6 キキ、ちょっといらいらする
海に行ってさんざんな目にあったつぎの日、キキは、町の西のはずれの森から、とねりこの木の枝を一本さがしてくると、さっそく新しいほうきづくりにとりかかりました。旅立ちの前につくったような細くきどった柄のほうきは、もうほしいとは思いませんでした。強い風の中でも水に泳ぐ魚のようにしなやかで、しかも
「かあさんとはんぶん、はんぶん」
キキはひとりごとをいって、首をすくめました。これを機会に、思いきってぜんぶ新しくしてみようかと考えないわけではありませんでした。でも、かあさんのほうきの房には、安心がたくさんのこっているような気がして、どうしてもすててしまう気になれなかったのでした。
「やっぱり、はんぶん、はんぶん」
キキはまたひとりごとをいいました。そばで目をつぶってすわっていた黒猫のジジは、それをきくと、目を細くあけてほうきを見て、安心したようにほっと息をつきました。
ところが、できあがったほうきはあまり調子よく飛んではくれませんでした。大いそぎでつくったので、枝がじゅうぶんかわいていなかったのかもしれません。それともまだ、飛ぶことに慣れていないのかもしれません。
「いずれにしろ、あたしが自分で乗りこなさなくちゃいけないのよね」
乗るたびに目がまわるような思いをさせられながら、それでもキキは、あきらめずに飛びつづけました。
このほうきはどちらかというと、かあさんの房のほうがずっと元気がよくて、すぐあばれ馬のようにおしりがはねあがってしまうのです。それで、キキがつまずいてころびかけてるような……また、ただいまさかだちの練習中というような……へんなかっこうになってしまうのです。
でも、世の中とは……おかしなものです。キキがひや汗をかきかき、こんな姿で飛んでいると、前よりずっと、町の人が声をかけてくれるようになったのです。
「おや、おや、だいじょうぶ?」
「このごろどうしたの、風邪でもひいたの?」
「おしりが軽くなったのかしら」
「落ちるときはじょうずに落ちなさいよ」
また、こんなふうにいう人もありました。
「なんだか安心したわ。前のように黒いとがった線みたいに飛んでいるのを見るとね、いかにも悪い魔女みたいに見えちゃうのよねえ」
キキはつくづく思いました。
「へたになったらすかれるなんて、おかしなこと。かあさんもここまでは気がつかなかったみたい」
このほうきさわぎから十日ばかりたったある日のこと、
「ご、ぶ、さ、た、しました。お元気? おかげさまでやっとできあがったのよ、あなたたちの絵がね。それでおねがいついでに、展覧会の会場まで運んでいただけないかしら。そんなお仕事をはじめられたってきいたものだから。ごぞんじのように、ちょっと大きいんだけど、なんとかしてちょうだいな」
「ええ、もちろん」
キキはいいかけて、思わず息をすいこみました。急に不安になったのです。ああいう大きくてうすい板のようなものを運ぶのは、とてもむずかしいのです。風がふいたりしたらもっとたいへんです。それにちょうど今は、ほうきが信用できないときではありませんか。
キキは、ほうきで飛べるようになってしばらくしたころ、急の雨でとうさんに傘をとどけに行く途中、風でその傘がひらいてしまい、ほうきごと風車のようにまわりだしたときのこわかったことを思い出したのでした。
「あなたを描いた絵ですもの、ぜひ、おねがいね」
絵描きさんは、キキがひきうけてくれると思いこんでいるようです。
「ええ、それじゃあ、なんとか」
キキはしかたなく返事をしました。
「よかった。じゃ、あしたお昼ごろ、とりにきてね。おねがいしたわよ。そのとき絵もお見せしたいわ」
絵描きさんの声はうきうきとしていました。
つぎの日の朝は、ひとかけらの雲もなく、青く澄んだ空でした。でも、キキはまた心配になってしまいました。朝、こんなに空が高く見える日は、上のほうでは風が強くふいている証拠なのです。そしてお昼近くになると、その風が下のほうに移動してくることがあるのです。
(うまく運べるかしら。たいせつな絵ですもの)
キキはふと、あの飛行クラブの男の子がいっていたことばを思い出しました。たしか、
「なめらかに飛ぶ方法だったらずいぶん研究した」といったはずです。
さっそくおソノさんのところから電話帳をかりてくると、飛行クラブの番号を調べてかけてみました。
「あの……男の子、えーと、空とぶ魔女のほうき研究班の、ひょろんと背の高い男の子、いらっしゃいますか」
「えー、こまったなあ。みんな、ひょろんとした者ばかりなんですがねえ」
「どうしよう。それじゃ、おでこにすりきずのある人います? まだついているといいんですけど……」
「は、ははは、ついてます、ついてます。あいつね。まだちゃんとついてますよ。あいつは、とんぼさんっていうんです。めがねが似てるでしょ。あっ、いま顔をだしました。お待ちください」
「もしもし、とんぼです」
声がかわりました。
「あっ、あたし、先日の魔女です。キキっていいます」
「へえ、ここがよくわかったなあ。あのときはほんとうにすいません。まだなにか、ぼく、悪いことしましたか」
「いいえ、あれはもうおしまい。きょうはね、ちょっとたすけていただきたくって」
それからキキは、風の中で大きな絵を運ぶにはどうしたらいいか、たずねました。
「それなら、お散歩方式、これがいちばんだと思いますよ」
とんぼさんはすぐに答をだしました。
「なあに、それ?」
「ぼくにまかせてください。おてつだいできると思います」
「まあ、ありがとう。その絵描きさんの家、北の公園の森のはじっこに、木でうずもれたようになっている家なんですけど、ごぞんじかしら。あたしもこれから行きますけど」
「知ってます。穴ぐまの家みたいな」
「そ、そう、じゃ、おねがいします」
キキは、穴ぐまの家って、ほんとだわと思うと、おかしくて、笑いながら電話を切り、いそいで出かけるしたくをはじめました。
キキがジジといっしょに、公園のはずれにおり立つと、むこうから、大きな紙袋をかかえたとんぼさんが走ってきました。
絵描きさんは、キキを見ると、うれしそうに奥の部屋から絵をもって出てきました。
「ああ」
キキは思わず声をあげました。ジジも同時にのどをぐるるると鳴らしました。それは、暗い空を背景に、黒いドレスの魔女と猫が、浮きあがるように描かれていました。その黒い色のつややかで美しいこと、キキはあらためて自分のスカートを見つめました。
「目がちがうな」
しずかにしていたとんぼさんが、とつぜん横から不満そうにいいました。
「どうちがうの?」
絵描きさんははじめてとんぼさんに気がついて、びっくりしながらいいました。
「どうしてって……もっと、くるんとしてかわいいよ。キキさんのは……」
「あら、そのほうがよかったかしら。魔女の雰囲気をだそうとしてみたんだけど……」
絵描きさんは、へんな顔をして、とんぼさんを見つめました。
「あ、この方、あたしのお友だちです。絵を運びいいように、工夫してくださるんです」
キキがあわてて紹介しました。とんぼさんはそれ以上は何もいわずに、口をきゅっとつぐんで、もう一度絵を見ると、仕事にかかりました。まず紙袋の中から、色とりどりの風船をとりだしました。
「風船? これで絵を飛ばしちゃうの?」
絵描きさんはおろおろして、絵をおさえました。
「いえ、絵を散歩させるんです」
とんぼさんは、あいかわらずにこりともしないで、こんどは袋の中から小さなボンベを出しました。そして、つぎつぎ風船をふくらませていき、それぞれに長いひもをつけて一つにまとめると、額縁の上の部分にヒートンをねじこみ、それにしっかりとむすびつけました。それから、そのむすび目にかぶせるように、ふといひもをくくりつけました。風船は浮きあがり、絵は地上すれすれでしずかにゆれていました。上に飛びあがるのでもなく、下に落ちるのでもなく、とてもいいぐあいに浮いています。
「風船に入れる水素ガスの量と、風船の数が、こつなんですよ」
とんぼさんは、ちょっと得意顔です。
「キキさん、このふといひもを、犬の綱みたいに持って飛んでください。風でどこかへ行きそうになったら、ぐいっとひっぱってね、いうこときかすんですよ」
とんぼさんはキキにいいました。
「まあ、犬ですって?」
絵描きさんは、またも心配そうにキキを見ました。
キキは、自分がまったく思ってもいなかったことをあっさりやってのけたとんぼさんを、感心してながめていたのです。
「だいじょうぶみたい。これなら絵はずっと軽くなるはずだし、どこから風がきたって、絵は自由に動けるし、すばらしいやりかただわ」
キキがいうと、とんぼさんは、はじめてうれしそうに白い歯を見せて笑いました。
ほんとうにこれはすばらしい方法でした。キキがひもを持って飛びあがると、絵はおとなしくついてきました。風にまわりながらも、ゆっくりゆっくり進んでいきます。美術館に行く前からもうすでに、道を歩いている人、窓から外を見ていた人、屋上で日なたぼっこしていた人、みんな、本もののキキとジジ、それからキキとジジを描いた絵を、同時に見ることができたのです。
「本ものそっくりだ。どっちがどっちだかわからんくらいだ」
こんなふうにつぶやいた人もいました。
「黒い洋服の人と黒い猫を描くなんて、とってもむずかしいことですよ」
こんなふうにつぶやいた人もいました。
「これはたしかに、本もの以上のできばえです」
こんなふうにつぶやいた人もいました。
ともかく、たいへんな評判になりました。
美術館でも、「世界一美しい黒」という題のこの絵の前は、いつも人だかりがしていました。
絵描きさんが大よろこびしたことはいうまでもありません。キキのお店の看板に、すてきなキキとジジの絵を描いて、お礼をしてくれました。でもキキは、それ以上のおすそわけをうけとったことになりました。キキのはじめた商売が、コリコの町のすみずみまで知れわたったことでした。つまり、ジジのいう、〝宣伝〟というものができたのです。
おかげでキキの商売は、いそがしくなりました。たんじょう日のお花とか、わすれたおべんとうとか、ひとり暮らしのおばあちゃんにとどけるスープとか。お医者さんのわすれた聴診器とか。みんな気らくにたのんでくれるようになったのです。でも、中にはちゃっかりしている人もいました。カバンを持って学校についてきて、とか。悪口をとどけてとか。そんなことはもちろんおことわりです。
暑かった夏もすぎ、まわりはすこしずつ、秋の景色に変わろうとしていました。
ほうきもなんとかなめらかに飛ぶようになったし、キキの生活も、おちついてきたかに見えました。
が、キキはこのところ、ちょっとごきげんななめでした。これといった理由もないのに、なにかいらいらしてくるのです。
「この町にきてからずっとたいへんだったから、つかれがでてるんだわ」
キキは自分で自分にいいわけをいうようにときどきつぶやきました。でも、それだけではないことに、キキはぼんやりと気がついているのです。
絵描きさんの絵をお散歩方式で運んだのをきっかけに、飛行クラブのとんぼさんは、よくキキの店に遊びにくるようになりました。そんなとき、とんぼさんがなにげなくいったことばを、キキは気にしていたのです。
「キキってさ、空を飛ぶせいかな、さばさばしてて、ぼく、気らくでいいや。女の子っていう気がしないもんな。なんでも話せるし」
そのときは、とんぼさんが自分をほめてくれたと思いました。でも日がたつにつれ、「女の子っていう気がしないもんな」ということばが心にひっかかってきたのです。
「あのとき、あたしの目は絵よりかわいいっていったくせに……こんどは、さばさばだって、……さばさばってどういうこと? こういう大きな町の女の子っていうのは、とくべつなのかしら、……そんなにちがうのかしら」
キキは心がどうももやもやして、決まりがつかない感じなのでした。
きょうもスリッパがかたっぽなくなったといって、ジジにとがった声をあげました。
「あたし、こまるのよ。おもちゃにして遊ぶのはけっこうだけど、ちゃんともどしといてくれなきゃ。もうこれで何度目? 色のちがうスリッパばかりのこっちゃって」
ジジはきこえないふりして、大きなあくびをしました。
すると、電話のベルが鳴りだしました。キキはかたっぽのスリッパ足でけんけんとびをしながら、部屋をよこぎって受話器をとりあげました。
「魔女屋さんって、そちらさん? ごきげんよう」
のんびりした声がきこえてきました。
「はあ、まあ」
キキは、気持のきりかえがつかなくて、ぼんやりと答えてしまいました。
「なんでもたのんでいいのかしら。もっていっていただきたいんですけど」
「はあ」
「ところであなた、それはビスケットなのよ。あたしのねえさんはねえ、のぎく。いえ、あたしの名前はすみれよ。おばあさんなのに、すみれっていうんだからはずかしいことねえ。ふふふふ」
キキは、なんともはっきりしないいいかたに、思わず、うふんと
「ねえさんのところへ行くのはあとよ。あたしのうちはやなぎ通り、ごぞんじかしら? そのはずれ、きゅうきゅう番地、九九よ。九十九、わかる?」
「ええわかりました。すぐまいります」
キキはみなまできかずに早口で答えると、自分から電話を切ってしまいました。そして、つっかけていたかたっぽのスリッパを、思いきり部屋のすみに足で飛ばしました。
やなぎ通り九十九番地はすぐわかりました。
キキが戸のわきにさがっているひもをひっぱると、からからからとかわいた音がして、「こっちにきてくださーい」という声が、家のうらからきこえてきました。キキが家にそった路地を入っていくと、小さな木戸があいていて、その庭では、いさましく腕まくりしたおばあさんが、洗濯のまっ最中でした。
大きなたらいを四つもならべて、一つには白いものばかり、一つには黒いものばかり、一つには青いものばかり、一つには赤いものばかりが入っています。石けんの泡がお日さまに光って、生きもののようにふわふわと動いていました。白いところに白い泡、黒いところに黒い泡、青いところに青い泡、赤いところに赤い泡。
「すみれさんですか?」
キキは木戸を入って声をかけました。
おばあさんはむちゅうで洗濯しながら、白い毛のまじったおかっぱ頭をはずませて、うなずきました。ひたいには、まるい汗がいっぱい浮いています。
「魔女の宅急便です」
すみれさんはすばやくエプロンで手をふくと、キキを見あげました。
「魔女屋さん、じゃないの?」
「まあ……品物をおとどけする仕事してます」
「あたし、魔女……ってきいたでしょ。なんでもやってくれる商売かと思ったのよ。……でもみんなやってくれちゃうとなると、あたしの商売のほうがあがったりになっちゃうわね……よかった、おとどけ屋さんだけで。あたしもね、めずらしい商売してるのよ。ふふふ、まにあわせ屋さんっていうのよ。ちょっとあなたに似てるんじゃない? 似てないかしら」
すみれさんは自分でいったことばをおもしろがって、くすんと笑いました。
「でも……たすかるわ、ほんとうに」
すみれさんはまたたらいに手をつっこむと、洗濯のつづきをはじめました。
「あたしのねえさんたら、がんこものでねえ。きょうもっていくっていったら、ぜったいにきょうでなきゃだめなの。気がすまないの。ちょっと待ってね、これ洗っちゃうわね。じゃじゃじゃん」
すみれさんは景気をつけるように声をだして、白いシャツに石けんをこすりつけてもみました。
「いちいちものをとどけるのもたいへんだから、あたし、ねえさんといっしょに住みたいのよね。でも、あちらはひとり暮らしが気らくでいいんですって。さっ、じゃじゃじゃん、ぱぱぱーん、と。それなのによっ、ビスケット一つ焼けないんだから。
じゃじゃじゃん。一週間に一度はなにかとどけてあげたり、会っておしゃべりしなくちゃならないのよね。ふたりきりのきょうだいなの、あたしたち。よいしょ、じゃじゃじゃーん、ぱぱぱーん。ここんとこのよごれなかなか落ちないわ、もう一度じゃじゃじゃん。そうなの、でもきょうはあたし、とてもいそがしくってねえ、それどころじゃないもんだから……」
すみれさんは洗濯の手を休めずに、またキキを見あげました。
「わるいわねえ、お待たせしちゃって……。きのうまでお天気がわるかったでしょ。こんなに洗濯物をためたのはじめてよ。お客さんからさいそくがきてるの。はやくかわかさないと……じゃじゃじゃん、ぱぱぱーん」
「これ、ぜんぶ、洗うんですか?」
キキは目をまるくしていいました。
「そうよ。どうして? もちろんよ」
「手で?」
「そうなのよね、あたし、洗濯機がないの。でも、まにあわせ屋さんだから、手でまにあわせ、ってわけ」
しゃべりながらも、すみれさんの手は機械のように動きつづけます。キキは、そのはやくてじょうずなことに目を見はりました。洗濯物を板の上にのばすと、石けんをひとなで、それからじゃじゃじゃんともんで、ぱぱぱーんと両手でひろげて、よごれがおちたかどうか、見るのです。
「じゃじゃじゃん と ぱぱぱーん
じゃじゃじゃん と ぱぱぱーん」
すみれさんは自分の動作にあわせて、小さな声で伴奏を入れているのです。そのあいだに、泡もふわわあんと空に飛んでいきます。
みるみる白のたらいも、黒のたらいも、青のたらいも、赤のたらいも洗いあがっていきました。つづいて、ホースで水をひくと、同じように、じゃじゃじゃん、ぱぱぱーんとゆすぎはじめました。
キキはうっとりとながめていました。仕事で来たのもすっかりわすれていました。
とうとう、しぼってねじりん棒になった洗濯物が、大きなかご山もりいっぱいになりました。いちばん下が白、つぎが黒、そして青に赤。すみれさんは立ちあがると、腰に手をあてて、空を見あげてふうっと深呼吸しました。
「さて、ほそうかな」
すみれさんは麻のひもをもってくると、はじをつまんでちょっと考えました。それから、そばでほうきとジジをかかえて立っていたキキに、いいました。
「わるいわねえ。ちょっとこのひもの先、持ってくださる? 洗濯物さげるの。こんなたくさんだから、長いひもじゃないと……」
すみれさんは返事もきかずに、ひもの先をキキの手にわたしました。それから、洗濯物の山からまず赤いリボンをつまむと、ひもにつるしました。
「小さいものから、じゅんじゅんに」
すみれさんはこんどもうたうようにいうと、つぎは赤ちゃんのくつした、赤ちゃんのスカート、おねえさんのブラウスと、手ぎわよくつるしていきます。そのたびに、キキはすこしずつすみれさんからはなれて動いていきました。ひもは洗濯物で重くなって、まあるくたれていきました。
「あっ、地面についちゃうわよ」
キキが叫び声をあげました。
「あっ、たいへん、じゃ、背のびしてくれない?」
すみれさんもさけぶようにいうと、大きな赤いテーブルクロスをつるしました。
「あっ、だめよ。つく、ついちゃうわよう」
キキはひもを持った手を頭の上にあてて、ぴょんとはねました。
「もっと上に持って。あっ、おねがい。それじゃちょっとほうきで飛んでくれない?」
すみれさんは上を見ていいました。
「そ、そうね」
キキは思わずうなずいてほうきにまたがると、軒先の高さまで飛びあがりました。
すみれさんはまた、かごに身をかがめました。つぎは青いものです。
「小さいものから、じゅんじゅんに」
おかあさんのハンカチ、坊やの帽子、おとうさんのパンツ、女の子の水着、おとうさんのワイシャツ、窓のカーテン、水色のシーツ、ならんで、ならんで、黒いものに変わります。
洗濯物がまた地面につきそうになって、キキは屋根の上まで飛びあがりました。すみれさんは汗をふきふき、どんどんつるしていきます。
おとうさんのくつした、坊やのズボン、おかあさんのスカート、おばあさんのワンピース、ならんでならんで、白いものに変わります。
赤ちゃんの手袋、よだれかけ、パンツに洋服、だんだん、だんだん、大きなものへ。おかあさんのスリップ、おとうさんのステテコ、最後にシーツが五枚もならびました。
「あっ、終った」
すみれさんはすっきりした声でいうと、ひものはじをそばの囲いにゆわえつけました。
「これ、どうするのおっ?」
屋根の上はるかかなたで、キキはひものはじっこをふって、大声でさけびました。
「あら、たいへん、どうしよう」
見あげたすみれさんは、びっくりして両手をあげました。
「すいませーん。どこかてきとうなところさがして、むすんでちょうだいな」
「そんなこといったってーっ」
キキはさけびかえしました。空の上に、てきとうなむすぶところなんて、あるわけありません。あるとしたら、こうして飛んでいるキキしかないじゃありませんか。手をはなしたら、洗濯はやりなおし、ってことになってしまいます。キキはあきらめて肩をすくめると、ひもを力いっぱいひっぱって、自分の腰にむすびつけました。
「わー、すごいぞ。ぼくたち、でっかいしっぽ、さげてるみたいだ」
ジジはほうきの房からのりだして、旗のように動いている洗濯物の列を見ています。
「わーすてき、運動会の旗みたいよ。ヨーイドン、はやく、はやく、とんで、とんで、がんばれーっ」
下ではすみれさんが、手をたたきながらぴょんぴょんとんでいます。通りを歩いている人たちも、おどろいて上を見あげました。
「連だこだあ、連だこだあ」
子どもたちも集まってきました。
「じょうだんじゃないわよ」
キキは口をまげました。でも、その口のまげかたはちょっと上むきで、楽しいことにむちゅうになっているときと同じまげかたでした。
「しょうがないわ、はやく、かわかさなくっちゃね」
キキは飛びはじめました。すみれさんの上空、はるか高いところで、ゆっくりまわりはじめました。風がキキの体をふきぬけていくたびに、このところ心にもやもやとたまっていたものが、いっしょに飛んでいくような気持がしました。
「じゃじゃじゃん、と、ぱぱぱーん」
キキはさっききいたばかりのすみれさんの歌を、口ずさみました。すると、ずらりとならんだ洗濯物も、こんな音をたてて、伴奏してくれているようでした。
ぱぱぱあん、ぱたたあん、ぱぱぱあん、ぱたたあん
秋のはじめの澄んだ空気とお日さまが、空を泳ぐ洗濯物をどんどんかわかしていきます。ぱたあん、ぱたあんと鳴っていたのが、いつのまにか、ぱたぱたと軽い音に変わっていきました。
「あーりーがーとーうー」
下からすみれさんがひもをつんつんとひっぱりました。それから一つずつ、洗濯物をはずしはじめました。それにつれて、キキもすこしずつ、すこしずつおりていきます。
白い洗濯物、黒い洗濯物、青い洗濯物、赤い洗濯物がかごにふんわりとした山をつくると、キキもようやく地面に足をつけました。すみれさんがそばにかけよってきました。
「こんなにはやくかわいて、大だすかりよ」
「さすがは、まにあわせ屋さんね、あたしをちゃんとまにあわせて。洗濯
キキは笑っていいました。
すみれさんは首をすくめて、舌をちろっと出しました。
「そう、そのとおり。これ、まにあわせ屋さんのまにあわせ。まにあえば、しあわせ、まにあわなければ、ふしあわせ」
すみれさんはまたうたうようにいうと、洗濯物のかごを家の中に運びこみました。キキもいっしょに入っていくと、そこには、変わったものがいっぱいありました。
玄関のドアは、上と下二つにわかれていて、顔だけ出すことも、足だけ見せることもできるようになっていました。
「ドアがこわれたから、小さいの二つでまにあわせ」
すみれさんはいいました。
表の戸から一本のひもがつづいていて、その先に、くるみや、くぎや、スプーンをたばねてさげてありました。
すみれさんは笑いながら指さすと、いいました。
「これ、鈴のまにあわせ。さっきひっぱって、いい音したでしょ」
そうかと思うと、黒い長靴のかたっぽに、すすきがいっぱい生けてありました。
「これ、花びんのまにあわせ。すてきでしょ」
すみれさんは、目のまわりにこまかいしわをいっぱいよせて笑いました。それから、
「あら、あたし、すっかりいい気持になっちゃってたけど……ねえさんにビスケットをとどけていただくんだったわね」
やっとほんとうの用事を思い出したようです。すみれさんは、はずかしそうに口をつぼませると、台所から袋を二つもってきました。
「ねえさんのうちは枯れ木通りのとんがり荘。いちばんとんがっている家よ。そう、あなたにもあるのよ、ささやかなお礼。これ星くずビスケットって名前なの。あたし、焼くとき失敗しちゃって、小さくかけちゃったの。だからすてきな名前でまにあわせ、ってわけ」
キキはよろこんでいただきました。
キキがとんがり荘にビスケットをとどけると、ねえさんののぎくさんは、ぶっとふくれていいました。
「おや、自分でこないで、ひとさまにとどけてもらうなんて、なんてぜいたくなの。こごとをいってやらなくっちゃ」
でも、目はうれしそうに袋の中をのぞいていました。
そして、その夜、キキのお店から、こんな歌がしきりにきこえてきました。
「これ まにあわせ屋さんのまにあわせ、
まにあえば しあわせ
まにあわなければ ふしあわせ」
キキとジジが、かたっぽになったスリッパを前にしてうたっているのでした。でも、どうまにあわせたらいいのか、なかなか思いつかないようなのです。