3 キキ、空色のかばんを運ぶ
カバのマルコさんのしっぽをなおしてくれたイシ先生から、手紙がとどきました。
「魔女さん、お元気ですか? あのときはいろいろお世話になりました。その後、わが病院では毎日夕方、患者さんに二つの沼のまわりを散歩させることにしました。なによりの薬は自由に散歩って、魔女さん、あなたがおしえてくれたのですよ、ありがとう。もちろん退院するときには動物園のほうの住宅事情も改善してもらうように、きちんとたのむつもりです。ところでマルコさんのしっぽは、その後いかがでしょう。白状しちゃうと、あれ、馬のしっぽの毛なんです。切られた馬のほうは毛がのびるまで、ちょっぴり中心点行方不明病にかかっちゃって、体がななめになってしまいました。それで、わたしは
「ふふふ、お気の毒」
キキは首をすくめて笑いました。なんだか、とてもいい気分です。コリコの町に帰ってきたあとも、宅急便の仕事はなかなかうまくいっているようです。
町の人たち、あたしのこと、待っていてくれたんだわ。あたし、どんどん仕事しちゃう。
キキは立ちあがると、手紙をもった手を元気よくぐいとつきだしました。
「どうしたの、いきなりはりきっちゃって」
ジジが目をまるくしました。
「そうよ、あたし、とっても元気。知ってた? 魔女を元気にする薬はね、ほめられること……よろしく。おぼえといてね」
「それは魔女の猫も同じです」
「わかった、わかった。あんたはかわいい、かわいい、ふふふ」
キキはうなずきながら、ほがらかに笑いました。
「そんなかるがるしくいわないでよ。ぼくはいつまでも子猫じゃありません。かわいいなんて……」
ジジはふんと横をむきました。
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴りだしました。
「はい、こちら魔女の宅急便です」
「ちょ、ちょいのちょいと運んでいただきたいんですが……」
電話のむこうは男の人の声でした。踊るようなちょっと変わったいいかたでした。
「は、はいっ」
つられてキキもこんな返事をしていました。
「なしの木公園のそばの、なしの
「ちょ、ちょいのちょいですね。はい、すぐまいります」
キキは、まねして答えて、くすりと笑いました。
「たのまれたらすぐに出発、魔女のキキ」
気どって歌うように一言いうと、キキはすぐ出かけるしたくをはじめました。
「おや、キキ、進歩ですねえ」
「そう、あたしは一日一日成長しているんです」
キキはほうきをかかえると胸をはって戸口にむかいました。ジジもそのあとを追います。
「おや、おはやいおつきで、感謝、感謝」
コチラさんは大きくとびはねたひげをふるわせていいました。
「おはずかしいことにですよ、ちょっと前、商売用のたいせつな右手を戸にはさんじゃいましてな。こんなにはれてしまって。お茶をちょ、ちょいのちょいと出すつもりが、ばん、ばんのばちんと、指先は戸の中、のこりはこちら側ってなわけで……これでも手品師なんですからね。おはずかしい、あきれ……かえるですわ」
「えっ、か・え・る?」
「いえ、カエルは手品のほうでして。はい、こちらは手品師コチラです。はい」
男の人はひげを、はれていない左手ですいとのばして、おじぎをしました。
「そんなわけで、弟子のチラリに今夜の舞台はかわってもらうことにしたんですが……あいつときたひにゃ、ずーっとひまだったもんで、道具にカビがはえちまってるって……これは師匠のしつけがわるいってことで……まったくかさねがさね三十六階建ておはずかしいことで……それで、ちょ、ちょいのちょいと、このコチラのかばんをとどけてほしいのです。チラリは、いそいで衣装にアイロンかけしなくちゃならないから、とりに来られないっていうし、わたしはごらんのとおり、重いかばんを片手で運ぶのは、とてもむりでして。ふたりともまったくなさけない芸人で……へへへ」
「わっ、わかりました。ご安心ください」
キキははっきりとうなずきました。でも、頭の中は手品を見ているときみたいにふしぎな気分です。
「これなんですが……」
コチラさんは戸棚をあけて、大きなかばんをとりだしました。
「まあ」
キキは思わず声をあげました。そのかばんはきれいな空色で、一面にぽっかりした雲がうかんでいます。まん中にはまるい金色の留金がついていました。
「このかばんがこのコチラの芸のすべてでしてな。へへへ、ごぞんじで? わたしがいうのもなんですが、今、この町ではたいへんな人気でしてね。『カバンから、あれよ、あれよ、でるわ、でるわ』っていう演目なんです。とても休むわけにはいきませんのです。そんなわけでして、つぐみ通りの寄席、チラリのところまで、ちょ、ちょいのちょいとおねがいしますよ。ただ、この金色の留金ですがね、あまり強くさわらないようにおねがいしたいんです。もしあいたらたいへんです。この中が手品の秘密のしかけなもんでね」
「はい、わかりました」
キキはかばんをもちあげました。かばんは思ったより重く、体がよろよろとなってしまうほどでした。
「タネがいろいろ入ってますからね」
コチラさんは片目をぱちんとつぶっておどけてみせました。
「ところでおじょうさん、お礼をさせてください。ささやかに……」
コチラさんはキキのそばにすいとよってきました。それから左手をぱっとさしだしました。あくしゅです。つられてキキはその手をにぎりました。そのとたん、キキの手の中から、ゲゲゲッて鳴き声がして、緑色の小さなカエルが何十ぴきもとび出したのです。
「きゃあ!」
キキはとびのくと、コチラさんはかっかっかっかと笑いながら、とび出したカエルを集めて、きゅっとにぎってまとめると、キキのポケットに入れてくれました。
「これも手品ですよ。出すときはもう一度ぎゅっとにぎって、いせいよく出す。これがコツです。ほんのお礼です。ありがとう、おじょうちゃん。じゃ、おねがいしましたよ」
キキはびっくりしたまま声もなくこくんとうなずきました。
「キキ、そのかばんぶらさげて飛んでるとね、空だかかばんだかわかんない。これも手品かなあ。きっとさ、そのかばんから、花が出たり、ハトが出たり、するんだよ。もしかしたら本物のライオンなんかも」
ジジがほうきの柄の先でゆれているかばんを指さしました。
キキはふりかえっていいました。
「まさかあ、本物はむりよう。でもあのカエルみたいな、ゴムでできた風船のライオンだったら、入っているかもね。あたし、ぱっと出してみたいなあ。お客さん、おどかしてみたいなあ」
「ぼくだって……」
「あたし、なんだかわくわくする。ねえ、ねえ、魔女ってさ、そういうことやっても許されるんじゃない? たまにはそういうはでな魔女もやってみたいな」
「でも、キキ、できるの?」
「ふん、ジジはすぐわたしの気持ち、ひやすんだから。そういえば、小さいとき、手品みたの思い出した」
「そう、公会堂で、コキリさんといっしょに」
「あのときかあさん、いってた。手品と魔法はちょっとちがうって……魔法は見えないふしぎだけど、手品は見えるふしぎなのよって」
「そうかなあ、手品も見えないよねえ」
「見えるんだったら見たいな。このかばんあけてみたいわ。もういらいらしちゃう」
「ぼくも見たくって……いらいらいら」
「あっ、あそこ」
とつぜん、ジジがキキの肩にとびうつってきて、さけびました。キキが下を見ると、急な階段のおどり場で、男の子がふたり、とっくみあいの大げんかの最中です。肩をこづき、足でけりあげ、あげくにとびついてころがりだしました。学校のかばんからはノートやクレヨンが、ほうぼうにちらばっています。まわりをかこんだ見物の子どもたちはもっとやれ、もっとやれというように口笛を吹いたり、足をふみ鳴らしたりしています。
「あっ、あぶないっ、おっ、落ちる」
ジジが悲鳴をあげました。ふたりはくみあったまま、階段をごろごろころげ落ちようとしています。
「うわー、やれ、やれ、もっとやれ」
まわりの子どもも大さわぎ。思わず階段をふみはずしてよろけている子もいます。
キキは急降下して、
「やめなさーい」
とさけぶと、ふたりに抱きついて止めました。
「なんだあまったれ、ひーひーいいやがって」
とキキの手の間からひとりがどなると、
「そっちだろあまちゃんは、ママー、ママーって、ママちゃん子」
ともうひとりも足をばたばたさせていいかえします。ふたりのほっぺにはすり傷、洋服はさけ、ボタンがとれています。
「やめなさーい、やめなさーいったらあ」
キキはどなりました。でもふたりの耳にはぜんぜんきこえていません。キキをつきとばして立ちあがると、またなぐりあいをはじめました。キキはとっさに、ポケットに手を入れ、コチラさんからもらったカエルを、ぎゅっとにぎると、ふたりの顔の前でぱっとひらきました。
ゲッ、ゲゲッ、ゲッ。
カエルははじけてとび出しました。
「うわおーっ」
「なんだ、これ」
ふたりは一瞬動きを止め、顔を見合わせました。
「カエルだぜ」
「気持ちわるーい」
足もとではねつづけるカエルをよけようと、とびのきました。同時にそばに立っているキキに気がつきました。
「おっ、魔女だよ。いつも飛んでる」
「おまえ、カエル出す魔法もはじめたのかよ」
「ええ、そうよ。これ、けんかのとき使う魔法」
キキはあごをつきだしました。
「へー、すごいことできるじゃないか」
「おもしれえ、じゃ、も、もっと見せてくれよ。そこにあるんだろ」
男の子たちはキキがさげているかばんに手をかけました。まわりの子どもたちもうれしそうな声をあげました。
「はやく、はやく、見せろ、見せろ」
「これはだめ」
キキはあわててかばんをひっぱり、あとずさりしました。
ジジもがんばって、キキの前に立ちはだかりました。
「出しおしみすんなよな」
「いいだろ、ケチ」
だれかが手を出してキキのかばんをひっぱりました。
「やめて、やめてよう。これは、たいせつなものなの」
キキはその手をふりはらい、かばんをかかえこみました。そのひょうしに、金色の留金がどこかにふれたのでしょう、すこしあいて、ふあああーんとあくびのような奇妙な音が流れだしました。いっしょに黄色のちょうちょがひらひらと空中にとびだしました。
「あーっ」
みんなはいっせいに上を見あげました。つづいて、あくびの音はかろやかな音楽へと変わり、こんど顔を出したのはひよこです。ぴ、ぴ、ぴとかわいい声をあげながら、一列につながって空へ。
まわりの子どもたちはただ、ただ、ぼうぜんとひよこの行方をみつめるばかりです。
「どうしよう」
キキはかばんの留金をおさえようとしました。すると、その手をすりぬけるように、ハトです。
クークークー
くちばしでつっついて、キキの手をどかすと、一羽、二羽、三羽……ばたばた飛びたちます。
「生きてる、本物だわ」
キキはかばんを抱きしめながら、ハトが飛んでいった空を見あげました。
「すげー」
「さすがー、魔女だあ」
おどろいた子どもたちの声がうれしそうな声に変わっていきます。興奮してとびあがる子、手をたたく子、そして、口々にさけびました。
「もっと、もっと、もっと出せ。魔女さん、もっと出せ、わーいのわい」
キキはそれどころではありません。そばにころがっているほうきをにぎると、「ジジ」と声をかけ、飛びあがりました。ジジはやっとのこと、ほうきの房にとりつきました。キキは自分の頭の中と同様、めちゃくちゃに空中をまわりはじめました。でも、やっとのこと方向を決めました。
「なにはともあれ、寄席に行かなくっちゃ。チラリさんが待ってる」
「わはははは」
びくびくしながら話すキキに弟子の手品師チラリさんは大きな声で陽気に笑いました。
「『あれよ、あれよ、でるわ、でるわ』っていう手品だもん、出なくちゃおかしいよ。ところでおじょうさん、見物人にはうけたかね。拍手をたくさんちょうだいしたかね」
「ええ、それはもう、みんな大よろこび」
「いい気分だったろ」
「ええ、すこし」
「それならよし。ところで……と。かばんの中、やりなおさんとな。ま、ちょ、ちょいのちょいだ。どれ、どれ」
チラリさんはコチラさんそっくりのいいかたでいうと、かばんをキキから受けとりました。そして上からやさしくなでると、留金をすこしあけて、片目をつぶってのぞきこみました。
「とび出しちゃったのは、ハトまでだったかね。そりゃよかった。のこりはまだちゃんとしてるわい」
「えーっ、まだはいってるんですか」
「そりゃ、『でるわ、でるわ』だからな。ところでーと、これはちょ、ちょいのちょいとよわったなあ。ちょうちょとひよこはつくりものだから、少々かびてはいるがわたしのでまにあわせるが、……ハトは本物なんでねえ。今ごろはコチラ先生のほうにもどっとるだろう。でも、とりに行くのはまにあわんし……。ほう、それ、それ……ちょうどいいのが……」
チラリさんは足もとのジジをのぞきこみました。
「猫ちゃん、かわりをちょ、ちょいのちょいとやってくださらんかな」
ジジはおどろいて思わずしりごみしました。
「苦しいことや、いたいことはぜったいしないよ」
チラリさんはいいました。
ジジはあとずさりしながら、キキにききました。
「かわりってさ、あのかばんにはいることかな」
「どうやらそうらしいわね。ジジ、いやならはっきりいやっていいなさい」
するとジジはじっとかばんを見て、それから思いきったようにいいました。
「ぼく、やってみる」
「えっ!」
キキがびっくりしてききかえすと、ジジはチラリさんのほうにさっさとよっていきました。
「やってくれるかい。ありがたい、じゃ、たのむよ」
チラリさんはジジを抱きあげると、かばんをもって、となりの部屋の戸をあけました。
「ここからはお見せするわけにいかんのでね。手品のタネをしかけるんだ。これは仕事上の秘密。つまり企業秘密ってやつでね、へへへ」
チラリさんは片目をぱちんとつぶると、ドアをぴちりとしめました。
しばらくすると、チラリさんはぱんぱんにふくらんだかばんをもって出てきました。
「さ、これでよし。あとで猫ちゃんは返すから、ご安心を」
ベルが鳴りわたりました。
「さて……と、はじまりはじまり」
チラリさんがいいました。
キキは思わずそばによって、かばんの中に話しかけました。
「ジジ、どう? 平気? 中にいるんでしょ、いるなら返事をしてよう」
でも、かばんからはなんの音もきこえてきませんでした。
キキは大いそぎで入り口にまわって切符を買い、中にはいりました。おおぜいの人がすわっています。むーっとするほどの人いきれです。キキは胸がどきどきして、とてもじっとしていられません。立ったり、すわったり、カーテンのさがった舞台をみつめたり。ジジはどうしているでしょう。あんな小さなかばんに入れられて、ちゃんと息ができるのでしょうか。キキは心配やら、こわいやらで何度も手をにぎりしめました。
手品がはじまりました。空色のかばんは舞台の大きなテーブルの上にぽつんとおかれていました。細いライトを受けて、忘れものみたいにさびしく見えます。キキの胸がまたどきりと鳴りました。お弟子さんのチラリさんが出てきました。はでな音楽が鳴りだしました。チラリさんはやわらかな身ぶりでかばんにさわりました。音楽がとまりました。お客さんはじっと息をころして見ています。すると、さっきと同じ、ふあああーんとあくびのような音が鳴りはじめ、小さくあいたかばんの口から、ちょうちょがひらりひらりと出てくると、客席のほうに飛びはじめました。
つぎはひよこです。ぴこぴこ足を動かし、一列につながって空中へ。たいへんな拍手です。チラリさんは得意そうに胸に右手をあてて、おじぎをしました。
でも、キキはかばんから目をそらすことができません。ジジはハトのかわり、それだったらこのつぎのはずです。
ぱぱぱーん
ラッパが鳴りひびきました。かばんの口がぱっと大きくあきました。キキは思わずのりだしました。ところが出てきたのは人の手です。ジジではありません。人の手は音楽にあわせて、ひらひら動きだしました。一つの手がもう一つの手をなでたり、話しかけたり、たたいたり、そうしているうちにけんかをはじめました。お客さんは大笑いです。
「もっと、もっと」
とかけ声がとびます。やがてけんかはだんだんとしずまって、二つの手はやさしくあくしゅをしました。
音楽がかわりました。はずむような楽しいひびきです。二つの手が花びらのように開いてのびると、その間から黒いかたまりが……猫です。ジジです。きれいな女の人の頭の上にのって出てきました。ジジったらしっぽをぴんと立て、最高に気どっています。女の人は踊りながらくねくねとかばんからぬけだすと、ジジにほおずりをし、お客さんにおじぎをしました。小屋の中はわれるような拍手です。キキはほっとして、手の汗をスカートでふきました。
その夜、キキはジジのあとをついてまわり、しつっこくききました。
「ねえ、おしえてよう、あのかばんの中ってどうなってるの? あの女の人って、ずっとかばんの中にいたの? かばん、すごく重かったけど、まさか人がはいっていたなんて……そんなことないわよね。ねえ、おしえてよ。おしえてってば」
でもジジはすましてこう答えるだけでした。
「それはだめだよ。だって、手品師コチラさんとチラリさんの企業秘密ですからねえ」