13 キキ、おいもを運ぶ
キキはドアの下からのぞいている封筒をとりあげました。見おぼえのある字です。
「とんぼさんからだわ」
キキはいそいで手紙をあけました。
「しばらくです。その後いかがおすごしですか。ぼくは元気です。ものすごく元気ですけど、ちょっぴりあわてています。なるべく早くお目にかかりたいのですが、キキさんのご都合はいかがですか」
気をつけして書いたように、字はかっちりした四角い形をしていました。
「とんぼさんから手紙なんて、めずらしい。いつも電話なのに」
キキはつぶやきました。床に寝そべっていたジジが、おやっというようにキキを見あげました。
「出かけるの?」
「うん……」
キキは鏡をのぞきこむと、髪の毛をなで、ほっぺたをきゅきゅっとつねりました。
「何してるの」
ジジがいいました。
「べつに……」
「おしゃれしてるんでしょ」
ジジはからかうように、しっぽをキキの足にこすりつけました。
「おはよ」
おソノさんが入り口から顔をのぞかせました。
「キキ、西山のほうを見て」
とたんにキキの胸がちくりといたみました。りんごを運んだときのことを思い出したのです。
「はやく、見てごらんなさい。きれいよ」
おソノさんはくりかえし、いいました。
キキは窓から外をのぞきました。
夜のうちに雪が降ったのでしょうか、西にならんでいる三つの山は、そろってすっぽり雪をかぶり、そこに朝日があたって、まぶしいほどかがやいています。
「毎年、あの山の雪があんなふうにこんもりするとね、あーあ、今年も終わりだって思うのよ。そしてね、あたしはまた同じような一年すごしちゃったって、反省しちゃうの」
おソノさんはふーっとため息をつくと、つづけました。
「年のはじめに決心したこと、また何一つできないで今年も終わるんだから……」
「今年は何、決心してたの」
「毎年同じなのよ。朝は一時間はやくおきて本を読もうとか、パンの歴史を調べてみようとか。それについて文章でも書いてみようとか、家族三人のおそろいのセーターを編もうとか、とか、とかよ」
「ちょっと決心が多いんじゃない。それで? どこまでできたの?」
「それ、きかないでよ。ノノちゃんのセーターだけ、それも
「いやだ、ほんと? ふふふ」
「あたしの反省はいつも三分と三十秒。せめて三十分も反省がつづけば、ちょっとはましなパン屋のおかみさんになれるんだけど……」
「とんでもない。おソノさんはすてきよ。ノノちゃんのやさしいおかあさんだし、おじさん助けて働きものだし……」
「あっ、そうそう。忘れてた、来年の夏には、あたし、またお母さんになるのよ」
「わー、すごい。でも忘れてただなんて、ふふふ」
「ところで、あたし、何をいいに来たんだったかしら」
「いやだわ、おソノさんったら」
「あっ、そうそう、大みそかの合言葉『耳をすましましょう』のこと。キキは今年は里帰りするの?」
おソノさんはにわとりのように首をのばして、「耳をすましましょう」のところだけ声をはりあげて歌いました。
「ううん、しないつもりよ」
「じゃ走る? コリコの町の大マラソン」
「うん。でもおソノさんはむりでしょ。赤ちゃん生まれるし」
「いや、あたし走っちゃう。だんぜん走っちゃう」
おソノさんはマラソンのときのように、腕を一、二、一、二、と動かしながら、外に出ようとして、たてかけてあるキキのほうきを見て、立ち止まりました。
「おや、まだほうき、なおしてないの?」
「………」
キキは目をふせました。ほうきは西山でこわれたとき、あわただしく、まにあわせに作ったままでした。枝もふぞろいで、すこしまがって柄にまきついています。
「なんとかつかえるから」
「どうりでこのごろ、キキがふわふわ、ふわふわ飛んでると思ったわ。若い魔女なんだから、しっかりしなさい」
「はい」
キキはうなずきました。
「いつかキキ、いってたじゃない。ほうきには魔女の気持ちがうつるって……ふわふわ飛ぶのはほうきのせい? それともキキのせい?」
「なんだか……ごちゃごちゃなの……あたし……」
キキはしずんだ声になりました。
「そんな自信のないこといわないでよ。心配しちゃうじゃない」
「心配も、やっぱり三分と三十秒?」
「いやいや、キキにはとくべつ、三分と三十五秒にしよう」
おソノさんは大きな笑い声をたてながら階段をおりていきました。そのうしろ姿にキキは「ありがとう」とささやきました。いつも気持ちを明るくしてくれるおソノさんがいてくれてほんとうによかったと思いました。
ルルルルー ルルルルー
電話のベルが鳴りだしました。
「はい、こちら魔女の宅急便です」
キキは大きな声で返事をしました。
「わっ、元気だなあ。とばされそう」
とんぼさんの声でした。
「お手紙、ありがとう」
「もう読んでくれたの? もし時間があったら会いたいんだけど……うちに来ない?」
「はい、うかがいます。なるべくはやく」
キキはお客さんにいうようにあらたまった声を出しました。
「キキは番地知ってた? よめな通りの六番地だよ」
「ええ、知ってたわ、ちゃんとね」
キキははずんだ声でいいました。
「とんぼさんがあたしに会いたいって……」
キキは受話器をおくと、つぶやきました。
ジジがさっとよってきました。
「おや、ジジ、きょうは行く気?」
「いつでも行ってるでしょ」
ジジがぶすっといいました。
「じゃ、肩ぐるまして行く? それとも柄にぶらさがってブランコして行く?」
「やだよ、そんなあぶないの。キキったらはしゃいじゃって、どうしたの」
「そうよ、ありがとう」
キキはとんちんかんな返事をすると、ジジをひょいとリュックサックみたいに背中にかけて飛びたちました。
ほうきはふらふらー、ふらふらーと飛んでいきます。はやく、はやくとキキが思っているのに、右へ右へとまわりそうになり、あげくに、ひきかえすようなそぶりをみせたりするのです。
「どうしていじわるするのー」
キキはほうきの柄をぽんぽんとたたきました。
「かっていってるよな。でもさ、きょうはとくべつらしいよ。協力してやってよ」
ジジもほうきに話しかけました。
ほうきはなんとか飛びつづけ、門の前で両手をふって合図している、とんぼさんの前に着陸しました。
「まず、物置を見てよ」
とんぼさんはキキの手をひっぱって、家のうしろに案内しました。小さなあき地のすみに、これまた小さな物置があって、その前にさつまいもがたくさん、ごろごろところがっていました。中をのぞくと、そこもおいもでいっぱいです。
「わー、すごーい」
「すごいでしょ。ぼくがつくったんだよ。これ、ぜーんぶ。キキに見せたくってさ」
とんぼさんは得意そうにめがねをすいとあげました。
「とんぼさんってなんでもできるのねえ。ところで手紙のちょっぴりあわててる、って何?」
「これ、いもだよ。君、いもすき?」
「ええ、すきっていえばすきよ」
「たすかったあ、じゃ、食べてよ。どんどん、たのむよ」
とんぼさんは走って家にはいり、ざるに山もりのふかしいもをもって出てきました。
キキは目をまるくしました。わざと目をまるくしました。がっくりしちゃったのです。会いたいっていうから、もっとどきどきするような話かと思ったのに……。
「でも、魔女って少食なのよ」
「そこをがんばって食べてよ。このいも、外においといたんだけど、こおっちゃうっていわれて物置に入れようとしたんだけど、この量でしょ。とてもはいらなくって。かあさんに、すこしどこかにさしあげなさいって……いわれちゃって」
「さしあげるって、こんなにたくさん?」
「むりだよな」
とんぼさんは両手をひろげました。
キキはざるからおいもをとって、口に入れました。ぽこぽこして、甘くって、おいしいのです。でも食べられたのはやっと二つだけでした。
「ジジも協力しなさい」
ジジは返事もしないで、キキの背中からとびおりました。
とんぼさんは顔をしかめて両手をあげました。
「ぼくってさ、なんでもやりすぎるんだよね。ぼく、夏からずっと飛ぶのにむちゅうでさ。歩いているときでも、両手をひろげて、風の方向に走っちゃったりして、とうとうかあさんにしかられちゃったんだ。そんなに飛びたいんだったら、木の上で暮らしなさいって」
「くくくく」
キキは吹きだして、手を口にあてました。
「おまえはどうもふわついてる。人間は歩くのが基本なのよって。たまには自分の足がのっている地面のことも考えてごらんなさい、って」
「それで?」
とんぼさんは急に手を頭の上にあげました。
「あっ、ごめん、キキは飛ぶの専門なのに」
「ううん、歩いてないと見えないものって、たくさんあると思う」
「かあさんもそういってた。飛ぶといろいろ見えておもしろそうだっていうけど、地上だってとってもにぎやかなんだからって。とんぼは実験がすきでしょ、手はじめに裏庭で何かつくってみたらって……」
キキが薬づくりをいやがったとき、コキリさんが同じようなことばをいったのを思い出しました。「キキはめんどくさいっていうけど、ちっちゃな種の中に、どれだけ大きな力がはいっているか……。キキが空の上から見るものより、けっして少ないとは思えないわ」
また、このあいだ来た手紙にも「つくるって、ふしぎよ。自分がつくっても、自分がつくっていないのよ」と気になることばが書いてあったのです。
それ以来キキはくり返し、このことばの意味を考えていたのです。
「それで? はじめたの?」
キキはとんぼさんを見ました。
「実験ってきいたらさ、とたんにぼくの気持ち、うごきだして……こういうの、すきなんだよね。かあさんにまんまとのせられちゃった。いろいろ研究はじめて、この庭の土には、いもが合いそうだってわかったから、肥料なんかも工夫して、すこしつくるつもりだったのに、できるわできるわ、まるで手品。ほら、箱をあけると花がぱっととび出すのあるでしょ。あんな感じ。かあさんもびっくりしちゃって、こんどは『おまえはなんでもこるのねえ』っていうんだから、無責任だよな」
「もう、こりた?」
「それがふしぎなことにこりない、おもしろくなっちゃった。芽が出てきたときなんて、そりゃわくわくするし、つるがすこしずつのびていくときなんて、かわいくなっちゃう。でもさ、こんなにできるとは思わなかったよ」
「とんぼさんがじょうずだったからよ」
「そこでキキに相談。いものすきな人みつけて、運んであげられないかなあ」
「これ、全部?」
「やっぱりむりだよね」
「すこしなら、この近くにとどけてあげたいとこあるわ。とっても年とったおばあさんだから、たくさんはむりだと思うけど、いっしょに行かない?」
キキはあの赤い靴をとどけたコダマさんが、この通りのはずれに住んでいるのを思い出したのでした。あのとき、コダマさんはお豆を煮ていました。だからきっとおいももすきよ、ってキキは思ったのです。
「いっしょに? ぼくが道の上走って、君が上飛んで? なんだか悲しい図だなあ」
「あたしのほうき、このごろ、ちょっと調子わるいの。だからとんぼさんといっしょに歩くわ」
「ほんと? やっぱりキキにたのんでよかったよ」
「まだはやいわ、そんなこというの。全部はとても運べないから」
それからふたりは袋においもをつめると、肩にしょって歩きはじめました。
「ぼくは、ほうきと待ってる」
ジジはすこしすねていいました。
とん とん
キキはコダマさんの家のドアをたたきました。
「コダマさーん、魔女の宅急便でーすっけど……」
キキはすこし強くたたきました。
すると、細いよわよわしい声がかえってきました。
「いま、おでかけ中なの。あーとーでー」
キキととんぼさんは顔を見合わせました。
「あのー、コダマさーん。さつまいもおすきですか? おすきでしたらドアの前においておきます」
キキは
「あら、おや、おいもですって」
さっきよりはっきりした声がきこえてきました。つづいて、
「おやおや おいも
まあまあ あなた
ほほほほ ほんと?」
ゆっくりドアがあきました。コダマさんです。この前より、ひとまわり小さくなったように見えました。厚いガウンを着て、ぐるぐるとえりまきを首にまいています。
「おや、魔女さんじゃないの。先日は靴をとどけてくれてありがと。コダマちゃん、すぐコズエちゃんに返したわ。ふたりはもとどおり仲よしきょうだい、おかげさまで」
「よかったわ」
キキは笑いかけました。
「よろしかったら、食べてください」
とんぼさんは袋の口をあけて、中のおいもを見せました。
「まあ、すてき。あたし、おなかがぺこぺこなの。だって食べものないんですもの。風邪ひいちゃって寒いし、買いに行くのやっかいだし。それでおでかけしちゃおうって思ったのよ。さ、はいって。おねがい、あのストーブの上においもの大きいの二つ、おいてちょうだい。チロチロ火にしてあるから、焼きいもにはちょうどいいわ」
コダマさんは、うれしそうに小さくとびあがってみせました。それからベッドの上にちょんとすわりました。
「あたしね、おいもさんとはもともと仲よしなのよ。だって、おいもさんのおうちに家出したことあるんですもの。むかし、おいもは冬になると、土に穴ほって入れたもんですよ。その穴に家出したの。あたし、食堂の壁ぜんぶにクレヨンでチューリップの絵、かいたのよ。とってもじょうずにね。あたし、ほめてもらえると思ったのに、おかあさん、すごくおこっちゃって、おしりをたたくじゃないの。それでおいもさんとこに家出したの。おいもさんといっしょだと、とってもあったかいのよ。ね、ね、見て、むこうの食堂の壁、見て。あたしのかいたチューリップ、きれいでしょ」
コダマさんは子どものように目を動かしました。むこうの食堂といわれても、この家に一つしか部屋はないのです。キキはこまってとんぼさんをちらりと見ました。でもとんぼさんは、とてもまじめな目でおばあさんをみつめていました。
「ところでおいも焼けたかしら」
キキはストーブの上のおいもを指でつついてみました。まだかたくて、ころんとしています。
「そうよね、まだよね。おいもは時間をかけて焼いたほうがいいのよ。ほんとは焼きいもが一番だけど。たき火して石をあつーくして、その石の上においもをおいて、灰をかぶせて……がまんして待って待って、焼きあがり。すごくおいしいわよ。あなたたちもおぼえといてね」
こんどは物知りのお年よりのように、いいかたが変わっていました。
「焼けたら、あたし、一つ食べて、一つは湯たんぽがわりにだっこするわ。もうおなかがすいても安心。こんなにおいもがあるんですもの。じゃ、おふたりさん、さよなら。また来年ね」
ふたりは外に出ると、そっと扉をしめました。
とんぼさんがいいました。
「たぶん、あのおばあちゃん、自分の時間をもってるんだよ、自分だけの……。ぼく、いもつくってみてさ、みんなそれぞれ、自分の時間をもってるんだって思ったんだ。いもはいもの時間、ありはありの時間。人は、かってに自分の時間でいろんなこと考えるから、へんに思ったりするんだよ」
「コダマさんの時間……そうかあ……」
キキはつぶやきました。
「コダマさんは、なつかしい子どものときに、飛んでおでかけしてたんだ。ほうきじゃなくってね、おいもに乗って……なんだかうれしくなっちゃう」
とんぼさんは小さくうなずきながら、からの袋をかついで歩きはじめました。
どこかの家からラジオの音がきこえてきました。
「はしりましょ
ごいっしょに
タッタッタッタ
トットットッタ
耳をすましましょ
ごいっしょに
もうじき時の
かねがなる」
「あっ、あの歌、知ってる。今年のマラソンの歌では、いちばん人気あるんだよ」
とんぼさんは音のほうに首をのばしました。
「耳をすましましょう」
キキが気どってさけびました。
「耳をすましましょう」
とんぼさんもつづいてさけびました。
「キキ、去年はたいへんだったよね。今年も大みそかがくるけど、だいじょうぶかな」
「心配ないと思うわ。あれから町長さん、毎日時計屋さんに来てもらって、注意しているようだから」
「おいも食べましょ、ごいっしょに」
とんぼさんは、まだきこえているラジオの音にあわせて口ずさみました。
「あっ、そうだ! マラソンのとき、おいもを町の人に食べてもらったらどう?」
キキがいいました。
「うん、いい考えだ。すてきだねえ。でも大みそかまでどうする? 物置の戸がしまらないと、いも、こおっちゃうかも」
「あたしのところじゃどうかしら、半分ぐらいならおける。おソノさんにたのんでみる。とんぼさんがつくったおいもを、みんなで食べるなんてすてきじゃない」
キキは、とんぼさんをみつめていいました。