1 お話のはじまり
あるところに、深い森となだらかな草山にはさまれて、小さな町がありました。
この町は南へゆっくりさがる坂の町で、こげたパンのような色の小さな屋根がならんでいます。
そして、町のほぼまん中には駅、ちょっとはなれたところにはかたまって、役所、警察署、消防署、学校があります。この町は、どこにでもあるふつうの町のようです。
ところが、すこし気をつけて見ると、ふつうの町ではあまり見られないものがあるのです。
その一つは、町の高い木という木のてっぺんにぶらさがっている銀色の鈴です。この鈴は、嵐でもないのにときどき大きな音をだすことがあるのです。すると町の人たちは顔を見あわせて、
「おや、おや、またちっちゃなキキが足をひっかけたね」
と笑いあうのでした。
そう、みんなにうわさされているこのキキも、ふつうではありません。ちっちゃなくせに、高い木の鈴を鳴らすのですから。
それでは、目を町の東のはずれにうつして、キキが住んでいる家をちょっとのぞいてみましょうか。
通りに面した門の柱には、
「くしゃみのおくすり おわけいたします」
という木のふだがかかっていて、緑色のペンキでぬった戸が大きくあいています。そこを入ると、広い庭があって、左奥に平屋の家が見えます。庭には、大きな葉やとがった葉のいろいろ変わった草がきれいにならべて植えてあり、あたり一面に、なにかぷんとこうばしいようなにおいがただよっています。このにおいは家の中までつづいていて、台所においてある大きな銅のおなべのところでいちばん強くにおうようです。台所からは、ちょうど居間の正面の壁が見えますが、どこの家でも見られるような絵や写真のかわりに、木の枝をたばねたほうきが、大きいのと小さいのと、二本ならべてかざってあるのが、ちょっと変わっているといえましょうか。
おや、居間から家族の話し声がきこえてきました。どうやらお茶の時間のようです。
「キキ、出発はいつにするつもりなの。もうそろそろきかせてくれてもいいんじゃないの。いつまでもぐずぐずのばすわけにはいかないわ。しっかりしてよ」
不満そうな女の人の声です。
「また、その話なの……だいじょうぶよ、かあさん。あたしだってかあさんのむすめです。魔女のはしくれです。ちゃんとまじめに考えてるわ」
ちょっとうるさそうな女の子の声です。
「かあさん、もうキキにまかせたらどうだい。キキがその気にならなくちゃ、いくらいってもむだだと思うよ」
こんどは、おちついた男の人の声です。
「ええ、そうかもしれません。でもあたし気が気じゃないんです。責任、感じちゃって」
かあさんと呼ばれている女の人の声がすこし高くなりました。
もう、おわかりでしょうか。この家には、魔女の一家が住んでいるのです。
といっても、かあさんのコキリさんは、長い伝統をもつ正真正銘の魔女ですが、とうさんのオキノさんは、ふつうの人間です。民俗学者で、
今、こうして三人が話しあっているのは、キキのひとり立ちの日をいつにするかということなのでした。
人間と魔女が結婚をして、生まれた子どもが女の子のばあいは、たいてい魔女として生きていくのがふつうでした。でもたまにはいやがる子もいるので、十歳をすぎたころ、自分で決めてよいことになっていました。もし魔女になると決心がつけば、ただちにおかあさんから魔法をおしえてもらって、十三歳の年の満月の夜をえらんで、ひとり立ちをすることになります。この魔女のひとり立ちというのは、自分の家をはなれ、魔女のいない町や村をさがして、たったひとりで暮らしはじめることです。もちろん、小さな女の子にとってそれはたいへんなことだったのですが、今では魔法の力も弱くなり、数もめっきり少なくなってしまった魔女たちが生きのこっていくためには、たいせつな習慣なのでした。ひとつでも多くの町や村に、そしてひとりでも多くの人に、魔女がまだちゃんといることを知ってもらうためには、いい方法でもあったのです。
キキのばあいも、十歳の中ごろ、魔女になる決心をしたのですが、そのあとすぐ、コキリさんのもっている魔法を習いはじめました。一つは薬草をそだててくしゃみの薬をつくること、もう一つはほうきで空を飛ぶことの二つでした。
ほうきで空を飛ぶのは、すぐじょうずになりました。ただ、ちょっぴりおとなになりかけでしたから、飛んでいるといろいろなことに気をひかれてしまうのでした。たとえば、鼻のわきによく出る大きなにきびのこととか、友だちのたんじょう日に着るドレスのこととか。
するとたいへん、ほうきは急に落ちはじめます。あるときは、はじめて着たレースの下着のことばかり気にして、ほうきが落ちだしたのも気づかずに電信柱にぶつかってしまったのです。ほうきはめちゃめちゃにこわれ、キキのほうは鼻の頭と両足のひざっこぞうに合計三つもこぶをつくってしまいました。
それでかあさんのコキリさんが、高い木をえらんで鈴をとりつけたというわけなのです。キキがついうっかりして低く飛んでも、足が鈴にあたれば音で気がつくように。このごろでは、鈴のなる回数はめっきり減っていますが……。
ところが、もう一つのくしゃみの薬づくりはどうもキキの性にあわないようです。気がみじかいというのでしょうか、薬草をそだて、葉や根をこまかくきざんで、じっくり煮つめていくことが、どうしてもじょうずにできないのです。
「また一つ、魔法が消えちゃうのかしら」
と、コキリさんはなげいています。むかし、魔女といえばいろいろな魔法を使うことができました。それが、いつのまにか一つ一つと消えてしまい、今では正真正銘の魔女のコキリさんでも、たったの二つしか使えず、そのかたっぽうをキキがいやがるのですから、むりもありません。
「だってさ、おなべをかきまわすより、空を飛ぶほうがずっといい気持なんですもの」
キキはけろりとしています。そうなると、オキノさんがコキリさんをとりなします。
「まあ、しょうがないじゃないか。そのうち、消えた魔法がまたできるようになることだってあるかもしれないよ。それに黒猫だっているじゃないか」
むかしから、魔女には黒猫がつきものでした。これも一つの魔法といえるかもしれません。
キキにも、ジジという名の小さな黒猫がいます。コキリさんにもむかしはメメという黒猫がいました。魔女のおかあさんは、女の子が生まれると、同じ時期に生まれた黒猫をさがして、いっしょにそだてていきます。そのあいだに、女の子と黒猫はふたりだけのおしゃべりができるようになるのでした。やがてひとり立ちする女の子にとって、この猫はとてもたいせつななかまです。悲しくっても、うれしくても、分かちあえる者がいることは、とても心強いことなのです。やがて女の子も成長し、猫にかわるようなたいせつな人ができ、結婚ということになると、黒猫も自分のあいてを見つけて、わかれて暮らすようになるのでした。