11 キキ、里帰りする
コリコの町はもうすっかり春でした。
キキは、お日さまのさしこむ窓べに椅子をひきずっていくと、その上にひざをかかえてすわりこみました。見あげると空はどことなくけぶって、赤ちゃんのほっぺたみたいなやわらかい光にみちていました。
「あさってで、とうとう一年。里帰りできるのよ」
さっきからキキは、このことばを何度つぶやいたことでしょうか。
じつはだんだんこの日が近づくにつれ、キキは、うれしいのにこわいという、へんな気持がしているのです。
「そうだよ。きょうとあしたと、二日しかないよ。用意しなくていいの?」
「なにも、きっかり一年目じゃなくてもいいのよ」
キキのことばに、ジジはせかせかと歩きまわり、しっぽでゆかを打ちました。
「どうかしたの? キキ、帰るのあんなに楽しみにしてたのに。いよいよとなったら急におちついちゃってさ」
キキは、じっとひざを見つめながら、スカートをつまんで、つまさきをそろえてならんでいる二つの足を、体をななめにしてながめました。
「ねえ、あたし、変わったかな。すこしおとなになったかしら」
「背がのびたよ」
「それだけ?」
「まあね」
ジジはいらいらとひげをふるわせました。
「ひとり立ちできたと思う?」
キキはまたききました。
「なにいってるのさ。今ごろ」
ジジはあきれて、キキを見、ふと首をかしげてなぐさめのことばにかえました。
「まあまあ、上等じゃないの」
「ありがとう」
といったものの、キキはまたむっと口をつぐみました。
おかあさんのあとつぎという、どの女の子も考えそうな道を、キキはえらんだのでしたが、そのあとは自分の判断でこのコリコの町をえらび、考えたあげく、魔女の宅急便という仕事をはじめたのです。思いかえすと、たいへんなこともたくさんありました。でも一年間、せいいっぱいやってきたと自分でも思えるのです。それなのに、今ごろになって、「あたし、ほんとにできたのかしら」という、予想もしなかった不安にキキはおそわれていたのでした。ひとり立ち前のキキだったら、「あたし、やったわ、えらいでしょ」とすすんでいいふらすことぐらいしたかもしれません。ところが今は、ジジが「上等だよ」といってくれても、もう一つ自信がもてないのです。ほんとうはどうなのか、だれかにきいてみたいという気がしきりにするのでした。
「里帰り、のばすっていうんじゃないでしょう?」
ジジが横目でいいました。
「まさか」
キキはもやもやに区切りをつけるように、急に元気よく立ちあがると、背中をぴんとのばしました。
「さ、仕事よ。そうなのよ、里帰りってさ、つまり宅急便なの。かあさんにあたしたちを運ばなくちゃ。用意、は、じ、めっ」
「やったね」
ジジはおどけた声をあげて、うしろ宙がえりをしてみせました。キキもやっと心がはずんできて、ばたばたと動きはじめました。
「……となればまず、おソノさんに知らせてこなくちゃ」
「おや、まあ、あさってなの、まだまだ先のことかと思ってたけど……しばらくるすをするって、どのくらいなの」
おソノさんは前から里帰りのことはきいていたので、あまりおどろきはしませんでした。
「そうね、十五日ぐらいかしら。一年ぶりでしょ。すこしゆっくりしてこようと思って」
キキが答えると、おソノさんはにやっと笑って、キキのほっぺたをつっつきました。
「あんた、もうあまったれ顔になっちゃってるわよ。それもけっこうだけどね、あたしにいわせていただければ、しばらくっていったら、ふつう十日ぐらいよ。『みじかいしばらく』にして、はやく帰ってらっしゃいよ」
キキはてれて、舌をちろりと出しました。
そのあと、キキはとんぼさんに電話をしました。
「いいなあ、長い旅になるんでしょ、どのくらいスピード出すんですか。どのくらいの高さで飛ぶんですか。追い風ですか。むかい風ですか。空の上の温度は? 雲の中を飛ぶときはどんな感じですか。雲には味ってあるのかなあ」
とんぼさんは話しているあいだじゅう、質問ばかりしていました。
(男の子の頭の中には、質問しかないのかしら。いっつもこの調子、お勉強ばっかり)
キキは受話器をおいたあと、なにかものたりなくて、しばらく電話をにらんでいました。
それからキキは、よく仕事をたのんでくるお客さん数人と、友だちのミミさんに電話しおわると、厚い紙で「お知らせ」をつくりました。「しばらくおやすみさせていただきます。申しわけございません。キキ」として、すみに、「しばらくは十日ぐらいです」と書きそえました。
その夜、キキはジジにいいわたしました。
「あしたお店をおそうじして、あさっては朝はやく出発。ね、いいわね」
ジジはもうにやにやがとまりません。しっぽを口にくわえようと、ぐるぐるぐるぐる同じところをまわっています。そのうち、ふと動くのをやめて、思い出したようにいいました。
「コキリさんとオキノさんへのおみやげ、どうするの。キキが用意しないなんて、まずいよ」
「いっぱいあるじゃないの。おみやげ話が……」
「それだけ? あの腹まきはどうしたのさ。編んでたでしょ。青い毛糸で……」
キキはなにもいわずに鼻の上にしわをよせました。
「できあがらなかったの? ちぇっ、あいかわらずだね。薬づくりもだめだったけど、こつこつやるのは、またしてもだめですか」
ジジは、キキの足もとにぶーっと音をたてて息をふきかけました。
「まあ、なんてしつれいな」
キキはがまんしていた表情をくずすと、にやっと笑って戸棚からふくらんだ紙袋を出してきました。
「こつこつちゃんとやりましたよ。ほら」
と中からぱっととりだして手をひろげると、ゆかに落ちたのは、小さな腹まきでした。明るい青に銀色のもようがちらばっています。
「ジジのよ。帰るときのおしゃれにつくってあげたのよ。おばあちゃんにもらったの、大みそかの夜に飛ばしちゃったから」
キキがジジに腹まきを着せてやると、ジジはもうことばもなく、またぐるぐるまわりをしだしました。
「それにかあさんたちのだって、ちゃんとあるんだから」
キキはみかん色のと、こい緑色のと、たっぷりとした腹まきを二つとりだしました。
「ジジにかくれて編むのに苦労しちゃったわよ」
「ずるいよ。ないしょなんて」
「でもね、いいないしょは三倍うれしいっていうわ」
「いいないしょね。なるほどね、うん、わかった」
「なにがわかった?」
キキがいうと、ジジは「べつに」といいながら、またまた元気にぐるぐるまわりをはじめました。
つぎの日、キキとジジがそうじをしていると、息をはあはあいわせてとんぼさんがとびこんできました。そしてキキに、なんだか怒っているみたいな赤い顔で、手に持った紙づつみを「これ」といってさしだしました。
キキは、男の子ってどうもわかんない……と思いながらあけてみると、それは肩からさげる小さな袋でした。ピンクの地に黒猫のもようがししゅうしてあります。
「まあ、すてき」
きのうのジジみたいに、キキもあまりうれしくってこれしかいえません。
「気に入った?」
キキがこっくりとうなずくと、
「じゃ、よかった。もってってよ」
ぶっきらぼうにいったとんぼさんは、キキがさっそく肩にかけたのを、めがねの奥の目ではずかしそうに見ると、
「出発はあしたの朝だったね、じゃ、元気でね」
と早口でいいながら、ジジの頭をちょっとなでて、きたときと同じように走っていってしまいました。
「どうしちゃったの、とんぼさん」
キキはあっけにとられて、そのうしろ姿を見ていました。
「黒猫のもようなんて、とんぼさん、気がきいてるね」
ジジがとりなすようにいいました。
「ほんと」
キキはそれにうなずきかえしながら、うれしさでいっぱいでした。
「こんなかわいいものえらんで……すこしはあたしのこと、女の子って思ってくれてたんだわ」
赤いボタンでとまった袋のふたをあけてみたキキは、「あら」とさけんで小さな紙切れをとりだしました。それには、「あした大川の橋の上で手をふります。とんぼ」と書いてありました。
「なあに?」
ジジがききました。
「ううん、なんでもない、ただちょっと」
キキは首をふると、紙切れを中にしまい、上からそっと手でおさえました。
「さあ、出発よ」
キキはジジに声をかけ、ほうきと荷物をかかえて外に出ようとして、思わずふりかえり、自分の店の中を見まわしました。
赤い電話、レンガと板の机。地図、せまい階段、すみにつまれた粉の袋、必要になってこの町にきてから買ったこまごましたもの。みんな一度に一年間の思い出となって、どっとキキの胸を打ちました。
「行きましょ」
キキは大きく息をして、かすれてしまった声でいいました。
キキが入口の戸に「お知らせ」の紙をはりつけていると、大きなパンの袋をかかえたおソノさんと、赤ちゃんを抱いたパン屋のご主人が店から出てきました。
「仕事ですよ、キキ」
おソノさんはおどけて声をかけました。
「このパン、あなたのおかあさんまでとどけてちょうだい。コリコの町一番のパン屋だっていうのわすれないでよ」
おソノさんは、キキのちょっぴりしずんだ表情に気がついて、それをふきとばすように笑い声をあげました。
「キキ、かならず帰ってくるのよ。あたしたち、おとなりさんが魔女でほんとにまんぞくしてるんだから。だれかもいってたわよ、キキがこの町の空を三日も飛ばないと、なんだかものたりない、って」
キキは泣きだしそうになる顔をゆがめて、おソノさんにとびつきました。
「もちろん、もちろん、帰ってくるわ」
キキは一気に空たかくまいあがりました。ほうきの柄にくくりつけたおみやげをゆらして、飛んでいきます。コリコの町は、海からあがる朝ぎりでうっすらとけぶっていました。時計台を中心に大きな円をえがいて、町を一周すると、キキは急に高度をさげて大川の橋の上にむかいました。
あっ、いました。とんぼさんです。橋のちょうどまん中で、自転車にまたがって両手を大きくふっています。キキも手をふりました。
「あれ、とんぼさんじゃないか」
ジジがうしろからおどろいていいました。
「そうよ」
キキは胸をはりました。
「キキ、知ってたの?」
キキはジジの質問には答えないで、手をふりつづけました。
「おりないの? 手をふるだけじゃわるいんじゃない?」
「いいのよ、これで」
キキはいっそう大きく手をふりつづけ、橋のはじからはじまで二回往復すると、こんどはほうきを左右に大きくふって、思いきったように北をめざしてスピードをあげました。とんぼさんの姿はたちまち小さくなり、橋のかげにかくれてしまいました。
「さ、はじまり」
キキはほっと息をつきました。あとは家をめざして一直線です。ほうきはなめらかに飛んでいます。以前のコキリさんのほうきとまったく変わりません。いつからあのしりあがりのおてんばほうきが、こんなにじょうずに飛ぶようになったのでしょう。キキはあらためてそのことに気がついて、おどろいていました。
それに、自分がコリコの町にいることで、町の人たちにはちょっとした喜びや、ちょっとしたおどろきをふりまいているらしいことも、はっきりしてきました。おソノさんは「早く帰っていらっしゃい」といってくれました。とんぼさんがくれた袋にもそんな気持がこもっていました。キキが空を飛ばないとなんとなくものたりないという人もいるのです。キキは、こうして飛びながら、もやもやとしていた気持が、風といっしょにすこしうしろに遠ざかっていくのを感じていました。
キキたちの旅は、一年前のときよりもずっとはやく進んでいきました。
日が大きくまわり、一番星が弱い光をはなち、それが満天の星空にかわるころ、森の切れ目からなつかしい町が見えてきました。どの家もあかりをつけ、しずかにならんでいます。海のそばとちがって、森の夜つゆをふくんだような、しっとりとした重い空気があたりにみちていました。そして、もっとなつかしいことに、高い木という木の上には、まだ鈴がさがったまま、にぶく光っていたのです!
キキは一直線、町の東のはずれにある自分の家をめざしました。そして屋根の上空にとまりました。
「あっ、豆スープのにおいだ」
ジジがいいました。
「ね、きっとすると思ったんだ、あたしたちの好物だから」
キキとジジはなつかしいにおいを胸いっぱいにすいこみ、しずかに庭におり立ちました。足音をしのばせて近づくと、入口の扉をやさしくたたきました。
「どうぞ、おはいりください。すいませんね、今、ちょっと手がはなせないもんですから」
コキリさんの声です。
キキはジジと顔を見あわせ、いたずらっ子のようにうなずくと、扉を細くあけて、男の人みたいな低い声でいいました。
「もしもし、おとどけものですよ!」
コキリさんが台所からばっとふりむきました。同時にキキも扉を大きくあけました。
「まあ、キキ、キキったら。はやくても明けがたかと思ってたわ」
コキリさんはスープがぽたぽたたれるおたまをにぎった手を、キキのほうにひろげました。
「でもかあさんの思ったとおりだわ。キキのことだから、ぴったり一年目に帰ってくると思ってた」
「そのとおり!」
キキも戸口に荷物とほうきをおくと、かけよりました。
「まあ、まあ、まあ」
コキリさんはキキの肩に手をおいて、こんなことばをくりかえすばかりです。そのたびにキキも声をあげてうなずきました。
となりの部屋から出てきたとうさんのオキノさんは、ふたりの大さわぎをただただ笑ってながめています。しばらくしておどけた口をやっとひらきました。
「こちらのほうもおわすれなく願いたいね」
「あっ、とうさん、ただいまっ」
キキはオキノさんの首にかじりついていきました。
いっときの大さわぎがおさまると、こんどはおしゃべりです。コキリさんがしゃべれば、キキがしゃべり、そばでオキノさんとジジがあきれて見ています。体の中にはこんなにことばってあるものでしょうか。
キキは、おソノさんからもらったパンを出し、自分が編んだ腹まきを見せました。
「まあ、キキがこんなことできるようになったなんて……」
コキリさんはさっそく洋服の上から腹まきをつけて、おなかをたたきました。
「かあさん、そのおばあちゃんね、どうもふしぎな力をもってて、腹まき編むときに入れているような気がするの」
「お年寄りには、よくそういう人がいるもんだよ」
オキノさんが自分の腹まきを手にとってながめながら、いいました。
そのときジジが、待っていたように体をのばしてテーブルごしに顔を出すと、小さなうすむらさき色の貝がらをぽとりと耳から落として、コキリさんの前におきました。
「おや、あんたもおみやげ?」
コキリさんはおどろきました。
「あら、ジジったら、ないしょにして」
キキもびっくりして、大きな声をあげました。するとジジは、キキに顔をよせて、小さな声で、すましていいました。
「去年の夏に海に行ったとき、ひろっておいたんだ。いいないしょは三倍うれしい、ってね」
ほんとうに三倍でした。コキリさんは大よろこびで手のひらにのせては、ひっくりかえし、ひっくりかえしては顔を近づけて見ています。
「これ貝がらでしょ。海ってこんな色しているの?」
コキリさんがききました。
「そう、それはちょうど夜あけの海の色に似てるわ」
キキが答えました。するとコキリさんはキキとジジの顔を見て、しみじみといいました。
「ふたりとも、ずいぶん遠いところに行っていたのねえ。ついこのあいだまで赤ちゃんだったのに……りっぱにやって……」
そのことばをきいて、キキの心に自信とほこらしさがゆっくりひろがっていきました。だれかにきいてみたい、と思っていたことを、コキリさんが答えてくれたのです。そしてキキは、いまさらのように気がついたのでした。コキリさんこそ一番きいてみたい人だったのだと。
「かあさん、あたしちょっと考えたんだけどね、魔女はね、ほうきにばかり乗って飛んでちゃいけないんじゃないかって思うのよ。そりゃ、おとどけものはいそぐから、飛ぶのはしかたがないけど……でもときどきは歩いたほうがいいんじゃないかしら。だってほら、歩くといろんな人といやでも話すことになるじゃない? おソノさんに会えたのも歩いていたからだし……あのとき悲しまぎれに飛んでたら、どうなってたかわからないもの。反対にむこうだって、魔女を近くで見れば、鼻がとんがって口がさけてるんじゃないってわかるでしょ。それにお話もできるし、おたがいわかりあえると思うの……」
「ほんとに、そうね」
コキリさんは感心してうなずき、オキノさんは、まるではじめて自分のむすめを見るようなおどろきの目で見つめていました。
つぎの日から、キキは子どものころにすっかりかえってすごしました。
「かんたんにもどっちゃうものね。ま、いいでしょ、一年と十三年のちがいだもの」
とコキリさんは笑いました。
キキはお気にいりの茶わんでお茶をのみ、すきなだけ鏡にむかっておしゃれもしました。夜になると、赤ちゃんのときから使っていた小花もようのふとんを抱きかかえてねむりました。そして目がさめるまでねぼうをしました。
また、ひまさえあれば、町を歩きまわりました。
「まあ、キキ、帰ったの?」
「まあ、キキ、きれいになって」
「まあ、キキ、しばらく。おしゃべりによってよ」
町の人はきそって声をかけてくれました。
たいせつにされて、キキはとてもまんぞくでした。やっぱり生まれた町はいいものです。
ところが、そんな日が五日もつづいて、ふと気がつくと、キキはコリコの町のことを考えているのでした。
おソノさんの笑い声、焼きたてのパン、アパートの窓から声をかけてくれるあの人やこの人、大川ぞいの並木道、海のにおい、のっぽの時計台、友だちのミミさんの笑い顔。一つ一つなつかしく思えてくるのです。そして、とんぼさん。あの橋の上でいっしょうけんめい手をふってくれた姿がいつも心のどこかにのこっていて、キキをコリコの町へひっぱっていこうとします。とんぼさんとは、こんど会ったら、話すことがとてもたくさんあるような気がするのでした。
それに、店はどうなっているでしょうか。電話が鳴っているかもしれません。つぎつぎ気になって、ここが自分の生まれた町だというのに、なんだか遊びにきているようでおちつかないのです。コリコの町にはたったの一年暮らしただけなのに、キキには自分の気持がふしぎに思えるほどでした。
とうとう、キキはいいました。
「あたし、あしたかあさって、コリコの町へ帰ろうと思うの」
「おや、十日はいると思ってたよ」
オキノさんはおどろいて、キキを見て、
「ここはたいくつかい?」
と、つづけてききました。
「そうじゃないの。でもお客さんがあたしのことを待っているかもしれないし……電話も鳴ってるかもしれない……」
「そんなこと気にしたらきりないよ。ここにいるときはここにいるときさ」
「でも……」
キキはいいかけて口をつぐみました。オキノさんもコキリさんも、キキの帰りを一年間待っていたはずです。それなのに、こんなにはやく帰るなんていいだしてしまって、とてもつめたいむすめだと気づいたのでした。
すると、そばでだまっていたコキリさんがいいました。
「……そうね、帰ったほうがいいかもしれないわ。むこうの町が気にならないようじゃ、これまたこまったことですもの。あたしもこの町から里帰りしたとき、ふしぎなほどもどってきたくなっちゃったのおぼえているわ。キキ、一年たったら、また、いらっしゃい」
つぎの日、キキはジジといっしょに東の草山に飛んでいきました。町を見おろす斜面にすわって、左からじゅんじゅんに見えるかぎりの景色をながめました。
「ジジ、あした帰ることにしたの。いいでしょ?」
キキは、草の中の虫を前足でからかっているジジにいいました。
「いいよ。ほどいてすぐまた荷づくりだけど」
「おみやげのことなら、もう考えてあるわ」
「こんども、ないしょなの?」
「ううん。おソノさんにはかあさんの薬。くしゃみの薬は赤ちゃんにとってもいいと思うの。とんぼさんのおみやげにはこまっちゃったんだけど……ほら、木のてっぺんにかあさんがさげた鈴、あれどうかと思っているの。いちばん大きいのをはずして、みがけば光ると思うわ。あたしの子どものときの記念のものだし……」
「うん、いいと思うよ。万年筆なんかよりずっと気がきいてるよ」
ジジがうなずくと、
「まあ、ジジったら」
と、キキは笑いだしました。
「きれいな音が出るから、あたしは詩はつけないわ。自信ないんですもん」
足もとから草のにおいがのぼってきます。ときどきふくやわらかい風に乗って、あちこちで草を食べている牛の声が、高く低くきこえてきます。ねころがって目をつぶると、お日さまの光が目の中で草色の水玉になって、泳ぐように動きまわりました。
(帰るところがあるっていうのは、なんてすばらしいのかしら)
キキは里帰りをしたことでまた、新しい自分を発見できたような気がするのでした。
キキが家に帰ると、コキリさんが笑いながらいいました。
「草山に行ったの?」
「わかる?」
「ええ、ほっぺに草のあとがくっきりよ」
その日の午後、キキは、町の木にぶらさげてあった鈴を一つ一つ、コキリさんといっしょにはずしました。
「この一年、風がふく日に鈴の音がきこえると、あなたを思い出していたのよ」
コキリさんは泣くような笑うような、ふくざつな顔をしました。
「もういらないと思うと、さびしいわ」
とキキがつぶやくと、
「また、いるときまで、たいせつにしまっといてあげるわよ」
とコキリさんがいいました。
「えっ?」
キキは思わずききかえしました。するとコキリさんは意味ありげにまばたいて、
「あなたのむすめにね。だれかさんに似てあわてんぼうよ、きっと」
と笑いました。
キキは鈴の中からいちばん大きいのをえらんで、みがいて、包みに入れました。
キキはまた、コキリさんとオキノさんにさよならをいいました。こんどはひとり立ちのときのような、きりきりした必死な気持はありませんでした。
「またね」
「またね」
手をふって笑いあいながらいいました。
キキとジジは一直線、コリコの町めざして飛びつづけました。ほうきの柄にさげた荷物から、ときどき軽く鈴の音がきこえます。するとキキは、いっそうスピードをあげて、ほうきを飛ばすのでした。
やがて遠くに光る海が見え、四角や三角の積み木をかさねたようなコリコの町が、現われました。
「ほら、あたしたちの町よ」
キキは指さしてさけびました。
夕方の日をななめにうけて、時計台の影が、コリコの町の半分をよこぎるように、長くのびていました。