12 キキ、町の女の子を運ぶ
コキリさんからの手紙を読み終わると、キキはそれをひざにおいたまま、じっと天井をみつめていました。
コキリさんの手紙にはこんなことが書いてありました。
「キキ、お手紙、ありがとう。ひさしぶりでとてもうれしかったわ。あなた、じょうずにやっているようね。いちだんと成長しているようすが目にみえるようです。ただちょっと考えこんじゃったみたいね。それはキキが物を運ぶだけでなく、たのまれた人の心の中まで、考えるようになったからじゃないかしら。それはキキが自分のことをしっかり考えるようになったってことだと思うわ。かあさんも同じような悩みをもったことがあるからよくわかります。魔女もいろいろでね。とくにむかしの魔女の中には……のろい専門なんて人もいたらしいんだけど……でも、のろいもいろいろよ。切ないのろいだってあるかもしれないじゃない……どれがいい心から出たものか、どれがわるい心から出たものか、なかなかわからないと思うの。かあさんは、だれにも、それを決める力はないと思うわ。
それより、かあさんは自分でまんぞくできるものをつくって、人によろこんでもらえないだろうかって、くしゃみの薬をつくるようにしたのよ。つくるって、ふしぎよ。自分がつくっても、自分がつくっていないのよ」
コキリさんの手紙はそのあと、オキノさんのことや町のようす、今年できた新しいくしゃみの薬のことなど、おもしろく書いてありました。
でも読み終わったあと、キキは妙な気分になってきました。コキリさんの手紙はキキをほめてくれたときでも、いつも終わりには「でもね……」ということばのおまけつきでした。
でもね、世の中、そんなにかんたんなものじゃないわ。
でもね、もっとよく考えてね。
でも、きょうの手紙にはそれがないのです。キキはいいたいことを何かがまんしているコキリさんを感じました。
「くしゃみの薬……」
キキはぽつりとつぶやきました。
それから、「つくるって、ふしぎよ。自分がつくっても、自分がつくっていないのよ」というところを読みかえしました。どういう意味なのか、キキにはわかりませんでした。でも、とても気になることばでした。
ルルルルー ルルルルー
電話のベルが鳴りだしました。キキが受話器をとると、「魔女さんですか」という元気のいい声が耳にとびこんできました。
「はい」と答えると、それにのりかかるように声がひびきました。
「ねえ、おぼえてる? あなたのこと、こうもりだっていって、木の上からパチンコで打っちゃったあたしの弟のこと」
「ええ、あの、どうして、どうしての坊やね」
「そ、そう。あっ、ヤアくん、電話の線、ひっぱらないでよう。魔女さんと話すの、おねえちゃんが先よう」
男の子の声がきこえてきました。
「あのねえ、魔女のおねえちゃん、まだ、猫ちゃんのしっぽある? 猫ちゃんのしっぽはどうして動くの? ねえ、どうして?」
キキはくすりと笑いました。あい変わらずの坊やです。
「あのねえ、魔女さん」
また声が変わりました。
「あたし、キキっていうの。そう呼んで」
「キキ? わー、かわいい名前。わたしはモリっていうの。平凡でしょ。でも、しょうがないわ」
「モリ? いいじゃない」
「ありがと。ところでキキ、あなた、おとどけ屋さんでしょ。わたし、おねがいがあるのよ。わたしにね、町の女の子を運んできてくれないかしら」
「えーっ、町の女の子?」
「そう、すてきな女の子」
「むずかしい注文ねえ」
「むずかしくないわよ、それ、あなたのこと。わたし、あなたと仲よしになりたいのよ」
「わー、うれしい。でも……」
「ね、待ってるわよ。ひまなときでいいわ。わたしはいつでもひまだから」
モリさんは早口にいうと、電話は切れてしまいました。
「町の女の子だって……あたしだって……」
キキはガラスにうつった自分の姿をみつめました。
ぱたん、と音がして、開いた窓からジジが床にとびおりました。
「ジジ、あんた、どこに行ってたの」
ジジは返事もしないで、前足をそろえてのばすと、ふああーんと大きなあくびをしました。
「つかれてるみたいね、どこへ行ってたの」
「ちょっと」
ジジはそっけなくいうと、部屋の奥に行きかけました。
「ジジったら、おしえてくれてもいいでしょ」
ジジはしかたないというように、キキの足もとにもどってすわりました。
「ちょっと集まりです」
「あつまり?」
「そう、猫の集まりです。体操会です。猫の目体操です。猫には目がたいせつですから」
「どうしたの、ジジ。『です、です』って、ずいぶんごていねいないいかたねえ。あんたはいい目をもっているはずよ。いつか検眼したとき、ふたりとも鳥ぐらいよく見えるって、お医者さんにいわれたでしょ。猫の集まりなんて……仲間どうしの仲よしこよしは、あまりすきじゃないっていってたくせに」
「気持ちがいいんです。
やみを みる目
やみの むこうに 目を のばそう
心 しんしんと やみ
なんて、みんなで歌いながら体操するんです。ふふふ、かっこいいでしょ。目ってね、ただ見えればいいってもんでもないから」
ジジはそういうと、目を細めて窓のむこうをながめました。
「ジジ、このごろ妙にややっこしいこというわね」
キキはぷっとほっぺたをふくらませました。
「ぼく、すこしおとなになっているのかもしれません。つまり世界を広く見たいんです」
「ジジも、しっぽふりふり、いろいろ考えてるのね。その会には猫しかはいれないの?」
「ええ。でも、ひとり人間がはいっています。ちっちゃな女の子です。かわいがってる猫が来るんでついてきちゃうんです。その子、かわいいんだなあ、しゃがんじゃって待ってるの。猫みたいにまるまって」
「ジジはちっちゃな女の子がすきねえ」
「ふふふ、でもその子のつれてる三毛猫のほうがもっとかわいいよ」
ジジはひとりでてれて、頭を胸にしきりにこすりつけました。
「あら、ジジのお気に入りは三毛ちゃんなの」
キキはしっぽをさっとさわって、からかいました。
「おソノさん、町の女の子運んでって注文なの。それあたしのことだっていうのよ、こまっちゃったあ」
キキはおソノさんのところに相談に行きました。
「なに遠慮してるの、行ってらっしゃい、行ってらっしゃい」
「でも……あたしなんてつまらない女の子だし……魔女じゃなかったら、きっと見むきもされないわ」
おソノさんは
「何いってるの。ばかばかしいこと考えないの。すぐ魔女だからって考えるのは、キキのわるいくせよ。だれにもないものもっているんだから、堂々と胸をはりなさい」
「そう?」
キキはむすっと口をつぐみました。
「ぐずぐずいってないで、髪の毛、アミアミ編みにでもして行ってらっしゃいよ、景気よく」
「なあに、そのアミアミアミって」
「やだわ、知らないの。おくれてるう。今、大はやりよ。アミアミって歌手がね、やってる髪形。ほら、通りを見てごらんなさい。いっぱいいるわよ」
キキは戸口からのり出して、むこうの大通りをのぞきました。
ちょうど、髪の毛をいくつにもわけて、細い三つ編みにし、先にリボンを結んだ女の子が歩いてきました。歩くたびに三つ編みが笑っているようにゆれています。
「ほら、あれよ」
おソノさんがわきからのぞいていいました。
「そんなに人気なの?」
キキは自分の毛をひっぱって、じーっとながめました。
「ジジ、どう、これ?」
つぎの朝、苦心して編んだ三つ編みを指さしながら、キキはくるっとまわってみせました。編んだ毛がブランコのように、目のはじでゆれています。
「やっぱり、人間もしっぽがほしいんだ」
ジジはばかにしたように鼻先で笑いました。
「モリさんとこに、えい、ひとっ飛びいきますか。ほうき、あのまんまだから、ひとっ飛びってわけにはいかないかな。でも、元気だしていきますか、町の女の子と町の猫が……」
キキはぱっぱっとスカートのほこりをはらいました。すると、
ルルルルー ルルルルー
電話です。
「あら、仕事だったらどうしよう」
キキは受話器をとりあげました。
「魔女の宅急便屋さんですか」
女の人の声がしました。
「はい」
「いつも黒い猫、つれてらっしゃる方ですよねえ」
「はい、そうですけど……」
「あの、おねがいしたいことがあるんですけど……いらしていただけないかしら」
「はあ」
キキはあいまいな返事をしながら、頭の三つ編みをさわりました。
「すいません、ちょっとこまっているんです」
女の人は追いかけるようにいいました。
「はい、わかりました。すぐうかがいます」
「たすかります。こちらはつばき通りの三十二番地です。スズノと申します」
「つばき通りですね、では、すぐ」
キキが電話を切ると、ジジが、
「つばき通り?」
と首をのばしました。
「そう、その人、ジジのこと知ってたみたい」
「もしかしたら」
「もしかしたらって?」
「いや、なんでもない」
ジジはそわそわと歩きまわりました。
スズノさんの家はすぐわかりました。
玄関から出てきたスズノさんは、厚い毛布にくるんだ小さな女の子を抱いていました。そして、よく見ると、その女の子は小さな猫をしっかりと抱きしめていました。
「あっ、やっぱり」
キキの肩にのっていたジジがさけびました。
「この子なの。さっき話した猫の集まりに来る子。あの猫はね、ベチっていうんだ」
「さては……ジジのお気に入りの猫さんね」
スズノさんが話しかけてきました。
「この子ったら、猫をいっときだってはなそうとしないんですの。でもきのうからひどい風邪をひきましてね。熱もこわいほど高いのに、抱いたままで。ゆっくり寝てほしいのに、ベチ、ベチって夜中に何度も目をさまして、こまってるんです。あなたがいつも、おりこうそうな猫さんとごいっしょのとこ拝見してましたので、できたら、すこしの間あずかっていただけたらと思って……」
女の子はふーふーと苦しそうな息をしています。ほっぺたもまっ赤です。
「動物ってどこへでもあずけられそうですけど、これがなかなかむずかしくって」
スズノさんは不安そうにキキを見ました。すかさず横からジジが「にゃあ、にゃあ」と大きな声で鳴きだしました。「いいじゃない、あずかろうよ」というのです。
「でも、モリさんとこに行くのよ」
キキもジジだけにわかるようにいいました。
「つれてけば、いいじゃない。ぼくはぜんぜんかまわないよ」
めずらしいことに、ジジはひとのお世話にのり気です。
「猫さん、鳴いてるけど、おいやなのかしら」
スズノさんはききました。
「いいえ、これ、よろこんでる鳴きかたなんです」
キキは笑いだしたくなりました。
「ああ、よかった。ベルちゃん、このお兄さん猫さんが、ベチちゃんをあずかってくださるって。お病気がなおったら、すぐつれてきていただくからね」
ベルちゃんは目をあげてジジを見ると、こっくりうなずいてベチをはなしました。とたんに自由になったベチは、キキのあいているほうの肩にとびのってきました。
「よかった、たすかりましたわ」
スズノさんはほっとして肩をさげました。
「モリさんとは、きょう行くって、朝電話して約束しちゃったのよ。このおチビさんもつれてくのお」
家に帰ると、キキはぶすぶす文句をいいました。ジジが、いつになく楽しそうにベチとじゃれあっているのも、キキはおもしろくないのです。それにキキにはわからない猫どうしのことばがあるらしいのも、すこし気に入らないのです。
「あたし、知らないから」
「いいじゃない。この子、小さいわりにとてもりこうだし、それに軽いし……」
ジジは「な、だいじょうぶだよな」とでもいうようにベチに顔を近づけました。
「ところで、その子、女の子?」
キキはききました。
「そうだよ」
ジジは答えて、すいと横をむきました。
「なるほど」
キキはくっと笑いました。
「わー、いらっしゃい。待ってたのよ」
モリさんは家の前に着陸したキキを見て、うれしそうにとび出してきました。
「あたし、町の女の子らしくないわよ」
キキはモリさんの手をとっていいました。
「そんなこと気にしない。会えればいいのよ。さ、はいって」
モリさんは家の戸をあけました。
キキがはいろうとすると、いきなり頭の上から、ぱらぱらとかわいた木の実がおちてきました。
「ほらね、これがヤアくんのごあいさつよ」
見ると、この間と同じ木の上に、あの小さな男の子がまたがっています。まるで枝になったみたいにぴったりくっついて、ゆーらゆーらとゆれています。
「あっ、あの子がいること忘れてた」
ジジが悲鳴をあげました。
「あら、猫ちゃん二ひき? 生まれたの?」
「ううん、一ぴきはあずかりものなの」
モリさんは上をむいて声をはりあげました。
「ヤアくん、おりていらっしゃい。あなたの大すきなおねえちゃんがいらしたわよ」
ヤアくんはするするとおりはじめました。とたんに猫二ひきは、さっとしげみに逃げこみました。
「こんにちは」
キキがあいさつすると、地上におりたヤアくんは、だまってぴょんと一つとんでみせました。
「すごく高いとこまでのぼれるのねえ」
キキはヤアくんの頭をなでました。
「あれから、あのおねえちゃんみたいに飛びたい飛びたいって、たいへんだったのよ。でもね、やっと飛ぶのはむりってわかったらしく、あとは木のぼりばっかり」
「そうだよ。たかーく、たかーくのぼれるんだから。お月さまとあくしゅできるぐらいのぼれるんだから。すごいでしょ」
ヤアくんは足を一歩前に出して、胸をはりました。
「ほんと、すごい」
キキが笑いかけました。
「この子はいつもこの調子。さ、はいって、お茶にしましょうよ」
モリさんは家の中にはいっていきました。つづいて、キキとヤアくん、そのあと、ヤアくんに気づかれないように、ジジとベチがそっとそっとつづきました。
一歩足をふみ入れて、「わあー」とキキは声をあげました。
外の枯れ草色の景色とうって変わって、部屋の中は春の野原のようでした。空色のカーテンには、布でつくったちょうちょとてんとう虫が一ぴきずつとまっています。うす緑色のじゅうたんに、クローバー色のクッション。低い白いテーブルは、おりてきたわた雲のようです。色とりどりの花をししゅうしたテーブルクロスとナプキン。その上に、ほかほかと湯気をたてているむしパンが、かごにはいっていました。
「すてき! これ、だれがつくったの?」
キキがはずんだ声でいいました。
「あたし、ふふふ」
モリさんが首をかしげました。
「ひまだから、チクチクやっただけ」
そばにはほし草で編んだスリッパ。壁にかかっている帽子も赤い木の実や花などが編みこんであって、なんとかわいいのでしょう。
自分の部屋のようすが、ちらりとキキの頭をかすめました。カーテンは粉を入れてあったもめん袋をはぎあわせたもの。パン屋さんの粉置場だったときのままです。おソノさんが、もうすこし女の子らしいのにしたら、といったとき、カーテンなんてあればいい、とキキは思ったのです。
いつも黒い服なんてつまらない、たまにはおしゃれしたい、とキキは不満を感じていました。でもおしゃれするところって、洋服だけではなさそうです。キキは背中をどんと押されたような気がしました。
「モリさんって、すごいのね」
「そう? うれしい。町の暮らしとちがって、毎日が平凡でしょ、友だちもいないし……だから、近くにあるものとなるべく仲よくしようかな、って。そうじゃないと、つまんなくなっちゃうもん。負けおしみじゃないけど、草や木だって、あんがいいい友だちよ」
モリさんはちらりと舌の先をみせて笑いました。
キキはモリさんをまぶしい気持ちで見ていました。
魔女より、ふつうの女の子のほうがいいなんて思ったこともあったけど、それは思いあがりじゃないかしら。モリさんのように、こんなぎっしりいっぱいすてきな人に、あたしなんて、とてもとてもなれそうにない……とキキは思いました。
「キキ、町のこと、話してよ」
いわれて、キキはとっさに髪の毛に手をやりました。
「あっ、その髪形、おもしろい。町ではやってるのね。あたしもやりたい」
「へんてこりんでしょ」
「ううん、かわいい」
「じゃ、すわって」
キキはモリさんを鏡の前にすわらせると、髪の毛をアミアミ式に編んでいきました。
モリさんはできあがった頭を見て顔をしかめました。
「やっぱり、キキのみたいに町っぽくならない。なんだか、ねずみのしっぽみたい」
「ごめん、あたし、編むのへただから」
「ううん、あたしの毛のせいよ」
モリさんはそれでもうれしそうに、編みあがった毛をぶらぶらと動かしました。
「ねえ、魔女のおねえちゃん、ぼくもねずみのしっぽ、ほしいよう」
ヤアくんがキキのスカートを強くひっぱりました。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
キキはスカートをひっぱりかえしました。
「ねえねえ、はやくしてよう。ほしいよう。あそこにいる猫ちゃんたちといっしょに、しっぽごっこして遊びたいんだよう」
ヤアくんの声をきいたとたん、戸棚の下にかくれたつもりでいたジジとベチが、ぎくりと体をよせあいました。
「えい」
ヤアくんは戸棚の下にすばやく手をつっこむと、ジジのしっぽをつかんでひっぱり出しました。
「ギャオ」
ジジが悲鳴をあげました。
「ヤアくん、やめて」
キキがさけびました。その声の大きさにヤアくんがびくっと顔をあげたすきに、ジジはさっとすりぬけて、ベチといっしょに姿を消しました。
「猫ちゃん、猫ちゃん、猫ちゃん」
ヤアくんが足をばたばたさせて泣きだしました。
「遊びたいよう、遊びたいよう、遊びたいよう」
キキはむらむらとしてきました。
「やだよ、やだよ、やだよ」
ヤアくんは泣くのをやめません。キキはにらみつけました。おしりをたたいてやりたくて、手がいらいらしています。
すると、モリさんがのんびりとした声でいいました。
「わかった。ヤアくんもしっぽがほしいの」
ヤアくんの泣き声がぴたりと止まりました。
「おねえちゃんが今、しっぽ、つくってあげようね」
モリさんは戸棚をあけると、赤い毛糸を出して三つ編みをはじめました。すごいはやさで三十センチほど編むと、ヤアくんのズボンのおしりにぬいつけました。手品のようでした。キキはイシ先生の、入れしっぽのことを思い出しました。
「ほら、できた。ヤアくんのしっぽができましたよ。ちゃん、ちゃん」
モリさんがしっぽをゆすると、ヤアくんはたちまちきげんをなおしました。
「ねえ、猫ちゃん、しっぽとしっぽであくしゅしようよ」
とさけびながら、ヤアくんは戸棚の下やカーテンのかげをのぞきこみました。するとジジがおそるおそる出てきました。そして、しかめっつらをしながら、うしろをむいて、自分のしっぽをヤアくんのしっぽにぴんぴんとぶつけました。
「あーっ、しっぽのあくしゅだ!」
ヤアくんがぴょんぴょん体をはずませました。
「ジジ、あんた、むりしちゃって」
キキが小声でささやきました。すると、ジジは背中をすいとのばしていいました。
「相手が子どもじゃ、しょうがないでしょ」
モリさんがお茶を入れてくれました。甘い香りが口の中にただよいます。
「すごくおいしい」
キキはうっとりといいました。
「春に、いろいろな草や花をつんでつくったのよ。十八種類もまぜてね。ほかほかした森や丘を歩けるから、このお茶づくりって楽しいの。よーく見てるとね、草のほうから、においを強く出して、お茶にいいよ、って呼んでくれるのよ。今年はあんまりむちゅうになって、あたし、迷子になっちゃって、ふふふ」
「それでさ、ぼくが帰り道、見つけてあげたんだよね」
ヤアくんがいばって肩をそびやかしました。
「はいはい、ぶじに帰れたのはあなたのおかげです」
モリさんは首をすくめて、
「小さくっても、けっこう役に立つのよ」
と笑いました。
キキはふと、コキリさんの手紙の中のことばを思い出しました。
「つくるって、ふしぎよ。自分がつくっても、自分がつくっていないのよ」
もしかしたら、モリさんにはこのことばの意味がわかるのではないかしら……。
キキはじっとモリさんをみつめました。
「そろそろさよならするわ。暗くならないうちに帰らなくっちゃ」
キキは窓から、しずみかけたお日さまを見て立ちあがりました。
「ざんねんね、また来て」
モリさんも立ちあがりました。
「さ、ジジ、ベチ、帰るわよ」
キキは戸棚の下をのぞきこみました。ジジがうれしそうに出てきました。
「あら、ベチは?」
キキはまわりを見まわしました。ジジもびっくりしたように、戸棚の下にはいりこみ、あわてて出てきて、部屋の中をあちこち走りまわりました。
「さっきまで、すみっこで寝てたんだよ」
ジジは耳をぴんと立てていいました。
「ベチ、ベチ、出てらっしゃい」
キキも呼びながらさがしました。モリさんもさけびました。でもベチは出てきません。
「さては……」
モリさんがヤアくんをにらみました。
「ヤアくん、さっき外に出ていったけど……かくしたんじゃないの」
「ぼく、知らないよ。ぜんぜん知らないもん。ぜんぜんのぜんぜん知らないもん」
ヤアくんは頭をふりました。
「あんたがぜんぜんのぜんぜんというと、いつも決まって、ぜんぜんのぜんぜん、うそなんだから」
「にゃーん」
ジジが外からとびこんできました。
「ジジが見つけたみたい」
キキとモリさんは外へ走りました。
木の上のほうからベチの鳴き声がきこえてきます。ふるえてよわよわしい声です。
「ちがうよ、あれはちがう猫だよ。ぜんぜんのぜんぜんちがうよ」
ジジが木にとびつきました。見ると、いちばん上の枝にベチがしがみついています。ベチが鳴くたびに枝がしなって、今にもはじけて折れそうです。
「あっ、あぶない」
キキは戸口にたてかけてあったほうきをつかむと、飛びあがりました。いきおいつけて木の上まで行き、手をのばしました。
「さ、ベチ、こっちに来なさい」
でもベチははげしく鳴いて、枝にしがみつくばかりです。キキがベチをつかまえようとしても、ベチの重みで、大きくゆれる枝は、さわることすらできません。
「ジジ、のぼって」
キキは下をむいてどなりました。でものぼりかけたジジは、はるか下の枝にしがみついて動けなくなりました。
「ヤアくん、のぼりなさい」
モリさんがいいました。
「やだねっ」
ヤアくんはそっぽをむきました。
「みゅ、みゅ、みゅ」
ベチの声が大きくなりました。ヤアくんがいいました。
「おろしたら、あの猫、ぼくにくれる?」
いきなりモリさんの手がヤアくんのおしりにふりおろされました。
「いたい」
ヤアくんがさけびました。
「いたくしてるんだからいたいわよ」
モリさんはつづけてヤアくんのおしりを強くたたきました。
「ベチちゃんは落ちたらもっといたいのよ。もっともっといたいのよ」
モリさんは顔をまっ赤にしていいつづけました。
さっきのモリさんとはなんという変わりかたでしょう。キキは下におりたものの、びっくりして立ったままです。
「さ、行ってらっしゃい」
モリさんがヤアくんをおしやり、手を木の上にむけました。
ヤアくんは泣きながら、木にとびつき、のぼりはじめました。そののぼるののはやいこと。虫のようにおしりをはね動かしてのぼっていきます。あっというまに頂上の枝にとりつくと、ベチをつかまえて、シャツの下に入れ、途中でジジを抱えるとおりてきました。キキはそのベチを受けとって、ポケットに入れました。ベチはこおったようにかたくなっています。ヤアくんの泣き声はだんだん小さくなって止まりました。
おわかれのときがきました。
「心配させてごめんなさい」
モリさんがキキの手をとりました。そばでヤアくんがちょっと目をそらしながら、でも、ぴょこんと頭をさげました。
「これ、おすそわけ。もちつもたれつのおみやげよ。あなたを運んでくれたお礼のつもり。ね、魔女の宅急便屋さん」
モリさんは春のお茶と、野花をししゅうした小さな袋をくれました。
「わー、お礼なんて……でもうれしい。あたし、モリさんに会えてよかった。これからも仲よくしてね」
「あたしこそよろしく」
モリさんは手を小さくふりました。
キキはヤアくんに笑いかけました。さっきの怒りはもう消えていました。
「ヤアくん、木のぼり、すごく上手ね、おねえちゃん、びっくりしちゃった」
するとヤアくんは胸をはりました。
「だって、ヤアくん、木と仲よしだもん」
それから二日して、スズノさんちのベルちゃんの病気がなおりました。キキはベチを返しに行きました。ベチはベルちゃんを見るととびついていきました。それを見て、ジジはすっかりしょげてしまいました。
「また、猫の目体操会に行けば会えるわよ」
キキがこういってなぐさめても、ジジはその夜ずっと、しっぽをかかえて、顔をふせたままでした。