10 キキ、春の音を運ぶ
毎日、寒い日がつづいています。
黒猫ジジは椅子の上にちぢこまって、ぶつぶつ文句をいいだしました。
「なんて長い冬なんだろう。これ以上寒くなったら、ぼく、猫をやめちゃおうと思うよ。とてもやってられないよ」
「それで何になるおつもり? そんなりっぱな毛を着てるのに……」
キキは、ジジの背中をぽんとたたきました。
「寒い寒いっていったって、もう風の音がちがってきたわよ。まちがいなく春の音よ。もうじきかあさんに会える春よ。あんたみたいに文句ばっかりいっている人には、そういういい音がきこえてこないのよ」
ジジはぷんとふくれて、顔を前足のあいだにかくしてしまいました。でもかわいい黒い耳だけはぴんと立って、ひくひく小さく動きはじめました。
ルルルルー ルルルルー
電話のベルが鳴りだしました。キキが受話器をとると、あわてた声がとびこんできました。
「あのー、おねがい、おねがいします。いそいで、いそいで。駅まできてください。コリコの中央駅です」
電話の声はこれだけさけぶと、切れてしまいました。
「あたしのところにくる仕事は、どうしてこういつも大あわてなのかしら」
キキはいそいで出かけました。
中央駅の上空にたどりつくと、ホームで駅長さんが、「こっち、こっち、はやく」と手をふっています。そばには枯枝みたいにやせた男の人が八人、おそろいの黒い洋服を着て立っていました。キキがその人たちの前に、ほうきごとおり立っても、みんなおどろきもせず、こわい顔をして駅長さんをにらんでいます。
「この方たちは楽士さんで……」
駅長さんがキキにいいかけると、男の人のひとりが目をきっと光らせていいました。
「いや、楽士ではない。音楽家だ」
「はい、そうでした。……その、この、音楽家さまたちは、きょうの午後、野外音楽堂で音楽会をなさることになっていたのですが……」
「こんな寒いのに? 野外って、外でしょ」
キキはおどろいていいました。
男の人はうほんと
「寒いからやるんですよ。わたしたちの音楽は、心をあたためるからねえ。『春を呼ぶコンサート』っていってるぐらいさ。要はだね、この町の人の耳がいいか……ってところだが。はなはだ心配だがね。なにしろぬけとるようだから」
「そ、そうなんですよ。宅急便屋さん。この方たちのたいせつな楽器を、荷物係のものが列車からおろすのわすれてしまったんですよ。まったくこまりました」
駅長さんは帽子をとって、ひたいの汗を帽子でふきました。見ると、ちょっとはなれたところに、荷物係らしいわかい男の人がふたり、しょぼんと下をむいて立っていました。
「まあ」
キキはちょんととびあがって、列車が消えたと思われる線路のむこうをながめました。
「そういうことなんです。楽器を乗せて列車は行っちゃったというわけなんです」
「じゃ、いそいでつぎの駅に電話して。あたしとってきますから」
「それが……あの列車は急行で、この駅を出ちゃったら、終点までとまらないんですよう」
駅長さんはますます苦しそうにいいました。
「それじゃ、あたしにどうしろとおっしゃるの?」
「走ってる列車の窓から入ってとってくる……ってわけにはいかないでしょうねえ、やっぱり。いちばんうしろの車両なんですが……」
「むりよう、そんなこと」
キキは思わず大きな声をだしました。
「でも、やった人、あるんですよ。窓から入って金の塊、ぬすんだやつが……」
「まあ、あきれた。それより、どこかで楽器をかりてくればいいでしょ。この町にだって、それぐらいあるでしょ」
「それも考えたんですが……」
駅長さんは男の人たちの顔色をうかがいました。
「だめです」
ひとりがどなるようにいいました。
「とんでもない。そんじょそこいらの楽器でまにあわすような、そんじょそこらの音楽家じゃないんです、われわれは。風がふいても鳴るようなへぼ楽器で、演奏ができますか」
すると、つづいてならんでいるのこりの七人も、つりあがった細い目をいっそうとがらせてうなずきました。
(こんな北風みたいなつめたい目をして……春を呼ぶコンサートだってさ。気にいらないわね)
キキは口の中でぶつぶつ文句をいいました。
「北風がかわいそうだよ」
ジジも調子をあわせて、耳もとでつぶやきました。
「なんたって、楽器をおろしてくれなかったのがいけないんです」
さっきの男の人がまたいいました。
「ちゃんとコリコ行きって書いといたんですから。こっちに落ち度はありません。駅長さん、責任はぜんぶあなたにあるんですよ」
駅長さんはこまってすがるようにキキを見ました。荷物係の男の人たちも必死の目つきで見ています。キキは肩をすくめて手をひろげました。たのまれると、どうしてもいやとはいえないのです。
「できるかどうかわからないけど、列車だけでも追いかけてみるわ」
「いそいで」
さっきの男の人が命令するようにいいました。
「もう時間がないんだ。われわれは野外音楽堂で待ってるから、三時までにもってきてください。わかりましたね」
キキはわざと返事をせずに、そのまま空へ飛びあがりました。
一気に空高くまいあがると、キキは線路にそって飛びつづけました。線路はしばらくのあいだ、町の中を北へ走り、畑と森をすぎると、山また山、トンネルまたトンネルとつづいていきます。
「ねえ、ほんとにそんな芸当、できるの?」
ジジがうしろから心配そうにききました。
「だいじょうぶよ。あの人たち、いばってるから、ちょっといじわるしてやったのよ」
「だって、走ってる列車に飛びのるんだよ」
「ジジがいるもん。だいじょうぶよ」
「なんだって?」
ジジは叫び声をあげました。
「あっ、いた、いた」
キキがほうきから腰を浮かせてさけびました。列車のいちばんうしろの車両が、とかげのしっぽみたいにちょんとトンネルの中に入りこむところです。キキはよいしょと声をあげると、ぐんと高く飛びあがって山をこえ、トンネルの出口へ先まわりしました。
「最後の車両っていってたから、屋根にとびおりるわよ。そしたらジジ、あいてる窓から入って、うしろの扉のかぎをあけてよ」
やがて、ポーポーと汽笛が鳴り、列車が姿を現わしました。キキはほうきの柄を下にむけ、おりる準備にかかりました。
「あんな小さなところに?」
ジジが泣きそうな声をだしました。ジジにいわれなくても、キキもびっくりしているのです。いざおりようと思うと、列車の屋根はまるで飛んでる葉っぱみたいに小さく見えるのです。
(あーあ、あたしは魔女なのに……とまれ、っていう魔法も使えないなんて……)
「でも、やるよりしょうがないわ」
キキは自分の弱い気持をふりはらって、おりはじめました。耳のそばを風がごうごうと通りすぎ、キキの髪の毛もジジのしっぽも、空からひっぱられているようにさかだっています。
「あっ、ぶつかる!」
ジジが悲鳴をあげました。と、キキはほうきごと体をすべらせて、屋根にとりつきました。列車はなにも気づかずに走りつづけています。キキは、ゆれる屋根にしがみつきながらなんとか体をずらすと、細くあいた窓から中をのぞきました。
ありました。「コリコ行き」とふだのさがった荷物の山が見えます。
「さ、ジジ、ここから入って」
「だめだよ。むりだよ。落っこっちゃうよ」
ジジはしりごみして、ほうきの柄からはなれません。
「だめ、行くの」
キキはジジの首をつまんで、窓のすきまから押しこみました。線路にせまっている山から木の枝がはりだして、キキの体をこすります。体をたいらにしてなんとか一つやりすごすと、またつぎの枝がやってくるのです。
「はやく、ジジ、あけてよ。おねがい」
キキは体半分つきだして、うしろの扉をたたきました。
そのときです。列車はまたトンネルに入りました。あたりはまっくらになり、ものすごい音といっしょに風がま横からふいてきます。キキの体がずずーっとすべって落ちそうになりました。あわててほうきをかかえ、手さぐりで何かをつかんだとたん、体が屋根からぶらりとさがってしまいました。
「ジジ、ジジ」
キキは足でばたばたと列車をけとばしました。そのひょうしにいきなり扉が内側にひらき、キキはそのまま中に投げだされました。と同時に列車がトンネルからぬけだしたのでしょう、窓から明るい光がさしてきました。ジジが、腰をぬかしたようにゆかにすわりこんで、キキをきょとんと見ています。
そこは荷物の山でした。でも楽器八つはみんな変わった形の箱に入っているので、すぐわかりました。それにしても、そうとうな量です。
「どうやって運ぶのよ、これ」
キキもへたへたとすわりこんでしまいました。
「持つとこあるでしょ。ほうきの柄に通せないの?」
やっと気をとりなおしたのか、ジジはキキのそばに体をよせていいました。
「八つもよ。できると思う?」
「むずかしいかな」
「あっ、ちょっと待って。箱から出したらすこし軽くなるかもしれない」
キキはそばの箱をあけてみました。中にはぴかぴかと金色に光った、まるで遊園地のぐるぐるすべり台みたいな形の楽器が入っていました。
「これ、ラッパよ。口でふくのよ。あら、これもラッパ、これもよ。あれ、こっちはバイオリン……それにチェロ。あたし、とうさんにおしえてもらったから知ってるんだ」
キキはつぎつぎと箱をあけていきました。あの楽士さんたちがじまんするだけあって、楽器はどれもこれもぴかぴかに光っています。
「ジジ、あなた、バイオリン一つぐらいなら持てるでしょ。あたしもこのチェロ持つから、あとのラッパは大きい順に首かざりみたいにつないで、ほうきからつりさげたらどうかしら。そこにある荷物のひもを、すこしずつもらってさ」
キキはいそがしくしゃべりながら、さっさと楽器をつなぎはじめました。そして、ほうきの柄にしっかりゆわえつけると、
「さ、ジジ、いそぐわよ。うしろに乗りなさい」
といって、ほうきにまたがり、右手とひざでチェロをかかえて、左手に弓を持ちました。ジジも自分より大きなバイオリンを四本の足でかかえこみ、ほうきの房の上にしっぽでしがみつきました。
「さ、行くわよ。それっ」
キキは大きな声をはりあげて、あいたままだった列車の扉から飛びだしました。ひっぱられて、つぎつぎラッパも飛びあがりました。
ぷりー ぷりー ぷ ぷ ぷりー
外に出て、風にあたったとたん、ラッパがめいめいかってに鳴りだしたのです。列車のお客さんがおどろいて、窓から首を出しました。指さして、「あ、あっ」と声をあげてさわいでいます。
「ふふふ、空ではね、いろんなことが起こるのよ。これ、ちょっとすてきでしょ」
キキは得意になって、かかえたチェロをひきはじめました。ジジもバイオリンの弦を爪でひっかいて鳴らしました。ふたりとも楽器をひくなんてはじめてのことです。だからほんとうはきしきしきんきんした音です。歯がいたくなりそうなひどい音です。ラッパだって、風にふかれて、気まぐれに鳴っているのです。ぶたの鳴き声やいびきみたいな音です。でも、南のほうからふいてくる風にまざると、楽しそうにはずんできこえるのでした。キキはおもしろくなって、右に飛び、左へ飛び、一気にのぼったり、ぐーんとおりたりしていろいろ音をためしてみながら、コリコの町へむかいました。
ちょうどそのころ、コリコの町の野外音楽堂は、お客さんでいっぱいでした。音楽会がはじまる予定の三時をもう十分もすぎていました。舞台の中央には「春を呼ぶコンサート」とはり紙があり、その下にとがった顔を正面にむけて、八人の楽士さんたちが、一列にすわっていました。こんなにすましていても、心の中ではキキが楽器をもってきてくれるのを、はらはらしながら待っているのでした。そして、舞台のうらでは、駅長さんと荷物係さんたちが、もっとはらはらして待っていました。
「寒いからはやくはじめてくれ」
お客さんの中から声が飛んできました。
「こごえちゃうよう。春を呼んでくれるんじゃなかったのかい」
つづいてだれかがいうと、みんなひやかすような笑い声をたてました。すると楽士さんのひとりが立ちあがっていいました。
「もうすぐはじめます。どうぞみなさん、耳をすましてお待ちください。この寒空の下でも、ひとたびわれわれが手をそえると、美しい音がわきおこり、きくものの心に春がやってくるでしょう。今、われわれはそのための準備の祈りをささげているところです」
楽士さんはお客さんをゆっくり見まわすと、うふふんといばった
すると、どうでしょう。どこからか、かすかに、かすかに音がきこえてきました。
ふあん ふわわーん ぷららーん
ほあん ほわわーん ほららーん
やあん やわわーん やららーん
雲のあいだから、山のむこうから、大川こえて、海のほうから、ささやくように、さそうように、ないしょ話するように、それは、お祈りが通じてほんとうに春がやってきたような音でした。お客さんも楽士さんも、つぎつぎ顔をあげて上を見ました。空の一点に、お日さまの光をうけて、きらきら光るものがゆれています。それは右、左と大きくゆれながら、ゆっくり近づいてきます。
ふあん ふわわーん ぷららーん
くーりりー くーりりー
ほあん ほわわーん ほららーん
ぷーりりー ぷーりりー
やあん やわわーん やららーん
オーバーのえりの中に首をちぢめていた人も、背中をまるめていた人も、ひざをかかえていた人も、つぎつぎ体をのばして見あげました。きれいな音に近づいて、はやく春といっしょになりたいと思っているようでした。ただ、びっくりしてしまったのは舞台の上の楽士さんたちでした。顔を見あわせて、「こりゃなんだ、だれがひいているんだ」とささやきあって、目をぱちぱちさせています。
そのうちにきらきらとした光のかたまりは、すこしずつ姿を現わしてきました。そう、もちろん、ほうきに乗った魔女のキキとジジ、そして光の首かざりに見えるラッパたちです。楽士さんたちはあわてて舞台のうしろにひっこみました。キキが地上についたらすぐ、楽器をうけとって、音楽会をはじめるためです。駅長さんも荷物係さんも、手を力いっぱいふってキキに合図を送りました。
でもキキは、知らんぷりしています。風が鳴らすラッパの音にあわせてチェロをひくのは、とてもいい気持なのです。
「もうすこし飛んでようか」
ふりむいてジジにいいました。
「もちろん、もちろんです。列車の扉があかなかったと思えばいいのです」
ジジもバイオリンをかかえて、おちつきはらっています。
「なるほどすばらしい音楽会だ」
「空から音楽がふってくるとは……」
下ではお客さんたちが、こんなことをささやきあっていました。うっとりと目をつぶってききいっている人もいます。手をふる人もいます。音にあわせて、足をそっと動かしている人もいます。
「あたし、春のしたくをしなくっちゃ」
「そうだわ、今年はすみれ草を帽子につけよう」
みんな、もう春がきたみたいにうきうきしていました。
やがて、お客さんの中から拍手がわきおこりました。大きく大きく鳴りつづけました。
「さ、おりるわよ」
キキは楽器が地面にぶつかって傷がつかないように、ほうきの上にひっぱりあげると、楽士さんや駅長さんたちが待っている舞台のうしろに、そっとおりていきました。お客さんたちはキキの姿が見えなくなると、ひときわ大きな拍手をして、立ちあがりました。
いっぽう舞台のうらでは、キキが地上につくのを待って、楽士さんたちがとびついてきました。
「なんておそいんだ」
キキに文句をいいながら、ほうきからあわてて楽器をはずしはじめました。
「だって風のせいですもの」
キキはすましていいました。楽士さんたちは楽器をかかえて舞台にとびだしていきました。が、お客さんたちはもう、みんな背をむけて、出口へぞろぞろと歩いていきます。
「あのー」
楽士さんが声をかけました。するとお客さんがひとり、ふりむいていいました。
「すばらしい音楽をありがとう。かわいい魔女さんにたのんで、空から音楽を送ってくださるなんて、ほんとうにいい思いつきですね。またぜひ、きてくださいよ」
それをきいて、楽士さんたちは八人が八人とも、ぱくりと口をあけて、大きなため息をつきました。
キキとジジは、お店にもどるため、また空を飛んでいきました。
「ねえ、キキ、お礼をもらった?」
ジジが声をかけました。
「何いってるの。あんな楽しいことさせてもらって。このうえ何かもらうつもり?」
キキがふりかえってあきれたようにいいました。
「そうだね」
ジジはうなずいて、黒い耳をぴんと立てました。
「まだ春の音きこえてるよ」
「もう春なのよ。ほんとの春の音なのよ」
キキは下にひろがるコリコの町を、じっとながめました。
「ここにきて、もうじき一年になるんだわ」