8 キキ、黒い手紙を運ぶ
ルルルルー ルルルルー
電話のベルが鳴りだしました。
キキが手をのばしてとろうとすると、ぱたりと止まってしまいました。
「まちがい電話だわ」
すると、またすぐベルが鳴りだしました。
こんどは受話器をとりあげて、キキは元気な声でいいました。
「はい、こちらは、魔女の宅急便です」
でも、電話のむこうからはなんの音もきこえてきません。しーんとして、だれかが息をころして、じっとこっちをうかがっているような感じがします。
「もしもし、もしもーし」
キキは声を大きくしました。それでも電話のむこうはだまったままです。キキは口をちょっとまげて、受話器を耳からはなしました。すると、追いかけるように声がきこえてきました。
「あ……あの……」
女の子の声です。
キキはあわててまた受話器を耳に近づけました。
「は、はい、魔女の宅急便です。どうぞお話しください」
「あ、あの……子どもでも……いいんですか。もっていってもらいたいんだけど……」
女の子の声はふるえていました。
「あの……あなた、ほんとうに魔女さんですよねえ」
「ええ、キキっていいます」
「本物の魔女さんなら、黒い洋服きてるんでしょ。ながーいスカートで」
「ええ、そ、そうよ」
「口、大きいんですか?」
「えっ、口?」
キキはびっくりして受話器を見つめました。それから、こまったように顔をしかめていいました。
「そんなに小さいほうではないと思うけど……」
「ああ、よかった。それで、目の色、何色ですか、銀色ですか」
「えーっ、銀色は猫のほうですけど、あたしはふつうよ。黒くって、ちょっとこげ茶っぽいの」
「光ります? ぎろんぎろんって」
キキはおどろいて目をぱちんとつぶってあけました。
「ひ、か、る? ふーん、そりゃあ……目ですもの、すこしは……でもぎろん、ぎろんなんては……光りません」
「そーお……ま、いいわ」
女の子の声はすこしおちついてはっきりしてきました。
「それで? どんなご用なの?」
「とどけてほしいの、いいでしょ?」
「ええ、いいわよ。あたしの仕事ですもの」
「じゃ、うちの前で待ってる。アカシヤ通りなんだけど……十三番地、知ってる? あたし、そこに立っているから……すぐ、すぐ来て」
「ええ、なるべく」
キキは首をすくめながら受話器をおくと、そばの鏡をのぞきこみました。
「あたしの目、光ってる?」
それから口をがーっと大きくひらきました。
「へんな話……さ、ジジ、仕事よ」
「うー」
床に寝そべっていたジジが、いやそうな声をあげました。
「外、寒いでしょう」
「そんなじゃないわ。さ、行くのよ。すぐ来てって」
アカシヤ通りでは、ひとりの女の子がしきりに空を見ながら立っていました。
キキがおり立つと、女の子はうれしそうにかけよろうとして、「あっ」とさけんで立ち止まりました。
「いやだ、おばあさんじゃないの? どうして?」
女の子は目をつりあげました。
「だれが?」
「魔女……さんがよ」
「おばあさんじゃなくちゃだめ? あなた知らなかったの? この町にいる魔女はね、このあたしなのよ。まだなりたてのほやほやの二年目。としは十四歳」
「あたし、知らなかった」
女の子はぶすっとふくれました。
キキはあらためて女の子を見ました。十歳ぐらいでしょうか。木の枝のように細い体をしています。目は大きくいっぱいに開かれ、うかがうように下からキキを見あげていました。
「やっぱり、たのむわ。これ、もってって」
女の子はセーターの下から四角いものをたいせつそうにとりだしました。見ると、まっ黒な封筒の手紙です。
キキは今までいろいろな手紙を運んだことがありました。でもまっ黒な封筒なんてはじめてです。しかもあて名が書いてありません。受けとろうと手を出し、一瞬とまどいました。
「これはね、とっくべつな手紙なんだから、きょうとどけるって、いってあるの。ぜったいとどけるって」
「わかったわ。それで、どこへ、だれに?」
「大川のまん中の公園」
「公園? 島公園のこと?」
「そう。女の子がふたり遊んでると思うの。学校の帰り、約束してたから、ぜったいいる。その子たち、タカちゃんにトンちゃんっていうの」
「わかったわ。それで、あなたはなんてお名前?」
「サキ。まっさきのサキ」
女の子はつっけんどんに答えました。せいいっぱい、いばって見せようとしているようすに、キキは思わずにやっと笑ってしまいました。
「どうして笑ったの?」
「ううん、べつに。ただなんとなくよ」
「そういうのやめてほしいわ。おせじっぽくって……いい? ちゃんととどけてよ。口をがーっとあけて、こわーい顔して」
「えっ、どうして?」
「だって……いいじゃない。魔女はなんでもおねがいきいてくれるんでしょ。いい? あたしのいうとおりにやって。今みたいにゆっくりおりないで、竜巻みたいに、ぴゅーっ、ぴぴーって、おりてよ。もっと魔女らしく」
「魔女らしく?」
キキはききかえして、らしくも何も、あたし本物の魔女なのに、と肩をすくめました。
「わかったわ。とどけます」
キキは封筒を受けとり、ジジをかかえて飛びあがりました。
「あの子はきっと空想ずきなんだよ」
ジジはものわかりよさそうにうなずきました。
大川のまん中にある公園では、サキがいったように、女の子がふたり遊んでいました。地面に丸をいくつも書いて、ぴょんぴょんととんでいます。キキは竜巻はやめて、しずかにおりていきました。
「あの、サキちゃんのお友だちでしょ」
キキは近づいて声をかけました。
ふたりはふりかえり、それからちょっとのあいだ顔を見合わせました。
「そうだけど……、でもあたしたち、お友だちかなあ……」
ひとりの子がいいました。
「ちがうと思うよ。でも、なんで?」
もうひとりの子がふしぎそうにいいました。それから同時にふたりの子がさけびました。
「あれ、今、空とんでこなかった?」
「ええ、きたわ。これ、サキちゃんからのお手紙です」
ふたりははっとしたように体をうしろにひくと、キキの手の中の黒い封筒にすばやく目を走らせました。
「空、とんで、黒い洋服、きて、もしかして、あなた、ま、魔女?」
「そうよ」
キキはうなずきました。
「きゃあ」
ふたりはうしろをむいて逃げだそうとしました。
「ちょ、ちょっと待ってよ。この手紙、受けとってよ」
「知らないわ。いやよ、いらない」
「あたしたち、かんけいない」
急に白っぽくなったふたりの顔がこまかく左右に動きました。二、三歩あとずさりすると、ぱっとうしろをむいて、走りだしました。
「ちょっと、待って、どうしたの、いったい」
キキも追いかけて走りました。そしてふたりの前にまわりこむと、通せんぼするように両手をひろげました。
「いらないんだったらしょうがないけど、どうしてそんなに逃げるの、せっかくお友だちの手紙もってきたのに」
「だって、あなた魔女さんでしょ」
「友だちなら、こんなことするはずないでしょ」
キキの頭の中がぐらぐらしてきました。
こんなことって、どうやら、キキが手紙を運んできたことのようです。
「あたしたち、何もわるいことしてないもの」
「サキはね、なんでもこわしてよろこぶんだから……」
「そうよ。あたしたちが仲よくしていると気に入らないの」
「あたしたち、あの子のこと、仲間はずれになんてしなかったのに」
「サキにも、いっしょに遊ぼうっていったのよ。ふたりより三人のほうが楽しいよって」
ふたりは先をあらそうようにしゃべりだしました。
「それなのにトンの悪口、あたしにいうし」
「そう、タカちゃんの悪口、あたしにいうし、それだけじゃないわ。あたしたち三人で交換日記していたの。そのノート、かくしちゃったんだから」
「自分じゃないっていってるけど、あれはうそよ」
「そう、うそつきなの。あることないこと、先生にいって、そしたら、先生にこっちがおこられちゃって」
「きょうなんか、学校であたしたちにのろいをかけるってさけんだのよ。のろいの手紙を魔女に運んでもらうって……むかしからずっとつづいているのろいのことば、魔女におそわったっていうんだから」
はじめはおずおずしていたふたりはだんだんと声をはりあげていきました。
「あんただって、ひどいじゃないの。わけも知らないで、こんな手紙、もってくるなんて……」
「それに、あの子にのろいのことばまでおしえてあげたの?」
ふたりの目が三角につりあがり、つっかかるようににらんでいます。
びっくりしたのはキキでした。たのまれたからやってきたのに、こんなにせめられるなんて……。
キキの体の中で何かが動きだしました。くやしいような、なさけないような、それがだんだん怒りにかわってきました。
「わかったわ」
キキはぽつりというと、うしろをむき、歩きだしました。
「ちょっと待ってよ、キキ」
ジジが小走りについてきました。
「ねえ、ひどい話だけどさ、あのふたりがうそついているかもしれないじゃない。ただの手紙かもしれないじゃない」
「もういいの。どっちだっていいわよ。きょうはもう、この仕事はつづけるのいやっ。この手紙は返してくる」
キキはらんぼうにほうきにまたがると、飛びあがりました。ジジはあわてて、キキのスカートのはじにつかまりました。
キキは来たときよりずっとスピードをあげて飛び、アカシヤ通り、十三番地の前におり立ちました。そして入り口の戸をたたきました。
「サキちゃん、サキちゃん」
サキはすぐ出てきました。
「この手紙、受けとってくれなかったわ、いやだって」
「どうして?」
サキの顔がみるみるくちゃくちゃになっていきました。
「やだ、やだあ、もらってもらってよう」
サキはからだをふるわせて泣きだしました。
ジジは耳をふせて、建物のかげに逃げてしまいました。
キキはそのはげしく泣く姿をぼうぜんと見ていました。あまりのすごさに、ちょっと前まで、怒りくるっていたキキの心のほうは、すっとしずかになっていきました。
キキはだまってサキの前に立っていました。
やがて、泣き声はすこしずつ小さくなっていきました。
「あ、あたし、あ、あやまる、つ、つもりだったの。あ、あたし、仲よくしたいと思うと、どうしてだか、いじわる、いっちゃうの」
サキはしゃくりあげながら、一言一言いうと、またひとしきり泣き声をあげました。
「ど、どうしても、そうなっちゃうの。こ、この手紙だって、ごめんなさいの手紙だったのに……み、見て、ねえ」
サキはふるえる手で、手紙をあけました。中には、「ごめんね。また仲よくしてね」と書いてありました。
「じゃ、どうしてのろいの手紙なんていったの?」
「だって……きょう、手紙わたそうとしたら、タカちゃんが、またいじわるの手紙でしょ、っていうんだもん。かっとしちゃって、魔女にのろいの手紙、はこんでもらうからっていっちゃったんだー」
「それなら、こんどは手紙じゃなく、口でいったら?」
「だって、いやっていわれたら、悲しいもん」
「そんなことないわ。トンちゃんもタカちゃんも仲よくしたいのに、っていってたわよ。ほんとうは三人で楽しく遊びたいのよ」
「ほんと? ほんと? あたし、いってみる。ほんとに、だいじょうぶ?」
サキはせきこむようにいいました。
その日、キキはいつになく無口でした。
「すごかったなあ、あの泣きかた、コリコの町がふるえるほどだった」
ジジがキキをなぐさめるように大げさなことをいいました。
あの三人の子たち仲直りできたかしら……。
キキの気持ちはきょうのできごとにもどり、サキがいったことばを思い出していました。
魔女はぎろんぎろんと光る目をもっている。
魔女は口をがーっと大きくあける。
魔女は竜巻みたいに飛びおりる。
そんなふうにして魔女はのろいを運ぶ。
ずいぶん悪口いわれちゃったな。
でもキキがしずんでいるのはこの悪口のせいではないのでした。
たしかに魔女には悪いことばがついてまわります。でもむかしむかしはそういう魔女もいたのです。それをあとあと、大げさにお話の中に入れたりした人がいたので、悪い魔女というのが人の心の中に今でも強くのこってしまったのです。小さいときから、キキはそういう悪口はよくきいて育ちました。
だからいいものを運ぶ人になるつもりだったのです。
物も、物の中にかくれているお客さんのやさしい気持ちも、いっしょに運んでいるつもりだったのです。
「あなた、お若いのにいいお仕事をお持ちね」って、ほめられたこともいく度もありました。でも、きょうのことはさておいても、これからたのまれれば、知らず知らずのうちに、いい心だけでなく、のろいのようなものも運んでしまうこともあるかもしれません。それに気づかされて、キキはさびしくなってしまったのでした。キキのなかでどこかがつめたくなり、それがひろがっていくような気がしました。
あたしの仕事っていったいなんなんだろう。
あたしが宅急便をしているって、ほんとうにいいことなのかしら?
キキは今までとはちがった、むずかしい問題につかまってしまったようです。
それは、キキがこのまま魔女でいていいのかどうか、ということまでつながっているように思えました。
「あたし、カバのマルコさんみたいに、中心点行方不明病になっちゃったみたい」
かあさんはどう考えるのだろう。キキは目をこらしてコキリさんの顔を思い出そうとしました。目に浮かんでくるのは、楽しそうにくしゃみの薬をつくり、楽しそうにそれをほうきに乗って運んでいる姿ばかりです。
ひさしぶりに手紙を書こう。
キキのしずんでいた気持ちに、ほんのすこし、あたたかいものが流れてきました。