4 キキ、お店をひらく
魔女のキキが、このコリコの町にきて、きょうでもう三日がすぎました。
「いつまでいてもいいのよ」
とパン屋のおソノさんがいってくれるのをいいことに、キキは粉置場にずっとこもったきりです。かあさんのコキリさんのつくってくれたおべんとうののこりと、おソノさんにもらったバタパンを、あまり食欲のないおなかにすこしずつ入れながら、ベッドのはじにぼうっとすわったままですごしてきました。そんなキキの気持がうつったのか、ジジもキキのそばにぺたりとくっついてはなれません。
きょうあたりはもう、そろそろ食べるものを買いに出なければなりません。それなのにキキは、どうしても外に出ていけないのでした。ひっきりなしにきこえてくる町の音や、窓ガラスごしにいそがしそうに歩いている人たちを見ると、わけもなくおびえてしまうのでした。この町ではなにもかもが、知らんぷりした顔で動いているように見えるのです。あの夜、赤ちゃんにおしゃぶりをとどけたときは、もうだいじょうぶと自信がわいてきたのに、その気持はつぎの日の朝には、ぺちゃぺちゃとつぶれてしまっていました。
「だってさ、あたし、だってさ……」
と、きょうも朝から、ことばにもならないいいわけを、心の中でくりかえしているのでした。
このままこの町で、人間のふりして暮らすこともできるのです。でなけりゃ、うちに帰ることもできないわけではありません、はずかしいのをがまんできれば……。でも、そんなことをしたら、頭だけちょっと出して一生を終るようなみのむしと同じになってしまう、みのむしにはわるいけど、あたしはいやだとキキは思うのでした。キキは部屋のすみに立てかけたままのコキリさんのほうきを、何かがつかえたような胸に手をあてて、ながめました。
(こんなことじゃいけない。何かあたしにできるものを見つけなくちゃ……あたし、おしゃぶりをとどけてあげたわ。ああいうことだったら、できるかもしれない。空を飛ぶことは得意だもの。……ほら、かあさんもいってた。大きな町ではみんないそがしいって。その大きな町にちょうどあたしはいるんだもの。いそがしくって、ちょっとしたとどけものにもこまっている人は、たくさんいるかもしれないわ)
考えているうちに、キキの心はほんのすこしふくらんできました。
それで、キキは、ようすを見にきたおソノさんに相談してみました。
「とどける……って……つまり運送屋さん?」
おソノさんはちょっとわからないというようにたずねました。
「そうなんですけど……でも運ぶものはなんでも、荷物っていえないようなもの……小さなものとか、いろいろ。……気らくに、ほら、おとなりのおねえさんにたのむようにたのんでくださってもいいし……」
「ふん、そりゃ、いいかもしれない。ふんふん。考えてみると、このわたしもたすかるわ。赤ちゃんが生まれたら、ちょっとしたことでも、なかなか出かけられなくなっちゃうもの。ふん、いいわよ、これはいいわ」
おソノさんはだんだんと身をのりだしてきました。
「でも、そんな小さなものまで運ぶとすると、料金を決めるのがむずかしいわねえ。どうするつもり?」
「それでしたら、ほんのおすそわけでけっこうなんです」
「えっ、なに? それ」
おソノさんはききかえしました。
「お、す、そ、わ、け、です。あたしたち魔女は、このごろではそうやって暮らしているんです。あたしたちができることでお役にたてていただいて、そのかわり、みなさんのものをすこしわけていただいて、こういうの『もちつもたれつ』ってもいうんです」
キキは、知らず知らずのうちに、コキリさんの口調をまねていました。
「そういえば……そんなことば、あったわねえ。でも、それじゃたりないでしょ」
「いいえ、あたしたち、あまりいろいろなものいりませんから。洋服もこのとおりだし、食べものもすこしでいいし……なければないようにやっていくつもりですから」
「そういうことなの」
おソノさんは感心したようにうなずきました。
「ということになると、やっぱりお店がいるわねえ」
「ええ、小さくても、看板ぐらいかけて、『おとどけ屋』とか……」
「じゃ、ここはどう? 下の粉置場。荷物をすみにかたづけて」
「えっ、いいんですか?」
「まあ、小さすぎるかもしれないけど、でも商売っていうのはね、小さくはじめるのがいいのよ。だんだん大きくする楽しみがあるから」
おソノさんは、まるで自分がはじめるようにうきうきしていました。
「そうと決まれば、はやいほうがいいわよ。でも、キキ、『おとどけ屋さん』っていう名前はあまりよくないんじゃないの。『おとぼけ屋さん』ってきこえるわよ。あたし、どこかで『宅急便屋さん』っていうのあるってきいたことあるわ。お宅まで大いそぎでとどけるっていうんで、そんな名前にしたんですって。とってもちょうほうなんですって。そうだわ、あなたがやるんだから、その上に〝魔女〟をつけるのよ。〝魔女の宅急便〟、いいじゃないの」
「魔女なんてつけて、だいじょうぶかしら」
「また、そんなえんりょをして。お店の名前は変わっているほうがいいのよ。うちをごらんなさいな。『グーチョキパン屋』よ。だれでもすぐおぼえてくれるわ。これも商売のこつ」
おソノさんはキキを見ながら、自信がありそうに何度もうなずきました。
そのつぎの日、おソノさんに女の赤ちゃんが生まれました。キキは、パン屋さんのてつだいやら、おソノさんの世話やらで大いそがしでした。そのため、店の準備はすこしあとにのびましたが、十日ほどたって、とうとう開店の日がやってきました。
粉がついてうっすらと白くなっていた表の壁は、ていねいにそうじされ、看板がかけられました。
「魔女の宅急便。こっちのお宅から、あっちのお宅まで、どこよりもはやく、どんなものでもおとどけいたします。電話番号は
おソノさんの口ききで、こんないい番号の電話がひけたのでした。
キキとジジは何回も外へ出て、看板を見あげました。
「もうはじまっちゃったんだから、心配したってしょうがないものね」
キキはそのたびに、ひとりごとのようにいいました。
「そうだよ。ひとり立ちのときわくわくするっていってたのは、どこのどなたさんでしたっけ」
ジジもせいいっぱい、キキを力づけました。
店の中も、おソノさんのご主人のおかげで、いちおう必要なものはそろいました。今まであちこちにおいてあった粉の袋をすみっこにかたづけて、入口近くに、板とレンガでつくった机をおきました。その上に、新しい電話をおき、目の前の壁には、コリコの町の大きな地図をはりつけました。そして入ってきた人がすぐ目につく正面の柱に、きれいにみがいてぴかぴかにした、あのかあさんのほうきをさげました。キキはそれを見ながら、つくづく思いました。
(あの細い新しいほうきでなくてよかった。たくさんある心配のうち、ほうきの心配だけは、しなくってすむもの)
ところが、開店はしたものの、一週間たっても、お客さんはひとりもありませんでした。
「やっぱり魔女って名前をつけたのがいけなかったかもしれないわねえ。これ、あたしのせいね。ごめんなさい。あずけた品物が魔法をかけられて変わったり、なくなったりするんじゃないかっていう人がいるらしいのよ。じょうだんじゃないわよねえ」
キキが赤ちゃんを見に行ったとき、おソノさんはすまなそうにいいました。
「一度ためしてくれればしめたものなんだけどねえ。あたしが動けるんなら、いい方法を考えてあげられるんだけど」
「だいじょうぶよ。今にきっと、わかってもらえるわ」
キキは笑ってみせました。が、おソノさんのところから帰ってくると、椅子にぐったりすわりこんでしまい、昼ごはんをとるのもわすれていました。
「あたし、悲しいわ。どうして魔女は悪いことをするって決めちゃうの?」
「知らないからだよ。しょうがないよ」
ジジがおとなぶっていいました。
「ほんとうなの、知らないのよね。もともと魔女は悪いことなんてしていないのよ。変わったことはしたかもしれないけど……人間って自分で理解できないことは、かんたんに悪いことにしちゃったのよね。そんなことはむかしのことだとばかり思っていたのに……」
「だからさ、おしえてあげなきゃ。つまり宣伝っていうのが、必要なんじゃないの」
「宣伝? どうすりゃいいの?」
「手紙をいろんなところに出すとかさ」
「どんな?」
「かわいい女の子の魔女です、とかさ」
「ふう、それはいいわねえ」
キキの声がやっとすこし明るくなってきました。
「それじゃ、手紙でも書きますか……」
キキは立ちあがると、しめきっていた窓をあけました。待っていたように、風が入りこんできます。あまり強くもつめたくもない、やさしい春の風でした。そして、その風を顔にうけたとたん、キキは、このところ石のようにかたくなっていた気持が、すっとぬけていくのがわかりました。
キキは、土の中から出てきたもぐらみたいに、まぶしい目で、ゆっくりとあたりを見まわしました。
通りのむこうにならんでいるどの家の窓も、大きくあいています。カーテンもきっちりあけられ、お日さまがいっぱいにあたっています。風に乗って、ラジオの音楽がきこえてきました。だれかがだれかを呼んでいるような声もきこえてきます。
キキはちょっとはなれたアパートの窓に、ふと目をとめました。ひとりのわかい女の人が、大きく手をふっているのです。せわしなくおいでおいでをして、どうもキキにむかってふっているように見えるのでした。キキは「あたしのこと?」というように、大いそぎで指を顔にあてました。女の人は「そうだ」というようにうなずくと、また手まねきをつづけました。キキはさっと目を走らせて、その窓のあるところをかぞえました。どうやら三階の、左から四番目の部屋のようです。
キキはほうきに手をかけると、
「あたしちょっと行ってくる、呼ばれてるみたいなの。ジジ、あんたもくる?」
といいながらドアをあけました。ジジはだまってキキにとびついてきました。
キキが階段をのぼっていくと、その部屋はドアがあいていて、すぐわかりました。中では、さっきのむすめさんが空色のトランクを片手に、鏡の前で赤い帽子をかぶっているところでした。
「さ、入って、入って」
鏡にうつったキキに気がつくと、早口でいいました。
「あたし、パン屋のおかみさんにきいたんだけど……あんた、荷物をとどけてくれるんですって?」
「ええ、まあ」
「空、飛んでくんですってねえ」
「はい」
キキはちょっと目をふせました。また何かいわれるのじゃないかとこわくなったのでした。
「ちょっとしたお礼でやってくれるんですってねえ」
キキはだまってうなずきました。
「だけど、あんた、かわいいのねえ。あたし、魔女だっていうから、口から
むすめさんはことばとは反対に、ちょっとつまらなそうな顔をしました。キキは思わず「ひどい!」っていいそうになって、あわてて口をつぐみました。
「あっ、ごめん、この町には魔女がいなかったもんだから。あたし、見たことなかったのよ。お話の中じゃ、すごくこわく書いてあるんですもん。ところで、ちょっとしたお礼っていくら? 空飛ぶんじゃ、きっとお高いんでしょうねえ」
「いいえ、ほんのおすそわけでいいんです」
キキはまた目をふせていいました。
「おすそわけ? なに? それ。あたしはお針子だから、スカートのおすそはしょっちゅうあげたりさげたりしますけどねえ……」
むすめさんははじめてふりむくと、鼻にしわをよせて、キキを上から下までずーんとながめました。そして、首をふりながら、ツッツッツッと舌を鳴らしました。
「あなたのそのドレス。すてきだけど、ちょっと長すぎるんじゃない? スカートからひざを半分だすのが今年の流行よ。そうだ、ちょうどいいわ。あたし、三日たったら帰ってくるから、あなたのそのスカートのおすそをあげてあげるわ。料金はそれでいいってことにしない?」
(運ぶものもまだいわないうちに、ひとりで決めちゃうんだから……)
キキはちょっと口をまげて立っていました。
むすめさんはまた鏡を見て、帽子をピンでかっこうよくとめると、前よりももっと早口でいいました。
「あたしね、遠くのお客さんに呼ばれて急に出かけなくちゃならなくなったの。洋服がほしいと思ったら、その日のうちに着てみたいせっかちなお客さんなもんだから。それで……」
むすめさんはテーブルの上にのっている、白いレースのおおいがかかった鳥かごを指さしました。
「これ、おいの五つのたんじょう日の贈りものなんだけど、あたしのかわりにとどけてほしいの。あの子ったら、新しい鳥かごとお人形と、二つもほしいっていうのよ。あたし、約束させられちゃったの。それもきょうの四時までにとどけるって。ちょっとでもおくれたら九十四回もさかだちさせられちゃうんだから。そんなにしてごらんなさいよ、どっちが頭でどっちが足だか、わからなくなっちゃうでしょ。あと一時間しかないわ。ぜったいにまにあわせてよ。おねがいよ。えっ、住所? アンズ通り十番地。川をのぼって、町のはずれの大きな花屋のうらの道。えっ、名前? わんぱく坊主、それでわかるわ。じゃ、よろしくね」
むすめさんはひとりでべらべらとしゃべると、せきたてるように鳥かごをキキに手わたして、自分もアパートを出ていきました。
キキはレースをめくってかごの中をのぞきました。
「まあ、ジジ、あんたにそっくりよ。かわいいこと」
中には、首にハッカ色のリボンを大きくむすんだ黒猫のぬいぐるみが、銀色のざぶとんの上にちょんとすわっていました。むすめさんのお手製なのでしょう。
キキは鳥かごの取手をほうきの柄に通し、ラジオのすぐうしろにぶらさげると、
「うしろからしっかり見ててね」
と、ジジをほうきの房の上にすわらせました。そして建物のかげから大いそぎで飛びあがりました。
「ひさしぶりねえ。いい気持だわ」
お日さまはもう西の空にうつって、まぶしく光っています。ジジはときどき風でもちあがるレースのカーテンごしに、かごの中をにらんでいます。
「あいつ、リボンなんてつけて、おしゃれしちゃって」
ぼそっとつぶやいて、しばらくしてからまたひとりごとをいいました。
「あいつ、あんなもんにすわっちゃって」
「おや、あんたもほしいの?」
キキがふりむいて笑いかけました。
「あれはね、じっとしているぬいぐるみ用なのよ」
ジジはキキのことばには知らんぷりで、体をそろりそろりとかごのそばに近づけていきました。そして前足をのばすと、いきなり爪でかごをひきよせました。ほうきががくんとゆれました。
「だめっ。じっとして」
キキがどなりました。ジジは耳をぴんと立てると、ゆっくりと前足をひっこめて口にくわえました。
「ジジ、かごに入りたいの? まさかねえ」
「だって、きれいじゃないか」
「まったく、ジジったら、あたしと同じ年って思うといやになるわ」
キキはあきれて笑いました。
ほうきもまた、なめらかに飛びはじめました。するとジジは、それを待っていたように、こんどはすばやくかごの入口を爪であけ、体をのばして入りこもうとしました。ほうきがものすごくゆれだしました。
「あっ、あっ、あっ」
キキがあわててとめようとしてもだめです。ひらいたままのかごの入口から、ぬいぐるみの猫がころげだしました。
「ああっ」
キキがさけんだって、手をのばしたって、もうまにあいません。ぬいぐるみは、黒いうずまきのようにまわりながら、落ちていきました。
キキはすぐさま方向を変えると、追いかけはじめました。はるか下のもりあがった緑の森が、みるみる近づいて、キキはそこにつっこむようにとびこんでいきました。木の枝がびんびんと体にあたります。やっと小さな空き地を見つけて、地面に足をつけました。そしてすぐほうきをふりまわして、あっちの木の枝、こっちの草のあいだとさがしてあるきました。
でも、見つかりません。森は大きいし、おまけに木はやわらかい葉をいっぱいにつけています。枝のかさなりあった暗いところにでもひっかかっていたら、さがしきれるものではありません。それに、軽いぬいぐるみですから、もしかしたら風にふかれて、まるで方向ちがいのところに落ちてしまったかもしれないのです。
キキは泣きだしたくなってしまいました。
あのむすめさんは、はじめて会ったキキを信用して、だいじな用事をいいつけてくれたのです。開店してはじめてのお客さんだったのに、それが失敗しそうなのですから。
約束の四時はもうすぐです。キキは、申しわけなさそうにちぢこまっているジジをにらみました。
「あなたって猫は……」
キキはここまでいいかけて、ふっと息をつきました。
「そうだわ、いいこと思いついたわ。ジジ、あなたがかわりにこの鳥かごに入りなさい」
ジジはびくっと顔をあげると、首をふってあとずさりしました。
「入りたかったんでしょ。いいから入りなさい。時間がないの」
キキは声をはりあげて、かごを指さしました。目がきゅっとつりあがっています。ジジはあわててかごの中に入っていき、それでも、落ちずにのこったあの銀色のざぶとんにすわるのだけは、わすれませんでした。キキはかごの戸をしめると、こんどはやさしくいいました。
「ちょっとのあいだだけよ。ぬいぐるみが見つかったら、すぐとりかえに行ってあげるから」
ジジは、うらめしそうにキキを見あげました。
「とするとさ、ぼくがぬいぐるみってことになるの?」
「そうよ」
「じゃ、鳴いちゃいけないんでしょ?」
「そう、ねちゃえばいいのよ。らくちんよ」
「息もしちゃいけないの?」
「なるべくね」
「だけど、いやだよ。あいてはわんぱく坊主だよ。九十四回もさかだちさせるって、あの女の人、いってたでしょう」
「だいじょうぶよ。すぐむかえに行ってあげるから」
ジジはふーっとためいきをつくと、しょんぼりうずくまりました。そして顔をくるんとむこうへむけてしまいました。キキはこんどは用心して、鳥かごを自分の前にぶらさげ、大いそぎで飛びあがりました。
川にそって四つ角ごとに書かれた通りの名前を見ながら進んでいくと、花屋さんのうらのアンズ通り十番地はすぐわかりました。玄関のベルを押すと、どたどたと足音がして、「おばちゃん?」という声といっしょにドアがあきました。
そこには、ほっぺたの上に一つ、鼻の上に一つ、おでこに二つ、ひざっこぞうに三つ、ばんそうこうをはった男の子が立っていました。
「ごめんなさい。おばさん来れなくってね、かわりに来たの。はいこれ、おやくそくの贈りものですよ。おたんじょう日、おめでとう」
キキからかごをうけとった男の子は、すばやく中をのぞくと、両手でかかえてうれしそうにはねまわりました。すきまから、ジジも顔をしかめていっしょにはねているのが見えます。キキはあわてていいました。
「おっととと、その猫ちゃん、かわいがってあげてよ」
「うん、かわいがるよ。たいせつにするよ。きちんとたたんでポケットに入れとくよ」
男の子はべろんと舌を出しました。
「ひゃーっ」
かごの中から、あわれな声がかすかにきこえてきました。
「じゃ、またね」
キキは男の子に手をふりました。
「あれっ、また、何かくれるの?」
「ええ、たぶん」
キキはそういうと、ほうきをかかえて、かけだしました。
ひき返すと、そこは公園の森でした。ぬいぐるみが落ちたあたりをもう一度念入りにさがしてあるきました。でもどうしても見つかりません。
もし、このままだったら……ジジはずうっとあのわんぱく坊主のところにいなくてはなりません。キキのところには帰ってこない……たったのふたりきりだったのに……。
あたりには夕暮れが近づいていました。キキはとほうにくれて、そばの木によりかかりました。そして、ふと目を落として自分のスカートをつまんでながめました。
「この洋服のすそを切って、あたしがぬいぐるみの猫をぬうよりしかたがないわねえ。みじかいスカートがはやっているっていうから……やってみようか……」
そのとき、うしろからこんな歌が小さくきこえてきました。
「わるいくろは けむりのくろ
いいくろは 黒猫のくろ
もっといいのは 魔女のくろ
くろは いろいろ
いらいら えらぶ」
キキがおどろいてふりむくと、木の枝のすきまから小さな家が見えました。森の木と思ってよりかかっていたのは、のびほうだいにのびた垣根の木だったようです。あいた窓べで、髪の毛をきゅっとうしろでむすんだ女の人が、背中をこっちにむけて絵を
(あの人、何か知ってるかもしれない。きいてみよう)
キキは、すこしあいていた垣根のしげみをやっとかきわけると、草花がさいている庭をよこぎって家に近づいていきました。
キキが声をかけようと背のびをして窓をのぞきこむと、女の人の描いているのは、どうやら猫の形をしているようなのです。はっとして、絵のむこうを見ると、そこにはなんと、あの、なくしたぬいぐるみがおいてあるではありませんか。
女の人は、物音にふりむきました。
「あっ、あの、そっ、それ」
「あっ、それ、そ、その……」
顔を見あわせたふたりは、同時にさけびあいました。
「ああ、よかった」
「ああ、うれしい」
ふたりは同時に息をつきました。
「見つかって、よかった」
「見つかって、よかった」
またまた、ふたりは同時にいいました。
「何が?」
「何が?」
ふたりはふしぎそうにききあいました。
「あたしはその黒猫のぬいぐるみよ」
「あたしはあなた。すてきな黒いドレスの女の子よ」
また同時にとびだしたふたりの声は、途中でぶつかって、こんなふうにきこえました。
「あたしはすてき、その黒猫ドレスの女の子のぬいぐるみ」って。
キキは、やっとおちつくと、今度ははっきりと女の人にたずねました。
「もしかして、その黒猫のぬいぐるみは、空から落ちてきませんでした?」
女の人はふしぎそうにキキを見ました。
「空からふってきたか、地からわいてきたかは知らないけど、さっき森で見つけたの。あたし、ずうっと展覧会の絵のためにさがしてたのよ、いい黒をね。黒の中のほんとうの黒をね。できれば魔女の黒をね。この黒猫は、まにあわせなの」
女の人はふと口をつぐむと、キキの持っているほうきに目を走らせてさけびました。
「あっ、あなた、もしかして……」
「あたしは、その、魔女ですけど」
キキがうなずくまもなく、女の人はとびつかんばかりに窓から身をのりだして、キキの手をにぎりました。
「よかったら、この黒猫なんて、あなたにあげるわ。だから、さ、はやく中に入って、あの椅子にすわってちょうだい。あたしね、この町にはむかしから魔女がいないっていうから、ひっこそうかって考えてたくらいなのよ。でも、なんてすばらしいの。魔女のほうからきてくれるなんて。さ、すわって、すわって」
キキは女の人のいきおいに押されそうになりながらも、手をふりました。
「いいですよ。でもね、今はだめ。あのぬいぐるみの猫いただければ、そのかわり本ものの黒猫、それも魔女の猫をつれてきます。あたしとそろって絵を描いていただくわ」
「ほんと?」
「ぜったい、ほんと」
キキは大きな声でうなずくと、ぬいぐるみの黒猫をうけとり、あとも見ずに走りだしました。
「約束よう」
女の人の声が追いかけてきました。
キキがわんぱく坊主の家についたころには、もうすっかり暗くなっていました。キキは足音をしのばせて、あかりのついた窓を一つ一つのぞいていきました。
あっ、ジジがいました。わんぱく坊主にしっかりと抱かれて、ベッドの中でいっしょにねていました。きちんとたたむどころか、ぐちゃんぐちゃんにたたまれていました。ジジの顔は背中のほうをむいて、坊やの手にぎゅんとおさえられ、おなかはわきの下におしつぶされています。わんぱく坊主とおそろいのばんそうこうが、鼻の上にはられていました。
キキはそっと窓をあけ、背のびをしてジジのしっぽをひっぱりました。ジジは動きません。すっかりぬいぐるみになりきっているみたいです。キキの鼻の奥が、つーんといたくなってきました。ジジがたいせつななかまだということが、いまさらながら身にしみました。
「ジジ、ジジ」
キキは小声で呼びました。ジジがゆっくり片目をあけました。キキは、ぬいぐるみの猫を坊やのおなかの上において、いいました。
「はやく」
ジジはそっとぬけだすと、まりのようにはずんでキキの腕の中にとびこんできました。のどの奥で、泣き声だか、笑い声だかが、ぐるぐると鳴っていました。
「すてきだね、おおっぴらに息ができるってさ。動けるってさ」
ジジはキキといっしょに空を飛びながら、きょろきょろ目を動かしました。
「それがねえ」
キキは、ジジのほうを見ないでいいました。
「すまないけど、ついでにもうちょっとてつだってほしいの。でもこんどは、ぬいぐるみのふりじゃないのよ。だから笑っても、泣いてもいいのよ」
「それなら、らくちんじゃないか」
ジジはものわかりよくうなずきました。
ところが絵描きさんは、キキとジジをならべてすわらせると、こういったのです。
「きちんとしててよ。魔女猫さんはしっぽをくるんとまるめて。それからつんとした顔をして。そうそう、息をとめて、そのまま、そのまま、動いちゃだめよ」
ジジはおこって、ぶーっと毛を立てました。
すると絵描きさんは、うれしそうにさけびました。
「まあすてき、さすが魔女猫、そのまま、そのまま」
キキもいっしょにすましてすわりながら、なんだかとてもうれしくなりました。
(あたしのこと気にいってくれた人が、ここにも、ひとりいたわ)
その夜、キキは、オキノさんとコキリさんに、はじめての手紙を書きました。
「コリコという町に住むことにしました。海の近くの大きな町です。ちょっと大きすぎるかなと思いましたが、あたしがはじめようと思った仕事にはぴったりの町なのです。それは『魔女の宅急便』といって………」
キキは元気をなくしたときのことはのぞいて、今までにあったことをみんな書きました。そして、手紙をこんなふうに終りにしました。
「お針子さんから、おすそわけをいただくとしたら、あたしの服のおすそあげではなくって、ジジに銀色のざぶとんをつくっていただこうと思います。こんど、ジジのすました顔を絵にして送ります。
楽しくやっていますから、どうぞご心配なく。とうさんもかあさんもお元気で。では、さようなら」