおねだりしているような声です。(こんな季節に、鳥のあかちゃんなんて……)キキは、ちょっとふしぎそうに顔をあげて、また洗いものをつづけました。
ガバー ガバー ガバー
こんどはからすの鳴き声です。(からすがさっきのあかちゃん鳥をねらっているのかしら)キキは窓のほうをのぞいてみました。
ばたん
ドアがらんぼうに開いて、外からケケがはいってきました。
「ガバー ガバー」
「なんだ、ケケだったの」
「へへへ、だーまされた、だーまされた」
ケケはキキを指さして、うれしそうにいいました。
「おどかさないでよ。びっくりするじゃない。ほんものそっくりなんだもの」
それをきくと、ケケはおおげさにがくっと体を動かしました。
「ば、れ、た、か。なにをかくそう、あたしはからす。魔法をかけられてかわいこちゃんに変身させられていた、なんてね。くくく」
「おそまつな……つくり話」キキはお茶をいれながら、ふんと鼻にしわをよせて、「これでも飲んで、頭をしゃきっとさせなさい」とさしだしました。
「わりいね」
お茶の湯気のなかで、ケケの目が笑っています。いたずらして、相手をだましたのがうれしくってたまらないといった顔をしています。
(まだまだ子どもだわ……)とキキは思いました。
ケケはお茶を一口のむと、
「おほ、すーっとした。じゃ、もう一つ、鳴いてみようか……めずらしいのを」というと、のどをのばして、声をはりあげました。
「コーココ ルルルー
コーココ ルルルー」
「あら、それ」キキは目をまるくしました。「ケケ、その動物知ってるの?」
「知ってるよ、『ウタウモノ』でしょ。知ってなきゃ、まねできないでしょ」
ケケはつんといいかえしました。
「じゃ、あんな遠いとこ、星くず群島のあの島まで行ったっていうの? 船も行かないとこなのに……」
「キキとはちがう方法でね。飛ばなくたって、瞬間移動って方法もあるし」
ケケはキキが考えたことを、すばやく読みとって、からかうように鼻にしわをよせました。
「ああ、そうか、わかった。ラジオできいたのね。発見家のガンタさんが録音してきた……」
キキはあのふしぎな動物「うたうもの」のことを、思いだしていました。夜明け前のほんの一瞬、小さな島のなかでひびいてきた声、はじめはばらばらだったものが、しだいに一つにまとまって、天からふるようにひびいてきたときは、自分が朝の空気にとけだしたような気がしました。
「夜と朝のさかいめのお祈り。コーココ ルルルー ここに、いるー」
ケケが「ウタウモノ」のような低い声でつぶやくようにいいました。それからしずかな目つきで遠くを見ました。キキははっとしました。(この子、ほんとうにあそこに行ったんだわ)キキがさぐるようにケケを見つめていると、ケケはけろりと表情をかえて、大きな声をあげました。
「キキ、もうじきおきゃくさんが来るよ」
「わたしの?」
「あたしとキキ、どっちのおきゃくさんかな……。ほら、ほら、足音がきこえる、とっとっとって」
ケケは首をかしげ、耳をそばだてて、いいました。でもキキにはなんにもきこえません。窓から顔をだしてのぞいても、やっぱりなんにも見えません。
「あわてない、あわてない。もうちょっとはかかるわよ。まだ表通りだもん。あたしはね、はや耳、遠耳でね」
ケケはとくいそうにいいました。
やがて、くすりぐさがほとんどなくなって、がらんとした通りの角をまがってくる、とんぼさんたちの姿が見えてきました。飛行クラブの制服の白いつなぎをおしゃれに着て、ミミさんもあとからついてきます。
「ねっ、ぴたりでしょう。当たったでしょ」とケケがいばって小さくなんどもうなずきました。
(なんでも自分の勝ちっていいたいんだから、約束をしてたくせに)
キキはケケの顔をじろっと見ました。
みんな、こっちにむかって、足ばやに近づいてきます。ケケはドアにとびつくと、さっとあけ、
「どうぞ、どうぞ、はいって」と、自分の家のようにいいました。
「キキ、しばらくだったね、元気? また、木のぼりチョコレートしたいね」
とんぼさんがキキに笑いかけました。
「なに、木のぼりチョコレートって」
ケケがすばやくききつけていいました。
「おやつの食べかたさ。特別おいしい」
とんぼさんが笑いました。キキも肩をすくめました。
「キキ、この前のゼンマイ式、浮遊型、もどり形式、竹とんぼ、うまくなおりそうなんだ」
とんぼさんはうれしそうに顔をぴかぴかさせています。
「あら、よかったわね。見つかったの? どこにあったの?」
キキはききました。
「それがさ、あのはてなし公園のとき、飛んでいっちゃったと思ったら、ケケがつかまえてくれてたんだ。ちょうど近くにいたんだって。それをかえしてもらったんだよ」
「へー、あのとき?」
キキは、あの日、夕暮れの道を消えていったケケの、からかうような後ろ姿を思いだしていました。
「あたし、気に入られたみたいなのね、竹とんぼにも……くっくっくっ」
ケケは足もとを見ながら、秘密っぽく笑いました。
「助かったよ。はじめからやり直さなくてすんだから」
とんぼさんはいいました。夢中になっているのでしょう、額に汗をかいています。
「まわりまわっても、ちゃんと作り主のとこにもどってきたんだから、もどり形式は大成功したってことよね」
ケケがいいました。
「それでね、わたしたちも、いっしょに竹とんぼをつくったのよ、知ってた?」
ミミさんがいいました。
「それもさ、とびっきりおもしろいやつ。ケケが手伝ってくれたんだ、ほら」
飛行クラブの子たちは、手にさげた紙袋をひろげて、なかの竹とんぼを見せてくれました。
「ケケ、本気になってくれなくちゃ、こまるよ。たのしみにしてるんだから」
「そうだよ、約束したでしょ。とんぼさんみたいに、はてなし公園に行って飛ばすって」
「ケケ、はやく。わたし、待ちきれない」
ミミさんがいいました。
「行く、行くわよう。わすれてなんていないわ」
ケケがリュックサックを肩にかけ、でかけるしたくをはじめました。キキがそれをじっと見ていると、
「キキも来るんでしょ」と、ミミさんがいいました。
キキは、気楽にみんなといっしょにできるミミさんをうらやましく思いながら、ぼそぼそといいました。
「わたしは、あまり時間ないし……」
ケケが、ミミさんとキキの間に、わりこむようにして、
「そうよね、キキは自分が飛べるから興味ないよね。こっちは小さな竹とんぼに飛んでもらうんだからさ。ほんのおあそびよ」といいました。
「へえ、飛んでもらうなんて、ケケったらおかしないいかたするねえ」
飛行クラブの男の子が声をあげました。
「だいじょうぶだよ、キキも行こうよ。ぼく、キキにも見てもらいたいよ」
とんぼさんがキキのほうに手をだしました。
「そうね、わたしも仲間に入れてもらおうかな」
キキの顔がみるみる明るくなっていきました。
「はやくう」
さきに外にでたケケの声が飛んできました。
「ジジも行く?」
もうすっかり行く気になって、すたすた歩きだしているジジにキキはいいました。
するとそのとき、電話のベルが、ルルルルー ルルルルーとさわがしく鳴りだしました。
「キキ、無視、無視、行っちゃおう」
とんぼさんがキキの手をひっぱりました。キキは、
「そうね」といいかけて、「でも、やっぱり」とつぶやきながらもどって受話器を取りあげました。
「キキちゃーん」
電話の声はあわてています。
「助けてほしいんだ。ぼく、港市場のシン。知ってるよねえ」
「ええ」
(あのシンさんだわ、ジジのお気に入りの)とキキは思いました。
「沖にいる船まで網をとどけてもらいたいんだよ」
「沖? 網?」
「そう、そう。網がやぶれちまったんだって。ものすごく魚が集まってるのによう。とびっきりでっかい網を、超高速でとどけてくれって。そんなことできるのは、魔女さんしかいないもんな」
シンさんの声はたのんでいるというより、おしつけている感じでした。
「はい、わかりました」
キキはがっかりしながら、でも一生懸命元気な声でいいました。
「わりい」
シンさんのほっとしたような息が電話からきこえてきました。キキは受話器をおくと、外で待っているみんなにいいました。
「わたし、行かれなくなっちゃった」
「えーっ、どうして」
とんぼさんがいそいでもどってきました。
「仕事たのまれちゃったの。おわったらすぐ行くわ、すぐ。なるべくはやくすましちゃう」
「ざんねんね、じゃ、待ってるから」
ミミさんがいいました。
キキは、気をつかってうろちょろしているジジにいいました。
「ジジ、みんなといっしょに行ってもいいわよ。わたしもあとから行くから」
「わりい」
ジジがシンさんと同じいいかたをしたので、キキはくすりっと笑いました。同時に、すこしやる気がでてきました。
港では、くるくるとまいた大きな網をわきにおいて、シンさんが待っていました。
「助かったよ。きゅうなたのみで、わるいね。なにか予定があったんだろ」
「ええ、とってもたのしいことがあったのよ。でもシンさんじゃ、ことわれないわ。いつもジジがおせわになっているもの。首んとこもってふってもらうと、体がかるくなってすっきりするって。あの子、なまいきなこといってたわ」
「ふふふ、そうかい。あいつはかわいいとこあるよ。じゃ、いそいで行ってくれるかい。ものすごく魚集まっているっていうから、のがしたらたいへんだあ。ちょっと遠いよ。南のほうにずっと行くとね、白い小さな船が漁してるから。そこにこの網を落としてやってくれ、落とすだけでいいから。たのむよ」
「わかりました」
キキはシンさんに手伝ってもらって、網をたばねているロープを、ほうきの柄のさきにひっかけました。すごい重さです。飛びあがろうとすると、ぺとん、また飛びあがろうとすると、ぺとんと落ちてしまいます。船着き場のはじまで、なんとかひきずって、やっと飛びあがりました。空中にあがってみると、海のうえでは強い風がふいています。前にさげた網の重さで、ほうきがくるんくるんと回ってしまいます。
「これじゃ、まるで竹とんぼ飛びじゃないの」
キキは思わず「竹とんぼ」といってしまって、泣きたいような、笑いたいような気持ちでした。キキは風に流されないように、ほうきの柄をしっかりにぎり、やっと安定させて飛びつづけました。高度をあげると、いっきに町が小さくなり、地図のように見えてきました。キキはしたをむいて、コリコ湾からつきでているはてなし公園のほうを目でさがしました。てのひらくらいに小さく見える公園では、午後の日ざしをあびて、ジャングルジムがきらりと光りました。
キキは、しぜんに声にだして、ひとりごとをいっていました。
「わたし、これしかできないんだし、これをやってると、やっぱり、なんだか安心する……」
やがてコリコの町は遠ざかり、見えるのは海ばかりになってきました。海の表面はひっきりなしに動いています。それがお日さまにあたると、こわされた鏡のようにせわしなく光って、目にまぶしくあたり、なかなか船が見つかりません。
「ジジ、見える?」
キキはそういってしまって、思わず後ろをむきました。
(ああ、そうか、いなかったんだ)
「ぷう」キキは文句まじりの息をはきました。
遠くから、海鳥の鳴き声がきこえてきます。目を細めると、たくさんの鳥が一ヵ所にむらがって、高く、また低く飛んでいます。キキがいそいでおりていくと、鳥のむれのなかから一
「あっ、来た、来たらしいよ」
こんな声が、船からきこえてきました。キキはのりだして見ました。船のまわりはものすごくあわだっています。そのなかでぴかぴか銀色に光っているのは、魚のむれでしょう。
「魔女さーん、ちょ、ちょっと、そこ、そこでとまって、とまって」
小さな船の甲板で船頭さんと漁師さんがふたり、しきりに手をふっています。キキも手をふりかえしました。
「魔女さーん、どうせのことならたのみたいんだけどねーえ。そこから、おりないでー、その高さからー、こっちのいうとおりに網をほどいてー、ぱーんとひろげてもらえるとありがたいんだー」船頭さんが手をラッパの形にしてさけびました。「できるだけ、まんまるをえがくように飛んでー、そこのはじっこの結び目をほどいてー、網をひろげるんだー。そうそう。それからーぐーんと速度あげてー、まわって、まわってー。網をひろげるんだよー。そう、そう、そう。いいかい、力を入れて、そおーれ、魚にかぶせろ! これでいっきに大漁だ!」
キキはなんのことやらわからないままに、いわれたとおりに、結び目をほどいて、思いきってはやく飛びながら、網をひろげました。網はするりっとほどけて落ちていき、キキのほうきにつながっている一本の綱のさきで、女の人のスカートのようにみごとにひろがりました。そしてそのまま海へざぶーんと落ちていきました。
すると、なんてことでしょう。網は、魚だけでなく、船にも、そのうえを飛んでいた鳥にも、ぜんぶ、すっぽり、かぶさってしまったのです。
「なんだ、これは?」船頭さんはびっくりして網のなかからうえを見ています。「船までつかまえろとはいわんかったがなあ」
「でも、大漁ですよ、大漁」
網のなかで漁師さんたちがうれしそうにとびはねています。
「あれっ、みんな、網に入れちゃったあ。どうしよう」
キキは網にひっぱられて、あやうく逆立ちになりそうになって、さけびました。
「いやー、まいったなあ」船頭さんはうえをむいて、しきりにあごをさすっています。
「まあ、いいか。こうなったからには、魔女さーん、このままそろり、そろりと港までひっぱって行ってよ、たのみますよう」
「そんなあ、むりですよう」
キキはさけびました。船頭さんはさけびかえしました。
「船のエンジンを小さく動かして、こっちもしずかに進みますから。おねがいしますよう」
これではいやというわけにはいきません。もしキキが網をはなしてしまったら、船はすっぽりと網にかぶさって、身動きとれなくなってしまうでしょう。(はやくすませて、とんぼさんたちのところに行こうと思っていたのに……)キキはきゅっと口をとがらせ、それでもいらいらする気持ちをおさえて、ゆっくり、ゆっくり、網をひっぱりながら、港へむかいました。鳥も魚も、いっしょに進んできます。
港に着いてからも、大さわぎはつづきました。漁師さんたちは鳥かごみたいな形になっている網のなかから、魚にはなるべく気がつかれないように船をひきだし、それから網のなかではねている魚をすくって、箱に入れ、さいごに網を大きくひろげて鳥を空ににがしました。それでやっとキキの仕事はおわりました。
すごい大漁です。
すぐ魚屋さんがおおぜい集まってきて、魚はどんどん売れていきました。にがしてもらったのに、鳥たちはまだおこぼれをねらって、かん高い声をあげながら、近くを飛びまわっています。
「魔女さーん、あんたの仕事はいつもばっちり。かんぺきだね」
船頭さんが、日焼けした顔を、うれしさでくちゃくちゃにしています。シンさんも、キキの背中をぽんとたたき、
「おてがらだね」とさけびました。それから、「そう、そう、おすそわけは、特大の魚、まるごと一匹でいいかな。それから小さいのもう一匹、相棒の猫ちゃんにやっとくれ」といって、魚のはいったかごをキキの手におしつけました。魚のしっぽが、かごからはみだしてぴんぴんとはねています。
「シンさん、わたし、もうくたくた。ジジみたいに首をつまんでつりさげてもらいたいな」
キキはシンさんを見上げて笑いました。
もうすっかり日は暮れていました。
キキはかごをかかえて、まっすぐうちに帰ってきました。ドアをあけると、いすにすわっているケケのあぐらのなかで、ジジは気持ちよさそうに寝ていました。ジジは、キキが帰ってきたのに気がついて、あわててとびおりると、
「わー、おさかな、おさかな、宴会だあ」と、わざとうれしそうに走り回りだしました。
ケケが近づいてきて、かごのなかをのぞきました。それから、鼻をつんとあげていいました。
「これが、キキのおすそわけってわけ? なまぐさーい」
「でもとれたてのぴちぴちよ。あれから竹とんぼ飛ばしたの? どうだった? うまくいった?」
キキがききました。
「うん、ばっちり、大成功」
ケケがにっと笑いました。
「どんなふうだったの?」
「飛んだのよ」
こんどはすました顔でいいました。
「それで?」
「それだけ」
その夜、キキはまたふとんのなかでジジにききました。
「どうだったのよ。話してよ。竹とんぼ、飛んだの?」
「うん。すごかったよ。おもしろかった。ぷかーって飛ぶのやら、ばたばたまうえにのぼっていくのやら、空中にじっととまっていたり、とんぼさんのゼンマイ式なんとやらなんかさ、うずまきみたいに飛んでさ、それからぷかーっと空中にういて、ちゃんととんぼさんの手のなかにもどってきたんだよ。かわいいったらないの。ちゃんということをきく猫みたい、へへへ。みんな、びっくりしちゃってた。あんなにうまく飛ぶとは思わなかったよ。魔法の風がふいてるみたいだった。みんなもそういってたよ」
「それでケケはなにかしたの?」
「べつに、ただ立ってただけ」
「それだけ?」
「親指を立ててたみたい」ジジはそういいながら、キキを見上げてつけ加えました。「みんな、すごくよろこんでさ、おどったんだよ。公園で、ガバーガバーって、からすおどり」
その夜キキはなかなかねむれませんでした。
「まさか……」とつぶやきながら、でも否定しても、否定しても考えてしまうのです。
(シンさんの電話、あれはケケが仕組んだんじゃないかしら。わたしを、行かせないように……)