2 キキ、カバを運ぶ
ルルルルー ルルルルー
電話が鳴っています。
「かあさーん、おねがい。出てちょうだーい」
キキはふとんにもぐりながらさけびました。
「ねえ、ちょっと、なにあまったれてるの。ここには、かあさんはいませんよ」
ジジがふとんのすそのほうを爪でぷつんとはじきました。
ルルルルー ルルルルー
電話の音は鳴りつづけています。
キキはもう一度顔を出すと、頭をふって、
「あれ、ここどこ?」
と寝ぼけた声でいいながら、いそいで階段をおり、受話器をとりました。
「は、はい……、そうです。ええ、魔女の……、なんですって? しっぽですって?」
キキはすっとんきょうな声をあげました。
そばによってきたジジの耳がぴくんと動き、あわててきのうまがった自分のしっぽをのぞきこみました。おソノさんがしてくれた枕の寝押しのおかげで、レの字がしの字ぐらいになおっていました。ジジはほっと息をつきました。
「はい、すぐまいります」
キキは急にきびきびと返事をすると、受話器をおきました。
「しっぽって、だれの?」
「カバのしっぽ。動物園がおねがいがあるって」
「しっぽ、運ぶの?」
「さあ、わかんない、行ってみなくちゃ。あんたも行く?」
「もちろんだよ」
ジジはすっくり立って、キキにさけびかえしました。
コリコの町の町立動物園は大川のむこうの小高い丘の上にあります。いろいろな型の小屋がならび、屋根にはその中に住んでいる動物の彫刻がのっていました。キキはその中からカバを見つけるとおりていきました。小屋の前にはプールがあり、そのはじにしゃがみこんで水の中を見ていた女の人が、キキの気配で顔をあげました。
「あっ、魔女さん、待ってたのよ。ここ、ここなの。見てちょうだい」
女の人はキキをひっぱるようにして、プールの中を指さしました。そこには大きなカバと小さなカバが、鼻の穴と目と耳だけを、とびとび石のように水面からのぞかせていました。
「ああやって、朝からぜんぜん出てこないのよ、カバのマルコさんとおかあさん。そうそう、わたしは飼育係のママさん。これ、本名なの。笑わないでね」
そういって立ちあがったママさんは、まるまるふとって、いっちゃ悪いけど、カバのママさんのようでした。ママさんはそっとキキのひじをつっつくと、小さな声で、
「ねえ、となりのムニャ、ムニャ」
とささやきました。
「えっ、となりがどうかしたの?」
キキは大きな声でききかえしました。
「しーっ」
ママさんはキキの耳に口を近づけて、さっきよりもっと小さな声でいいました。
「となりのライオン、どうしてる? あまりじろじろ見ないで、でも、みてみて」
キキはふしぎそうな顔をしました。
〈見ないで見てなんて、むずかしいこという人……〉
それからキキはなにげないふりして、ちらりととなりの
「こっち見たわ」
キキはママさんの耳にささやきました。
「やっぱり、気にしてるんだ。ア・イ・ツも……ちょっと、ちょっと」
ママさんはキキの手をひいて、小屋のかげにつれていきました。
「アイツがね、マルコさんのしっぽ、食べちゃったのよ」
「へー。でもまだ、ちびライオンじゃないの」
「そうなんだけど……ちょうど歯がはえかわるとこでね、かゆいのよね。その目の前でマルコさんたちがしっぽをぴっぴってふるもんだから、ライオンたら、そのたびにイライライライラ。たまには気ばらしに、思いきり走りっこでもさせてやればよかったんでしょうけど……。そしたらたまたま、マルコさんのしっぽが
「わー、いたそう」
ジジが思わず身ぶるいしました。
「そうとういたかったと思うわ。でもあたしが
ママさんは鼻にかいた汗を手でぬぐいました。
「でも、しっぽってたいせつなんでしょ」
「そうらしいんだわ。ちっちゃいのにねえ。おそらく、マルコさんだって、自分のものではあるけど、自分のしっぽを見たことなんてないんじゃないの。あの大きなおしりがじゃましてさ。でも、なくなったとわかったとたん、すごくすねちゃったの。母親のタルコさんまでいっしょになってしょげて、水の中にはいったっきり。はいったきりって、あまりよくないのよね、ものも食べなくなっちゃったし」
「へー」
キキは感心したようにマルコさんを見、それから、足元を心配顔でうろちょろしているジジに「しっぽって、そういうもの?」とききました。ジジはだまって、自分のしっぽをつんと立てました。キキたちの話をきいているのか、プールの中のマルコさんとタルコさんの耳が、しきりにびくびくと動いています。
「たかがしっぽ、と思えばいい。見えもしないものに、
ママさんはふりかえると、こんどはマルコさんにやさしい声でいいました。
「安心しなさい。魔女さんが来てくださったからね」
「こまります。魔女っていっても、あたし……しっぽ、はやすことなんてできません」
キキは首をふってあとずさりしました。
「わかってる、わかってるわよ。あなたの魔法って、飛ぶだけなんですってねえ」
ママさんはこまかくうなずきました。
「でも、おとどけ屋さんでしょ。運んでくださるんでしょ」
「えっ、まさか!」
「そう、そのまさかなの。マルコさんを運んでほしいの」
「………」
キキはものもいえずに口をぽかんとあけました。
「それも、なるべくいそいでね」
「………」
こんどはごくんと空気をのみこみました。
「あんな、重いものを……ですか?」
「でも、あたし、きいたわよ。あなたは、どこよりもはやく、どんなものでも、たとえ見えないものでも、運んでくださるって。だから、大きさや重さの制限もなしでしょ」
ママさんはキキの顔をのぞきこみました。
「魔女さん、これ、じょうだんじゃないのよ。わたし、いろいろきいてみたら、マルコさんがおかしいのは、ただのしっぽをうしなったショックだけじゃないんですって。ちゃんとした病気なの。しっぽをうしなったことによる、心と体の中心点行方不明病っていうんですって」
「へえー、そんな病気あるの?」
「あるらしいのよ。ひどくなると、自分がわからなくなる病気なんですって。だから、はやくお医者さんまで運んで」
「なら、お医者さんに来てもらえば。そのほうがかんたんじゃないの」
「それがねえ……こういう変わった病気を研究している獣医さんなんて、この町の近くにはイイナ町の獣医さんひとりきりしかいないのよ。近いったって、二百キロもはなれてるんだけど。でも電話してみましたよ。そしたらねえ、その先生、イシ先生っておっしゃるんだけど、今、あちらでもなにやらおとりこみ中で……たいへんらしいのよ。そのイシ先生がおっしゃるにはね、あんたの町には宅急便やってる魔女がいるでしょ、その人が運んでくるのなら、マルコさんをみましょう、っていうのよ。トラックや汽車じゃだめですよって。魔女さん、なぜか、あなたをご指名なのよ」
「そんなこといったって……」
キキはつぶやきました。
「わるいけど、いそいでいるのよ。マルコさんもタルコさんも、あんなふうに水にはいりっきりだと、かじられた傷あとにもよくないし、もしかしたら、体にカビがはえちゃうかもしれない。カビってこわいのよ。体の中まではいりこんでくるんだから」
キキはいわれればいわれるほど、体が熱くなってきました。どうしよう、どうしよう、ということばが、ポンプのように体の中を行ったり、来たりします。キキはプールの中のマルコさんを見ました。水からのぞいている目が不安そうにまばたいています。中心点行方不明病……はじめてきく病気だけど、きいただけでも、なんだか、とてもほうっておけない不安な病気のように思えました。
魔女のキキがほうきをかかえ、黒猫をつれて、カバの柵の中で飼育係と話をしているものですから、何がおきたのだろうと、人が集まってきました。
「おい、魔女さん、こんどはカバに乗って飛ぶのかい」
なんて声がとんできました。キキはますますあせってしまいました。
「赤ちゃんっていっても、重そうね」
キキはこわごわききました。
「そうねえ、百キロはあるかしらねえ」
「えっ、百キロ……」
キキはびくんと体をふるわせながら、ほうきの柄を見つめました。柄は、人さし指と親指をまるめたぐらいの太さしかありません。
(でも、あたしが飛ぶのはほうきが飛ぶんじゃないんだわ。魔女だから、飛ぶのよね)
キキはなんとか自分の力を信じたいと思いました。すこしでも力が出るように手をぎゅっとにぎりしめました。
「マルコさん、マルコさん」
ママさんは呼びながら、プールのはじにしゃがみこみました。
「あのね、このおねえさんがね、イタイイタイをなおしにつれてってくださるって」
すると、プールの水がわさわさと動いて、小さな波がちっていきました。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
キキがあわててそばによると、ママさんは、
「しーっ、マルコさんが動きだしたわ」
と手でキキをおさえました。
マルコさんはよろよろと岸にむかってきました。体がななめになり、大きなおしりがよろろろろ、よろろろろとゆれています。心と体の中心点行方不明病はうそではなさそうです。おしりのまん中には大きなばんそうこうがはってありました。それを見て、まわりの人がどっと笑いました。
「マルコさん、気にしちゃだめよ。はやくなおりたいでしょ。いい子、いい子」
ママさんはマルコさんの背中をぱたぱたたたきながら、キキを見ました。
「どうやって、運ぶ、魔女さん? だっこして飛ぶってわけにはいかないでしょ」
「その子、あばれたりしない?」
「ときどきは……すこしだけど……」
ママさんはいいかけて、キキのほうきにさがっているラジオに目をとめました。
「そうだわ。何か音楽、きかせてやるといいかも。動物って、きれいな音、すきみたいよ」
キキはぱちんとラジオのスイッチをまわしました。しずかな曲が流れてきました。マルコさんは、耳をぴくぴくと動かしながら、じっと立っています。つづいてプールからあがってきたタルコさんも、動くのをやめました。となりの
キキはまわりを見まわして、いいました。
「大きなハンモックみたいなもの、ないかしら」
「それなら、ちょうどいいのがあるわ。キリンのキリコさんがねんざしたときつるしたのが……ちょっと、待って」
ママさんは囲いから外に出ていくと、ハンモックをひきずってもどってきました。それから、地面にひろげて、
「さ、ここにのって、マルコさん。あんたが赤ちゃんで助かったわ」
といいました。マルコさんはまた、よろろろろ、よろろろろとよろけながら、ハンモックの上にのると、ごろんと横になって、大きなあくびをしました。
「へー、よくわかるねえ」
見物人から声があがりました。ママさんもほっとしたように両手をにぎりしめました。
「よかった。さ、こんどはラジオを消して、しずかにしたほうがいいわ」
キキはいわれたとおりにラジオを消すと、ハンモックのはじをほうきの柄にとおしました。
「持ちあがるかしら」
キキは心配そうにほうきにまたがりました。
「あっ、ちょっと待って」
ママさんはそばのバケツを持つと、プールの水をくんで、マルコさんの背中にかけました。
「カバって、どっかぬれてるのすきなのよ。あら、もうこの子ったら、寝ちゃった。すなおでかわいいこと。あら、猫ちゃん、あんたはどうするの? はやくしないと、おいてかれちゃうよ」
ジジはぶーっとふくれて、マルコさんの背中にとびのると、
「猫のほうはさ、どっかぬれてるのはきらいなんだよね」
とつぶやきながら、気持ちわるそうに足をびびっとふるわせて、水をとばしました。
「じゃ」
キキは足をふんばってから、ぱんとけりました。
「ああーっ」
見物人がさけび声をあげました。ほうきはふらふらと、それでもあがっていきます。ぴんとハンモックのはじがのび、そのままずずずーっと横すべりすると、マルコさんはつりあがりました。
「うおーっ」
見物人がいっせいに大きくゆれました。
キキはおどろいて下をむいて、ママさんを見ました。
「見た目よりずっと軽いわ。うそみたいよ」
「えっ、ほんと? じゃ、マルコさん、やせちゃったのかしら、一日で? まさか、でも心配だわ。はやくイシ先生にみてもらって」
ママさんは自分も飛んでいきたいように手をあげました。キキは顔を上にあげ、またあわてて下をむきました。
「あたし、行き先、きいてなーい」
「あら、ごめん。イイナ町っていうの。東のほうに河を二つ渡って、そのむこうの山にかこまれた町。まん中にね、二つつながった沼があるわ。その北のはずれに、イシ先生の動物病院があるの。すぐわかると思うわ」
「じゃ、行ってきます」
キキは片手をあげると、さらに高く浮きあがり、東のほうにむきを変えました。
飼育係のママさんにいわれたとおり、大きな河を二つ渡り、重なりあってならんでいる山をすれすれに飛びこして、その先をのぞくと、山からゆるやかな下り斜面が終わるところに、丸い沼が二つつながって見えてきました。沼は青い空と、赤ちゃんのうぶ毛を集めたようなやわらかな雲をうつして、明るく光っています。高いところから見ると、まるで地面においためがねのようです。
「あそこだわ。イイナ町って、小さいけど、きれいなとこねえ」
「ふー、よかった、ちゃんとついて。景色なんてどうでもいいよ。早くおりようよ。マルコさんの体、もうさっきから、かわいちゃってるよ」
マルコさんの背中にのっているジジがいいました。
「ほんと? それでマルコさんはどうしてる?」
「わかんない。ずっと目つぶったままなんだもん。あの沼に落としてやればさ、目さますんじゃないの」
「ま、らんぼうなこといって、ジジったら。マルコさんは病人なのよ」
「そうかな、病院に入れるより、あっちのほうがよろこぶと思うけど」
「それもそうね、あんなにきれいですものね」
その間にもイイナ町はどんどん近づいてきます。沼のまわりは散歩道なのでしょう、土の道がぐるりとめぐり、それにそって、キキのほうきをさかさまに立てたような、背の高い木がならんでいます。そして、それをまたかこむように、家や商店がつづいていました。
「あらっ」
キキは声をあげて、のり出しました。
「あそこが動物病院だと思うんだけど、なんだかへんよ。あれはいったい何かしら……」
沼の北側に、小さな小屋がくっつきあうように集まってみえるところがありました。そして、いちばん大きな小屋の屋根の上に、白い服を着た人が五、六人、しがみつくようにのっていて、何やらわいわいとさわいでいるのでした。
ママさんがいってた、おとりこみって、このことかしら。
キキは近づきながら両手を口にあて、ラッパにするとさけびました。
「動物病院はこちらですかーっ」
でもみんなは下を見てさわぐばかりです。キキは屋根すれすれまで近づいてまたさけびました。
「あのう、動物病院って、こちらですかあ、イシ先生いらっしゃいますかあ」
すると、ひとりの男の人がはっと顔をあげました。そのとたんに、屋根の斜面をずるりとすべり、あわててつかみなおしました。
「ま、魔女さんだね……そ、そう、ここが……」
「イシ先生?」
男の人はうんうんとうなずくと、
「いいとき来てくれた、いいとき来てくれた、もっと近くに」
といいながら、屋根にしがみついていた手をこわごわあげてふりました。
「コリコの町の動物園からご連絡してあると思いますけど、カバのマルコさんをつれてきたんですけど……」
キキがまた大声をあげると、イシ先生はとなりの屋根を指さしていいました。
「そのとんがり屋根に、患者さんをぶらさげて、あんたはこっちに、こっちに」
「あんなとこじゃかわいそうですよ。早く寝かせてあげないと、長旅でしたから」
「わかってる。でもそれが今ちょっとできないんだよ。病人のほうならだいじょうぶだ。医者のわたしがいっているんだから、安心しなさい。だから、あんたはこっちへ、はやく」
キキはしぶしぶ、マルコさんをハンモックごと、とんがり屋根のてっぺんにひっかけると、「いい子にしててね」と心配そうにいって、となりの屋根にとびうつりました。
すると、そのとたん、どこからともなくドドドドウと地ひびきがきこえてきました。キキがのぞくと、大きなゾウが、気がくるったように走ってくるではありませんか。鼻を空につきあげ、くるったようにふりまわし、耳を大風に吹かれたドアのようにばたばたと動かして、せまい病院の道をものすごいはやさで走っています。まがり角にいきおいあまって体をぶつけ、はじけとびそうになるのをものともせず、走りまわっています。
「あれがわたしの患者なんだ」
「元気そうじゃないですか」
「まったく、元気もいいとこだよ。今朝は息もたえだえだったんだよ。それが朝の検温の時間に急に逃げだして、あのとおり。こっちもやっとこさ、ここに逃げて」
イシ先生はひと息つくと、キキをみつめました。
「そしたら、うまいことにっていっちゃわるいけど、ちょうどそちらでもカバのぐあいがわるいというから、ぜひあなたに運んでもらうようにたのんだんですよ。あなたなら、あのあばれん坊にちょいと魔法をかけて、病室にほうりこんでもらえると思って」
「えっ、あのゾウを?」
キキはびっくりしてとびあがりました。カバのつぎにゾウとは!
「だって、魔女さんでしょうが……」
イシ先生はいいました。
キキは思わず口をぎゅっとつぐみました。この先生のように、世の中の人は魔女っていうとなんでもできると思っているのです。こういう人の目の前で、川をひっぱってちょうちょ結びにしてみせたり、山を空にぷかぷか浮かべてみせたりできたら、どんなに気持ちがすーっとするでしょう。でもそんな魔女は大むかしの話、とっくに姿を消しているのです。
「さあ、はやくたのみますよ」
イシ先生のちゃかちゃかした声がつづきます。
キキの負けずぎらいがむくむくとわいてきました。キキは目をきっと光らせると、飛びあがりました。
「みゅー」
乗りおくれそうになったジジが、ほうきの房にひっしにぶらさがっています。キキは一直線に病院の門まで行くと、かんぬきをはずして、扉を大きくひらき、もどってきました。
「ゾウが外に走り出したらどうするんだ」
イシ先生がわめいています。キキはきこえないふりして飛びつづけると、ちょうど病院の裏庭を走りぬけ、建物の間のいくつもまがっている細い道をぶつかりながら走ってくるゾウに近づいていきました。そして、高々と鼻をあげているゾウのすぐ前を、さそうように飛びながらさけびました。
「いいわよ、走っても。どんどん走りなさい」
ゾウはうれしそうにほえ声をあげ、ぐんぐんスピードをあげます。追いつかれないようにキキも速度をあげました。キキとゾウは競走するように、さっきキキがあけた門をくぐりぬけ、外にとび出していきました。そして、沼のまわりの散歩道をどーっと走りだしたのです。並木の枝はゆれ、沼の水は波をたてました。散歩していた人はあわてて木のうしろにとびのき、家の中にいた人は反対にとび出してきました。
「あっ、あっ、あっあ、なんてことだ」
屋根の上のイシ先生が両手で顔をおおっています。
「いいわよ。走りなさい。すきなだけ走りなさい」
キキはけしかけるように手をふりました。ゾウは走りつづけます。キキも飛びつづけます。もうもうと砂ぼこりをあげ、沼のまわりを三回ほどまわったときでした。すこし、わからないくらいすこし、ゾウのスピードが落ちてきました。キキは、ママさんが動物は音楽がすき、といったことを思い出しました。キキは手をのばしてラジオのスイッチを入れました。ありがたいことに、明るい楽しそうな音楽がきこえてきました。
ターラッタ ターラッタ
ワルツです。
ゾウの鼻がターラッタ、ターラッタとゆれはじめました。つられるように足の動きもゆっくりになりました。
ターラッタ ターラッタ
キキも音楽にあわせ、ゆれながら飛びはじめました。
ターラッタ トーラッタ ツーラッタ ターラッタ
ゾウは目を細めて笑っているみたいです。町の人たちもおもしろそうについてきます。
ターラッタ トーラッタ
まるで運動会の全員いっしょのダンスみたいです。みんな、いい気持ちで、沼のまわりをぐるぐるともうひとまわり、病院の門の中にはいっていきました。それから、なんとゾウは自分からすすんで自分の
「看護婦さーん、ゾウをみてやってください。なんだかようすがおかしいよ。急にしずかになっちゃって、過激な運動をしたから病気がわるくなったのかもしれない」
こわごわ屋根からおりながらイシ先生はかすれた声でさけびました。
キキはぐったりとつかれて、ゾウの檻の前にすわりこんでしまいました。ふと上を見ると、マルコさんはまだとんがり屋根にぶらさがったままです。気のせいかマルコさんはだらーんとして、気をうしなっているように見えます。キキはおどろいて立ちあがるとさけびました。
「先生、イシ先生、こんどはマルコさんおねがいしますよう。忘れたらこまりますよう」
「おう、わるい、忘れてた」
イシ先生はあわてていいました。
キキはまたほうきで飛びあがると、マルコさんをつりあげて、地面にそっとおろしました。マルコさんはハンモックから出ると、またもとのようによろろろ、よろろろと歩きはじめました。
「おう、みごとに中心がくるっとる」
イシ先生はそういいながら、マルコさんのおしりから、ばんそうこうをぺりっとはがしました。
「おう、おう、みごとにやられてるな。ところでこの子のしっぽはどうしたね」
「だから、しっぽはライオンくんが……」
「わかってる。そのかじられて、とれちゃったしっぽだよ」
「たぶん、今ごろはライオンくんのおなかの中で」
「ばかなライオンだ。あんなもん、食ったってうまくもないだろうに」
イシ先生はらんぼうにいうと、
「ちょっと、ちょっと」
とキキを塀のかげにつれていきました。
「あの子にはきかせたくないんでね。この病気はいろいろ知っちゃうと、なおりがわるいんだよ。……本物のしっぽがないんならしょうがない。なんとかかわりを見つけてやらなきゃ」
「まっ、つけるんですか?」
「しーっ、あの子にきこえるよ。りっぱなの見つけてやるから。でも代用品だよ。これはがまんしてもらわないとな。つまり入れしっぽってわけだな」
「………」
キキは首をかしげました。
「入れ歯っていうのがあるだろう。あれと同じだ」
イシ先生はそういうとどこかへ走っていき、しばらくして、なにかの毛を十センチほど三つ編みにしたものと診察かばんをもってもどってきました。
それから、マルコさんには見えないようにうしろにまわると、
「さ、しっぽはもとのようになるよ。前とまったく同じだよ」
といいながら、カバンから大きなホチキスを出して、三つ編みにしたしっぽのようなものを、ばちんとマルコさんのおしりにくっつけました。そのばちんといっしょに、マルコさんもぴくんと体をふるわせ、それから、なにごともなかったように、トットットッとしっかりした足どりで歩きだしました。
「ほーれ、なおった、なおった」
イシ先生ははでに胸をはると、ふりかえってキキに小声でいいました。
「ちょっとした重さの関係なんだな。ちっぽけなしっぽだって、ばかにできませんよ。ときとして、しっぽは生きるあかしなんですよ」
「生きるあかし?」
「そう、生きているってすばらしい、って思えることです。目の前が明るくなるってやつですよ。さ、もういいよ、つれてお帰りなさい」
「どうもありがとう」
「いや、こちらこそ、ありがとう。ゾウを囲いに入れてくれて。さすが……ですな、魔女さん」
イシ先生は頭をぺこりとさげました。
看護婦さんが走ってきました。
「先生、ふしぎなんです。ゾウの病気、なおっちゃったみたいなんです」
「えっ、なんだって? あのがんこなノイローゼ性鼻ふりまわし病がかい?」
「はい、鼻、しずかになりました」
「走りまわったからだろうか……」
「どうもそのようです」
キキはイシ先生のそばによってたずねました。
「ところで先生、あのホチキス、あのまんまでいいんですか」
「あっ、あれね、あれはとくべつなホチキスだから、十日ほどしたらとけて、なくなるはずです。そのときまでに病気のほうもなおっているでしょう」
「へー、そんなものですか」
「自慢じゃないがね、これは最新医学でね。まあ正直いって、ほかのもののしっぽがくっつくのはとてもむずかしい。でも、でもですよ。しっぽはもとどおりある、もうなおったんだって思わせてやることがたいせつなんですよ。ほら、『病は気から』っていうでしょ。そのために医者もちょっぴり手品を使わんことには……ところで魔女さん、ふしぎなんですよ。ゾウの病気もなおっちゃったみたいなんです。魔女さん、魔法はだめなんていってたけど、やっぱり……ちょびっと使ったんじゃないんですか。かくさないでおしえてくださいよ」
「そんな、先生、魔女ならなんでもできるなんて思わないで。そう決められると、あたし、つらいんです。ふつうの人と変わらないんですから。ゾウだって、あんな大きな体してるけど、いつもとじこめられてたらかわいそうだわ。病気がなおったのなら、ちかぢか動物園に帰るんでしょ。もうすこし自由に動けるように、先生からもたのんでくださったらと思うわ。いつでも動いていいんだっていう気持ちをもたせてあげるのが、たいせつなんじゃないんでしょうか。マルコさんのしっぽと同じだと思うの」
キキは胸がどきどきしてきました。
こんなに自分の思っていることを平気でいうのは、めずらしいことでした。
「うー、なるほど」
イシ先生は大きく二度もうなずきました。
「じゃ、さようなら」
キキは来たときと同じように、マルコさんをつるして飛びあがりました。ところがどうしたというのでしょう、マルコさんが重いのです。来たときとはくらべられないほど、ずーんと重いのです。それでもなんとか飛びあがりました。
「先生、へんなんです。急にマルコさんが重くなって」
「心配いらないよ。それはね、体の中心がきちんとしたせいです。マルコさんは自分をちゃんとつかまえたのさ。その重さはなおった証拠。もうだいじょうぶ」
「へえ」
キキはふしぎな気分でした。
「自分をつかまえる……? と……重くなる……」
キキはマルコさんをなんとかつりさげて、ぶじ、コリコの動物園に帰りつきました。
おかあさんのタルコさんは、マルコさんのしっぽをあやしそうにじろじろと見ていました。でもマルコさんが元気なので安心したようです。ならんでプールのまわりを行進してみせてくれました。
コリコの町に帰って、はじめての仕事がぶじ終わり、キキもうれしくなって、マルコさんたちのうしろについて、プールをひとまわりしました。飼育係のママさんは、お礼に、すきな動物にのせてあげるといってくれました。キキはさんざん考えて、オットセイの鼻の上にのせてもらいました。もちろんジジもいっしょです。
その夜、ジジは自分のしっぽを追いかけて、くるくるまわりはじめました。
「ジジ、何してるの? しっぽがかゆいの?」
「ううん」
「じゃ、しずかにしてよ。あたし、すこしつかれてるの」
「もうちょっと、しっぽをしっかりつかまえてみたいんだよ。ぼくの生きるローソクなんだもん」
「えっ、なんですって、ローソクですって?」
「だってあの先生いってたでしょ。明るくなるって」
「それいうなら、生きるあかしですよう」
キキは笑いながら、あたしにもしっぽがあったらいいのにな、って思いました。それから、あたしの生きるあかし……は何かしらと考えました。