※ ※ ※


 じゆん君から《会って話がしたい》と言われてきんこうが満ちたのもわずか数秒。ここ数日、しかばかり暑き陽の下で外出を続けた私には、もうりよう蔓延はびこる外界にす体力等つゆほども残っておらず、じゆうの決断ながいたかたなく自宅に殿とのがたを招き入れる事にした。本当に難しくて苦しい判断だった。両親が不在かつお姉様も居ないに、清らかなる身上のおとが一人──ちがいでも起こってしまったらどうしよう。げにおそろしきこと限りなし。

 ただし私の部屋には入れない。残念。ちつじよしつした品々が方々で主張してるから無理。期待していたら大変心苦しいんだけど、しんには辿たどけません。体力はもちろん、片付ける気力も数年見掛けておりません。の部屋なら──それは流石さすがにね。ばれたら殺される。

 さて、《会って話がしたい》のはいけれど、何の話をするのか……おそらくだけど、昨日の部室でした話の続きだろう。帰り道、明らかに何か言いたそうだったもん。とおけにめっちゃ公園見てたし……早く帰ってお母さんに話をしなきゃだったから気付いてたけど知らないりをした。お母さんと言えば──まぁ、いい。それはじゆん君が来てから。

 私も話したい事がある。

 れんらくする手間が省けた。

 えやら準備を済ませじゆん君にれんらくを入れると、げんかんで待っていたんじゃないかって位の速さでげんかんのチャイムが鳴った──かいじようみ。かまちからきよを取ってさけぶ。「開いてるよ」

「おじやします……なんでそんな遠くに──」

「早くドア閉めて。冷気がげちゃう」

りようかい。上がっていいか?」ドアを閉めたじゆん君が、ややこわって言う。

もちろん。あ、リビングね」

「おう」

「私の部屋、期待しちゃった?」

「してない。どうせ散らかってるんだろ?」くついだじゆん君がちらと上を見た。

ひどい。私の部屋は散らかってるんじゃ無くて、人が意図的に作り出したちつじよの中に無自覚な規則性がどれほど宿るのか検証しているだけだから」

じんてきに非周期を作り出せたらとも教えてくれ」

「それはまり、私の部屋に入りたいって事?」

「久しくおりの部屋には入って無いからこの家に存在してるのか観測したい……今の返しはちょっと台詞せりふみてた。すまん、僕の負けだ。ひさりに入ってみたい」

「どうしたの? なおじゃん?」

「僕なりに努力してるんだ」

「にゃるほど。えずお茶でも飲む?」

 テレビの前のソファじゃ無くてしよくたくに座る、この慣れてる感じが改めて考えるとちょっとがありつつおもしろくて笑いそうになる。だって、まだ付き合っても無い、ただ好意を伝えただけの女の子の家に上がった感じからはほどとおいのに、きんちようしてはしばしかしみたいなかたさをただよわせるアンバランスさが──きっと、私にはしんせんに映った。

「アイスコーヒーもあるけど、どうする? アイスティー?」

 見知った風景にめないじゆん君のきんちようは、冷えた紅茶にはけないと思った。

「アイスコーヒーをたのむ」

「だと思った」

 じゆん君の前にグラスを置いて、私はアイスティーを注いで座る。「それで、話って何?」

「昨日、部室での話なんだが」

 やっぱり。「うん」

おり、僕と──」

「ちょっと待って」


 ──僕なりに努力してるんだ。さっきの言葉がふっとぎった。


「何で止めるんだよ」


 私もなおに言おう。未整理の困惑は捨てる。そうじゃ無きゃ公平フエアじゃないよね。


「もし私が考えてる事を言おうとしてるんだったら、別の場所で──こんな日常の延長みたいなじようきようじゃ無くて、もっと時間をけて、もっと言葉をくしてしい。私が『はい』としか言えなくなる様な、そううのがい。意外と少女しゆなんだなってにしたくなるかも知れないけれど、これでも私なりに色々と考える事はあって、その中には不安めいた感情もあって、に対する複雑なおもいもあって──じゆん君が気持ちを割り切れなかったように、ずっと強がってたけど私の中にもそうう類いの感情があるってちゃんとにんしきしたの。言おうとしてくれたじゆん君の気持ちはうれしいし、本当の事を言うと、昨日の帰り道だってじゆん君が何か言いたそうにしてたのには気付いてた。でも、その前にやらなきゃいけない事があるの。あ、めっちゃ語っちゃったけど、私が想像してる話じゃ無かったら、どうぞ続けて」

「いや……おりの考えている通りだ」

「そっか、ありがとね。たらに語っておいてちがったら、ずかしくてじゆん君を追い出してた所だったよ。良かった、ちがってくて」

 私の言葉をしやくしているんだけど飲み込めない──そんな顔でじゆん君がだまった。

「なぁ、そのやらなきゃいけない事って、僕に関係……あるよな」

「そう、だね。る側面はそうだし、別の側面ではそうじゃない」

ちゆうしようてきな物言いだな……のことか?」

 察しがよろしい様で。


「うん、ご明察。がね、もしみんないなら合宿行きたいって」


※ ※ ※


「みんな、無理言ってごめんね」

 待ち合わせ場所に着いて開口一番、が手を合わせて謝った。

 昨日、「女子だけで合宿の買い物をするけど、行く?」とに声をけると、「うん。行きたい。ちゃんと自分の口からかめちゃんとかに話したいし」と返ってきた。

 開幕早々から謝られたと部長は、にこやかに「人は多い方が楽しいし、ちゃんならだいかんげい」とか「行くからにはめっちゃ楽しもうね!」なんて言っていたけど、胸底に秘めた言葉は「本当にいの?」だろう──二人にの参加の意志を告げた時も、参加のは無論話題にならず、文字がついやされたのは心配やゆうだった。

 だれが考えたってそうだ。が参加する道理が無い。よこはまの一件がある前ならいざ知らず、どうしてこのじようきようで──当人不在のままあれこれすいたくした所で仕様が無くて、最終的にはが決めたなら何も言わないし、参加自体はうれしいとうのが二人の結論だった。

 そして先日、じゆん君もおおむね似た様な事を口にした……否、そう言うしか無かった。仮に来ないで欲しいと思ったとして、じゆん君は絶対に言わない。少しの気まずさをらしただけだった。

 まり、三人はの自由意志を尊重した。本人がえるべき苦しさより、意志を。

 自分で決めたのに外野があれこれ口を出すのはちがう──その通りだし、私もそう思って生きてきた。ただ、明確に言われた訳で無くとも、事実を列挙した前提条件から導き出された断案として、選ばれない経験のある私として、幼いころからの弱さを知っている私として、「本当にいの?」をめたままには出来ない。いまだに。弱って、苦しんでるのを知ってるから。

 お母さんが余計な事を言い出した夜。顔も見たく無くて、おだ何だとから聞こえる声をもくさつしてろうじようを決め込んでいた私の部屋がひかえめにノックされた。お母さんが謝罪に来たのか? いや、謝っても許さない。断固として無視したる。てつていこうせんの構えじゃ。何ならハンガーストライキを──あ、ご飯は食べたいかもとか考えてた所に、の声がした。

おり、いい?」

 を断る理由は持ち合わせて居ない。「いいよ」

 私がおうしているにもかかわらずがベッドにころんだ。このせまいベッドに二人してるのはきゆうくつが過ぎる──仕方なく身体からだを起こしてかべを背にして座ると、がえりを打って、私のひざながら「本当に良かったね」と言った。この前の良かったねとは響きが違って、声が余りにもやさしくて、種々の感情がこんこうした、不安定な情動が不意にげてきた。

 でも、いていのは私じゃない。おくれて、努めてこんとくに「ありがとう」と返す。

 それからしばらく、は私のあしを無言でつづけた。くすぐったくて手をはらいたかったけど、すいな気がしてまんした──くるくると円をえがくようにしつがいこつの上をすべっていた指が止まる。「ねぇ、やっぱりわたしが行ったらめいわくだよね」

 さいかつけいがんを持った私でも、が何を言っているのか理解出来なかった。余りにも意味が分からな過ぎて、無意味な音のれつにすら聞こえた。ぎゆうしんけいが信号の伝達をミスったのかと思った──言葉としてにんしきするまでに、世界が三度は生まれ変わったかも知れない。

「……えっと…………それはいつしよに行きたいって事?」

「うん。行ってみようかなって……けど、みんなのじやしたら悪いし、も、もちろんおりじゆんじやをするつもりもなくて……だから無理にとは言わないし、どうしてもじゃなくて」

 歯切れの悪い、したたるい物言いだった。

「どうして? お母さんに何を言われたの?」

「……お母さんにって言うか……わたしは、ただ、今のままじゃよくないなって思ってて、あれからじゆんと会ってないし、おりともあんまり話してなくて……でも、それって、わたしが望んでたかたちじゃないっていうか、じゆんおりだって前みたいに三人で──ごめん、これはわたしの勝手な願望だから気にしないで」


「私は思ってるよ。きっと、じゆん君もそう思ってる。勝手な願望なんかじゃない。なんか関係無いとかもうじやだなんて思ってる訳無いでしょ。何言ってるの、お姉ちゃん」


 の口から言葉はつゆいささかも聞こえなくて、ただ不規則で断続的な空気を吸い込む音だけが部屋の中に存在した──私は泣きじゃくる姉の頭をでる事しか出来なかった。私がけようとする言葉はうすらいの上を歩く様な物で、少しでも体重をければやすひびが入る──だからじゆん君と付き合った時、私はの前で泣いたりしなかった。気にしてない風を演じ続けなければならなかった。ただ、今回はちがう。演じられる訳が無い。


 だって私達は、じゆん君がそれを告げたしゆんかん、同じ時間と場所を共有していたんだから。


 ずっと無言で、が満足するまで、こうして頭をつづけるしか無い。私はそうする事しか出来ないし、私以外には出来ない──ごめんね。私のやさしさがやさしさに付け込んで苦しめている様な気がしなくもない。もっとはなした関係だったら、私にうらごとをぶつけられる関係だったら、は弱みをさらしてまでいつしよに行くとは言わなかっただろう。

 に負ける積もりは無かったけど、苦しめたかった訳じゃ無い──いや、これは言い訳にしかならないか。こうなる事は昭然だったし、私だった可能性が無い訳でも無い。じゆん君がを選んでいたら、きっとは私の頭をでていただろう──絶対にいやだし、断るけど。


 水着売り場に向かうすがら、終始に気を回していたが「るみちーもバスケ部の友達さそえば?」等と意味不明な事を言い出した。そうう気のつかかたはやめて。

「私達の合宿にばんなならず者集団が加わるのはいやなんですけど」

「ちょっと、うちのメンバーをばんあつかいしないでくれる?」

「だってそうでしょ? あのばんぞくが群れて海に行ったら、絶対にらすじゃん。どうせ漁協みたいながいねんを知らないだろうから、その場の勢いで『ったどー!』とかさわいで勝手に海産物をらんかくした挙げ句その場でむさぼくして、おなかいつぱいになったらそこを歩いてる性欲で目が血走った男共に色目を遣って金品を巻き上げて──」

「バカっ! そんなことするわけないでしょっ! もういいっ、絶対呼ばないっ!」

 ふ。単純な女よの。こんな簡単なあおりに乗りおって──ってのは建前で、私とがこれ位の言い合いをしている方が気をつかわないでしょ? いや、本当に建前だから。

「言ったね。絶対に呼ばないでよ? 呼んだら口に出すのもはばかられる様なはずかしめを──ふぎゃ」

 何っ! 痛いっ──部長!? ったね? 「この私に手を上げたね?」

「今のは先生が悪い。ちゃんをいじめないの」

 部長がいてあやすようにさする──調子に乗ったも「かめちゃん……おりがいじわるしてくる」とか言って、茶番を演じ始めた。何これ。めっちゃ腹立つ。

「さ、こんな性悪ぬめぬめなめくじさんなんか置いて、行こっ!」部長とが歩き出した。

 仕方ない、ここは私が大人になってやろうじゃないか。だれがどう考えても私はみなから好かれ愛される心優しきい者なんだけど、今日だけは悪者になってやんよ。

 二人の後をけて──でも、やっぱなつとくいかないっ! かんきやくないっ!

ぁぁぁ、性悪ぬめぬめなめくじさんはひどくない? ひどいよね? 有り得ないよね?」

「にゃおにゃお、おつかれさま。全部わざと、でしょ?」

 がふっと笑った──きんぱつオフショル聖母じゃん。

「私の味方はだけみたい」

「でも、ちょっと言い過ぎかな」

「はいはい。私が悪うございやした」

「エナこそ、余計なこと言ってごめんね」

いよ。そっちこそため、でしょ?」

「るみちーが入れない話題で盛り上がったとき、さびしいかなって」

「分かってる。でも、バスケ部連中はちょっといやかな。私が楽しめないから」

「わかった。ただ……るみちーも一人くらいさそった方がよくない?」

「そうなんだけど……私を見下して来る様な人は来て欲しく無い」

だれもにゃおにゃおを見下してなんかないって」

「あのバスケ部連中は絶対にしてる。前にファミレスでいつしよになった時、どれだけしんさんめさせられた事か──あんな感情と勢いだけで生きてる様な、文化的で理知的ないとはたいしよにある人達と行動を共にするのはいやなの」

「なんかよくわかんないけど、にゃおにゃおがそうゆーなら……でも、るみちー可哀かわいそう」

 何その顔。そんな顔でこっち見ないでよ。私が悪いみたいじゃん。ものなのに。

「まぁ……一人位ならいかもだけど」

「にゃおにゃおならそうってくれると思った……ねぇっ、あの子はどう?」

 立ち止まって、がぱんっと手をたたいた。

「……あの子?」

「ゆずゆず。るみちーのこうはい

 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーうつとうしくていやなんですけど。

「そんなあからさまにイヤな顔しないでよー。ゆずゆずならにゃおにゃおのことバカにしたりしないって。エナ、あれからたまにれんらくとったりしてるからだいじよう

わいい子と話したいだけでしょ」

 わいい女の子に対してどんよく……どんよくうか、ひたすらまわしてねこわいがりをしたいみたいな感じがすごくある。次元を問わずわいい女の子が好きでアイドルの動画とか数多あまたたびてるし、どちらかと言えば部長もそううタイプなんだけど、はちょっとちがってて、何て言うか部長とは熱量とか入れ込み方がちがう。部長は男キャラでもわいいとか言ってでるタイプで──まりはわいければ何でもありみたいな文字通りまんべんくって感じだけど、は女の子にしか反応しない。例えば部長はBLも大好物だけど、はBLには興味が無いし、BLよりはという感じで、女子がいちゃいちゃしてる物をより好む印象がある──常にわいい女の子が優先とうか、それしか眼中に無いって感じ。

 アニメやアイドルの女の子をわいいと思う感覚は私にもあるけれど、そこに熱量や思い入れは無いし、に比べるとあっさりしたわいいでしかない。何となくだけど、私は自分のカテゴライズがわいいに寄っていて、れいに寄っているからわいい女の子に目が無いのかな、と思うようになった。自分に無い属性だから気になる、みたいな。雑誌の写真とか見ると、って大人っぽいかつこうや表情ばかりだし──ただ、私達といつしよになって笑いながらさわいでるは全然そんな事無い。同じねんれいの、同じ空間に存在している女の子。それに、の根底には、お父さんだったりお兄ちゃんのえいきようがあるから、女の子がわちゃわちゃする系じゃ無いアニメや昔の映画もてたりして、それはそれとして楽しんでるのは伝わって来るし、話していて「あ、それも知ってるんだ」ってなるのがうれしくて、楽しくて、ちゃんと同じ共通言語を持っていて、文化体系が近いから安心する。

「あ、バレた?」

「ばればれ。てか、ああう小生意気なタイプも好きなんだね。って、もっと女の子女の子している感じの方が好きだと思ってた。しのアイドルとか、基本そうじゃん?」

 くろかみじゆんしんそうな、小顔でがらな小動物系の子。私からすれば、腹の中ではどす黒い事考えて完全にやりにいってる様にしか見えないタイプ──うん、完全に黒。全部計算。絶対やりにいってる。身近に小顔でがらな女子のサンプルが居るけど、ちようくろだもん。そのサンプルを基準に考えれば、完全にダークマター。ま、私は天然だけど。計算とかしないし。

「ふふ、にゃおにゃおもまだまだだねぇ」ゆるんだ口を押さえながら、まなじりを下げた。

「何、その言い方」

「ううん、別にぃ。ただ、まだまだエナのことわかってないなぁって」

「ふーん。じゃあ、は私の事、分かってる?」

「そりゃもう身体からだすみずみまで」

「……言い方がえろい」

 オフショルのえろ聖母め。

「だっていつしよにおに入った仲じゃん」

「それは……が勝手に入って来たんでしょ?」

「あの時はにゃおにゃおが弱ってたし、いつしよにいてあげなきゃって思って」

 まだ夏休みに入る前、学校を早退しての家にまったあの日──お身体からだを洗っているなかえんりよがちに少しだけ開いたドアのすきから「いつしよに入ってもイイ?」と声をけられた。あとは身体からだを流すだけだったし、よくそうは二人でも十分過ぎるほど広かったし、一宿数飯の恩義もあるし──だったらいか、としようだくした。

 私の「いよ」を聞くやいなや矢庭に一糸いつしまとわぬ姿で入って来たのには思わず笑った。どんだけいつしよに入る気なの? いてる段階ですでいでるじゃんってう──私が断ったらまた服を着たであろう事を考えると、変にけてる所がらしい。

「それで言えば、私だっての体はすみずみまで知ってるけどね」全身だつもうみとか。

「確かに。てか、ずっときたかったんだけど、この前まった時はなんでいつしよに入ってくれなかったの? めっちゃ断ってきたじゃん? りりぽんがいたから?」

「だってたらと人の身体からださわってるじゃん。おでがっつり胸まれたの、忘れて無いからね。しようげきてき過ぎてイップスになるかと思った。初めてだよ、他人にあそこまでさわられたの。部長でも精々つついてる程度だったのに──部長が居る前であのノリ出されたら、絶対二人して調子乗って来るもん。おもちゃにされるのが目に見えてる」

 お酒を飲むようになったら、ってキスしてくるタイプ。絶対そう。

「……にゃおにゃおだってさわってきたじゃん」

「先にさわってきたからでしょ。もう、そんな事どうでもいから水着買うよっ!」


 水着が並ぶ季節物特設コーナーは流石さすが夏休みと言うべきか、じやくねんおなグループがそこかしこに居て、先に行ったと部長を見付けるのに手間取った。人波のはざで水着を見ている二人に近付くと、部長がギンガムチェックのワンピースタイプを手に取って身体からだに当てている所だった──フレアが多めの、しゆつが少なく体型をおおうにはちよういデザイン。

「やっといた~。平日なのに人多くない? あ、そのワンピースかわいいっ」

 が私をして、部長のこしに手を回していた。

「うーん、かわいいんだけど、ちょっと子供っぽくないかな?」

「そんなことないよ。もカワイイって言ってるし」と、あとしをしたので、私なりに言葉を重ねる。「ちょっと子供っぽい位がわいくていんじゃない? そううデザイン、部長には合ってると思うよ」そう発した私の言葉に悪意なんて無くて、なおに思った事を言っただけなのに──私の言葉をゆがんで拾った部長が、ける目で下からあおってる。

「先生、どういう意味?」

「もう、何で悪い意味に取るの? 悪意ゼロで言ったんだけど」

「悪意ゼロ? 先生が? ディスり式部なのに? 何だっけ、あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびのディスることもがなだっけ?」

「うるさい。何なの、ディスり式部って」まさか和泉いずみしきもそんなもじかたされるとは思いもしないだろう──けど、ちゃんといんんでるのがくやしい。あと、いまひとたびのディスることもがな、個人的には結構好き。「それよりその水着、真面目にわいいと思うよ。ワンピースタイプだったらあんまりはだ出ないし、教授が居る前でも着られるんじゃない?」

「今、先生から言われるまで教授君のこと、すっかり忘れてた」

 部長が首をかしげてやっちゃったみたいな顔したのを皮切りに、までもが「そう言えば、もりわきも居るんだっけ。今の今までわたしも頭になかった。つうに女子グループで海に行くテンションだった」と言って笑った──ようやっと、笑った。

 みなでひとしきり笑い合った後、部長が「私、これにする」と言った。

いの有った?」

「んー、まだ迷ってるんだよね。ぱっと見た中だと、ひとつはこれで──」ちょっと先のラックにかっている、赤いストラップとリボンが付いたトップにスカートを合わせたこんの水着を手に取り、「もうひとつはこれ」と、むなもとにフリルが付いた水色のビキニタイプをかかげた。

「あー、どっちも悪くない」

「でしょ? はどう思う?」

「これは難しいなぁ。るみちーにはどっちも似合うと思うんだよね。うーん、こっちは胸のリボンかわいいし、こっちのフレアも捨てがたい」

 二つの水着を見比べて思案する横から、すでに買う水着が決まってゆうしやくしやくの部長が私のかたたたいてきた。「先生はどんなのが欲しいの? やっぱりスリングショット?」

 まだ言うかっ!

「そんな水着、には置いてないでしょ。てか、らない。ポロリ必至じゃん」

 耳元でびした部長がささやく。「(しろさき君にポロリアピールできるよ?)」

「ばかたれ」

 じゆん君だけならまだしも、どうして衆人かんの中でぽろりしなきゃいけないの。大体、あんなひもみたいな水着、ぽろりしてなくても色んな物がはみ出そうで着られたもんじゃない。

「先生なら乗ってくれると思ったのに……じゃあ、マイクロビキニにする? 眼帯?」

 どんだけぽろりさせたいの? 「着ません」

 の相手はに任せて、私も自分の水着探さなきゃ。さもないと部長にスリングショットを着させられてしまう──あんなひもみたいなV字水着、じようだんじゃない。

 さて、どんな水着がいだろう。じゆん君の前で着るんだから、きようはしたく無い。

 は王道の白? 白だと、このストライプわいいなぁ。ボトムは紐結びタイサイドか。あしが長く見えそうでいな。あ、こっちのホルター・ネックもわいい。うーん、ホルター・ネックの方が胸が寄せられるし、谷間もれいに出来るよね。視線もゆうどうしやすい──そう考えると、みたいに色味の強い水着の方がはだとのコントラストが……ああっ、せんたく無限過ぎない?

「迷ってらっしゃるようでございますなぁ」

「迷うに決まってるって」はまだしやべってる──「じゆん君に見せるんだよ?」

「まぁ、そうだよね。えず今の候補はどれ?」

「白だったらこれかなぁ」丁度見付けたホルター・ネックとタイサイドの組み合わせで、白地にピンクのはながら。かなり好みだけど──「白以外も気になってる」

「確かに先生が白ってのはちょっと意外。でも、これはわいいね」

「ありだよねー。ちなみに、白以外だったら何色がいと思う?」

ちゃんの水着候補がいめの色だし、うすめのピンクとかオレンジはどう?」

「にゃるほど」

「んーと、これとかどうかな? 形はさっきのに近いよ」

 部長がうすめたカーネーションピンクみたいな色の水着を持って来て私の身体からだに当てる。上下共ひかえめなフリルが付いていて、ホルター・ネックにタイサイド。「わいい」

 これにしようかなってレベル。

「でもさ、さっきのはながらも捨てがたいよね」

「分かる。気持ちはこっちにかたむきつつあるんだけど、改めて見ると白も悪くない……よしっ、にもいて──もしかしてじゆん君にいた方が良かったりする?」

「サプライズで見せるか、事前に選んでもらうか──またしても難問ですなぁ」

「部長がじゆん君だったら、どっち?」

「えー、私にたくさないでよ……男の子的にはどっちがいのかな。いきなり水着姿の方がインパクトはある? ただ、まんとかアニメだと、いつしよに水着を買いに行って試着してドキドキするって定番だし……けど、先生としろさき君でしょ? しろさき君がそんなこつにどぎまぎするとは思えないし、つうに『そっちの方が似合うんじゃないか』とか言いそうなんだよね。それにいつしよに選ぶ以上、その水着に対するインパクトはうすれそうだし、もし試着したとして、どうせならけいこうとうの下より、太陽の下かつ海ではつろうの方が周りのかれたテンションもふくめてドキドキしそうな気がする……分かった、私的にはサプライズ」

「たしかし。説得力ある」ちようなつとくした。

 私にたくさないでよとか言う割に、めっちゃ考えてくれる部長、やっぱり好き。てか、何気にじゆん君の解像度高くない? そこもふくめて、流石さすがは我が部の部長。

「私の意見、合ってた?」

かんぺき。部長の言う通りだと思ったもん。うん、この場で買う──で、どっちがい?」

「えっと……ちゃ~んっ! 早くこっち来てっ! 先生がめんどくさいのっ!」

「めんどくさいって何っ!? どっちがいかいてるだけじゃんっ!」

 も合流してわちゃわちゃした結果、さらせんたくが増えたけれど、部長が選んでくれた水着に決めた。試着してサイズももらったし、みんなが口をそろえてわいいって言ってたし、何より私もこれが一番わいいと思った。

 買いに行く前は「水着はあるんだよねー」って言っていたも、水着を買ってはしゃぐ私達がうらやましくなったみたいで「エナも新しく買おっ」と、いくつかつくろった中からシルエットはシンプルで大人っぽいんだけど、トップは白地に黒ドット、ボトムに白と黒のボーダーが入ったちょっとわいめの水着を選んだ──この水着に至るまで、はモデルだからどんな水着でも似合うんじゃないかってわざと変な水着を持って来たりして、最終的に子供用の水着を当ててみたりした。そこまで行くと、似合う似合わない以前にたけが足り無さ過ぎたりして。

 サンダルとかの小物も見て、リボンが付いたむぎわらぼうを見付けたが部長にかぶせて「白いワンピース着たらかんぺき」って盛り上がる横で、「海辺でむぎわらぼうに白のワンピースって、ほど自分に自信が無いと出来なくない? 分かっててそれ選んでるよね的な所無い?」と茶々を入れると、部長が「確かにアイコン化し過ぎてるから、えて外したいまであるかも」なんて同意しつつもしれっとむぎわらぼうを買ったりして──終始何しに来たのか分からない位盛り上がった。ようやく会計を済ませた後、「ちょっとお手洗い行ってくるね」と言ってはなれたに、「私も行ってくる」と続く──そっととなりに並び、近過ぎないきよあいかつ興味無い風のれいたんな声で「どう? 楽しくなって来た?」と言葉を投げた。

「うん。ありがとね」

「そいつは結構」

 いつさいの感情をふうさつして会話を終わらせる積もりで言ったのに、となりうつむいてくすくすと笑い出した。小馬鹿にしてるみたいな、口に手を当てて小さく笑う仕草がみように腹立たしい。

「何笑ってんの?」

「……だって、すごい……やさしいから」

 はぁ? 人の気持ちを何だと──こまっしゃくれたむすめめ。制裁じゃ。『スタンド・バイ・ミー』のリバー・フェニックスよろしくおしりってやる。ほれっ!

「痛っ。なんでるのよ」

いちじるしく気分を害した」

「ちょっと見直すとこれだ。ほんとになおじゃないんだから」

「おたがさまでしょ」

「何がおたがさまよ。ていうか、今さらだけど海行ってだいじようなの?」

「どうう意味?」

「ろくに泳げないじゃん。小さいころだって、波がこわいってよく泣いてたし」

「ミロクンミンギアが泳いでいた様な五億年以上前の話をかえさないでくれる? そもそも足が付かないほど深い所には行かないし。もし行ったとしても、海ならくでしょ?」

 持ってくし。だれがそんな無策で海に入るもんか。

「みくろ……何? 意味わかんない。ま、おりの場合、海じゃなくてもきそうだけどね」

けん売ってる? それ以上言ったらしずめるよ? 深く静かにせんこうしてもらうからね」

 くさりでぐるぐる巻きじゃ。しずめっ! 肺に残った空気? はいガス? 知らん。

じようだんだよ。ごめんって……本当にありがとうね。じゆんの相手がおりで──おりだからこそ近くてつらいんだけど、近いからこそわたしはうれしい」

 ける言葉を探すのはいつたん終わり。だからだまったまま、歩みもゆるめない。


「るみちーさ、ゆずゆずさそってみたらどう?」

 ご飯とうよりはデザートのケーキがメインのお昼をたんのうして一息ついたころが例の話題──ミス・マープルの話を始めた……え? あれ、じようだんじゃなかったの?

「ゆず? どうしてゆずが出てくるの?」

「ほら、さっきバスケ部の友達呼んだらって言ったじゃん? ゆずゆずならにゃおにゃおと面識あるし、にゃおにゃおのことを悪く言ったりしないからどうかなって」

 それ、の前だから私の事をあれこれ言わないだけで、絶対裏で言ってる。あの小生意気なむすめだまってる訳無いって。初手の態度見ればりようぜんじゃん。あんなに気の強くて生意気なむすめにちょっと言われた位で大人しくなるはずが無い。かぶぎ。てか、は女子に対して甘すぎるんだよ──なんて、大人な私は口には出さないけど。

「わたしのことは気にしないでいいよ。だいじよう

「ほら、がそう言ってるんだから。ね? それにミス・マープルだって、周りにせんぱいしか居ないじようきようきんちようするでしょ?」絶対しないだろうけどねっ!

「そうかなぁ」が部長に話をる。「りりぽんは会ったことないんだっけ?」

ふるせんぱいの妹さんだよね? 私は話に聞いただけで会ったことないよ。えっと、例のごとく先生がだるがらみして困らせちゃったって聞いたけど、にんしき合ってる?」

「合ってないっ! だるがらみして来たのはあっちっ!」

「と、スタジオディスりの代表がおつしやっておりますが……ちゃん、本当はどうなんです?」

 こんのぉ、お胸がホビットの口悪女めっ! 何がスタジオディスりだっ! 謝れっ!

 しよう混じりのが「うーん、どっちもどっち、かな」と言った。

「どっちもどっちじゃ無い。明らかに向こうからけてたでしょ。いつしよに居たよね? 何を見て、何を聞いてたの? 特定の可視光とか波長域がしやだんされる機能でも付いてるの?」

「まぁまぁ、先生。ここは私の顔にめんじて落ち着いて下さいまし」

「部長が始めたんでしょ。ったく──で、。呼ばないでいよね?」

「うぅ……だめ?」したくちびるをむにっとして、けんしわを寄せる。

わいく言っても

「ゆずが来たいって言ったら、でいんじゃない? わたしはゆずのこときらいじゃない……っていうか、つうにかわいいこうはいのひとりだし、あれでも根はいい子なんだよ」

「知らない。勝手にすれば。ただし、せきにんもつめんどう見るんだよ?」

 私はてつとうてつ関知しないから。じゆん君の相手でせいいつぱい──ミス・マープルが来るって知ったら、じゆん君もいやがるだろうなぁ。止められなくてごめんね。

 ただ、来るなら来るで言っておかねばならぬ事がある。「部長、もしミス・マープルが来る事になったら、ちゃんとあいさつしておくんだよ。いとしのマープルの妹なんだから」

「え? かめちゃんって、ゆずのお兄さんのこと──」

ちがちがちがう。そうじゃなくて……先生が勝手に──もうっ、何言ってるのっ!」

 あらあら、取り乱しちゃって。なんともわいらしいじゃありませんか。りようで心の広い私はこれ位の仕返しで許してあげるわ。すべてががらなホビットさん、どうか心にとどめておいてもらえるかしら。人間のらしい所は、他人のとがを許せる所なの。

ふくれっつらの部長は置いておいて、買い忘れた物ってもう無い?」

「うーん、みずでつぽうとか?」

 みずでつぽう? は? ると真面目な顔をしていた。どうも本気の発言らしい。

みずでつぽうる? 雑誌の小物にえいきようされぎてるんじゃない?」

「え、わたしはつうにアリだと思ったんだけど──楽しそうじゃない?」

 まで乗っかるの? みずでつぽうだよ? 高校生にもなって?

 られた部長は案の定あんまり乗り気じゃない風で、「みんなが買うって言うなら別にいけど……」と言った後、「それよりも花火じゃない?」としゆんまいな事を口にした。

 それだっ──「部長、天才」

「えへへぇ。でしょ?」

「うん、かめちゃんえてる。花火は買わないとだね」

「よし、そうと決まればみずでつぽうと花火を買おーっ!!!

 がそう言って立ち上がった。

 あ、みずでつぽう買うんだ。別にいけど──どうせ買うならGAU─8アヴエンジヤーみたいなガトリングガンがいな。ほうだいに固定してぱやついた人間を一人残らず海にしずめたい……いや、いくら水とは言え三〇ミリはただじゃ済まないか。仕様が無い、七・六二ミリミニガンまんしよう。

 連射出来る花火もあるかな?


 欲望の限り散財した帰り道、たのもしきじゆうしんのぞくトートバッグをかかなおながら「買い物、さそってくれてありがとね」と、バスケの試合を終えた後みたいな顔でが言った。

「それを言うなら、お金貸してくれてありがと」おかげみずでつぽうせんでは独り勝ちが確定した。

「持ってくれてありがとうもでしょ──別にいけどね。ちようたのしかったから。なんかさ、あの日以来、心の底から笑えたことなかったんだけど、今日は久しぶりに笑った……あ、別に変な意味じゃなくて。ごめん。そういうつもりじゃなかった」

 もう夕飯になるかもって時間だけど、日光はまだ世界のすみずみこぼちている。ほんのりとかげを落としたの表情は、く光をとらえられていない。

「そんな事で謝らないでよ。安心して、じゆん君と付き合ったって聞いた時、私もそうだったから。だから、うーん、そうだね『主が、人間に将来のことまでわかるようにさせてくださるであろうその日まで、人間の慧智はすべて次の言葉に尽きることをお忘れにならずに。待て、しかして希望せよ!』ってとこかな。私が言うと、いやっぽいけどいやじゃないよ」

「しかして希望せよ、か。それはだれの言葉なの?」

 ゆうだった──きっと今のだいじよう。私の考え過ぎだ。

「デュマの『モンテ・クリストはく』。いやっぽくてもいなら、オースティンの『女の子は、結婚がなによりもお好きだが、たまにちょっと失恋するのも、わるくないと見えるね』ってのはどう? これはちょっとセンシティヴ過ぎて悪意感じる?」

おりに言われると……うん、それはちょっとイラっとする」

「そんな意図は無いけど、ごめんね」

 しばらくはやさしくしてあげるけど、ずっとやさしくしてはあげないからね。今日はまだ、世界が今より広くて大きかった、こいも悪意も知らないいたいころよりぶかく対応してあげる。

「いいよ。わかってるから──それより、、あのあとそつこうでゆずにれんらくしてたっぽいけど、もしゆずが来たとしてもけんしないでよね?」

がちゃんとづなにぎってくれればね。努力はする」

「この前のは……わたしも思うとこあるけど、ああ見えてゆずはなおぐで、決して悪い子じゃないし、ちょっとやり過ぎなとこあるけど、許してあげて」

「そのやり過ぎな所と、なおゆえに思った事をそのまま口に出す所を直した方がいってせんぱいさまの口から伝えておいて。部長がマープルとお近付きになった場合、あの妹とからむ機会がありそうだし──不本意きわまりないけど」

「ね、それ。かめちゃんはああ言ってたけど、本当にそうなの?」

「うん。何て言うの、余り感情のふくが無くて、よく言えばクール、悪く言えば他人に興味が無くて自分の世界をこわされたくないれいてつな変わり者が好きみたい。将来苦労するだろうね」

「悪く言った部分、まるでおりみたいね」

「やめてよ」

「だとしてもだよ、本当にそうなの? おりが勝手に言ってるだけだと可哀かわいそうだよ?」

「私が勝手に言ってる訳じゃなくて──結構前の話だけど、部長がデートに行ったって言ったじゃん? ほら、美術部のせんぱいと。その人も落ち着いてる系のふんだったんだけど、いつしよけてみたら子供っぽくて冷めたって話あったでしょ? そうう人間味が見えるとアウトみたい。部長もとことん変わってるよね。そんな訳で、マープルは簡単には動じなさそうでいかもって本人が言ってたの。二人で話してた時、ね。だからさ、マープルの妹が来るのは本当にいやだけど、本気で止めなかったのはそうう理由もあるの。も知ってた方がが起きないかなって思って、意図的にあの場で言った。これでい?」

「わかった。そういう話をしてた上で、なのね」

「部長、自分の事になるとすぐ照れるから」人の事はずけずけ言うくせに。

「なんか、おりもちゃんと友達のこと考えてるんだね。感動してしみじみしちゃう」

「私を何だと思ってるの?」

「だって……ううん、そうだね、今のはわたしが悪かった。変なこと言ってごめん。こう見えてやさしい子だって、わたしが一番わかってるはずなのに」

「さっきから何? 気持ち悪いんだけど。私に何かねだる気? お金なんか無いよ?」

「もう、そんなこと言わないでよ。人がせっかくなおに言ってるのに」

「はいはい──それよりっ!」

「ん?」

「明日、おいつしよに入ろうね」

「なんで? めずらしいじゃん」

「何、もう忘れたの? 水着買った後、が言い出したんだよ?」

「え? なんか言ったっけ……あっ、思い出したっ!」

 大声を出して、が歩みを止めた──そして今度は、小さな声で。

「うん、いつしよに入ろう……わたしのもお願い」


 夕飯の後、しよくたくに座ったまま、まらないテレビをもうまくに映す作業をたんたんとこなしてお父さんが居なくなるのを待つ──なのに、こうう時に限って、たらと私にはなけてるのが本当にうざい。早く居なくなって欲しいのに、早くお母さんとの三人だけで話したいのに、「『わくせいソラリス』はたことあるか?」だの「この前買った本がおもしろかったから、おりも読むか?」だの、全っ然興味無い話を延々としてくる。私が適当にあいづち打ってるのを察して、早々に引っこんで欲しい。どんだけむすめに構って欲しい訳? ちよううざい。

 でお母さんと話しててたすぶねを出してくれない。

 余りにもしつこくて構って欲しいアピールがひどいから、「どんな本なの?」といてしまったが運のき、それからしばらく本の話をされてどきを失った──でも、のSFアンソロジーはつうおもしろそうと思ってしまったのがくやしい。ひとしきしやべって満足したのか、としごろむすめ相手にを語った父親は「さて、ドラマの続きをるか」とリビングを出て行った。おおぎように階段を上る足音におくれてからとびらの開閉音がした──ようやく解放された。はぁ、長かった。

 とお母さんに向き直り、会話の切れ目で「ねぇ、まる所なんだけど、一人増えてもだいじようかな?」とただす。二人の会話の内容的に、はまだいてないっぽい。

「一人くらいだいじようじゃない? 増えるの?」

「まだわかんないけど、一応かくにんが私を見る、言葉を添えて。「だよね?」

 母親の前で、私達だけの共通話題がある事をきちんと提示する。私達が子供のころから、例えばけんした時、もう仲直りしているのにお母さんから変に気をつかわれたりするのはいやだから、それとなくもう解決している事を伝えるやり方。こうやってコミュニケーションをとっておけば、お母さんは私達の仲を心配しないし、せんさくもされない。

「うん」

「ところで、そのめてくれる人ってお母さんとはどういう関係なの?」

 が会話の谷間をめてく──私もうながす。「友達が民宿やってるとしか聞いてない」

 しようさいこうと思った矢先に例のへのばく事件が有って、今となっては解決したからいんだけど、その後もなんやかんやでお母さんと落ち着いて話せて無くて、聞けたのは民宿の名前だけだった──てっきり和風の名前かと思いきやVagueletteヴアグレツトなんてしやた名前で、しかもまだオープンしてないらしく、ネットでけんさくしてもからないなぞめいた民宿。

 今日こそ落ち着いて話をく。帰り道、と決めた事の一つだった。そして、そんな話をするからこそ、お父さんがじやで仕方なかった──早く三人で話したかった。

 けるの、明後日あさつてだし。

「細かい話、まだだったね。まず、その友達っていうのは正確にはこうはいさいって言うんだけど、昔からサーフィンやっててさ、それでくなったおさんの家を改装して、サーファー向けの民宿を始めるって話だったんだよ。前にそんな話を聞いてたから、もしかしたらと思ってれんらくしてみたの。そしたらさ、オープンまであと一歩ってところでとおるが──とおるってのはさいだんね、そのとおるがバイク事故で入院しちゃったみたいなのよ。内装なんかはとおるが自分でやってたから作業が止まっちゃって。だから退院するまではプレオープンって形で、みの相手にしかお店開けてないみたい。七月のこんないい時期にもったいないよね」

「え? それ、わたし達が行ってだいじようなの?」

 の疑問はごもっとも。私も同じ事思った。

「それはだいじよう。お父さんにはづらい話なんだけど、とおるは昔付き合ってた人の友達で、何度か遊んだこともあったし、それなりに知ってるの。それでとおるとも直接話したんだけど、事故で入院って言っても、骨折ったくらいだからおおさわぎするほどじゃないって」

 骨折った位って、まあまあのじゃない? 元ヤン基準だとそんなあつかいなの? こわっ。

「じゃあ、明後日あさつてはそのさいさんって人が居るってこと?」

 私としては〝昔付き合ってた人〟をふかりしたい所だったんだけど、が真面目に話を進めるからだまらざるを得ない──昔付き合ってた人、絶対にヤンキーでしょ。そのとおるとやらもバイク事故って言ってたし、登場人物全員ヤンキーでちがいないって。アウトレイジじゃん。

「そ。ももさい。芸能人みたいな名前だよね。きゆうせいやまだったから、よく仲間からダサいかとか言われてたのに、いきなりももだからね。私なんてあいからじんぐうだよ?」

「何、お母さんって今のみよう好きじゃないの?」

「だって、なんかいかつくない?」

「……いかついって言葉、久々に聞いた。いかついかなぁ? はどう? きらい?」

「わたしは自分のみよう、好きだよ」

「私もきらいじゃないかな。あいいけど──そっか、こんしたらあいおりになるのか」

 あいおり。ふむ、悪くない。

「何、お父さんじゃなくて私に付いて来てくれるの。うれしいじゃない」

 うぐっ──てうか「お父さんに付いて行くって考え、ナチュラルに無かった」

おり、それはひどくない?」

「じゃあ、はお父さんに付いて行くんだ」

「……いや……お母さんかな」

いつしよじゃん」

「仕方ないなぁ、そこまで言われたらまなむすめたちに追加でおづかいあげなきゃいけないじゃん」

 なぬっ! 「お母様、奈落の底まで付いて行きます」

おりが言うと、全部がうそくさいんだよなぁ。ま、いいや。そんな訳で、あんた達がまる日は他のお客も居ないみたいだし、一応さいには言っとくけど、一人増えようがだいじよう

 ちゆうで何度もだつせんしたけど、これで任務はおおむしゆうりよう。残るは明日のおのみっ!

 こっちは宿しゆくはく場所のしようさい以上に重要。最重要と言っても過言じゃない。

 おとけんに関わりますので。


※ ※ ※


 早く起きようとは思っていた。暗夜が残るほのあかるいリビングでだれに知られる事無くベルガモットの香りただようウェッジウッドのカップをゆうえんに持ち上げ、もしやお母さんが起きて来たらようちように「げんよう」とほほむ──それ位の意気込みはあった。

 だが、現実はも想像を下回って来る。私をすいみんからしたのはの「いつまでてるのっ!? 早くしてっ!」ってせいだったし、ポーチドエッグにフォークを入れて割るかんな朝食は、お母さんに無理やり食べさせられたたまごけご飯にすりわった。

 化粧メイクをすれば、かがみしに映るせわしなく私の様子をうかがっては背後で「ほら、早くしないとおくれるよ」といらちをにじませながら地団太をみ、私だって悪いと思ってるから音速でえを終えて洗面所でアイロンを当ててると、美意識がマリアナかいこうみに低いきショートに「いつまでやってんのっ! 先行くよっ?」と声をあららげられた。んな、ご無体な。

 げんかんけると、朝だとうのに外の世界は全力で夏だった──暑っ。額にあせにじませたじゆん君とが、ぎこちなさはあれども事情を深く知らない人が見たら不自然には感じない程度のきよかんこわいろで会話していた。注意深く見れば、まんにんが落ち着きの無い指先にかくれするし、じゆん君は所在無さ気に自分の首をさわったりしてるけど──だいじようそう。

「あ、やっと来たっ! もう、おそいよっ」

 いとしの妹をうち捨てて先に家を出た非情な姉がえた──無視。

じゆん君、おはよう」

「おはよう。忘れ物は無いか?」

さいとスマホは持った。えとかは昨日準備したっ!」

 バッグをたたいて、キャリーケースをする。よし、かんぺき

「一ぱくなのに荷物多いな」

「でしょ? 昨日、わたしも言ったんだよ」

「二人が少なすぎるんじゃない?」

 じゆん君はちょっと大きめのリュック、は小振りのボストンバッグ──もしかして二人とも下着しか入って無いとか? 着の身着のままスタイルはやばくない? 汗腺死んでるの?

「あんたが多すぎるのよ。わたしなんておりみずでつぽうでボストンなんだから」

「そんなに大きなみずでつぽうが入ってるのか……」

「文句は扇動した慈衣菜アジテーターに言って。そんな事より──時間だいじよう?」


 どうしてもいつしよに行きたいとさわぐから、おおみやえきで待ち合わせになった。おおみやに着くと、すでとミス・マープルと部長が居た──は明らかに周りからいていて、遠くからでも一発でわかった。頭にサングラスを載せ、おへそが見えるか見えないかぜつみようたけのキャミにうすのパーカ、デニムのショートパンツからびるあしの先はウェッジサンダル。ただでさえ身長が高くて目立つのに、そんなちで居るものだから目を引く所じゃ無い。

 の横で何やらテンション高めにはなけているミス・マープルはチェックのオフショルに黒いフレアスカートで、にはおとるもののモノトーンかつシンプルで悪くない。部長は安定のワンピースだけど、オフホワイトのティアードで、初めて見る洋服だからきっとこのために買ったと見える──部長も楽しんでいるみたいで何より。

「待って。みんな、めっちゃ気合入ってない?」

 の元にろうとした矢先、いつしゆん立ち止まって自分の服を見直した。

「気合入ってるね。ま、ミス・マープルのだんは知らないけど」

「わたしももうちょっとおしゃれした方が良かったかな?」

 じゆん君が横から「別におかしくないよ」とフォローした──けど、ちょっと違うかな。この場合はおかしいとかおかしくないじゃ無くて気合の問題なんだけど、こううフォローをさっと入れられる様になった部分は評価してしんぜよう。実際、プリントの白Tシャツにひざしたのスカートは変じゃないし、うごやすそうだし、何よりっぽい。

 それはそれとして──私に先んじての服装にげんきゆうするのはなつとくいかない。本来だったら会ってぐに言って欲しい。とは言え、今朝はまだみような空気がただよってたのもあるし、こくギリギリだったからまんしてたけど、今は話が別だし、電車の中とかチャンスはあったと思いますが、その辺は如何いかがお考えでしょうか? だれためにおしやしたと──ま、仕方無いか。

「ね、私は? 私はどう?」オーバーサイズのパーカのすそをちょっとはためかせたりして。

「似合ってるよ」

「似合ってるじゃ無くてっ!」

「……かわいいよ」

「ふふん。良く言えました」

「ねぇ、細かいこと言いたくないんだけど、こつにいちゃつくのやめてくれる」

じゆん君がわいいなんて言うから……おこられちゃったね」

 じゆん君が小声で「(……言わせたくせに)」って言った気がしたけど、多分

「そんな事より、早く行こう」

 私達に気付いたが手をっている──初めての合宿が始まる。


※ ※ ※


「こんな短いスパンでまたがわに来てしまった」

 バスから降り、がさを広げて思わず出た言葉だった。言った後で、ったと思ったけど、には聞こえて無いみたいだった。ただ、じゆん君には聞かれてて、「おばさんの地元だし、えんがあるのかもな」と言って、さり気なく私のかばんを持ってくれた。

「ありがと。じゆん君も入る?」

「僕はいよ」

 部長が「しろさき君が入らないなら、私を入れて」と、横からがさに入って来た。

 バス停からVagueletteヴアグレツトまではそこそこきよがあって、スマホの地図を出したとミス・マープルが切り開いた道に続いて行く──えんりよを知らない、しつけのなってない太陽がいきり散らかしているで息苦しくてたおれそうになる。がさが無かったら死んでたかも。

「なぁ、じんぐう、そろそろ許してくれないか?」

 ごくさいしきのアロハシャツにカンカン帽ボーターの、こくしたかれぽんちが背後からはなけてる。

「もう、ずかしいから近寄んないでって言ってるでしょ」

「ここまでキャリーケースをっててやったんだからもういだろ? なぁ、しろさきからも言ってやってくれよ。宿に着く前にだつすいしようじよう起こしそうなんだが」

「ほら、僕が持つから──」

 じゆん君にってもらいたい訳じゃない。「じゆん君は持たなくてい。私が持つ」

 昨日、私に向かって《ぼうすんなよ》だの《こくしたらばつゲームで変顔な》だのと調子に乗ったメッセージを送っておいて、集合時間におくれた教授にはもうしばらおのれせんぱくさをもうせいながらどうして私がどく無視したかを熟考して欲しい所だけど、絶命されたら困るし、じゆん君がかばんを持ってくれたから持ってるのはがさだけだし、キャリーくらい引きますよ。

「教授君もしろさき君も、ありがとうね。先生がめいわくしかけないばっかりに──」

がさからもらうよ? あれは教授が悪いんじゃん。私の事を散々にしたくせに、自分はあんなかれたかつこうでへらへらしながらこくするから。当然のむくいでしょ」

「先生、あんまりおこると顔がしわだらけになっちゃうよ?」

「はいはい。宿に着くまで一言もしやべらないです」

 それから何度も部長にほおつつかれたけど、無言をつらぬためえた──のに、いきなり部長がちようぜつっぽい声で「ばぁ」と顔をこっちに向けて来た。

 っく、んっ……それは……だめ……だって。無理っ……えらんないっ!

「はい、笑ったー。先生の負け」

「もう、パワー系で笑わせるの、反則だって」

 だめっ、気をくとまだ笑いそうになる。

「先生が子供みたいなこと言うからだよ」

「おまえら、楽しそうでいな」と後ろから冷やかしてきた教授に、部長が「ちようたのしい」と満面のみで返す──前を行く陽キャ三人と、それに続く私達四人の構図のまま歩いていると、ミス・マープルがかえって「もう着きますよっ!」と半音高い声で言った。

 今日の目的地であるVagueletteヴアグレツトかるざわ辺りにありそうなペンション然とした外観の二階建てで、一階部分はお店もねているらしく、サーフボードが何本もけられていて、何の気無しにはしから目で追うと、中には三メートルはありそうな長さの物もいくつかあって、サーフボードってこんなに色んな長さがあるんだと初めて知った。興味無さ過ぎて、私にとっては異文化過ぎて、異世界に転生したかと思った。お店の奥には飲食スペースがあって、宿泊設備は二階。元々あったおさんとやらが結構大きかったのだろう、土地を買ってこの建屋を造るとなると、かなりのお金がかる事はしろうとの私でも分かる。シャッター付きガレージのわきにある庭にはテーブルやらが置いてあって、すみにはバイクが置いてあった。

 じゆん君と二人で異世界をあれこれ観察していると、管理者を探しに行った陽キャ達が、これまた陽キャのごんみたいな、真っ黒に日焼けしたヒッピーっぽい女の人といつしよに出て来た。

 あれがお母さんの友達か……時代が時代なら、たきを囲んでガンジャをかしながらギターでもいてそうなち──もっとごりごりのヤンキーを想像してたのに、方向性がちがぎてこんわくする。色んな意味でやばい──いずれにしても、絶対に仲良くなれない。

「ねぇ、じゆん君。あの人ってヒッピーの生き残りみたいじゃない?」

「世話になるんだからそううこと言うなって。しかも、おばさんの知り合いなんだろ?」

 ひそひそとそんな話をしていたら、ヒッピーがこっちに走り寄って「あなたが陽向ひなたさんのむすめさん? えっと、おりちゃん、で合ってる?」と圧が強めの、私の苦手な人特有の活力があふれ過ぎてて留まらないから貴方あなたにもおすそけしてあげる、どう? 元気になった? 元気になればみなハッピーでしょ? みたいな勢いでいてた──バスケ部の連中以上に無理。

「……は、はい」

「あたしはももさい陽向ひなたさんには学生のころからちようお世話になってて、ガチで頭あがんないって感じなんだよね。で、おりちゃんはちゃんとふたなんでしょ? ちょっと顔見せて。ふんちがうけど──よく見れば似てるわ。うん、似てる。それよりはだ真っ白だね。ちようキレイ。もしかして、あんまり外には出ない系? はだかないようにしてる? ほんと、それちようたいせつだからね。その年から気をつかっておいた方がいいよ。こうかいしてからじゃおそいから」

 もういやだ。だれか助けて。

おりは読書が好きなんですよ」が代わりに答えるも、「読書かぁ。あたし、文字見てるとすぐねむくなるんだよねー。本を読める人、マジで尊敬する。まんもあんまり読まないし、できれば映画とかで見たい派なんだよね。ねむくならないコツとかあるの? そもそもねむくなんない? これ、マジで昔からなやんでて、文字がいっぱい書いてあるものを、ずっと見てられないんだよね。だから国語とかちようキライでさ。しかも、授業だと先生が読んだりとか、他の人が当てられて読んだりするでしょ? 今もそうだよね? あれ、あたしからすると完全にもりうたで、余計にねむくなるんだよね。あのころからずっとムリ。やっぱり、本を好きにならないとダメなのかな? ちなみにおりちゃんはどんな本読むの? れんあい小説とか? それとも、やっぱり難しい感じ? てつがくみたいな?」と、逃がさないとばかりに話し掛けてる。

 いーやーだーたーすーけーてー……じゆんっ!!! 男の子でしょっ!!!

 うるませたいたいねこの様なまなこきゆうえんようせいを送ると、それに気付いてくれたのか「おりは本当に何でも読むんですよ、まさにらんどくって感じで。ええと、僕はしろさきじゆんと申します。今日はよろしくお願いします」と大人みたいな言葉を連ねて、軽くしやくした。

 何それ。めっちゃやるじゃん。ちよう大人おとなじゃん。もしかしてわたわたしてるの私だけ? いや、私は断じてわたわたしてない。今のは相手の出方を見てただけだし。私だって本気出せばじゆん君位の事は言える。うん……言える? 言えるか? 言える。ゆう

「うん、よろしくー。あれでしょ、陽向ひなたさんとなりに住んでる男の子でしょ? そっか、君がねぇ。ふーん。陽向ひなたさんから聞いてたけど、確かにめっちゃ勉強出来そう。頭いいオーラ出てる。もしかして、生徒会長とかやるタイプ?」

「僕はそういうのはちょっと……」

 じゆん君が押され始めて、さっきまで味わって居たがいかんさんする。良かった、向こう側に行ってしまったのかと思ってあせったじゃん。おどかさないでよ。それからヒッピー改めさいさんは一人一人にとうこうげきあたつづけ、じゆん君同様それなりに対処したかに見えた部長もくやられて──教授やミス・マープルは意気投合してた。までく。

 やっと解放されて部屋に着いた時には、もう海に行く体力何ていちあくの砂程も残っていなかった。部屋割りで部長と二人部屋になったのだけが救い。「はぁ、もうこのままたい」

 部屋で大の字になったまま、部長にと言うよりはほぼ独り言だった。

「うん……気持ちはわかるよ。テンションがちがぎたね」

「キャリーケースを開く気力すら無い」

「先生、あの後もめっちゃからまれてたもんね……でもさ、お母さんの友達なんでしょ? 先生のお母さんって大人しい感じだけど、あのノリの人と気が合うのかな」

「あー、だけの話、うちのお母さん、元ヤンだから」

「え? そうなの? そんなふん、全然無いじゃん」

「私はそうなんじゃ無いかって思ってたよ。よく、おちゃんが『陽向ひなたは遊びまわってて大変だった』とか『悪い遊びばかりしてた』ってこぼしてたから。この前、地元でバイク乗り回してたって話をお母さんから聞いたし、確実に元ヤンでしょ」

「そうなんだ……イメージ全然ちがうからびっくりしちゃった。やっぱり、おこるとこわい?」

「舌を巻いて『んだ、てめぇ。殺すぞ』とかは言ったりしないけど、で一番こわい」

 おこらせると──あっ!!! やばっ!!!

「急に起き上がってどうしたの?」

「お母さんからお土産みやげ持たされてたの、忘れてたっ!!!

 さっきキャリーケースがどうのって言った時、みようかんあるなって──あわててキャリーケースを開き、じゆうまんごくまんじゅうと近くの洋菓子店で買ったパウンドケーキを取り出す。

「これわたさなきゃなんだけど、いつしよに行ってくれない? ほら、部長だし」

「それ言うのずるい。でも、行くよ。お世話になるんだし」

「ありがと。部長大好き。ただ──」しんけんかつ真面目な表情を作ってから続ける。「お母さんが『じゆうまんごくまんじゅうをわたす時は、〈うまい、うますぎる〉でおみのってちゃんと言うんだよ』って言ってたんだけど……お願いしてもい?」

「それ、絶対うそでしょ? 今作ったでしょ? がわの人に通じる訳ないじゃん」

「作ってない。うちのお母さん、そうう人なの。だって、よく考えてみてよ。パウンドケーキもあるんだよ? それなのにじゆうまんごくまんじゅうも持たせるんだよ?」

 うそだけど。

「ね? お願い……お母さん、さいさんとなかいから、きっと電話でかくにんするだろうし」

 まゆげんに寄せて、さいまなしを向けて来る部長をかしながら部屋を出ると、ろうとばったり会った。が「あの、お土産みやげわたして──」とけたのを制し、「丁度良かった。今からわたしに行くの。いつしよに行こう」と手を引いた。仲間は多い方がい。

 一階に下りてショップブースをのぞくがだれらず、外に出るとさいさんが停めてあった大きなバイクを押して移動している所だった。が口火を切る。「あの、すみません」

「ん? どーしたの?」

「こちら、まらない物ですが」そう言って部長がお土産みやげを差し出した。

 押していたバイクを停めて、「気をつかわなくていのに。でも、ありがとう。頂くね」とさいさんが受け取る──部長、裏切ったな。言ってないじゃん。とつに部長を見たけど、視線を合わせない。まぁ、流石さすがに無理があったよね。うん、知ってる。

「あの、そのバイクって……もしかしてだんさんの──」

 づらい話題にが切り込んだ。

 え? それ言う? てか、事故にったならこんなにれいじゃないでしょ、明らかに手入れされてるじゃんと思った物の、余計な事を言うとらいみそうなので流れに任せる。

「これ? ちがちがう。あいつのバイクははいしや。これはあたしの……ってゆーか聞いてない?」

「えっと……」が私を見た──首をって応える。「わからないです」

「このバイク、陽向ひなたさんのだよ」

 と声が重なった。「「えっ」」

陽向ひなたさんが昔乗ってたバイクなんだけど、知らない人に売るのはイヤだってあたしにゆずってくれたの。ちなみにこのバイク、今だと中古で数百万するからね。陽向ひなたさんに悪いからとても売れないけど」と言って、さいさんが笑った。「外に出しっぱしておくのもぶつそうだし、とうなんにでもあったら陽向ひなたさんに顔向けできないじゃん? だから基本は中に入れてカバーけてるんだけど、さっき乗っちゃったからエンジンとかマフラー冷ましてたんだよね──そうだっ。せっかくだから、お母さんのバイクにまたがってみない?」

 がちらっとスカートに目を落としてしゆんじゆん──したが、うなずく。「乗ってみたいです」

 スカートをももまでめくって、さいさんに支えられながらおそおそるバイクにまたがった。

おり、写真って」

「はいはい」

 お母さんのバイク、こうして見るまでは暴走族みたいなのを想像してたけど、思ってたよりはつうだった。にもバイクって感じの、武骨であつとうされる見た目──造形のしは全くからないながらも、バイクにまたがったかつこう良かった。ちょっとたよりないけど。

「今った写真、わたしにも共有して。おりも乗ってみる?」

「え……私は別に──」

「折角だから、先生も座ってみなよ。私がってあげるから」

「このスカート、またがるとパンツ見えそうじゃない?」

「セクシーでいじゃん」

「ばか」けど、どうせなら──と部長にうながされるままバイクにまたがってみる。思っていたよりもあしを開かなきゃいけないし、ハンドルとシートの間に大きい燃料タンクがあって、何て言うかバイクって映画とかでも軽々しく動くからもっと軽量感のある乗り物だと思ってたけど、想像以上にじゆうこうで、たたずまいはてつかいそのものだった──これを乗り回す想像が付かない。

 してやお母さんが乗ってた姿を頭にえがけない。

「あの、このバイクは何て名前ですか?」

「カワサキのゼツツー。カッコイイっしょ?」

「はい、かつこういと思います」

 部屋にもどちゆう、私はみようこうようかんに包まれていた。それはも同じみたいで、「なんか、めっちゃカッコよかったよね?」だの「お母さんに写真見せよっ」と興奮した調子で言い、挙げ句「バイク、ちょっと興味出てきたかも」等と言い出した──思量がたんらくてきぎ。それか、ねむれるヤンキーの血潮がさわいでしまったのかも知れない。

 おちゃん、孫がちました。血は争えないみたいです。成人式は晴れ着じゃ無くてになってしまうかも知れません。姉を止められなかったらごめんなさい。

「ね、これから海行くでしょ? ちゃんは水着どうする? 着てく?」

「うーん、着てこうかな……かめちゃんは?」

だいじよう? はそのパターンでえを忘れるまでがセットでしょ? ノーパンでビーチから帰って来る羽目にならない? とうさつされてSNSにアップされちゃうかも」

「そんな昔の話しないでっ! あぁ、もうっ! いいです、向こうでえますっ」

 ここからビーチまできよ無いし、つうに考えて水着のまま帰るけどね。

「そっか。私はあしもとがじゃりじゃりしてて湿しつの立ち込めるだつじよいやだから、えてから行くけどね。部長もそうしよ?」一階にせんたくかんそうが置いてあるのもかくにんみだし。

「……って、先生が言ってるけど……ちゃんも着て行かない?」

かめちゃんが言うならそうしようかな」

 かめちゃんが言うならって何? 私の意見無視? おかしくない? ま、いけど。

 部屋にもどってじゆん君達にれんらくを入れてから、服をぐ──諸事ばんたんの準備は整えてある。

 水着を買いに行った日、がぽつり「水着になるならうぶとかも……」とつぶやいた後、に「毛の処理ってどこまでしてる?」と話をった。けばちがいないと思ったんだろうけど、私は知っている。金髪オフショル聖母にたずねても参考にならない事を。

「エナは全身だつもうしてるよー」

「……これがげんえきモデル……いたわたしがおろかだった」

「あ、でも全身やってない子もいるよ?」

「ううん、もうだいじよう。きっとレベルがちがうから……ねぇ、おり。あんたは──」

 だが安心したまえ、我が姉よ。私にはが必要なんだ。

「それなんだけど、私もにお願いがあるんだよね……あのさ、首の裏とか背中って見えないじゃん? 私は毛深く無いからだいじようだとは思ってるんだけど、の言う通りうぶとか生えてたら死ねるでしょ? だから代わりにるか除毛クリームるのを手伝って欲しいんだよね。どう? のもやってあげるから」

 背中となると、自分じゃまんべんれるかあやしい。

「うん、やる。だから、わたしのもお願い」

「あ、下は自分でやってね」

「バカっ。だれたのむかっ!」

 そして昨日、私達はちぎりを果たした。私は姉の首筋にそっとものすべらせ、姉は妹の首筋にものてる──やいばを交え、私達まいはいしたかんぺきな存在となったのだ。

 トップスのひもを部長にむすんでもらながら、浴室でりんあせみず垂らした二人の成果を部長にも伝えたくて「ねぇ、背中つるつるでしょ? どう?」とてらったせつあつと化した部長が「自分ばっかりずるいっ!」と首に回したひもを思い切り引っ張られた──よもや顔面がおのれの胸にまいぼつしてちつそく寸前だった……うん、それは言い過ぎた。そんなにばくにゆうじゃない。

「いきなり何すんのっ! 今、すごい角度で首が曲がったんだけどっ!」

「この前その話してる時、ずるいって言ったじゃんっ!」

「部長はだいじようだって……も言ってたでしょ?」

「でもさ、でもだよ? この二日の間に生えてたらどうするの?」

「だから部長は──」続く言葉を飲んだ。顔から下にうぶすら生えない大半の女子からかつごうされるべき体質の部長にその心配は無いと力説しても、今の部長にはだ。それに、私のめいは彼女の手中にある。「じゃ、じゃあ後で見てあげるから……ねっ!?

 あらぶる部長を何とかなだめ、日焼け止めをかたわら首筋や背中の無事を伝えるころには、スマホに大量の通知がまっていた──だけでは足らなくて、が呼びに来た。

 パーカを羽織り、ショーパンを穿いて庭に出ると、みなそれぞれジップアップのラッシュガードだったりパーカだったりをまとっているのに、じゆん君だってTシャツを着ているのに、語るもおつくうな約一名が──さっきまでアロハを着ていたはずものが海パン一枚で立っていた。

 つゆほども似合っていないティアドロップ型のサングラスをもつたいぶって上げ、「じんぐうおせぇぞ」と歯を出して笑った──きっつ。うわ、マジで無視しよ。将来、ビール片手に河原でバーベキューしそうなタイプとはきよを取るに限る。本気で近付かないで欲しい。

「さ、みんなそろったし、早く行こーっ!」

「ですよねっ! 早く行きましょっ!」の声に続いたミス・マープルがちらっとこっちに視線を投げ、大熱れるごくに行かんとした所で、さいさんが後ろから「若者たちよ、ちょっと待ったっ! 借りると貴重なおづかいが減るから持ってきな」とポーチを降りて、パラソルやらクーラーボックスを「ほら、ろうの仕事だ」と男子勢にわたした。


 海が近い事は全員がにんしきしていたはずだけど、地下道をけて海が見えたしゆんかん、口々に「海だ!」と発して、じゆん君ですら「おおっ」なんて言っちゃたりして、海の無い県で若き生命をらしてると、海が見えただけでこんなに感動出来るらしい──毎年太平洋を拝んでいるですら、「おり、海だよっ!」何てだれが見ても海としかにんしきしないごく当たり前の事を、大発見エウレカかのごとかえってさけんでた。

「うん……海だね。まごことき海だね」

 がさふちられた世界から出ない様に縮こまっているからか、調整機構がほうかいした日射に熱せられたアスファルトの上を歩いて来たからか、ちがう人間の多くがうすの限界をきそっているか、弱々しい言葉しか出て来ないのに──しつなんて言葉からほどとおい部長までもがみなに感化されて走り出し、私は取り残された。否、ただ一人ひとりじゆん君だけが私のとなりに立っている。

「海を知っているのに、海に来たこともあるのに、こうして改めて対面すると、波の音が存外大きいことと、わたかぎり水しかない光景にあつとうされるな」

「詩的だね。それとも、シニフィエとかシニフィアンの話?」

なおな感想だよ。おりは気分上がらないか?」

「私は潮風が好きじゃ無いし、足の指にまる砂が好きじゃ無いし、海水のはだざわりがきらいだし、はしゃいでる大人を見るのがきらいだし、子供のころおぼれて苦しかったおくが強いし──前にも言ったけど、お母さんの実家、ここからそんなに遠くないんだよね。だから、気持ちが正の方向にようどうしたりはしないかな……でも、今は悪くないって思ってる」

 取り残されたりしなかったから。「そんな事より、けなくていの?」

きらいなすなはまを歩くんだろ? いつしよに行くよ」

やさしいね」

つうだよ」

「そう? 最近、いつもやさしくしてくれる──そうだっ! ちょっと来て」

 高温のすなはまし、あしを取られそうになりながら、すなはまにせり出す地下通路のかべじゆん君をゆうどうして正対する。私はかべを背にして、じゆん君は海を背に。

「どうした?」

「私の水着、最初に見て欲しい」

 まどい、ちゆうちよしゆんじゆん──固まったじゆん君の手を、そっとパーカのファスナーにゆうどうする。

じゆん君の手で下げて」

 手にきんちよう、「下げてって……」そして声がふるえる。

「見たくない? 興味無い? 教授が先に見てもい?」

「それは……いやだ」

「だったら、じゆん君が自分の手でファスナーを下ろして」


 じゆん君ののどぼとけが上下する。聞こえるはずが無いのに、つばを飲み込む音がした。


 もどかしくなるくらいゆっくりと、手をえたくなるくらい不規則に、ファスナーが下ろされていく。パーカが開いていく──もう何も聞こえない。ジッジッとう音の波ははだを通したしんどうとして伝わり、むなもとまではだけたパーカのすきに暑気をはらんだ風が入り込む。

 純君の胸に手を当てるパツシヴ・ソナー──はやがねを打つどうが、手の平を強く押し返す。

「どきどきしてる」

「こんなの、だれだってするよ」らいだざんきようとびかんだかい声がいだ。

「谷間を見たら、もう終わり?」

 せきばらいをして、じゆん君がファスナーを最後まで下ろした。

「どう?」

「……れいだよ」

 そう言うって決めていたみたいにすっと出た言葉は、うつむいた口から放たれた。

 照れてもいから、ずかしくてもいから──「ちゃんと目を見て言って」

「余りにおりりよくてきで、見るのがずかしいというか、照れるというか──」

「うん」

「言葉を失うくらい、よく似合ってる」

 へへ。「ありがと。下もがす?」

「それは流石さすがに……これ以上は限界」

 し。もう、仕様が無いなぁ。ショートパンツのホックを外して、務歯の嚙み合いフアスナーを一つずつ解放していく。少しだけショートパンツを下げて、水着を見せる──何だか下着を見せてるみたい。やばい、めっちゃ興奮する。「どう? 見えた?」


「お───いっ! 何やってんだよっ!」


 後ろで教授の声がした──「残念、もう終わりっ!」急いでショートパンツを直し、パーカの前を止める。「さ、行こっ。いのがさわいでる」

「お、おう。そうだな」そう言って走るじゆん君の背中を見送る。

 はぁぁぁ、めっちゃどきどきしてやばかった。はくどうでおっぱいがれそうだもん──最後のは我ながら天才的過ぎる。流石さすがじゆん君も今のはやばかったでしょ? 確実に秘められたおすの本能がしんしたでしょ? 興奮どころじゃないでしょ? あんなに走っちゃってだいじよう

 何だよ、海、楽しいじゃん。


「いやぁ、みんな若いねぇ」

かめだけさん、先ほど『きゃあっ』とか言って、楽しそうに走っておりませんでした?」

「あら、見られていたとはおずかしい。ただ、ご安心下さい。私、そういう遊びはもう卒業いたしましたから」しの脹脛ふくらはぎを、部長がタオルで雑にぬぐう。「ちょいとじんぐうさん、とびきり冷えているカフェラテを取って下さる?」

 クーラーボックスからカフェラテを取って部長にわたし、身体からだひねった反動でパラソルのかげから出たつまさきを引っ込める──私が着いた時、はビーチボールをポンプでふくらませていて、その横で教授はに息をんでいて、部長とミス・マープルはみぎわで波からげる遊びをしていて、じゆん君はされて波間に消えていった。

 楽しそうにビーチボールをふくらませるを見ていると、何だかんだ言っても陽の人間なんだなとみ認識する。ゲームやらアニメやらでもりがちな側面ばかり見ているから勝手に仲間意識を持っているけれど、学校では女王蜂クイーン・ビー気取りの誤想はなはだしい集団とつるんでるし、以前の私は明らかにちがう空気を吸って生きている人間だとしていた。だから近寄らなかったし、関わらない様にしていたし、視界に入れる事すらこばんでいた。教授だって、元々はサッカー部だし、本来であれば交わらない人間──そんな二人が私のすぐそばでやいのやいのっている。しかも、水着姿で。あ、やミス・マープルもそうか。

 波の音が大きいからなのか、暑熱で思考がよどんでいるからなのか、ひどくぼんやりする。

 ビーチボールをパンパンにふくらませたが、「にゃおにゃおもいつしよに行こうよ」とさそってくれて、教授が「使うか?」と声をけてくれたけど、「私は荷物番をしてるから行っておいで」と二人を送り出した──わるように部長がやって来て、こしを下ろした。

「すっかりミス・マープルと意気投合したみたいで何よりだよ」

 ぼんやりとミス・マープルを目で追っていると、てんしゆん視線が交わった。

「中学生の相手なんて、お手のものですわよ」

「言うじゃん。私には遊ばれてる様に見えたけど、気のだった?」

「気のだね。はぁ、慣れないことしてつかれちゃった」

 方々で遊んでいたみなの元に集まって、ビーチボールを落とさずに何回トス出来るかにちようせんはじめた。「新しい遊びが始まったけど、行かなくていの?」

「私はきゆうけい……ってか、先生こそ行って来なよ。上着なんかいで、しろさき君に水着姿を見せて来たら? 折角、合法的にしゆつるんだしさ。はだ見せるの好きでしょ?」

「残念。さっき見せて来た」

「手がお早いようで何より」

 白眼視混じりに言って、部長がすなはまに視線をもどした。「あ、またしろさき君がボール落とした」

「元運動部の、動けるパリピオタク二人とげんえき運動部の二人が相手じゃ、延々にじゆん君が負け続けるだろうね。ただでさえ球技は得意じゃないのに。可哀かわいそう

「そう思うなら、運動レベル最底辺の先生が参戦してどうになってあげたら?」

「部長だって大差無いでしょ。何で私だけ──」

「私は先生とちがって波とおたわむみですから」

 そんな事を言い合っていると、じゆん君がかたで息をしながらこっちに来た。

「いらっしゃいませ」

「すまん、冷たい飲み物をくれないか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 太陽の下でペットボトルをあおじゆん君が、逆光になってよく見えない。でも、すごい勢いで飲んでいるのは分かる。あせなのか海水なのかこぼれた飲み物なのか、砂の上に水がしたたって丸いみが出来る──あっとう間に元の色にもどった。直射日光おそるべし。

 部長の方に寄って、スペースを空ける。「じゆん君も入りなよ」

「そうさせてもらうよ」

 じゆん君がかげに入ると、いびつに波打ったシートのはしに熱い砂が載って、後ろ手に突いていた指のすきすべんでた。手に付いた砂を軽くはらい、私もお茶を飲む。

「あんなに全力で動くじゆん君、ひさりに見たよ。よくがんったね」

「こういう時くらいはな」

 せいじやくの合間に、波音が入り込んで来る。

おりも行かないか?」

「私はいい」

「先生、折角だから行って来なよ。足の先だけでも海に入ること。部長命令」

「えー。入らなきゃ?」

「だめっ! ほらしろさき君、我が部のマナティーを早く海に返してあげて」

「マナティー言うな」

「マナティーってたんすいじゃなかったっけ?」

 スポーツドリンクを飲み切ったじゆん君が、ペットボトルをかたながら言った。

「アメリカマナティーは海と河を行き来するんじゃなかったかな──って、マナティーの話は広げなくていのっ。もう、人を海牛に例えないでっ!」

「いやいやいや、先生が自分で言ってたんじゃん。マナティーって」

「知らない。昔の事はおくいません」

「白を切るのは自由だけど、海には入るんだよ。わかった? ナオティー、返事は?」

「分かった分かった──じゆん君、早く行こ。この人、全力でうざい」

 これ以上に居たら、私のしようがナオティーでていちやくねない。

「おう」

 先に立ったじゆん君が、手をばした──じゆん君の手をにぎって立ち上がった。

「じゃあかめだけ、荷物たのむな」じゆん君がかえる。

「合点承知のすけ!」部長が小さく敬礼した。

 およそ女子高生とは思えない返事に、えてんだりはしない──そう決めて歩き出した所で、呼び止められた。「先生っ! 服、ぐの忘れてるっ!」

「だって日光が……」

「部屋で日焼け止めったでしょっ! 言い訳しないのっ!」

 ああっ、いちいちめんどうくさいなっ!!! げばいんでしょ? げばっ!

 ショートパンツをぎ、部長めがけて投げる──取られたっ! 今度こそっ! いだパーカを丸めて部長に投げ付ける──が、矢張り取られてしまった。

 満面の、にくたらしいほどがおで部長が言った。「私の勝ちっ!」

 後で覚えてなさいっ! 私にはガトリング水鉄砲ミニガンがあるんだからねっ!


 熱砂に足の裏をでられながら、じゆん君に付いて行く。

「ねぇ、じゆん君。さっきの部長の敬礼、あれは海上自衛隊を意識してたと思う?」

ひじを張ってなかったからか? そこまで意識してないだろ」

「だよね」とうとつに、先日の事を思い出した。「深く静かにせんこうせよ」

 にスルーされたせんすいかん映画のタイトルをつぶやいてみる。反応しなかったら付き合わない。

 いぶかしんだのはほんの一時、じゆん君が続ける。「U・ボート」

「レッド・オクトーバーを追え!」

「ハンターキラー」

「K‐19

「U‐571」

「海底ぐんかん

「そう来るか……じゃあ、復活の日」

「いいね。うん、悪くないLife is Beautiful

「もし、どうしても海に入るのがいやだったら、言ってくれ」

いつしよに入ってくれるならだいじようたのんだよ、ローレライ」

「僕は男だぞ」

「このご時世に男も女も関係無いでしょ──あ、入るのは足だけね」

 なぎさで立ち止まってつくばうと、砂地をおおわんとやつになったぬるい海水がゆるやかにすべって、私をしていく。りゆうともなった海水にげきされたつまさきがこそばゆい。

 じゆん君がとなりにしゃがんだ。「気持ち良くないか?」

 今度は我先にと海水がげていく。

「くすぐったい」

「確かに」

「まぁ、これ位だったられるのもまんる」

 次の波は、私のつまさきで息絶えた。

「もし二人で海に来てたら、じゆん君は入ろうって言った?」

「言わなかっただろうな」

「なら、今回は何で?」

「何でだろう、ふとそう思ったんだ。おりさそわなきゃって。みなと同じ空間を共有して欲しかったのかも知れない──いや、そうじゃないな。やってみたら悪くないかもって」

ためしてしかったって事?」

「きっと、そうだと思う」

 今度の波は──「やばっ、大きいっ!」

 とつに立ち上がろうとしたが間に合わず、おしりがしっかりとれてしまった。

「ああっ、れちゃった」

「水着だからいだろ」

じゆん君は一度れてるから気にならないんだよ。足だけの積もりだったのに」

 おしりだけれてるの、ちようわるい──立ち上がると、あしを海水が伝った。ちようかい

「どうせれちゃったんだしさ、もうちょっと先まで行こうよ」

「え? ここでいよ。てうか、おしりきたい。らしたみたいで気持ち悪い」

らしたとか言うなよ」

「だってこんな──おしりだけれてるの、ちようかつこうわるいんだけど」

「じゃあ、もうちょっと先まで行こう」

 じゆん君が立ち上がり、私の手を引いて歩き出した。何度も波に洗われて、足首、脹脛ふくらはぎひざまで海水にかる。あしにぶつかった波がねる。今度は大きい波が来て、身体からだよじってじゆん君をかべにしてかくれた──けど何の意味も無くて、こしの辺りまでしっかりれた。

「これでずかしくないだろ?」

 気付けば、じゆん君のうでめていた──半裸の男女が密着るのは、海の良い所。

れて不快。でも、じゆん君のはだれたから良しとする──肌、れいだよね」

「明るいところで上をぐと、白くてかつこうわるいよな……さっきにも笑われたよ」

「別にいんじゃない? 明るい所でがなければ。私は気にしないよ。下手に日焼けして黒々してる方が、遊んでるみたいで好きじゃない。それより──私のはだはどう?」

「このタイミングで言うなよ」

 さっきよりは低い波──だけど、もっと強く、力をめて好きな男の子のうでいた。

「このタイミングだからでしょ?」

れいだよ。れいすぎてまぶしい。だから、そんなにくっ付くなって」

ちようぼうみじゃん。何? おっぱいを感じちゃう?」

「だからそういうことを──」

「こんな時くらいいじゃん。もっと感じてよ。だいきらいな海に、がんって入ったんだよ?」

「だったら……わざわざ口にしないでくれるとありがたい──うわっ!」

 えっ?

 すべてが──おそかった。今までで一番高い波だとにんしきしたのは、おなかの近くまでかってねた海水が口に入り込んで来た時だった。「んぐっ! うぇっ!」しょっぱっ! 「ああっ、口に入った! これ以上ここに居たらおぼぬっ。ちんぼつしたくない!」

「わかった。とりあえずもどろう」

 じゆん君がゆっくりとはまに引き返していく──返す波にこしが持って行かれそうになる。

「転ばないように気を付けて」

「もうっ、ばかっ! 先まで行こうとか言うからっ! ちようれたんですけどっ!」

 胸から下がびしょびしょになって、れた足に砂がいて、全てがまわしかった。私達のじんえい辿たどころには身体からだじゆうこうかいが支配していた。バスタオルを持ってってに、「おりが海でれるなんてなんねんり?」とがおで言われたのがまた腹立たしい。


 だから海はきらい。


 それから帰るまで、私はいつさい海に入らなかった。でも、お昼に食べた焼きそばとかフランクフルトはジャンキーでしかったし、砂山に棒を立てて、周りを順番にくずして棒をたおした人が負けってだんじゃさそわれても絶対にやらない、小学生みたいな遊びにもちゃんと付き合ったし、負けた教授をめようってみんなが盛り上がるのを、「どうやってる積もり?」とおもながらも空気を読んでおそらく口にしなかったし、案の定せつすなが出来上がってもくさす様な言葉は多分かなかった──私のおくが正しければ。

 それはそれとして、すなの教授をばくにゆうにしたり、ガトリング水鉄砲ミニガンで教授をつとけて、部長にふくしゆうを果たしたり、海には入らなかったけどそれなりに遊んだ──おかげで、だれからも海に入ろうってさそわれずに済んだ。もちろんすべて計算通り。ねらってましたっ!

 だるさが辺りを支配し始め、「そろそろ帰ろう」とだれかが言い出すのを待つくだんの時間がおとずれる少し前、トイレに立った時だった。部長か辺りに声をけようと構えた所で、ミス・マープルが「ゆずもいつしよに行ってイイですか?」と言って付いて来た。ける言葉が見付からず無言で歩いて居ると、トイレが見えて来た辺りで「あの……ゆず、ずっとせんぱいに謝りたいって思ってて……せんぱいにも相談してて、そしたらさそってくださって……だから、いい機会だと思って来たんです」とたどたどしく言ってから、「ごめんなさい」と頭を下げた。

 道理で何度か目が合うなと思って居た──の差し金か。

「別にいよ。てか、頭上げて。謝らせてるみたいに見られるといやだから」

 私達のわきを、はだを小麦色に焼いた男の二人組がこっちを横目でうかがって、通り過ぎた。

「あっ、すみません。そんなつもりじゃ──」

「謝らなくていって」

「でも──」

「楽しかった?」

「はい。めっちゃ楽しかったです」

「年上ばかりでいやじゃいの?」

「年上の人と遊ぶこと多いので、全然だいじようです」

 反射的に「パパ活でもしてるの?」と言いそうになったけど、どうにかこらえた。私、ちようえらくない? この一連の流れ、心象風景もふくめて部長に見せてやりたい。

「そっか。花火もあるから、夜になったらやろうね」決まった──これが年上のゆう

 今日の私は一味違う。何しろ、好きな男の子の肌に触れまくってますので。

「やったぁっ! 花火めっちゃ好きなんですよっ!」


 夕飯はデジャヴとうか、お定まりのバーベキューだった。何となく、これは宿しゆくはくきやくようメニユーでは無くて、わざわざ私達のために用意してくれた感じがする。ヒッピーもといさいさんは最初だけ居て、気をつかったのかある程度火が起きたらかに消えた──これだけ人数が居ると席を立つ必要にはせまられないし、何なら私のとなりは料理大好きギャルくずれオタクだったから、座っている居るだけでお皿にお肉が供給されたし、野菜を食べさせようとするショートのお節介女とゆがんだ愛情表現しか出来ないどくぜつ美術部員は居たけれど、手伝えだのなんだの言う元ヤンに比べればかいゆうで、じようにゆっくりとした肉焼きのだった。

 だれも席順に気をつかわないで、じゆん君は私に目もくれず教授のとなりで異世界の言語問題を語っていて、じゆん君のとなりにはだかが座って居た──まぁ、今日くらいいんだけど。普通に楽しんでいる様に見えて、気丈にってるはしばしで感じてたから。

 ミス・マープル……もといゆずひめは、グリルの前にじんいつしよになって焼きにてつしていた。時折「もう焼けてね?」と手をばす教授を、「それはひっくり返しましたっ! ゆずが焼くんで、大人しくしててくださいっ」と何度もたしなめていた。

 うたげの終わりが見えて来たころさいさんが西瓜すいかを持って現れた。すかさずゆずひめが「スイカ割りやりたい」と声を上げ、教授が賛同する。さいさんが「だよね。その言葉をまってたよ」と笑いながら、かくしてたバットを教授にわたした──あつなくたたったぞろいな形の西瓜すいかを食べていると、がいきなり「ちょっと来て」と私の手を引き、ポーチに座るさいさんに「ここ、いいですか?」と言って横に座った。訳も分からないまま、流れでとなりこしを下ろすと、が「あの、昔のお母さんってどんな感じだったんですか?」と神の存在を根底からるがす様な最大のなぞけた。学生時代の話や過去のかれへんれきみたいなお母さんからじゃ絶対に聞き出せない様な話を、「あたしがしやべったって、陽向ひなたさんには絶対に言わないで。マジでしばかれるから」とくちきでおしえてもらった。

 さいさんの口から語られるお母さんは、元ヤンとはちがったけどそれに類する属性だってのは十二分に分かったし、こっち側の人間じゃない事の裏は取れた。学校さぼって一日中カラオケ行ってたとか、校内放送でしょっちゅう呼び出されてたとか、夜中プールにしんにゆうして遊んだのがばれて翌日全校集会になったりとかはまだわいい方で、校門で他校のヤンキーに出待ちされてたとか、中学校の卒業式にかれがバイクでむかえに来たとか、お母さんが原因で不良グループがけんして警察になったとか、車高がペタペタの車が高校の前に停まってると思ったらお母さんの友達だったとか──はい、完全にあっちのかただったみたいです。

 うちの母は不良サークルのひめでした。むすめとしてとてもずかしいです……が、ちょっと道をはずす位なら許してくれそうだとも思いました。とても強いこうしよう材料をかくとくました。

 家庭内のはじをこれでもかと見せつけられ、肉をたらふくんで、もう花火はどうでもよくなった私としては横になりたかったんだけれど、それを口にしたられつごとなじられた──花火をするかは議場にはかられず、再び海に行ってやるかいなかだけが争点だった。さっきシャワーを浴びた身としては、また砂にまみれるのはめんこうむりたい所だったけど、いぶされた肉のこうが毛先からただよってるし、再度の湯浴みはけられそうに無いし、部長が「先生がデブ活にいそしみたい気持ちは分かるんだけど、ここはどうかひとつ夏の思い出ってことで」等と手を合わせて小馬鹿にして来るしで、片付けを終えた後はまたぞろ海に行く事になった。

 花火だったら海に入らないし、ころびたいけどまんする──どうせ、後で海に行くし。


※ ※ ※


 花火の帰り、「お入ったら集まろっ」とが言って、教授が「朝までゲームでもしようぜ」と同調したけど、と部長はあいまいな態度をして、「考えとく」とだけ返した。

 二人の態度は私のためだと分かってたし、事実、じゆん君から「後で話したい」とさそわれた。じゆん君から部長やに相談したのか、部長とをしたのかきよくさだかじゃないけれど、花火の後にそうなる事は知っていた──部屋にもどってる黒いTシャツを着た。

 私なりの決意表明だった。じゆん君におうと思って家から持って来た、まだ一度も着た事が無いTシャツ──昔、お父さんがくれたTシャツを着て、ボディミストをけた。

「先生、私はちゃん達の部屋に行ってるね」

「うん」

「がんば」

「私ががんる事じゃ無くない?」

「だね。ちゃんにはなんて言う?」

「任せる。ありのままを伝えたっていよ」

「ありのまま、か。それは先生が言うべきかな」

「たしかし──じゃあ、行ってくるね」

じらいとつつしみを忘れずに」

「努力する」

 に下りて外に出ると、湿しめった風の中でじゆん君が待っていた。テラスので具合が悪そうにうなれていて、私の気配を感じて起こした顔は、それでもおだやかだった。

「待った?」

「ううん──え、そのTシャツ、『Do Androids Dream of Electric sheep?アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』だよな?」

「うん、いでしょ?」

 胸にプリントされた、SF小説のそうていデザイン。思春期の、中学生のむすめにこのTシャツをプレゼントするお父さんもお父さんだけど、このTシャツにはゆいいつい所があった。それは私の好きな男の子は絶対に反応してくれるって事──プライベートではSF好きだと思われるから絶対に着たく無かった。着るのはじゆん君に見せびらかす時だけ、そう思っていた。でも、このTシャツをもらったすぐ後、その男の子はお姉ちゃんのかれになった。それ以来、ずっとクローゼットの奥にんだままだった。

「めっちゃかつこういな。つうに欲しいわ」

 今からの私は、ちゃんとなおになる。はつこいの相手と夜の海に行くんだから、それは最低限のルールだ。これでもりんの男の子をミステリとSFに引きずり込んだごくあくにんむすめはつこいの相手のしゆに合わせるなんて、いともやすい──ねぇ、じゆん君。知ってた? じゆん君が私の読んだ本をけてた様に、私もじゆん君がおもしろいとか今読んでるって言った本、かたぱしから読んでたんだよ? 映画だってそう。ドラマだって、アニメだって、全部そう。じゆん君が私の理解者であって欲しい様に、私はじゆん君の理解者で居たかったから。

いでしょ? 私のお古で良ければ上げようか?」

「それは流石さすがに……しかし、おりがそんなTシャツ持ってたなんて意外だったな」

「こううのは、最後の最後まで出し所をうかがっておくのが鉄則でしょ?」

「確かに。まさかこんな所でフィリップ・K・ディックに出会えるとは」

「あと、この際だから言っておくね。私、スター・トレックはヴォイジャー派だから」

「それはうすうす気付いてたよ。好きなキャラはセブン・オブ・ナインだろ?」

すごい、よく分かったね。言った事無かったのに」

「分かるよ。どれだけ付き合い長いと思ってるんだ?」

「なんか生意気でむかつく」

「そいつは悪かったな。さぁ、行こうか」

に? また海行くの?」

いやか?」

いよ」

 決して、さわやかな夜なんかじゃ無かった。アスファルトがんだ熱をして、たいりゆうしたふくしやねつを動かすほどの風もかない。それでも私の心ははずんでいた。今日はきっと、い夜になると思えた。ブラッドベリの短編だかにあった、人生には一夜だけ、思い出に永遠に残るような夜があるにちがいない。誰にでもそういう一夜があるはずだ。そして、もしそういう夜が近づいていると感じ、今夜がその特別な夜になりそうだと気づいたなら、すかさず飛びつき、疑いをはさまず、以後決して他言してはならない、とう一節がよみがえる。今夜がそんな夜になるかは分からないけれど、のがしたくは無いと思った。だから、じっとりとした暑さと湿しつの残る道程を歩かなきゃいけなくても文句は言わなかったし、それに何より歩き出した所でじゆん君が手を差し出してくれたから──それだけで私にとっては思い出に残る夜になった。

 うだるような熱帯夜なのにじゆん君の手が温かくてここい。

 遊歩道を歩き、すなはまけて、石段のある場所に着いた。

 遠くにぱらぱらとひとかげを認める。「まだ人が居るね」

「花火してた時も、そこそこ居たもんな」じゆん君がタオルをいた。「座れよ」

「ありがとう」となりこしを下ろしたじゆん君にたずねる。「ね、花火は楽しかった?」

「ああ。楽しかったよ。自分がこんないわゆる夏休みを過ごすとは思わなかった。おりは?」

「全く同意見。海でやる花火、子供以来だけど悪くなかった」

「ぐるぐる回してノリノリだったのは気のか?」

「そこはほら、周りに合わせ無いと、でしょ?」

「そういうことにしておくよ」

 黒々としたうねりの中に、白い曲線が現れては消える──今日の月は何だかたよりない。

「でも、楽しかったけど、来て正解だったけど、流石さすがつかれたかな」

「そうだな。楽しかったけど、確かにつかれたよ」じゆん君の笑い声が鼻にけた。

「まんまかえしじゃん。それじゃヘミングウェイだよ?」

 じゆん君の横顔を見ると、が遠くで光り、ふっと小さくなった。黒くつぶされた海に、しまへと続く街灯がびている。その先で光る、一定周期の単閃白光アレクサンドリアの光──私の言葉をじゆん君なら拾ってくれる。私の読んだ本を気になってけていたじゆん君だったら返してくれる。この言葉のおうしゆうが何よりも楽しくて、私をちゃんと分かってくれているんだって実感出来る。こんな夜だからこそ、絶対に拾って欲しい。

「そのヘミングウェイというのは、どういう人間なんだ?」


 だから私は、じゆん君が好きなんだ。こんな事をえる男の子を、私は他に知らない。


「同じことを何度もくりかえしていうんで、しまいには誰でもそれをいいことと信じちまう男だよ──ちゃんと分かってくれたんだ。拾ってくれてありがとう」

「レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』だろ。わかるさ」

「私が読むから?」

「ああ……僕の好きな女の子が読む本なんだ、当然だ」

 じゆん君が向き直る。「おり


「ん?」


「小学生のころ、好きになった女の子が居たんだ。あの時は、まだ好きとかこいとかよく分かって居なかったけれど、ずっと気になっていた。でも、その女の子は本好きを自負する僕よりもはるかにたくさんの本を読んでいて、テストの点だって何度か負けた──あのころの僕は、その子が好きだと認められなかった。今にして思えばくやしかったんだろうな。いや、ずっとくやしかった。僕の好きと得意を軽々とえていくその女の子の存在が、ねたましくすらあった。

 結果として、その女の子は僕の中でどんどん大きくなっていった。もう、その女の子の居ない生活は考えられないくらいに──には感謝してる。付き合っている時は、れんあい感情もあった。けど、僕の心をめるのはじゃ無かった。その女の子と他愛も無い話をしている時、映画について語り合ってる時、小説について語り合ってる時──すべてがこれ以上無いくらい楽しくて、終わって欲しくないとすら思うくらい楽しいんだ。

 僕は、これからも、ずっとその女の子といつしよに居たい」

 じゆん君が立ち上がって、そっと手をばした。


おり、僕と付き合って欲しい」


 ねぇ、つうこのタイミングでの名前、出す? でも、私とじゆん君の間に、は必ず居たし、今も居る──それはこの先もきっと変わらない。だから、今回だっては来た。お母さんに何を言われたのかさいは分からないけれど、想像は付く。が何を考えたのか末節までは分からないけれど、予想は出来る──こんな風に、私達のかにずっとの存在は付いて回る。だからこそ、こうして私じゃなきゃだと、どうして私なのかをきたかった。

 たよりない月のじゆん君の顔は良く見えないけれど、たよりない月のおかげで私の顔を見られなくて済んだ。私の顔はちがいなくゆるんでいて、鏡が無くとも私が考える一番わいい顔をしていない事だけは分かる……付き合ってって言われちゃった。へへ。ちゃんといたからね?

「めんどくさいよ? 重いよ? 一筋縄じゃいかないよ?」

 じゆん君の口元がふっとやわらいだ様に見えた。「よく知ってるよ」

「ううん、まだまだ足りない。見せてないとこ、いつぱいあるもん」

「だったら、もっと僕に見せてくれ」

「見せたら絶対いやになるよ?」

「ならないよ」

「言ったね? 最低でも竹林に花がくまではえてくれないとおこるよ?」

「今わのきわまでえるよ」

 ばか。そんなの、絶対無理。勢いで何言ってるの、まったく。


 でも──「言ったね? ならないって言ったね?」


「ああ。ならないって言ってるだろ」

「私、るのはいけど、られるのはいやだよ?」

るのはいのかよ……つーか、付き合う前からるとか言わないでくれ」

「そう言えば、にもられたんだっけ?」

かえすなよ。結構つらかったんだぞ」

「じゃあ、私にそんなおもいをさせる訳には、なおさらいかないよね」

「当然だ──改めて言わせて欲しい。おり、僕と付き合って欲しい」


いよ。私の方こそ、よろしくね」


「……はぁぁ、良かった。安心したらこしけそうだ」

 じゆん君の身体からだから一気に力がけたのが、私にも分かった。くずちる様にして、じゆん君が私のとなりに座る──さっきよりも近くに。「今のはださポイント1ね」

さつそくかよ……しょうがないだろ。どう言おうか、なんて言おうかずっとなやんでたんだ。今日だって、いつ言おうか、どうさそおうか、気が気じゃなかったんだぞ」

「でも、これでわいくてせんけんえんうるわしい彼女が出来たね」

「自分で言うな。れい並べすぎだろ」

「思って無いの?」

「……思ってるよ。僕はおり以上にわいい子を知らない」

「言うじゃん。どうしちゃったの? 雑誌のモテテク記事でも読んだ?」

「からかうなよ」

「ねぇ」

「うん?」

「これで、ちゅーは解禁?」

「ああ──」いて、今までよりずっと強くめて、口をふさいだ。

 じゆん君の手が私の身体からだに回されて、同じ様にぎゅっと力がめられた──顔の角度を変えて、舌の位置を変えて、まんしていた分の時間をもどす様に、長くて、じれったくて、もどかしい口付けをした。潮風にさらされたしょっぱいくちびるを味わって、はなれて、息を吸い込んで、また押し付けて、こうこうねんまくすべすくる様にして何度もをした。気付けばしようどうに任せたキスに変わり、そこにあるのは情意では無く欲情で、夜の海辺でったまま、私達はだれにもじやされない自由なキスを、のうだれも横切らない解放されたキスを、初めてした。かみの間に割り込んで来たじゆん君の指がかみをぐしゃぐしゃにしても、折角ったリップが取れても、ほてった身体からだの体温が伝わっても、じゆん君のれつじようが当たっても──関係ない。

 今はただ、すべてがどうでも良かった。じゆん君のすべてを感じたかった。

 しれっとこしを引いてげようとするじゆん君の背中に手を回して密着する。「好き」

「僕も好きだ」

「うん。ずっと好きだった」

「僕の方が早くから好きだったよ」