はじめに
十六年前、深い森と、なだらかな草山にかこまれた小さな町に、キキという名前の女の子が生まれました。この女の子にはちょっぴり秘密がありました。おとうさんのオキノさんはふつうの人ですが、おかあさんのコキリさんは魔女だったのです。それでキキは半分魔女……ということになります。
十歳になったとき、キキはおかあさんのように魔女として生きていこうと自分で決めました。でもあまりすごい魔法はつかえません。おかあさんのコキリさんは、空をほうきで飛ぶことと、くしゃみの薬をつくる魔法を知っていました。でもキキは、薬のつくりかたがあまりにややっこしいのでやめてしまったのです。それでほうきで空を飛ぶ魔法しかできません。でもこれならそんなにへたではありませんよ。ほうきの後ろに黒猫のジジを乗せて、宙返りだって、ずんずんのぼりだっておちゃのこさいさいです。この黒猫のジジはキキといっしょに育ち、ずっと助けあいながらくらしてきました。それで魔女猫なんてよばれることもありますが、魔法は一つ、キキとおしゃべりができることぐらいです。
ところで魔女は十三歳になるとひとり立ちをし、まだ魔女の住んでいない町や村を見つけて、一年間自分のできる魔法をつかってくらしていくのです。これは一人前の魔女になるための見習い期間でしたが、この世にまだ魔女がいることを知ってもらうためのたいせつな決まりでもありました。このお話の主人公キキも、いまから三年前に海辺の大きな町コリコにやってきました。そしておソノさん夫婦のやっているグーチョキパン屋さんの粉置き場をかりて、たった一つしかできない魔法、空を飛ぶことを生かして宅急便の仕事を始めたのです。一年間の見習い期間をぶじおえて、里帰りをしました。(『魔女の宅急便』)
でもキキは、コリコの町をただの思い出の町にすることができませんでした。とんぼさんというたいせつな友だちも、コリコの町にいます。キキはしだいにあの町で生きていきたいと思うようになり、コリコの町にもどっていきます。そしてまたいろいろな人に出会い、いろいろなものを運び、つらいことも、たのしいことも経験しながらくらしてきたのです。
ところがその年の秋のおわりごろから、キキはなにかおちつかない気持ちになってきました。もっと魔女としての自分の世界をひろげてみたい。そんな気持ちがだんだん強くなってきたのです。それでせかされるような気持ちで家にもどり、おかあさんのコキリさんからくしゃみの薬のつくりかたを教えてもらったのでした。そしてつぎの年の夏、キキがひとりで植えたはじめてのくすりぐさを刈り入れて、くしゃみの薬をつくり、「魔女の宅急便」の看板のとなりに、「くしゃみのおくすり おわけいたします」という看板もかけるようになったのでした。町の人たちに頼りにされるようになったキキのくらしは、ますますいそがしくなっていきました。(『魔女の宅急便②』)