1 また春がきて
キキがコリコの町に住むようになって、四回目の春がめぐってきました。キキは十六歳になりました。春分の日には朝と夜、おかあさんのコキリさんに教えられたやりかたで、お店の前の通りにくすりぐさの種をまきました。今年で二回目です。
けさもはやくおきて、そのくすりぐさの畑にじょうろで水をまいています。この仕事にもすっかりなれました。黒猫のジジが近づいてきて、水をつかむように前足をあげ、あそびはじめました。
「ジジ、ぬれるわよ」
キキはじょうろを動かす手をとめていいました。
「だってお日さまにあたると、水ってきれいな色になるんだもの」
「ほんと、
キキはまぶしそうに空を見ました。もうすっかり春のお日さまです。すると後ろからはずむような声がしました。
「まあ、もう土からいいにおいがしてくるわ。まだ芽もでていないのに、さすがくすりぐさね」
ふりむくと、グーチョキパン屋さんのおソノさんが笑っていました。そばでちいちゃな女の子が、かたほうの手でおソノさんのスカートをしっかりとにぎり、もう一つの手の親指を口に入れてくちゅくちゅ音をさせながら立っています。キキがこの町に来た年に生まれたノノちゃんです。もう三歳になりました。そして、おソノさんの後ろにはずかしそうにかくれているのは、そのあとで生まれたもうじき一歳になる男の子、オレくんです。
「去年とれたくしゃみの薬はちゃんとたりた?」
おソノさんがいいました。
「それがね、まだずいぶんのこってるの。おかあさんは、その年にちょうどいいぐらいの量ができるものだっていってたんだけど。〝ちょうどいい〟、それがまさに魔女の計算というものだって……」
キキはふりむいて、すこし不安そうに家のなかにおいてあるくしゃみの薬がはいったビンのほうを見ました。
「キキのふしぎな力が一つふえたおかげで、この町は大助かりだわ」
「ふしぎな力なんておおげさだわ。ただのくしゃみの薬だもの。でもわたし、はりきってるの。お店も大きくなったし……」
おソノさんはうなずきかえしながら、土のにおいをかぐようにもういちど深呼吸しました。それから低い声でうたいだしました。
「このみちの さきまで ふっふふ
あしおと あわせて ふっふふ」
「ふっふふ ふにふにふっふふー」
キキもあわせて、鼻歌をうたいました。
おソノさんもつづきを小さく口ずさみながら、
「ああ、いい気持ちになれた、じゃ、またね」といって、オレくんを抱きあげノノちゃんの手をひいて帰っていきました。
そう、今年のはじめにキキのお店はだいぶかわりました。今まで一階におかれていた粉袋をぜんぶ二階にうつし、お店をすこしひろげて小さな物置もつくりました。そして住むところも二階からひっこしてきたのです。通りに植えたくすりぐさの手入れがしやすいように、部屋もくすりぐさのいい香りでいっぱいになるようにと、おソノさんがすすめてくれたのでした。この改装工事には、とんぼさんとコリコの町の飛行クラブの人たちが集まって、手伝ってくれました。とんぼさんは前の通りが見えるようにと、小さな窓もあけてくれました。キキは毎朝ひろくなった家のなかを歩き、窓からのぞいてくすりぐさの畑を見ると、わたしもちゃんとした魔女になりかかってるみたい……と自信がわいてくるのでした。
水まきの仕事がすむと、キキはお茶をいれはじめました。町からはなれたところに、弟とふたりで住んでいる友だちのモリさんが送ってくれた、香りの高い野の草のお茶です。ちょっぴりあまく、ちょっぴりすっぱい、飲むとおなかがぐーっとすいて、すぐごはんが食べたくなるお茶です。モリさんはジジにも草で編んだベッドを送ってくれました。ジジはそこにねそべって、桃色の舌をつきだすと、空気のなかからなにかをすいとるように口をぺちょぺちょと動かしています。
「ジジ、なに、そのかっこう。ノノちゃんのまねしてるの? あまったれたいの?」キキはからかいながら、自分も下唇をついっとだして空気をぺちょっとすってみました。
「おいしい」キキは思わずつぶやきました。するとジジが、とつぜんすっくと立ちあがっていいました。
「ぼくは猫だ。でも特別な猫になれるだろうか」
そしてしっぽをぴんと立てると、ふりむいてそのしっぽをじっと見つめました。
「どうしたの、いきなり……お芝居の役者さんみたいにすましちゃって……特別の猫ってどういうことなの? だれだって、特別じゃない? だれだってだれかさんのための特別な人なんだから」
キキがいいました。
「キキ、それってちょっとかるいんじゃない? その特別とはちがうんだよ。つまり、自分をちゃんとつかまえられるかってことなんだ。しっぽをつかまえるなんてことではなくてさ」
ジジは鼻にしわをよせ、なにか考えるように遠くを見つめました。
「なにごちゃごちゃむずかしいこといってるの。わたしはジジがだいすきよ。ジジはわたしの特別な猫、それでいいでしょ」
キキはジジを抱きあげると、鼻にかるくキスをしました。
「やめてよ、べたべたするの」
ジジはキキの手からとびおりて、ぶるっと体をふるわせました。キキがおどろいて、足もとのジジを見つめました。すると、そのときです。
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りだしました。
「こちらは魔女の宅急便です」
キキはいつものように受話器にむかって、はきはきと返事をしました。すると、
「はーはくくくしょん、くしょん」
むこうからとびこんできたのは、爆発するようなくしゃみの音です。あまりの音の大きさにキキが思わず受話器を耳からはなすと、つづいて、
「ははは……くくく……はっくしょん、しょん」
またくしゃみです。目がぱちくりです。高い声が歌でもうたっているみたいにはずんできこえます。遠くであわせてでもいるように、ピアノの音までしています。
「あのー、こちら……」
キキがもういちど名乗ろうとすると、
「はははは……ま、まじょさんしょん、くすり、くしょん、はやく、はっくっしょん」
「は、は、はい、どちらへ?」
キキもくしゃみがうつってしまいそうです。
「ラジオ、きょく、きょくしょん」
「はい、わかりました。ラジオ局ですね」
キキは大きな声で念をおすと、電話を切りました。
それからくしゃみの薬を入れてあるビンのふたをとると、ちょっとの間、じっと空中を見つめて考えてから、手をつっこむと薬をぎゅぎゅっとにぎって、紙袋に入れました。そして自分で目をまるくしました。
「あら、こんなに必要なの? 多すぎないかしら。あまると思ったのに……もうあとすこししかのこってないわ。だいじょうぶかなあ……。でもこういうことが、いるだけちょうどっていう魔女の計算なのかもしれない。いいか、信じていくか」キキはぶつぶつひとりごとをいいながら、薬の袋と木のスプーンを手さげ袋に入れました。「ジジはどうする?」
「行くよ、あたりまえでしょ。ごいっしょするのが、ぼくの仕事ですから」
「ジジってこのごろなんか文句っぽくいうのね」
キキは壁にさがっているほうきをはずすと、ドアをあけました。
ラジオ局の入り口で、イヤホーンを首にさげて男の人がこっち、こっちと大きく手まねきして待っていました。
「こ、こっちしょん ちきしょん」
これだけいうと、その人はくるりっと後ろをむき、建物のなかを走りだしました。キキもあとを追って走りました。階段も走ってのぼって、つづく廊下も走って、そのさきの厚いとびらをあけると、いきなりなかからはじけるようなくしゃみの大爆発がとびだしてきました。二十人ほどの男の人と女の人が口に手をあて、体をゆすってくしゃみをしています。
「まっ、みんな、おそろいではっくしょん……ですか?」
キキはびっくりしてさけびました。
「は、は、はるかぜで、しょん」
「みー、みんな、くしょん……ですしょん」
すると、さっき入り口にいた男の人が、ハンカチで口をふきふき、いいました。
「どど、どうやら、山のむこうのラジオ局で、う、うつったらしいんしょん。とっても強力な、くしょん、かぜで、しょん。これから放送だっていうのに……おおよわり。この町の魔女さんの、くしょんぐすりは、きくってきいたので……ほんとうに、くしょん、ききますか?」
「ええ、ききます」
キキははっきりうなずきました。
「ねむくなったり、しないでしょうねえ」
「ええ」
「じゃ、はやく、なおして。お礼はポケットにはいるちびラジオ、さきにわたしておきましょん」
男の人は小さな包みをわたしてくれました。
キキはこまったようにいいました。
「はやくっていっても、そんなすぐには……この薬は一日三回、食後にお茶がわりに飲んでいただかないと……」
「えーっ」
みんないっせいにがっかりした声をあげました。
「……じゃないと、だめ?」
「そういう決まりなんです……でも……こんなにみんな仲よしこよしの集団くしゃみかぜですから……それじゃ、薬も仲よくしてもらって、三回分いっぺんに飲んでみます?」
キキは、きゅうに、決まりをやぶっても、自分の思ったとおりにやってみたくなりました。
「おねがいします。あ、あと、三十分で、ほ、ほんばんなんです」
「わあ、それはたいへん」
キキは部屋のすみにおいてあるコップをならべると、ひとりひとりの顔をじっとよみとるように見てから、スプーンで薬をはかり、お湯をそそいで、手わたしていきました。みんなコップを手でかかえて、ふーふーさましながら、飲みはじめました。部屋いっぱいにすーっとした野の草のいい香りがたちこめていきます。
「すこし、鼻がとおってきた、くしょん」
「なんだか、ききそう」
「いいぞ、いいぞ、たしかに」
みんな口々にいいはじめました。でもキキはちょっぴり不安でした。おかあさんのコキリさんのいいつけを無視して、三回分いっぺんに飲ませちゃったのですから。ききすぎるか……それともきかないか……。
「では、練習はじめましょん」
さっきの男の人が前に立っていいました。言葉のおわりに、まだ「しょん」なんて不安なひびきがのこっています。
みんな立ちあがってならびました。ピアノがばんと鳴りました。男の人がさっと手をあげました。
いっせいにみんなの口があいて……とびだしました。
「はーはー、はくしょん、しょん」
とたんにみんな顔がさーっと青ざめ、おたがいを見つめあいました。
「でも、でも、声はあってるわよ。ふしぎなほど……」
女の人が追いかけるようにいいました。
「ふむ、まさに、まさに、まれにみるぴったり感だ」
指揮の男の人が目を見はっていいました。
「じゃ、もういちどやってみよう」
ピアノがまたばんと鳴りました。男の人が手をあげました。いっせいに口があきました。
「はっはっはー、はくしょん、ひーひっひっひー、ひっくっしょん」
低い声、高い声が、なんとぴったり。
「まあ、気持ちいいこと! みんないっしょに、はーくしょんなんて」
だれかがいいました。
「ねえ、ねえ、これでやってみましょうよ。『くしょん はっくしょんの歌』っていうの、どう?」
「そうだな、ここは、魔女さんの魔法を信じて……くしょん」
キキはこまって体をちぢめました。それから二歩、三歩とあとずさり、とびらに手がさわると、「じゃ……がんばってください」と小さな声でいって、外にでました。
キキは家にむかって飛びながら、ほうきにさげたラジオのスイッチを入れました。アナウンサーの声がひびいてきました。
「毎週おとどけしている『はじける歌声』の時間がまいりました。本日出演のコーラスグループは、今年で結成五周年をむかえる『ひらけ口グループ』のみなさんです。曲は『くしょん はっくしょんの歌』です。春のかぜがはやっているときいております。でもラジオからではうつりませんから、ご安心を。では、どうぞおたのしみください」
ピアノがばんと鳴りました。歌声がとびだしました。
「はーくっしょん はー
はーくっしょん はー
はっはっはっはっくしょん
みなさん はー ごいっしょに はー
はっはっはっはっくしょん
みなさん はー ごようじん はー」
「やだわあ、なんだか、すてきじゃないの、くっくっく」
キキは笑いだしました。
「あの人たち、これで人気でちゃったり……世の中ってさ、そういうことあったりして。そしてさ、かぜなおったら、もとにもどっちゃったりして」ジジはこんなおとなびたことをいうと、鼻にしわをよせて、にっと笑いました。でもすぐまじめな声になって、つけ加えました。「キキ、でもいいの? コキリさんのいいつけ守らないで……。ぼく、知らないよ」
「わたしには三回いっしょでいいって、感じられたのよ。コキリ魔女のやりかたではなく、キキ魔女のやりかたでいいと思ったのよ。お薬の量だってコキリ魔女の計算じゃなくて、キキ魔女の計算なんだから」
キキは前をじっと見つめて、そういうと、くるりくるりと宙返りしました。
「ジジ、チョコレート食べたくない? わたし、買いにいこうかな」
「ぼくはえんりょする。あれ食べると、胸がドキドキしちゃうんだもの」
「あら、そう。じゃ、とんぼさんさそって、食べようかな」
キキは近くのお菓子屋さんめがけておりていきました。
「キキは……ドキドキしたいんだね」
ジジが口をひょいっとまげ、みじかく笑うと、キキの背中に乗ってきました。
チョコレートを買って、とんぼさんの家のうえまで来ると、とんぼさんは窓のそばで汗びっしょりになりながら、竹を切ったものを紙やすりでみがいていました。
キキがおどろいたようにジジにささやきました。
「あれ、とんぼさん、ちょっと会わない間にまた背が高くなったみたい」
「とんぼさんはまだ背が大きくなってるのかもしれないね。のびざかりの男の子みたいに……」
後ろでジジがいいました。
「まさか」
キキが笑いました。キキが手をふると、すぐとんぼさんは気がついて、外にでてきました。
「やあ、キキ、どうしたの?」
とんぼさんがいいました。
「声もおやじ声だ。くくく」
ジジも首をすくめて小さい声で笑いました。
「いっしょに、おやつ食べない?」
キキがチョコレートを見せていいました。
「わっ、ほんと? いっしょに? いいの?」とんぼさんはめがねのむこうの目を大きくあけて、うれしそうにまばたきしました。「なら、ぼく、木にのぼって食べたいな。キキといっしょだもの、地上をはなれて……ねっ」
とんぼさんはそういうと、庭の木にのぼって、いちばんしたの枝にすわりました。キキもその枝のうえにおりてならびました。とまっていた鳥が、あわててとなりの木にうつっていき、首をのばして、とつぜんあらわれたふたりをふしぎそうに見ています。
「やっぱり、これぐらいの高さでも、地上からはなれると、いろんなものちがって見えてさ、わくわくするね。キキはいつもこんな気分?」
「うん、いつもわくわくよ。いっしょに飛べるといいのにね。そしたらもっとわくわく」
キキは首をすくめながらわくわくを二度もくりかえして、ちろっと舌をだし、肩をすぼめました。
「でもさ、それができないっていうのも、たのしいよ。キキはどんな気持ちなのかなって、想像できるもの。同じことができたら、想像なんてしないものね」
「いつも?」
キキはのりだしてとんぼさんを見ました。
「うん、いつも」
とんぼさんも見かえしました。その目はたのしいことに夢中になっているときの、とんぼさんの目でした。
「ほんと? わたしのこと想像……してるの?」キキの声がはずんできました。「じゃあ、もっとすてきに飛ばなくちゃ……あのね、今ね、くしゃみの薬を合唱団の人たちにとどけてきたんだけど……わたし、コキリさんのいいつけどおりにしなかったの。ほんとは三回に分けなくちゃいけないのよ、でも、わたし、一回で飲むようにっていっちゃったの。だって、わたし、それでいいって感じたんですもの」
キキはいいわけするようにいいました。
「うん、いいんじゃない。キキはキキだもの」
とんぼさんは大きくうなずきました。それからふっと息をつくと、口にチョコレートをぽんと入れて、いいました。
「今、ぼくもあたらしいことしてるんだよ。竹とんぼをつくってるんだ。ゼンマイ式、浮遊型、もどり形式のね」
「くっ」
キキは思わず笑ってしまいました。
「君が笑ったわけ、わかるよ。とんぼがとんぼつくってどうするんだっていうんでしょ。でもね、こんどのはちょっとばかりすごいよ。竹とんぼがよろこんで飛ぶんだ。散歩してもどってくるんだ。見ててよね」
とんぼさんの目がきらきらしています。
「竹とんぼがよろこんで飛ぶ……ですって? なんだかすごい。いったいどうやってつくるの?」
キキは体をはずませて枝をゆすりました。
「種まいて、水やって、キキの薬みたいにさ、なーんてね」とんぼさんはキキに笑いかけ、でもきゅうにうなずくと、「ふーん、にてなくもないかも……魔法もちょっとはいってるかも……」といいました。
「どんなふうに飛ぶの?」
「すいーっとね、花の種のように。南のほうの星くず群島のどこかの島には、はねをもったすっごくよく飛ぶ植物の種があるんだって……ぼくの竹とんぼはね、とまり飛びしたり、もどったりするようにしたいんだ。それにはちょっぴり自信があるんだけど」
とんぼさんは両手を小さくひろげ、ばたばた動かしました。