4 キキ、森の窓を運ぶ
「はい、これおみやげ」
キキは里帰りしたときもってきた包みを、とんぼさんの前にさし出しました。
「お・み・や・げ? すごい」
とんぼさんは受けとるとすぐ、結び目の間から、うれしそうにのぞきこみました。
「あれ、これ、例の鈴? キキが小さかったとき、木の上につけてたっていう……きれいだね、銀色して……」
「長いこと使っていたから、すごく汚れてたんだけど、あたし、いっしょうけんめいみがいたのよ」
とんぼさんは包みをといて鈴をとりだしました。
「ねえ、これ、どんなふうに使っていたの?」
「あたしの町の高い木、何本かのてっぺんにかあさんがつけたの。あたし、十歳のとき魔女になろうって決めたのね。それから飛ぶ練習はじめたんだけど、空の上からだといろいろ見えるでしょ。おもしろくって、すぐよそ見しちゃったの。それで、木の上に鈴をつけたのよ。足がさわると鳴るから、あわててもっと高い所を飛ぶ、そんなふうに使ってたの。もちろん、鈴にさわらないときもあってね、ひとの家の屋根におりてびっくりさせたり、足すりむいてべそかいたりしちゃったけど……ときどきわざと足をひっかけて、音ならして遊んだこともあるわ」
キキはすこしはにかんで、とんぼさんを見あげました。その目を、まぶしそうにしばたたきました。
「あら、とんぼさん、なんだか変わったみたい。背、のびた?」
「そうかなあ……同じだよ。キキこそ変わったんじゃない? おとなの女の人みたいだ」
とんぼさんも目を細めました。
「えっ、うそ」
キキはどきっとして胸に思わず手をおき、それをごまかすように右足をぽんとけりました。
とんぼさんは手もとの鈴をかりんと鳴らしました。
「鈴をつけるなんてさ、いい考えだよなあ」
「むかしからそうしていたみたいよ」
「ぼく、やってみたいなあ。この町の木にこういう鈴をいっぱいつけて、飛びながら演奏なんかしちゃうの。かりん、ぽあん、かりん、かりん、かりりりーん、なんてさ。おっもしろいだろうな。でもな、ぼくは飛べないもんな、いつも、いつもそこが問題。いいよなあ、キキは……」
とんぼさんはくやしそうにキキを見ました。
「なんだか申しわけないみたい、飛べちゃって……」
キキは肩をすくめました。
「とんぼさん、鈴、気に入ってくれた?」
帰ってきたキキにジジがさっと近づいてきました。
「うん、気に入ったみたい。でも、わかんない」
キキはどんと椅子にすわりこみました。それからぽつりとつぶやきました。
「男の子って……わかんないな。あたしはおとなの女の人みたいっていったこと、もうすこしききたかったのにな……つまんないな」
「えっ、だれがおとなの女の人なの?」
ジジが顔をあげました。
「べつに」
キキが手をふりました。
「キキ、いる?」
ドアがあいて、おソノさんが顔をのぞかせました。
「手紙が来てるわよ。はい」
「コキリさんかしら」
キキは受けとるといそいであけました。
「風のように飛ぶというあなたのおうわさをききました。少々遠いのですが、一つ運んでいただきたいものがあるのです。ぼくの小屋はヤママタ山にあります。目じるしに
「えーと、ヤママタ山って……どこ?」
キキはぶつぶつつぶやきながら、壁にかけてあるコリコの町の地図をのぞきました。ジジもさっとキキの肩までよじのぼってきました。
「山は海の反対だよねえ」
「そ、そうよ、あっ、こ、ここ。地図のはじっこのとこにちょっぴり見えてる……さ、行こ、ジジ」
「えーっ、今すぐー」
「そうよ。あたりまえでしょ。仕事のほうが楽しいもん。キキはね、町のみなさまに必要とされているのでーす」
「だけど……お昼ごはんは?」
「終わってから」
「ふん、なんだかいばっちゃってる。ごはんぬきか……ひどいなあ」
「ポケットの中にあめが三つあるわ。ジジに二つあげるから、いいでしょ」
キキはポケットを上からぽんとたたくと、ほうきをもち、ジジをかかえました。
「どうしたの? 急にはりきっちゃって」
「どうもしないわよ。いつものとおりじゃない」
「そうかなあ」
ジジはキキを見あげました。
キキはパン屋さんのガラス戸をあけて、顔をつっこむと、
「おソノさーん、ちょっと出かけまーす」
といって、すぐほうきにまたがり、飛びあがりました。
「まあ、もう行くの?」
おソノさんのあきれたような声が追いかけてきました。
「そうだよ。なんだかてきぱきしすぎるよ。まだ話、とちゅうだったのに」
ジジはぷーっとらんぼうに息を吹きました。
コリコの町は春のさかりでした。ときどきふっといいにおいが通りすぎていきます。
「あっ、リンゴの花のにおい。あっ、こっちはアンズだわ」
キキはにおいをつかまえようとでもするように、飛びながらかわりばんこに手をあちこちのばしました。ほうきの柄にぶらさがっているラジオからは、うきうきするような音楽が流れています。町は明るい日ざしにつつまれて、できたての町のように光って見えました。
家がまばらになり、緑の野原や森が多くなって、かすんでいた山々が姿をあらわしてきました。キキは山を一つ一つ飛びこえていきました。
「あっ、大きなちょうちょみたいなの、ほら、見て」
ジジが、キキの背中ごしに指さしました。
「ちょうちょ? あっ、あれよ、あれがきっとミズナさんっていう人の凧よ」
やがて、やわらかい緑におおわれた山の上に、黄色い凧がひらひらとゆれているのがはっきりと見えてきました。キキは凧のひもを目で追って、その先が消えている木立にむけておりはじめました。
ぽってりと厚い草の屋根の家がありました。その屋根は小さな女の子のおかっぱ頭の形で、そのまん中に立っている煙突から、白い煙がゆっくりのぼっています。戸口には、「木の歌声おわけいたします」という看板がかかっていました。コキリさんの「くしゃみのおくすり おわけいたします」という看板ににている、と思って、キキはうれしくなりました。
「でも、木の歌声って、何かしら……」
ドアがあきました。キキが目をあげると、白いつなぎの作業服を着、うすい緑色の前かけをかけた若い男の人が立っていました。
「こんにちは。魔女の宅急便です。お手紙いただいてまいりました」
キキはあわてて頭をさげました。
「ありがとう、ミズナです」
男の人はちょっと目をふせていいました。うちの中は広い部屋が一つ、ベッドも台所もみんな見えるところにありました。ストーブの上では、やかんのお湯がしゅんしゅんと音をたてています。ドアと反対側にある窓のむこうは芝生の庭で、お日さまがいっぱいあたっています。
「まあ、きれいね」
キキがのぞいてさけぶと、ミズナさんは窓をいっぱいにあけてくれました。
「おとどけものはなんでしょうか」
キキはまわりを見まわしました。床の上にいろいろな形の木がおいてあります。木のやわらかいにおいがします。
「もしかしたら、これが、おもてに書いてあった、『木の歌声』?」
「ええ」
ミズナさんははずかしそうに、そばにおいてあった自分の腕ぐらいある木をもちあげると、キキのほうにさし出しました。
「ここに口があるでしょ」
木の節のところにまるい穴があいています。
「そこから、木が歌うの?」
キキはびっくりして穴の中をのぞきました。
「ええ、歌えるようにと思って、ぼく、口をつけているんです。木ってきられちゃうでしょ。それはしかたないんだけど……それでぼく、きこりさんたちから枝やきれはしもらってきて、せめて、きられる前みたいに歌ってもらえたらいいと思って……」
「あら、木って歌ったりするんですか?」
キキはおどろいて身をのりだしました。
「あれ、知らないんですか。きいたことないんですか?」
こんどはミズナさんがおどろいたような声をあげました。
「だって……あなた、魔女さんでしょ、魔女さんなら、いろいろなものの歌やおしゃべりきけるのかと思った。石ころの歌声とか、かかしのおしゃべりとか……ぼく、このごろ、やっと木の声だけきこえるようになったんです。こういう山の中に住むようになって、毎日ながめて、耳をすましていたら……」
「すいません、あたし、何もできなくって」
キキは急に申しわけなくなって、下をむきました。
「あの……木って、どんなときに歌うんですか?」
「しょっちゅうですよ。雨ふりだっていっちゃ歌い、ムシムシ暑いといっちゃ歌い。背のびしたり、体をゆすったりしてね。ぼくたち人間と同じですよ。種類によって声はちがうけど……ほら、あそこに三本ならんではえているブナの木、そろって右肩あげてゆすってるでしょ。あの木たちは合唱がすきでね、とってもごきげんで歌ってますよ。いいお天気だから」
ミズナさんは窓のむこうを指さしました。キキは耳をすましました。そろってゆれている枝はたしかに歌をうたっているように見えます。でもきこえてくるのはやわらかい風の音と遠くで鳴いている小鳥の声だけでした。
「あたしも、木の歌声、きいてみたいな」
キキは思わずつぶやきました。
「じゃ」
ミズナさんはさっきの木を手にとると、
「これはトチの木なんです」
といいながら、木の口といっていたところに自分の口をあて、しずかに息を吹きこみました。
トゥトゥトゥリッ トゥーリッ リッリー
どこかにひっかかっているような音でした。
「こっちはエンジュの木です」
ミズナさんはちがう木のかけらをとりあげると、また吹きました。
フフフ フッ フッフー
こんどは笑っているような音でした。
「ねっ」
ミズナさんは自慢そうに目を光らせました。
これが木の歌声?
キキは思わず首をかしげてしまいました。
「へんですか?」
それを見て、ミズナさんは不安そうにききました。
「いえ。はじめてきいたので……木っておもしろい声をしているんですね。あたし、かってに高い音かなって思ってたの。木って背高のっぽだから……」
キキはいそいで笑いかえしました。
「あっ、すいません。ぼく、すぐむちゅうになっちゃって、じつは……」
ミズナさんは棚の上からいちだんと変わった形の木のかけらをおろすと、いいました。
「これをとどけていただきたいんです。ぼくが行けばいいんだけど、ぼくの顔を見ると、あの人、意地になるから……」
それは濃い色、うすい色、ねずみっぽい色などの木がくみ合わさって、とてもふしぎな形をしていました。
「いろんな木を集めて、それぞれに口をつけて、そしたらちがった歌声きけると思って……ぼく、これに『森の
「まあ、すてきな名前、それでおとどけする先は?」
「スネル通りなんです。ごぞんじですか」
キキははっと顔をあげました。
そこはだれもあまり歩きたがらない通りとして知られていたのです。キキもまだ一度も行ったことがありませんでした。空から見ると、海岸通りの高い建物の裏で、いつも暗くしずんでいるように見える通りでした。
「おいやですか」
「いえ、もちろんおとどけします」
キキはミズナさんの手から笛を受けとりました。
「三十九番地、貝がらアパートの三号室の女の子に。ナシナさんっていうんです」
「はい、わかりました」
キキはドアのほうに体をむけると、「さ、行くわよ」ってジジに声をかけました。
ジジはぱっとキキの肩にとびついてきました。
「あの、ひとつ、魔女さんにどれかおすきなのさしあげたいんですけど……ほんのお礼に」
ミズナさんがいいました。
「ほんと? じゃ、あの小さな鳥みたいなの、いいかしら」
「これはアカマツです」
キキはわたしてもらったアカマツを手にもって、ジジに、「ねえ、あんたもこれでいい?」とききました。
「にゃやーん」
ジジが返事をするように鳴きました。
「猫のことばはわかるんですか」
ミズナさんは目をまるくしました。
「やっぱり、魔女さんですねえ。猫のことばって、木の歌声よりずっとむずかしいんでしょうねえ」
「そ、そんな」
キキは首をふりながら、でも、ちょっぴり得意でした。
「じゃ、さよなら」
キキは外に出て、ほうきにまたがり、飛びあがりました。
追いかけて出てきたミズナさんがさけびました。
「あの、ナシナさんにいってください。ここはすてきににぎやかなとこですよ。一度、遊びに来ませんか、って」
ミズナさんの声はとてもいっしょうけんめいにきこえました。
キキはわかったというしるしに手をあげて、山の斜面すれすれに飛びはじめました。
スネル通りは思ったとおり暗く、せまく、ごちゃごちゃした通りでした。せまい道のあちこちにきたない水が流れ、そこにすてられた紙くずがぺたりとはりついています。家々の壁は落書きだらけ。そんな町並の中でも、貝がらアパートはとびぬけて貧しげな建物でした。雨のしみの上にかびが浮いています。しかも、三号室はなんと半分地下にあったのです。キキはこわごわドアをたたきました。
「あいてるわよ」
強い調子のラジオの音楽といっしょに、女の人の声がかえってきました。
「ナシナさんですか」
キキはドアをあけながら声をはりあげました。そのとたんにぎくりと立ちどまってしまいました。その部屋は天井近くに細い細いあかりとりの窓があるっきり、昼間だというのにまるで夕暮れの暗さです。あの光にあふれたミズナさんのいるところとは、なんというちがいでしょう。
キキよりずっと年上に見える女の人が、音楽にあわせてすいと出てきました。
「これミズナさんからのおとどけものです」
キキはかかえていた木をさし出しました。
「まあ、こんどは、なに?」
ナシナさんはラジオを消しながら、顔をあげました。
「木の歌声ですって」
「またあーっ。贈り物っていったら、野の花の押花だとか、もみじのしおりだとか……ばっかり。ねえ、あなた、どう思う? 女の子ってさ、もっとほかのものがほしいんじゃないかしら。あの人、いい人なんだけど、いっつも、ちょっと、どっか、ピントがずれてるの」
ナシナさんはぷっとほっぺたをふくらませると、
「そう、いつもどっかものたりないのよね」
といいながら、しぶしぶ受けとりました。
「あのー、ミズナさんからおことづけがあるんです。山はすてきににぎやかなところだから、一度遊びに来ませんか、って」
「そう、また? あたし、あの人、すきよ。いっしょにいたいって思うこともあるわ。だから、こっちに来てっていつもたのんでるのに。あたし、あんな木みたいな暮らし、どうもすかないの。毎日、毎日、風とか、木とか、葉っぱがどうしたこうしたなんて。ここはね、人が悪口いうような場所だけど、それにお世辞にもすてきなところとはいえないけど、毎日何かどきどきするようなことがおきるような気がするの。まだ、おきないけどね……でも、新しい歌がはやったり、おしゃれすればふりかえってくれる人もいるじゃない。木じゃあ、そんな気のきいたことしてくれないでしょ。そんなわけでさ、あたしとミズナさん、ずっとひっぱりっこしてるのよ。こっちに来て、こっちに来てって」
ナシナさんは首をすくめて笑うと、木のかたまりを鼻に近づけました。
「これ、あんがいいいにおいしてるじゃないの」
「でしょ」
キキは一歩のりだしました。
「それ、「森の窓」っていう名前なんです。ところどころに穴あいてるでしょ。そこに息を吹きこむと、歌をうたうんですって」
「歌?」
「そう、木が歌うなんて、あたしもはじめて知ったんですけど。ミズナさんにはきこえるんですって。合唱する木もあるんですって。これは木の枝やきれはしを集めてつくったものっていってたけど……」
キキはなんだかミズナさんに加勢したくなってきました。でも、あんなフシフシシーなんていう歌、ナシナさんがすきになるかしらと、ちょっぴり心配でした。
「木の歌なんて、めずらしいと思いません?」
とキキはいつになくおしつけるようにいいました。
「これ、「森の窓」っていうの?」
ナシナさんは手にもった木のかたまりをじっとながめました。
「なんだか皮肉ね、ここの窓、ちょびっとだから。ところで、この穴に、息を吹くの?」
「えっ、ちょっとやってみてください。あたしもきいてみたいわ」
ナシナさんは一つの穴にそっと息を吹きこみました。
トトトルルー トトルルー
「ふーん、おもしろいわねえ」
ナシナさんは笑いながら、となりの穴に息を吹きこみました。
リルリラ リルリラ リルリラ
二つの音はかさなって、こだまのようにひびきつづけました。ナシナさんはちょっとびっくりしたように目を光らせると、そのまたとなりの穴に息を吹きこみました。
ランラリリー ランラリリー
音はつぎつぎとかさなってひびきつづけました。
半分地下の暗い部屋に大きな明るい窓があいて、やわらかい風が吹きこんでくるような、そんな音でいっぱいになりました。
これが木の歌なんだわ。
木ってこんなふうに歌っているのかしら。
さっき山できいたのとはずいぶんちがうけど……。
キキはふしぎな空気にすっぽり包まれたみたいでした。
ナシナさんもうっとりと吹きつづけています。その目のふちがかすかにぬれているように見えます。
ナシナさんは吹くのをやめて、じっとしていました。それからぽつりとつぶやきました。
「なんだか、ほおずりされているみたいだった。こういうの……もうすっかり忘れてた」
ナシナさんは目をあけました。その目はちょっと前までのするどい光が消えて、森の木の色をうつしているように、ほんのり緑色に変わっていました。
「あたし、一度、行ってみようかな」
「道、知ってる? おしえてあげます」
キキはいそいでいいました。
「知ってるわヤママタ山でしょ。あたし、あなたみたいに飛べないから、リュックしょって、しこしこ歩いていくわよ」
ナシナさんはにっと笑いました。
キキは家に帰ると、ミズナさんにもらったアカマツを吹いてみました。
テテッ テテテッテッ
「ふふふ」
キキは思わず笑ってしまいました。
なんておかしな音なの。
キキは首をかしげました。
あたしが吹くと、みんな笑い声になっちゃう。
どうして「森の窓」だけ、あんなに美しくきこえたのかしら……あの木の中に、ふしぎなものがはいっていたみたい。
とくべつな人がとくべつな人に贈る、何か……とくべつな気持ち……なのかしら。