4 魔女のしるし
キキはこの四、五日、朝はやくおきて、くすりぐさの間に生えてくる草とりに追われていました。
「あとからあとから、よくまあ生えてくるわねえ」
キキは、あきれたように、ぬいてつみあげた草の山を見ました。
「くすりぐさがいいにおいだから、みんなこの畑に集まっちゃうんだよ。でもさ、たいへんだね。おわりがないみたい」
ジジも小さな前足で畑の土をひっかきながら、口のまわりについてしまう土をぷっぷっと息でとばしています。
「だけど……ふしぎ、草とりってさ、どんどん夢中になっちゃっておもしろい」
キキは手の甲で額の汗をふき、左手で草をひっぱっています。
「キキ、ちょっと、ちょっと。見て、へんな子がくるわ」ふいにおソノさんの声がしました。「キキ、ほら、あそこ」
キキが立ちあがって、おソノさんが顔をむけているほうを見ると、通りをこっちに歩いてくるのは、この間タカミ カラさんとわかれたあと、杉並木の近くで出会ったケケという女の子のようです。体が後ろにそっくりかえるほど大きなリュックサックをしょって、角が二本生えたようなおかしな形の黒い帽子をかぶり、そんなかっこうとはふつりあいな、とろーんと長いスカートをゆらしながら近づいてきました。
「あら、あの子、いつかパンを買いにきた子だわ」
おソノさんがさけびました。
「はーい」ケケはじっと見ているふたりになれなれしく手をあげると、「きょうから、よろしく」といって、親しげににこっと笑いました。
「この子、なにをよろしくって、いってるの?」
おソノさんはいぶかしげにキキの顔をのぞきこみました。
「わたしにも、わからない」
キキは、小さく首を左右にふり、あっけにとられています。ケケはひょいっと肩をあげてリュックサックをおろすと、「やっぱり、ここにいさせてもらうわ」とにっこり笑いました。
「ここにいさせてもらうって、どこのこと?」
おソノさんとキキは同時につぶやきました。
「ここって、ここよ。なにいってるのよ。あんたのうち」
ケケは口をとんがらせて、キキのほうにあごをぐいっとむけました。
「だれが、決めたの?」
おソノさんがいいました。
「あたしよ、もちろんあたしが決めたのよ。そんなにびくびくしないで。ぜいたくいわないから。奥の物置でいいわよ」
「まあ、この子、どうして人のうちのなかのことまで知ってるの?」
おソノさんはすっとんきょうな声をあげました。
「知ってちゃいけない? あたしは自分のことには一生懸命なんだから、知りたいと思ったら、知るのよ。どうなの? いやなの?」
「だって、いきなり……」
キキはなんとかおちつかなくちゃと思って、両手でスカートのわきをぎゅっとにぎりしめました。
「そうですよ、そんなかんたんなことじゃないわ。いきなり人の家に住みたいだなんて」
おソノさんも顔をひきつらせています。
「でも、キキのときには、かんたんにゆるしたってきいたわよ。あたしはどうしてだめなの? なぜ? なぜ?」
「それは、キキは……魔女で……」おソノさんはいいかけて、まじまじとケケを見つめると、「あっ、あなたも、魔女なの?」と、いいました。
「ははーん、魔女じゃないと、だめっていうわけね。魔女はべんりだから、そばにおいときたいんだ。あ、そういうことか……」
「なんてこというの!」
おソノさんは、ぶるぶるとふるえながら、一歩前にでました。
「おっとっとっと、いいから、いいから、おさえて、おさえて。そんなら、あたしは魔女よ、なりたてほやほや魔女」
ケケはきゅうに声の調子をかえ、目をぱちっとあけて、体をななめにむけ、すましたかっこうをしました。すると、まるで顔をつけかえたように、小さいおしゃまな子どもの顔にかわっていきました。
「じゃ、ほうきはどこ?」
おソノさんはケケの手もとに目をはしらせました。
「そんなものないわよ、でもほうきだけが、魔女のしるしとはかぎらないでしょ」
ケケの顔は、さーっと、もとのなまいきな顔にもどっていきます。
「じゃ、魔女のしるしはなんなの?」
おソノさんがおいかけてきくと、
「しるしになるものがなくちゃいけないの? 見えるものがなくちゃいけないの?」
ケケはぶつけるようにいいました。そのとき、キキのなかでちくっと反応するものがありました。これまでなんども同じ目にあい、同じことをいいたかったときが自分にもありました。(魔女のしるし……それはほうきだけではない……心のなかをお見せできないのがざんねんです)こんなふうにいいたかったときがたくさんありました。
「じゃ、あなたも魔女の旅立ちでこの町に来たの? ここに住むつもり? わたしがもういるのに?」
キキはケケの姿をさぐるように見ました。
「あんたがいちゃいけないの? あたしのほうがすきっていう人がいるかもよ」
ケケは口から舌をちろりっとだしました。
「でも魔女は一つの町にひとりって、わたしはきいてたけど」
「昔からのそういうのって、もうかわってもいいんじゃないの。年寄りの魔女はすぐそんなこというけどさ」
ケケはキキがその年寄りの魔女だとでもいうように、にたりと笑いました。なりたてのほやほやといっているくせに、自信たっぷりで、キキにむかってきます。
「かわる? どうかわるの?」
キキはつぶやいて、あっと思いました。ラジオ局でキキも自分がいいと感じたとおりにやって、すこしかわったかもしれないのです。
「あなた、家はどこなの?」
おソノさんがいいました。
「どこかよ。あるわよ、ちゃんと」
「遠いとこなの?」
「いわなきゃいけないの? うちがあって、いいおとうさんとおかあさんがいて、そういうの、ちゃーんとした子っていうんでしょ。あたしはね、もっとちゃーんとした子なんだから。もういい。たのまない」
ケケはらんぼうにリュックサックをつかむと、さっと後ろをむきました。キキはどきっとしておソノさんを見ました。おソノさんもわるいことをしたみたいに顔をゆがめています。
「ちょっと」キキは思わず前のめりになりました。「よかったら、お茶でも飲んでいったら。ねえ、おソノさん、いいでしょ?」
「ええ、まあ……」
このふたりの言葉をきいたとたん、ケケの顔がくるりっとこっちにむいて、
「やったあ。お茶なんてけちなこといわないでよ。ここにおじゃまするわ」と、さけびました。
「まあ」おソノさんはぽっかりと口をあけたままです。「でも、一日だけよ」おソノさんはあわててつけ加えました。
「もう、ちょい」
ケケは口をひょいとまげて笑うと片目をつぶりました。
「このあつかましさにはまけたわ! キキ、奥の物置、すこしかたづけて。なにか床にしいてあげたら、どうにかなるんじゃない。どうせ長いことじゃないでしょうから」
おソノさんは降参というように手をひろげました。
「いい、いい。場所さえあればなんにもいらない。寝袋あるから。今までずーっとさ、学校の教室にもぐりこんでいたんだけど、あそこはさむくてさあ、まいった」
ケケはもうすっかりそのつもりです。リュックをひきずってはいってきました。
「やれやれだわ、うちのおとうさんにも報告しておかなくちゃ」
おソノさんはいそいで帰っていきました。
キキが半分いやそうにのろのろとかたづけだすと、ケケはそばで意外に手ばやく手伝いはじめました。おかれていたものをすみにつみあげ、床をふくと、ひとりぐらい寝られる空間がなんとかできあがりました。ケケはさっそくそのまんなかにどっかりとすわりこみました。
「いいじゃない、ここ。あたしの目のつけどころはさすがだわ」なんて、ちゃっかりいいながら、リュックをひきよせ、うえにもりあがるようにのせてあった黒い寝袋をはずしました。寝袋の裏側には、はでな赤いバラのもようがひろがっていました。キキの目はたちまちそこにすいよせられました。
「あら、きれいじゃない」
キキは思わず声をあげていました。
「そうよ、あたしはね、自分ごのみでくらしているから」
ジジがそっとよってきました。寝袋の口を鼻でおしあけるようにして、もぐりこもうとしています。
「ジジ、やめなさい。おきゃくさまのよ」
キキがあわててジジのしっぽをつかもうとすると、
「いいじゃない。ジジも自分ごのみでくらしたいのよね。ふふふ」とケケが笑いました。
ジジはふたりのやりとりをきいたのかどうか、キキのおどろいているのをしりめに、もぐるのをやめません。ずんずんとはいっていきます。
ケケはリュックのなかのものを取りだして、床にならべはじめました。黒のセーターに、黒い上着、黒い手袋、黒いスカーフ、ぷっくりふくらんでいる黒い布袋が大、中、小と三つ。その間にまっかなブラウスとまっかなノートがまじっています。さいごに取りだしたのは、光った黒い布地の小さな袋でした。ひもできゅうっとしめるようになっていて、ひものさきにまっかなガラス玉が一つずつついています。外からのうすい光にあたってにぶく光っていました。
「それ、なあに?」
キキがききました。
「これ、玉手箱、じゃなくって玉小袋」
ケケはガラス玉を持って、くるんとふりまわしました。
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りだしました。
「あっ、おとどけものかもしれない」
キキはとびあがるように立つと、自分の部屋にもどって、受話器を取りあげました。でも目はかたときもケケからはなしません。
「もしもし……」おとなの男の人の声です。「そちら……あのー、お宅は……いちょう並木通りですか?」
えんりょしているような、まよっているようなようすです。キキはつまさき立ちして、ケケをのぞきながら、
「いえ、ここは、……」といいかけると、電話はぷっつんと切れてしまいました。
「あんたって、ずいぶんおいそがしいんですねえ」
ケケが顔をあげていいました。おとなっぽいいいかたです。
「まあね、でも、今のはまちがい電話」
キキはにっと口をまげて、よゆうをみせました。
その日の夕方、外から帰ってきたキキがドアをあけると、すきまから紙を半分におったものが落ちて、床をすべってとまりました。
キキがひろってみると、それはメモで、こんなことがかいてありました。
「魔女殿
お願いしたきことあり、明日、午後一時十五分、つた壁街、二十二番地の『むかし屋』までお出向きねがいたい。時間厳守」
「むずかしい言葉ね、『したきこと』なんて昔の手紙みたい。いったいどんなおねがいなのかしら」
キキはつぶやきました。
とんとん とん
キキはおそるおそる目の前の木のドアをたたきました。
耳をすまして、ちょっと待ってからまたたたいてみました。返事がありません。なかはしーんとして、なんの気配もしません。キキはドアのうえにかかっている看板を見上げました。古いうえに、となりの家のかげが暗くおちていて、彫ってあるらしい字もよく読めません。キキは背のびして、目をこらしました。どうやら「むかし屋」と彫ってあるようでした。
「やっぱり、ここにまちがいないわ」キキはポケットから、きのうドアのすきまにさしこんであった紙をだしてひろげました。キキはまた背のびして、ドアのわきの、消えかかっている番地を見て、「うん、まちがいないわ。時間もぴったりなのに……返事がないなんておかしいな」とつぶやきました。
「へんなとこだね、気味わるいよ」
ジジが足もとでささやきました。
この通り、つた壁街はコリコの町ができた当時の建物がならんでいます。ひと昔前までは、おしゃれなものを売る店が集まっていて、にぎやかな通りでした。でもあたらしくひろい道ができると、そのほうに人は行くようになり、すっかりさびれてしまったのです。でも今では、かえってその時代がかった家並みがにあうといって、古いものばかり売るお店が集まっているのです。なんどかキキも通ったことがありました。でもいつもお店は、どこもドアがぴったりとしまっていて、商売をやっているのか、やっていないのかわからないほど、しーんとしていました。たまにあいているお店があっても、おきゃくさんの姿を見るのはまれです。
「あの通りのお店は一日に二時間くらいしかあけないんだよ。あいててもね、はいっていくと、『店主は表通りのカフェでお茶しています』なんてメモがはってあったりするんだ。それでカフェまで行くとね、『おまえさん、ほんとうに買いたいのかね』って、とてもめんどくさそうにいったりするんだよ。売るのがいやみたいに。だからあまり人が行かなくなっちゃったんだ。でもね、ウィンドーをのぞいて歩くと、おもしろいよ。へんなものが、いろいろおいてある。あまり高いものはないから、こういうお店のこと、びっくり箱屋さんともいうんだって」
こんなふうにとんぼさんが教えてくれたことがありました。
キキはまたドアをたたいてみました。すると、こんどはドアがゆらゆらと動きます。ジジがびくっとふるえて、しっぽをキキの足首にまきつけてきました。キキはそーっとおして、なかをのぞきこみました。ぷーんとかびのようなにおいが顔にあたります。おそるおそるなかにはいっていきました。
「こんにちは。ご注文いただいた魔女の宅急便ですけど」
大きな声をだしたつもりなのに、口のなかがもごもごして、消えそうな声になってしまいます。
暗いのに目がなれてくると、壁にそってならんでいる棚に、本や、レコードや、置物など、古いものがいっぱいならんでいます。それでもたりなくて、床にも、所せましと、いろいろなものがおいてありました。どこかふしぎな世界にまよいこんだような気分で、キキは立ちすくみました。まったく人気がないのに、空気がかすかにゆれています。一つ一つの品物が、そーっとため息でもついているようでした。
「くしゅん、空気が粉っぽいよ」
ジジが前足で鼻をおさえました。壁のどこにも「通りでお茶しています」なんてはり紙はありません。ふと見ると、正面の厚い木のテーブルのうえに、古そうな黒っぽい革表紙の本が一冊おいてありました。そしてそのうえに小さな紙がのっていました。なにか書いてあります。キキは手にとって明るいほうにかざしてみました。きのう受け取った手紙の字とどこかにているようにも見えたのです。こんなことが書いてありました。
「しばらくこの本をおあずかりいただきたい。
ご不審のむきも重々承知ですが、よろしくお願い申し上げる。
いずれご連絡申し上げる。
魔女殿 店主」
声にだして読んで、キキは思わずジジをふりかえりました。
「これって、あずかってくれって、いってるのよね」
「だと思うよ。でもだれ、この人?」
「お店の人よ」
「そうかな……あやしいよ。ゆうれいの言葉みたい……」
「ジジ、おどかすのやめてよ。じゃ、帰ろう、このまま」
「は、は、はくしょん」
ジジは体をふるわせてくしゃみをしました。
キキはあとずさりしながら、でもやっぱり気になって本を手に取りました。見た目よりずんと重たい感じがします。黒い表紙には大きなかびのようなしみがいくつもひろがっていました。開こうとすると、紙が湿気でくっついていて開きません。
「これでも……本? あかずの……本なんて……こわいな。ご不審のむきはありすぎるけど……でもたのまれてるんだから……」
キキはこわごわ本をかかえると、いそいで外にでました。