6 キキ、赤ちゃんの写真を運ぶ
キキはポケットに手をつっこんで、一枚の葉っぱをとりだすと、しわをのばして、ノートの間にはさみました。
「あの赤ちゃん、きょうもくれたわ。もう何枚になるかしら」
キキはノートをめくってみました。黄色く色の変わったのから、まだ生かわきのまで、いろいろな形の葉っぱがはりつけてあります。毎朝、キキが公園に走りにいくと、「あい、あい」って、入り口近くに止まっている乳母車の中の赤ちゃんが手わたしてくれるのです。なんとなく捨てられなくて、押し葉にしていたのでした。もう何日もつづいています。
「キキ、毎朝、どこか走っているようだけど、大みそかのマラソン大会の練習、もうはじめたの?」
パン屋のおソノさんが、きょうも出かけていくキキに声をかけました。
「へへへ、ばれちゃった? 去年は走れなかったから、せめて十等にはいりたいな」
キキが毎朝こうして走っているのはマラソン大会に勝ちたいばかりではないのです。里帰りしたとき、かあさんのコキリさんに「魔女は飛んでばかりいないで、たまには歩いたほうがいいみたい」といったことをつづけてみようと思ったからでした。
でも、こうしてほうきをもたず、ジジもつれないで歩くのは、なんとなく体のまわりがスカスカして妙な気分です。
キキが走って公園に入っていくと、「やあ、いつも精が出るね」と声がとんできました。思わず立ち止まると、毎朝会う、おひげのおじいさんです。耳の長い犬の顔の彫刻がついた
「あっ、おはようございます」
「ところでおじょうちゃん、お空をお飛びになるようじゃね」
「はい、まあ」
「あんたを見ていて、今、思ったんだが……お空をお飛びになる方は、年をとって体が思うようにならなくなったら、どうなるのかね。飛びあがれなくなるのかね、それとも低くしか飛べなくなるのかね。わたしみたいに、年とって体が不自由になっても、杖なんていうものはいらないんだろうねえ」
おじいさんは杖に体の重みを全部のせるようにして、キキをみつめました。
「えっ」
キキはおどろいて声をあげました。自分が年をとるなんてことは、まだ一度も考えたことがなかったのです。そういえば、お話に出てくる魔女はたいていおばあさんです。でも、キキのそばに年とった魔女は今までいませんでした。コキリさんはまだ若いし、コキリさんのおかあさん、おべんとうをくさらないようにできたというキキのおばあちゃんは、キキが生まれたときにはもういなかったのです。
「おばあちゃんははやくなくなったけど、いっつも笑っている人だったわ。それも大きな声で……何をたのまれても、『はい、はい、いいですよ』って。なくなる三日前まで、どこへでも飛んでいったそうよ。そしてね、自分よりずっと年とった人たちとおしゃべりしたりして」と、いつかコキリさんが話してくれたことがありました。
「わたしにとっちゃ、このワンちゃんの杖がささえでね。一本の棒がこんなにありがたくなるとは思わなかった。おや、おじゃましちゃったね。また、あした、会いましょ」
おじいさんはかぶっていた帽子をちょっとあげると、よっこらしょというように杖を前に一歩進めて、それにひっぱられるように体を一歩移動させました。キキはぼーっとしておじいさんのまがった背中を見ていました。
(あたしって何も知らないんだから)
大きな声でいつも笑っていたというキキのおばあさんは、自分が魔女だということをどんなふうに思っていたのでしょうか。人にやさしかったというけど、やっぱり魔女だから、ふつうの人とはちがうから、とくべつな目で見られたりするし……たまには考えこんだりすることはなかったのでしょうか。
キキは急に浮かんできたいろいろな思いをふりはらうように、また走りだしました。
「あい、あい」
遠くからキキを見つけて、乳母車に乗った赤ちゃんが、いつものとおり葉っぱをもった手をあげています。
「わ、ありがとう」
キキは走りよりました。すると、すこしはなれたところでごろんとした紙包みをあけていた女の人が顔をあげました。
「あっ、まいど、まいど。この子の新聞のほうがずっと売れ行きがいいのよね。まことにひにく」
女の人は大きな口をあけて、からからと笑いました。
「新聞?」
「ええ、この子、そのつもりのようよ。あたしのまねしてるのよ。一歳とちょっとで親の仕事のまねするなんて、この子天才かしら、うふふふ。あなた、きょうは、すこしおはやいお出ましじゃないの」
「ええ、まあ……あたしのことごぞんじ?」
「もちよ。この子のたいせつなお客さんだもの。それに有名な魔女さんだし。あたしはいつも公園の入り口のわきで新聞売ってるのよ。そばに乳母車あるとじゃまになるから、この子はここにおいとくの。でも、いつもちゃんと見てるから」
「そうなの。あたし、おかあさんはどこにいるのかなって、いつも思ってたの。あたし、赤ちゃんの葉っぱ全部とってあるの」
「おや、そう。この子にもごひいきさんがいるんだ。ところで魔女さん、どうして毎朝走るの? やっぱ体をきたえてるの?」
「それもあるけど、いろんな人に会えるから」
「人に会うのすき?」
「ええ、すきよ」
「ふーん、そう。みんなすきよね、人に会うのって。でも、ほんとうに、ぜったいに、完全にひとりぼっちがすきっていう人いると思う?」
「そんな人いるんですか? 石っころみたいね」
「あら、魔女さん、石に変えちゃう魔法もできるの? それじゃ、うちの人、つれ帰ってぱっと魔法かけて石にしちゃってくれる? すぐどこかに行っちゃうんですもの」
「うちの人?」
「そう、あたしのつれあい。あら、あたし、たいへん、新聞売らなきゃ。おしゃべりしてたら、朝刊が夕刊になっちゃうわ」
女の人は、赤ちゃんに「いい子にしてるのよ」と声をかけると、包みをかかえて走り出しながら叫びました。
「あとで相談にうかがうわ。グーチョキパン屋さんとこでしょ。あたし知ってる」
「でも、石に変えるなんて、あたし、できませんよー」
キキはあわてていい返しました。
女の人はちょっとふりむいてうなずくと、そのまま公園を出たところに立って、元気のいい声をあげはじめました。
「シンブン シンブン
シンブン カンプン
読まないと
チンプン カンプンだよ」
お昼すぎ、新聞売りの女の人は乳母車を押して、キキの店にやってきました。
「さきほどは……あたし、このとおり来ましたよ、魔女さん」
「あたし、キキっていうんです。この猫はジジ、あたしのあいぼう」
キキは女の人に椅子をすすめながらいいました。女の人は「お世話になります」とジジにかるく頭をさげました。ジジは返事のかわりに、前足をぎゅっとのばして、おしりをあげました。そのジジに、赤ちゃんは葉っぱを出して、「あい」と投げました。
「おやおや、あいそのいいこと。この子はね、サアっていうの。わたしは朝刊売りのマア。そしてゆくえ知れずのうちの人はガンタっていうの」
「ゆくえ知れず?」
キキはおどろいてききました。
「そう、本人はそう思ってないけど、わたしにはゆくえ知れず。でもね、こんどはこんなもの送ってきたのよ」
マアさんは肩にかけたバッグからハガキを三枚出すと、「おねえちゃんにおわたしして」とサアちゃんにいいました。サアちゃんはなれた手つきで、「あい、あい、あい」と一枚ずつキキにわたしてくれました。
「うちのガンタさんね、発見家っていう商売してるのよ。意外と働きものなんだけど……今まで発見したものはジーグザーグ
「じゃ、ガンタさんを運んでこなくてもいいのね」
「石の男を動かすの、むずかしいものね」
マアさんはおかしそうに目を動かすと、バッグに手を入れて一枚の写真をとりだしました。
「これ、うちの人」
(とんぼさん)
キキは思わず呼びそうになって、声をのみこみました。写真の顔がとんぼさんにそっくりです。まんまるのメガネ、その奥の小さくって、よく動きそうな目、大きなおでこ、とんがったうすいあご、それに細い体。
キキはあらためて手の中のハガキを見ました。
「このハガキはどうやって来たのかしら」
「通りがかった船の人にでもたのんで、どこかの港のポストに入れてもらったんじゃないの」
マアさんはふーっと息をついて、乳母車の中のサアちゃんを抱きあげました。
一枚のハガキには「ここにいる」って書いて、手の長い動物が五ひき、木の枝にぶらさがっている絵がかいてありました。
もう一枚には、ハガキいっぱいに二重丸、そしてまん中に三角の旗のようなものがかかれているきりでした。
そしてもう一枚には、ハガキを横にして音符がならび、「これ! これ!」って書いてありました。
「これしかないの、手がかり?」
キキはマアさんを見ました。
「そうなの」
「これじゃ、どこにいるかわかんない」
キキはざんねんそうに
「やっぱり、むりかあ。魔女さんならって、ちょっぴり期待しちゃったんだけど……」
「ごめんなさい。力なくって……」
「ううん、いいの、いいの」
マアさんはさばさばといいました。キキはほっとして、手にもったハガキを、一枚ずつ、
「あい、あい、おとうさんからですよ」
といってサアちゃんにわたしました。サアちゃんも「あい、あい」と調子よく受けとると、動物の絵を指さして、いきなり、「ワン、ワン」とさけびました。
「やだ、ワンワンだって。この子ったら、ちゃんとワンワンっていえた」
マアさんは急に涙ぐむと、いいました。
「ねえ、キキ、この子の写真、あの人にとどけて。おねがい」
マアさんはしんけんな表情を浮かべていました。サアちゃんもじっとキキを見ています。
「あーあ。あたしのできることって、飛ぶだけなのよね。千里眼でもないし、むずかしいことは考えられないし……」
キキはすまなそうにいいながら、ふと調子を変えました。
「そうだわ、すこし時間かかってもいいかしら?」
キキは急にガンタさんをさがしてみたくなったのでした。こんなにかわいいサアちゃんの写真をとどけたいって気持ちもありました。でも、ハガキに書かれた「ここにいる」というみじかいことばのむこうに、たいせつなサアちゃんやマアさんとはなれてまで見たい何かが、かくされているのかもしれません。できることならキキもそれを見てみたいと思ったのです。それにガンタさんがとんぼさんににていたので、とんぼさんに相談したら、何かわかるかもしれないと考えたのでした。
「もう一年も待ったんですもの。またすこし待つのなんてなんでもないわ」
マアさんはそういうと、ハガキ三枚とガンタさんの写真、それからサアちゃんと自分の写真をおいて帰っていきました。
マアさんがいなくなると、ジジがとぶように近づいてきました。
「ねえ、発見家って、なに?」
「話、きいてたでしょ。めずらしいものを見つけだす人のことよ」
「めずらしいものって?」
「だからウタウモノ」
「ふーん。でもさ、ウタウモノは自分のこと、めずらしいものなんて思ってないよね」
「そりゃそうよ。こっちがかってに思ってるだけ」
「そんなの、よけいなお世話だよね」
「でも、歌う動物よ。合唱しちゃうのよ」
「歌ならぼくだってうたっちゃう。フフフヘ、ヘホヘホ歌う猫でーす。よ、ろ、し、くう」
ジジは胸をはりました。
「それ、歌?」
キキはぷーっと吹きだしました。それから急にまじめな顔になってジジを見ました。
「このごろ、ジジ、ややっこしいことばかりいうのね」
「そんなことないよ。ただちょっと考え深くなっただけですよ。だけど……、キキだってめずらしいものだよ。発見されたんだよ。魔女、飛ぶ女の子! ジャンジャン」
「えっ」
キキはおどろいて息をのみました。
くもりガラスの上にすきとおった字で、「飛行クラブ」と書かれたドアを、キキはおそるおそるあけました。とんぼさんと約束した三時にはまだ五分あります。
キキは半分あいたドアのあいだから顔をのぞかせました。
「こんにちは」
「やあ」
暗いむこうでとんぼさんのメガネが白く光りました。
「島をさがすんだって? 大きな地図そろえといたよ」
キキはポケットから三枚のハガキとガンタさんの写真を出して机の上にならべました。
とんぼさんが顔を近づけてのぞきこみました。
「ほー、この人が発見家? かっこいいなあー」
「どこかで会ったことない?」
キキは笑いをこらえてとんぼさんを見ました。
「ないよ、どうして?」
「だって、そっくりよ。とんぼさんと」
「えっ」
とんぼさんはいそいでもう一度写真に目を移しました。
「光栄だなあ。発見家ににてるなんて」
「ウタウモノっていう動物、知ってる?」
「うん、きいたことある。どっかの島にいる珍獣なんだって。そろって合唱するって話だけど、あっ、このハガキの絵がそうかな」
「それを見つけに行っているの、この人」
「ほんと? すげえなあ」
「そんなにすごいことかしら。この人の赤ちゃん、とてもかわいいのよ。それなのにおとうさん、ずっといないんですもの。あたし、珍獣より赤ちゃんのほうがだいじだと思うわ。そんなわけで、赤ちゃんの写真をとどけるようにたのまれたのよ。だけど、その島、コリコ湾をぬけて、ずっと南の星くず群島にあるってことだけはわかってるんだけど……それだけ。手がかりはこのハガキしかないの。もしかしたらとんぼさんに何かいい考えきかせてもらえるかと思って……」
とんぼさんはハガキを手にとってくりかえしながめると、
「ちょっと、待って」といって、大きな地図のページをめくりました。
「すげー。星くず群島ってこんなにたくさん島あんのか。よく見つけたなあ、この人。えーと、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「このハガキの二重丸の絵、島の形、あらわしてるのかもしれないよ。この群島はさ、さんごしょうだから、こんな形の島あるかもしれない。ほら、三日月形や、まん丸の島、のってるでしょ。この二重丸は、たぶんまん中が海で指輪形してると思うけど……」
「そう、よかった」
キキはほっとしました。
「いや、安心するのははやすぎるよ。なんたってすごい数の島が集まってるんだから。でもこの人、よく、発見したよなあ。ぼくもやってみたいなあ。だれも見たこともないものをさがす、第一番の人になるなんて、もう体じゅうがぞくぞくしちゃう。冒険っていいよなあ」
「そうかしら、一番になるってそんなにいいこと?」
キキは、むちゅうになってガンタさんの写真をみつめているとんぼさんに、わけもなくいらいらしてきました。
とんぼさんって、なんでもできるようになる、とか、見つけるとか、人とちがうことができるとか、そんなことばかりいってる。気になるのは自分のことだけなの……赤ちゃんやマアさんのことなんか考えてみないのかしら。ガンタさんもガンタさんだけど、とんぼさんもとんぼさんだわ。男の人って気楽ねえ。
キキはふっと、きのうジジがいっていたことを思い出しました。
「とんぼさん、ウタウモノはね、自分のことをめずらしいものなんて思ってないんじゃない? さわぐのは人間だけよ」
「えっ」
とんぼさんは、ふいをつかれたように顔をあげました。
「とにかくあした、あたし、行ってくるわ」
キキは立ちあがりました。
「見つかると思うの? そんなの無謀だよ。手がかりなんてないじゃない」
「でもあたし、約束したし、仕事はことわったりしたくないのよ。なんとか行くしかないわ。見つからなかったら帰ってくる」
「すごい、キキは行けていいよなあ。ぼくにも魔女の素、わけてよ」
とんぼさんはキキに笑いかけました。
キキはぐっと口をつきだしました。
(なんにもわかってないんだから)
キキは、さよなら、というと、ドアをあけて外にとび出しました。
つぎの日、キキは夜がうっすらと明けるのを待って出発しました。
海の上を飛ぶのはひさしぶりです。
コリコ湾を出ると、風のむきが急に変わりました。キキはその風の力をじょうずにかりて、ぐんと高度をあげていきました。広い海の上にいると、きのうのとんぼさんへのむしゃくしゃした気持ちも、すこしずつうしろのほうに飛んでいくような気がしました。
やっぱり飛ぶのって気持ちいい。
キキはいちだんとスピードをあげました。
「やめてよ、そんなにいそぐの。海に落ちたら、もう会えないよ」
ジジはぶつかってくる風に負けないように声をはりあげました。
「夕方までにはつきたいのよ。暗くなったらたいへんだもの、お日さまと競争だわ」
キキはいい返すと、うしろに手をまわし、ジジを自分の前に抱きなおしました。
赤い夕やけ空がだんだんとうすい色に変わるころ、はるか水平線の近くに小さな島がいっぱい見えてきました。それぞれの島にぶつかる波は白く生きもののように動いています。キキはすこしずつおりていきました。
それにしてもなんという数の島でしょう。大きな手が空の星をつかみとって、ぱっぱっと海の上にばらまいたように、島が無数にちらばっています。とんぼさんがいったように、島はそれぞれおもしろい形をしています。くさりのようにつながってるのやら、三日月形やら、半丸やら、もちろんまん丸やら、蛇がくねくね泳いでいる形やら。
「この中の一つにガンタさんがいるってわけ。そんな、見つけるのむりよう」
キキは悲鳴をあげました。
「二重丸の島なんて……あっ、あの絵」
キキはポケットからハガキをとりだすと、二重丸と三角の旗がかいてあったハガキに目を近づけました。
「この二つの丸、ほんとうはどういう意味なのかしら。とんぼさんがいっていたように、まん中の丸はほんとうに海なの? それとも島なの?」
キキは胸がどきどきしてきました。
もっとちゃんと、とんぼさんの話をきいてくればよかったと思いました。
〈あたしったら、すぐいらいらして、かんじんなことがお留守になっちゃうんだから……〉
空はすこしずつ、すこしずつ、暗くなってきました。
はやく見つけないと、今夜はどこかの島で夜をあかさなければなりません。見わたしたところ、泊まれる所どころか、人が住んでいそうな島もありません。
胸のどきどきがはやくなってきました。キキは目をかっと見開いて飛びつづけました。
二重丸、二重丸の島。
つぶやくことばがどきどきといっしょになって、頭の中をがんがんと走りまわります。
(どうしてこんないいかげんな絵しかかいてくれないの?)
キキはガンタさんにも腹がたってきました。
「だいじょうぶ?」
ジジがしがみついてきました。
「だいじょうぶよ」
キキはらんぼうにいい返しました。
風がつめたくなってきました。かすかに明るさをのこしていた空も、海の色と同じ暗さに変わっていきました。
ちらっとどこかで光がゆれたような気がしました。
「星?」
キキは顔をあげました。でも光ったのは上ではなく、どうみても下です。キキはあわてて目をこらしました。光はもうどこにもなく、暗い海と、もっと暗い島の影だけがつづいています。
「ちがってた……」
つぶやく声がふるえています。キキはジジにわからないように、
すると、また、ちらっ、ちらっ、こんどは二度、光がゆれました。
「わー、あかりだわ」
キキはさけびました。それから、さかさになるようないきおいでおりていきました。
その島はとんぼさんがいったように指輪の形をしていました。まん中はまん丸の海です。そして、その中心で何かがゆれています。近づくと、それは、あのハガキにかかれていた、三角の旗でした。何かの目印なのでしょう、ブイにくくられてゆれているのでした。風に吹かれて、ぱたぱたする音がきこえてきました。
「ここ、ここだわ」
キキは行きすぎそうになったのをあわててもどると、砂浜におり立ちました。島は厚く木でおおわれていました。その木立の間から、たしかに、たしかにあかりが見えます。
キキはしっかりジジを抱きしめ、木や草をかきわけてはいっていきました。木と木の間につったハンモックに男の人がすわっていました。そばに木の枝や草でかこった小屋があり、すきまから細い光がもれています。その人はキキの足音をきいて、ふりむきました。それから、びっくりして、ハンモックごと、くるりと一回転、どさりとうしろに落ちてしまいました。
「ガンタさんでしょ」
キキは声をかけながら近づきました。そして、ポケットからサアちゃんの写真をとり出して、見せました。
「はい、おとどけものです。あたしはコリコの町の魔女の宅急便です」
「おう、お、お」
ガンタさんはいそいであかりの近くによると、写真をみつめました。
「なんて、ふしぎなんだ、なんてふしぎなんだ。サアったらこんなに大きくなってる」
ふしぎなのはあなただわ。キキは心の中でいい返しました。
「うん、うん」
やたらうなずきながら写真をみつめていたガンタさんが、ふと顔をあげました。
「でも、どうして、ここがわかったんですか。あっ、あ、あ、魔女ならね。まあるい水晶玉、もってるんでしょ。世界が見えるとか……」
「むっ」
キキは口をぐっとつぐみました。
(また魔女! そんなのがあれば苦労しないわよ。あたしが魔法もってるとしたら、それはたのまれればことわれないってことだわ……)
「このハガキをたよりに来たんです。まるでなぞなぞみたいでした。でも、暗くなったおかげであかりが見えて……」
キキは文句をいいたいのをぐっとこらえていいました。
「でも、もうすこしくわしく書いてくださればよかったのに……」
「すいません、ちゃんと書こうにも、どこにいるのか、ぼくにもわからないんですよ。いろんな船にのりかえ、のりかえ、つれてきてもらったもんだから……ここにつくまでにすごく日にちがかかっちゃって……でも、たまーに船は通るんですよ。ハガキはその人たちにたのんだんです」
ガンタさんは、ぱさぱさの髪の毛を手でかきあげました。日にやけた顔のまわりはひげもじゃもじゃ。でも、めがねのむこうのきらきら光る目はとんぼさんそっくりでした。何かにむちゅうになっている目でした。
「あたし、すぐ帰らなくちゃ。夜までかかるとは思わなかったの」
キキはうしろをむきました。
「えっ、もう帰るんですか? あしたにしたらどうです、あしたにしたら。ここの夜明けはすばらしいですよ」
ガンタさんはとびつくようにいいました。
「でも……」
といいかけて、キキはふと足をとめました。
(そうだわ、あたし、ガンタさんがこんなにむちゅうになっているものを見たいって思ってたんだった)
「でも、いいのかしら」
キキは遠慮がちにいいました。
「ええ、もちろん、もちろん」
ガンタさんはキキのためにハンモックをあけてくれました。
「おきて、魔女さん」
ガンタさんのおしころしたような声がしました。キキは目をあけました。
「よーく目をあけて、あの木の枝のとこを見てください」
いわれたほうに顔をむけると、小さな黒い影がそれぞれ右手を枝にかけて、ぶらさがっています。ざっと見ても五十ぴきはいるでしょうか。
「あれ? ウタウモノって」
キキはききました。ガンタさんはだまってうなずきました。
ウタウモノは枝のつづきのように動きません。あたりはおどろくほどしずかでした。
かすかに空の色が変わってきました。それと同時に低い声が地面をはうようにきこえてきました。
コーココ ルルルー
コーココ ルルルー
はじめはばらばらだった声が、だんだんとまとまって、まるでお祈りのことばのようなひびきに変わっていきました。
しばらくして、空がすっかり朝の色になると、歌声はぱたりととまりました。すると、とってかわるように鳥の声や波の音がきこえてきました。ウタウモノはそのままじっと動きません。
「宇宙の合唱ってごぞんじですか。夜と朝のさかい目の一瞬にきこえるという」
ガンタさんはいいました。
「ええ、どこかできいたことがあります」
「えっ、きいたことがあるんですか。いいなあ……魔女さんは……」
「いいえ、そういうのがあるってきいたことがあるだけです」
キキは答えながら、いいなあ、魔女さんは……といったときの声が、とんぼさんのいいかたにそっくり、と思いました。
「やっぱり、きこえませんか。それがウタウモノにはきこえるらしいんですよ」
「ほんとうに?」
「そんな気がするんです。だって、さっきの歌声、『ここに、いる、ここに、いる』ってきこえませんでしたか」
「そういえば……なんだか」
「ぼくはウタウモノが地上の生きもの全部を代表して、返事をしてくれているような気がするんです。この世界をこえてはるかむこうまで。思いこみが強いかもしれないけど……どうしてもそんなふうにきこえるんです。それをマアやサアにも、そしてできればおおぜいの人にきかせてあげたい」
ガンタさんの目はすこしうるんでいるようでした。キキの体の中にもさっきの歌声がとぎれなくひびいていました。忘れられない音になりそうです。
(ハガキの「ここにいる」ってこういう意味だったんだわ)
「ぼくはもうすこしのこって、あの声を録音してから帰りたいんです。それも船がつかまればの話ですから、いつ帰るとはいえないんですが。でも、十日に一ぺんぐらいは船のかげを見ますから、帰りはきっとかんたんです。ゆうべ、マアにハガキを書きました。とどけていただけますか?」
ガンタさんは「はい」といって、ハガキを一枚キキの手の中に入れました。キキは思わず笑ってしまいました。ガンタさんの目つき、口つき、サアちゃんとそっくりだったからです。
キキは朝日をあびながら、コリコの町をめざして飛びつづけました。肩につかまっているジジがいいました。
「とんぼさんがさ、魔女の素、わけてほしいっていってたけど、キキはもうわけてるんじゃない? だって宅急便って、そういう仕事だよね。ぼくはそう思う」
「ジジ、あたしだって、いろんなもの、わけてもらってるわ。今朝きいたあの歌声、すばらしいおすそわけだったわ。そう思わない?」
キキはふりむいていいました。