14 キキ、運動靴を運ぶ
つぎの日、おきるとすぐ、キキはおソノさんにたのみに行きました。
おソノさんは棚にパンをならべていました。
「そんなわけで、マラソン大会まで、とんぼさんがつくったおいも、あたしのとこにおいてもいいかしら。外におくとこおっちゃうっていうから」
おソノさんはパンをもった手を休めていいました。
「そういうの、おいもが風邪ひくっていうのよ、おいもがね、『いっ、いっ、いもーん』なんてくしゃみしたりして」
「おソノさんって、へんな人」
「あら、おいもだって、芋語をもってるのよ。かるくみないであげて。どうぞ、どうぞ、キキのうちですもの、ご自由に」
おソノさんはあっさり承知してくれました。それから、あっと声をあげました。
「ねえ、そのおいも、うちにすこしゆずってくれない? いもパンつくって年の暮れに売りたいわ。『いもパン食べましょ、ごいっしょに』って……ふふふ」
「どうぞ、どうぞ、いっぱいあるもの」
キキは笑いながらうなずきました。
キキはさっそくとんぼさんに知らせ、ふたりでおいもを運びました。半分でも半日たっぷりかかりました。終わるととんぼさんがいいました。
「キキ、アイスクリーム、食べに行かない? 力仕事のあとはさ、寒くっても、これがいちばんおいしいよ」
「ええ、いいわ」
キキはかるく答えて、どきっとしました。夏のあの日、とんぼさんとミミさんが、楽しそうにアイスクリームをなめていた光景を思い出したからです。
(そうよね、こういうちょっとした調子なのよね、アイスクリーム食べるなんてさ。あたしったら、ひとりで問題大きくして、よゆうないんだから)
アイスクリーム屋さんの前の道に立って、三角ビスケットにはいったいちごクリームを、キキはわざと舌を長く出して、ぺろり、ぺろりとなめました。そうしながら横目でちらりととんぼさんを見ると、とんぼさんも同じように舌を出して、ぺろりとなめていました。
楽しい、ってキキは思いました。
とっとっとっとっ
すぐ横で足音がします。見ると、この寒さの中、ランニング姿の男の子が走ってきます。
キキたちを見ると、手をふって、「耳をすましましょう」とさけびました。
「この町の人って、大みそかのマラソンのことになると、なぜか、あつくなっちゃうのよね」
「ぼくも練習はじめようかな」
とんぼさんがいいました。
「あたしも」
キキはいいました。それからすこし小さな声でききました。
「いいかしら……いっしょに」
「うん、走ろう。あしたの朝から公園で、毎日だよ」
とんぼさんは足ぶみをしてみせました。
ストーブの前にうずくまっていたジジが、
「この寒いのに、走るってわけ。ご苦労さん」
「あしたはジジも練習に行くのよ。あんたは足の数が多いんだから、ちゃんときたえなくっちゃね」
キキはきげんよくいい返すと、ドアをあけました。すると、ごつん。足先にぶつかったものがあります。それは十文字にひもでゆわえた包みでした。包み紙には、「中の手紙を読んでください」と書かれていました。
「あら、とんぼさんかしら」
キキが声をあげると、
「おや、またとんぼさんだってさ。やれ、やれ」
とジジのおとなぶったことばがきこえてきました。
包みをあけると、はき古した小さな運動靴が出てきました。汗まじりのむっとしたにおいがします。
「まあ、変わったおとどけもの」
手紙には、「おねがい、いちばんのスピード出して飛んでとどけてください。はやく、はやく飛んでね。
「来年まで、足をきたえるために飛ばないつもりだったんだけど……」
キキはいいながら、壁にかかった地図をのぞきこみました。
「なあーんだ、ここから三つ先の通りじゃないの。いちばんのスピードなんて出したら行きすぎちゃうわ。歩いていこう。でもとんぼさんが待ってるから、公園に先に行って、それからいっしょに行こう」
キキは運動靴を包みなおすと、いそいで戸口にむかいました。
「いっしょに行ってもらうの? 女って、どうしてこう仲よしこよしがすきなんだろ」
ジジがじろりと見あげました。
「あら、ジジだってベチちゃんと行きたがるじゃない」
「ベチちゃんはかわいいもん」
「えっ、なんですって!」
キキが目をつりあげました。
「はやく行ったら。おくれるよ」
「ジジのいじわる」
キキは走りだしました。
公園の前で待っていたとんぼさんに、キキは包みを見せていいました。
「いっしょに行かない? 走って」
「いいよ。はやくって書いてあるから、じゃ、競走」
とんぼさんは走りだしました。キキもならんで走ります。
角をまがって椎の木通りにはいると、十八番地ぐらいのところに、小さな男の子が空を見ながら立っていました。
「ハヤアシくんね」
とさけぶキキを見て、走りよろうとした男の子は、ぱっと止まってしまいました。とたんに目に涙が浮かんできました。
「空から、空から、どうして、飛んでこないの?」
「だって、うちから近かったから。でも、いちばんはやく走ってきたのよ。ハアハアしてるでしょ」
キキはあらい息を、いっそうあらくしてみせました。
「ちがうんだよう」
ハヤアシくんは体をいやいやとふりました。
キキはとんぼさんと顔を見合わせました。
ハヤアシくんはしきりに涙を手でこすっています。そばを通る人がふりかえって見ています。
「じゃ、キキ、もう一度、空からとどけてあげたら」
とんぼさんがいいました。
「それなら、いいの? ぼく」
「うん」
ハヤアシくんは涙の顔をあげてうなずきました。
「じゃ、待っててね。ほうきがちょっとぐあいわるくって、はやく飛ぶなら、なおさなくちゃならないの。すこし時間かかるけどいい?」
「いいよ。いつまででも待ってるよ」
ハヤアシくんは、もう一度大きくうなずきました。
家にもどったキキは、大いそぎでほうきのつくりかえにかかりました。
あたしもずいぶん元気になったから、ほうきにも元気になってもらおう、とキキは思いました。二年足らず前、旅立ちにそなえて自分でつくった、柳の枝のほうきのことを思い出しました。かっこういいのがほしい、と思って、枝の形をえらんでていねいにつくったのです。でもそんなきれいなほうきより、使いこまれた、飛び方もこころえている、コキリさんのほうきをもっていきなさい、といわれたのでした。
「ねえ、ぼく、枝をすこし集めてくるよ。どんな枝でもいいの?」
と、とんぼさんがいったとき、キキは「おねがい」ってすぐいいました。今ではキキにはわかりかけていました。キキの気持ちに力があれば、ほうきにそれがうつっていくのだと。
キキはとんぼさんがもってきてくれた枝と、西山であわてて集めた枝をたして、大きな房のほうきをつくりました。
「ふとっちょのほうき」
ジジが笑いました。
「ほうき星みたいっていってよ。長くてりっぱじゃないの」
キキはできあがったほうきを、さっとふりまわしました。
「はやく飛びそうだよ」
とんぼさんがいいました。
「あたし、ちょっと行ってくる。わるいけど、マラソンの練習はあしたにしてね。ジジ、さ、行くわよ」
キキは飛びたちました。さっと矢のように空中にのぼっていきます。
「ほうき、ごきげんいいみたい」
キキはつぶやきました。
ハヤアシくんは、さっきと同じように空を見あげて立っていました。あちこち顔を動かしているところをみると、心配しているようです。
キキはいきおいをつけたまま着陸しました。
「これでいいの?」
「うん、最高」
ハヤアシくんは受けとった包みを抱きしめると、ぺこりとおじぎをして家の中にはいっていきました。
キキは首をかしげました。
「なんだかへん、ハヤアシくんからハヤアシくんって……自分から自分へってこと……?」
つぎの朝、キキはおきてすぐ、お天気はどうかしら、と入り口のドアをあけました。するとどうでしょう。足もとに、きのうと同じような大きさの包みが、山になって積まれていたのです。ざっとかぞえても二、三十はあります。
「なに、これ!」
キキはいそいで一つあけてみました。中から、靴ひもでくくった古い運動靴が出てきました。そえられた手紙にはこんなことが書いてありました。
「できるだけはやく飛んでとどけてください。だれにも見られないように。住所は……」
キキはびっくりしながら、つぎつぎ包みをあけてみました。どれも運動靴です。
みんな最高速度、秘密厳守が条件です。
「そんなわけでね、あたし、今朝も練習いかれなくなっちゃった。おいもの山のあとは運動靴の山よ」
キキはとんぼさんに電話をかけました。
キキはつぎつぎ包みをあけると、住所の近い順に、一つ一つ運んでいきました。
「でも、なんでこんなことするのかな」
ジジがききました。
「あたしにもわかんないわよ」
「靴をはかなきゃならない人間はやっかいだね」
ジジは、ひにくまじりのぶつぶつをいいながら、ただただ行ったり来たりのこの仕事を、いっしょに来ることでてつだってくれました。夕方までに、やっと靴の山はなくなりました。
ところが、つぎの朝、ドアをあけると、また包みの山です。きのうよりずっと大きな山です。
「へんな遊びがはやってるみたい」
あたしがそれにつきあうなんて……とキキは思いました。でも、だまっておいていってしまうのですから、どうにもなりません。
キキは顔をしかめながら、きのうと同じ、行ったり来たりの宅急便をはじめました。お礼にくれるおすそわけはさまざまでした。鉛筆だったり、きれいなスプーンだったり、靴のひもだったり! でも、その日の夕方までには、全部とどけることはとてもできませんでした。
「キキ、なんだかすごくいそがしいみたいね。今年は暮れの贈り物が多いのかしら」
おソノさんが心配してやってきました。
「ええ、でもふしぎなの。運動靴ばかりよ。それも古いの。なにかゲームがはやっているんじゃないかしら。あたし、まきこまれちゃったみたい」
キキは包みの山を指さしました。
「ごめん、こんばんは」
外で声がしました。
おソノさんがドアをあけると、コリコの町の町長さんが、手をうしろにまわして立っていました。
「キキさん、おられるかな」
町長さんは、なぜか目をふせています。
「はーい、いますよ」
キキが出ていくと、町長さんはいっそう目をふせていいました。
「ひとつ運んでいただきたいものがあるんだけど……」
「今ですかあ。キキちゃん、きょうはつかれているんですよ」
おソノさんがそばから口を出しました。
「いや、今夜じゃなくてもけっこうなんだが、大みそかの朝までに……」
「それなら、だいじょうぶです」
キキがうなずくと、「これなんだよ」といって、町長さんはうしろにかくしていた手をぱっと前に出しました。
「あーっ」
キキが声をあげました。おソノさんも、「まっ」といって目をまるくしました。
なんと、町長さんの手にも、はき古した運動靴がぶらさがっていたのです。
「まさか、わたしのは、いやっていわんでしょうな、キキさん」
「でも、また、どうしてなの、みんながみんな運動靴を運んでほしいなんて」
「おや、知らなかったのかね。大みそかのマラソン大会にはく靴をキキさんに運んでもらうと、飛んでるみたいにはやく走れるって……今、町じゅうのうわさだよ」
「えーっ」
キキはもうびっくりです。
「わたしのも一つ、運んでください。とびっきりのおまじない入れて……」
キキはぽかんと町長さんをみつめていました。それから、はじけるように笑いだしました。
「くくくく、ふふふふ、わはははは、いやだわ、そういうことなの」
「町長さんまで、そんなずるしていいんですかあっ」
おソノさんが町長さんをつつきました。
「まあ、かたいことはいわんで……なっ、なっ、キキさんにたのめば幸運がさずかるって、そう思うのが楽しいんだよ」
町長さんの顔が赤く光っています。
「あたし、なんだかうれしくなってきたわ。マラソン大会が大すきな人たちに、楽しみを運んでるわけですもの」
キキはいいました。
「ま、そうだけど……でも町長さん、見てくださいよ、あの包みの山。みんな運動靴なんですよ」
おソノさんがいいました。
「ほーう、すごいねえ、ふた山も……」
「いえ、大きなほうの山はおいもなんですけど……」
キキがそばから口をはさみました。
「ほー、いももおまじないつきかい。食べるとはやく走れるっていうのかい?」
「いやだわ、ますますよくばっちゃって」
おソノさんは笑いだしました。
「このおいもはね、マラソンのあと、浜辺で焼いて、みんなで食べようっていってるんです」
「あっ、それなら、町長さんにマラソンのゴールを、浜辺の焼きいもゴールにしてもらったら?」
おソノさんがのり出しました。
「ほう、そりゃいい。みんな、くんくんいいにおいにつられて、走るぞ、走るぞ」
町長さんはうれしそうに笑うと、運動靴をキキにわたして、
「ひとつ、最高、最高速度でたのみますよ」
といって、かたほうの目をぱちりとつぶりました。
大みそかの日、キキととんぼさんは朝から大いそがしでした。
まずキキは白い布地に「マラソンのゴールは浜辺に変わりました」と書いて、時計台にはりつけました。
それから、町の人たちにてつだってもらって、おいもを浜辺に運び、コダマさんにおしえてもらったように、砂に穴をほってたき火をしてあつくした石に、おいもをならべて砂をかけました。やっと終わったときは、すっかり夜もふけて、マラソンの時間ももうすぐです。
あっ、忘れてた、とキキは思いました。大みそかの夜のごちそうは、キキの生まれた町では、トマトソースの肉だんごって決まっていたのです。去年は、この町で、キキはコキリさんのやりかたを思い出しながら、ひとりでつくりました。でも今年は焼きいもです。なんだかずいぶんちがうみたい。キキはくっと笑いました。
コリコの町の時計台は十二時十五分前をしめしています。
もう人が集まっています。大みそかの合言葉「耳をすましましょう」を口々にいいながら、十二時になったらとび出せるように足ぶみをしています。胸と背中に「いもパンも食べましょ、ごいっしょに。グーチョキパン屋」と書いた布をとめたおソノさんが、ノノちゃんを肩ぐるましただんなさんのフクオさんと、手をつないで立っているのが見えます。
キキも、とんぼさんやミミさん、飛行クラブの人たちといっしょに、やっぱり足ぶみをしていました。水上クラブの人たちもいます。そのキキの足もとで、ジジも足を順番にぶるぶるふって、準備体操をしていました。
運動靴を運んでもらった人は、ありがとうのかわりでしょう、キキにそっと目くばせしました。キキも小さく手をふってお返ししました。
そして、町長さんは……あっ、いました、いました。自信まんまん。ぴょんぴょんとびはねながら、
「わしについてきたまえ、わしについてきたまえ、ゴールはコリコ湾の浜辺だよ。焼きいもゴールだよ」
とさけびつづけています。
時計の針がかちりと十二時をしめしました。同時に鐘の音がひびきわたりました。時計台の上では、時計屋さんがうれしそうに手をたたいています。
「わー」
「わー」
さけび声が花火のようにあがり、人の群れは一団となって走りはじめました。