9 キキ、お正月を運ぶ
コリコの町は、あと四時間で今年も終ろうとしていました。とうとう大みそかです。どこの家も、新しい年をむかえる準備はすべて終ったようでした。窓ガラスはすっきりとみがかれ、やわらかいオレンジ色の光が通りにまであふれています。
キキは胸がきゅっといたみました。生まれてからずーっと、キキの家では、大みそかといえば、とうさんかあさん、それにキキ、黒猫のジジが集まって、いっしょに暮らすしあわせをしみじみ味わう夜のはずでした。でも今年は、ジジとふたりっきりですごさなくてはなりません。ひとり立ちした魔女は、一年間は里帰りすることができないのです。
(あと四ヵ月とちょっと、それまでせいぜい楽しくしよう。がまん、がまん)
キキは気をとりなおして、肉だんごづくりにとりかかりました。りんごぐらい大きい肉だんごです。かあさんがやっていたのを思い出しながら、夏のあいだに水煮をして保存していたトマトといっしょに、煮ました。
キキが生まれた町では、大みそかの夕食に、トマトで煮た大きな肉だんごを食べる習慣がありました。そのとき、みんなそれぞれ一年間にあったことをいろいろ思い出しながらおしゃべりをして、やがて時計が十二時を打つと、待っていたようにとなりにいあわせた人と抱きあって、「いい年でしたね、おたがいに」とあいさつをするのでした。
「ねえ、ジジ」
キキはなべの中に塩とこしょうをふり入れながら、いいました。
「今年はあんたとふたりきりだけど、これから肉だんごを食べて、十二時になったら、いつもの年のように、いつものあいさつをしましょうね」
「ええ、まあ、いいでしょ。このまま終ればまあまあですよ。考えようによっちゃ、そんなにわるい年でもなかったから」
ジジは、前足をつっぱってぐんとのびをしました。
(それにしても、大みそかの夜だっていうのに、なんだかへんねえ)
キキは、スープの味見をしながら首をかしげました。通りのあちこちが、いつもの夜よりもずっとさわがしいのです。なにやら人が集まっているようすです。
(今ごろは、にぎやかなのは町の中じゃなくて、家の中のテーブルのまわりのはずなのにねえ)
そのとき、
「ごめんなさいよ」
と、店の戸があいて、おソノさんが赤ちゃんを抱いて入ってきました。赤ちゃんはもうずいぶん大きくなって、足をばたばたと動かしています。おソノさんはキキと顔があうと、うたうような調子でいいました。
「耳をすましましょう」
そのいいかたがあんまりきどっているので、キキはちょっとのあいだ、ぽかんとおソノさんを見つめました。それからふしぎそうにいいました。
「あら、どうして?」
すると、こんどは反対に、おソノさんがぽかんとキキを見つめました。
「あっ、そうだわ」
おソノさんはしまったというふうに首をふりました。
「そういえば、あなた、知らなかったのよねえ。この町の大みそかのあいさつを……ごめん、ごめん。おしえてあげなきゃいけなかったわ。ちょっと、見て、あの時計」
おソノさんは、窓ごしに遠くかすんで見える時計を指さしました。
「だれがつくったんだかしらないけどねえ。あのお役所の
「それじゃあ、町のあのさわがしさも?」
「そう、もちろんよ。気のはやい人はとっくに外に出て、みんなにあいさつしながら待ってるわよ」
「まあ、そういうことなの。あたしも走っていいのかしら」
キキは身をのりだしました。
「とうぜん。でも空を飛ぶのは、なしよ」
「ええ、そんなずるはいたしません」
「あたしはこの子おんぶして、主人と走るつもりなの。じゃ、そのときいっしょにね」
パン屋のおソノさんが帰ってしまうと、さっそくキキはドレスのスカートをつまみあげて、足をふみならしてみました。ジジもしんけんな顔で足を一本ずつかわりばんこにぶるんぶるんとふって、準備体操をはじめました。
それから二時間とちょっとたったころでした。コリコの町のわかい町長さんは、今年じゅうにしなければならない仕事をやっと終って、机の前で大きなのびをしました。今年のはじめに選挙で町長になってから、仕事はすべてうまくいきました。わかいのによくやると、町の人の評判も上々です。一年が終わる今夜、町長さんは最高にはりきっていました。伝統ある大みそかのマラソンではなんとしても先頭を走って、町の人に、ますますたよりがいのある町長さんだということを見せなければならないと、かたく決心をしているのです。
町長さんは一、二、一、二と手を頭の上にあげ、三、四、三、四と、足をふみならしました。それから窓をあけて、町を見おろすと、大みそかのあいさつをたからかにさけびました。
「耳をすましましょう」
そのとたん、あんまりびっくりして、窓から手をすべらせそうになりました。町長さんの部屋は役所のいちばん高いところにあるので、窓をあければ、雲がかかっていても雨がふっていても、頭の上はるかかなたの時計台の音をかすかにきくことができるのです。それが今、いつもの規則正しい音ではなくて、まるであくびでもするように、コッチン、アッチン、ポッチンとなさけないひびきをたてているではありませんか。町長さんはあわてて窓から体をつきだして時計を見あげました。すると町長さんに知らせて安心でもしたように、時計はクククとかすかなうなり声をあげて、とまってしまったのです。十時三十六分でした。この時計が一年に一度のたいせつな働きをする十二時まで、あと一時間と二十四分しかありません。
町長さんは電話にとびつくと、代々この時計の世話をしている時計屋さんを呼び出しました。
「時計台の時計がとまってしまった。すぐ飛んできてくれ。町の人にはぜったいにないしょにしてな」
町長さんは電話をおくと、自分も大いそぎで時計台にのぼっていきました。この時計は、できたときから今まで、一度も故障したことなんてありませんでした。だから毎年きちんとした時間に、大みそかのマラソンははじまっていました。それは町の人たちにとってじまんの種でもありました。それなのに、よりにもよって自分が町長になったその年に、故障してしまうなんて……もしかしたら町の歴史に書かれてしまうかもしれません。これはたいへん不名誉なことです。わかくてはりきっている町長さんには、とてもがまんができないことでした。
しばらくして、大きな道具袋をさげた時計屋さんが、二三五八段もの階段をのぼって時計台にやってきました。この時計屋さんの家は、ずっと前の前の……五つほど前のおじいさんの代から、この大時計の世話をいっしょうけんめいしてきたのです。そのかいあって、これまで一度もとまるようなことはありませんでした。それなのに……もしかしたら一週間ほど前、きょうの大みそかのために最後の調整をしたときに、なにか手落ちがあったのかもしれません。時計屋さんの胸は、元気のよいときの時計みたいにコチコチと大きな音をたてはじめました。
青い顔をした時計屋さんは、さっそく修理にかかりました。小さなかなづちで、あっちのねじ、こっちの歯車とたたいていきました。そしてすぐほっと息をつきました。
「あっ、わかりました。いちばん大きな歯車がこわれたのです。これならかんたん、かんたん。とりかえればすむことです。三分ですみますよ」
「ほんとか?」
町長さんは思わず、一、二、一、二と足ぶみしてから、まだ心配そうにいいました。
「時間のおくれたのも、なおるのだろうな?」
「ええ、新しい歯車ととりかえりゃ、またたくまですよ」
「ちゃんと十二時に鐘が鳴るようになるか?」
「もちろんですとも」
さっきの心配もどこへやら、時計屋さんは自信満々です。かるい鼻歌をひとふし、道具袋をのぞきこみました。そのとたん、またまたがらりと顔が青くなって、手がぶるぶるとふるえだしました。
「で、でも……替えの歯車が……な、なかったんでした」
「な、なんだって、じゃ、はやくとってこい」
町長さんも青くなり、ふるえ声でいいました。
「で、でも……わたしの店にも、な、ないのです。注文し、しなくちゃ」
「じゃ、は、はやく、はやく」
「で、でも……五十三日も、かかるんです」
町長さんはよろよろとうしろにさがりました。それから苦しそうにうなり声をあげると、やっと口をひらきました。
「どこかにないのか」
「あっ、あっ、あることはあります。でもそれが……むずかしいところで……」
「はやくいえ」
「あ、あの西の山を三つこえて、そのむこうの町の時計が、これと同じだってきいたことがありました。歯車だけちょっと、お借りしてくれば……」
「借りるって?」
「はい、つまり、ちょっとないしょで……」
「つまり、ぬすむのか?」
「はい、でも……」
「でも、なんだ」
「どろぼうがいません」
「なにいってる。おまえがなれ」
「えっ? は、はい。で、でも、時間が……あっ、そうです。サイレンつきの警察の自動車に乗っていけば、もしかしたら……」
「ばかっ。どろぼうするのに警察の車に乗れるか。ほかに方法はないのか」
「えーあー、あっ、そうです。あります、あります。いま町で評判になってる……」
ルルルルー ルルルルー
キキのお店の電話が鳴りはじめました。おいしくできた肉だんごの夕食のあと、マラソンの練習で足をふみならしていたキキは、受話器をとると、小さくおじぎをしてうたうようにいいました。
「耳をすましましょう」
とたんにかみつくような声がとびこんできました。
「耳なんてどうでもよろしい。ぼくはここの町長だがねえ、きみは品物をとどける仕事をしているそうだが、とってくるっていう仕事はやらんのですか」
「そんなにがみがみおっしゃらないで。おとどけするのが商売ですから、こっちからあっちだって、あっちからこっちだってやりますよ」
キキはつんとして答えました。
「ほう、そりゃたすかった。それでは大大至急、時計台の上まできてくださらんか」
町長さんはすこしていねいなことばになっていいました。
キキはジジをつれて、ぶつぶつ文句をいいながら飛んでいきました。今夜だけは、空を飛ぶのはいやでした。地上を走りたかったのです。下を見ると、役所の前には、十二時を待って人がもうたくさん集まっていました。
「さっそくだがね」
キキが時計台に到着すると、町長さんはせかせかといいました。
「じつは、この時計のいちばん大きな歯車がこわれてな……西へ三つ山こえて、そのむこうの町の……しっけいしてきてくれんかね……ムニャムニャ、超特急で……ななな」
「しっけいしてくるって?」
キキは目をまるくしてききました。とたんに町長さんは肩をすぼめて、小さな声でいいました。
「つまり、十二時の鐘が鳴るあいだだけ、だまってお借りする……ってわけで……」
「つまり、ぬすんでくるってこと?」
「しーっ、ことばがわるい。女の子はそんなことばをつかわんもんだ。あくまでお借りするってことにしたいんだ。あとで返すんだから」
「それなら、鐘だけ鳴らせばいいじゃないの。どうせ時計は高くてあまりよく見えないんですから」
すると、時計屋さんがもうしわけなさそうにいいました。
「時計を動かして、十二時に二本の針をあわせないと、この時計は鳴らないようになっているんですよ。やっかいなことに……ねえ」
「それじゃ、十二時になったら、町長さんが、ヨーイドンって手をたたけばすむことじゃないの」
「それはだめだ」
町長さんは大きく首をふりました。
「長いあいだつづいている習慣というものは、そんなかんたんに変えてはいかんのだよ。そんなことしたら、走りだしたとたんに足をくじいたり、じんましんになったりする人が出てくるかもしれん。おねがいだから、行ってくれないか。もう時間がないんだ」
町長さんは顔を赤くしたり、青くしたりしていいました。それからまゆをハの字にまげ、ちょっとべそをかいたような顔でキキを見つめました。
(しょうがない人)
キキはむっと口をつぐむと、返事もせずに飛びたちました。
コリコの町から西にむかってお行儀よくならんだ山を三つ飛びこすと、谷間にガラスの首かざりをおいたような町の光が見えてきました。
「ねえ、キキ、だいじょうぶ? つかまったりしないかな」
ジジがキキの背中にしがみついてきました。
「行ってみなくちゃわからないわ。わけをいえば、ちょっとのあいだだったらほんとにかしてくれるかもわからないし」
キキは、半分は自分を安心させるようにいいました。
その町はとても小さくて、時計台はすぐわかりました。キキはなるべく気づかれないようにと、体をちぢめて時計台の上におり立ちました。それからふと下を見てびっくりしてしまいました。下の時計台前の広場には、コリコの町と同じように人が大ぜい集まっているのです。しかも時計台を見あげて、どうやらここの人たちも、時間を気にしているようなのです。キキはそっと屋根づたいに地上へおりていきました。人々は楽しそうにおしゃべりをしています。ところがみんな、おしゃべりをしながら、右手の小指をぴんとのばしたり、くきくきと動かしたりしているのでした。
(この町では、マラソンではなくて、小指の体操でもするのかしら)
すると、そばでおじいさんがキキにうたうようにいいました。
「十二時をおわすれなく」
キキはまたびっくりしてしまいました。そのいいかたが、コリコの町の「耳をすましましょう」にそっくりだったからです。
「ところで、これはなんのお集まりなんでしょう」
キキはたずねました。
「こりゃ、おどろいた、ごぞんじないのかね。十二時になったらな、『来年もなかよくしましょう』ってとなりの人と約束の指きりげんまんをするのさ。これがこの町の、むかしからの習慣でね」
おじいさんは笑いながら、自分の小指をキキの前にさしだしました。
「ほら、もうじきだよ。あんたも用意はいいかい。おや、おや、ほうきなんぞ持って、まだ大そうじもすまんのかね。さあさ、いそぎなさいよ」
おじいさんはそういうと、けしかけるようにキキの背中を押しました。思わずよろけながら人ごみをぬけると、キキはジジにいいました。
「さ、帰りましょ」
「でも、歯車は、どうするのさ」
ジジが心配そうにキキを見あげました。
「もういいの。このまま帰っちゃう」
キキはぶっきらぼうにこたえました。
「でも……でもさあ、ちょっと借りるだけでしょ。やらないの」
「ええ。そんなことできないわよ。もしあたしが歯車を借りたらよ、ここの時計は十二時を打たないわ。すると、この町の人は、なかよしの指きりげんまんができないのよ。そしたら来年はこの町、けんかばかりになっちゃうかもしれないじゃないの」
「でも、コリコの町もこまるよ。どうするの」
「すこしかんがえてみる」
キキは大いそぎで、ものかげから夜の空へ飛びあがりました。
キキがコリコの町の時計台にもどると、町長さんと時計屋さんがとびついてきました。
「どうだった?」
「はやく歯車を」
キキはなんにも持っていない手をふってみせました。
「このとおりよ。でも、ご心配なく。あたしがうまくやるから。さ、ふたりとも下におりて待っててください」
「でも……」
ふたりは不安そうにキキを見つめて動こうとしません。
「だいじょうぶです。あたしは魔女よ。ちゃんとやれるわ」
キキはきっぱりいうと、ふたりを階段のほうに追いやりました。それから、両手をひろげて大きな深呼吸をすると、
「さ、ジジ、あなたもたすけて。あたしにしっかりつかまって、うしろから力いっぱい押してよ」
というと、しんけんな顔でほうきにまたがり、ものすごいいきおいで飛びたちました。
キキは、一気に町はずれまで行き、すばやくまわれ右するやいなや、もっと速度をあげて、時計めがけて突進していきました。そして、時計にぶつかりそうなくらいすれすれに近づいたとき、長い針を両手でぐっとつかむと、いきおいに乗って、文字盤の上をまわりはじめました。またたくまに一回転と二十四分。二つの針はみごとに十二のところでかさなりました。
「ぼん、ぼん、ぼん……」
コリコの町に、たからかに鐘の音が鳴りわたりました。役所の前から、ワーッという叫び声があがりました。そして町全体に足音をひびかせて、マラソンがはじまりました。
一方、時計の針をはなしたキキは、はずみで町のはずれまで放りなげられるように飛んでいきました。それから、なかなかとまらないほうきをなだめて、時計台の上まで帰ってくると、ぐったりとすわりこみました。髪はさかだち、中身がかたよってしまったような頭をぶるんとふって下を見ると、みんな元気に走っています。人でうずまって、まるで道が動いているように見えます。いちばん前でひときわ目立ってとびはねているのは、どうやら町長さんのようです。
「すごかったねえ。しっぽが飛ばされるかと思ったよ」
猫の押花みたいに、ぺったりとのびて、ジジがいいました。
「あたしだってさ、目も口も飛ばされて、のっぺらぼうになるかくごだったわよ」
キキはほっとして、自分の腕時計を見ました。なんてことでしょう。まだ十二時五分前です。
「うふうふうふ」
キキは思わずふきだし、体をよじって笑いつづけました。
「ちょっとばかり、うまくやりすぎちゃった。でも、おくれたんじゃないから、いいわよねえ」
それから舌をぺろりと出しました。
「いいかげんなんだねえ」
ジジはあきれたようにまわりを見まわして、とつぜん、
「あー、ないっ」
とさけびました。
「ぼくの腹まき、どっかに行っちゃった」
「あら、ほんとだ。飛んじゃったんだわ。……いいじゃないの、それくらい」
「よかないよ、だいじにしてたんだから。あれがなきゃ、ただのまっくろ猫にもどっちゃう。……おすそわけもらうどころか、大そんがいだ」
するとキキはなだめるようにいいました。
「あたしたちはね、お正月を運んできたのよ。そんなすごい宅急便屋さんいると思う? あなたとあたしだからできたのよ。ただのまっくろな猫にできることだと思う? さ、気をとりなおして、あたしたちもいっしょに走りましょうよ。ちょっとずるにはなるけどさ、ほうきで追いついて、おソノさんたちと走りましょうよ。とんぼさんやミミさんもさがさなくちゃ。さ、いそいで」
そして、ジジをさっとかかえると、ほうきに飛びのりました。
ところで、年が明けてから、キキが街に出かけていくと、知らない人からも「ごくろうさん」と声をかけられるようになりました。キキは、
(新年になって、みんな気持にゆとりがあるんだわ、きっと)
とうれしかったのですが、ある日、おソノさんがおしえてくれました。
「時計台の時計屋さんがね、みんなに話して歩いているらしいのよ。キキは、こわれた歯車をすぐに直して、あの十二時にまにあわせたって……あんな魔法を使う魔女が、ひとりくらいこの町にいるとたすかるって。あたしも鼻が高いわ、前からそう思ってたんですからね」