15 キキ、湯たんぽを運ぶ
「うーん」
寝ぼけ声をあげながら、キキはかけぶとんをひっぱりあげてもぐりこみました。ふとんのすきまから、つめたい空気がきゅーっとはいってきました。
「さむーい」
キキは体をちぢめ、目をあけました。
「キキ、動いちゃいやだよ。寒いよ」
キキの背中のとこで寝ていたジジがあわてて、足のほうに逃げこみました。
「だれ? 窓あけたの」
キキは頭をあげて見まわしました。窓はいつものとおり、ちゃんとしまっています。キキはラジオのスイッチを入れました。
「おはようございます」
ラジオから声が流れてきました。
「みなさん、よーく、きいてください。春ももうまぢかだというのに、気象台はじまって以来という冷凍台風ミリミリがコリコの町方面に近づきつつあります。この台風ミリミリは、あまり風は強くありませんが、氷のかたまりっていっていいほど異常低温台風です。どうぞご注意ください。風邪もはやりはじめたようです。以上、天気予報をおつたえしました」
「それでね、この寒さは……」
キキはベッドから足を出して床につけ、ぶるんとふるえました。指の先からこおっていくようなつめたさです。
「おきるのいやだなあ、このまま冬眠しちゃいたい」
キキは足をふとんの中にもどすと、かかえてまるくなりました。
ジジが足もとからのそのそはいあがってきて、キキのおでこをぺろんとなめました。
「やっぱり、おきないと」
「へっ、めずらしくえらいじゃないの。もうすこし、寝てたいわ。ねえ、ジジ、あったか湯たんぽになって」
キキはジジのしっぽをひっぱって抱きかかえました。
「やだよ、苦しいよ」
ジジはキキの手をすりぬけ、外にとび出しました。
「くしゅん」
小さなくしゃみがとび出します。
キキもしかたなく、のっそりおきあがりました。ふるえながら着がえると、タンスをあけて、毛糸の厚いチョッキをとりだしました。
「いいよな、キキはそうやってどんどん着られるから。ぼくなんてさ、親からもらった毛皮一枚と腹まきだけだよ」
ジジはそういうと、ふふふーとかすれた口笛を吹きました。
「おや、寒がってるわりには、口笛ふいてごきげんねえ」
キキがいいました。
「ごきげんじゃないよ、こうやってさ、体の中のつめたい空気、外に出してるんだよ」
「まあ、ばかばかしいこと考えて」
キキは鼻にしわをよせてにっと笑いました。
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りだしました。
「まさか、まさか、仕事じゃないでしょうね。こんな寒い日に」
キキは、のぞきこむように、窓の外を見ました。
すぐ前の通りには、人、ひとり歩いていません。どの家の窓ガラスにも氷がはりついてつめたそうなもようをつくっていました。
ルルルルー
ベルは鳴りつづけています。
キキは受話器をとりあげました。
「魔女の宅急便です。お寒うございます」
電話の声はあいさつもなしで、いきなりしゃべりだしました。
「うちの子に、湯たんぽとどけてくださいな」
「は、はい」
「うちの子ね、寒がりなんです。すぐ風邪ひいちゃうんです。今ごろ、こおっちゃってますわ、きっと。心配でもう、心配で。まだ授業はじまってないと思いますから、はやく湯たんぽもってって、セーターの下に入れてやってください。うちはすすき通り、三番地、学校はコリコ第二小学校、一年生、名前はニオ、ねっ、たのみましたよ」
電話はぷつんと切れました。
「湯たんぽだって……学校に……」
キキはつぶやきました。
吹きつけてくる風のつめたさは、無数の針がぶつかってくるようです。
「氷の魔女ができそう」
キキはチョッキの中にかかえたジジにいいました。
「なんだか、つめたくってこわーいなあ」
ジジがいいました。でもその声は、もう氷になってしまったようにこわばっています。
キキはニオくんのおかあさんから湯たんぽを受けとると、コリコ第二小学校にいそぎました。
キキは入り口から一年生の教室の中をのぞいて、どきりと立ちどまりました。小さな一年生たちが、「うふふふ~」「ぶるるる~」といいながら、手をこすったり、足ぶみしたりしてふるえています。なかには、「さむいよー、さむいよー」とべそをかいている子もいます。せきもあちこちからきこえてきました。みんな、みんな、寒がっているのでした。これでは、ニオくんだけに湯たんぽをわたすわけには、とてもいきません。
「あっ、魔女のおねえちゃんでしょ」
ひとりの子がいいました。
「魔法でさ、えいやってさ、あったかくしてくれるの?」
ひとりの子がいいました。
「はやくう」
キキはとっさに大きくうなずきました。
「そうねえ、みんなであったかくなろうか。じゃ、おしえて、どこが寒いの?」
「おてて」
「からだ全部、頭の上からはじっこまで」
「ま、たいへん、頭の上からはじっこまでなの。じゃ、なんとかして、はやくあたたかくなろうね」
キキはいいました。
「いいこと考えたわ、体の中のつめたい空気、みんなして、外に追い出しちゃおう」
「どうやってよーう」
「口笛、吹くのよ」
ジジは、はっと顔をあげました。
「あっ、ぼくのまねして。ばかにしたくせに」
「おねえちゃんが湯たんぽの笛をぷーって吹くから、みんなも、まねしてね。そうすると、つめたい空気がぷーって出ていくよ」
キキは大いそぎで校庭にとび出すと、中のお湯を全部だしてもどってきました。
それからみんなの前で、大きく息をすいこみ、湯たんぽの口に唇をあてて、息を吹きこみました。
ひゅーうううううーる
一本のふるえた線のような長い音が出てきました。
「みんなまねして、思いきり長く吹くのよ。さ、いいですか、よーいどん」
子どもたちは口をとがらせて吹きはじめました。
ぴゅー ぷるー しゅー
小さな口からいろんな音が出てきます。
「もっと長く、長く吹いて。だれがいちばん長く吹けるかな、吹けるかな。終わったら、もう一度。それが終わったら、またまたもう一度」
号令をかけながら、キキもまた湯たんぽの笛を吹きました。口笛は何度も何度もつづきました。みんな、いっしょうけんめいです。みるみる、ほっぺたが赤くなってきました。
「つめたい空気、出ていった?」
「うん、出ていった、出ていった。あったかくなった」
みんなうれしそうにぴょんぴょんとびあがりました。
キキはほっとしました。
「また寒くなったら口笛を吹くのよ。おねえちゃんはこれで帰るから。じゃ、さよなら」
キキはうしろをむきました。すると、かわいい声がとんできました。
「寒くなったら、魔女のおねえちゃん、また来て、なおしてよう」
キキはニオくんのおかあさんのところにもどると、からの湯たんぽを返しながら、学校でしてきたことを正直に話しました。
ニオくんのおかあさんは、うなずきながらきいていました。
「あたし、考えなしだったわ。自分の子のことばかり考えて。魔女さん、ほんとうにありがとう」
キキはほっとしました。空を飛んできて、体のしんまでこおってしまったように固くなっていたのに、どこかが、ぽっとあたたかくなりました。
ニオくんのおかあさんは、
「これ、わたしの手づくり。玉子とミルクをたっぷり使ってあるわ。寒いときは栄養をつけてね」
といって、お礼にクッキーの包みをくれました。
キキが家に帰りつくと、すぐまた電話がかかってきました。
「もしもし、毛糸の帽子、十六個ばかり、運んでもらえないかね。北山まで……」
「は……はい」
「うちのもんたちが木をきりにいってるんだけどね、この寒さだろ。働くもんには頭ひやすのがいちばん体にわるいからね。でも、ほんとうにたすかるよな、手近に魔女さんがいてくれて」
「………」
キキは思わず息をのんで窓の外を見ました。空は白っぽくくもって、空にも氷がはっているみたいに見えます。
「じゃ、たのんだよ」
電話はそれから三回も住所をくりかえし念をおして切れました。
「わわわわ、どうしよう。あたしだって寒いのよねえ」
キキはうらめしそうにいいました。
「でも、たよられちゃ、やるっきゃないよ」
ジジはしっぽでぱたりと床をたたいて、おとなっぽく、うなずきました。
北山に行くまで、それはひどい寒さでした。体はがくがくとしか動きません。風をきって飛ぶほうきも、ひゅーひゅーとするどい音をたて、まるで悲鳴をあげているようでした。「ぼく、湯たんぽ。こうすれば、すこしはあったかいでしょ」って、コートのなかに入ってくれたジジも、ぶるぶるとふるえています。
でも、とどけた十六個の毛糸の帽子は、木をきっている人たちにとてもよろこばれました。
「頭がひえると全部ひえる。頭があったかいと、気持ちまであったかくなる。たすかったよ、魔女さん」
木をきっている人たちは、働き者のごつごつした手で、あくしゅをしてくれました。
飛びあがったキキがふりかえると、枯れ木ばかりの山の木の間に、色とりどりの帽子が花のように見えました。するとまた、つめたいつめたいキキの中で、どこかがぽっとあたたかくなりました。
このあとも、キキはほっとすることはできませんでした。つぎつぎ電話です。
「もしもし、あつあつの野菜スープをおじいちゃんに」
「吸入器を孫のうちまで」
「コリコ湾に漁に出ているおとうさんに、ももひきを」
「手袋を動物園のおばあちゃん猿に」
「えりまきをバスの運転手に」
キキがとどけるたびに、「魔女さんがいてくれて、ほんとうにたすかった」とみんな口をそろえていってくれました。そのたびに、キキのどこかが、またすこし、またすこし、あたたかくなっていきました。
全部の品をとどけ終わったときには、日はとっぷりとくれていました。
寒さはいちだんときびしくなっていました。
「みんながよろこんでくれるとさ、湯たんぽより、ずっとあったかくなれる」
キキはうれしそうにいいました。
「コリコの町に魔女キキがいて大だすかり。その魔女をたすける猫がいて、もっと大だすかり……そうでしょ」
ジジもはずんだ声でいうと、とたんに、黒い鼻をぷりぷりふるわせて、たてつづけにくしゃみをしました。
「おや、おや、ジジも風邪ひいたかな」
キキはジジを抱くと、またチョッキの中に入れました。
「さ、コキリさんからもらったぽかぽか茶でも飲んであたたまりましょ。冷凍台風さんはその後どうなったかしら」
キキはお茶を入れて、ラジオをつけました。
「番組を中断して、台風ミリミリのその後の状況をおつたえいたします。どうやらミリミリはコリコの町を直撃しそうなもようです。町のみなさまは食料の買いだめをしてください。それから風邪がものすごいいきおいではやりはじめました。郊外の方からは、肺炎にかかった鳥が空から落ちてきたという報告もはいっています。学校は台風が通過するまでおやすみになりました。くくくしゅん、はははくしょん、た、たいへん失礼いたしました。これで臨時ニュースを終わります」
「まあ、みんな、みんな、くしゃみ……」
キキは笑いかけて、首をすくめました。
「ジジ、はやく寝て、体をやすめなさい。ねえ、ジジ、あら、ジジ、ど、どこ?」
キキはチョッキの中をのぞきました。
「まあ、ジジったら、あんなくしゃみしているのに、どこに行ったのかしら」
キキは飲みかけのお茶わんをテーブルにおいて、あたりを見まわしました。
ルルルルー
電話のベルが鳴りだしました。
「あら、また仕事? こんな夜に?」
キキは、ちょっと口をとがらせて受話器をとりました。
「もしもーし、もし……」
へんな声がします。
「はい、こちら魔女の宅急便です。お寒うございます」
「キキ?」
へんな声はいいました。
「あら、とんぼさんじゃないの? どうしたの、すごい声」
「のど、やられちゃってさ。キキはだいじょうぶ? 元気?」
「ええ、寒くてふるえてるけど、なんとかね」
「ぼく、ひどい風邪ひいちゃって。ふとんかぶって、湯たんぽ三つも入れてるんだけど、まだふるえてるんだよ。くくくしゅん、キキはだいじょうぶのようだね。もし風邪ひいていたら、ひとりだから、心細いだろうと思ってさ。気になりだしたら、気になっちゃって、くくしゅん、まいるなあ、この天気」
とんぼさんの声をきいて、つめたかったキキの足先が、ぽかっとあたたかくなったとおもうと、一瞬のうちに体じゅうにひろがっていきました。キキは受話器をもちながら、もう片方の手でそばの戸棚から袋をひきだして中をのぞきました。
「あっ、よかった、あったわ。いつかお話ししたと思うけど、あたしのおかあさん、くしゃみの薬つくるのうまいの。この魔女の薬はね、風邪にとってもよくきくのよ。今、もっていってあげる」
「へー、魔女の薬。すごいなあ。で、でも……とっておいたほうがいいよ。もし、キキが病気になったら……」
「だいじょうぶ。ふたり分ぐらいあるから。これですぐ、気分よくなると思うわ。えーと、とんぼさんのうちは、よめな通りだったわよね」
「そう六番地、遠いよ」
「ほうきもなおったことだし、だいじょうぶ、すぐ行くわ」
キキは袋から薬の包みを出すとわけました。
ふたり分あるといったけど、ひとり分とちょっとしかありません。
「あたしは元気だし、心配ないわ」
キキは薬を二重に包んでポケットにしまいました。
キキは大いそぎでコートを着ると、「ジジ、ちょっと行ってくる」とさけんで、外に出るとすぐ飛びあがりました。電気がついたコリコの町は、気のせいか氷のようにキリキリと光ってみえます。
とんぼさんの家につくと、とんぼさんのおかあさんに「これ、風邪の薬です。お湯で飲んでください」と手わたし、キキはまた家にひきかえしました。空の上はものすごくつめたい空気でした。体のどこを動かすにも時間がかかります。
「ジジ」と呼ぼうとしても、口がこわばって「ヒヒ」といったり「チチ」といったりしてしまいます。それでもしばらくすると、すこしずつとけるようにやわらかくなっていきました。
「にゃあーん」
ジジが爪で窓をあけてとびこんできました。
「まあ、この寒いなか、どこへ行ってたの。さ、窓、はやくしめて」
キキはふりむいて大きな声をたてました。
「ちょっとそこまで」
ジジは鼻をこすりながらいうと、
「はははくしょーん」
と大きなくしゃみをしました。
「は、はーん、さては、さては……ベチちゃんのとこでしょ」
キキは半分笑いながらジジをにらみました。
「ちょっと、心配だったから」
ジジはてれくさそうに、もう一つ、小さく、くしゅんとくしゃみをしました。
「それでベチちゃんはどうだったの」
「元気だったよ」
ジジは口の中でもじょもじょといいました。
「ジジはやさしいのね。でも、心配なのはあなたのほうよ。風邪、ひどくなるといけないから、コキリさんのおくすり、のみなさい。よかったわ、ジジにちょうどいいだけのこってる」
キキはテーブルの上にのせたままにしていた薬を手にとりました。
「そんなすこししかないの? ぼくがのんじゃったら、キキが風邪ひいたらこまるよ」
「まあ、ご親切ね、でもそれはいいのよ、あたしは元気。とんぼさんがね、すごい風邪ひいちゃったんですって。だから、さっきとどけてあげたのよ」
ジジはじろりとキキを見あげました。
「キキだって、やさしいじゃない? とんぼさんのとこまでもっていってあげるなんてさ」
「ふふふふ」
キキはちょっと下をむいて笑いました。
「だって……魔女からやさしい気持ちとったらね、黒いドレスしかのこらないもん」
「魔女猫からやさしい気持ちとったらね、黒い毛皮しかのこりません」
それからふたりは顔を見あわせて、くすくす笑いをしました。