7 ネネとヤン
「おソノさん、なにかお手伝いはない?」
キキが、グーチョキパン屋さんの裏口に、顔をのぞかせました。
「あります、あります。いつだっておおありでーす」
おソノさんは粉だらけの手をあげて笑いました。ノノちゃんもテーブルのはじの小さな場所をもらって、一人前のかっこうで、ぺたぺたとパンだねをこねています。そばのゆりかごではオレくんがすやすやとねむっていました。いつも無口なおソノさんのだんなさん、フクオさんはきょうも無口、キキの顔を見てひょいっと口をまげました。やさしさがあふれています。
キキは思わず目をつぶり、ゆっくりとあけながら、おソノさんたちのそばにいて、ほんとうによかったと思いました。
「ちょっと顔色がへんだけど、キキ、頭でも痛いの?」
おソノさんがいいました。
キキは肩をすくめて、だいじょうぶと、笑いかけました。でもその顔がかすかにゆがんでいくのが、自分でもわかるのです。
「どうしたっていうの」
おソノさんがのぞきこみました。
「それが、よくわかんないの」
「もしかして、わかりたくないんじゃないの」
「だいじょうぶ、たいしたことじゃないの、きっと」
キキはごまかすようにこたえながら、きゅっと唇をかみました。
(またぐちぐち考えてる……この町に来て、もうずいぶんになるのに、なんにも進歩してないじゃないの……)知らず知らずに、足もとからひたひたとわきあがってくる灰色の霧にのみこまれるような不安を、キキは感じていました。
「わたしはふしぎなことをすこしはするかもしれないけど……どんな魔法もつかえる女の子ではないのに」
キキは思わずつぶやきました。
(わかんないだなんて……ぼくにだってわかるのに……)ジジはしょうがないなとでもいうような目つきをして、キキを見上げました。「とんぼ……さんだよな、問題は……」ジジが横をむいて、ぽつりとひとりごとをいいました。
ジジのつぶやきをきいたキキは顔をしかめました。
「それだけじゃない……」
するとおソノさんがなぐさめるようにいいました。
「人ってときどき、ゆううつと仲よくなりたくなるのよね。へんな話だけど。はっきりしたいんだけど、ゆううつでいることに、なんとなく、うっとりしたりして……」
「そういうのともちがうみたいなの」
キキは言葉をかえしながら考えていました。
(わたしって、ほいほい魔女のくらししてるけど……とんぼさんや、町の人が期待しているようなもの、これ以上ふしぎなものなんて、なんにもない。見せるものもないし……)キキは、ちらりっと、コキリさんのことを思いうかべました。(手紙をだしてみようかな……)
でもキキは、なぜかコキリさんには元気な心のことは話せても、ぐじぐじした心なんて見せたくないのです。どこかにコキリさんにはまけたくない気持ちがありました。息の通り道がせまくなっていくみたいな気がして、キキは大きなせきばらいをしました。
「あのね、キキ、ぴょーんと横っとびしてごらん。さあ、気を取りなおして」
おソノさんがいいました。
「ぴょりーん」
ノノちゃんがまねしていいました。
「手を洗って、ほれ、キキ」
フクオさんが低くひびく声でいいました。
「はーい、お手伝いしまーす」
キキはいそいで手を洗うと、前かけをかけて、フクオさんのとなりに立ちました。
「パンだねをおだんごくらいとって、ぺたーんとおして空気をぬいて、はじっこひっぱって、つぼめて、ねじって……こんなふうに」おソノさんはゆっくりパンの形をつくってみせました。「これを低い温度で焼くとね、ぷっくりふくらむから、したからねじりんぼアメをさしこむの。コリコの町の空気入りふうせんパンっていうんだって。空中にういてるみたいにできるのよ。魔女のキキがいるこの町らしいでしょ」
「光栄だわ。きっと人気になるわ」
キキは教えてもらったように、のばしたパンだねのはじをつぼめながら、いいました。
「キキ、それがおかしいじゃないの。このパンを考えだしたの、ケケよ。あのへんな子よ。うちのパンは、ださーいって。もっといかすのにしろって。くくく」
おソノさんはいいました。
「……」
キキはびっくりして、手にもっていたパンだねを、てのひらでぐっとおしつぶしてしまいました。
「あの子も飛ぶのに興味あるようね、ふうせんだなんて。まあ、だれでも飛びたいことは飛びたいけどね。それがむりだから……でもこれ、ちょっとおもしろいパンでしょ」
おソノさんはまんざらでもなさそうに、かざして見せました。
「ジジ、ジージジジ、こっちに、来て来て」
ノノちゃんがきゅうに歩きまわりながら、手をばたばたさせました。
「そういえば、ジジはどこ?」
おソノさんがキキの足もとをのぞきました。
「どこかへ、行っちゃった」
「さてはにげたな」
おソノさんは、キキを見て、笑いました。
仕事が一段落したので、キキはうちに帰ろうと外にでて、ちらっとパン屋のウィンドーをのぞきました。照明にうきあがって、ふうせんパンがならんでいます。さしこんである、白と赤や、桃色と草色のようなはでな色のねじりんぼアメがかわいく、遊園地のかざりのようです。通りがかりの人は、それを見ると、みなあっというように足をとめます。
ケケがはいりこんできたのは部屋のなかだけかと思ったのに……、そうではないみたいです。キキの胸はさっきよりいっそう重くなっていきました。
その日の午後、キキの耳に外からかん高い声がきこえてきました。キキがめったにあけたことのない裏窓のカーテンをすこしめくって見上げると、となりの建物の二階の窓があいています。
「あら、だれか越してきたのかしら」
細い道をへだてたむこうの家は、一階は年寄り夫婦がやっている洗濯屋さんです。でも二階はいつも空き部屋で、だれも住んでいないはずでした。背のびしてもういちど見上げると、キキはおどろいて目を見はりました。その窓の半分にはカーテンのかわりに、やぶれた新聞紙がさがっていたのです。すると、新聞紙のすきまから、かわいいあやつり人形が、ぽーんと二つあらわれました。一つは格子柄の前かけをかけた、わかい女の人形で、もう一つはおそろいの格子柄のシャツを着たわかい男の人形でした。
「じゃ、やめるっていうのか? ネネ」
男の人形が足をおおげさにふると、女の人形はびくっとしながら、うなずきました。
「ええ、そのつもり。わたし、もう決めたの。ヤン、わるいけど、わたし、もう旅から旅のくらしはいやになったの。そりゃあ、人形芝居するのきらいじゃないわ。でも、せめてひと月に五日でも、あなたと一つ所でちゃんとしたくらしがしたいの。ここみたいに小さな部屋だっていいわ。さむいときは火を入れたり、かわいい柄のカーテンをさげたりしたいのよ。毎日毎日、知らない家の納屋で寝たり、りんごの木のしたでごはんをつくったりなんて、もう、いや。わたしがたいせつにしているビーズや小切れだって、しまうのは、いつもリュックサックのなかよ。きちんと整理して、たんすにしまいたいの」
ネネとよばれた女の人形は、すがりつくような動きをして、しゃべっています。
「そんなくだらないこと、うじうじいって」
ヤンとよばれた人形は口をぱくんとあけて、かみつくようにいうと、ぷいっと横をむいてしまいました。
「くだらなくったって、けっこう。わたしはどうせうじうじしてるくだらない人よ。だからくだらないもの集めたり、お友だちとくだらないおしゃべりなんかしたいんです」
ネネ人形の頭が細かくふるえました。
「ああ、そうかい、そうかい。じゃ、ぼくはひとりで旅をつづける。こんなせまい、日もあたらない所のどこがいいんだい。だれか、かわりの相棒をさがすさ。きみのかわりなんて、どこにでもいるんだ」
「あっ、そう、そうですか。どうぞ、どうぞ、ご成功をいのるわ」
ネネ人形はぴょんっととびあがると、窓から姿を消してしまいました。
「そうするともさ」
ヤン人形も両手をあげると、ぱっと見えなくなりました。
(お芝居の練習してたんだわ)とキキは思いました。
しばらくしてキキはカーテンをめくって、またとなりの窓をのぞきました。窓はさっきと同じにあいていて、風で新聞紙がかさかさと鳴っていました。でも人の気配はありませんでした。
(仕事に行ったのね、きっと)キキは人形をかかえて、旅をしているネネさんとヤンさんの姿を想像しました。さっきのあらそいはただのお芝居とも思えなかったのです。(仲なおりしたんだ、きっと)キキはちょっぴりうらやましいような気分でした。(すきなことを、すきな人といっしょにできるっていいな)
「ジジ」
キキはまわりを見回しました。ちょうどそのときです、ドアがらんぼうに開いて、「はあ、はあ、はあ」とあらい息をつきながら、ケケと、つづいてジジがとびこんできました。
「ぎゃーおん、ぎゃーおん」
ジジがケケを見上げて、びっくりするような大きな鳴き声をたてています。
「ジジ、しーっ、小さな声で」
ケケは窓の外をちらちらと気にしながら、いいました。
「あのおじさん、ケケの知り合いなの? ぼくをつかまえてきくんだよ。『おまえは魔女猫かい、おまえは魔女猫かい?』って。あっ、そうか、あの人、ぼくの言葉、わからなかったんだな。だけど、ケケはひどいよ。さっさと行っちゃうんだから」
ジジはケケにむかって、しゅーっとうなり声をあげました。
「へんな人に会ったってジジがいってるけど、だれなの、その人? ケケのうちの人?」
キキがいいました。
「まっさか、ありえない。あたし、みなしごだもん」
ケケはあごをつきだしました。
「でも、ケケ、あんなとき、自分だけにげるのやめてよ。同じうちにいる友だちなんだから」
ジジがいいました。
「ジジ、そんなこといっても、むりよ。ケケにはジジの言葉はわからないんだから」
キキはいいました。
「そんなことない、ケケはわかるよ。ぼくの言葉」
「ほんと?」
キキはケケを見ました。
「まあね、あたし勘がいいから」
ケケはキキの目をごまかすように、うえをむいて、体をゆすりました。
「この前はわからなかったじゃないの」
「あたし、勉強したから」ケケは鼻にしわをよせて、「ひひひ」と笑いました。それから、「それにさあ、あたしにはこの親指があるから。きゅっと立てて、にっこり笑えば、なんでもお手のものよ」と、きゅうに口調をかえてつっかかるようにいいました。
その言葉にキキのどこかがぞぞっとふるえました。
(いったい、この子、なんなの?)
キキは、こんどはジジのほうをむいて、声をあららげました。「ジジ、用心しなさいよ。やたらにしっぽなんてふるんじゃないわよ。このごろ、へんな人が多いんだから」
それからキキはじろっとケケをにらみました。そしてにらみながら、こんな当てつけがましいことがいえるようになった自分におどろいていました。でもちょっぴりいい気持ちでもありました。
「にゃーん」
ジジが口を大きくあけて、鳴きました。
「やだ、ジジ、きゅうに猫みたいになって」
キキがいいました。
「ぼくは猫だよ。キキ、なにいってるのさ。にゃごーん」
ジジはもうひときわ大きく鳴くと、いすのうえにひらりととびのりました。ケケはそれを見ながら、くくくっと笑うと、自分の部屋にはいっていきました。キキはジジにまでかるく見られたような気がしました。
「ジジ、その男の人、ほんとうにあんたのことつかまえようとしたの?」
「うん」
ジジは背中をまるめて、上目づかいにキキを見ました。
「そのとき、ケケはどうしたの?」
「にげちゃったんだよ、あっというまに……」
「ジジ、用心してよ。ケケだって、油断できないんだから」
「わかった。でもぼくはもうだいじょうぶだよ」
ジジははっきりうなずきました。
その夜おそく、キキが寝るしたくをしていると、とん、とん、とんとドアをたたく音がします。
「ケケ、おそいわねえ、いいかげんにして」
キキは、思わずかーっとして、ふりむきました。
「ケケなら、ずーっとうちにいるじゃないか」
ジジがいいました。
とんとんとん
また音がしました。キキはドアを半分あけてのぞきました。
「どなたですか?」
「おそくにすいません。となりに越してきた、ネネっていうものです。ちょっとおねがいがあって」
キキはおどろいてドアをあけました。明かりのしたに立った女の人は、キキが昼間、窓から見た人形を抱いていました。
「そのお人形がネネさんだと……」キキは思わずいいかけて、「あっ、ごめんなさい。昼間、窓からお芝居を練習してるとこ見ちゃったの」と、すまなそうに首をすくめました。
「まあ」ネネと名乗った女の人はおどろいて、一瞬口をつぐみました。「この人形、わたしと、同じ名前なのよ」
「同じなのは、名前だけじゃないみたい」
キキはお人形をあらためて見ながらいいました。ほっそりしているのも、髪の毛がまっすぐで長いのも、鼻がかわいくうえをむいているのも、前かけの格子柄まで、ふたりはそっくりでした。
「あなた、おとどけものをしてくださるかたなんですってね。洗濯屋のおばあさんからきいたの。じつは、一つお仕事、おねがいしたいんですけど」
「ええ」
キキはうなずきました。
「このネネ人形をね、ヤンのところまで運んでもらいたいの。ヤン人形も窓から見たでしょ。なら、すぐわかるわ。ヤンと同じだから。あしたのお昼ごろには、北のほうのとなり町のそのむこうの村の、そのまたとなり町の広場で、ヤンは人形芝居するはずなの。ネネ人形がいないと、さびしいお芝居になっちゃうと思って」
「ほんもののネネさんは、行かないの?」
キキはいいました。
「いいのよ。わたしは行かなくっても、あんな、わからずや」
ネネさんは目をきっとさせて、横をむきました。
つぎの朝、キキはネネ人形を大きな袋に入れて、肩にかけると、
「さあ、出発よ」と、まだ半分寝ているジジにいいました。
「やっぱり、行くんだ」ドアがあいて、ケケが顔をだしました。ねむそうに顔をくちゃくちゃさせています。「……ったく、はやくからごくろうさんだね。キキの仕事ってさあ、なんか……こう、いつもおせっかいっぽい」
「そういうケケも、よけいなおせっかいだわ」
「ちがうよ、あたしは、じゃましたがり屋、くくく」
ケケは笑いながら、あくびをしました。
「どこに行くかも、知らないくせに」
キキはふくれていいました。
「知ってるわよ。夕べ、きいちゃったもん」
「盗みぎきするなんて、泥棒猫みたい」
キキはさっとドアをあけて、同時にほうきにすがりついたジジをのせて、飛びあがりました。
「キキ」ジジのとがった声が後ろからきこえてきました。「泥棒猫とは、ひどいんじゃないの。猫の一匹として、文句をいいたいよ」
「いいじゃない。女の子だって、ケケみたいにへんな子もいるんだから。わたしだって、女の子のひとりとして文句をいいたいわよ」
キキも声をはりあげていいかえしました。
「でも、キキ、ケケのこと、ぜんぶ知らないのに」
「だって、へんじゃないの、へんだから、へんだっていってるのよ」
「だって、まだ十二だよ。競争する相手じゃないよ。キキだって、まだ魔女になっていなかった年だよ」
「へえ、ジジ、年まで知ってるの?」
キキはふっと思いだしました。じょうずに飛べなくって、木にぶらさげてあった鈴を鳴らしてばかりいたころのことを……あのころのしんぱいごとなんて、今とくらべると、ゴマツブみたい。
「でも十二歳にしちゃあ、ずいぶん大きな顔してるじゃない」
「キキって、そういうふうにぼくにはえらそうなこというけど、ケケにはいえないんだから」
「だって、関心ないもん」
「うそばっかり」ジジはキキがきゅうに速度をましたのに、ゆさぶられながら、ひとりごとのようにつぶやきました。「ほんとういうと、ぼくもケケのこと知らないんだ。でもあの子、秘密あるよ、やっぱり」それからおとなっぽくなんどもうなずきました。
コリコの町をすぎ、つづいてひろがるとなり町をすぎ、そのさきの細長い谷間の村をすぎ、コリコの町よりずっと小さい町の上空に来ると、キキはしたを見ながら、ゆっくりと旋回しました。
あっ、ヤンがいました。きのう、窓から見た人形そっくりの顔をして、町の中心らしい広場で、木と木の間に白い幕をはろうとしていました。もうすでにかなりの人だかりがしています。
キキは町のはずれに着陸すると、ほうきをひきずって、広場にいそぎました。広場のわきには小さな食堂があって、いすをおいたテーブルが三つ、外においてありました。
食堂のガラス戸には、
「本日のサービスランチ
ポークかつ、ゆでじゃが山もり
おかわり自由」
と、はり紙がしてありました。
キキが人ごみをぬって、前にでようとしたとき、その食堂からウェイトレスが、ゆでじゃが山もりって感じの腕をむきだしにして、でてきました。そして、かみなりがかぜをひいたような声をはりあげて、いいました。
「人形屋さん、きょうはひとりかい?」
びくっとふりむいたヤンは、はずかしそうにうなずきました。
「けんかでもしたの? それともわかれたのかい?」
ヤンは、いっそうはずかしそうに、体をちぢめました。
「こまってるだろうね」
「いや、そのうちなんとかしますから」
「おや、そうかい、ふふふ、かわりにあたしじゃどうだろうねえ。そ、そうだよ。そっちのほうが、ウェイトレスよりずっとやりたい仕事だわよ」
ゆでじゃがさんはどすどすっと近づくと、白い幕の裏側にヤンとならんで立ちました。
キキは足をとめて、ふたりを見ました。体の大きさからいっても、ネネさんとゆでじゃがさんとでは、小鳥とぞうほどもちがうように見えます。
「ありがたいけどねえ、人形がないから」
ヤンは一生懸命、笑顔をつくろうとしていました。
「なに? 人形?」ゆでじゃがさんがさけびました。「人形じゃなくたって、いいじゃないの。棒きれだって、このあたしの靴だって、ひとりよりずっとおもしろい芝居になるわよ。えっ、あやつり糸がない? それならちょうどいいのがあるわよ」
ゆでじゃがさんはしみだらけの前かけをはずすと、そのひもをにぎって、白い幕の前にさげました。
「さあ、おきゃくさん、あたし、しみだらけちゃんっていう新顔よ。ぴろぴろーんって動きますよ。見てね、見てね」
おきゃくさんは、わんわと笑いだしました。ぴっぴーと口笛がとんできます。ヤンはすっかりこまって、今にもにげだしそうなようすをしています。
「さあ、あんた、いつも芝居の前に、歌うたうでしょ。あれ、やりましょうよ」
ゆでじゃがさんは大きく息をすいこむと、すごい声でうたいだしました。
「ふたり あやつり 世界が でんぐりがえる
人形の 右手は あたいの 右手
人形の 心もち あたいの 心もち
ふたり あやとり 世界が ふんぞりがえる」
ヤンがあわてて手をふって、ゆでじゃがさんにささやきました。
「えっ、なんだって、世界がかわる……なの? でんぐりがえるのほうが、景気いいじゃないの」
おきゃくさんはめちゃくちゃに笑いだしました。ゆでじゃがさんはいい気になって、しみだらけちゃんをはげしく動かします。キキも思わずふきだしてしまうほどでした。
(ネネさんに知らせたほうがいいかしら……だめ、だめ、わたしはケケにいったとおり、ただのおとどけ屋さん。おせっかいはおとどけしないわ)
キキはそーっとヤンに近づくと、ネネ人形をさしだしました。
「おとどけものです。ネネさんから」
とたんにヤンの顔がぱっと明るくなりました。
「ネネが来たの?」
「いいえ、お人形だけなの。じゃ、わたしはこれで」
キキはヤンの手に人形をおしつけました。それからすぐ後ろをむいて走りだしました。ヤンがなにかさけんでいます。でもふりかえりませんでした。かえって悲しいことを運んでしまったような気がします。
「ふたり あやつり
世界が あきれかえる」
ゆでじゃがさんの声がきこえてきました。
「また、まちがってる」
ジジがいいました。
キキが家にもどると、ケケがいすにあぐらをかいてすわっていました。前のテーブルのうえには、手紙が一通と、とうもろこしの皮とひげでつくった人形がおいてありました。
「行ったわよ」
ケケが外にむけて、あごをしゃくりました。
「行ったって、だれが?」
「お人形屋さんよう。こんなにかんたんに気持ちかわるなら、もったいつけないで、さいしょからさっさと行けばいいのに」
「行ったって、ヤンのところに?」
キキはのりだしてききました。
「そんなこと、あたし、知らないよ」
キキはいそいで手紙の封を切りました。
「おとどけ屋さん、キキさんっていうんですってね。ネネ人形を運んでくださって、ありがとう。でも、わたし、やっぱりヤンのところに行くことにしました。ヤンがいなくて、ネネ人形も行ってしまったら、わたし、なんだか体じゅうがつめたーくなってきたの。ちょっとだけ手ばなしたつもりだったのに、わたしまで、なくなっちゃったような、からっぽな気持ちになっちゃって。こんなこと想像できなかった。お手数かけちゃってごめんなさい。洗濯屋のおばあさんから、あなたへの支払いはおすそわけでいいと、ききました。たりないかもしれないけど、わたしのつくったお人形です。おすそわけのつもりです。またこの町に来たとき会いたいわ。いろいろあっても、わたしが安心していられる所は、ヤンといっしょの旅の空だったのね。それがわかったの。
キキさんへ ネネより」
キキは人形を持ちあげ、ついていたひもでつるして動かしてみました。白くなったとうもろこしの皮が、かさこそと音をたてました。ひもをゆるめると、人形はぴょこりっとおじぎをしました。
「ねえ、その手紙、あたしにも、見せて」
ケケがいいました。
「どうぞ。ケケがわざわざことわるなんて、めずらしいじゃないの」
ケケはキキのいじわるないいかたに返事をしないで、手紙を開きました。
読みながらケケがいいました。
「ねえ、この、おすそわけっていうの、なに? どういう意味?」
「お礼は、むりしないで、そちらのお気持ちをわけていただくだけでけっこうですってことよ」
「へえー、魔女の商売もたいしたことないね。じゃ、けちな人がずるして、ちょびっとしかくれなくてもいいの? キキ」
「いいのよ、魔女は。もちつもたれつみんなと仲よくしながらくらすんですもの。おすそわけって、見えないものを見ることなのよ。これ、かあさんの言葉のうけうりだけどね」
「ふーん、わかった。あたしもキキにもちつもたれつされてるってわけか。でも、キキは、まだママのいいつけ、きっちり守っているんだ。いい子ちゃんしてるんだ」
ケケは、めずらしくキキから目をそらさずに、じーっと見つめ、さいごにぽつりといいました。
「おかあさんって、そんなことまでいうのか」